第十三章 南北冷戦 (ガラス時代:西暦1011年~1491年)

 ガラス製造、加工、研磨技術の発達により、響打数はおよそ百年につき一回増えた。響打数の増加は魔法の多様化、高威力化をますます推し進め、戦争は激しさを増した。一回の響打数の増加と、それに合わせた響打法をいかに迅速に開発し兵士に普及させるかが戦争の明暗を分けた。

 西暦1009年に南大陸を統一したアステカ国が、西暦1011年に北アメリカ大陸を掌握したマヤ国が成立すると、魔族は南北に分かれ冷戦が始まった。南北アメリカ大陸は細い陸地で繋がっており、両国の国境であるパナマ州は最も細い場所で陸地の幅が60km。要塞線による封鎖は容易であった。

 冷戦の主因となったのは、西暦975年に発明された38響打の魔法「結界」であった。「結界」は魔力消費が激しく最大級のハートストーンでなければまともに発動を持続できなかったが、物理・魔法の両方に対し極めて高い防御力を発揮した。「結界」が発動し球形の魔法膜に包まれた要塞は既存のあらゆる魔法を退けた。戦争における攻撃力を防御力が大きく上回った結果、睨み合いにならざるを得なかったのである。パナマ州には両国合わせ210もの要塞が建設され、500以上のハートストーンが設置された。「結界」を貫通する魔法の開発は難航し、敵国に対する警戒が防御を固めさせた。


 両国の諍いの理由は大元を辿れば西暦902年にのある街で市長が惨殺された事件の賠償問題なのだが、戦争を繰り返す内に既に国家間ではなく「南か、北か」の問題になっており、食文化、服飾、宗派など違いを見つけてはそれを理由に憎みあった。両国が和解へ傾くたびに過激派による暗殺事件やテロが起き、平和の道は閉ざされた。

 表向きに大規模な衝突は無かったが、水面下でどうにかして要塞線を突破する方法が模索された。十数年毎に敵要塞を試すように小規模な戦闘が数回行われ、パナマ要塞線で行われた戦闘回数は累計88回に及んだが、そのどれもが結界に阻まれ膠着した。

 要塞線を迂回し海路を使う方法は技術や作戦以前に魔族の体質からして困難だった。魔族は例外なく船酔いに酷く弱い。これは網骨と三半規管を繋ぐ神経に問題があるのだが、少しの揺れですぐに酔い、酔うとテレパシーが使えなくなる(当然魔法も使えなくなる)のだ。

 空を飛び要塞線の上空を飛び超える方法は真剣に検討された。飛行魔法の研究が盛んに行われたが、重量を軽減し身軽な行動が可能になったに留まり、飛行は不可能であった。実はこれは重力操作魔法の一種であったが、身軽になる魔法としか認識されず、その重力に干渉する本質が発見されるにはアクリル時代まで待たなければならない。なお、魔族は困難に直面すると球体作りと魔法開発に走る習慣があり、気球や飛行機の開発は考えられもしなかったし、銃どころか火薬すら知られていなかった。


 南のアステカ国は王族が統治する王政であった。前王が死去すると、王族の中で成人している者は半月神クルールーへの誓いの下で公正に魔法を競い、最も優れた者が次の王となった。魔法の腕が優れているからといって統治の腕が優れているとは限らなかったが、少なくとも民衆の支持は高かった。王選定の魔法競技は一般に公開され祭りとなり、その勝者である王は尊敬を集め大変な人気であった。アステカでは球体開発より魔法開発・運用が国策として重視され、魔法を用いた球技スポーツが奨励された。この頃から始まった球技は当初軍事行動の延長線上にあるような殺伐としたものだったが、やがてルールがマイルドに改正されていき、現在のルルイエ四大球技(ファイアホッケー、アステカンフットボール、マスケットボール、ベースボール)へ変化していく。

 アステカ人はマンモス肉を薄く切って薬味と混ぜ漬け込んだ「サーサ」を好んで生食した。薬味の配分は各家庭によって微妙に異なり、サーサはアステカ人にとって母の味である。マヤ人は彼らを原始的な生食をしているとして蔑み、サルサー(漬物野郎)という蔑称で呼んだ。


 マヤ国は四年毎に成人した国民から投票により大統領が選出される民主主義国家であった。これはマヤ国に限らずアステカ国にも言える事だが、古来より男女間で身体能力に差があっても魔法能力に差がない魔族は男女が等しい権利を持っている。マヤ国で投票権を持つのは18~21歳以上の(年齢は年代によって異なる)納税している全国民であった。

 広大な国土では物理的な距離の長さが投票の集計を妨げる。そこで投票を成り立たせるため、それまで個人や家庭単位で独立していたテレパシー通信網が公的に国中に張り巡らされ整備された。通信局に勤めるテレパシー通信士は誤情報の発信を防ぐため信用が何よりも重要視され、資格試験では厳しいストレス試験や精神鑑定が行われた。通信施設は3kmごとに布設され国が運営した。

 テレパシー通信網は長らく軍と政府のみが利用でき民間の参入は取締られたが、1400年代からは市民の抗議を受けて民間にも順次解放されていった。ところが民間への解放によって利用者数が急増し、必要な通信士の人数も比例して増加すると、通信士の育成が急務になった。その結果教育が不十分な急造通信士が増え、テレパシー通信網の悪用事件が増えた。特に一人暮らしの老人をターゲットに孫を名乗り金品をだまし取る手口は悪徳通信士が行う代表的かつ悪辣な犯罪であった。

 マヤ人はマンモス肉を厚く切って火を通すステーキと揚げ物を好んで食べた。脂の少ない赤身が最適とされ、マンモスの品種改良が盛んに行われた。マヤ国のマンモスは牙が短かったため、それに由来しアステカ人はマヤ人をポドット(直訳で短牙。男性に対しては性的な侮蔑のニュアンスを含む)という蔑称で呼んだ。


 二国間の対立は永遠に続くと思われたが、異なる集団は共通の敵を持つ事で団結する。

 次の章では、コロンブスの到来によって引き起こされた第一次世界大戦について見ていこう。

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