第08話 イルカが家出した
探さないで下さい。
書き置きを残して、助手のイルカが居なくなった。探されないように、「雲の巣」に接続しておらんし、ワシの遠見の術などで探しにくいように、人間か他の生き物に魔術上は偽装しておる。まあ、休みも必要じゃろて、ワシは好きにさせることにした。
あと、面倒だから放置したのもちょっとある。
幼女や少年たちが「イルカさんと遊びたいです」って会いに来る。そうじゃな、あいつと遊ぶのが日課じゃものな。留守だと教えると「家のお手伝いをしたら遊んでくれるって言ったのにー」と、しょんぼり帰って行きおった。すまんな、うちのイルカが。
村の女衆が「イルカちゃんいますかー。話を聞いて欲しいんです」と、やってくる。嫁姑問題とか助手が親身に相談に乗ってたからのう。留守だと伝えると、「また来ます」と帰って行きおった。ほんとすまんな。
黒服美形は「助手殿がいないと、村の衆の元気がなくなりますね。まだ見つからないのですか?」と、ワシの部屋に顔を出した。黙って頷くと、「何かできることがあれば、仰って下さいね」と言われた。心配かけるのう。
小町魔王がきた。
「賢者様、説明していただけるかしら?」
「起きたらいなかった」
「何をやらかしたのよ」
「何もしとらせんよ」
「私でもガーゴイル程度は作れるんですよ。ああいう魔法生命体が、
理由もなく使役者の元を出奔するはずないでしょ」
「例外なんじゃろうな」
「そうじゃなくて、ご自身が何かやっちゃったか考えないの?」
「助手に聞いてみないとわからんし、その助手がおらんのじゃ」
「だから探しなさいって言ってるの! どうせ賢者様が何かしたのでしょ」
恋愛小説の続きも読みたいし、遠出する時の馬車代わりも、うちのイルカがいないと不便だからなあ。小町魔王は尻尾で床をビタンビタン叩いておる。荒れてるのう。
こやつにしてみれば、恋バナも聞いてくれる友達でもあるのか。
「お前には何も言っていかなかったのか?」
「それが一番腹立つのよね。あの子、帰ってきたらお仕置きします」
「それを聞いたら、ワシなら帰らんぞ?」
「留守にすればするほど、お仕置きがキツくなります」
ワシ知ってる、地の果てまでも追いかけてくるやつじゃこれ。うちの娘とかうちの娘とか。ワシまでお仕置きされても困るので、小町魔王には「探すから」と帰ってもらった。
この際、「雲の巣」から助手の情報を引っ張り出して、新しいイルカを作ってごまかすのはどうかと、考えたんじゃが、村に馴染んだあいつの個性までは再現できんからな。探すしかない。さて、どうしたもんじゃろ。
――『来てますよ』
娘から直通ツブヤキが届いた。
『うちの助手か?』
『私達の階層は立入禁止区域になっているから、その外でぼんやりしてるわね』
『お前のダンジョンなら見つかりにくいと思ったのじゃろうか』
『ちょっと、壁から義体を出して話を聞いてみますね』
娘のところに転がり込むとは。嫌な予感しか無いんじゃが。どう考えても怖い考えにしかならん。そんな気持ちでしばらく待っておると、娘がまた連絡をよこした。
『お父様。正直に話して下さい。私は嘘が嫌いです』
『何を話せばよいのだね、愛する娘よ』
『イルカちゃんが、思い余って私に助けを求めるようなことについて』
『心当たりが無い件について』
『無理させてるでしょ、この子に』
『用事はあれこれ頼むが、助手はそういうものじゃろ?』
『財産の移動はこの子には荷が重いでしょ』
『ん?』
ああ、思い出した。小町魔王が暇な冒険者に滅ぼされたじゃろ? ワシの財産の一部は、ドラゴン捕まえて門番にして守ってあるのだが、うっかり冒険者に襲われても困るので、イルカに「なんとかしろ」って頼んだ。そういえば。
『門番のドラゴンは「賢者様の代理とか聞いてない」って話にならなかったそうよ』
『一応、やろうとはしたのだな』
『かわいそうでしょ!!!』
娘に説教された。こいつ怒ると話が長いんじゃ……。
『分かった。お前の言うとおりにする。ワシが悪かった』
『何が悪かったのか、仰って』
『魔法生命体とはいえ、無理な仕事を頼みすぎた。イルカと、無理な時は無理だと言って貰える関係を作っていなかったのが問題だった』
『イルカちゃんには、話しておきます。そちらへ帰ったらきちんと謝るんですよ?』
『分かった』
『本当に大丈夫かしら。私も、夫を紹介したいし、一緒に着いていこうかな』
『最下層が封印されるほどの病を、外に持ち出さんでくれ!』
『あら、健康には害のない病なのよ?』
『そんな病があるか!』
村に、おずおずと戻ってきたイルカに、ワシは娘と約束した通り謝ったんじゃ。
「次からは、1人で抱え込まずに、ワシに無理だと言ってくれ。言いにくければ、
黒服美形あたりに相談すること。愛猫神官でもいい。
小町魔王は相談されないことに傷ついておったぞ」
「はい、頑張ってみます」
「いや、悪いのはワシじゃから、そこは頑張るな」
助手とそんなやり取りをした。留守をしていた間の用事をするんじゃろうな、村の方へふよふよ漂って行った。イルカが家出をした経緯を知った小町魔王は、イルカではなくワシにお仕置きをすると言い出し、黒服美形と愛猫神官が必死になだめてくれた。
「もう反省してますから」
「女神様に十分絞られてますから」
「私が言っても、無駄かもしれないしね」
なんか酷いこと言われておるんだが、まあワシが悪いし仕方ないわな。
「そうそう」
愛猫神官が、ちょっとついでに用事を思い出した感じで話しかけてきた。
「賢者様の財産ですが」
「ふむ」
「女神様のご意向で、教団本部で管理しております」
「なんじゃと?」
「教団本部の金庫なら、冒険者も荒らしに来ませんし安全です」
「竜は? 第一、あの量じゃろ」
「竜を使役するのは呪いの一種ですから私達で解除できます。
女神様が義体に降臨されていますから、竜は暴れることなくすみかへ
戻って行きました。それに、私達の教団も人数は十分にいますから、
人海戦術という手がありましてな」
義体に入ればダンジョンから外に出られるのか。面倒見がいいというかなんというか。その義体、絶対教団本部で御神体か何かになっとるよな……。
直送ツブヤキが送られてきた。ピコンと新着通知の音がする。
『イルカちゃんを困らせた分で1割、私達の作業負担に関して1割、お父様が私達夫婦に会いに来て下さらないから3割、合計5割は教団が頂きました♪ 残りの5割は大事に保管しますけど、私が許可しないと使えませんからね♡』
これは管理ではない。強奪じゃ。
本当に大切なことは、他人に任せてはいけない。面倒でも自分で行う。ワシ覚えた。
それにしても、授業料高すぎると思わんか?
「さすが女神様。父親のこと把握してる。こういうお仕置きがあるのね」と、小町魔王が妙に感心しておって、娘の信者がワシ怖い。でもまあ、それはまた別のお話じゃな。
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