第39話:ケンカ?

「……………………。」


「……………………。」


 ……声が聞こえる。


「……………………?」


「……………………!」



 二人組、なのだろうか……?


「……………………。

 ……忌々しいこの教団もこれで終わりだ。

 秘湯での破壊工作が終わった。今のところ、他の温泉でも順調にいっている。

 全てがうまくいったなら、あとはただ、待てば良い。長い寿命を持つ俺たちにとって、十年や二十年の時を待つのはなんでも無いことだからな」


 ………………。


 ……いや、これは聞いてはいけない類の話では無いか?

 むしろ、聞いたら殺させる部類に入ると思うのは俺だけか?


 いやまず、ここはどこなのだろうか?

 なぜ、こんな状況に……。


 ……ああ、そうか。

 今回は俺が悪かったな。

 だから今、こんなところに寝かされてるのか。

 どうりで腹のあたりが痛むわけだ。


 しかし、どうしたものか。

 あのまま気づかずに気を失っていれば良かったのだが、何ともまあタイミングの悪い時に覚醒してしまったものだ。


 とりあえず、二人組は俺に意識がある事に気が付いてないみたいだし、このまま目を瞑ってやり過ご……。


「ハンス、そんな事を一々私に報告に来なくてもいいわよ?

 何度も言ってる通り、私はこの地に湯治に来てるの。私を巻き込まないでほしいわね」


 男の言葉に答えた若い女の声に、俺は目をパッチリと開く。

 それだけでも、行動的には十分頭の悪い部類に入るのだが、生憎それだけでは女性を視界に入れることはできなかった。


 ならば、する事は決まっている。

 そう心に誓った俺は、何の戸惑いもなく上半身を起こした。


「「⁉︎」」


 そこにいたのは、二人の男女。

 片方は、筋肉質で長身の、茶色の髪を短く揃えた男だ。

 湯船には浸からず、女の近くで膝をついている。

 恐らく、こちらが先ほど悪巧みをしていた方だろう。


 だがそんな事、俺には関係ない。

 俺はもう片方、若干緊張気味の女性に目を向ける。

 視線の先には、赤毛のショートカットのお姉さん。

 猫科を思わせる黄色い瞳が特徴的な、スタイルのいい美女だった。


 そんなお姉さんから目を離さずにいると、男が小さく語りかける。


(ひょっとして、聞かれたか……)


(分からないわ……。でも、こちらをジッと見ているわよ……)


 ボソボソと、そんな声が聞こえてくる。

 これはいけない。

 いくら混浴といえど、女性を凝視しすぎて困らせるのはマナー違反だ。

 俺は寝かされていた場所から移動して、湯船に浸かる。

 ……時折お姉さんのことを見てしまうのは、思春期の男子なのだから仕方がない。


(……ねえ、私の方ばかり見てるんだけど。

 どういう事なの……)


(……うん。まあ……。

 どうやら聞いてはいなかったみたいだな。

 あの視線は、疑いの視線じゃない。好奇の視線だ)


 男の言葉にお姉さんは、心なしかさっきよりも深く身を沈める。


 余計なことを……!


 しかし俺は、何らやましい事はしていない。

 混浴にいる人の体が目に入ってしまっても、俺は悪い事はしていないはず。

 なので、堂々とガン見した。


(ねえ。ね、ねえ……)


(う、疑われるよりはいいじゃないか。

 俺はこれから仕事があるから!)


 言いながら、男はそそくさと出て行く。

 ふと、男の身体が濡れていないことに気がついた。

 悪巧みでも何でもいいが、せめて風呂ぐらい入ればいいのにと思う。


 ……と、今日の俺は湯治に来ているのだ。

 どこの誰がどんなことを企んでいようと知った事か。


 しかし、ハンスと呼ばれていた男が出て行くと、風呂場には気まずい空気が流れた。

 二人きりになると、流石に見続けるのは恥ずかしい。

 俺は湯船の中で体を伸ばすと、深く息を吐いた。


「……あの。あなたは、ここの住人じゃなさそうね。ここには旅行に来たのかしら?」


 お姉さんが、突然声をかけて来た。

 向こうも、この空気にいたたまれなくなったのだろう。


「旅行といえば旅行ですかね。

 仲間と一緒に湯治に来たんですよ」


 俺の言葉にお姉さんはへえと小さく呟き。


「奇遇ねえ……。私も湯治の最中なのよ。

 でもあなた、若そうなのに湯治だなんてどうしたの?怪我でもした?」


「ええ、こう見えて冒険者やってましてね。強大な敵との死闘の果てに、首に重傷を負ってしまいまして。

 まあ、名誉の負傷ってやつです」


 ……嘘ではない。

 少し前に、本当に首に怪我をしたのだから(第21話参照)。


 するとお姉さんは、クスクスと笑い。


「私は、自分の半身と戦った際に、力を完全に奪いきれなくてね。

 それで、本来の力を取り戻すために、こうして湯治をしているの」


 そんな事を、冗談めかして言って来た。


「なんか、自分の半身だの本来の力を取り戻すだの。俺の仲間の魔法使いが聞いたら、喜びそうな話ですね」


「ふふふっ。あなたの仲間って、もしかして紅魔族?私が魔法を教えた紅魔族の女の子は元気にしているかしら……。

 何にしても、私の片割れが見つかれば湯治なんてしなくて済むんだけどねー。私の半身、その辺に転がってないものかしら」


 深々とため息をつくお姉さんを見ていると、その冗談に何だか真実味を感じてしまう。


「さて、私はそろそろ上がるわね。

 ……それと。この街の温泉には、今後あまり入らない方が良いかもしれないわよ?」


 お姉さんは、そんなよく分からない事を言いながら、風呂を上が……。


「……あ、あの。できれば、お風呂から上がる無防備な所は見ないでほしいなーって…」


「お構いなく」


 上がろうとしたお姉さんは、俺の即答を受けちょっと泣きそうな顔をしていた。

 しょうがない。

 俺が後ろを向いていると、お姉さんは小さく、ありがと、と言い残し。


「あーあ……。せっかくの温泉街だったのに。また、新しい湯治先を見つけないと…」


 そんな意味深な言葉を呟いて、風呂場から出て行った。


 その後、お姉さんの言葉に色々と思いを馳せていたのだが、どうも厄介ごとに巻き込まれる気配しかないので、俺は風呂から上がることにした。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 風呂から上がり、俺たちが借りた部屋に戻ると、そこはちょっとした修羅場と化していた。


 アクアがわあああと泣き叫び、それを宥めるウィズはアクアの涙に消されかけ。

 ダクネスは……いつも通り、子供には見せていけない表情で身を拗らせていて。

 そしてめぐみんは、俺に対して明らかな怒りをぶつけている。


 どうしてこうなった。


 いやまあ、めぐみんの機嫌が悪い理由は分かる。

 これは後から何とか許してもらうとして、まず最初に解決すべき案件は……。


「おいアクア、おまえ何で泣いてんだよ。

 せめて独りで啜り泣け、ウィズが消えかかってるだろ」


「……いま一人のニュアンスが違う気がしたんですけど⁉︎何てこと言うのよ!

 女神は孤独で死んじゃうのよ⁉︎」


 ……確か、ウサギだっただろうか?

 そんな噂があったのは。

 可愛い動物と同じような特徴を持っている私、やっぱり可愛い‼︎

 ……とでも思って欲しいのだろうか?


「ウサギの方がまだ可愛げがある」


「う、うぅ……わあああぁぁぁぁ‼︎」


「カズマさん‼︎」


 さっきまで消えかけていたはずのウィズが、しかも助けてあげていたウィズが、俺を叱責する。

 何故だ、俺は思ったことを言っただけのはずなのだが。


「じゃあアクアはそのまま放置でいいか?」


「え⁉︎いや、あの……。

 ……すいません、助けてください」


 ウィズが、アクアに申し訳なさそうにしながら俺に言う。


「ったく……ほら、どうしたんだよ?

 今度は何やらかしたんだ?」


「なんで私が悪いことした前提なのよ!」


「お前が泣いてる時は大抵自業自得だからな」


「ち、違うわよ!

 私は、良かれと思って……う、うぅ…」


 俺の言葉に怒ったかと思えば、また即座に涙目になるアクア。

 ……こりゃダメだ。


「悪いウィズ、もう少しだけ泣かせてやってくれ。

 泣き疲れたら自然に聞いて欲しそうな顔してくるだろうから」


「え、えぇ……」


 困った顔をしながらも、アクアの性格は理解しているのかそれを受け入れ膝を貸す。

 どちらが女神なのかを疑いたくなるような光景だが、ここはひとまずウィズに任せておこう。

 ……消えかけたら、ダクネスからドレインタッチで体力と魔力を分けてやろう。


 という事で、アクアはひとまず保留。

 ならば次は……


「……めぐみん」


「…………」


 返事はない。

 お前とは喋る気すらない、と言わんばかりの佇まいだ。

 ……ならば。


「……『スティール』」


「なっ⁉︎」


 めぐみんの方へ手をかざして、俺の必殺技を繰り出すと、その手の中にはあるものが出現していた。


 そう、ぱんつである。


 黒い、小さなリボンが施された。

 そして何より、一般的なものと比べると少し小さなそれは、持ち主を当てるのはそれほど難しくない代物だった。


 ……しかし。


「ッ……!……。……」


 その持ち主と思われる人物は、それでもなお沈黙を守り続ける。


 ……ほう、良いだろう。

 それは、宣戦布告と見て良いんだな?


 そして、俺は再びめぐみんに手をかざす。


「⁉︎」


 それと同時に、めぐみんの体がビクリと震える。

 普段の服装ならば、身につけているものも多く2回目のスティールぐらいでは平然としていられるだろう。


 しかし、今はちがう。

 彼女は今、浴衣姿なのだ。

 下着を取られた今、残りは帯と体自体を隠す本体のみ。

 俺の幸運値ならば、どちらを取るのかなど馬鹿にでもわかる。


 そして俺は、もう童貞ヘタレではない。

 童貞を捨てた俺に、もう怖いものなどないのだ!


「『スティー』」


「わかりました!もう黙らないのでそれ以上はやめてください!

 ……あと、……パンツも返してください」


 ついに負けを認め、顔を赤くしながら、パンツを受け取ろうと手を伸ばすめぐみん。

 まあ、本来ならば、俺も鬼ではないのでここで返す(この時点で鬼だとか、そんな異論は認めない)。


 ……ああ、本来ならば返すさ。

 しかし、今は違う。

 今、俺たち二人はとても特別な状況なのだ。


「いや、これは仲直りするための俺の手段だからな。そう簡単には渡さないぞ?」


「こ、この男最低です!

 前から薄々感じていましたが、ここまでだとは思いませんでしたよ!」


 めぐみんが、わりと本気な顔をしてドン引きする。

 それに、背中に突き刺さる仲間からの視線が痛い。


 ……いや、元からその覚悟で居たんだ。

 今更こんな事で怖気付いていられない。


「な、なんだよ。別に良いだろ!

 俺は自分のスキルを使って問題を解決しようとしてるだけなんだから!

 クエストで相手を倒すために作戦たてて実行するのと同じだ!」


「それとこれとでは、結果も行程も全てが社会的善悪において真逆ではないですか!

 ……と、言いたいところですが」


 ……ん?


 めぐみんの予想外の反応に、俺は思わず黙ってしまう。

 すると、めぐみんははぁと息を吐きながら。


「カズマがそういうことを意図して行ったということは、自分がした事を悪かったと思ってるという事ですからね。

 あなたの事ですから、全くそういうのを感じていないのではとも考えたのですが、悪かったと思ってるならもう良いです。許しますよ。

 ……ですから、そろそろ本当にパンツを返して欲しいのですが」


 恥ずかしそうにして俺を見つめるめぐみんを見ながら、俺は考えていた。

 俺は、なんて馬鹿なことをしたのだろう、と。

 これだけ思ってくれていることを、知っていたはずなのに。

 ちょっとしたケンカの仲直りのために、あんな事をしてしまうとは。

 これからは、もう少し自分の行動を改めてみよう。


 そう思いながら、めぐみんにパンツを返す。


 すると、受け取っためぐみんはにっこりと笑い……。


「……隙あり‼︎」


「ばっ⁉︎」


 俺の聖剣を、思いっきり蹴り上げた。


「ぐぁ……あ"ぁ……ッッ……‼︎」


「ふははははは!

 とうとうやってやりましたよ!

 なんだか最近、他の女に目が行きやすいあなたに、結構苛立ってたんですよ!

 これを機に、付き合ったばかりのように私をもっと甘やかしてみてはどうですか?」


 ニヤニヤしながら、転がり回る俺を見つめるめぐみん。


 ……前言撤回。


「……くっ………そ……上等だコラ!

 おまえこそ、付き合い始めた頃みたいにもっと俺を大切に扱う彼女になってみろ!」


「なんですか、やるつもりですか?

 良いでしょう!紅魔族は、売られたケンカは買う種族なのです!」


 ラウンド2!






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「……っていう事なのよ!」


 めぐみんに勝利した俺は、やっと泣き止み、話を聞いて欲しいモードに突入していたアクアから話を聞いていた。


 ちなみに、俺のめぐみんとのケンカでの決め手は、ドレインタッチだ。

 取っ組み合いになってる最中、ドレインタッチで魔力を吸い、今日の爆裂魔法を打てなくするぞと脅すと、呆気なく降参したのだ。


 なお、今現在当人はウィズの看病を済ませた後、いじけている。

 俺はこの後の爆裂散歩でもご機嫌とりをしなければならないようだ。


「どう考えても、お前が悪いじゃないか」


「なんでよぉぉぉ!」


 そして、アクアが泣いていた理由。

 それは、訪れた温泉のことごとくを、効用も何もないただのお湯に変えてしまって、店長、従業員、その他諸々にこっぴどく叱られた、という事なのだ。


「お前、それでなんで自分が悪くないと言い切れるんだよ?」


「だ、だって、あの温泉は物凄く汚染されてたんだもの!」


「…………詳しく」


 ……温泉が、汚染されていた?

 なんか、物凄く聞き覚えがある。


 具体的に言うと、さっきの混浴の中での会話と重なる。

 ……本当に、厄介ごとに巻き込まれそうで嫌なんだが、そうならないためにも、なるべくの情報が必要だ。


「私的には、これはつまり、我がアクシズ教団を危険視した魔王軍が、真っ向勝負では勝てないと踏んで、温泉というアクシズ教団の大切な財源を奪いにきたんだと思うわ!」


「「そうなんだ。凄いね!」」


「信じてよー!」


 めぐみんとダクネスに適当に返事をされて、涙目になるアクア。

 だが、俺にそんな風に笑ってられる暇はない。

 この展開は、どう考えてもまた厄介ごとに巻き込まれるパターンだ。


 そして、俺が死ぬのだ。

 もう、流石に分かる。

 俺だってアクアバカじゃない。

 これだけこの世界で生活していれば、この次の展開ぐらいは読めてくるのだ。


 どうしても。

 どんな手を使ってでも、その未来は阻止しなければ……!


 しかし、カズマのそんな悩みは、天に届くはずがない。

 むしろ、そんな思考こそが、フラグとなってしまっているかもしれない。

 混浴に入ろうとしたあの時。

 いや、この宿に泊まると決めたあの時。

 もしくは、この土地アルカンレティアに訪れると決めたその時既に、この運命は決まっていたのかもしれない……







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 第39話終了です。


 どーも皆さん、こんにちは。

 もしくはこんばんは。

 クロイヌです。


 お待たせしました。

 約一ヶ月ぶりの更新です。

 新生活にも慣れてきて、少しずつ書き進めていたのがようやく完成しました。


 今回の話では、特に重要だと考えているのは前半部分です。

 この作品を読んでくださっている方々は、大体が書籍を読んでいると思うので既に分かると思いますが、この女性は本当に、後のカズめぐ的に重要な人物なので、二人のやりとりは外せませんでした。


 さて、今回語るのはこの程度です。

 何か質問などがありましたら、コメント欄にお願いします。

 もちろん、普通の感想も大歓迎です。


 では、また次の話で。




















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もし二人が初めから惹かれ合っていたら クロイヌ @cantama

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