第6話 拝啓ご両親、前厄の時はどうしていましたか?

 働き始めて二ヶ月も過ぎると色々と慣れてきます。朝早く起きることも、自分で洗濯をすることも、ネクタイを締めることも。全く異質で不慣れだった作業に慣れていくことにおかしさを覚え、今までそんなことを親やお手伝いさんに頼っていたのかと呆れることもあります。


 晴れて人より多い初任給を頂戴し、何とか実家への仕送りもできました。平均大卒初任給の倍はいただいておりますが、それでも両親や本家のお歴々と比べれば微々たる額。些少な仕送りでは、育てて貰った恩に十分報いられるものではありませんが、今後に期待していただくとしましょう。


 今後、ええ、今後です。より辛い今後に。


 「顎引け顎。引き金引く時はできるだけ力を抜けっていってるだろう。あと片目も瞑るな、着弾点がずれる」


 耳元で囁くように指示が飛んできます。音が反響しやすいシューティングレンジでも声が聞こえるよう、殆ど密着する形で姿勢を正してくれている班長の声でした。


 「両目の視線が中央で正確に像を結ぶ場所に銃を持っていって、照星と照門と的を一直線に結ぶんだ。イメージは目線の矢で貫くようにな」


 支給されたM60ニューナンブの引き金を絞ると、減装薬した訓練用銃弾でも頭にガツンと響く銃声が肉と骨を伝って襲いかかってきます。周囲で間断なく鳴り響いている物と相まって、頭が変になりそうな賑やかさです。


 しかし残念ながら、僕が今放った銃弾は、的が進むに度に上下に揺れる動作のせいで空白部分に当たってしまいました。分かりやすく言うと外れです。


 「再起死体はトロ臭いが、一歩一歩の歩みで振れる幅はオーバーなくらいだ。一歩を踏み出し終えた時を狙え。動く的でも動いてない時がある。そこが一番当たりやすい時だと忘れるな」


 どこかからかうような声音での指導。面白がっているのか、懐かしんでいるのか分かりませんが、どうして班長はこうも楽しそうに言うのでしょう。人間だった何かの頭を吹っ飛ばすようなことを教えているというのに。


 死体の首に刃を通すのを見届ける回数は両手の指の数を上回り、自分の手で通した回数も、あれから数えて片手の指の数をそろそろ上回るほどになりました。そして、三回目の拳銃講座において実銃射撃の実戦と相成りました。


 これは死体の首に刃を通す非再起処置と同じく、緊急事態での非再起処置、あるいは既に再起してしまった死体への強制執行に必要な手順の訓練。すなわち今までと同じく、死体を破壊することです。


 あれから、始めて死体が壊されるのを見てから僕はずっと悩んでいます。これは正しいことなのでしょう。しかし、正しいことをするのに悩んでいる僕は、果たして正しいのでしょうか?


 倫理的に死体を損壊せしめるのは糾弾されてしかるべきこと。しかしながら、僕らが死体をきちんと処理しなければ、誰かが死体になってしまったり、更なる死体を生み出したりしてしまいます。


 きっと、執行しないことも良く無いことなのでしょう。だのに死体を辱める、破壊するのは今でも良く無いこととして伝えられ、僕はそれを信じてきました。


 僕は正しいのでしょうか、間違っているのでしょうか。


 ……どちらでもあるのでしょう。僕が一般人なら正しいことです。倫理的にも法的にも。一般人には執行する権利はなく、余程の緊急時でなければ死体を破壊すれば、死体の損壊で罪に当たるのですから。


 しかし、僕は執行官――今は見習いですが――なのです。人を人だったモノから護る立場。そうであるなら、きっと普通の人間が考えるような思考を持つのは、甘えでしかないのでしょう。


 ですが、普通の人の盾となるため、普通の人間が理解し得ない思考をするようになるのは、果たしてよいことなのか。理解し難い価値観を受け容れ、抵抗を覚えないようになるのは良いことなのでしょうか。


 僕は未だに図りかねています。命が失せたとは言え、人だったものを壊すことを。


 自分の指示ではなく、外的な干渉によって身体が動かされました。僕が考え事をしている間に班長が姿勢を正してくれたのです。


 腕は伸ばしきらず、顔は傾けず、足は肩幅に開いて重心は低く。ゴタゴタ悩んでも弾は当たるようになりません。当てるには正しい指導に従い、きちんと覚えなければならないのですから。


 「悩んでると当たらんぞ。ただ基本を繰り返すことだけ考えろ。それ以外全部頭から追い出せ。そうすりゃ弾なんて嫌でも当たる」


 嫌でも当たるか、ホントその通りですね。


 再起死体が動く際に上下する頭の幅を忠実に再現した的。その一歩が終わると共に、僕は指導通りに引き金を絞りました。視線は照門と照星を貫いて一直線に的の頭へ。ダブルアクションで撃とうとすると異常に重い引き金を絞り、腕は反動に合わせて肘を曲げるようにして衝撃を吸収。跳ね上がった銃口の位置を直ぐに調整し、もう一度引き金を引いて同じ手順を繰り返す……。


 短い間に続けて発射された銃弾が、人の頭を模したターゲットを貫きました。一発目は顎の下辺りを。二発目は左目の下辺りでしょうか。ダブルタップでの命中判定を受けて、殆ど目前に近づいていたターゲットは、ゆっくりと倒れて消えてゆきました。


 手に深い痺れが刻み込まれ、引き金を引ききった指が上手く剥がれてくれません。この痺れはきっと、上手く拳銃の反動を殺しきれなかっただけではないのでしょう。擬似的にとはいえ、人間の頭を砕いてしまったという慚愧の念が身体にも表れているかのようです。


 「お、当てたか。まぁ悪くない。だが3mまで近づかれると、ちとおっかないな」


 僕が何を考えているのか知ってか知らずか――というよりも、関知するつもりが無いのかもしれません――先輩は淡々と今の結果を批評します。


 「まぁ5mを安定して当てられんとお話にならんっちゃならんが、当たっただけ及第点としとこうか。ただ、あんま近いと返り血が怖いから状況は選べよ」


 実際問題、迷いを除いたとしても今の僕は不出来なのでしょう。講義の中で聞いた話では、拳銃は映画のように遠距離の敵に平然と当たるような代物ではないと分かっていますが、流石に5m離れて当たらないというのは論外です。


 始めて持った素人なら5mも離れると掠りもしないほど扱いが難しい物とはいえ、指導を受けて手ずから修正もされて今の有様というのは、結構酷いのではないでしょうか。


 このリボルバー、M60ニューナンブは見た目は古くさく、プラスチックのグリップが何処か安っぽさを感じさせますが扱いは簡単な方だと感じます。既に警察でも使われている数が少なくなるほど更新された、僕の両親よりも長生きな拳銃ですが、長く使われただけあって精度は良いのです。


 僕のようなヘボが撃っても、きちんと狙えば狙った所に当たってくれるので、その質の良さが分かるでしょう。ただ、前の実習で持たせて貰ったM360や班長と先輩が持っているP228と比べると、本当に重いですが。


 高々数百グラムと侮っていましたが、小型で手の中に収まるサイズのものを腕を伸ばして保持するので随分と響くのです。場合によっては長時間構えなければならないと考えれば、この重さは結構な難点ですね。


 とはいえ、幸い僕らはそんな長時間戦うようなことは殆ど無いのですが。


 話が少し逸れましたが、何とか僕は自分の中の葛藤と折り合いを付けて仕事を続けられています。もう以前のように吐くことは無くなりましたし、内線の音にびっくりして喪服に飲み物を飲ませるようなこともなくなりましたとも。


 この訓練にも葛藤と少しの気持ち悪さを覚えながらも耐えていけます。その内、昇進選考を受けて出世しなければならないので、気を抜いては居られないのです。なんと言っても、規定で一週間に弱装のハンドロード実習実包が40発しか使えないので、出世を望まれている身としても必死にならざるを得ません。


 それ以上やるなら、課外実習費用を取られるので一発たりとも無駄にできないのです。


 それに……。


 「手前の腕前で人が死ぬか死なんかって時が絶対来るからな。気ぃ抜くなよ」


 肩を一つ叩いて別の同期を指導すべく去って行く班長。ええ、そうなのです、僕が一発当てなければいけない時に外せば、誰かが死ぬのかもしれないのです。班長や――殺しても死にそうにない女傑ですが――先輩、WPSの同胞や守るべき銃後の人達まで。


 それなら、嫌だろうが違和感を覚えようがやらなければならないのです。僕が信じる倫理観を裏切らないためには。僕は今でも街頭に立って騒いでいる、生きた人間と死体どちらが大事かという簡単な計算もできない優しさを勘違いした市民団体とは違います。何が大事かは分かっているつもりです。


 だからこそ、どちらも大事であると分かって順位を付けるのが辛いのかもしれません。


 「この調子だとそろそろ他の勤務にもつれてけそうだなー」


 ええ、辛いけれど頑張りますよ。今なにかイヤーパッドと他の銃声で掻き消えるはずの、あまり聞きたくない言葉が聞こえたとしても。お昼ご飯を詰め込んだばかりの胃がきゅっと締まって、ちょっと酸っぱい物が口までこみ上げていたとしても。


 僕は雑念を掻き消すように次のターゲットを要求するボタンを押し、シリンダーの弾丸を入れ替えました…………。






 執行官のオフィスでメンターがつき、仕事を共にすることが増えてから席替えが行われました。といっても、今まで新入局員が固まっていたのが、それぞれのメンターの近くに割り振られただけなのですが。


 胃が締め付けられるような心地に耐え抜いた実包訓練の後、丁寧に手を洗って消臭剤を吹きかけて尚も硝煙の残り香を漂わせた同期達とオフィスに戻ってきたのですが、何人かは畳んだ紙を嬉しそうに持っていました。


 「ん? ああ、記念品だとも」


 それ何なんです? と席替えがあっても近くに陣取る同期の外川氏に問うてみると、単純な答えが返ってきました。


 彼が嬉しそうに広げたそれは、実習で使ったマンターゲットだったのです。片手を突き出してふらつく再起死体のシルエットが描かれた的には、幾つか外れた弾痕がありましたが、きれいに頭部を射貫いたものもあります。


 「持って帰って飾ろうとおもってな。初射撃で散々外したが、最後のは見事なものだろう? 鼻の下から入って見事に脳幹を砕く当たりだとお墨付きだ」


 自慢げに外川氏は頭に開いた穴に指を添え、大した物だろうと鼻を鳴らします。


 「阿呆、そんだけ外しとったらお話にならんわ。流れ弾が民間人に当たったらどないすんねん」


 「あだぁっ!?」


 自慢げな笑みに彩られていた顔が、手首のスナップを利かせて振り下ろされたクリップボードの一撃で消え去りました。ああ、あれは痛い。高いところから勢いよく振り下ろされ、剰えボードは縦を向いていたのですから。


 「偶然の一発誇るヤツがあるか馬鹿たれ。飾るなら10mピンホールやったターゲットくらいにせんかい。逆に格好悪いわ」


 今時珍しいくらいにコテコテの関西弁を話すのは、外川氏のメンターである一色班長です。長身揃いのメンター勢の中でも一際長身で、電車に乗ればさぞかし目立つであろう一色班長は……有り体に言って強面でした。鋭くつり上がった狐目に薄い唇と、再起死体との近接戦を想定してか丸坊主というのも相まって大変威圧感があります。


 そう、最初の当直実習の時に三和さんの話に出て来た、学生が肝試しで行った廃病院に出た死体の強制執行に出た人です。


 勤続15年のベテランで相方の二朱さんと共にタスクチーム編成要員に組み込まれた凄腕の執行官であると、まるで自分のことのように外川氏が誇らしそうに語っていましたが、ご覧の通り指導方針は結構スパルタのようでした。


 「ったく、あのアマん指導受けてこれか。才能あらへんな」


 「ええ、酷いですよ班長。じゃあ班長教えてくださいよ……」


 「ワシはそういうの向かんのや。感覚的な所多いしな。何より実銃射撃の指導資格もっとらん」


 感覚便りでタスクチーム編成要員の異様に厳しい選考に通るのもどうなのでしょう。話に聞けば、出向でどこか海外の特殊部隊で指導を受けたこともあると言いますし、外見も相まって猛者という言葉が実に似合います。


 まぁ、WPSと同じような組織が登場するような映画だと、登場5分くらいでゾンビに食い殺されそうなイメージもありますけれど。


 どっかと自分のデスクに腰を下ろした一色班長は、手作りと思しき何かの手引書類を外川氏に押しつけ、今やっている仕事が一段落したら声をかけろと指示を出しました。ちょろっと内容をのぞき見てみれば、強制執行装備の簡易手引きと某有名ソフトで作ったと思しき割と凝った表紙が見えます。


 この繊細な仕事は大雑把であると一目で分かる――失礼ではありますが、彼がソフトを器用に扱っている姿を想像できませんし――一色班長の仕事ではなく、スレンダーな美人であり、細かなことに気が回るパートナーの二朱さんの仕事でしょう。


 「おお、これは……」


 「そろそろ外回りもせにゃならんからなぁ。実際に触るんは始めてやろ。二朱が戻ってくるまでに今やっとる書類仕事すませぇ」


 元気よく承知いたしましたと応える外川氏。マンターゲットの件から分かっていましたが、拳銃とか装備とかに憧れて入局した手合いなのでしょう。とはいえ、多言語の読文、会話能力の習得が募集の大前提であり、そこから身体テストや知識を問う試験に面接という針の穴のような試験を通っている筈の同輩なので、よくある映画や漫画のように暴走したり、急にヘタレたりということは無いと思いますが。


 ああ、そしてこれらの研修が始まると言うことは、外川氏も僕と同じ実習を終えて次の実習への下準備が始まったということでしょう。となると僕にもそろそろお声がかかるのでしょうか。


 そういえば班長、戻るのが遅いなぁ。射撃訓練が終わって暫く経ちますが、書類仕事はここでしかできないのに中々お戻りになりません。何かあったのでしょうか。


 「あ、せや、あのアマさっき喫煙室で見たで。暫く戻らんのとちゃうか?」


 ああ、もう、あの人は本当に…………。






 「さてと、んじゃやるか」


 あれから小休止を挟んでようやく戻っていらっしゃった班長は、唐突に僕に次の研修だと行って装備管理セクションの近くにある小部屋へと僕を引っ張って行きました。


 申請したら局員の誰でも使える小部屋に入ってみれば、そこには軽く汗を額に浮かべた先輩が大きな幾つものケースと一緒に待っていました。後で聞いた話ですが、実銃射撃研修の後にじゃんけんで負けて、この大量の荷物を運ばされたそうです。


 「あの、班長、これは……」


 「おう、装備の研修だ。ちゃっちゃか済ませて実戦した方が慣れるからな」


 朗らかに応えて、WPSの紋章――盾とスコップのシンプルな意匠――が描かれたケースを叩く班長。はい、分かっていますとも、一色班長とは別に家の班長はメンタル面でスパルタだということくらい。


 「ってことで、これが執行に使う装備の具体例って所だな。研修で資料だけは見てるだろ?」


 班長が指示し、先輩が次々とケースを開けて装備を並べていきます。何度か写真で見たこととのある装備達は、有り体に言ってまがまがしい印象を受けました。小さな傷やへこみ、落としきれない微かな錆が“実際に”振るわれていたことを嫌が応にも匂わせてくるのです。


 「まずは特殊防盾。これで寄せて来る死体を押し止めたり、逆にぶん殴って押し倒したりする」


 最初に班長が手に取り、僕に投げ渡してきたのは透明な盾でした。A3用紙より幾分か大きい程度の小ぶりな盾は、ポリカーボネイト製で機動隊が使うライオットシールドをそのまま小型化したものです。


 再起死体の恐ろしい所は、その噛まれたり引っかかれたりすれば死んでしまう感染性と、人間をチキンか何かのような気軽さで解体する膂力にあります。しかしながら、流石に鉄を引き裂くほどの力は無く、四肢も直接捕まれない限り力比べをする余地はあります。


 その為、安全に死体を鎮圧するために作られたのが、この小型の特殊防盾です。


 掴みかかろうとする手を防ぎ、時に打擲して撃ち払う防御装備であるだけでなく、敢えて盾にしがみつかせることで動きを止め、近接装備や横に回った見方の射撃で安全に死体を破壊することができるのです。


 小型なだけあって軽く、固定具もしっかりしていて取り回しは良好。移動の邪魔にもならず、屋内でも邪魔にならない大きさなのに胸から顔をしっかり隠せるサイズは安心感があります。


 掴みかかられたら困るのであれば、掴めないようにすれば良いという発想を可能な限りのシンプルさで実現した素晴らしい装備ですね。


 実際、何か事件があった時に喪服の集団がこれを片手に駆け回っている姿は、就職する前から時折報じられていたので馴染みもありました。まぁ、そのニュースを見ていたときは、よもや自分が装備することになるとは思ってもみませんでしたが。


 「頑丈にできてるが縁を捕まれないよう気を付けろよ。引っぺがされることは儘あるかんな」


 「あ、はい」


 「扱いは後で実技指導室借りて教えてやる。つっても、受け止め方とぶん殴り方くらいだが。じゃあ次、これな」


 空いた右手に押しつけられたのは、何ともスタイリッシュな手斧でした。ゴム製のグリップやマットブラックに塗られた本体。三角形のヘッドは軽量化のために中央が削られて穴が空いており、幅広の刃は実際に使われたのか生々しく塗料が所々剥落していました。


 消毒済みというステッカーが貼り付けてあるのも相まって、なんだかレンタルの登山用具のような見た目です。


 「頭割るのに特殊警棒じゃちと役者が足りんからな。三年前から導入されたんだよ。つっても、強制執行の時しか持ち出せないんだがな。些か見た目が無骨すぎてクレームが来るんだ」


 「割と嵩張って、警戒任務でぶら下げるには邪魔ですしね」


 握ってみた感じ見た目よりは軽く思えますが、それは人体工学に即したデザインのおかげなのでしょう。バランスの良い重量配分に気を付けられており、威力を増すためのトップヘビーな構造なのに持っていてストレスは感じません。


 人間の頭は丸みを帯びていて、頭蓋骨は中々に分厚い物です。当たり所が良ければ銃弾でも貫通できないことがあるので、叩き割って再起した死体の機能を停止させようと思えば、なるほどこんな物が必要になるのは道理でしょう。


 盾で押さえ込み、手斧で頭を殴る。シンプルであるが故に隙の無い対処です。それこそ囲まれない限りは、これ二つあれば何とかなってしまいそうなほどに。


 「使うときはグリップのケツについたストラップにきっちり手ぇ通せよ。血で滑って取り落とす馬鹿がたまにいるからな」


 「いざとなると拾ってる余裕ありませんしね」


 「ま、最悪指で目ぇついて何とかできんこともないがな!」


 眼底の骨は薄いから最悪中指突っ込んで脳を云々……あああ、聞きたくない、御夕飯が食べられなくなるような話はやめてください。というか班長、その話しぶりだとやったのですね? やったことがあるのですね?


 大いに食欲が減退する武勇伝を聞かされた後、背後に回った班長が僕の顔に何か被せてきました。


 盾と同じポリカーボネイト製の透明な素材で作られた、顔全体を覆うマスクです。顎の辺りにフィルターもついているのでガスマスクのように見えますが、気密性はこれといってなく、単に飛散した血の飛沫を吸い込まないようにするための機構なので特殊攻撃には耐えられません。


 要するに強制執行の際に飛び散る血液での二次感染を防ぐ装備です。顔は粘膜が露出しやすい場所なので、防備が甘い頃はよく二次感染で執行官が殉職したものだと研修で教わりました。粘つく再起死体の血液も簡単に流れるようなトップコートが施されているそうなので、これを付ければ噛まれない限り感染する可能性は限りなく0になるとそうです。


 「この三点セットが強制執行時の基本だ。忘れるなよ」


 「滅多に銃なんて抜かせてもらえませんよね。これで対処できるならやれって言われて」


 「気軽に言ってくれるよな、ほんと。捕まれたら蟹みたいに手足もがれて美味しく頂かれちまうっていうのに」


 何やらおっかない話をしながら、細々とした装備も次々と身につけさせられました。ガンベルトも兼ねた多目的ポーチ付きのベルト。近接戦闘を想定した大がかりなニーパッド。万一組み付かれても首に噛み付きにくいデザインのタクティカルベスト。


 小物として手錠が幾つかと口を覆うタイプの拘束具。そして斧をなくしたり駄目になった時の予備として特殊警棒が一本。ここまでやってフル装備だそうです。


 「あー、割と様になってんな」


 「ですね。サイズがあってて良かったです」


 「お前ん時苦労したもんなー」


 「黙れ」


 相変わらず仲が宜しいようで何よりです。ああ、しかしこれ……蒸し暑いですね。


 血が飛び散っても皮膚に直接つかないよう、喪服含めて――喪服は私物を後から加工して貰っています――WPSの装備は撥水加工が施されています。そのせいで全体的に風通しがイマイチよくないのですが、ここまで着込むとなんというか大変息苦しい感じがします。


 とはいえバイオハザード指定の品を扱うのであればバズマットスーツ並みの重防備もやむないことなので、人間で居られるという利益を考えれば、この息苦しさと暑苦しさは必要経費というところでしょう。


 ただ、ここまでのフル装備をすることはあまりなく、盾と手斧とマスクだけの三点セットで終わることの方が多いそうですが。基本的にホルスターは喪服の下に隠せるショルダーホルスターで済ませますし、そのホルスターの左脇に手錠ポーチもあるので大仰なベルトは必要ないのですよね。


 まぁ、それくらいの方が動きやすくて返って良いのかも……。


 「で、今日はちょっと装備部の連中に無理言って、これも借りてきた」


 ん? と思って首を巡らせれば、先輩が重そうに何やら大仰な服……服? を持っていました。班長の大きさに合わせた物なのか、手を目一杯伸ばして持っても足の部分がだらんと垂れているのが、何とも無しに可愛らしいです。


 「相変わらずデカイですね」


 「ひがむなチビ」


 「喧しい木偶の坊」


 悪態を吐く先輩が掲げ持つそれは、市街戦を想定したタスクチーム用の特殊環境服だそうです。見た目は幾分かスリムアップされた黒い宇宙服、といった具合でしょうか。所々に装備を固定するマウントラッチや、明らかに何かを殴打することを想定して付けられたスパイクのせいで非情に刺々しい攻撃的な見た目になっています。


 これはヘルメット一体型の完全機密服でバイオテロ――再起性症候群を媒介する血液が噴霧されたような状況――に対応し、更に防弾防刃、関節部を特殊な折り込み構造にすることで可動性を維持しながらも、非情に剛性が高く伸びづらい素材を使うことで再起死体の膂力でも四肢を簡単にもがれない構造を両立させた素晴らしい特殊環境服だそうです。


 給水機能もあり、カテーテルと簡易廃棄パックを装備することで最長三日間脱がないで行動でき、広い視野を確保した頭部シールドはHUDにもなり、GPSを使ったナビゲーションが可能でナイトビジョン、サーマルビジョンも搭載という一着お幾らかを考えるのもおぞましい超豪華仕様。


 無論、一般のWPS執行官が着るような物ではなく、タスクチームが第一級のテロやパンデミックに対応するための装備です。この関西事務局全体で何着あるのでしょう? そんな希少で扱いに気を遣う物を、よく指導のためとはいえ持ち出せたものです。


 可愛がって貰っていると感激するべきか、これを着られるようになるまで成長しろよと暗に言われているとみるべきか。やっぱりメンターやった人間の進退が昇進とかボーナスの査定に関わったりするのでしょうかね?


 「じゃあ軽く実践してみるか。一旦脱げ、んでそのままケースにしまって移動だ」


 「練習用のプロテクター出してきます」


 「念のため湿布とかも頼むわ。どっか痛めると明日から困るしな」


 アイツも何かあったらもう外回り連れてくんだし、と班長は何の気無しにさらっと仰りました。


 え……? ええ…………?






 翌日、気がついたら僕は真っ黒なバンの後部座席に乗っていました。中型のバンは改造が施されていて、二列目以降のシートは取り払われ大きな格納スペースになっています。


 そこに乗っているのは装備を収めたハードケースの数々と丸めた黒い布の山。


 その布は広げれば寝袋のような形になっていますが、寝袋と違って顔を出す空間はありません。


 はい、どう見てもボディバックです。


 「緊張して吐くなよビギナー」


 「安心してください、もうエチケット袋渡してます」


 運転席に小さな身体を収めた先輩と、車内禁煙でないのを良いことに煙草を燻らせる班長。そして後部座席で縮こまる僕。何とも歪な絵柄ではありますが、昨日の今日で外回り業務がやって来たのです。


 そう、僕ら執行官が呼び出される理由は二つだけ。再起死体が出たか、再起死体が出た疑いがあるかです。


 胃が縮むような時間をWPSの執行官が使う公用車で過ごし、辿り着いたのは東大阪の少し寂れた街角です。苦労して大きなバンを小さな通りに乗り入れれば、二階建ての今時珍しい古風なアパートが建っていました。


 「はーやれやれ、ついたついた。HQ、HQ、こちらE-35、原着した。ケースS-DA52204。オーヴァー」


 『こちらHQ、E-35 ケースS-DA52204、原着了解。状況の確認に移られたし、オーヴァー』


 「E-35了解、状況確認後指示を仰ぐ、オーヴァー」


 無線機に班長が語りかけ本部に連絡を繋いでいます。この指示を受けながら僕らは動かねばならず、何か指示があれば直ぐに従わなければなりません。現場で勝手に実働要員が動いたら困るのは、何処も一緒なのです。


 バンから降りてアパートに近づけば、かなり古い建物であることが分かりました。壁面の塗装は色あせ、看板は錆で名前が殆ど見えません。如何にも昭和という、生きたことがない時代であるにも関わらず懐かしさを感じさせる風情を感じます。


 そんなアパートの前で不安そう複数の男性が待っていました。一人はスーツの若い男性、もう一人は着る物もとりあえずに駆けつけたという印象の壮年男性でした。


 そして、狭い路地に自分たちと同じよう苦労して乗り入れたであろうモノトーンの車両。同じく通報を受けてやってきた大阪府警の制服警官二人組です。


 「あっ、やっと来た!」


 「はいどうも、国際公衆衛生維持局、関西事務局のものです。遅くなりまして申し訳ない」


 僕たちの姿を認めて駆け寄って来たスーツの男性は、このアパートの管理会社の社員さんでした。班長が執行官の身分を保障する手帳を見せて、警察官も交えて事情を聞き始めました。その間に僕は先輩に促され、装備の用意を済ませます。強制執行に入る必要がでたら、直ぐにでも始められるように。


 漏れ聞こえる話を聞くに、このアパートの二階に住んでいる壮年男性の母親の安否が分からないそうなのです。何でも母の日に郵送した荷物が郵便局での保管期限を過ぎて送り返されて来て、それ以前から何度か電話しても繋がらなかったので不審に思って管理会社に連絡したのですが管理会社も連絡が付かず、さらに郵便受けには新聞とDMが貯まっていたため、もしやと思って僕らが呼び出され今に至ります。


 人は死ねば再起します。それはどのような環境でも起こりうることで、時には状態さえ良ければ埋められた死体であっても起き上がることがあるといいます。つまり、独居老人が孤独死したなら、その死体は平然と起き上がるのです。


 独居老人の孤独死は10年以上前から社会問題として大きく取り上げられてきましたが、再起症候群の流行以来、更に大きな問題となりました。先進国の中でも死が厳格に管理されている日本において、処置が間に合わず死体が再起してしまう数少ないケースなのですから。


 今でこそ我々が直ぐに呼び出されるようになりましたが、WPSの仕事が周知される前は事件も多かったです。今みたいに管理会社の人や心配したご家族が確かめもせず開けて、再起したご家族に噛み付かれて大事件に発展したこともありました。町一つを一週間も完全に封鎖して消毒作業に当たる、ニアパンデミック事件として教科書にも載るほどの騒ぎに発展したことがあるほどですから。


 「中から物音は?」


 「い、いえ、刺激するなと聞いていたので何も確かめていません……」


 「両隣の住人から腐臭や音が出たという報告などはありましたか?」


 「その、この辺りは都市計画の再整備で建て壊しと立ち退きが来年に控えていまして、半年ほど両隣は空室で……」


 よくないパターンです。生存は殆ど絶望的でしょう。それにまだ温かくなり始めたばかりの時期で死体が痛みにくいのも発見が遅れた原因の一つだと思います。人間の死臭は本当に強い物で、部屋が一つ二つ離れていても強烈に臭うので一呼吸すれば分かる位だと教則本にはありました。


 「ああ……なるほど……分かりました。鍵をお願いします」


 「此方になります。あの、内規で預書に記入していただきたいんですが……」


 おずおずと差し出される書類を見て、班長は冷たい目を向けました。緊急時に何を言ってるんだコイツはという目です。というより、実際口にしました。


 「緊急時なので確認が済んでからでよろしいでしょうか」


 今それどころじゃないんだよ、と冷たく言われ、若い社員は引き下がります。まぁ、判子くらい直ぐ押して上げればいいのにと思わないでもないですが、もう少し時を選んでくれてもいいのにとも思うのです。その辺りの対処法も後々聞かなくては。


 「それと他の住人に注意の連絡はしてくださいましたか?」


 「はい、それは今朝済ませて、今は全員家を出ていて全室空です」


 「ふむ……結構。では、これから調べますので敷地内に入らないようにしてください」


 二次被害を出さないためには、近くに執行官以外が立ち入らないのが一番です。安否確認の場合に呼ぶ必要がある警官ですら例外ではありません。班長からの指示を聞いて、所轄の警察官は既に敷地内に立入禁止のテープを貼ってあると手で示しました。


 「一応、近隣住民にも外出を控えるように連絡はしてあります」


 「ご協力感謝します。まぁ、単なる不精と携帯の充電忘れということもあるので、祈っておいてください」


 気休めにもならない言葉に管理会社の社員さんとご家族は、力ない笑いをかえすばかりでした。本当に困窮した時に人は笑うしか無いと聞きますが、本当のようですね。事業に失敗した血族が正月の集まりに来た時、あんな顔をしていたような気がします。


 「はぁ……HQ、HQ、こちらE-35、どうぞー」


 『HQよりE-35。状況の報告を』


 逆に此方は苦笑いといったところでしょうか。班長は何時もの笑みを苦笑に歪めて、無線機に語りかけながら僕らの方へ戻ってきます。


 「E-35よりHQ。ケースS-DA52204、アパートの管理会社と親族、あと警察から状況の確認を済ませた。連絡不通、荷物受け取り無し、ポストに残置物多量、電気メーター稼働中。部屋の両隣は無人で通報は無し。近隣住民には警察から警告連絡済み。DA濃厚だ、オーヴァー」


 余談ですが、ケースナンバーの英語二文字は想定状況によってつけられるそうで、Dying Alone案件、つまりは孤独死案件になります。借用語としてkodokushiという言葉が英語でも定着しているのですが、何やら報告書のフォーマットのせいで訳語を割り当てたそうです。


 『HQ、了解した。室内の様子を確認するように。記録機器も起こせ、オーヴァー』


 「E-35、コピー。確認作業を記録し追って指示を仰ぐ、オーヴァー』


 『幸運を』


 何が幸運をだ馬鹿野郎、と吐き捨てて班長は無線機を腰のポーチに戻しました。そして忌々しそうにポーチから小型の本部へ映像を送るカメラを取りだし、胸元に付けて僕らにさっさと動けと手を大仰に扇いで見せます。


 「オーケー、じゃあさっさとやるか。危険手当5,000円だぜ、喜べよビギナー」


 わーい、ごせんえんだー。と無邪気にお手当が増えるのを喜べるほど単純ならよかったのですが、命を危険に晒して得られるのが5,000円と考えると、なんだか途端に自分の命が安くなったように感じられて逆に虚しいです。


 「せん……んっ、班長、中継してるんだからあまりふざけないでください」


 「分かってんよ。おう後輩、脚立持ってこい」


 記録していようと調子を変えない班長。これで昇進できているのですから、勤務態度が大目に見られるくらい優秀であることに疑いはないのですが、なんだか安っぽい映画みたいで勘弁して欲しいです。


 というか立場的に真っ先に死ぬのは僕ではないですか。勘弁してくださいよ、酒のアテに死を惜しまれたり、新しい展開の種になるために僕は産まれた訳ではないのですから。


 陰鬱な気分に浸食されながら、部屋が二階ということを利用してベランダから中を窺えるか確かめることになりました。バンに積んでいた脚立を取り出して立てかけると、小柄は先輩が軽やかに昇って行きますが……。


 「駄目ですね、カーテンが閉じてます。明かりは……ついてます」


 「そうか。なら割れない程度につついてみてくれ」


 「了解。やばくなったら飛び降りるんで受け止めてくださいよ」


 「Got you back tiny tot」


 「Screw you」


 流暢な英語での軽口と罵倒。班長のは何処か訛りを感じる英語ですが、先輩の発音は端切れがよく上品です。まぁ、口にしている内容のせいで台無しなのですが。


 ホルスターに差し込んでいた特殊警棒を伸ばすと、先輩は腕を目一杯伸ばしてノックするように窓を突きました。繰り返すこと数度、何十秒か間を置いてやっていましたが、何か反応が返ってくることはありませんでした。


 「駄目っぽいですね」


 「そだな」


 降りてきた先輩と班長は示し合わせたように首を振りました。明かりが付いていて、しかし音の気配にも反応しない。となると住人の生存は絶望的です。まぁ、インターホンや電話に反応しない時点で分かりきってはいたのですが。


 次は念のために音を聞くかと玄関口に回ると、班長はポーチの中から聴音機を取り出しました。病院でお医者様が使うのと同じものです。


 「……音がするな。何の音だ? 人の声っぽいが反響してよく聞こえん。ドア越しは難しいな」


 金属製の扉は中空構造になっているので、聴音機でも音を拾うのは難しいようです。しかし、人の声……テレビでもつきっぱなしなのでしょうか?


 「仕方ねぇな……HQ、見てたか?」


 『HQよりE-35、確認した。屋内に踏み込み確認しろ。再起していた場合、強制執行を許可する』


 「HQ、コピー。香ばしい臭いがしてないことを期待しててくれ」


 無線でのやりとりを終えた班長は苦笑し小さく首を竦めました。この人でもやっぱり強制執行は嫌なのでしょう。


 「聞いての通りだ部下二匹。準備に取りかかろう」


 「アイマム。ビギナー、昨日の研修が早速役立ちますね」


 はぁ、と苦笑いするしかできません。何というか、最近の僕は本当に間が悪すぎませんかね? 初当直で死人が出るわ、研修が済んで外回りもついて行けるようになったと思えば、その日のうちに出動させられるわ。その出動した案件も“ビンゴ”だわ……。


 おかしいなぁ、まだ前厄で本厄は来年の筈なのですが。本厄だけでいいと思って、前厄払いしかなったのが悪かったのでしょうか。しかし、前厄は主に金銭面などに響く筈であって……。


 などと考えていると、いつの間にやら装備を調え終えていました。息苦しいマスクに防盾と手斧。喪服の上にこれを装備しているので異質さが半端ではありません。拳銃だけなら、まだ暗殺者のようでも多少は見栄えもマシなのですが。


 とはいえ一々着替えてもいられないですし、見栄えだけ考えて装備を作るわけにもいかないので致し方ありません。報道されているわけでも無し、不格好さには目をつむるしかないでしょう。


 「さて、私が前衛で後輩が後衛、いわゆるカバー役だ。ビギナー、お前は今回はバックアップ、要するに予備だ。下手に動くなよ」


 同じように装備を調え、怪しい外見になった先輩が盾で僕を指しながら指示を飛ばしてきました。分かっていますよ、研修時に見ましたもの。入局初年の執行官が殉職する理由は指示不服従が一位で、二位が功を焦って無茶することだと研修で嫌というほど叩き込まれました。


 僕は出世はしたいですが、それは前線に出なくて済むようにであって、本意は死にたくないし再起死体に直接関わりたくないからなのです。出世する前に噛まれて世を儚みながら死んだり、宴会の蟹みたいによってたかってバラバラにされたりは御免です。


 「多分無いとは思いますけど、死体がすり抜けて外に出ようとしたら止めてください」


 それは身体を張ってということですよね。あまり心配はしていませんが、無茶しなくても死ぬのがこの業界らしいですし、一応は気合いをいれておかねば。


 それにしても5,000円ですか。貰えないよりマシですけれど、なんだか本当になぁ。


 「よく見とけよ。慣れたら簡単な仕事だ。おし、突入するぞ、後輩頼む」


 「スリーカウントで開けますよ」


 外開きの扉は右側にノブがついているので、先輩がノブを持ち、右側に班長が盾を持って陣取りました。僕は先輩の後ろにくっついて、適度に距離を空けて追従するだけです。


 邪魔をしないことが仕事といっても過言ではありませんが、かといって緊張しないかと言われれば話は別。防盾と手斧を握る手や背中に汗がぶわりと浮かんできました。鼓動の音がどんどんと大きくなり、呼吸が速くなってくるのが分かります。


 「あっ」


 ぞわっと背中に嫌な感覚が走りました。緊張していたり失敗できない事をしている時に聞きたくない言葉ワースト3にランクインすることばをノブに手を掛けた先輩が発したからです。


 何かあったのか、良く無いことなのかと心臓の鼓動が勢いを増し、胃が一気に収縮して酸っぱいものが駆け上がってきます。いぶかしげに先輩を見やる班長。ああ、この微妙な沈黙と間が重い。早く問題を解決してくれないでしょうか……。


 「鍵、開けてないです」


 「……ああ!」


 忘れてた! と手を打つ班長。そういえば鍵を貰ったのは彼女でした。先輩が大きな舌打ちをしている辺り、何かかんに障る表情か仕草でもしたのでしょう。


 どうして僕がそれを見られなかったかですが……。


 早速、先輩から朝に貰ったエチケット袋を活用していたからですよ。どうしてこうも緊張に弱いのでしょうか。


 拝啓ご両親、貴方たちの時は前厄ってどうしていましたか……?        

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