第25話 終息
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月面、ニューコペルニクス市を巡るUGF第3艦隊と反統合政府武装組織〝リベルター〟の激戦は、終局へ差し掛かろうとしていた。………ニフレイにとっても。
圧倒的物量を背景に押しつぶさんと攻勢を仕掛けていたヌジャン准将率いる第3艦隊。だが、〝リベルター〟所属デベル隊や敵艦隊の予想外の兵器技術・戦闘技術の高さ、敵エースパイロット、新型機の乱入によって戦線は膠着状態へと陥り、むしろUGFが押し返され、圧倒される場面すら多々見られるようになった。
〝フリュム〟を失い、眼前の〝ラルキュタス〟が次々繰り出す斬撃を、APFFも偽装装置も失った今、バトルブレードや回避機動で受け流し逃れるしかない〝エクリプス〟。
コックピットモニター上では、またしても北洋級艦がリベルター艦隊の猛撃を受けて沈み、100機以上は展開していた〝イェンタイ〟隊も、半数近くが撃墜され残りも損傷した機が多い。密集隊形で抵抗を続ける数機の〝イェンタイ〟を、リベルターのデベルが取り囲み、銃撃や砲撃を浴びせかけていた。
リベルター側も無傷ではない。だが〝ラルキュタス〟ともう1機、敵エースパイロット、さらには北洋級艦を一撃で撃沈せしめたあの新型機の出現によって戦況は既にリベルターに優位に働いている。この3機を潰さない限り、UGF第3艦隊に勝機はない。
そして主装備である〝フリュム〟を失った今、ニフレイは眼前の〝ラルキュタス〟を攻めあぐねていた。それに………
「ち………そろそろ時間切れか」
センサー表示モニター上に追加される複数の反応。
それに、それまで自分の身体を支配してきた高揚感や万能感が徐々に薄れていき、忌々しい理性が鎌首をもたげ始めているのを感じ、ニフレイは舌打ちした。
〝エクリプス〟を制御するために欠かせない薬品【ヘビロドミンΨ】。だがその効果持続時間には限りがあり、それが切れると………機体の制御どころか猛烈な禁断症状に襲われ、操縦どころではなくなる。
数日前の体験を思い起こし、ニフレイの口元が苦々しさに曲がった。UGFで最も先進的なデベルである〝エクリプス〟に乗り前回の雪辱を晴らすためとはいえ、犠牲にしたものが少々大きすぎたのではないか………
その間にも、〝ラルキュタス〟は鋭くその長剣を突き出してくる。ニフレイは十分にそれを引き付け、刹那、こちらを貫かんとする長剣の刃目がけ………フルパワーでバトルブレードを突き上げた。
鈍い衝撃と共に交錯する刃と刃。刃を突き上げられた勢いで長剣ごと上方へと吹き飛ばされかけ、すかさず宙返りして〝ラルキュタス〟はこちらから距離を取る。
その隙に、〝エクリプス〟は踵を返しスラスター全開でその場を離脱した。呆気に取られたように立ちすくむ〝ラルキュタス〟が、瞬く間に星々の一点と化し、やがて見えなくなる。
ものの数分で、〝エクリプス〟はUGF第3艦隊とリベルターが激突する戦場から遠く離れていた。
「少年」
『………?』
通信回線は未だ固定されており、ソラトなる〝ラルキュタス〟パイロットの怪訝そうな声音が微かに聞こえ、ニフレイは意図せず笑いかけた。
「貴様らステラノイドの罪は明白だ。次の戦いで、必ず私の手で断罪してくれよう。それまで壮健であれ」
それだけ言うと、一方的に通信を切断する。
更に〝エクリプス〟を加速させ、目指すは新たに出現した反応………古巣であるUGF第4艦隊。
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「左舷デッキ4から5にかけて対艦ミサイル被弾! 該当デッキを封鎖します!」
「艦被弾率50%を超えました!」
「ニューソロン炉出力、87%に低下! 不要な区画へのパワーカットを………」
「敵艦隊のさらに後方に反応! 大型艦5隻! ………これは、UGFのビショップ級ですッ!!」
北洋級艦と激しく撃ち合い、徐々に損害が蓄積していく〈マーレ・アングイス〉。
月雲大尉や、市内の敵性勢力排除によりこちらの増援に回ったNC市内の〝ラメギノ〟隊の合流によって、リベルター艦隊は敵の勢いを徐々に押し返しつつあるものの………
「か、艦長………! 今ここで敵の増援となると………」
傍らで狼狽するイルディス副長に、オリアスもうなり声で応えるより他ない。
NC市を守るリベルター艦隊は、もはや満身創痍。マーレ級の撃沈こそ免れているものの、随伴する南沙級軽母艦はすでに3隻が撃沈。残りも無傷な艦はいない。
現在、リベルター艦隊7隻に対してUGF艦隊8隻。数の上ではそれなりに拮抗しているように見えるが、UGF艦隊は全て主力艦である北洋級艦だ。マーレ級以外は民間船の改造にすぎないリベルター艦隊と比べるべくも、ない。それにデベルの数では未だ倍以上の開きがあった。
そんな中、ここでUGFの増援に来られたら………
だがその時、第3艦隊が居座る戦域を、強烈な一条の閃光が薙いだ。
その激しさに、その位置から遠く離れた〈アングイス〉のブリッジでも悲鳴や喧騒が漏れ、オリアスも「うぐ………!?」と目を逸らさざるを得なくなる。
これは、先ほど駆けつけてきた………
「この攻撃………〝オルピヌス〟か!?」
「は、はいっ! 北洋級艦2隻、ニューソロン炉反応消失しました!」
信じられん………
強力なAPFFとアルキナイト装甲といった防御力を誇る宇宙艦を、こうも容易く撃沈するとは。
「うち1隻は第3艦隊旗艦〈マラッカ〉です!!」
「! ………いいぞ。これなら………!」
敵の頭が潰れた。
敵に統率と戦意あれば、次席の指揮官が艦隊の指揮を執り態勢を立て直すだろう。
だが東ユーラシア軍によって構成される第3艦隊にとって、背後から〝駆けつけてきた〟ビショップ級は、真の意味で増援とはなりえない。東ユーラシアとUSNaSAのこれまでの確執を見れば。
果たして、
「か、艦長! 残った北洋級艦が地球航路の方角へ転針していきます!」
「ビショップ級が長距離散弾ミサイルを発射! 敵艦隊との中間地点に着弾予測ッ!」
「全軍退避だ! 追撃せず、脱出させろ!」
おそらく第3艦隊撤退援護のための牽制射撃。
逃げ去っていく〝イェンタイ〟に追撃を浴びせかけていたリベルターの〝シルベスター〟〝ラメギノ〟や〝カルデ〟もまた、〈アングイス〉の方角へ退却する。
数分後、もはや破壊されたデベルや艦船の残骸が漂うのみとなった戦域に、拡散ビームや実体散弾をばら撒く戦略兵器…UGFの長距離散弾ミサイルSSLCM-412〝サンダーランサー〟が炸裂。その一帯を激しい火球と閃光で埋め尽くした。
「………UGF第3艦隊、完全に宙域を離脱しました!」
シェナリンの報告。見れば、残った北洋級艦6隻は180度回頭し、地球のある方位目がけて推力全開で撤退していくところだった。
ブリッジに安堵の息が漏れ始める。だがオリアスは、
「損傷機の回収、修理を急がせろ! パイロットも交代で休息。ビショップ級はまだ動いておらんぞ。〈コグニトゥム〉からの指示を再確認しろ! 本艦の兵装修復状況、どうなっている?」
矢継ぎ早に指示と確認命令を飛ばしつつ、オリアスはモニター上に映るビショップ級に視線を移した。
やがて、ビショップ級もこちらに艦首を向けつつ、徐々に後退していく。
「ビショップ級、後退を始めました!」
「〈マーレ・コグニトゥム〉より全体通信! 映像出ます!」
ブリッジ・メインモニターにリベルター艦隊旗艦〈マーレ・コグニトゥム〉からの通信、リベルター最高司令官にして『王』。アデリウムの端正な面立ちが映し出された。
『忠勇なるリベルター同志将兵諸君。此度の戦い、見事である。我等の技量、戦意、そして志により地球統合政府・UGFの暴挙は食い止められ、ニューコペルニクスは破壊を免れた。
しかし、戦いはまだ終わらぬ。地球の暴政より宇宙が解き放たれるその日まで。力なき者たちは、リベルターの拳が地球から伸びる鎖を断ち切るその日を、今も待ち望んでいる。………だが勝利のその日を迎えるため、今は兵を退き、母艦に戻り、休息をとるが良い』
〈マーレ・コグニトゥム〉がいる戦域より信号弾が打ち出された。撤退信号だ。
「………諸君、NC市は守られた。状況終了。デベル隊を順次帰投させろ。それと本艦の損害報告を」
旧式で攻撃・防御力共に脆弱なルーク級、そもそも戦闘艦ではない南沙級に代わって最前線に突出し、被害を担当し続けてきた〈アングイス〉をはじめとするマーレ級艦は、どの艦も甚大な被害を被っていた。主砲、ミサイル発射システムといった主要な攻撃オプションは軒並みダメージを受けており、ニューソロン炉からの出力も4割近く低下している。
〝イェンタイ〟や北洋級艦の猛撃によって破壊されたデッキもあり、戦闘が終了した今、手の空いた人員を総動員させ、逃げ遅れたクルーの捜索・救助作業が急ピッチで行われていた。詳細な指示はイルディス副長が、シオリン中尉が担当するコンソールの横に立ち、彼と意見を交わしながらスムーズに進めている。
オリアスはホロウィンドウに列挙されたダメージリポートに目を落としつつ………敗戦しなかっただけ奇跡だと改めて思う。敵総戦力はこちらの倍以上。それを一挙に覆したのは、月雲大尉と、突如として参戦した2機の新型デベル。
〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟のことは、オリアスもよく知っていた。そして捨て身に近い戦い方から、〝ラルキュタス〟のパイロットが誰か、容易に想像がつく。
「シェナリン。〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟は?」
「本艦に接近中………待ってください。様子が………!」
2機の位置を把握し、その瞬間ふと怪訝な表情を見せたシェナリンが素早くコンソール上のコマンドを叩く。
その時、ブリッジのメインスクリーンに〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟。それに月雲の〝シルベスター〟の姿が映し出された。あの激闘を最も危険な場面で生き抜いたというのに、3機とも損傷は少ない………
その時、メインスクリーンの隅に二人の人物が映し出された。一人は月雲。だがもう一人の、少女の姿に、
「レイン!? 何であなたそこに………!?」
シェナリンが息を呑み、思わずコンソール座席から腰を浮かせる。
だが、当の少女……レインは切羽詰まった様子で、
『こ、こちらレインですっ! すぐに着艦するので医療チームをお願いします! ソラトが、ソラトが………!』
『このバカ! パイロットスーツも着ないであんな滅茶苦茶な戦いしやがって!』
駆動系が一切稼働せず、ぐったりと首を垂れ動かない〝ラルキュタス〟を両脇から〝オルピヌス〟〝シルベスター〟が支え、やがて損害の少ない左舷へと着艦する。
「医療チームは急患に備えてください! 外傷、内臓破裂の可能性があります! 医療室は再生カプセルを………!」
勝利の美酒とは到底言い難い現状。
UGF第3艦隊を退けたと言えど、30個以上の艦隊を擁するUGFのほんの一部を削いだに過ぎない。最悪の場合、数日後には態勢を立て直して再攻撃を仕掛けてくるだろう。それまでにこちらが回復する見込みは、ない。
再度ホロウィンドウに視線を落とすと、被害の大まかな総計が表示される。
出撃した艦艇10隻のうち3隻が撃沈、〈マーレ・コグニトゥム〉他2隻が中破。
展開したデベル53機のうち、24機が撃墜。7機が大小のダメージ。犠牲となったデベルパイロット24名のうち、17名がステラノイドだった。
この状態で、果たして〈チェインブレイク作戦〉を実行可能なのか………。
月のみならず、スペースコロニー群、火星、木星自治都市。地球の経済的搾取に晒されている者たちがその独立の第一歩たる〈チェインブレイク作戦〉の成功を待ちわびているというのに。
そのカギは〝ラルキュタス〟と〝オルピヌス〟。そしてソラトやステラノイドの命運に左右される予感に、今のオリアスはただ一瞬瞑目し、その後現状を打開するため持てる能力と経験を駆使して的確な指示を飛ばし続けるより、他なかった。
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