第5章 チェインブレイク作戦

第26話 戦いの後

◇◇◇―――――◇◇◇


『やあセイグ。報告は聞いたよ。ヌジャン准将以下第3艦隊の犠牲は残念だが、〝エクリプス〟が間に合ったようで良かった』



 第3艦隊残存艦艇を引き連れ、UGF第4艦隊は一路、地球軌道上基地を目指している。



 第4艦隊旗艦〈ヴォーデン〉内にある総司令官執務室。

 ゆったりとした座席に腰を下ろすセイグの前に表示される一つのホロモニター。画面内に、スーツを着こなす一人の男が映し出されている。


 地球統合政府大統領ジョージ・トンプソン・シーモンズ。地球の最高権力者にして地球統合政府の一雄USNaSAのトップである人物。政界に長きに渡って君臨するイスニアース家の御曹司たるセイグでも、おいそれと頭を上げられない相手だ。


 セイグは、神妙な面持ちで視線を落とした。



「その件ですが大統領閣下、申し訳ございません。〝エクリプス〟は敵対勢力〝リベルター〟の未確認デベルと交戦、主兵装たる〝フリュム・アーム〟を喪失した他、小破に近い損害を受け、現在修復作業を行っております」



『………リベルター、か。火星や木星コロニー群で活発化している独立運動も、彼らが関わっていると見て間違いないとACIA(Advanced Central Intelligence Agency:先進中央情報局)は見ている。地球統合政府として、宇宙植民都市の独立は何としても阻止しなければならない。彼らの政治的・経済的独立により地球が被る損害は……最も楽観的な推測でも天文学的金額に及ぶからな』



「閣下、第4艦隊他USNaSA軍に出撃をお命じください。リベルターが疲弊している今、我々が踏み込めば、勝利は確実です」



 力強いセイグの言葉に、シーモンズ大統領はかすかに微笑んだ。



『もし私がUSNaSA大統領なら、間違いなくそうしている。だが、今議会で東ユーラシアの牽制が激しくてな。下手に軍の出動を命じれば、統合政府大統領の弾劾裁判に訴えると』


「先に議会や大統領の許可なくNC市を攻撃したのは東ユーラシアです! 私が議会に証言を………」


『東ユーラシア系議員は、今や〈ドルジ〉のスポークスマンだ。USNaSA系議員にも、〈ドルジ〉の金を受け取った者が大勢いる。おそらくガラ会長は、自分たちが制御できるやり方で、事態を収束させたいのだろうな』



〈ドルジ〉………、地球ではその名を知らない者はいない、東ユーラシアを発祥とする世界最大級の複合企業グループの名に、セイグは思わず歯噛みする。


 彼らのやり方は単純明快。金で政治家や、東ユーラシア系軍を従わせる。従わない者は金で買った権力で潰す。地球中のあらゆるメディアに〈ドルジ〉資本が入っている現在、この企業グループにとって都合の悪い情報は地球では公開されず、流されない。



 例えばステラノイド。地球統合政府発足と同時に発効したヒトクローン禁止法が存在するにも関わらず、進出歴が始まるとほぼ同時期に〝77人の宇宙飛行士〟をベースとする短命のクローン労働者〝ステラノイド〟の製造が水面下で開始。彼ら少年たちの犠牲の上に強引に宇宙開発を推し進めた。



 例えば宇宙植民都市の困窮。宇宙開発により獲得した莫大な資源が生み出す利益は公平に分配されず、専ら〈ドルジ〉以下地球系企業が資本を独占することによって、宇宙植民都市の経済は停滞。貧困、治安の悪化による宇宙海賊の発生、それによる宇宙植民都市内における物価の高騰………と止め処ない悪循環が続いており、これが独立運動の火種と化している。




「………私見を申し上げてもよろしいでしょうか?」


『聞かせてくれ。最前線の意見は、今の私にとっては最も貴重なものだ』


「ありがとうございます。………今回の一連の騒動、リベルター、NC市攻撃、独立運動、その影にいるのは〈ドルジ〉や地球企業とみて間違いないかと。彼らの政治への干渉を制限しなければ、致命的結果を招くことになります」


『私も同意見だ。今や議会での私の発言力はもう強くはないが、その分現場での、諸君ら軍人の働きには期待している』


「お望みとあらばご命令ください。UGF、いえUSNaSA軍一将兵として、最高司令官の命令に従います」



 その時、ピピッと短くアラームが鳴る。多忙な大統領が割いてくれた時間の終わりだ。



『ありがとうセイグ。君のような部下、友人を持てたことは私にとって最大級の幸運だよ。〝エクリプス〟については、こちらに任せてくれ。〝フリュム・アーム〟の同型をすぐに送らせる。交換用パーツも。この騒乱を巡る最悪の事態に備えてくれ』




 また会おう、と画面が暗転し、次いでホロモニターが消失した。














◇◇◇―――――◇◇◇


 ニフレイ・クレイオ。

 UGF第4艦隊所属、第6戦術機動中隊隊長。階級は少佐。


 かつて、人類の宇宙進出に多大な功績を残した〝77人の宇宙飛行士〟の一人、ジャン・ロペ・クレイオの末裔であり、彼以降も名だたる科学者、政治家、それに軍人を輩出し続けてきた。


 名門の生まれとして気高く、軍人として完璧を自他に要求し続ける。部下はこぞってニフレイに敬意と、プロフェッショナルとしての熱意・技術を捧げ、ニフレイもまた優れた指揮官として彼らの期待に応えてきた。



 それが………先の敗北、そして〝エクリプス〟の受領、そして【ヘビロドミンΨ】を投与されたその瞬間から、狂い始めた。



〈ヴォーデン〉艦内。モニターから漏れる光以外、照明の一切をシャットダウンした薄暗いニフレイの自室。

 彼は、壁に寄りかかり、息荒く………そして二つの単語を不規則に発し続ける。



〝ラルキュタス〟………ソラト………



 それは死によって裁かれるべき罪人。アダム以上の禁忌の体現者。



 誇り。

 尊厳。

 矜持。



 それらが徐々に変容していき、代わって彼の脳裏と心中に浮かび上がってくるのは、


 神は俺に全能を与えた。

 何故だ?

 この世界に蔓延る『罪』全てを裁くためだ。


 人が人を裁く。それこそが究極の神罰。

 私は『罪』が犯される瞬間をこの目で見た。人は神意によって生み出され、神の手によって生み出されたというのに、神の被造物たる人間によって創られた〝ステラノイド〟たち。


 罪深き存在。

 今すぐに死によって自裁せねばならない存在そのものが罪深きステラノイドの少年、ソラトは「守りたい」と言った。


 何を?


 愛すべき者を、と。



 ニフレイは嗤い、そして激怒した。

被造物が創造主を愛するなど許されぬ。

人を見るがいい。人が神を愛することなどあり得るか? 神がそれを許していないというのに!


よもや神に似せ、そして人に似せて創造されたステラノイドが、禁断の果実を口にする前に罪を犯すとはッ!!



罰しなければ。

原罪の少年、ソラト。そして〝ラルキュタス〟。


摂理に逆らうもの全て。


 神は全てが摂理のままに運動することを欲している。



 やがて、ゆらりと立ち上がったニフレイは、デスクへと近づき端末の通信コマンドを押し込んだ。



「………ニフレイだ。〝エクリプス〟の修復、どうなっている?」

『も、申し訳ありません。〝フリュム・アーム〟以外の修復作業は概ね順調なのですが、失った攻防盾の方は、地球の製造元から取り寄せないと………』


「急げ。………神は人の営みが終わるその瞬間までお待ちになられるが、人が裁きの時を待つことなど許されぬ」



 戸惑ったような通信の相手………〝エクリプス〟の整備主任の応答は聞かず、荒々しく通信をオフラインにする。



 そして………力を失ったように床に崩れ落ちると、今度は低く哄笑し始めた。



「………は、はは。原罪の少年よ。今はただ、断罪の時を待つがいい。誰も裁きからは逃れられぬ。は、ハハ………!」



 一切の照明がオフラインとなり、暗闇に閉ざされた部屋。

 倒れ伏したまま狂ったように低く嗤うニフレイの手元には、半分にまで減った【ヘビロドミンΨ】の錠剤瓶が転がっている………












◇◇◇―――――◇◇◇


『………私たちの願いは、これほどまでの暴力と破壊に晒されるべき、悪逆なものだったのでしょうか? 地球の搾取から逃れ、ただ人として未来のある生活を送りたい、私たちの願いは』



 UGFによるニューコペルニクス市襲撃から、3日が過ぎた。


 市外の月面上空でも激戦が繰り広げられ、市内でも、所属不明の民間戦闘用デベル〝ミンチェ・ラーシャン〟による襲撃が発生。十分に戦力を配置できていなかったNC市自衛部隊やリベルター部隊は後手後手の対応に追われ………辛うじて鎮圧には成功したものの結果は惨憺たるものとなった。



 激戦による生々しい爪痕が残る市街。

 即席で編成された救助隊による救難活動により、瓦礫の中から次々と生存者、もしくは死者が発見され、重傷者から優先的に病院へと運ばれていく。


 市街やインフラの復興も急ピッチで進められており、〝ワーカー・アイセル〟のような民間用デベルの他、リベルターの〝ラメギノ〟、ステラノイドの〝ジェイダム・カルデ〟も加わり、特に破壊の度合いが大きかった地区を中心に、その巨体を生かした瓦礫の撤去作業や救護設備の設置などで活躍していた。



 だが、どこも被害は大きい。NC市中央区にある高層ビルも、そのいくつかが倒壊しており、その無残な姿が………レインが乗る自動運転タクシーの車窓からも見えた。

 視線を近くに寄せれば、そこには廃墟と化した街並みが。一瞬、破壊された家屋の前で呆然と佇む……子供の姿を目の当たりにしてしまい、思わずレインは車外への目を背けてしまった。



 自動運転タクシーに備え付けられたモニターの中で、ニューコペルニクス市長シアベルの言葉は続く。



『私たちの切なる願い、言葉、祈り、そして政治的主張は本来ならば何ら軍事的実力を必要としない、民主主義が機能していれば何ら力の行使など必要ない、平和的なものでした。ですが………〝これ〟が地球統合政府、UGFの回答なのだとすれば、彼ら自身が、力を持たず、罪もない、ただ地球ではないどこかで暮らしている人々を力によって押さえつけていると認めることになります』



 破壊された街、担架で運ばれるケガ人、そして並べられた………死体袋。

 ここで起こった悲劇は、地球では一切報道されないという。地球で暮らしていたレイン自身、月やスペースコロニーといった宇宙植民都市についての報道、共有動画や、ツイート・ネットワークを、思い返せば数えるぐらいしか知らなかった。それも、耳辺りのいいことばかりで。



 月面都市は、デベル技術開発の最先端。だが地球の大都市に比べたらそれほど発展している訳ではない。それぐらいしか聞かされていなかった。地球に搾取されてるなんて。地球統合政府の正規軍であるUGFが躊躇うことなく破壊しようとする所だなんて、地球では誰も教えてくれなかった。………おそらく、情報は巧妙に操作され、誰も知らなかったのだ。



『………ですが、私はニューコペルニクス市長として、ただ無力なまま、この街を、皆さんをUGFに蹂躙させる訳には行きません。月面都市のみならず、スペースコロニー、火星、木星コロニー群でも独立の動きは活発化しており、私は………地球による不条理な支配と戦う私設軍隊〝リベルター〟との相互援助協定締結を決断しました。市民の皆さん、私は、そしてリベルターは二度とこのような惨劇が起きないよう、最善かつ最大の努力を惜しまないと、ここにお約束いたします』



 壇上に上がって演説しているシアベル市長の背後。そこには3機の〝シルベスター〟が並び、まるでリベルターの戦闘力を誇示しているように見えた。


 と、ポーンとチャイムが鳴り、演説を映し出していたモニターが一枚のマップを今度は表示してくる。



【ニューコペルニクス市民医療センターまで 残り1kmです】



 前方に、ドーム状の大きな建造物が見えてきた。




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