12 モンスター

 目が覚めると丘で横になっていた。


「起きた!」


 うっ……。

 プラシアの声が頭に響く。


「無事だったか。良かった……」


 プラシアには傷一つない。

 それだけでほっとする。

 プラシアは心配そうに僕の手を握った。


 彼女の高い体温を感じながら、身体の調子から自己診断する。

 というか、気を失う前にしたことを思い出せば明らかだ。


「大丈夫。ただの魔力欠乏症だから」


【魔力欠乏症】−まりょくけつぼうしょう

 体内の魔力の上限いっぱいの精霊契約をした時に生じる症状。主に失神する。回復するには月の光を浴びなければならない。目覚めた後は倦怠感があり、頭痛、めまいといった諸症状がある。


「ということは夜……、あれ?」


 空を仰ぐとまだ日が高い。正午を過ぎたくらいだ。


「プラシア、僕はどれくらい寝てた?」


「んー? 二時間くらい?」


 右手の人差し指と左手の人差し指を出した。


「いや……、そんなはずはない。魔力は月の光を浴びないと回復しないんだぞ」


「これ」


 プラシアは胸の宝石を指差して、次に僕の手を握った。


「んっ……」


 小さく呻くと、宝石が輝く。

 僕の頭の中でゴウンゴウンと鳴っていた鐘の音が消えた。


「えっ? 今の感覚はいったい?」


 身体に力がみなぎる。不思議な感覚だ。


「はぁ、はぁ。わからないならもういちど……」


 疲れた顔をしてふたたび握る手に力を込めた。

 僕はあわてて手を離す。起き上がって、プラシアと目線を合わせた。


「あ、いや、大丈夫だから。それより何をしたの?」


「ええと、まりょく? 分けたの」


「そんな気軽に魔力は分けられるものじゃ、いや待てよ」


 僕はプラシアの胸の宝石に見覚えがあった。

 実際に食したことはなかったが、それは魔晶石によく似ている。


「私、モンスター ですから。人間にまりょく あげられるのです」


 どこか誇らしげに答える。

 モンスターは人間が付けた人に害をなす生物の総称だ。


「馬鹿。プラシアがモンスターなわけないだろ」


 プラシアの頬を両手でつねる。


「ひふぁい(いたい)」


 表情は乏しいが、目尻に涙が浮かんでいた。


「これからは自分のことをモンスターなんて言うな」


「わひゃっひゃひゃらぁ(わかったからぁ)」


 手を離すと、赤くなった頬をさすりながらプラシアがにらむ。

 かわいらしい目つきに心が和んだ。


 だが、片方しかない背中のそれが彼女を人でないと否応なく認識させる。

 人類史上、最悪の害をなしたドラゴンの末裔だ。

 こんな生き物がドラゴンなんて未だに信じられないんだけど。


「プラシア、その胸の宝石をよく見せてくれないか?」


 こくり、と小さくうなずくと、恐る恐る胸を差し出す。

 僕はプラシアの胸に埋まった宝石をよく観察した。


「触っても?」


「や、やさしくするなら……」


 また顔が真っ赤になっている。

 もしかすると翼人族にとって胸のこれを触られるのは恥ずかしいことなのか?


「ごめん。嫌なら嫌でいいんだ」


「えっ、その。ええと、嫌じゃないです……」


 うつむいてしまった。本人が嫌じゃないって言ってるし、まあいいんだろう。

 意を決して宝石の中心に指先を当てる。

 丸くつるんとした表面に触れていると、少しだけ魔力が伝わってきた。


「あっ、プラシア、お前すごい。この魔力量は……って」


 魔力が伝わるから触られたくなかったのだと思った。

 プラシアは先程よりも頬に朱が差して、肩や指先がほのかに上気している。

 僕はあわてて宝石から手を離した。


「あっ」


 プラシアが声をもらす。

 種族も違えば、一回りも歳の離れた少女なのに、僕の胸はなぜか高鳴った。

 翼人族は分からないところだらけだが、一つだけ分かったことがある。


「その胸の宝石、使わせてもらうぞ」


 野蛮なことをするわけではない。

 僕はプラシアをナヴィの診療所に送り届けると、マルーン氏の工房へ向かった。



 ■



「魔動義肢に使える木材だとォ?」


 マルーン氏は耳を疑ったように僕の言葉を聞き返した。


「ええ。魔動兵器の破片は重たい金属です。魔力を伝える魔動素さえあれば、ある程度の操作ができる。そういう木材は知りませんか?」


 重たい金属では空を飛べない。

 数時間前の失敗から学んだのは翼の強度だ。

 強度はあれ以上を求めるのは難しい。ならば自重を減らそうという考えだ。


「言っとくがロフトピアにあるすべてに魔力が含まれてるのは知ってるな?」


「はい」


 ロフトピアは空気にも魔力が含まれている。

 魔力がないのは僕たち人間と下界から輸入したものだけなのだ。


「トレント。それが魔動素を持つ唯一の木材を持っている」


「聞いたことがある。森に住むモンスターで、人を喰うらしいですね」


「俺たちの間じゃ伝説の銘木って言われているがな、そんなに必要なのか?」


 乾いた笑いをした後に、僕の真剣な眼差しに笑うのをやめた。


「なにか知っているんですか?」


 しばし言いよどみ、小さく手招きした。

 僕はマルーン氏の工房の中へ案内され、継ぎ接ぎだらけの紙を床に敷く。

 しかもよく見ると上質な羊皮紙を繋ぎ合わせたものらしい。


「これは……、空図?」


 空に浮かぶ島の位置を示す地図、もとい空図だ。

 羊皮紙の中心には連邦の首都の名前があった。

 僕たちがいる街はまだ雲の間際で、地図が更新されていない様子だ。


 マルーン氏がその雲の間際をなぞって一つの島を示す。


「ここにトレントの森がある。で、この辺りは連邦の巡回航路だ」


「え? それって……」


「空の行商をやってた頃があったんだ」


 空図を持っている理由も空に詳しい理由もそれで説明がついた。

 行商人は国を行き来することで儲けを得る。

 変化の多い小国が集まった連邦で行商し、大国主義で安定志向の帝国に住む。


 それが彼ら行商人のモデルケースだ。

 もっと言えば永久市民の資格を取らせるため、娘を兵に志願させたのか。

 かくいう僕も渡り歩いていた身の上。軍に入って安定を得る意味はよく分かる。


「僕にその島への行き方を教えてくれませんか?」


「いいのか? 中尉なんて立場の者が勝手な行動しても」


「中尉だから勝手な行動もできるんですよ」


 安定を投げ打ってまでやらなくてもいい。

 だが、多少の博打は打つことにはなるだろう。


「ただ、街を自由に行き来する許可をもらう方法や島を渡る方法がないのです」


「俺たち市場の商品はどこから来ると思う?」


 マルーン氏は工房から出て、誇らしげに通りを見るよう促した。

 水と食料は軍が管理しているが、衣類や生活用品はその限りではない。

 帝国は経済を回すことで広い国土でも情報の流通を実現させている。


「行商人になりすますことはない。工房からの依頼を引き受ければいい」


 親指で橋の大きな柱に何枚もピンで留められた張り紙がある。

 すべてこのあたりの工房主や商人からの依頼だ。

 外国人たちの主な職業は依頼ごとに雇われる傭兵や冒険者である。


「俺の分も取ってきてくれよ?」


 マルーン氏は自分で行く気がないようだった。

 それから僕は知り合いにに声をかけてみる。

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