幽黎庵の大罪録

幽谷澪埼〔Yukoku Reiki〕

プロローグ

prologue

ふぅ…

辺りに紫煙が燻る。

紫煙を吐き出しているのは妖艶な二十歳前後の男性だ。

その男性が口を開いた。


『────そ、れ、で? アナタのお望みは…?』

『──……』


望み──肉体を返して欲しい。誰かに、俺の肉体からだ


『────ふむ…生霊の肉体探しか……悪くはないな?』

『…ッ! ──ッ! ──ッ!』


返して、返して、返して! 俺の身体!

俺の! 身体!


『────おやおや、まるで飢えたケモノのような顔をしなさる…良かろう、その依頼……幽黎庵当主、夜渡鈺枦やわたりぎょくろが承る』

『──ッ!』


返せ、返せ、返せ! 俺の身体! 俺の、俺の…ッ!


『────そのほう、落ち着け…』

『ッ!?』


いきなりその妖艶な若旦那からひたっと、冷涼な声音が発せられた。まるで──


『────ぬしの身体は取り戻してみせよう、幽黎庵の威信にかけて、な?』

『……』


あぁ…この人に、なら……任せ、られ…る……


『────また逢えるのを、楽しみにしておりやす…』


風に溶けるようにして消えた生霊に、若旦那が声をかける。

そしてふいっと格子の付いた窓から見える巨大な手を広げる、蒼空を鬱陶しそうに見上げた。


『────あぁ…鬱陶しい世の中になったもんだね…?』


此処は闇に沈んだ街にある、『人外』専門の依頼屋──幽黎庵の夜は未だに明けない──…

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