第一章 海咲沙姫ー4

「うーん…」


「あの、なにか?」


 ようやく戻ってきたと思ったら、病室を出るなり私の顔を見て首を傾げる瀬戸先生。ミスをした覚えはないしそもそもミスするような内容でもないし、どちらかと言うと無駄な時間を思いっきり使っていたのは瀬戸先生の方だしといろいろと納得がいかない。


「ま、初日だしこんなものかな」


 あげくの果てに勝手に何かを納得して諦められた。なんだこいつ、と顔に出さないように思いっきり心のうちで舌を出す。


「さ、次いくぞ」


 そうやって促されて向かった先の病室は個室らしく中には一人しか患者はいなかった。


「あら、花音お見舞いに来てくれたの?」


「え、私?」


「ありがとうね、おばあちゃんこれできっと1年は長生きできるわ」


 病室に入るなりいきなり手を握られて感動の涙を流される、これいかに。


 花音て誰よ!浮気なの!?という視線を瀬戸先生に送るが思いっきりにこにこしているだけだ、滅んでしまえ怠慢医者め。


「えっと道明寺さん?私は花音さん?という方ではなくて今日から生活促進科で働くことになった海咲沙姫です。」


「花音ちゃんたらいつの間にこんなに大きくなって…。年を取ると月日が流れるのが早くなるってあれ本当なのね」


「ちょっと?聞いてますか?私は花音じゃなくて…」


「そうよたしかお菓子がその辺に…瀬戸先生持ってきてもらえますか?」


「もちろんです」


「ちょっと瀬戸先生!?」


 戸棚の中からお見舞いと思われるお菓子を持ち出してきた瀬戸先生に恨みん視線を送るも軽くスルーされる。


「食べながらでいいですから右腕出してくださいね。血圧測っちゃいますから」


「花音ちゃんこの最中大好きだったわよね?いくつ食べてもいいわよ」


「結構です!」


 誰と勘違いしているのかは知らないが仕事中に病室で最中を食べたくて私は医者になったわけじゃない。


「あらあら花音ちゃんたらおなか一杯なのかしら」


 困ったような顔をする患者に多少の罪悪感を覚えるが仕事は仕事、1年だけだしモチベーションも最悪だが最中を食べていい理由にはならない。


 ただ少し気になったのは血圧を測り終えて他の作業をしていた瀬戸先生がこっちに向けていた視線だ。手のかかる子供を見るような、そんな視線だった。


 結局1日かけて病室を回ってその先々で同じようなことがあった。正直1年持つ気がしない。私の胃がハチの巣になる。


「んー、やっぱりなぁ」


 しみじみとうなずきながら何か考えごとにふけっていた瀬戸先生にお疲れさまでしたと挨拶を済ませ、ようやく初勤務終了。とくに残ってやることもないらしいのでさっさと帰ろう。


 ちなみにほかの先生たちは病室を回り終えた後は他の診療科の外来のヘルプに入ったり、他の病棟の患者を見て回ったりもしていたらしい。私も早くそっちに回りたい、というじか他の科の診療の手伝いあるならそれだけやらせてほしい。


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ターミナル ペンギン大尉 @pengintaii

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