Live.04『ヨロイのバカがやってくる 〜A CITY FIRE〜』

「うわぁー、すっげー綺麗ぇ……!」


 午後7時頃。夜のお台場海浜公園。

 逆佐鞠華は17年間という人生の中で初めて、夜闇に光り輝くレインボーブリッジというものを目の当たりにしていた。黒い水面を七色に照らす“虹の橋”と、その上を通過する車のライトが織り成す都会のイルミネーション。そんな極上の夜景ともいうべき眺めは、只々ため息が出るほどに美しかった。


「キレイなもの、まりかは好き?」

「モチのロンだよ! こんな素敵なスポットに連れて来てくれてありがとね、まちゃぷりさん……!」


 素直にお礼を言うと、ベンチの隣に座る銀髪の少女は「えへへ」と打算のない天使のような微笑みを向ける。女の子の純粋無垢な表情を前にして、思春期真っ盛りの女装男子こと鞠華は何だか照れ臭い気持ちになってしまう。

 それが顔に出てしまっていたのか、気付くと少女は不思議そうにこちらの表情を覗き込んでいた。てか、近い! 顔が近い!

 鞠華は慌てて目を逸らしつつも、居心地の悪い沈黙を破ろうと別の話題を持ち出す。


「それにしても驚いたなぁ、まさか“抹茶ぷりん”さんの中の人が女の子だったなんて! ボク絶対おっさんだと思ってましたもん……!」

「プリンのなかにヒトなんて、まりかは面白いこというね」

「あはは、そこは『中に人などいない!』って言うところですよぉ。それに僕もさっきからまちゃぷりさんって呼んでますし、いつもみたく“マリカきゅん”呼びでいいですって!」

「? もしかして“まちゃぷりさん”ってぼくのこと?」


 あれ……? 何となく会話が噛み合っていないような気がする。

 訝しげに鞠華が少女の横顔を覗いていたそのとき、突然の警報アラートが鳴り響いた。


「なんだ……?」


 鞠華は恐る恐るベンチから立ち上がり、周囲を見回す。サイレンの不吉な音は一向に鳴り止まず、周囲の人々もにわかに緊迫した表情で慌てふためいていた。

 しばらくして一人が上空に“何か”を見つけ、周囲の人々もそれに同調して視線をそちらに向ける。

 ──と、一棟の高層ビルから、コンクリートの壁を貫いての柱が迸った。砕けた外壁の破片が慣性の法則に従って飛散し、質量を持った雨となって真下の街並みへと焼け落ちていく。


「──始まる」


 微かな声で、隣の少女がそう呟くのが聴こえた。

 次の瞬間、風に吹き流されていく爆煙の陰から、巨大なシルエットが現れる。

 一言で表すならば、それは絵本や映画のお姫様が着ているようなだった。

 ウエストから横に大きく広がったプリンセスラインのロングスカート。全体的に淡紅ピンク調のいかにも女性らしい色合いで、上部には銀色に輝く上品なティアラ、ショルダー部分には天使の翼に見立てたレースが幾重にも重ねられている。ただし、見たところ素材として使われているのは布ではなく鉄であり、衣服というよりは甲冑に近い質感だ。


 どう見ても人間がまとうための形状をしているのだが、奇妙なことにドレス型の物体は、まるで透明人間が着込んでいるかのように

 足に履かれていないハイヒールがアスファルトを踏み砕き、腕にはめられていないグローブが掌から黒炎を放つ。ビルの群れを次々となぎ倒していくその様は、アーマーが自らの意思によって動いているようだった。


(なんだアレ、CG……じゃない。怪獣、ロボット!?)

 

 明らかに現代科学では到底説明できないであろう光景を前に、鞠華はついパニックに陥ってしまう。それでも停止寸前の思考回路に無理やり鞭を打つと、次に自分が取るべき行動を必死になって考える。


「に、逃げよう! まちゃぷりさん……!」


 上擦った声で鞠華は避難を促す。

 しかし、どういうわけかベンチに座ったまま平然としている銀髪の少女は、立ち上がろうともせずに首を横に振るだけだった。


「ダメだよ、まりか。君に逃げ場はない。……運命の旋律は、既に奏でられているんだから」

「は……?」


 思わず鞠華は本能的に一歩後ずさってしまう。それほどまでに目の前の少女は、この異常な状況下においてもおぞましいほどに落ち着き払っていた。

 これはどう考えても普通じゃない。それに、さっきから言動もどこかおかしい。


「まちゃぷりさん……? あなたは一体……」

「違うよ、まりか」


 動揺する鞠華の言葉を遮ると、銀髪の少女は静かに微笑みかけ──、


「──ぼくは、久留守くるす紫苑しおん


 そう、名乗った。


 わけも分からず立ち尽くしていた鞠華の背後で、再び爆音が轟く。振り向くと、入り江を挟んだ向こう側にいる“敵”が、ゆっくりとこちらに進路を向けつつあった。

 やはりこんなところに居ては危険だ。

 そう判断しつつ鞠華は再びベンチのほうを見やる──が、そこに座っていたはずの少女がどこにもいない。目を逸らしたほんの一瞬のうちに、少女の姿は完全に消え去っていた。まるでオンラインゲームのアバターがログアウトするように、忽然と。


 ああ、駄目だ。

 不可解な現象の連続に、思考の処理が全く追いつかない。

 理解わかっているのは、自らの“死”が着実に迫ってきているという恐ろしい感覚だけ。

 もちろん、こんな場所で死ぬつもりはない。自分はまだたったの17年しか生きちゃいないのだから。

 だが、それに抗うすべがどうしても思い浮かびそうにないのだ。


『ダメだよ、まりか。君に逃げ場はない。運命の旋律は、既に奏でられているんだから』


 先ほど少女の囁いていた言葉が脳裏によぎる。

 本当にこのまま自分は、死に征く運命を受け容れるしかないのだろうか……?





「ああーっ! やっと見つけた、マリカきゅん……っ!」

「……きゅん?」


 頭にキンキンと響く叫び声が横耳に飛び込んだ。鞠華は呆然と顔を向ける。

 レディーススーツを着た金髪眼鏡の外国人が、息を荒げながらこちらへと走って来るのが見えた。

 鞠華の知らない女性ではあったが、それでも不思議と他人という気がしなかった。実際、彼女はつい先ほど自分の名前を呼んでいた。しかも“きゅん”付けで。


「ぜぇ……はぁ……! と、とにかく話は後回しです! はやくここから避難しましょう……!」

「逃げるってどこに……それに、あなたは誰なんですか……!? さっき、ボクのことを呼んでましたけど……」


 目の前で膝をついている女性は、荒くなっている呼吸を整えながら質問に応える。


「ま、“抹茶ぷりん”です、わたし……! あなたをコミサに誘ったファンアカウントの……っ!」

「え、ちょっ……ええええええええっ!?」


 どうりで他人の気がしなかったはずだ。その証拠に、彼女は普段のチャットでのやり取りと同じように自分を“マリカきゅん”と呼んでいた。

 今思い返せば、久留守紫苑と名乗った少女は一度も“抹茶ぷりん”と名乗っていなかった気がする。こちらが勝手に勘違いしていたようで、どうやらこの女性こそが本物の“まちゃぷりさん”らしい。


「──っ! 危ない!」


 女性は咄嗟に持っていた鞄を投げ捨てると、鞠華を抱いて地面に突っ伏した。爆風と水面が噴き上げ、飛沫となって彼らに頭上から覆いかぶさる。

 ドレスを模った怪物は、鞠華のすぐ目の前まで迫ってきていた。


「ああ、やだもう! パンツまで濡れちゃったじゃない! “アーマード・ドレス”の二人はまだ到着しないの……!?」

「アーマード……ドレス……?」


 豊満な胸の中にうずくまる鞠華は、女性が何気なく口にした固有名詞らしき響きを決して聞き逃さなかった。


「まちゃぷりさん、あの……重いです」

「ダイエットしてるもん!! ……あっ、ご、ごめんなさい! すぐ退くから……!」

「あと、さっきから気になってることがあるんですけど……アレ」


 状況が状況だというのに顔を赤らめている女性へと、鞠華は指で方向を指し示しながら問いかける。

 先ほど女性が投げ捨てた鞄の中身が床に散らばってしまっていた。その書類やら電子機器の中に、光り輝くコンパクトタイプのファンデーションケースを発見したのだ。

 金や宝石のようにギラギラと鈍い光を放っているわけではない。あたかもLEDライトが仕組まれているかのように、赤紫色ワインレッドの強烈な光を発しているのだ。


「なんか、すごい光ってますけど……」

「あれは……“インナーフレーム”の共鳴サイン……っ!? まさか、君に反応して……」


 女性はぶつぶつと独り言を言いながらしばらく熟考した後、急にこちらの両肩を力強く掴む。

 彼女の大きな碧眼には、どことなく強い意志が宿っているように感じられた。


「お願い、マリカ君。あのコンパクトを使って“インナーフレーム”を……マシンを起動させて……! いま敵の侵攻を止められるのは、君しかいない……!」

「……はい?」


 ロボットアニメのお約束みたいな台詞を言われた。

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