第三章 山の鍛冶屋と森の鍛冶屋

 リコンドールの町の中央広場にフィル、ゴーシェ、トニの三人が立っている。


 本来は休みにする予定だったので、ゆっくりと朝を過ごし、昼前に三人で連れ立って広場まで来ているのだった。

 町の中央は大きな噴水がある広場になっており、その噴水の周りに飲食物や生活用品、そして武具などを扱う露天が立ち並び賑わっている。

 リコンドールの町はこの中央広場から東西南北に大通りが伸びており、通り沿いや路地に様々な店が建ち並ぶ。


「さて本当は昨晩話すつもりだったんだが、砦攻略参加の依頼を受けようと思っている」


 フィルが、改めてといった様相で話し始める。


「了解、傭兵団のところにはこれから向かうのか?」

「理由は聞かないのか、ゴーシェ?」

「何の仕事だろうとあまり興味はないからな。それにお前だったらちゃんと損得勘定をしているから大丈夫だろう」


 フィルとゴーシェのやり取りをトニが黙って見守っている。

 トニは昨日は下人げにんと見紛うような薄汚れた格好をしていたが、見かねたフィルが新しい旅装りょそうの服を与えた。

 きちんと湯を浴びたのか、埃にまみれた姿から打って変わり、ぽわぽわと少年らしい柔らかそうな明るい金髪が風に揺れている。


 ゴーシェがすんなり受け入れたのも少々不思議だったが、考えてみればあまり選り好みをしない男だった。


「傭兵団のところには後で向かうが、その前にやっておくことがある。トニの魔剣の付呪エンチャントだ」

「なるほどな。その剣、賊から奪ったんだっけか」


 ゴーシェがトニの腰にある剣をちらりと見やるが、何の話だかよく分かっていない顔をしているトニに、フィルは説明を付け加える。


「トニ、お前が持っている魔剣はそのままだと十分に威力を発揮しない。剣とお前の魔力をつなぎ合わせるために付呪エンチャントをする必要があるんだ」

「フィルさん、何を言ってるんだい? 俺――というか、魔力を使える人間なんていないだろう」

「詳しい話は後でするから、お前の剣として使うための手順がある、とでも思っておけ」


(……何も知らないんだな)


 フィルはそんなものかと思いながら、とりあえず二人を連れて中央広場から南門の方面に歩いていく。


 向かっているのはリコンドール内、南西の外れの方にある鍛冶屋だ。南西地区には鍛冶屋や武具店が多い。

 従来であれば武具を取り扱う店で装備は整うのだが、質の良い魔剣はその特性からメンテナンスを定期的にすれば壊れることがほとんどないため、熟練の傭兵は馴染みの鍛冶屋に足を運ぶことの方が多い。

 また、仮に壊れたとした場合、再度その剣の魔晶石をもとに武器を打ち直す。


 フィル達が向かっている鍛冶屋も馴染みの――というよりは、フィルが八年前に初めてこの町を訪れた時に、魔剣を鍛えてもらって以来世話になっている鍛冶屋である。


 南西地区に入ると、中央の通りに比べて人通りも少なくなる。その反面、金属を叩く音などが賑やかしく聞こえてくる。

 地区に入ってすぐに、向かっていた店――『山人の鍛冶屋』と書かれた質素な看板を出している店に着いた。

 フィルは躊躇ためらいなくその店の扉を押し開く。


「あら、フィルじゃない。いらっしゃい」


 店内に入ると、入口近くにカウンター、石造りの床の広く薄暗い空間が広がっている。

 奥の方にはいくつかの炉があり、何人かが汗を落としながら鍛造を行っている。

 扉のすぐ近くで、打ち終わった剣の点検をしていた様子の女性が声をかけてきた。


「久しぶりだなディア。オヤジさんはいるかい」

「武器のメンテナンス? 店長なら奥で仕事してるわよ」

「こいつの剣の付呪エンチャントをお願いしたくてね」

「あら珍しい。小さなお客さんね」


 フィルとのやり取りの後、ディア――ディアリエンという名の女性はトニに向き直って微笑む。

 ディアはフィルと同じくらいの背丈であり、そして細身な女性だ。

 齢もフィルと同じくらいに見えるが、薄い金色の絹のような質感の綺麗な髪が、年齢より少し若く見せているようにも見える。


「お姉さん、『森人もりびと』かい?」

「その通りよ。そう珍しくもないでしょ? それと、ディアでいいわ」


 トニの問いにディアがさらっと答える。

 ディアは森人という名の種族の出である。


 大陸には人間と異なる二つの種族が存在する。一つは森人という種族であり、フィル達がいるガルハッド国から見て北東方面にある森の中に住まう種族だ。

 人間と他種族は長い歴史の中、数百年もの間を不可侵の協定を結び共存していた。

 種族間で血が混ざることは、どの種族もいい顔をするものではなかったが、文化的な交流はあった。

 現在、魔物侵攻によりガルハッド国と森人領との間は分断されてしまっているが、それより以前にガルハッド国や隣国であるアルセイダ国に移住してきた民族もあり、この国に他種族がいるということもそう珍しいものではない。

 それともう一つの種族が――


「なんじゃフィル、来ていたのか。長いこと顔を見せんで何しておった」

「オヤジさん、久しぶり。真面目に傭兵をやってると忙しくてね」


 店の奥の間からずんぐりとした背の低い男――この店の主であるヴォーリという男が出てきた。

 ヴォーリは大陸に住まうもう一つの種族の『山人やまびと』の出である。

 人間と山人との交流も森人とはさほど違いはなく、住まう場所がガルハッド国の南東方面の遠くの山々であるということくらいだ。

 山人の領地はここガルハッドからは遠く、森人領と同様に魔物侵攻で道が閉ざされていた。

 旧帝国領であったその間の土地が、魔物侵攻以降は未踏であることから、ここ数十年ほど山人領との交流がなく、その安否が危ぶまれていた。


 しかしその豪快な気質のせいか、ヴォーリを初めとしたガルハッドに移住してきた山人たちにあまり気にした様子はなかった。


「口が軽いのは相変わらずじゃな、ゴーシェも久しいな」

「顔見せなくてすまなかったよ、今度メンテナンスをお願いにくるさ」


 ゴーシェの肩――ではなく腰あたりを笑いながらバンバンと叩くヴォーリだが、ゴーシェは痛がってるのか苦笑いを浮かべている。

 ヴォーリは豪快で粗野な山人の中では珍しく、好々爺というような人柄だったが、動作が荒いのは山人ならではだ。


「おやっさんは、山人かい?」

「そうじゃが、何だこのちみっこいのは」


 ヴォーリが自分と大して背丈の変わらないトニを見て言った。


「コイツの剣の付呪エンチャントをお願いしたくてね」

「トニって言うんだ。よろしく頼むよ、おやっさん」

「ああよろしくな。付呪だけか? 剣はあるのか?」


 トニが腰に下げていた剣を鞘ごと引き抜き、ヴォーリに見せる。


「なんじゃつまらん。付呪だけだったらディアにでも頼め」

「店長、そんな言い方はないでしょう」


 笑いながらディアが剣を受け取る。

 ディアは鞘から剣を抜き、刀身や柄に飾られている魔晶石を見て、ふうんというような顔をする。


「それじゃ儂は仕事に戻るからな。フィル、ゴーシェ、時間がある時に顔を見せに来い。仕事中じゃなかったら相手してやる。小僧――トニもな」

「分かってるよ」


 フィルが笑って答えるが、ヴォーリは後ろ向きのままひらひらと手を振って奥の間に戻っていく。

 ヴォーリが入っていった部屋は、入口に『店長以外使用禁止』と力強い字で書かれた張り紙が貼ってある。

 何かこだわりがあるのだろう。


 残された三人は剣の点検と付呪の作業のため、ディアに促されるままに作業机の方に向かった。

 席に座ったところで、先ほど町の広場でトニが聞いてきた付呪について、フィルが説明してやる。


 魔剣――そう呼ばれている特殊な力を持った刀剣は、魔物が持つ魔晶石を核として鍛え上げられる。

 単に金属から鋳造ちゅうぞうあるいは鍛造で作った刀剣では、魔物を殺すことは困難だ。

 それは、魔力により硬質化された魔物の皮膚を貫き致命傷を与えるのが難しいということもあるが、魔物が魔力によるを可能とするからだ。


 通常の武器で与えた裂傷では、ものの数秒~数十秒で傷が塞がるほどの治癒力を持っている。

 よって、通常の武器で魔物を倒すためには、一突きで硬い皮膚を突き破るほどの威力を持った攻撃を急所に的確に当てる必要があり、すなわち質の高い武器と技と力が必要となる。


 魔剣の歴史は浅く、十年と少しというところだ。

 強大な力を持つ魔物の猛威を許し続けていた人間が、魔物の力を逆に利用するという着想により開発された武器となる。


 魔剣の優位性は、金属製の武具に『魔力を付与する』ことができることだ。

 刀剣が魔力を帯びることにより金属自体に硬質化の作用が働き、殺傷力や耐久力を大幅に上げることができる。


 それより更に重要なのは、魔剣は魔物の魔力を『食らう』という点だ。これは単純に、攻撃により魔物の魔力を奪うことを意味する。

 そのため、魔物が魔力により得られる治癒力を抑止し、魔物にマトモに傷を負わせることができるようになる。


 また、魔物を倒しきった際に対象が持っていた魔力を吸収し、より強い魔力を保有することができる。

 魔力の増加が意味するところは、つまりその武具の性能の向上だ。


「とまあ、こんなところだ」

「流石にそれは知ってるよ。それと『付呪』ってのと何が関係あるのさ」


 説明するのにも疲れてきたので途中で投げようと思ってしまったのだが、確かに肝心なところを説明してなかった。


「魔剣については今言ったとおりだ。しかし魔剣には、魔剣自体が持つ性能とは別の副次的効果がある」

「それが付呪によって得られる効果っていうわけよ」


 フィルが面倒そうに説明しているのに見かねたのか、ディアが代わりに説明を始める。


 付呪エンチャントとは、使用者が魔剣に対しての隷属関係を結ぶための一種の儀式のようなものだ。つまり使用者が魔剣のあるじになるということである。

 魔剣は先の説明のとおり、魔晶石を核として自律的に魔力を吸収して育っていく。

 しかし、その蓄えた魔力を使用者に還元するための、言わば『繋がり』を作る手段があり、それが付呪エンチャントと呼ばれている。


 人間は遠い昔には魔力を使えたと言われているが、現在はその力が失われている。

 しかし行使できないだけで人間も微小な魔力を持っており、魔剣が魔物から奪い取る魔力を使用者に還元することにより、人間が自身に持つ魔力を増幅させることができる。


 魔力を持つといっても、魔物の超回復のような能力を得ることはできないが、無意識的に魔力を使うことにより筋力・敏捷力・視力などの肉体能力、認識速度や五感などの感覚が向上すると言われている。

 魔力を蓄えた熟練の傭兵と、単純な戦闘訓練を行っただけの新兵とでは、大人と子供ほどの能力差がある、とも言う。


「とまあ、こんなところね」


 フィルの口ぶりを真似てディアが説明を締める。


「要するに俺がこの剣の主人になるための手続き、ってことだね!」

「そうね、そう説明した方が分かりやすかったかしら」


 ディアはクスクスと笑う。口調は割と荒い方なのに何故か上品に見える。

 フィルは森人の顔見知りがそういないため、上品に振る舞いながらもある時は炉の熱に汗をかきながら雄々しく金属を打つディアが、一般的な森人のそれなのかが分からない。


「もう一つ付け加えるなら、魔剣を得ることによって、失われたいにしえの魔法のような力を使える人もいるわ。私達のような森人なんかに多いわね。勿論、おとぎ話のように火を吹いたり嵐を呼んだりなんかはできないけど、魔物に攻撃を与えられるような小規模な魔法と思ってもらったらいいわ」

「ディアも魔法が使えるのかい?」

「それは……秘密ね。それと、魔法とは言わないけど魔剣を持つことで後天的に特殊な能力を発現する人間もいるわよ。あまり見ないけど」


 ディアがフィルの方をちらりと見るが、フィルは何だと言うような目線を返した。

 ディアが言う後天的に発現する能力というのは、魔剣の使用者ではない他人からは分からないものである。


 他言はしていないが、フィルにも能力のようなものが発現していた。

 賊に襲われた時にトニの視線やその感情に勘付くに至った感知能力がそれだ。自身に向けられる人や魔物の感覚を察知できるため、不意の一撃を食らうことがなく、フィルも重宝していた。


 それに加え、刀剣の威力を上げるような能力も現れていた。

 こっちの方は、単純に魔力を強めた剣がその性能を上げているだけという可能性もあるが、フィルは感覚的に剣の刃先に魔力――と言っていいのか分からないが、力が集中しているように感じることがある。

 剣を振るうときにその感触を得た際、硬い魔物の皮膚や肉がまるでバターを切るように感じられる。

 原理の分からない感覚的なものであるか、その手応えから一種の能力かと思っている程度だ。


 ディアが勘ぐるでもないがフィルの方に視線を向けたのは、フィルの持つ剣の魔晶石が特殊なものであることを知っているからだ。

 ディアもフィルも、そして剣を打ったヴォーリでもそれが何なのかは分からないが、魔物を討伐した際に得られるものと比べ、フィルの剣の魔晶石はその色や大きさ、そして魔力量からして異質なものだった。

 ディアはヴォーリからの指示を受け、フィルの剣のメンテナンスをしているから知っているわけだが、今までこの店で仕事をしている中でそのようなものを見たことはなかった。


 説明も一段落したところで、実際に付呪の作業に取り掛かり始めた。

 テーブルの上に鞘から抜いた剣を置き、その前にトニを座らせるよう促し、ディアはまたその横に座った。


「それじゃ始めるわね」


 ディアはそう言うと、剣の装飾部分にある結晶の上に左の手を添えるように置き、瞑想をするようにまぶたを閉じた。

 数秒そうしていると、結晶の部分がぼんやりと光っているように見える。

 トニはその姿を黙って見ていたが、ディアの右手がトニの額当たりに置かれると、ぎゅっと目を瞑った。

 そしてまた数秒そのまま静止した状態が続き、誰も言葉を発せず鍛冶場の作業の音だけが響いている。

 静止の後、トニが眠りから急に覚めるように目を開くと、追ってディアも目を開いた。


「これで終わりよ。どうだった?」

「……よく分からない」

「まあ、確認してごらんなさいよ」


 ディアはそう言って付呪が完了した剣を、手で指し示す。

 トニは柄を持って剣を宙に掲げると、刀身や結晶に見入っている。


「どんな感じ?」

「なんだろう、前より馴染んでいるような感じがするかな……」

「付呪は魔剣との契約のための対話とも言われているの。なので、『魔剣は生きている』なんて言う人もいるわ。とりあえず付呪は成功しているみたいね」


 ディアはそう言って、額にうっすらとかいていた汗を手の甲で拭った。

 魔剣に付呪を行うことができるのは、人間以外の種族である森人や山人、そしてその血を引く者のような先天的に魔法の才能があるものだけだ。

 魔法、と言っても感覚的なものらしく、人間と同じく魔法の文化や知識は失われてしまっているため、原理などはよく分かっていないと言う。


「さて、付呪は終わったけどこれからどうするの? ついでにこの剣のメンテナンスもしていく?」

「これから傭兵団のところに行こうと思っているんだ」

「あら、直したほうがいいわよ。この剣、魔晶石は割と上等なものみたいだったけど、荒っぽく使ったのか刀身の状態が悪いわ」

「ディアさん、剣も打てるのかい?」


 トニの期待をこめるようなまなざしに、ディアが微笑み返しているのを見て、フィルが言った。


「トニ、お前はここで剣を直していけ。俺達は傭兵団のところに行ってくる」

「えー、俺も一緒に行くよ」

「剣を直すところを見ていく?」


 ディアがフォローを入れると、トニの顔がぱっと明るくなった。


「じゃあ俺達は行くからな。剣を直し終わったら中央の広場で待ってろ。金は……自分で払えるな?」

「……分かったよ」


 トニが不満と期待が半々といった声で返す。

 フィル達と別行動するのが不満な反面、鍛冶作業を初めて見るのが楽しみなのだろう。

 ディアに軽く挨拶をして、フィルとゴーシェは扉を開けて店の外に出て行く。


***


 ゴーシェは町の中央広場に戻る道を歩きながらフィルに問いかけた。


「トニに魔剣を持たせるってことは、戦闘に参加させるのか?」

「まだ考えてない、あいつはまだガキだし剣も素人だからな。だが俺達についてくるんだし、多少は戦えないとまずいだろ」

「まあそうか。じゃあ俺が色々と教えてやろうかな」


 ゴーシェは気楽な様子でそう言った。

 最初は面倒くさがっていたものの、トニを仲間とすることに決めた後は、何も気にすることなく受け入れていた。

 こいつのいいところでもあるが、思考が単純なためだろう。


 道を歩く二人と若い新兵の集団がすれ違い、二人はそれに目をやった。


「あいつらもトニとそう齢は変わらないだろうな。あんなのが魔物と戦おうって言うんだから、時代を感じるねえ」

「俺もお前もそう変わらないだろ。俺だって剣を取ったのはトニと同じ齢だ」

「俺は山で狩りをやってた時期が長いからね、魔物と戦うのとは訳が違うよ。フィルはその齢から傭兵をやってたんだっけか?」

「まあそんなところだな……。土地を追われて傭兵をやってるんだから、トニと大した違いはない」


 二人が話しながら中央の広場を抜けていく道を歩いていると、前にも来た傭兵団の建物の前に着いた。

 戸を開けると、同じ顔ぶれがこちらに目を向ける。若い男は書類仕事をしているようで、アランソンの方は仕事が一段落したのか、優雅にお茶を飲んでいた。


「どうも」

「フィルさん、それにゴーシェさんも。本日は何の用で?」


 ティーカップを自席の机の上に置き、アランソンがフィルの方に向かってくる。


「前回断ってしまった依頼なんだが、まだ受ける口はあるだろうか?」

「参加してもらえるので? 歓迎しますよ。砦攻略が膠着状態に入ってしまっているようで、こちらにも傭兵を集めるよう連絡がきているんです」

「あまり状況が良くないようだな」

「はい、先日話した通りなんですが正直言ってあまり良くないです。本陣も魔物からの夜襲を何度か受けているようで、陣を防衛するための工事を始めているようです」


(ここにきて防衛の準備か……色々と後手に回ってるな)


 フィルはそう独りごちるが、ゴーシェには事前に砦攻めが難航しているらしいことは伝えているので、ゴーシェの方に特に気にした様子はない。

 こちらに意思決定を丸投げしている構えである。少し勘には触るが、堂々としたものである。


「なるほどな。それで、依頼を受けるのに条件をつけることはできないだろうか?」

「条件とは報酬の話でしょうか?」

「報酬は大事だな」


 ゴーシェがどうでもいい横槍を入れるが、フィルは相手にせず話を続ける。


「報酬についても話したいんだが、本隊付きではなく別働隊として参加させてもらいたい。何人かの動けるやつが欲しいから、兵も都合をつけてもらえるとありがたい。知ってのとおり俺達は少数だから、正面からぶつかる形はあまり好まないんだ」

「そういうことですか……。申し訳ありませんが、作戦などは本陣の方で考えているので、こちらからはあまり干渉はできないですね」

「まあこちらも無理を言っているのは分かっている。向こうで交渉させてもらう、ってことでいいか?」

「それなら構いません」


 大人数が参加している戦場であまり目立つ動きをしたくないが、先日目にした戦場の感じでは、群集の中に単独で入って戦うのは好ましくない。

 そのためフィルはあくまで別働隊として動いて戦果を掠め取りたいと考えていた。


「じゃあ受けさせてもらうよ。交渉してダメだったら大人しく向こうの指示にしたがうことにする」


 フィルは町で別の傭兵団などをあたって、十人程度を雇って連れてくことも考えたが、今回依頼を受けている傭兵団の団長であるグレアムとフィルが顔見知りだったこともあり、本陣で都合をつけてもらうよう願い出るつもりだった。

 グレアムは顔見知りというより、昔なじみという表現の方が近い。以前にフィルとゴーシェの両名が所属していた小規模の傭兵団の団長を務めていたのが、グレアムである。


 ガルハッド国軍に仕官する意思があったグレアムと、気ままに傭兵業をやろうとするフィル達とで考えが異なった。

 大規模な傭兵団を作ろうとしたグレアムの元を去ったわけだが、喧嘩別れというわけでもなく関係は良好である。

 かつ、グレアムが新しく傭兵団を立ち上げる時に再度誘いが来たくらいなので、信頼も受けているのだろう。


 フィルとゴーシェからしても、傭兵団には所属はしなかったものの、豪快ながらも気のいいグレアムの人格と腕っぷしの強さ、そして傭兵団を立ち上げてほんの数年で大規模な組織を作り上げた手腕に信頼を置いている。


「分かりました、では報酬の方ですが――」


 フィルとアランソンが報酬の交渉に入り出したので、ゴーシェが話に入ろうと伺うが、傭兵団との調整などをフィルに任せっきりだったので相場などわからず、横で黙ってうんうんと頷いているだけだった。

 砦攻めなので依頼一件いくらというわけにはいかず――それでも多少は色をつけてもらうよう交渉した。

 決められた日数分の報酬を確約し、戦果を上げた場合は再度交渉、ということにした。

 アランソンが色を付けるための条件として、リコンドールの町から本陣までの道すがら、森の魔物を倒しながらいって欲しいと付け加えてきたので、フィルは快諾した。


(長引いたら長引いたで退散させてもらうが、さっさと終わらせるに限るな……)


 契約日数分で割ると一人頭一日に大銀貨一枚と少しくらいの報酬だったので、大した稼ぎにもならないと踏んで、フィルは砦攻略を急ぐことを心に決めた。


「では、これでお願いします」

「明日の早朝に発つことにするが、それでいいか?」

「もちろんです」


 アランソンとの交渉を終え、フィルとゴーシェが傭兵団の建物を後にする。

 アランソンとの交渉は滞りなく進んだため、まだ昼過ぎというくらいの時分だった。

 中央広場に向かうも早すぎたのかトニはまだ来ていなかったため、仕方ないと思い『山人の鍛冶屋』に戻る。


 店に戻ると、剣の修繕作業を行っているディアとそれを夢中で見ているトニが見えたが、こちらに気が付かない二人に声をかけづらく黙って見ていた。

 ゴーシェがフィルの肩をポンポンと叩き、ジョッキを傾ける仕草を見せたので、そばにいた店員に言付けを頼んだ二人は『馬屋』に向かう。


***


 明日戦場に出立しゅったつということにしたので、今日は飲むぞと意気込んでいたゴーシェだったが、現在フィルの前で赤い顔をして横に揺れながら、それでも「まだまだ!」と言わんばかりに自分の器に蜂蜜酒ミードを注いでいた。


「ゴーシェさん、もうやめにしたらどう?」


 ゴーシェの姿を見かねた店員のエリナが話しかけるが、ゴーシェは空になったボトルを渡し、「もう一本!」と言いつける。


「フィルよお、砦攻めに参加するのには文句はないんだが、もう少し休みにしてもよかったんじゃないか?」

「悪かったよ。しかし中々ない機会だから少し興味があってな」

「分かってるけどよお……。これから長いこと戦場かも知れないと思うと、肉も酒も恋しいぜ……」

「そうならないように早めに戻れるようにしよう。お互い無事にな」


 フィルがそう言うと、真っ赤な顔のままだらしない表情でゴーシェが笑いながら酒がなみなみと入った陶器を向けてきた。

 フィルがそれに合わせて何度目か分からない乾杯をすると、ゴーシェは器の中身を一気にあおる。

 ゴーシェの相手をしながらも、あたりが暗くなってから結構経っているのに戻らないトニのことを考えていると、店の戸を開けて当人が入ってきた。


「遅くなってごめんよ、フィルさん」


 そう言って二人のテーブルに座るトニだが、潰れたトマトのようなゴーシェの顔を見てぎょっとしたような表情を見せた。


「ずいぶん待たせちゃったみたいだね」


 ゴーシェの顔に驚いたあとテーブルに並ぶ空き瓶の数々を見て、トニの表情が少し呆れているように変わる。

 先ほどから、新しい酒瓶を持ってくるエリナが空瓶を下げようとすると、なぜかゴーシェがそれを制止して空き瓶がたまっていくのだ。

 今夜のゴーシェの趣向はフィルも特によく分からないなと思う。横にゆれたままのゴーシェは目が座っており、いよいよ言葉が耳に入っていないようだ。


「ごらんのとおりだ。修繕は終わったのか?」

「見てよ!」


 トニが腰の剣を鞘ごと抜いてフィルの前に出し、刀身を少しだけ見せるように鞘から出して見せると、綺麗な線を描く刃先が光るのがフィルにも見えた。

 店主のヴォーリを初めとし、あそこの店員はいい仕事をすると、フィルが改めて思う。

 自分の獲物である剣が鍛え直されているのを横で見ていたトニの表情は、俺の剣だと誇示するように自慢気である。


「綺麗に直してもらったもんだな。だがあまり調子に乗るなよ、死ぬぞ」

「分かってるよ!」


 水を差すようなフィルの言葉にトニがすねたような顔になる。


「確かに綺麗なもんだな。これでお前もいっぱしの傭兵だな」


 鍛え上げられた剣を見て正気に戻ったのか、ゴーシェがそう言ってわしわしと横に座るトニの髪を力強くなでる。

 子供扱いをされて不満げなトニが頭の上に乗せられた手を引き剥がそうとしている。


 明日の朝に砦攻めの本陣に向かうと決めたが、アランソンから道中の魔物討伐を依頼されたため、足取りは遅くなるだろうとフィルは思っていた。

 本陣に商人たちが入り込んでいるということなので、町でしっかりとした準備をしなくても、食料などの物資は向こうで調達できるだろう。

 通常の依頼の時は、ゴーシェが兎などの獣を狩って食料にすることもよくあるので、さほどの心配もしていない。


 道中も人がかなり入り込んでいる領域であり、魔物もあまり出ないというから危険も少ないだろう。

 しかし問題は本陣にたどり着いてからだ。国軍が出張っているということなので、少数のフィル達はなおさら動きづらいだろう。

 トニにしても、道中は連れて行くとしても砦攻めにはもちろん参加させないつもりだ。

 恐らく不平を言うであろう目の前の少年を考えると、説明するのが面倒だと思ってしまう。


「なあトニ。気合入ってるところを悪いが、お前は砦攻めには参加させないぞ」


 フィルが言いづらく思っていることを、ゴーシェが目を座らせながらもきっぱりと言った。


「どうしてだい! 装備も整えたし俺も戦えるよ!」

「ゴーシェの言うとおり、お前は参加しないで陣で待ってろ。ついて来られても足手まといになってこっちが危ない」


 ゴーシェの言葉に乗っかる形でフィルも意思を伝える。

 トニの方は悔しいような表情をしながらも、基本的には指示に従おうと考えているようで、何も言わなかった。


「まあ砦攻めの本番の時の話だ。道中は役に立ってもらうぞ」

「分かった!」


 フィルの言葉に気持ち良くトニが返事をする。

 世間知らずで言葉が悪いにしても、素直に振舞う姿を見てゴーシェが目を細める。


(……こいつも不遇だっただけで、悪いやつではないんだろうな)


 フィルは自分の境遇に重ね合わせるように独りごちる。


「とりあえず今日は出立前の祝いだ。ほら飲め」


 そう言ってボトルの口を二人に向けてくるゴーシェだったが、フィルが制止するように言う。


「もう十分飲んだだろう。俺は昨日のこともあって疲れてるんだ、そろそろお開きにしよう。お前もそれくらいにしないと明日に響くぞ」

「俺はまだまだ飲むぞ」

「こっからは一人でやってくれ。おいトニ、宿に戻るぞ」


 そう言ってフィルとトニが席を立ち上がり出口に向かおうとしたところで、後ろから鈍い音が聞こえた。

 振り返ると、ゴーシェがテーブルに突っ伏しており、手に持っていたボトルが中身をこぼしながらテーブルの上を転がっている。


 カウンターの奥からじろりと見てくる店主のバトラスの視線を確認し、フィルとトニが顔を見合わせる。

 代金をテーブルに置いてゴーシェの肩を担ぐと、フィル達は店を後にする。

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