第15話
照り付ける日の下、1台のピックアップトラックが砂塵を巻き上げ走っている。荷台には数人の人間が居り、暢気に煙草を吸ったり、荷台の縁に寄り掛かって眠ってたり、水を飲んだりと思い思いに過ごしていた。
手にバカマシンガンを持ち、鞣されたクローカーの革で出来た上着にシャツ、ズボンとスニーカーだったのだろうボロボロで粗末な靴を履いた幼さの残る緊張感を露にする少年も、その一人であった。彼は緊張感を忘れ、暇を潰そうとする様にバカマシンガンを弄り回す。
「おい、あんまり銃をオモチャにするなよ……ツキが落ちるぜ?」
それを向かいに座り、煙草を吸ってる頭に青いバンダナを巻く無精髭を生やした明らかに歳上と解る男が見咎めた。彼が昔の煙草を差し出すと少年は受け取って口に挟み、男は火を点す。
恐る恐る紫煙を燻らせると、男は自己紹介をする。
「俺はウルキだ。お前は?」
「……ラポーゾ」
素っ気なく返すと煙草を吸い、苦い煙を肺に見たそうと口から息を吸い込む。
「ゲホッ! ゲホッ!」
紫煙で咳き込み、涙を浮かべるラポーゾと名乗った少年を笑うとウルキは対照的に旨そうに煙草を吸った。それから、脇に立て掛けた通常よりもバレルが長く、円いドラムマガジンの付いた
そんなウルキの様子をラポーゾは煙立ち上る煙草を手に羨ましそうに見ると、自分の持つバカマシンガンが貧相に思えた。
「大丈夫さ……バカマシンガンでも上手に使えば、それなりに戦えるからよ」
安心させようとするウルキの言葉に心強さと煙草のお陰もあって緊張感が、少しだが和らいだ。
そんなラポーゾに人の良い笑みを浮かべたウルキは、周りを見回す。
「しっかし、まぁ……こんなに人を集めたもんだな。あの
ウルキは溜め息と共にボヤきを吐く。自身は宿代の支払い帳消しと別途の報酬に釣られ、引き受けた。
周りも同じ様なものだろうと思っていた。が、周りは目の前に居る青年みたいにバカマシンガンか、横に並ぶ2つのバレルを上下に付けたショットガンを武器として持っていた。
イーリャの様な実用的なのを持ってるのは自分のみ。更に、服装も青年と殆ど変わらない。
水筒は持っていても、食糧やライト、その他諸々の荷物を持たずに廃墟に向かおうとしてる彼等が、素人であるのは明らかであった。
「おじさん、ハンターはおカネを沢山稼げますか?」
神妙な表情を浮かべ、青年が話し掛けて来た。ウルキは陽気な表情を浮かべたまま、答える。
「おお稼げるぜ! じゃなきゃ、俺はこんな銃を持ってないだろ?」
「そうですよね。頑張らなくちゃ」
返って来た言葉に意欲が湧いたのか、緊張感と弱気な雰囲気はラポーゾから消える。
ウルキの言葉に嘘は無かった。巨大な墓と化した栄華を極めし街には、貴重な物が無数に眠っていた。
それ等は今では造るのが殆ど不可能で、計り知れない価値がある。そうした遺物を持ち帰れば、大きなカネになる。
「だけど、命は一つしかねぇんだ……ヤバくなったら、仲間を見棄てて逃げな」
ウルキから突如放たれた言葉にラポーゾは、キョトンとする。そんなラポーゾを気にせず、ウルキは更に続けて言う。
「
アノマリー、
不安が踵を返し、戻ってしまったのを見たウルキはさっきの様な笑みを見せる。
「なーに、大丈夫さ……アノマリーや
くわえ煙草で陽気に笑うウルキは短くなった煙草を外に投げ棄てた。ラポーゾの手にある煙草は半分ほど灰が積もり、落ちる。
「貰っといて難だけど、吸う?」
「お、良いのか?」
ウルキは煙草を受け取り、旨そうに吸う。ラポーゾはそんなウルキに心強さを感じると、横たわって目を閉じた。
途中、止まって小便や大便を済ませた。無論、運転手も交代したが、昼前には廃墟の中を進んでいた。
ラポーゾにとって、初めての廃墟は不気味に感じた。時折、聴こえる獣の声や屍を啄むカラスの鳴き声が余計に恐怖を誘い、ラポーゾばかりか他の者も同様に緊張感を露に銃を握る手に力が余計に籠る。
「大丈夫さ……ここら辺を根城にしてた
「だけど、怪物が……」
「クローカーの足じゃ、クルマに追い付かねぇよ……デー……」
「何だありゃ!?」
ウルキの言葉を遮る様に大きな声が挙がる。周りは声を挙げた奴が見てる所を見上げた。
ラポーゾの目に空を鳥の様に翼を羽ばたかせて飛ぶ大きな影が映る。それは、ウルキの目にも映っていた。
「畜生! クルマを止めろ!!」
だが、ピックアップトラックは止まらない。ウルキは「チッ!」 と、腹立たしさを示す様に大きな舌打ちをした。すると、影が段々と近付き、大きくなる。
「やっぱりデーモンか!!」
影の主が何なのか? ウルキが言うと同時にデーモンが急降下して来た。周りは其々、銃を向け、引き金を引く。
幾つもの銃声が響き、鉛の礫がデーモンを刺激する。だが、デーモンは止まる事も無ければ、痛がりもせず平然と獲物へ真っ直ぐ突っ込んだ。
撃たれながら荷台に飛び降りたデーモンがショットガンを持った腕を振るった。迸る鮮血が悲鳴と共に荷台を赤く染める。
「ひ、ヒィ……」
デーモンが降り立った衝撃で荷台の後端でラポーゾは腰を抜かして居た。トリガーを引くが、カチカチと虚しい音を鳴らすだけに終わる。すると、仲間の屍と臓物、血の中で唸り声を挙げる
ラポーゾに死が迫ろうとしていた。そんな時、ラポーゾとデーモンの間を割り込む影が現れる。
ラポーゾは何が起きたのか? 解らなかった。だが、引っ張られた感覚と浮遊感は解った。
ピックアップトラックのリアが遠退くのが見える。永遠とも言える時間を感じてると、背中に激しい痛みが襲い来る。
その少し後、頭に思い切り殴られた様な痛みと共にラポーゾは意識を手放した。
「いてて……
痛む全身を鞭打ち、ラポーゾを引き摺るウルキの視線の先では2匹のデーモンが、シメたばかりの新鮮な肉を堪能していた。皿となったピックアップトラックは瓦礫に突っ込んだ状態でボンネットから煙を挙げている。
目の前の血の滴る肉を喰らってるのを良い事にウルキは、静かにだが急いで近くの廃墟へラポーゾを引き摺って行く。そうして、瓦礫の中に入ると、ウルキはラポーゾを床に寝かせた。
それからデーモン達の様子を伺い、頭から血を流したまま気絶してるラポーゾの頭に包帯を巻いた。
「参ったな……独り占めする前に
溜め息と共に怨みがましい視線をデーモン達に向けると、バックパックを下ろした。それから、自分の身を護る武器である
おぉ、良かった。壊れてはいなさそうだな……
奴等に襲われて、生き残れたってだけでも充分ツイてるか……
イーリャが無事な事にホッと一息吐くと、デーモン達は幾つかの死体を足で掴んで飛び去る。それを見ると、イーリャを手に廃墟の入口から周りを見回した。
クローカーは……居ねぇな。
膝を立てた膝撃ちの姿勢でイーリャを構え、左右、上を見たウルキは立ち上がる。イーリャの銃口を下ろすと周辺を見回し、ボンネットが燃えるピックアップトラックへと駆け寄った。
酷い臭いが立ち込め、ウルキは思わず顔をしかめてしまう。だが、今は血の臭いを嗅ぎ付けてバケモノ共が来る前に取るものを取らなければならなかった。
それ故、イーリャを背負って両手を空けてから、臭いを我慢して血の海とかした運転席を漁る。地図らしき物は助手席の上で紅く染まった状態で放置されていた。
其れを取ると、惨い状態の荷台の方へと赴く。
「うわ……ヒデェなこりゃあ」
運転席よりも夥しい血と歯形の残る肉片と臭い立ち上る臓物で出来た血の海が、荷台の惨状を物語っていた。
ウルキは何か無いか? 探す。
しかし、有ったのは血に染まったバカマシンガンとバカマシンガンに使う5.56㎜アサルトライフル弾のクリップ3つ。それに、中途半端に残った水筒が1つだけであった。
無いよりマシ程度のクリップをポケットに突っ込み、水を飲んで渇きを癒すと水筒を投げ棄て、バカマシンガンを取ると廃墟へ戻る。
「うう……」
廃墟に入るとラポーゾが丁度、意識を取り戻した所であった。
「よぉ、目が覚めたか?」
「う、ウルキさん……」
痛む頭を押さえ、包帯が巻かれた事に気付くと戸惑いながら「ありがとうございます」 と、ウルキに感謝した。それから、周りをキョロキョロと見回す。
何かを探す様にするラポーゾを察したのか、ウルキは口を開いた。
「他の奴等はデーモンに喰われちまったよ」
答えは解りきっていた。しかし、改めて聴かされる無情な答えにラポーゾは、悲痛な面持ちになってしまう。
そんなラポーゾの前にしゃがんだウルキは、バカマシンガンと10発の5.56㎜アサルトライフル弾が束ねられたクリップを差し出す様に置いた。
「……こんなんしか無かったが、無いよりはマシだ」
そう言って立ち上がるウルキは後ろに向いて、歩き出した。バックパックを背負い、進もうとする後ろ姿に声が浴びせられる。
「ど、何処に行くんですか?」
「あ? 地図の通りにさ……」
ラポーゾには信じられなかった。クルマを壊され、仲間が自分以外死んだのにウルキは何事も無かったかの如く、目的地へ向かおうとしている。
ウルキと己の距離が遠くに思えた。
ほんの数歩。たったの数歩……それしか離れていないと言うのに目の前で地図を広げ、眺めるハンターとの隔たりの大きさをラポーゾは感じていた。
そんなラポーゾを気にせず、地図を畳んで雑嚢に入れたウルキは脇に提げていたイーリャを持つと外へ足を踏み出し、歩き出す。
それを見るとラポーゾはクリップを革ジャンのポケットに突っ込み、バカマシンガンを取って追い付こうと駆け出した。
「どうした? そんな慌てて」
イーリャの銃口を向けられ、ラポーゾは両手を上げて必死に答える。
「俺も行く! カネが必要なんだ!!」
「そうかい……だったら、バカマシンガンに弾込めとけや」
言われて初めて気付いた。ラポーゾの手にあるバカマシンガンのサイドに差し込まれたクリップで束ねられた5.56㎜アサルトライフル弾には、弾頭が無かった事を……
ラポーゾは恥ずかしさと戸惑いの入り交じった表情を浮かべ、左手を震わせながら空のクリップを引っ張って取る。それを地面に棄てたラポーゾは、ポケットから新たなクリップを取ると抜いた所から差し、反対から叩き付ける。
そして、上にある小さな金属製の突起……チャージングハンドルを引いてボルトを下げた。
「おーし、なら後ろを頼むぜ……後、俺の言う事を真面目に聴いときな」
真剣な眼差しを向けられ、ラポーゾは静かに頷く。
それを満足そうに見たウルキは振り替えって先を進むと、ラポーゾは親鳥の後ろを歩くヒヨコの様に追いかけるのであった。
世紀末に飛ばされましたが、しぶとく生きてます 幽霊@ファベーラ @favela
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