第八話 遭遇

 フシルが目を覚ますと、優しく声をかけられた。


 「目が覚めましたか、テレーザさん?」


 振り返ると、なぜか勇者ルーネスがスープを作りながらのんびりと笑っていた。



 ルーネスが野宿していたのは大きな岩、そのくぼみがちょうど屋根のようになっている場所。そこで焚火をし、一人でのんびりと過ごしていたところに舞桜が彼女を咥えて現れたのだという。

 「いやぁ、驚きましたね。彼女がピクリとも動かないあなたを運んできたときは、死体でも咥えているのかと。でも、魔力切れを起こしていたようなので、私の魔力を分けておきました。――ご気分はいかがです?」

 「ええと、かなりいいです。お世話になりました」

 「礼ならば舞桜に。彼女の機転で今があるのですから」


 魔力切れというのは、魔力の使い過ぎによっておこる貧血のようなものだ。ただし、使い切ってしまったわけではなく、生命維持活動に必要な分は本能的に使うことを忌避し、滅多に本当の意味で使い切ることはない。

 もし、そんなことをすれば死に至る。歴代英雄と呼ばれたフシルたちの死因も魔力切れであるので、笑い事ではない。

 まあ、滅多に本当に意味で魔力切れを起こし、死ぬという人間はおらず、魔物に食い殺されるか、病気で死ぬか、それか同じ人間に殺されて死ぬのが死因としては多いだろう。


 「一応、言っておくわ。……ありがとう」


 舞桜にそういうと、舞桜がフンッと鼻を鳴らした。

 「汝は危なっかしいな。仕方がない。我が見張っていてやろうではないか」

 「はい?」

 次の瞬間、舞桜がチョーカーに変身し、そのチョーカーが彼女の首に巻き付いて留まった。

 「え? え?」

 彼女は外そうと手を伸ばしたが、そのチョーカーには金具がなかった。というか、金具はおろか、留め具もなければ、完全に円形。引きちぎる以外で着脱不可能ではないか。

 しかし、ぴたりと貼りつくように装着されており、恐ろしく生地が伸びない代物。ハサミさえ入りそうにない。というか、首を傷つけかねないではないか。

 「うそでしょ?」

 「これで汝は我から離れられぬ」

 「え、ちょっと?」

 舞桜はどこからともなく声を発した。


 「そもそも、我を遠くに捨てるために旅に出たこと、我が気づかぬとでも思ったのか?」


 ぎくりとして生唾をのむと、舞桜が不敵に言う。


 「笑止! 永遠に汝から離れぬぞ、テレーザよ! 汝が死ぬまで永遠に一緒にいてやるのでありがたく思え」


 フシルはがくりとへたり込むと、舞桜は言った。

 「そもそも、汝が我の相棒になってくれればいいだけの話ではないか。なぜ、そんなにも嫌なのだ?」

 「……だって、私は戦いたくないし、国のために死ぬ気もないもの。聖剣だって言われているあなたを振るえば、私の運命は確定でしょう?」

 「む? 別に我は汝の魔力が欲しいだけだ。汝から溢れ出た魔力を啜るより、直接もらったほうが楽だ」

 「あんたはそうでも、私はもっと、たくさんのしがらみがあるの!」

 フシルは子供っぽくそう言ってすねたように口をとがらせる。


 「傀儡のように生活する気はないの。ただ、自由に今まで通り生きていたいだけ」


 「む? なぜだ? お前は確かに魔力をたくさん持っているが、一介の侍女にすぎないではないか。それなのに、なぜ、我を持つことで柵に囚われると?」

 舞桜の疑問はもっともで、フシルは一瞬口ごもったが、顔を背けながら言った。

 「私の名前……テレーザだけど、テレーザじゃないの」

 「? どういう意味だ?」

 「私の髪の色と目の色を見てどう思う?」

 「うむ、髪色はよくありがちな町娘だな。そして、瞳の色もそう珍しくもなんともない青だ」

 「そうね。でも、ガルシエラの名を持っていれば?」

 ルーネスが息をのんだが、舞桜はのんきに言った。

 「なんだ、お前、奴の血を引いているのか。だが、我はなんとも思わぬぞ? 我が創造主など、女神の眷属だからな!」

 胸を張った舞桜だが、ルーネスは緊張した面持ちでフシルを見つめた。

 「フシル・ガルシエラは英雄の名前ですよ、舞桜。それに、彼女はその名を持っている以上、英雄の生まれ変わりということになります」

 舞桜は一蹴した。


 「んなわけあるか。あの坊やは。ゆえに、転生してくるわけがない」


 「……権利? 失った?」

 フシルが小首を傾げると、舞桜はプイッと顔を背けた。

 「英雄は英雄たる理由があるってやつだ。……これ以上は話さんぞ。トップシークレットだ」

 「じゃあ、最初から投石するような真似をしないでよ」

 「お前こそ。お前は単にガルシエラ家に生まれたフシルお嬢様だ。それに、なんの覚悟もない一介の侍女が英雄なわけあるか」

 「あ、そう……ね。でも、……周りはそう思ってくれないの。だから、厚待遇を受けていたのよ?」

 「厚待遇? どこが?」

 「ふつう、身請けや後ろ盾のない女が王家の侍女になんてなれないのよ。妾の子だって言っても、ね」

 フシルはそういうと、うつむいた時、ぐぅっと情けなくおなかが鳴ってしまった。


 「!」


 耳まで赤くなった彼女にもちもちの白パンが差し出された。

 「え?」

 ルーネスが微笑んでいる。

 「これ、朝に焼いたパンです。昼は別のものを食べればいいですし、どうぞ?」

 「いいんですか……?」

 「ええ。その代わり、ぜひとも同行させてください。危なっかしい姫様を一人で旅させるなんてできませんから」

 ぜひともご遠慮したいです。と喉まで出かけた言葉を飲み込んで彼女はあいまいに笑った。イケメンが隣にいると、女性たちににらまれそうだと思ったが、女一人で旅をするより、男手があったほうが楽だと思ったのだ。

 「いいですけど……それ、あなたが損しているでしょう?」

 「報奨金はきっと、王様にガッパリと頂きますから。それに、……私はサポート系の魔法が苦手なので、補助していただけるとありがたいです」

 「わかったわ。よろしくね、ルーネスさん」

 「あ、呼び捨てでお願いします、フシル」

 「……ルーネス?」

 「はい。フレンドリーに話しかけてもらえると嬉しいので、それでお願いしますね」

 「人前ではフシルって呼ばないでね?」

 「ええ、もちろん。さあ、舞桜という呪いのアイテムを外すためにいくつか候補があるので、近くから行ってみませんか?」

 「うん!」

 フシルは嬉しそうだが、舞桜はルーネスを恨みたい気分でいっぱいだった。


 「勇者め……」


 その言葉は空気に溶け、二人の耳に届くことなく消えた。

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舞桜 夜風りん @mikan3938

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