始まりの夢は世界を告げる

始まりの夢

──君にはな…


そう落胆したように目の前の人は言う。


──笑う事も無く、泣く事も無く、叫ぶ事も無く、苦しむ事も無く、ただただだ。


そして人の深層心理を見抜くような深紅色の、血を流したような瞳でこちらを視る。


──ならばそうだな…こちら側へ来い、少なくとも


そうして目の前の人は手を差し伸べる。


──なァ? ○○○…?


そしてその人はこちらの名で呼ぶと、手を引いて笑いかけ、導く──…。



〜~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「────っ!」


ガバッと勢い良く身体を起こす飛び起きる。額から頬を伝うように冷たい汗が流れ落ちる。

額の汗を拭いながら、思う。


「(…………懐かしい、夢を…視た。初めてあの人に巡り逢い、そして導かれたあの日の事思い出……)」


ギシッ…っと音を立て、ベッドを降りる。カーテンを開け、眩しい太陽の光を浴びる。

あの人は起きているだろうか? ……いや、ねむっているだろう、昨夜も視えないと話していたようだから…──。


「(…………今日はブラックコーヒーにしよう、きっと匂いでお起きになる筈だ。そして何か甘い物をお求めになるだろう。だから*メレンゲが最適か……*スコーンやクレープも捨て難いが…)」


シュルッとネクタイを結び、あの人の食事の用意をする。

そして書庫に続く長い回廊をコーヒーと菓子を乗せた盆を持ち、歩く。


暫くして牡丹ぼたんの花のレリーフが施された、扉の前に辿り着く。

すぅっと軽く息を吸い込み、二回コンコンとノックする。


「失礼します、鈺炉さん。コーヒーと菓子をお持ちしました」

「んん……あぁ、入れ、俺は今動けん…」

「はい、失礼致します」


中からワンテンポ遅れた返事が返ってくる。どうやらこちらの声で起きたらしい。すこぶる寝覚めの良い人だと思う。

牡丹の花のレリーフを押し開け、中にするりと音も無く入る。


そして目的の人を程なくして見つけた。


「…………何を読んでおられるのですか?」

「何も読んじゃいないさ。

「あぁご依頼のあった魔書、ですね?」

「あぁまた随分とけったいなモノを所有してらしたな、依頼人は。かのを所有されていたのだからね」

「それはそれは……よくませんでしたね、ご依頼人は?」

「そうなる前に依頼に来たのさ、面白く無い事にね」

「…………依頼人の前でその発言はナシですよ、鈺炉さん?」


こちらの忠告にその人はフッと笑って誤魔化した。

そして盆からコーヒーを取り、口に含む。


「…………この魔道書は引き取らせてもらう、普通の人間一般人の扱う代物では無いよ、これはね」

「畏まりました、ご依頼人にお伝えしておきます」


そう返事をすると、メレンゲを口に含んでいたその人が、笑い、そして口ずさむが如く言った。











「これから仕事に向かう、準備は終わってんな?」

「…………当たり前でしょう、いつでも迎えますよ」










──これから始まる、大罪録。とくとご賞味あれ──


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【*用語説明*】

*メレンゲ……卵の卵白を泡立てた食材、及びそれを用いた菓子のこと。滑らかな食感を出すため、もしくは加熱時の膨張剤として料理に使用される。フランス語では『ムラング』と呼ばれる。

ここでは菓子のこと。


*スコーン……スコーンとは、スコットランド料理の、バノックより重いパン。小麦粉、大麦粉、あるいはオートミールにベーキングパウダーを加え、牛乳でまとめてから軽くね、成形してから焼き上げる。粉にバターを練り込んだり、レーズンやデーツなどのドライフルーツを混ぜて焼き上げられることも多い。

主にジャムやクロテッドクリームを付けて食べられる。

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