第一章 海咲沙姫ー2

「というわけで本日より誠に遺憾ながらこちらでお世話になることになりました海咲沙姫です。よろしくお願いします」


「誠に遺憾ながらって自己紹介で使う言葉なのかな…」


 チャラ男が苦笑しながら頭をかいているがこちらとしても遺憾の意に満ちているのだから仕方ない。


「俺は神村佳樹、年齢は32歳で今は彼女いないから募集中!趣味はドライブとビリヤード、座右の銘は一期一会。海咲先生との出会いも大切にしていきたいな!よろしく」


 チャラ男はどうやら外見だけではなく中身までチャラ男らしい。私の三大嫌いな言葉はチャラ男、ギャル、リア充である。滅んでしまえ。


「白波碧、今は彼女いないから募集中。よろしく」


「え…?」


 なんか今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど…?


 超絶かわいいがのっぺりと平坦な声にピクリとも動かない表情筋があいまってもはや怖いんだけどこの人。


「あーこれ白波センセなりのジョークだから気にしないで。ちゃんと男の人が好きだから…多分」


 ホントだよね?思いっきり真顔だけど冗談だよね??


「ポッ…」


「本当に大丈夫なんですよね!?」


 全力で後ずさる私を見て若干、目を凝らしてみなければわからないほど若干眉尻が下がる白波先生。どうやら本当に冗談だったようだ。


「あの、白波先生ってどこの国の出身なんですか?明らかに髪色と目の色が日本人のそれじゃないんですけど」


「これ?これはコスプレ」


「嘘ですよね!?」


「いっつじょーく」


 真顔とガチトーンで言われるからどこまでが本当なのかわからない。無表情キャラならセリフもそれっぽいものにしてほしい。


「最後は俺だな。瀬戸大地、年は37で趣味は映画と読書だ。一応ターミナルの主任やってる。よろしくな」


「よろしくお願いします」


 最後の一人でようやくまともそうな人が見つかった。見た感じと語調から受ける印象は優しいおじさんといったところだが、まぁターミナルにいる以上人柄については完全に信用はできないかもしれないが。


「とりあえず今日からしばらくの間は俺と一緒に回診とかしてもらうからわからないことがあったらなんでも聞いて」


「研修期間ってことですか?」


「そんな大したものじゃないよ。海咲先生だって研修抜けてきてるんだし。まぁ心配性のおじさんに少しだけ付き合ってくれ」


「瀬戸先生それ今はセクハラって訴えられたら負ける発言ですよ?」


「え、そうなの!?今の若い子たちこっわ!」


 チャラ男、もとい神村先生の発言に大袈裟に驚く瀬戸先生。正直セクハラに過剰に反応するようになったのはもう何十年も前からのはずなんだけどこの人本当に三十代なのだろうか…


「一応私ももう若いって言われる年じゃないですけどね」


 医者の世界に基本的に若者はいない。現役で医大を卒業して24、研修医が二年だから医者として働ける最も若い年齢で26だ。さらに学位を取得するために大学院に通えば卒業して医者をやるころには立派なアラサーの出来上がり。


 28まで勉強まっしぐらなんだからそりゃ女医は婚期を逃すって言われるのも仕方がないと思うでしょ?


「なにやら海咲先生の目が死んでるみたいなんだけど俺そんなにひどいセクハラしちゃったのかな…」


「いえこちらの都合ですお構いなく」


 そう、私がずっと勉強一直線で彼氏いない歴=年齢の喪女だという話は彼方へと消え去っていくべき話題なのだ。


「ま、というわけで今日からしばらくは俺と一緒に病室回ったりしてもらうからよろしく」


「よろしくお願いします」


 モチベーションこそ最低だが、まぁ1年だけの我慢だ。ここまで医者になるのに20年以上かかってるんだ、1年ぐらい気合と根性とその他女の感的ななにかで乗り切るしかないだろう。


「さて、何日で瀬戸先生の研修を抜けられるかな」


「あの様子だと、難しい」


 後ろで何やら不穏な会話が聞こえてきたせいでカルテを持ってついて来いとにこにこ顔で先導する瀬戸先生の背中が急に怖くなってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る