第31話 激闘


◇◇◇―――――◇◇◇



 漆黒の宇宙空間を、幾度となく火球と砲火が彩る。



 ゆっくりと移動する〝アイランズ21〟コロニー群周辺では、地球軌道上基地〝オービタル・ワン〟より先行したUGFデベル部隊とリベルター艦隊による戦端が、既に開かれていた。



「ち………厄介な!」



 月雲は押し寄せる並みのように幾度となく迫るUSNaSA系のUGF機〝アーマライト〟相手に、複合ショットガンを正確に撃ちまくり、次々撃墜していったものの、1機潰れて空いた穴はすぐに2、3機の増援によって埋められる現状。要は、徐々に押され始めていた。


 呻くようなオプリスの通信が、月雲の〝シルベスター〟のコックピットに飛び込んでくる。



『まずいぞ月雲ッ! 突破される………!』

「行かせるなよ! 乱戦で叩く!………援護しろッ!」



 月雲はそう吠え返しながら、愛機〝シルベスター〟の推力全開で、〝アーマライト〟隊の集中砲火をかいくぐって敵陣に突入。

 僚機、トモアキやオプリスの援護射撃によってAPFFを消し飛ばされ実体兵器に対して無防備と化した機体から次々、大型バトルアックスによって屠っていった。



………退路を塞がれたか。



〝アーマライト〟を1機、真っ二つに引き裂きながら月雲はレーダーモニター上の展開に嘆息する。

 増援のUGF部隊は特に月雲が守る宙域に戦力を集中させ始めているようで、月雲が片端から敵機を撃破しつつも、徐々に球状の包囲網が完成されつつあった。

 それでも、背後に残した母艦〈マーレ・アングイス〉を攻撃する余力は無いようで、オプリス隊やトモアキによる牽制によって攻めあぐねている様子だった。それも、いつまで持つか分からないが………



 その時、コックピットモニターの片端に【未確認機接近】の警報が流れた。いや、正確には未確認機ではない。パイロットに危険を通達した後、モニターは直ちにその敵機の機体名を表示し始める。



【ECLIPSE】



「〝エクリプス〟………奴か!」



 やたら気の触れた発言を繰り返しつつ、巨大な右腕に仕込んだ無数の兵器によって相手を翻弄する………狂人が操る狂機。



『リベルターよ!! 貴様らへの裁きはまだ終わっていないッ!!』

「抜かせ!!」



 間合いも読まずに突っ込んできた〝アーマライト〟を1機蹴飛ばし、月雲の〝シルベスター〟は大型バトルアックスを構えてその敵機………〝エクリプス〟に急迫した。


 バトルアックスの刃と〝エクリプス〟の巨大な右腕が激突し、瞬間的に閃光と火花が散らされる。そして矢継ぎ早に打ち交わされる剣戟。


「うおおおおおおおオオオォォォォッ!!」

『たかが量産機風情が!』

「機体性能に頼ってる奴が!! アメイジングじゃねえんだよ!」

『性能を最大まで引き出す才能を持つと、言い直してもらおうかッ!!』



 いかに月雲と言えど、〝シルベスターアメイジングカスタム〟は量産機のカスタム。対する〝エクリプス〟は、おそらくあの〝ラルキュタス〟同様の次世代戦闘用デベルの実践技術実証機。性能差は歴然としていた。

 このままだとジリ貧になって終わる………! 月雲の背を嫌な汗が伝い流れた。



 そして刹那、一歩出遅れた〝シルベスター〟の刃を跳ね除け、〝エクリプス〟の右腕が迫る。こちらの胴体を握りつぶそうと………



 だが次の瞬間、それは横から放たれた無数の実弾によって阻まれる。軌道を逸らされた巨手は、ただ空を握るに終わった。

 唐突な攻撃に、〝エクリプス〟は一度引き下がり、その姿は〝アーマライト〟や〝イェンタイ〟の群れの中へ消えていく。


 月雲も激戦区から一度引きつつ、援護射撃が放たれた地点に目を向けた。



「………トモか?」



 いや、違う。レーダーに表示されるこの反応は………



『月雲大尉!』

『こちら臨時第5から第7小隊! 援護に来ました!』



 延べ10機の〝ジェイダム・カルデ〟、それに旧式の〝ラメギノ〟。それらがビームや実弾を撃ち放ちながら〝エクリプス〟と〝アーマライト〟隊を牽制。月雲との間に空隙を作った。それを逃さず月雲は一時離脱する。代わって彼らが、前線に躍り出た。

 月雲は通信を開き、ホロモニターに現れた………ソラトと同じ型のステラノイドの少年を怒鳴りつけた。



「お前ら………母艦を守れと言っただろうが!」

『正規の部隊が直掩についています! 月雲大尉を援護せよと、オリアス准将の命令です!』



 あのクソジジイ。事が終わったらただじゃおかねえ………


 この作戦は〝本命〟ではない。今頃………どこの誰かは知らないが我らがアデリウム王と、側近のシオリン中尉のお眼鏡に叶ったエリートが、地球のどこか最終目標に対して攻撃を仕掛けているはずだ。

 この戦いはただの陽動。死ぬのは月雲のような志願して入隊した『正規の』部隊だけでいいと言うのに………



 と、今度はトモアキ、オプリスの〝シルベスター〟が近づいてきた。オプリスには僚機がおらず、損傷し、1機の〝ラメギノ〟が付き添うように移動を支えている。



「オプリス………」

『くそ………ステラノイド兵が来なかったら、少々危なかったな』

『こちらの艦隊はコロニーの陰に移動したようです。俺たちも下がりましょう! このままだと敵艦隊の集中砲火が………』

「そうだな。ガキども! 一旦、下がるぞ! 俺が殿を……」


『大尉がお先に! 撤退戦では火力の集中が………うわっ!』



 その時、無数に撃ち撒かれた弾幕に貫かれ、〝カルデ〟が1機、撃墜された。

 さっきまでこちらに応えていた、ステラノイドが………



「な………!」

『ソラユキッ!!』



 他のステラノイドの悲痛な叫び。

 だが、続々と戦力を集結させていたUGF部隊は遠距離からの集中砲火にスタンスを完全に切り替え、火力の差で次々、ステラノイドが駆るデベルが直撃を………



『APFF出力低下………!』

『俺が前に………ぎゃ!』


「バカ野郎!! もう十分だ!」



元は作業用デベルを強引に戦闘仕様化した〝ジェイダム・カルデ〟、旧式機の〝ラメギノ〟では到底高機動による回避戦など不可能。

月雲は、片脚を吹き飛ばされた〝カルデ〟を1機抱えながら、その機体が持っていたロングレンジライフルをひったくって敵陣に撃ち返し、通信モニター相手に叫んだ。



「お前らも撤退だ! もういい下がれッ!」

『このままだと〈アングイス〉が危険です! まだ前線防衛用の部隊再編成が………』

『俺たちが時間稼ぎしないと防衛ラインが突破されます!』

『俺たちの事は気にしないで………!』



 くそが! 月雲は宇宙空間をただ映すモニターを、殴りつけた。それでも怒り、そして胸を貫く苦痛は収まらない。

 結局、ステラノイドの犠牲ありきで事を運ぶつもりだったのか。

 死にたくない。例え心の奥底でそう願っていたとしても『人間の役に立つこと』『自分を犠牲にすること』という遺伝子に仕掛けられた呪いに従って、自ら死地へと飛び込んでいく、かつての偉人の遺伝子から造られたクローンの少年たち。



 結局、ステラノイドを作った人間というのは、醜い生き物だ。自分より立場の弱い者を犠牲にして誰もが生き残ろうとする。それは月雲も同じだ。

 はっきり言って………スペースコロニー全部を落として地球人類全てを抹殺した方が、人類のためになるに違いない。


 月雲は大きく息をつき、そしてコントロールスティックを再度握り直した。

 抱えていた〝カルデ〟を「頼む」と一言添えて、近寄ってきた〝ラメギノ〟に押し付け、なおも遠距離からの攻撃に終始するUGF部隊を睨む。



「………おいガキども」

『は………!』

「敵陣に突っ込むからよ。掩護射撃、頼む」



 え? というステラノイドのどよめきを後目に、月雲の〝シルベスター〟はあらん限りの推力で、UGF部隊へと突貫した。

 当然、無数のビーム、それに実弾がそこに集中する。月雲はその軌道を瞬間的に察知し、次々と回避していった。



『た、大尉っ!!』

『無茶です! 戻って………!』

『俺たちも行くぞ!』



「そこから援護射撃しろと言っただろうがッ!! 何してやがる!?」



『は、はいっ!!』



 ようやく、我に返ったかのように〝カルデ〟隊からロングレンジライフルによる援護射撃が始まる。

 ステラノイドによる正確無比な射撃は、遥か向こう側でこちらを狙っていた〝アーマライト〟隊を牽制し、高機動ミサイルを撃ち抜き………さらにはこちらに迫っていたビームすら、同方向のビームを撃ち放つことによって相殺するか軌道を逸らした。

 その奇跡的な現象を眼前に、加速による激烈なGに晒されながらも月雲はニヤリと、笑った。



「ビームがビームで弾かれるなんざ、やったのはどいつだ?〝本日のアメイジング・パイロット〟の栄誉をくれてやるぞ!」



 そして遂に、月雲は苛烈極まる弾幕を突破し、唖然としたようにその場に立ち尽くす〝アーマライト〟を1機、捉えた。

 その敵機は慌ててバトルブレードを抜こうとするが、その時点でもう胸部コックピットはハンドアックスの刃によってぶち抜かれている。



 ビームや実弾が四方八方から飛び交うが、月雲の繊細な操作によって〝シルベスター〟はその射線全てをかわしていく。



 UGFは、またしても球状包囲網を敷こうと目論んでいるようだが、………二度も同じ手に引っかかってやるほど暇人ではない。

 形成されつつある球状包囲の一角に突撃し、〝シルベスター〟はショットガンを乱射しながら2機の〝アーマライト〟を葬った。



 目まぐるしくコントロールスティックを操り、小刻みに機体を制御しながら月雲は獰猛に笑う。



「来いよ腐れ軍人崩れども。ガキをいじめたって面白くねえだろうが………! 本物のエースが相手してやってんだからよ、命捨ててかかってきな!!」











◇◇◇―――――◇◇◇


「妙だな………」



 下方で、リベルター所属機〝シルベスター〟が暴れ、UGFの〝アーマライト〟が次々撃ち落とされている。その狂乱を睥睨ししながら、ニフレイは〝エクリプス〟のコックピットで、妙な違和感に苛まれていた。


 常人には制御不可能な最新鋭機〝エクリプス〟を制御するための薬品【ヘビロドミンΨ】を投与されたニフレイの脳は、過剰なまでに鋭敏化し、その脳内処理速度は理論値上、常人の5倍以上にまで跳ね上がっている。



「〝原罪の少年〟の姿が、まるで見えぬではないか………!」



 人間の模造品、被造物でありながら創造種である愛する人間の女を愛することを知った、罪深きステラノイド………。

 それは倫理の破綻。秩序への冒涜。神への挑戦。愛情そのものの否定ですらある。

 神によって創造された人間は倫理を完璧に守り。秩序を冒涜せず。神に挑戦しない。愛も否定しない。反する者は全て紛い物にして罪。明白だ。



「自らの罪を悔いて自裁したか? だが〝ラルキュタス〟はどうした?」



【ヘビロドミンΨ】によってもたらされた狂気と鋭敏化した思考がニフレイの内奥で混在し、無数の推論の中から徐々に、ただ一つの答えを見出していく。

〝ラルキュタス〟だけではない。もう1機のリベルター最新鋭デベルの姿も無い。どちらもリベルターの旗頭とも呼ぶべき機体にも関わらず。

 リベルターとUGF、宇宙植民都市と地球。雌雄を決するこの決戦にこの2機の姿が一切見えないのは………



「………そうかッ!!」



 全てが明白となったその瞬間、ニフレイは乗機〝エクリプス〟を接近しつつある母艦へと翻らせた。

 随伴していた1機の〝アーマライト〟パイロットから慌てた様子で通信が入る。



『た、隊長!? 何を………』

「地球に戻るッ!! 長距離ブースターユニットの用意急げ!!」

『は………?』

「本来、人も罪も………悪ではない。裁く者がおらぬが故に悪なのだ。フフフ………」



 世界は神より遣わされし断罪官を欲している。

 罪は其処に在り、裁く者もそこに在らねばならぬのだ。



「罪………冒涜……断罪………ふ、フフフ………! 神は救われぬ者すら平等に裁いてくださると言うのに………フフ………何をしているか私は………!」



【ヘビロドミンΨ】によって正常な思考を失った結果、妄執と妄想、狂気に囚われたニフレイは支離滅裂な言葉を吐き続けながら、長距離ブースターユニットを装備するべく母艦へと機体を駆けさせた。





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