第17話 当日は案外、現実味がないもの

 カーテンの隙間を縫って入り込む光にも、まだ鳴る時間でもない目覚まし時計に起こされるわけでもなく、いつもより少し早く目が覚めた。


 さあ、今日、この日が選挙当日、本番の日だ!


☆☆☆


 朝食を済ませ、家を出る。


「いってきます」


 朝の晴れた強い陽射し。それは夏へと少しづつ近いていることを感じさせるものだった。


 選挙日和があるとしたら、まさにこういう日だろう。


☆☆☆


 いつものごとく、折乃よりも早く一ノ倉が教室にいる。


「おはよう、一ノ倉さん」


「おはよう、折乃君」


 そして、誰よりも周りが賑わう上門は静かに席についていた。


「上門さんも、おはよう」


「今日は負けないから、覚悟しときなさいね」


 敵意剥き出しの上門に面食らう折乃は負けじと言う。


「上門さんはすごいよ。思った以上に手強い、負ける可能性もある。けど、俺は、俺達は、負けるつもりはないからな」


 その言葉に顔を歪める上門。


「まあ、せいぜい、足掻いてみることね」


 これ以上話すつもりはないとでも言うかのように、顔を机の方に戻し、ホチキスで止めた紙に目を通し始める上門。


 俺も演説の最終チェックに入らないとな。


☆☆☆


 演説が行われる場所は、才良高校が誇る巨大なイベント用ホールだ。


 そこに二千人近くの生徒が入っていく。ホールの二階にある管理室から見るその光景は壮観だ。


 管理室には放送用の機械が敷き詰めてある。


『あー、マイクテスト、マイクテスト』


 騒がしい会場に大音量の透き通った聞き取りやすい声が響き渡る。


「これぐらいでいいですかね?」


 設置されたマイクの方を向いていた女子が振り返って言った。


 白のカチューシャにピンクの短髪、放送部部長の矢ヶ部有里紗やかべありさだ。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


「いえいえー。これは放送部の仕事ですから。でも、感謝してるって言うなら、部費上げてもらってもいいですよ?」


 あざとい人だ。


「そういうのは、生徒会長に言ってくださいよ」


「今年は折乃君はなれないと?」


 矢ヶ部がそう尋ねると折乃は両肩を上げて言う。


「今年は上門さんになるかもしれません」


「それは困ります! 部費をいじるのは知り合いじゃないと安心できません」


 部長になったからなのだろう、矢ヶ部はそういうものに対しては慎重だ。


「なら、応援してもらえば、多少は結果が変わると思いますよ」


「はいはい。汚い一票をあげますよ」


 頼まれた票を『清き』とは、確かに言い難い。


「なんとか清き一票をいただきたいものです。じゃあ、俺は演説が控えてるんで」


 そう言って、折乃は管理室を出るとそのまま、控え室の方へ向かった。

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俺と彼女の正夫戦争〜ホモの友人とレズのライバル〜 鳥の角煮 @Tori_kakuni

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