第5話 そして廃人は一生モノだった
あれから13年が過ぎた。
不摂生極まりない暮らしをしながらも、一切病気をしなかった。一昨日まで元気に「新しいレイドボスがどれだけ楽しいか」を暑苦しく語っていたモモなのに、今、リビングに骨壷が置いてあるんだ。さっき、ペット火葬業者さんから戻ってきたところだ。白くてキラキラした装飾で、享年何歳とか書いてあるんだけど、これ、ちっともモモの趣味じゃない。
「モモは言葉話せるんだから、お別れくらい言わせてくれよ。まだ49日前だし、その辺、ウロウロしてないかお前。猫又になってずっと生きるって約束はどうなったんだよ」
「あなた、モモちゃん抱っこして、小声で話しかけるの、怖いわよ。あと、泣きすぎ」
「そう言う君だって、涙出っぱなしじゃないか」
僕とハルのペットロスが始まった。
普通に仕事に行き、普通に買い物をして、普通に通帳記入する。日常生活に支障は無いけれど、なんだかロボットになったみたいな気持ちがする。「役割」をする自分だけが前に居て、気持ちが追いついて来ない感じなんだ。
「ねえ」
「あ、そっちは僕がやる」
「うん、ごめんね、お願い」
モモは、ハルがいればご機嫌だった。ハルも、モモと過ごす時間を作ることを中心に、仕事を選んだ。僕はそんな2人にあわせて生きてきた。
ハルにしてみれば、モモが遊び倒した、ネトゲ関連の後始末は苦しいのだろう。運営が終わったMMORPGから難民になったり、そのゲームで仲良くなったフレンドたちと移住先に選んだMMORPGがデータ吹き飛ばしたり、色んなことがあった。
その度に、「これだからニンゲンは!!!」って怒る、モモの姿が、目の前に生き生きと蘇ってくる。辛い。
モモのゲーム仲間との連絡用SNSは、もう僕らが代筆することは出来ない。読み返すと、僕やハルの手で書かれた、モモの言葉が出て来るから、削除するのも今は苦しい。データを無くさないようにエクスポートした。モモのフレンドたちには、しばらく留守にすると伝えた。
パンデモニウム・ファンタジー・クエスト18のデータは残っている。今見ると、グラフィックがもっさりしているけれど、モモがネトゲにのめり込んだきっかけの作品だ。こっちは、思い出以外何も持ち出せないから、ログインできなくなる日まで、そのままにしてある。
モモたちが移住した、今課金しているMMORPGも、さくさく動くようにPCにはお金をかけてある。僕もハルも、ネットとメールくらいしか使わないから、この大人気ないゲーミングパソコンは使いみちに困る。困るけれど、モモが遊び倒した世界への入り口だった。
PCを立ち上げて、ログインをする。フレンドたちにログイン状態が見えないように、設定を切り替える。モモは「エアコンかけて」という引きこもり猫だから、実際に夏のあれこれが好きなわけではないけれど、真夏のマップで南国のビーチみたいな場所が好きだった。
「それはシンガプーラとしての血の記憶とかなの」って尋ねたら、鼻で笑われたなあ。「雪国マップとかも大好きだし、異世界マップも好きだけど、それはどんな記憶由来なのかしらね」って。
僕は、モモがフレンドたちと写真を撮ったりした場所で、ログアウトした。
「ここに、モモのキャラはいるからな。いつ帰ってきてくれても、僕らは大歓迎だ」
帰ってくるはずは無いけれど、モモがもうどこにも居ないことは分かるけれど、なんだかこうすることが正しいことのように想えた。モモが抱きしめて遊んだ、PC用コントローラーは、ハルの目に触れないように、僕の部屋へしまった。
「何なのこのPC、コントローラー無かったらどうにもならないじゃない」って、モモに怒られる日が、来たらいいんだけれど。
「終わったよ」
「ありがとう。ずっと一緒にいたから、辛くて」
「うん」
「モモちゃんは、餌鉢とおトイレ以外は、猫グッズ持って無かったのね」
「猫グッズ買ってくるなら、課金アイテムよこせ派だからね」
「ガチ勢よね」
「ガチ勢だったね」
僕らは泣きはらした目で、笑いあった。モモは「ガチ勢」って言うと、「私は天才美少女ヒーラーなのであって、ガチとかエンジョイとか、そういうものに分類されない」ってムッとしてたけど、一生かけてネトゲを愛するのは上手い下手以前にガチ勢だろ、というのが僕らの考えだ。
オタクは一生モノだって聞く。モモに冗談で、暇ならネトゲあるけどと振ったら、まさかここまでハマるとは思わなかった。うちの猫がネトゲ廃人になった時にはどうしようかと思ったし、ハルまで巻き込んで、僕らはモモのゲームライフを応援してきた。MMORPGで難関ボスを倒す時、自分のキャラが強くなった時、自分のプレーヤースキルが上がったと気付ける時、モモは生きてる実感が一番強かったのだそうだ。
「モモちゃんは伝説のヒーラー扱いだったよね」
「もう古参だからねえ」
「いなくなって、あの世界でPT組んでた人たちどうするのかな」
「どうにかするんだろうね。ただ……。モモのフレンドさんたちが困れって意味ではないんだけどさ」
「うん」
「できたら、モモの代わりになるヒーラーが見つからないといいな」
「私も、そう思ってた」
ネトゲの中ではなくて、僕らの家族としてのモモの、代わりもまた、居ない。
fin.
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