第9話

 広大な大地と豊かな資源を持つバーリス辺境伯領。

 【オムニスの森】などが近くにあることからも魔物の被害が心配される場所ではあったが、そのような危険な場所にあるため、他の貴族より多くの領地と権力を与えられていた。

 そんなバーリス辺境伯が治める領地の中で、一番栄える街【カゴーン】にバーリス辺境伯の館はあった。

 華美な装飾と贅を尽くした美術品の数々。

 その中でもひと際広く、豪華な部屋に辺境伯はいた。


「フー……フー……」


 散乱する衣服に、乱れた寝具。

 ベッドの上には様々な液体で汚れた裸の女がうつぶせになっており、目は虚ろで息も絶え絶えだった。

 そんなベッドに腰かけ、荒い息を吐きながらワインを飲み干すのは、贅肉を身に纏い、少ない髪が汗でべったりと張り付いたバーリス辺境伯だった。


「フン、抵抗しおって……つい殺してしまうところだったわ」


 バーリス辺境伯は忌々し気に女を睨みつけると、部屋の外に向かって声を投げる。


「おい!」

「――――お呼びでしょうか」


 辺境伯が声をかけると、すぐさまカッチリとした衣服を身に纏う初老の男性が、恭しく頭を下げ、入室した。


「このゴミを連れてけ。兵士どもの性処理道具として処理して構わん」

「かしこまりました」


 初老の男性は特に表情を動かすことなくそういうと、すぐさま部下の男たちを呼び寄せ、女を運ばせた。

 その光景に見向きもせず、再びワインに口をつける辺境伯に対し、初老の男性は口を開く。


「旦那様」

「どうした、まだ用があるのか?」

「はい。次の女性を見繕ってまいりました」

「む! そうかそうか、ここへ通せ」


 初老の男の言葉に目に見えて機嫌をよくしたバーリス辺境伯がそう告げると、部屋の中にボロ布を着せられた二人の男女が引き出された。

 女も男も口に布を噛まされ、さらに手足を拘束されているため身動きが取れない。

 そんな女の姿にバーリス辺境伯は下種な笑みを浮かべるも、すぐに隣に転がされた男を見て顔をしかめる。


「ん? なんだ、その汚い男は」

「は。どうやらその女の恋人のようでして……女を連れてくる際、両者とも激しく抵抗しましたので、ついでにと兵士が連れてまいりました」

「ほう?」


 本来なら男は殺され、女だけが連れていかれるところを、男も連れてこられたのには理由があった。

 それはバーリス辺境伯自身の性格が大きく関係しており、笑みを浮かべながら二人に近づく。

 そして乱雑に女の顔を掴み上げ、舐め回すように見つめた。


「ほうほう……いい女ではないか。まだこのような女が領内にいたのだなあ?」

「いえ、どうやら最近この街にやって来たようでして。街に来た際、手続きをした兵士が旦那様にと目をつけていたそうです」

「なるほど。あとでその兵士には褒美をやれ」

「はっ」


 それだけ言うと、バーリス辺境伯は転がされる男に対し、微笑みを向けた。


「さて、貴様がこの女の恋人だな? 残念だが、この女は今からワシのモノだ。よいな?」

「んー! んん!」

「おっと、何か言いたいようだな。ほれ、口の布を外してやれ」


 バーリス辺境伯の指示に従い、初老の男性が男の口から布を取ると、バーリス辺境伯を激しく睨みつけながら叫んだ。


「レイナを放せ!」

「あ?」


 バーリス辺境伯は、いきなり男の髪を掴み上げると、そのまま地面に叩きつけた。


「がっ……」

「平民風情が、ワシに口答えするな!」


 何度も何度も地面に叩きつけ、弱っていく様を見た女は、涙を流して必死に男を助けようと身をよじる。

 だが、拘束されているため、何もすることができず、ただ男がいたぶられる姿を見ることしかできなかった。

 一瞬でボロボロになった男の髪を再び掴み上げると、辺境伯は笑みを深める。


「ワシはなぁ……恋人の目の前でその女を蹂躙してやるのが大好きなんだ。恋人のことを忘れてしまうほど、よがり狂い、廃人となっていく様を見せつけるのが……」


 そう、男が生かされている理由は、ただそれだけのことだった。

 バーリス辺境伯がより興奮するから、生かされているだけなのだ。

 そのまま投げ捨てるように男の髪から手を離すと、そのまま女の口の布を取り払い、無理やりキスをした。


「ぃ……ぁ……!」


 必死に抵抗するも、バーリス辺境伯はボロボロになった男に見せつけるよう、口づけを続ける。


「れ……い、な……!」


 途切れそうになる意識の中、血を流しながらも恋人を助けようとする男だが、身動きの取れない今どうすることもできない。

 そしてその男の姿にますます興奮し、自身の一物をいきり立たせ、そのまま女の衣服をはぎ取ろうとした……その時だった。


「――――お楽しみのところ、ごめんなさい? お父様」

「ん?」


 バーリス辺境伯の部屋に、一人の女がやって来た。

 その女は、真っ赤なドレスを身に纏い、さらには体中のあちこちに金銀宝石のアクセサリーを身に付けている。

 体からはこれでもかというほど香水が振りかけられており、強烈なにおいを放っていた。

 アクセサリーだらけの女の正体は、バーリス辺境伯の一人娘であるキセーナだった。

 キセーナは無様に転がる男女に目も向けず、そのままバーリス辺境伯に近づく。

 そんなキセーナに対し、バーリス辺境伯は手にしていた女を投げ出し、満面の笑みで両手を広げた。


「おお、キセーナ! ワシの可愛い娘よ!」

「もう、お父様? 服を着てくださらないと、抱き着くことができませんわ」

「おお、そうだな」


 さっきまで裸で動いていた男が、娘の一言で簡単に衣服を身に纏うと、そのままデレデレとした様子で尋ねる。


「それで、どうかしたのか?」

「いえ、先ほどお父様の下に新たな玩具が入ったと聞きまして……」

「おお、それならそこに転がっているヤツじゃな」


 そう言いながら乱雑に床に転がる男と女を蹴飛ばすバーリス辺境伯。

 そしてキセーナが来た理由が、この片方の男を求めてだと思った辺境伯は笑みを深める。


「キセーナ。この男が欲しいのか?」

「いえ、お父様。もちろん、いただけるのでしたらいただきますが……今回来たのはそういう理由ではないのです」

「ふむ……では、何かな?」

「そこの女ですが、手を出すのは少々待った方がよろしいかと」

「む?」


 キセーナの言葉に、バーリス辺境伯は困ったように眉をひそめる。


「それはどういう意味だ?」

「お父様、お忘れですか? 近々【マゴウン教会】の司祭がお見えになるって話だったではないですか」

「おお、そうだったそうだった!」


 キセーナの言う【マゴウン教会】こそ、全世界で唯一認められている教会であり、【祝福】の儀式を取り仕切っている大本だった。

 【祝福】のすべてを支配しているからこそ、教会の権力はすさまじく、下手をするとユースティア大帝国の帝王ですら、迂闊に手が出せないほどだった。

 そのため、実質裏で権力を握っているのは教会といっても過言ではなく、バーリス辺境伯もその恩恵を受けているため、教会の人間は蔑ろにすることはできなかった。


「ううむ……では、この女を司祭様への貢ぎ物に、ということがキセーナは言いたいのだな?」

「そうです。幸い、まだお父様も完全に手を出しているわけではないようですし……それに、ちょうどそこに女の恋人もいるじゃないですか」

「うむ。司祭様はワシと同じ趣味の持ち主だからな……うむうむ、いい考えだ」


 キセーナの言葉により考えがまとまったバーリス辺境伯は、初老の男性に声をかける。


「おい、このゴミどもを一度牢屋にでも転がしておけ。それと、間違っても手を出すな、殺すな。このゴミどもは司祭様への貢ぎ物とする」

「はっ」


 初老の男性は部下を呼び寄せると、指示を出し、女と男を館の地下にある牢屋へと運んでいった。

 初老の男性含め、部下たちが部屋から出ていくと、辺境伯はだらしない笑みを浮かべる。


「さて、キセーナのおかげで司祭様への貢ぎ物を忘れずに済んだよ」

「いいえ、お父様。まだ安心するには早いですわ。司祭様が来るまでに、ちゃんと『掃除』をしておきませんと」

「『掃除』だと?」


 バーリス辺境伯は怪訝そうな表情を浮かべるが、キセーナは艶然と微笑む


「そうですわ。なんでも、まだ私が幼いころ、一度街中に転がるゴミを『掃除』したというお話を聞きましたの」

「……おお! そういえば、そのようなこともあったな。しかし、そうだな。最近また始めたからな。十数年ぶりに『掃除』をしなければいかんか……」


 バーリス辺境伯は何度も頷く。


「まったく、キセーナには助けられてばかりだ。そうだ、褒美に何かやろう。何が欲しい?」

「嫌ですわ、お父様。ご褒美が欲しくて言ったわけじゃありませんわよ?」

「気にするな。お前のためなら何でも買ってやるとも」

「本当ですの? では――――」


 先ほどまでの生々しいやり取りが嘘のように、キセーナとバーリス辺境伯は温かい親子の会話を続ける。

 平民やその他の人間に対し、どこまでも人間扱いをしないバーリス辺境伯は、唯一娘にだけ甘く、どこまでも甘やかし続けるのだった。


***


「ふぅ……今日も疲れたなぁ」


 バーリス辺境伯がキセーナと温かい会話を繰り広げているころ、バーリス辺境伯の私兵の一人が仕事を終え、帰路についていた。


「喜んでもらえるかねぇ?」


 昔こそ若さや欲望に身を任せ、なかなか無茶をしてきた男は、汚れ仕事もたくさんしてきた。そしてそれは、奇しくもちょうどキセーナの話していた『掃除』にも大きく関わっていた。

 そんな男も歳を重ね、やがて結婚し、子供も生まれて幸せな生活を続けていた。

 さらに今日は、そんな一人娘の誕生日であり、同僚の飲みの誘いも断り、手にはプレゼントを持ち、幸せそうな笑みを浮かべる。

 やがて家にたどり着くと、扉の隙間などからとても美味しそうな匂いが漂っていた。


「お、もう誕生日の御馳走の準備はできてるっぽいな~。楽しみだ」


 これ以上、妻と娘を待たせても悪いため、男は急いで扉を開けた。


「ただいまー! ほら、プレゼントを買ってきたぞ~!」


 意気揚々と扉を開けた先に待っていたのは――――。


「ぇ」


 裸になり、様々な体液で汚れ、虫の息といった様子でぐったりと無造作に転がされた妻と娘。


「――――おお、遅かったな。あまりにも遅いから、先に食ってしまった」


 そして、用意されていた御馳走を食らう【悪】が、そこにいた。

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