一章【彼氏と彼女】In 1993

彼氏と彼女①

 僕は緊張しながら向かいの席に座る彼女――鈴原清美と会話を続けていた。もしかしたら、彼女にもこの緊張が伝わっているかもしれないけれど、そんなことを気にする余裕を持ち合わせてはいなかった。

「健人……今日はどこか上の空だね」

 清美は心配そうに僕の顔を覗き込む。僕は目を逸らしながら、平気だよ、と否定するが彼女にそんな見え透いた嘘が通用するはずもない。

「ま、別にいいんだけどね」

 ジュースのストローをくるくると指で遊びながら、清美はため息を吐いた。

 僕たちは喫茶店で暫しの休憩をとっていた。大学四年生の時に付き合いを始めたので、もう三年の月日が流れていたが、会うのはおよそ三ヶ月ぶりとなる。大学を卒業した僕らは、それぞれ社会人と大学院生という肩書きを持ち、互いの道を歩んだことで、会える回数も極端に減っていった。忙しさにかまけて、お互いすれ違いの日々が続いてしまったのだ。

「……まだ仕事は忙しいの?」

「まあ、そうだね。やっぱり働くって大変なことだったんだって実感してるよ。まだ三年前だけど、大学生の頃がひどく懐かしいもん」

 僕は苦笑いを浮かべながら、窓の外を眺める。

 休日の土曜日ともあって外は活気ある賑わいをみせていた。親子連れやカップルが手を繋いで歩いている姿が僕の視線にやたらと入るのは、僕の気にしすぎだろうか。

「清美は? 研究は上手くいってるの?」

「まあまあよ。まだ見習いに毛が生えた程度だからね。師匠について、いろんなところを飛び回っている。だけど、すごい充実しているのは確か」

「そうか、それはよかった」

「でもおかげで、本を読む時間はかなりなくなったけど」

 清美は申し訳なさそうに笑った。

 僕と彼女はそれぞれ工学科と生物科を専攻し、キャンパスライフの醍醐味とも言えるサークルにも未加入だった。そんな僕らを繋ぎあわせたのは、読書という何の変哲もない、お互いの趣味だった。

 ただ、それすらも覚束無い今、僕は彼女を繋ぎ止める資格は果たしてあるのだろうか。

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