第6話

「はああああっ!」

「ふぅん……?」


 俺は斬りかかって来る女騎士……ルオラの太刀筋を見て、少し驚く。

 その太刀筋はしっかりと訓練された太刀筋であり、それでいて他の同じだけ訓練を受けた騎士とは違う、一握りの天才が到達できる域にまできていた。

 鋭く、はやい。

 これは本格的にいい拾い物だな。

 それに、容姿もいい。

 腰まで伸びた真紅の髪に、アメジストのような紫の瞳。

 騎士だというからには生傷も絶えないだろうが、肌が露出している部分に傷は見られない。

 女にしては背が高く、顔だちも思わず振り返るほどの美人でスタイルも抜群。

 いいねぇ。美人は大歓迎だ。

 俺は舌なめずりをしながら、何もない空中に漆黒の空間を展開した。


「なっ!?」


 突然現れた黒い空間に、ルオラは驚きの表情を浮かべる。

 そんなルオラを無視して、俺は空間の中に手を突っ込んだ。


「『亜空庫』は初めて見るか?」


 『亜空庫』とは、文字通り亜空間を展開して、その中に好きなだけ物を入れられる天賜だ。普段から使うことの多い天賜で、重宝している。

 俺は亜空間から一振りの剣を取り出した。

 その剣は、漆黒の剣身に赤いラインが走る、どこか禍々しい雰囲気を纏っている。

 ルオラは、俺が剣を取り出したことで、斬りかかっていたのを無理やり方向転換し、俺から距離をとった。


「その剣は……」


 俺の剣を見て、ルオラは訝し気にそう呟いた。

 ちなみに、俺の剣を鑑定するとこう表示される。


『略奪剣』……固有迷宮道具。対象をこの剣で斬りつけた場合、その対象から体力を奪い、この剣の所有者の体力を回復する。さらに、対象にこの剣でダメージを与えるたびに、所有者の傷を一つ、対象に移す事が出来る。


 これが俺の取り出した剣だ。

 迷宮道具は、天賜と同じでランクが存在し、この略奪剣はルディアの封印されていたダンジョンで手に入れた物だ。

 固有と称しているように、この剣をこの世で持っているのは俺だけだろう。

 そして、ルオラの持つ剣は、俺の鑑定を使うとこう表示される。


『無限剣』……S級迷宮道具。所有者が対象をこの剣で斬りつけると、その場所に所有者の望む回数だけ、同じダメージを与える事が出来る。その追加ダメージは避ける事が出来ない。


 ルオラはこの無限剣の他に迷宮道具を持っていないようだが、俺は腐るほど持っている。

 そこですでに装備という点での勝敗は決しているのだ。


「この私に剣で挑むのか? ずいぶんと舐められたものだな……!」


 ルオラは静かに怒りながらも、俺にどんどん斬りかかって来る。

 まあルオラが怒るのも無理はないだろう。

 俺が『鑑定』で視た、ルオラの情報がこれだ。


≪ルオラ・ヴァルハート≫

種族:人間

性別:女

年齢:23

天賜:剣聖、加速、見切り

備考:ユースティア大帝国第三皇子グシャーノの騎士


 『加速』は、非常に単純な天賜で、あらゆる動作を速くする効果があり、『見切り』は、攻撃を避けやすくなる天賜だ。

 これら二つは特段珍しい天賜ではない。

 だが、『剣聖』は違う。


『剣聖』……S級天賜。あらゆる刀剣類、剣術を使いこなす事が出来る。


 これもまた、効果は非常に単純だ。

 しかし、その内容はかなり違う。

 まず、刀剣類ならば、何でも使いこなせてしまうのだ。それこそ、初めて手にする物でも。

 そして、この世界に存在するあらゆる剣術を、一目見ただけで自分のモノにしてしまう、剣士にとって憧れとも、または忌み嫌われてしまうほどの超強力な天賜なのだ。

 それを、ルオラは持っており、だからこそ、あの鋭い剣撃を放てるのだ。

 もちろん、『剣聖』の天賜に加えて、努力もあったから、さらに強力なんだろうが……。

 それらの理由から、ルオラが俺の行動を見て、怒りをあらわにするのも無理はなかった。

 まあ……。


「だからなんだという話だが」

「なっ!?」


 俺はルオラの剣を受け止めた。

 そして、そのまま受け止めている手に力を籠め、ルオラを吹っ飛ばす。


「ぐっ!」

「どうした? 自慢の剣はその程度か?」

「貴様、私を愚弄するか!」

「事実を述べただけだが?」


 実際、ルオラはかなり強い部類に入るだろう。

 だが、それは一般的な話であって、俺には当てはまらない。


「その傲慢、後悔することになるぞ! 『加速』ッ!」


 ルオラは天賜の『加速』を使い、五芒星がルオラの背後に浮かび上がった。

 その瞬間、目に見えて速度が上昇し、一瞬で俺との距離を詰める。


「はああっ!」

「ふん」


 下段に構え、俺の股下から両断するために斬り上げてきたルオラの攻撃を、俺は鼻で笑い、避けた。

 ルオラも、一撃を避けられた程度では動揺もせず、そのまま流れるように斬り上げた剣の切っ先を返し、今度は上段から剣を振り下ろして俺の脳天を叩き斬りにかかってきた。


「……」


 しかし、それすらも俺は避ける。

 次々と休むことなく浴びせられる剣の嵐を、俺は全て涼しい顔をしたまま躱し続けた。

 やがて、俺に攻撃が当たることなく、延々と攻撃を続けていたルオラの体力に限界が来て、ルオラは一度大きく距離をとった。


「ハァ……ハァ……貴様……なぜ攻撃してこない! その剣は飾りか!?」


 避け続けるだけで、何もしない俺に激怒したルオラは、そう叫ぶ。

 だが、俺はそれを鼻で笑った。


「ハッ。攻撃させたければ、もっと本気を見せてみろよ。お前の全力を受け止めたうえで――――この国への忠誠心をへし折ってやるからよ」

「貴様あああああああああああっ!」


 ルオラは激昂すると、更に加速をして、俺へ迫る。

 しかも、さっきまでとは違い、今度の動きは洗練された――――積み重ねてきた歴史を感じさせる、一つの完成した≪業≫だった。


「――――【疾風一閃】!」


 さっきまで受けてた攻撃の中で、一番疾い……いや、そんな単純な話じゃない。

 今までの剣撃とは隔絶した疾さを誇る、ただ一撃に込められた文字通りルオラの全力。

 剣に纏わりつく風すらも置き去りにして、真空をただ突き進む神速の一撃が、俺の胴体を切り裂こうと迫っていた。

 なるほど、見事だ。


「まあそれで終わりだが」


 迫りくる一閃に、俺は手にしていた略奪剣でさらに超える速度で斬り上げ、ルオラの無限剣を弾き飛ばした。

 そして、ルオラを押し倒し、首元に剣を突き付けた。


「終わったな」

「あ……」


 ルオラは、自分の身に何が起こっているのか理解できていなかった。

 技術も、武器の性能も、何も関係ない。

 ただ、俺の方が強かった。

 それだけだ。

 ルオラは、静かに突きつけられた剣を見て、呆然としたまま、小さく呟いた。


「私は……負けたのか……?」

「ああ、負けだ」


 無慈悲に、ただ事実をルオラに突きつける。

 そんな俺の言葉を受けて、ルオラの心は折れていた。


「……そんな……私の剣は、一体……私は、何のために鍛えたのだ……? 私の国への忠誠心は……一体……」

「無駄。全部、無駄で無意味で無価値だった。よかったな? 今知る事が出来てよ」

「あ……あああ……ああああああっ!」


 ルオラは、慟哭した。

 自身の誇りだったすべてを否定され、そして壊されたのだ。

 嘆き、叫ぶルオラを前に、俺は慈愛に満ちた笑みを浮かべ、悪魔の如く囁いた。


「――――だが、無意味だったのは、お前が国に仕えたからだ」

「え……?」

「お前の剣も、強さも、あり方も……すべて、国に仕えたから無駄になった。俺なら、お前を今以上に強くしてやろう」

「今以上に……強く……」

「ああ。お前は正しい。ただ、仕えるべき相手を間違えたんだ。本当の主は――――俺だ。俺が、お前にすべてを与えてやろう」

「すべてを……だが、私は……」


 ……あと少しだな。

 自信も、何もかもを打ち砕かれたルオラは、俺の言葉に心が揺さぶられていた。


「まあどちらにせよ、約束通りお前は俺のモノだ」

「あ……」

「【隷属】」


 俺は天賜の一つ、『隷属』を使用した。

 『隷属』の効果はいたって単純で、指定した対象を隷属させる。

 隷属させられた人物は、所有者に攻撃といった、害ある行動が何もできなくなるのだ。

 俺が天賜を発動させたことで、ルオラの手の甲に、七芒星が浮かび上がった。これが、俺に隷属した証である。


「さて、そんじゃあお前を俺のアジトに連れて帰るぞ。んで――――たっぷり可愛がってやるよ」

「何を――――」


 俺は妖しく光る人差し指をルオラに見せると、ルオラはその場で意識を失い、それを俺は担いでアジトへと帰るのだった。

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