第09話 魔法の代償
「賢者様、どうかお慈悲を」
「断る」
「……女神様へ手紙書きますぞ」
「構わん。『あお君とおしゃべりできるのが、お父様とイルカちゃんだけなの
ズルいって、そうよねえ』と、言わないケースは想定しておるよな?」
「め、女神様のお考えは、私では想像もつかないことがございますので」
「『良い子にしてろって言ったわよね?』と、新婚生活(永遠)に水をさされた
アレが、キレて暴れて困るのは、後始末するお前のとこの教団ではないか」
「短慮でございましたっ」
愛猫神官はやっと帰っていきおった。ほんとお前、何度目じゃ? 愛猫と話したい気持ちは分かるが、ワシを便利に使うな。
部屋の壁から、黙っていれば可愛らしい娘が上半身だけニュッと現れる。貴族の家とかに、鹿の剥製とか壁にかけてあるじゃろ。ちょっとあれに似てる。
「手紙なんて書かなくても、私がいるって教えてあげたらいいのに」
「お前はワシの部屋を、お前のとこの教団の聖地にするつもりか!!」
助手が娘からダンジョンの土を土産に持たされてな、ご覧の有り様じゃよ。
「せっかく来たのに、私、歓迎されてない気がするなあー」
「そんなことないぞ。愛する娘よ」
「ふふふ、その冷や汗の理由が知りたいわあ。気のせいかな、嘘のニオイがするの」
娘は鼻をすんすんさせておる。
「ち、父親を追い詰めるのはよさんかっ」
「でも、お父様なら、愛猫神官にあお君の言葉が分かるようにすることくらい
造作もないことでしょ?」
「あおに頼まれておらんし、何でもかんでも魔法を使えばよいものでもなかろう?」
「これだけ好き放題、魔法を使うお父様が言ってもねぇ……。
あら、お客様みたいよ。私、失礼しますね」
娘が壁に引っ込むと、パタパタと駆けてくる足音がワシにも聞こえた。
「爺ちゃん、奥の部屋貸して」
「また来たのか思春期少年」
「この村に思春期の少年は他にもいるよ」
「頻繁に親と喧嘩して飛び込んでくるのはお前だけじゃ」
「言っても無駄なやつだね。あ、イルカさんもこんにちは」
「こんにちはー」
イルカは、思春期少年の後について、客間へ入って行った。また、家族の不満を聞いてやるのじゃろう。黒服美形は村の子どもらに勉強を教えているんだが、この子は飛び抜けて出来が良くてな。年の離れた姉たちはもう結婚して家庭を持っており、思春期少年をただ跡取りにするつもりだった両親たちは、「勉強できるなら王都の学院に行きなさい」と言うようになったんじや。思春期少年はこの村で静かに暮らしたい。そりゃ、喧嘩になるわなあ。
ま、イルカがどうにかするじゃろ。
『爺ちゃん』
「今日は来客が多いな。なんじゃ、あお」
『あのね、お願いしてもいい?』
「まあ話してみなさい」
『うん。友達とか僕の好きな女の子とか、ノミがいるんだ』
「ふむ」
『僕は父ちゃんが、お風呂に入れてくれるからそんなに困ってないんだけどね』
「愛猫神官はマメじゃな」
『人間に飼われてない子もいるから。なんとかしてあげたくて』
「うーむ。あおの友達連中はどう考えている?」
『僕に任せるって』
「ワシの所に来ることは、村の猫達も知っているわけじゃな」
『そうだよ』
「猫だけの問題では無いじゃろなあ。犬や馬、他の動物たちもおる。
人間もダニやシラミの対策するしなあ」
『虫を取ってもらうと、さっぱりするんだ。
僕のワガママかもしれないけど、他の子たちも同じようにしてあげたい』
「そうじゃな、これはあおのワガママじゃ。
そのワガママ気に入ったぞ、ワシがなんとかしよう」
『約束だよ。ありがとう!!』と、あおは尻尾をピンと立てて帰って行った。
客間の気配を伺いつつ、娘がまた壁から現れる。ニヤニヤしとる。
「なあに、お父様、あお君には甘いの?
『何でもかんでも魔法を使えばよいものでもなかろう?』って、
私さっき伺った気がするのですけれど」
「良い所に来てくれた」
「歓迎された!?」
「お前のダンジョンって、トラップとかあるよな?」
「ありますよ」
「あおに頼まれた件、この村に結界を張ろうと思うんじゃ」
「やだ、お父様、まさか」
「よその村へダニたちが移動しても迷惑じゃろ。
そこで、お前のダンジョンのトラップを引っ越し先にだな」
「それは上層の初心者向けのトラップで、すっごい嫌がられて
効果はあるでしょうけど……。
うちのダンジョンにいらないものを押し付けるのやめて頂きたいわ」
「よその村にも、お前の信者はおるよな?」
「ああもうっ。ズルいわそれ」
「理解のある娘がおって、ワシは果報者じゃ」
ワシはダニや蚊など、この村で血を吸う虫を集めて選ばせた。結界の中で死ぬか、王都のダンジョンのトラップへ引っ越すか。視覚的にお見せ出来ない量の虫たちが集まり、ワシはまとめて転送したんじゃ。これであおの友達や好きな子がダニにたかられることもあるまい。
その様子を見ていた村の猫たちがワシのところへ礼を言いに訪れた。律儀なやつらじゃな。あおは『人間は食べないから』と止めたが、他の猫たちは『賢者様ならこれの美味しさ分かるだろ』と、ネズミやトカゲをどっさり持ってきおった。
ネズミやトカゲをどうしたものかなと考えておったら、助手のイルカが飛んできた。
「賢者様! 思春期少年くんがっ」
イルカに乗って現場へ連れて行かれた。
――ああ、もう息絶えているなこれは。
「落ちたのはあの枝か?」
「はい。奥の部屋でひとしきり話を伺って、木登りでもしようかなと仰ったので、
見守っていたのですが……」
「魔法を発動するか、自分の背中で受けるか迷ったか」
「はい……」
「お前たち魔法生命体はとっさの判断が苦手なはずじゃから、そう己を責めるな。
アレを行うから、黒服美形を連れてきなさい」
この子は、運悪く岩の上に頭から落ちたんじゃな。痛かったろうに。
すぐに、イルカが黒服美形を背中に乗せて戻ってきた。
「黒服美形よ、いつものやるから、手を貸してくれ」
「お体へのご負担はよろしいのですか」
「よろしくないわ。よろしくないが、この子をここで死なせたくない、
この子が事故死して嘆く村の衆たちを見たくない、
この子と遊べなくなったあおが寂しがるのを見たくない、
ワシのワガママだからの」
ワシは、ニヤッと笑って見せた。
この事故は起こらなかった。起きた出来事を無かったことにすることは、禁呪に等しい。ワシらが好き勝手に使えば、世の中がメチャクチャになってしまう。それでも、命と引き換えに使う者もおる。ワシの場合は「全魔力を放出し一日昏睡する」だけで、この魔法を行使できる。とはいえ、その間は無防備になるからの。使いたくは無い。だが、平和な村でも事故は起きるからな、結局使うハメになっておる。
ワシの魔法が発動すると、思春期少年は落ちた場所へ戻る。死者の蘇生ではない、事故が起きたこと自体を無かったことにした。当然、思春期少年はまた、同じ枝から落ちる。だが、そこには黒服美形が待っておるから、落ちて抱きとめられて説教されて終わりじゃ。
ワシは意識があるうちに、イルカに連れられて部屋へ戻った。
「可愛い娘よ」
「魔力空っぽじゃないですか」
「ワシは明日まで死んだように眠る。
その間のことは、助手がどうにかするからの、くれぐれも悪さをせんように」
「まあひどい。私も時と場所はわきまえます」
「ああ、ワシ知っとるぞ……」
「そんなこと言われたら悪さできないじゃありませんか」
寝室から出てきた賢者の娘は、事情を説明したり謝ったりしようと、緊張してギクシャクしているイルカをギュッと抱きしめる。
「いいのよ。全部、全部分かってる。お父様がしたかったことも、
あなたがどれだけ切なかったかも。良い子ね」
イルカは自分の代わりに泣いてくれる女神に抱きしめられて、罪の意識や苦しさが和らぐような気持ちがした。
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