第四章 眩惑 Stregare. (9) 再会
レオは一人、森の中を突き進む。
頭の中をぐるぐると駆け巡るのは、やはり先程のコルラードの姿だった。あの恐怖を感じるほどの真剣な表情に、レオは今でも身が凍るような思いでいた。
「なんで、あんなこと……」
カルナーレの降嫁がなくなれば、もう己のような不本意な婚姻はなくなるだろう。それも、一見妙ちくりんともとれる同性同士の。しかしながら、そうすることは得策ではないとレオは分かっていた。
何度も言うようだが、カルナーレの降嫁はエゼクラート領に強く根付いている因習だ。これが滞りなく行われているからこそ、エゼクラートの安穏は保証されていると言っても過言ではない。
もしもそれが終わるときが来るならば、また民衆が暴動を起こすかもしれない。コルラードが目の当たりにした「魔女裁判」のように。
降嫁そのものが民衆に対する抑止力なのだ。だからこそ、レオはこの降嫁を受け入れざるを得なかった。
コルラードはそれが分からないほど莫迦じゃない。そう思っていたから、まさか彼があんなことを言うだなんて想像すらしたことがなかった。
それだけ、追いつめていたのか。
思い当たるのは、先日自分が言い放った一言だ。
――それでもおれが死んだら、お前はまた別のカルナーレに手を出すんだろ。
レオは嫌な思考を振り払うように頭を振った。
一体自分がどうしたいのか、まるで分からない。
先程コルラードに言ったことは本当だ。ベルナルドのことを今も想っているから、彼の象徴である短銃しか愛せない。それ以外に目を向ければ、途端に襲いかかるのは罪悪感だ。
己が「墓守」であるからこそ、よく分かる。あの墳墓に眠っているのはただの骨のかけらだ。その人自身が眠っているわけではない。
だから死者をいつまでもひきずるのはよくないのだ。そうやって自分に与えられた生の時間を潰していくのはよくないと分かっているのに、そうしなければ、自分の中のなにかが壊れてしまうような気がした。
インフォンティーノ邸に辿り着くと、そこでレオは足を止めた。玄関先に誰かいる。ここで姿を見られてしまうのは非常にまずい。咄嗟に身を隠し、レオはその人物が一体何者なのか観察した。
夜闇のせいで人相はよく分からない。背丈はおそらく自分より少し高いくらいで、見る限り異形ではなさそうだ。時々くっついてくるコルラードの仲間かとも思ったが、それも違う。しばらくじっと観察し、レオはようやくとある人物に思い至った。
「……アルベルト?」
そっと尋ねると、黒く塗りつぶされた男はビクンと身体を震わせた。そして、のろのろとレオへと目を向ける。
暗い灰色をした髪に、精悍さが宿る表情。あまり見たことがない黒の上下という出で立ちでいたが、彼はまさしく自分が知るアルベルトだ。
「レオ様?」
彼もレオの突然の登場に相当驚いたらしく、ぎょっと目を丸くしている。そのままレオの元へ駆け寄ろうとしたため、レオは慌ててそれを止めた。
「だめだ、それ以上近付くんじゃない。用件はこのまま聞く」
仕方なしにアルベルトはその場で足を止めた。何か言いたげに口を開きかけ、――しばしの沈黙ののち、きゅっと唇を結んだ。そして、懐から一通の封書を取り出す。
「レオ様、落ち着いて聞いてくださいね」
その妙に淡々とした物言いに、レオは何故か一抹の不安を覚えた。
レオは首を縦に動かし、アルベルトの反応をじっと見守る。
「民衆が、『レオ様が降嫁したのではないか』と」
――今、なんと言った?
レオはその目を大きく見開き、勢いに任せてアルベルトを再び問い質した。彼は全く同じことを繰り返し、それによりようやくレオは聞き間違いではないことを理解した。
事の詳細はブルーノが書面にしたと言うので、それを受け取るためにレオはアルベルトに近寄った。
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