暗い海中で

西木 草成

 

 肌に感じる海の潮風はやけに生ぬるい、単純に夏だからというせいでもあるのだろうか、それともただ海という人の踏み入れてはいけない領域に対する何かの抵抗心がそう感じさせているだけなのか。


 




 自分自身にはよくわからなかった。


 


 

 今日は特に親しくもない大学のサークルメンバーでナイトダイビングというのを行おうというのである、そのために高い金をつぎ込んでスキューバダイビングの免許を取った。特に欲しいとは思わなかったが別にとっておいても損ではないと思って免許を取得した。


 スケジュールでは午後の8:00に出発、それまでの間は港での観光及びナイトダイビングについての講習だった、その間も特に親しげに何かを話す必要はないと思ったし、基本一人で行動するのは得意だった。


 



 午後8:00


 


 船が出港する。


 船の上には15人ほど、大学のサークルメンバーのほかにも一般の参加者がいる、カップルもいれば高そうなカメラを構えている人もいる。そのなかで一番うるさくはしゃいでいたのはサークルメンバーだった。


 同じようには思われたくなかったし、自然と足が揺れる船のなかで離れて行く。


 ふと空を見れば漆黒の闇にポツポツとだけある星とよく見慣れた無機質な月がのっぺりとあるだけでなんとも面白くなかった。


 大きく手を打ち鳴らす音がしたので船の先頭の方を見ると、先ほどナイトダイビングの講習をしていた人が船の先端に立っていて、あと10分程度で目的地に到着することと、今回のナイトダイビングの注意事項についての説明を受けた。


 内容は講習で受けたものと同じだったし、軽く聞き流しながら船の上に漂っている海猫を眺めていると不意に聞きなれない話が聞こえてきた。


 新たに注意事項があったのかと耳をすますと、どうやら漁師の間に伝わるおとぎ話みたいなものをしていた。





 満月の夜になると、海で死んだ人は一日だけ生まれ変わって出てくる、そしてその姿を見たものは海では決して事故に合わないというものだった。


 


 そんなことはあるわけない、生まれ変わりなんてまやかしだ。人は弱いから、信じられないからそんなことを信じてしまうんだと。


 


 そう自分に言い聞かせている自分が惨めに感じた。



 夜の海は夏にもかかわらずとても冷たく感じた。


 ウエットスーツから感じる水の冷たさを肌で感じながら、海の底を懐中電灯で照らしてゆく。



 何も聞こえない。




 何も喋れない。


 

 目の前を大きな海亀が横切った、その姿は悠々としていて見ていると安らぎを感じるものもいるだろう。



 何も感じない。



 ナイトダイビングなんて来るんじゃなかった、始める前はただ興味だった。でもやってみたら別に暗いというだけで何も面白くない、失敗だった。


 

 船に戻ろうにもまだ時間はある、自分だけ早く上がろう。


 



 気分が悪かったってことにすれば誰も咎めたりしないだろう。




 


 目の前に一匹の海月。




 

 何をするでもない、ただそこに漂ってるだけ。



 


 クラゲってさ、人魂に似てるよね。


 えっ、なんで?


 なんとなく・・・かな?





 触れたくない過去。




 海の悪夢。




 消えた彼女。




 海で死んだ人は満月になると生まれ変わる。



 

 あなた




 なんですか?




 薄れてく意識の中、懐中電灯に照らされた海月はさながら人魂のようにも見えた。














 


 次に目を覚ましたのは船の上だった、サークルメンバーと船員が顔を覗き込ませてただ俺の心配をしてくれた。



 三年前に海の事故で死んだ僕の彼女は。



 果たして僕の前に現れたあの海月だったのだろうか。



 なんだっていいか。



 もう二度とあの人は戻らない。



 それがわかっただけでも十分だろう。




 遠くで海猫が泣いてる




 なんでそんな悲しげに鳴くのですか?

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