第6章 鎖が断たれた日
第30話 決意
◇◇◇―――――◇◇◇
『よお、元気か? ソラト』
ホロモニターの中で、月雲大尉が気さくに片手を挙げた。
〝ラルキュタス〟のコックピットで、ソラトはただ黙ってそれを見守っている。これは動画メールで一方的なもの。
何で俺なんかに………疑問が頭をよぎるがこちらの反応など意に介さず記録に沿って月雲大尉の動画メールは淡々と再生され続ける。
『出撃前に一度寄ってやろうかと思ったんだけどな。ちとバタバタしてるもんでな、このアメイジングな動画メールで勘弁してくれ。………身体の調子はどうだ? ま、しばらくは動けないだろうが、お前が退院しているころにゃ俺たちの大勝利………っと、ここから先は軍事機密だ。
この動画メールを見てる時、お前はきっと「何でアメイジングじゃない俺なんかにメールを送ったんだ?」なんて思ってるんだろうな。ま、そんなに付き合いがある訳でもないしな。命は2、3度救ってやったが。
ちょっと、な。アメイジングな昔話でもさせてくれよ。ちっとは退屈しのぎになるぜ?』
ちょうど、手持ち無沙汰だった所だ。〝ラルキュタス〟の最終調整も完了し、新装備もすでに準備を終えている。あまり余った残り時間に比して、ソラトがやることはほとんど無かった。
月雲が語るは、これまでの自分の「アメイジング!」な経歴の数々。………地球にある中立諸国経済連携組織(ニュートラル)の一国、日本で生まれ育ったこと。UGF入隊の契機。模擬戦で負け知らずの「アメイジング」な戦績。順調にキャリアを積み、UGFの誰よりも真っ先に最新技術に触れられる第3技術実証隊へ。………そしてそこで出会ったステラノイド達との出会い。最悪な形での別れ。そして脱走同然でUGFを抜け、反地球統合政府組織リベルターへの入隊へ………。
『ま、節目節目でケチが付きまくったが、俺自身は今の人生、嫌いじゃない。概ねアメイジングだ。
………イツル、アカル、ゼイン、シラ、トウイチ。俺の大ヘマのせいで殺しちまったガキども。あいつらにもな、うまいもんも食わせてやりたかった。もっと幸せに生きてほしかった。〈GG-003〉で助け出したお前ら………特にソラト、お前を見てるとな、何故か嫌でも思い出しちまうんだよ。あいつらのこと』
月雲の黒い瞳が、まるでこちらのことが分かっているかのように、じっとソラトを見返してきた。
『ソラトよォ。俺は、まだ人生の三分の一も生きちゃいないが、それでも「生きる」ってのがいいもんだって分かるもんなんだよ。俺の身勝手な頼みで悪いが………俺が死なせちまった5人の分まで、生きてくれよな。んじゃ、今度見舞いに行ってやるよ』
まだ、ソラトが病院にいると思っている動画メールの中の月雲がまた片手を軽く挙げる。そこで再生は終了した。
「ソラト」
開け放たれたままの胸部コックピット入り口から、レインが顔を覗かせてきた。機内は完全無重力で、ソラト同様パイロットスーツを身に着けふわふわと漂っている。
「〝オルピヌス〟の最終調整はOKよ。そっちはどう?」
「もう、終わってる」
動画メールのホロウィンドウを閉じながらソラトは答えた。
今2人が……そして〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟が収容されているのは、小型の強襲降下カプセル。惑星へのデベルによる強襲降下作戦のためにUGFが運用しているものをリベルターが独自に模造したもので、2機の戦闘用デベルをその内部に収めることができる。外部から見れば、卵型の構造物に見えることだろう。
それが1機、何の護衛もなく宇宙空間を漂うように航行している。UGF艦隊のセンサー網に探知されないよう最小限の推進力で、その機首が向いているのは………青い惑星、地球。
このカプセルには、いま2機と2人しかいない。リベルターの主力がUGF艦隊主力を引き付けておく一方でソラトたちは地球軌道上まで潜行し、手薄な防御を撃破して〈ドルジ〉の軌道エレベーター〝グラウンド・インフィニティ〟を攻撃する作戦だ。
「レイン………」
「ん?」
「………何でもない」
何でついてきたんだ?
何で戦うんだ? 死ぬかもしれないのに。
ソラトはそう問いかけてしまいそうになったが、レインが決意を明らかにした以上もう意味のない質問だ。反対したが、聞いてもらえなかった。
ソラトは未だコックピットハッチ前にいるレインから視線を逸らすと、ホロウィンドウを呼び出して兵装システムのチェックを………
「………何で自分からこの作戦に志願したのか、って聞きたいんでしょ?」
逆に問いかけられ、ソラトは思わず手を止めて顔を上げた。
ハッチに手をかけ、レインはくすり、と笑いかけていた。
「そりゃ、そうよね。私、地球生まれだし、ステラノイドでもないし。むしろ地球を裏切ってるよね、今」
「………」
「でもね、私も守りたいの。私が大切だと思っているものを」
ふと、レインは腕の端末………ナビバイスと呼ばれるそれを叩き、ホロウィンドウを一つ、ソラトの前に投影させた。
再生され、映し出されるのは、ソラトが知らない一人の、レインと同年代ぐらいの少女。腕はギブスで固定され、顔の半分は包帯が巻かれて痛々しく見える。
この映像が動画メールと呼ばれるものであると、ソラトはすぐに理解した。
『ハーイ、レイン。なかなか面会できなくてゴメン。今日でやっと手術が終わってさ。ま、見ての通りだけど』
ギブスで固定された腕をピクリと動かし、その少女は少し笑ってみせた。
「この人………」
「バニカ先輩よ。あの時、別の〝アイセル〟に乗ってたの。でも〝ラーシャン〟にやられちゃって………」
ニューコペルニクス大学へと続く道を守っていた2機のデベル〝アイセル〟のことはソラトも覚えている。1機はレインで、もう1機がに乗っていたのが………
バニカは治療の状況をとつとつ、と語りながら、
『………腕は、1週間もすれば治るって言われたんだけどさ。この………ね、足の方はもう………』
映像がバニカの足下へと移る。
そこにあるはずの人間の足が………半ばから失われていた。
「これ………!」
「半壊した〝アイセル〟から助けた時、足が潰されてたの。何とか引き上げて、大学で応急処置してもらったんだけど………」
映像はまたバニカの表情へと戻る。無理に笑顔を取り繕うとしているのが、ソラトにも分かった。
『ま、まあ足は義足を嵌めれば済む話なんだけどね! さ、最近じゃ生身同然に動かせる義足もあるし』
「でも、もうデベルアスロンの国際大会には出られないの。障害者大会は基準も操縦系統も全然違って、1年や2年じゃ………」
〝アイセル〟はスポーツ用デベル。このバニカという少女も、レインと同じアスリートとして………デベルアスロンに〝夢〟や〝希望〟といったものを託していたのだろう。
それが、戦争によって傷つけられてしまった。バニカの瞳に映る失意の色を、ソラトは鋭敏に察した。もし、レインがあの時バニカと同じように傷つけられたら………
『それじゃ、レイン。どこで何してるか知らないけど、無茶しないでね』
最後までぎこちない言葉、ぎこちない笑顔のまま、動画メールの再生は終了した。
ソラトはレインを見やった。レインは、視線を逸らし、俯いている。
「………宇宙に上がるまで、私、何も知らなかった。ただぼんやり生きて、ステラノイドのことも戦争のことも………大切な人が傷つけられたり失ったりすることがどういうことかなんて、今まで知らなかった………」
沈鬱な表情のレインに、思わずソラトは手を差し出した。
おずおずと近づく手が、レインの手に触れる。それに励まされたかのように、レインは儚げに微笑んだ。
「だから………守りたいの。バニカ先輩のことも、ここでの生活のことも………ソラトのことだって。そして、終わらせたいの。こんな戦い。だから私にできることを、全力でするの」
短い間にソラトが得たものも余りに多く、そして大きい。
その気持ちは………ソラトも同じだった。
「俺も………レインを守る。戦いも、終わらせる」
〝ラルキュタス〟はそのための『剣』。大切な人を守り、ソラトたちを縛り上げる『鎖』を断ち切るための。
だが、その途中でソラトは思わず顔を赤らめてしまい、心臓の鼓動も早くなって、レインの手から自分の手を引っ込めた。
「そろそろ、け、警戒宙域だから。偽装装置をオンラインにしないと………」
「そうね。〝オルピヌス〟のニューソロン炉からパワー供給するのよね?」
「頼む」
レインの姿がコックピットハッチから離れていく。ソラトも作戦の最終チェックを………
「ソラト」
「え?」
その時、いつの間にかレインの顔がソラトの眼前にあった。
そして、何が起こったのか認識する間もなく、二人の唇が重なる。
それはたった2、3秒だけ。
「レイン………?」
「一緒に帰ろうね」
今度こそレインの姿が離れていく。一瞬、追いかけたい衝動に駆られコックピットシートから腰を浮かしかけたが、すぐに座り直す。
そしてソラトは、今まで以上に強く、決意した。
「レインは、俺が守る」
命に代えても。
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