第5話


 暫くすると、動物の咆哮が聴こえて来た。その声はクローカーのものに似ているが違う。 

 見ると、背中から蝙蝠の羽根にも似た大きな翼で空を打ち空に浮かぶ黒い体毛に覆われた人型の生き物が複数おり、バンディッツ達を空から襲っていた。


 デーモン……お前等嫌いだけど、今回だけは好きになれる。


 その生き物はデーモンと呼ばれていた。彼等は空を自在に飛び、銃を持つバンディッツ達を撹乱しては咆哮と共に手にした鋭い爪で切り裂く。

 それか……


 「ああぁぁぁぁ……」


 モノキュラーの中で、悲鳴と共にが出来上がった。

 デーモンが両足で獲物を掴み、空高く舞い上がって地面に棄てたのだ。数mから数十mの高さから落とされれば、為す術も無く落としたスイカの如くグシャグシャになる。

 死ななかったとしても、骨は確実に折れ、死んだ方がマシと思える痛みに襲われる。そして、最終的には、彼等の胃に収まるのだ。


 アイツ等、含めて動物つうかミュータントに5.56㎜は豆鉄砲なんだよな……


 ジールよりも軽やかなバカマシンガンやイーリャの銃声が、絶え間無く響き渡る。が、デーモン達は平然としており、今もバンディッツに攻撃を続けていた。


 オマケに飛び回るから当てるのも一苦労……当てる前に殺されて、喰われる。

 戦うだけ無駄だ。

 奴等と遭遇したら、脇目も振らずに建物に逃げ込むしかない。


 モノキュラーの中でも生き延びたバンディッツ達は、壁や屋根の残る近くの廃墟へと駆け込んでいた。

 そんな時、ドラムを激しく殴り付けた様な重厚な音が響き渡る。ピックアップの荷台に設置されたファイティングドラムが砲声にも似た銃声を掻き鳴らし、4つの銃口から激しい銃火を吹き上げているのだ。

 よく見れば、土気色になった死体を吊るすピックアップのデシーカ 重機関銃も喧しい銃声と共に火を吹いている。


 流石、50口径と15㎜……デーモンがバラバラ死体になってやがる。


 デーモン達へ何丁ものバカマシンガンとイーリャとは比べ物にならない激しい弾幕が浴びせられる。しかも、1発でも何処かに喰らえば皮ばかりか、肉と骨。果ては内蔵も食い散らかされるのだ。

 腕や脚に当たろうものなら、喰い千切られる。掠るだけでも、皮ごと肉が裂ける。

 モノキュラーの向こう側では、デーモン達の腕や脚、皮に肉、頭の欠片が血飛沫ばかりか、ハラワタでさえもブチ撒けられた。

 漸く銃声が止んだ。見れば、デーモン達は原型を留めない状態で散らばり、地面は真っ赤に染まったかの様に見える。

 バンディッツ達は仲間の死体を弔わず、銃と弾だけ剥ぎ取ってピックアップトラックに乗り込むと、逃げる様に走り出して姿を消した。


 「敵の損失は5人、否、6人だ……置き土産で"肉"になった奴が居る」


 人の死と怪物の脅威を目の当たりにしたと言うのに、モノキュラーを下ろした涼介は他人事の様にバンディッツ達の損失を口にする。


 「生きて帰ったのは8、否、9人。多分、アジトにも見張りを残してるだろうから、10人以上を相手にしなきゃならん訳か……」


 涼介は死者の数ばかりか、生きて帰った人数も数えて把握すると壁に寄り掛かって座り、考え始める。


 敵は10人以上は居る。更に、火力も見ての通り、段違いだ。

 先ず、ヒーローよろしく正面からカチ込む。

 トレンチやバーニー達みたいに正面から殴り込んで、敵を皆殺しにするのはロマンだけど……

 間違い無く、デーモン共と同じ末路を迎える。


 「ハァ……嫌だ嫌だ」


 溜め息と一緒に愚痴も零れる。

 敵は最低でも10人は居り、皆、銃で武装してる。更に、ファイティングドラムやデシーカと言った人間を一瞬で細切れ肉に変えられる強力な兵器も持っていた。

 だが、涼介に仲間は居らず、独りだけ。

 武器も状態の良いバトルライフルが2つとリボルバー、それにフラグが幾つかと中身が怪しいバカマシンガンが有る程度……

 バンディッツと比べれば、火力は貧弱と言っても過言ではなかった。


 狙撃するにしても、アイアンサイトで300m以上とか無理。ゴマ粒よりも小さく見える的なんて、当てられるかよ……

 キチンとゼロインしたスコープが有れば、話は別だ。この大口径7.62㎜モデルなら600mも当てられる……

 だけど、スコープは無いのでムーリ。

 残る選択肢は、闇夜に紛れて静かにアサシンごっこ。なんだけど……

 連中の巣が何処にあるか知らない。


 立ち上がって腰を捻ってストレッチをすると、オープンカーに目を向ける。そのまま、オープンカーに歩み寄った涼介はダッシュボードに手を掛けた。

 ダッシュボードを静かにゆっくりと慎重に少しだけ開け、保持する。隙間を覗き込むと、何度も見返して不審なワイヤーが伸びてないか? 罠を警戒した。

 何も無い。そう判断すると、そのままゆっくりと開けて中を覗く。


 地図の1つでも有れば良いんだけど……


 ダッシュボードの中から干からびたトカゲを取ると、そのまま口に入れた。ムシャムシャとトカゲを咀嚼する涼介は、ダッシュボードの中身を出して行く。 

 干からびたトカゲ以外に ダッシュボードの中に有ったのは、酸っぱい臭いがする歯形が残る肉片に小さな虫の死骸。それに血で汚れてクシャクシャのまま固まった紙切れ、茶色に変色した血で彩られた拳銃1丁とフラグが2つに1冊の大きな本であった。

 トカゲを呑み込み口元を拭うと、食べ掛けの肉を眺める。肉は酸味を感じる臭いを醸し出し、見れば小さな白い虫……蛆が集っていた。

 涼介は思わず顔をしかめ、蛆の沸く腐った食べ掛けの肉を外に向かって投げ捨てた。宙を舞う肉から蛆達がボトボト零れ落ちるが、それよりも自分の手に着いた着いた蛆を払う方に意識が集中する。

 蛆が手から居なくなると、気を取り直して拳銃を手に取った。


 珍しいな……オートマチックだ。


 拳銃は涼介が使ってる様なリボルバーではなく、コルトガバメントM1911A1の様な拳銃であった。


 弾は9㎜が……12発。


 グリップに収まるマガジンを抜き取り、スライド後部の下にあるセフティをカチッと下げ、スライドを引く。すると、スライドに包み込まれていたバレルが露となり、薬室に装填されていた1発の9㎜弾がマガジンの収まってたスペースから落ちようとした。 

 それを左手で難なくキャッチし、「13発か……」 と、詰まらなさそうに呟きながら9㎜弾をマガジンに突っ込み、マガジンを助手席に投げた。手に残った空の拳銃は、スライドが引かれる。

 スライドを後ろまで下げた所でスライドリリースレバーの反対側を左手で押すしてスライドリリースレバーが外し、スライドをフレームから取り外して二分割する。グリップと一体になってるフレームを助手席のマガジンの脇に置くと、スライドの前面からバレルとリコイルスプリング、ガイドにロッドと言った部品を全て抜き取って外した。


 良い拾い物したな……少し、臭いけど。


 分解した拳銃の状態を見定めると、状態は良かった。

 「高く売れる」 と、気分が良くなった涼介は拳銃にマガジンを叩き込み、スライドを引いてセフティを掛けた。ダッシュボードに拳銃を戻すと、血で汚れて固まった紙切れを手にする。

 涼介は茶色い紙を一頻り眺めると、広げてみようと力を加える。だが、接着剤で固められた様に硬く、広がる事はなかった。


 「ただのゴミか……」


 落胆した涼介は紙切れを投げ棄て、大きな本を手に取る。すると、落胆したまま本をペラペラと捲り、中身を確認していた涼介の表情が明るくなった。

 直ぐに腰から提げていたマップケースを取り出し、本もとい崩壊前の地図と最近作られた地図を照らし合わせる。


 「連中の巣は此処から……20kmって所か?」


 見付けた地図をダッシュボードに戻した。拳銃とフラグも戻し、バックパックとポンチョ、ジールと言った荷物を助手席に置いた涼介はオープンカーに乗り込む。

 顔に左腕に巻き付けていたクーフィーヤーを纏わせ、ゴーグルを嵌めてレンズを袖で磨いた涼介はIGコイルに刺さったキーを回した。

 エンジンが軽快に動き出すとシフトをDに合わせてサイドブレーキを下ろし、アクセルをそっと軽く踏んだ。

 オープンカーはゆっくりと走り出し、出口の表記を辿って立体駐車場の中を移動するのであった。





 駐車場から移動の間、幸いな事にデーモンやクローカーと言った怪物に襲われる事はなかった。お陰でドライブを楽しむ事が出来た。

 しかし、瓦礫や残骸で何度も迂回せざる得なく、時間が掛かった。それに連中に気付かれないよう、5km手前にあった地下駐車場に停めた。


 地下駐車場にあったトイレで小便と大便をする。だが、トイレットペーパーは何処にも無かった。

 涼介は溜め息を吐くと、ポケットから崩壊前の金である紙幣を出す。それで尻の汚れをしっかりと拭き取った。


 「紙幣でケツ拭くなんて……文明人にあるまじき野蛮人の極みだな」


 考えられない事をしたと、苦笑いする。だが、崩壊前の世界では価値が有ろうと、文明、政府が無い以上はカネと言う概念に価値は無かった。

 それこそ、漫画にあったトゲトゲの付いたアーマーを着たモヒカンの「こんなもん、ケツ拭く紙にもなりゃあしねぇ!!」 と、言う台詞そのままであった。それを思い出すと、パンツとズボンを履き直していた涼介は笑ってしまう。


 人間て価値が無いとなれば、直ぐにゴミとして棄てるってハッキリワカルンダナ……まぁ、ケツ拭く紙に丁度良いから拾っておく。

 なんて嫌だし……


 トイレから出ると、殺した連中から奪ったライトで暗闇を照らし、オープンカーの方へと戻ろうとする。

 駐車場は静寂と闇に包まれていた。そんな不気味な所でも涼介はしっかりとした足取りで歩み、乗って来たオープンカーまで戻った。

 運転席に座ると、シートを倒す。それからジールを抱え、ポンチョを毛布の様に被ると目を閉じた。

 5分もしない内に涼介は静かに寝息を立て、眠りに着いた。





 「距離は?」


 クーフィーヤーで顔を覆い隠し、ボルトアクションライフルのスコープを覗き込むインナースーツの上から野戦服を纏う女が、隣に居る子供っぽさの残る青年に問う。


 「距離780……」


 大きなスコープを覗き、レティクルを頼りに距離を測った青年は、緊張しながら答えた。


 「風は?」


 風を聴かれると青年はスコープを僅かにずらし、風で揺られるボロボロの布で作られた小さな旗を見る。

 旗は風でゆっくりと揺れていた。その様子から風向きと強さを確認し、青年は答える。


 「風向は北西から南南東……およそ3m」


 それを聴いた女はスコープの横と上部に取り付けられたダイヤルを回した。カチカチと言う音だけが、二人の居る廃墟の一室に響く。

 音が止むと、女は5秒数えてから深く息を吸う。また、5秒数えてゆっくりと息を吐いた。二人の息遣いだけが聴こえる。が、青年もとい涼介には、自分の心臓が激しく脈打つ音もしていた。

 涼介はチラッと脇を見る。テーブルだった残骸の上で伏せているからか、女の胸が持ち上げられていた。それ故、見てるだけでも涼介はドキドキとする。

 それに気付いたのか、女はスコープから目を離して涼介に顔を向けた。


 「触りたい?」


 クーフィーヤーで隠れていても、涼介は彼女がニヤニヤと茶化す様に笑っているのは理解出来た。

 だからだろうか……顔を紅潮させる涼介は無言で、ソッポを向く様にスコープを覗か込む。

 それを見ると、笑い声が女からした。


 「照れちゃって、ウブねぇ……」


 「うるせぇ! さっさと、糞バンディッツ撃てよ」


 それを聴くと、女は再びスコープを覗き込んで呼吸を調えるや、トリガーを引く。大きな銃声が響くとスコープの向こう側で泣き叫び、懇願する女に向けて銃を突き付ける男の頭が破裂した。


 「ヘッドショット・ヒット……」


 涼介が結果を言う前に女はボルトを起こして引き、次弾を装填した。小さく息をしてから呼吸を止め、再び、トリガーを引く。

 2発目の銃声と同時に7.62㎜ライフル弾が吐き出された。


 「ハートショット・ヒット……敵は周辺へ向け、射撃。此方に気付かれてないと思われる」


 胸を射抜かれ、血の泡を吐いて崩れ落ちる敵を確認した涼介は、敵の様子を報告した。

 女は答える事無く、無言でボルトを引いた。硝煙立ち上る薬莢が、心地よい金属音を響かせる。


 「HMG重機関銃確認……距離、763。風向変わらず、風速はプラス1」


 其れを聴くと、女はスコープのレティクルをデシーカ機関銃を乱射する敵の頭へ、風速の変化を折り込んで合わせる。

 息を止め、揺れを止めた女はトリガーを引いた。


 「ヘッドショット・ヒット、HMG沈黙」


 着弾を確認するとスコープから目を離し、バッグにスコープを納めた。それから、イーリャを手に取って部屋の出入口に立って周辺を警戒する。女もスコープから目を離すと、ライフルを背負って立ち上がり、涼介の居る出入口へと駆け出した。

 狙撃手と観測手は廃墟を駆け抜けて屋上に上がると、脚を止める事無く、縁まで走る。


 「跳べ!!」


 その叫び声と共に二人は廃墟と廃墟の間……3mた。

 二人は転がる様に隣のビルに床へ着地する。全身が痛むにも関わらず立ち上ると、息も吐かずに走り出す。そうしてビルの中に入ると、階段を駆け降り、次の狙撃ポイントへと向かうのであった。





 数時間後、車のシートで寝ていた涼介は目を覚ました。


 懐かしいな……バンディッツ討伐の依頼。レイラ師匠から教わった観測の仕方を初めて実践した日だ。

 遠くから一方的に狩るアイツは、愉しそうな顔をして居たのが恐かった。けど、綺麗だった。

 後、オッパイ触っとけば良かった。二度と触れんし……


 暗がりにも関わらず涼介は、太股のホルスターに収まってるリボルバーを抜く。

 それは、師匠である女スナイパーが持っていた物と同じリボルバーであった。

 一頻り眺めると、ホルスターに戻してオープンカーから降りる。ポンチョを羽織り、バックパックとジールを背負った。クーフィーヤーを纏うと、額にストラップでヘッドランプを固定してからゴーグルを嵌めた涼介はイーリャを携え、月明かりを頼りに入口へ脚を進める。 

 外は風が冷たく、分厚い雲が月を隠していた。それ故、月の明かりばかりか、星の光でさえも無く、文字通りの一寸先は闇の状態と言えた。

 そんな暗闇の中であっても涼介は、怯える事も無ければ、震える事も無く力強い足取りで進むのであった。



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