Live.05『女装男子がノッています 〜WIN THE VICTORY WITH SMILE〜』

「お願い、マリカ君。あのコンパクトを使って、“インナーフレーム”を……マシンを起動させて……! いま敵の侵攻を止められるのは、君しかいない……!」

mjdまじで……?」


 言葉を半分も理解できていないまま戸惑う鞠華に、女性は床から拾い上げたコンパクトを強引に握らせる。触れた瞬間、心なしか先ほどよりも光がさらに強まった気がした。


「ど、どうすりゃいいんでございますか……ッ!?」

「ケースを開いて、呼べば来てくれるはずよ! ……多分!」

「多分って……ああ、もう! なんでもいいから……ぉぉぉいッ!!」


 右手に握るコンパクトを頭上へと突き上げ、腹の奥から叫びあげる。

 すると鞠華の声に呼応するように、地面が大きく揺れ始めた。


「地震んんん……!?」

「気をつけて……来るわよ!」


 女性が言い放った刹那、すぐ近くの地面から水が間欠泉のごとく吹き出した。

 足場に亀裂が入り、次第に揺れも大きくなっていく。

 その時点で既に鞠華の直感は理解していた。


(真下から……何かが来るッ!?)


 足の底からドスンと込み上げてくるような衝撃が鞠華たちを襲う。

 炸裂。粉々に砕かれた床が四方八方に弾け飛び、鞠華と女性の体も空中へと投げ出された。

 

 そのまま落下し、体を強く打ちつけて──最悪のビジョンが頭をよぎり、鞠華は咄嗟に瞼を閉じる。だが、しばらく経ってもは一向に訪れなかった。


「一体なにが……」


 恐る恐る、ゆっくりと目を見開く。そこで鞠華は、自分が信じられない状態になっていることに気付いた。


 空中に、とどまっている。

 本来ならば重力に従って落下するはずの体は、風船のようにふんわりと浮遊していた。そして、おそらくこの無重力現象を起こしているであろう存在は、鞠華のすぐ眼前にいた。


「デカい……マネキン? いや、ロボット……?」


 率直な感想が自然と口から出ていた。

 目測でも20メートルくらいはあるそれは、人のカタチをした巨大な人工物のようにみえた。

 骨のように細っそりとした胴体や手足は墨のように黒く、また至る所にマゼンタのラインが引かれている。関節は球体で、そのことごとくくが剥き出しになってしまっている。何故か胸部と股の部分だけには分厚いワインレッドの装甲が取り付けられていて、その出で立ちはまるで“下着姿の機械人形”だった。


「乗れるのか……?」


 鞠華が呟いた瞬間、まるでその思考をマシンが読み取ったかのように、腹部の黒く大きい球体に切れ込みが入った。もしかすると、あそこが搭乗席なのかもしれない。


「うわっ……!」


 深く考える暇も与えられないまま、“コックピット”に開いたスリットは掃除機のように鞠華の体を引き寄せ始めた。無重力下で自由に身動きが取れない鞠華は、そのまま腹部の球体の中へと飲み込まれ、そのうえ閉じ込められてしまう。


 かくして“適合者マリカ”を得た機械仕掛けの巨人は、物言わぬままじっと水面の上に波動を作りながら佇む。人の顔面と同じバランスで配置された双眸りょうめが、ただ静かにスカイブルーの優しい輝きを灯していた。

 まるで身篭った母親が、腹のなかの子にそっと微笑みかけるように──。


 マゼンタのインナーフレーム、“XESゼス-MARiKAマリカ”は覚醒めざめた。





「──カくん! マリカくん……!」


 誰かが自分の名前を呼んでいる。

 その声に鞠華は瞼をぷるぷると震わせながら押し開けると、目の前には心配そうにこちらの顔を覗く“抹茶ぷりん”さんの姿があった。


「ここは……?」

「“インナーフレーム”のコントロールスフィア……わかりやすく言うと、ロボットのコックピットね。私たちは今、その中にいるの」


 そう言われて鞠華は、自分の体が丸い球体型の空間の中を漂っていることに気付く。

 リニアシートや操縦桿といった類のものは一切存在せず、周囲の光景を360度映し出した全天周囲モニターだけが取り囲んでいた。

 また重力もなく、鞠華と女性の体は宇宙にいるかのようにぷかぷかと浮かんでいる。ただし、呼吸に問題がないことから少なくとも真空状態ではないようだ。


 と、鞠華が現在の状況を冷静になって把握していたところで、同乗している金髪眼鏡の女性が何やら恥ずかしそうに顔を背けていることに気付く。よくわからないまま鞠華は何となく視線を下ろすと、そこでようやく彼女の言わんとしていることを悟った。


「え……これ、ブラジャー……? ぱ、パンツ……っ!?」


 さっきまで着ていた黒いパーカーやジーンズ。それら衣服がどういうわけか、全て綺麗さっぱりしていたのだ。

 その代わりだと言わんばかりに、上品にレースのあしらわれたワインカラーの大人っぽいランジェリーが身につけられている。

 決して『実はパーカーの下にブラをつけていたのさ!』とかそういうことではない。この空間“コントロールスフィア”に入った瞬間、どこからともなく下着がしたのだ。


「ま、マリカきゅん……女装に対する意識が高いのはわかるけど、だからって下着まで女性モノにしなくても……」

「ごっ、誤解ですよ!? 流石のボクも下はブリーフしか履きませんし!」

(あっブリーフ派なんだ)

 

 そんな素っ頓狂なやり取りをかき消すように、周囲のモニターを灼けた光が覆い尽くす。

 お台場の街が、燃えていた。

 コンクリートジャングルだった街並みはガレキと炎の渦に埋め尽くされ、進撃する“ドレス”に民衆たちは蟻を潰すように蹂躙されていく。中には生きながら焼かれた者もいるだろう。これまで平穏な人生を謳歌していた少年が目にするには、あまりにもショッキングな光景であった。

 さらに周囲の悲惨な被害状況を見渡す鞠華は、ある建物の有り様に驚愕する。


「……っ! あの辺りって……まさか……!?」

「ビッグサイトが……っ!」


 東京国際展示場。明日から三日間にわたって開催される予定だった“コミックサミット”の開催地。

 自分たちオタクにとっては“聖地”とも呼べるその場所から、決して少なくない量の炎と黒煙が上がっていたのだ。

 鞠華は全神経が逆立つような感覚を覚える。それは怒りから来る闘志だった。


「僕だけじゃない、みんな楽しみにしてたんだ……いろんなゴタゴタがようやく落ち着いてきて、にコミサが開かれるって……それなのに!」

「マリカくん……」

「まちゃぷりさん、ボクはアイツを許せません……! どうすれば、アレを倒すことができますか!? このロボットなら、あの怪物とも戦えるんですよね……!?」


 鞠華が焦りの言葉を吐くと、女性の表情が一瞬だけかげりをみせる。そこには、少年を戦場へ送り出そうとする大人の葛藤があった。

 が、彼女はすぐに不安や悲しみを拭い去ると、鞠華の目を真摯に見合って語りかける。


「いい? よく聞いて、マリカくん。今から話すのは冗談みたく聞こえてしまうかもしれないけど、全て本当のことだから。私の言うことを、どうか信用して欲しい」

「……わかりました。まちゃぷりさんを信じます」

「ありがとう。この機体インナーフレーム……“ゼスマリカ”はいま、適合者アクターである君の精神と同期シンクロ状態にあるの。そしてシンクロ率をより高めるためには、君自身が“別の自分”を強くイメージする必要があるわ」

「別のジブンを……イメージ……?」


 鞠華が聞き返すと、彼女は勝ち誇ったような笑みで告げる。



「『キャラクターを演じる』、ということよ」






 その言葉を聞き届けた途端、可笑しさのあまり胸の奥から笑いがこみ上げてきた。

 なんだ、そういうことなら話は早い。まさに御誂おあつらえ向きだと言っても過言ではないじゃないか。


 不敵に笑う鞠華は自分の後頭部へ手を回すと、後ろ髪を束ねていたゴムをそっと外した。お団子に結ばれていた髪が解かれ、長く艶めきを放つ焦げ茶色の束となって宙を漂う。

 冴えない少年は一瞬にして、誰もが憧れうやまうほどの美少女へと変貌していた。














 高揚感に肌が熱を帯び、それに従って心の奥底に眠るもう一つの人格キャラクターが表れてゆく。この狭いコントロールスフィアの空間はすでに、のライブステージと化していた。


「女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”、華麗に見参!! 東京の平和は、ボクに任されたぁっ!」

「ま……マリカきゅんキターーーーーーーーーーッ!!」


 兵達の恐怖を振り払う武将の如く、鞠華は声高らかに勝鬨かちどきをあげる。

 水面に浮かぶ“ゼスマリカ”は陸地の向こうに敵を捉えると、跳躍して月下の街へと躍り出した。


 今まさに、逆佐鞠華さかさまりかは境界線の向こう側へと足を踏み入れたのだった。

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