第二十四話 三人のランチ

 授業が始まったが、席につき機械的にノートを取る小熊の思考はカブの防寒対策で占められていた。

 礼子も同じらしく、教科書でスマホを隠しながらあれこれと検索している。

 結局、午前中の授業時間を思索に費やしても、大した案は出なかった。

 オートバイの防寒グッズは多々あるが、どれも効果は未知数。効くか効かぬかわからぬ物に散財する博打など、今の小熊の経済状態では厳しいし、特に今月は幾つかの支出があったおかげで、もう無駄遣いは出来ない。

 小熊より予算的には幾らか恵まれている礼子も、彼女は彼女で選り好みが激しく、着けたがらない物が多すぎる。

 その典型が今着ている難燃繊維のフライトジャケット。バイクウェアとしては最も安全で普遍的なレザーウェアをカッコ悪いといって嫌ってる礼子は、ジェット燃料の炎上には強いがバイクの転倒では何の役にも立たなそうなフライトジャケットに一目惚れして買ってしまった。

 

 昼休みの時間、いつも通り小熊と礼子は駐輪場でカブのシートに座りながら昼食の時間を過ごす。小熊は最近買ったメスティン飯盒で炊いたご飯と缶詰。礼子は自宅から学校までの途中にある椎のパン屋で買ったライ麦パンのサンドイッチ。

 小熊は炊飯器と弁当箱を兼ねたメスティンに詰まったご飯に、鯖味噌煮缶のプルトップを開けて中身をかけ、食べ始める。礼子はクリームチーズとシュニッツェルと呼ばれる薄い牛肉カツを挟んだサンドイッチにかぶりついた。

 二人の食事が始まった頃合に、椎がやってきた。

「一緒に食べていいですか?」


 椎は以前からの顔見知りの礼子じゃなく小熊に話しかけてきた。というより、今朝の授業前、礼子にカブの箱に詰められそうになった椎は、礼子の赤いカブを怖がっている。

 小熊は特に断る理由も無いので、鯖味噌弁当を頬張りながら頷く。椎は小熊に許可されてもまだ落ち着かない様子だったが、礼子のハンターカブ後部につけられた郵政業務用ボックスが、小熊のカブに付いている普通のスチール製リアボックスよりは大型だけど、人ひとりを入れて運ぶほどではないのを見て、礼子の言葉をただの冗談だと思い安心したらしく、二人のカブの近くにある花壇に腰掛ける。

 水色のホーロー製ランチボックスを取り出し、パン屋の娘にしては風変わりなパスタの弁当を広げ始めた椎を見て、小熊は笑みを浮かべる。

 このイタリアン・バールのバリスタを夢見る小さな女の子は、礼子がハンターカブの前、郵政カブに乗っている時から使い続けているボックスが二重構造になっていて、大荷物の時には箱の表面にあるノブを引きながら持ち上げると、箱の大きさも積載量も倍増することを知らないんだろうか。

 それに、礼子は冗談のようなことを言い出す時に限って本気だということを。


 三人三様のお弁当を食べながらのお喋りは、やはり通学中の防寒について。

 アレックス・モールトン自転車で通っている椎は、モールトンに乗るようになる以前から真冬に愛用している分厚いウール製ショートコートのおかげで、冬でもそれほど寒くないらしい。

 椎のモールトンは小熊が以前聞いた話では、自分で選んで買ったのではなく、中一の時に父から押し付けられるように貰ったものだと聞いた。それより前から着ているお気に入りのショートコート。

 小熊は椎が母に連れてってもらった甲府の古着屋で、互いに目が合うように見つけて以来ずっと愛用している、水色のミッソーニ製ショートコートの話を、ちょっと自慢げに話してるのを聞きながら、彼女は自分が小学生の時から同じコートを着ていること、同じ体形だということを喋ってるのに気づいてるんだろうかと思った。


 小熊が自分の着ている。防寒には非常に頼りないスイングトップタイプのライディングジャケットを指先で摘んでいると、椎が話しかけてきた。

「あの、寒いなら何か着ればいいんじゃないですか?」

 それが出来ないからあれこれと考えている。上半身の寒い小熊はもっといいジャケットを買う金が無く、手と首元の寒い礼子は自分が身につけることを自分で許せるようなグローブやマフラーが無い。

 鯖味噌の弁当を食べた小熊は、お茶を飲みながら言った。

「買い換えるのは難しい」

 言葉足らずな小熊の言葉に首を傾げた椎は、何かを思いついたように目を輝かせた。

「もしかしたら何とかできるかもしれません」

 あまり期待していない小熊の向かいで、礼子が興味ありそうな様子で椎を見た。

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