ルペンの憂うつ

Jack-indoorwolf

第1話ローカルエリア・グラフィティ

 クソみたいな……失礼、バラ色の世界へようこそ。まだ俺たちは自分にてきした戦い方も知らない子供だ。今わかるのはそれだけ。どす黒い欲望が渦巻うずまく世界で幸せを感じるには、俺たちは少し要領ようりょうが悪いような気がする。

 身勝手みがってな行動がきっかけで、幼い頃の運動会のマスゲームを大混乱だいこんらんさせた経験がある俺は……ダメ男のあゆむ。大自然に囲まれた北海道の地方都市に住む大学2年生だ。結局女にモテるには優等生なだけじゃあダメなんだよ。それが今まで生きて来た俺の人生教訓じんせいきょうくん

 

 俺は大学の昼休み、近所の和食レストランで友人2人といっしょにご飯を食べていた。


日経平均株価にっけいへいきんかぶかが上がった、と」

 俺はスマホを見ながらぼそりとつぶやいた。

「なぜ?」

「知らんよ、アメリカの経済指標けいざいしひょうが良かったんじゃね」

「……それかフランスのルペンが自宅の階段でころんだか」

「ああ……かもね」

 俺は北海道でザンギと呼ばれる鶏肉とりにく唐揚からあげをおかずにご飯を食べている。俺の独り言に同じたく蒼士そうしが相手をしてくれた。蒼士はたいていの楽器ならなんでもけるというちょっと変わった男だ。彼は今、マグロやホタテの刺身が乗った海鮮丼かいせんどんを食べている。


「株なんか持ってないくせに」

 テーブルをはさんで俺の前で蒼士と並んですわるルリがバカにするように言った。

「そう、俺たちは株を持っていない」

「あんたらバカ?」

 それが何か、という感じの蒼士、ルリは俺たちに食ってかかる。

「バカかもしれないし、そうじゃないかもしれない……そうじゃなかった場合、ルリ、俺と寝るなら今のうちよ」

 俺はいやらしく笑いながらルリにささやいた。ルリは全くどうじずてるように俺に言った。

「やっぱりバカだと思うからやめとく」


 俺たちが入った和食レストランは大学近くの学生街がくせいがいにある。全国チエーン店とはえんがなく昔の名残なごりがあるタバコの煙で汚れた内装の古臭い店だ。店内は混んでいる。ここはちょうど学食に飽きた学生たちの溜まり場なのだ。料理は北海道ならではのものが多くおおむね学生たちには好評だった。周囲は賑やか、とにかく賑やか。


「童貞のくせに」

 昼食時の無駄話が続く。さっきの会話の流れでルリが俺を攻撃して来た。

「確かに俺は童貞だ……しかしそのおかげで俺のおちんちんはピンク色だし、その上グリコのプッチンプリンの味がするのだ」

「今どきそんな堂々とセクハラするな、気持ち悪い。もうグリコのプッチンプリン食べられないじゃないか」

 はっはっは、俺の勝ちだな。ルリは今食べているサバの味噌煮込み定食もゲゲッという感じだ。


「蒼士、歩が私にセクハラしてくるぅ、助けて」

「知らん」

「私は蒼士にぞっこんなのに」

「僕が愛してるのはプリンスだけだよ」

 ルリは蒼士のことが好きなのだ。でもなぜだか彼はそっけない。ちなみに蒼士が言うプリンスとはアメリカのミュージシャンだ。数々の伝説を残し2016年4月21日に数々の伝説を残しこの世を去った。蒼士はそのプリンスの熱狂的ファンなのだ。


「誰とつないでるの?」

 ごちそうが乗ったトレイの横に置かれたスマホでルリは誰かとテレビ電話でしゃべっている。俺は気になってのぞき込む。

あおいと。カラオケボックスから」

 葵とは俺たちとよく遊ぶ同じクラスの女だ。彼女は午後からの講義がないようで……そういうわけだ。

「葵、アニソン歌ってくれ」

 俺はチャチャを入れた。

陽太ようたが大学辞めるって」

「え」

「実家のクリーニング屋が経営破綻だって」

 最近、陽太の様子がおかしいことはみんな薄々気づいていた。こんなことになるなんて。陽太は大学入学時のオリエンテーションで俺たちのグループリーダーになった男だ。みんな色いろ世話になってる。

 俺も蒼士もルリの言葉にびっくりした。


「……俺らがここに来て一年半か」

 和食レストランを出てアスファルトの歩道を3人で歩きながら俺がしみじみ言った。クラスメイトが大学から去るのは初めてのことだった、

「うちの大学、経済系がメインじゃん」

 蒼士が俺とルリに言い聞かせるように語る。

「陽太が一年半勉強したことが親父さんのビジネスの再興さいこうに役立つことを祈るよ」

「パパがトラブルかかえてると大変、俺んとこもそうだも」

 俺は半分あきらめて言った。本当のことだ。

「わが家が普通の家庭だったら今ごろ俺は早稲田あたり通ってたんじゃないかな」

「バカなことを」

「うん、バカなことだな」

 俺の迷いを蒼太が冷静にたしなめる。俺は現実を受け入れざるを得なかった。

「で、ルペンは?」

「骨でも折ったんじゃね」

 ルリの無邪気むじゃきな問いに俺がふざけた。初夏、緑の濃淡が美しく散りばめられた北海道を歩く。そして青い空。俺たちは午後からの講義に出席するため、だだっ広い田んぼに囲まれた小さな大学校舎に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ルペンの憂うつ Jack-indoorwolf @jun-diabolo-13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ