第六章 異種族との遭遇(木石時代:1万5千~6000年前)

 1万5千年前は最後の氷期の終わり頃である。この頃の海面は現在より140mも低下していた。ユーラシア大陸と北アメリカ大陸を隔てるベーリング海峡は海から顔を出し、ベーリング陸橋となって二つの大陸を繋いだ。このベーリング陸橋を渡り人族はアメリカ大陸にやってきた。

 しかし魔族がベーリング陸橋からユーラシア大陸へ渡る事は無かった。なぜか? ベーリング陸橋は天候が悪かったからである。海峡が陸地化した事でベーリング陸橋に暖流が衝突。水蒸気は厚い雲となり、ほぼ一年中陸橋一帯を覆っていた。魔族は球体により魔力を貯蓄する術を得ていたが、その球体の魔力も元を辿れば月光由来である。一ヶ月も月が見えなければ貯蓄は尽きる。高緯度地域における夜の短さ、つまり月光浴可能な時間の短さも災いした。家畜化したマンモスを引き連れてなお、魔族にとって陸橋越えは困難だったのだ。長らく月光に依存した暮らしを続けていた魔族は、月の見えない生活を本能的に避けるようになっていた(現代でもそうである)。

 一方で人族はマンモスやトナカイの先祖を狩り、肉を食べ、毛皮を得て、暖を取りながらアメリカ大陸にやってきた。

 ここで人族と魔族の接触が起こる。700万年ぶりの二つの種族の再会は不幸な結果に終わった。殺し合いが起きたのだ。


 人種が違う、言葉が違う、文化が違う。直接的な争いの原因は推測するしかない。有力な説は人族が魔族が飼育するマンモスを狩猟してしまった、というものだ。人族は犬を連れていたが、犬は家畜ではなく協力して狩猟を行うパートナーだった。人族は家畜という概念をまだ持っていなかったのだ。魔族が丸々太った肉の塊を狩りもせず世話をしているのは理解できなかったに違いない。人族が野生のマンモスを狩るのと同じように魔族の飼育下にあったマンモスを狩ってしまい、それが軋轢となった事は十分考えられる。

 この年代の遺構から発掘された魔族の骨と一緒に矢尻が発見されている。魔族は長距離攻撃にはテレパシー攻撃を用いるため、弓矢を使う文化はなかった。矢尻は人族から攻撃されていた事を示している。

 種族の対立は200~2000年程度続いたと考えられている。この戦いの中でアメリカ大陸の人族は完全に駆逐された。同時に氷期が終わりを迎え海水面は上昇、ユーラシア大陸とアメリカ大陸はまたもや海によって隔てられる。次に人族と魔族が出会うには大航海時代まで待たなければならない。

 魔族は人族との暴力的な交流により、火を扱う事を覚えた。人族は身体的な構造上、魔族の魔法を学習できなかったが、魔族は人族が見つけ出した神秘を我が物にする事ができたのである。

 火は魔族の暮らしを変えたが、球体ほど劇的変化はもたらさなかった。

 人族は火によって猛獣を追い払い、暖を取り、暗闇を照らす光を手に入れ、調理によって様々な食材を食べられるようになった。火は人族の全てを変化させた。

 魔族はどれも既に達成していた。テレパシー攻撃で猛獣を撃退し、球体魔法で暖を取り、夜目を持ち、食糧に困っていない。魔族にとって、火はただの新しい技術だった。

 もちろん、火が魔族の暮らしを更に豊かにしたのは事実である。肉や木の実を焼いて食べるようになり、丸めた粘土を焼き固め球体を作るようにもなった。粘土は木や石、骨よりも成形が容易で、焼成によってかなりの強度を得る事ができる。この陶器球体は石製のものと比べ一響打増え、四響打までの魔法の行使が可能であった。魔族が火を手に入れて最初に行ったのは球体への応用だったのだ。

 近年、考古学学会では火の伝来以後を「木石時代後期」あるいは「陶器時代」と細分化して区別する動きもあるが、文部省が定めた定義による名称は未だ木石時代で統一されているため、本著ではそれにならっておく。


 魔族に職業の概念が生まれたのも火の伝来が理由であったとされる。

 粘土を球体に形成し、磨き、形を整え、焼成する。これには従来よりも複雑な技術が必要になった。球体の作成と整備を専門とする職業――――球体技師の登場である。

 当時の様子はアイダホ州エルクシティの洞窟に残された壁画から窺い知る事ができる。白い壁面に炭を使って描く洞窟壁画も人族から火と共に伝来した。エルクシティ洞窟の壁画は保存状態がよく、球体を磨く魔族、球体を掲げる魔族、マンモスなどが描かれているのがはっきり分かる。

 魔族の生命線である球体を作成する球体技師の地位は高かった。彼らはその集団のシャーマンであり、工匠であり、長であった。

 このように、人族との遭遇は魔族に様々な変化をもたらした。この時代に人族と遭遇していなければ、魔族は当分の間、火を持たない原始的生活を続けていただろう。


 話は変わるが、あなたは前章で触れたマレフィカ・ダーレスを覚えているだろうか。現代魔族であるマレフィカ・オービスの祖先(直前段階)となった魔族だ。実は人族と魔族マレフィカ・オービスが北アメリカ大陸で衝突している頃、南アメリカ大陸のアンデス山脈では、マレフィカ・ダーレスから進化したマレフィカ・オービスとは別種の魔族暮らすようになっていた。

 この魔族の存在は2006年に放映された映画「キューブ」で有名になった。「キューブ」では、地下で密かに生きながらえていた魔族の亜種族が、球体ではなく立方体を用いた高度な魔法で世界に戦争を仕掛ける、というストーリーが展開されていく。映画らしくフィクションであり、もちろん現代では立方体文明も地下帝国も存在しない。しかしマレフィカ・ダーレスから枝分かれした魔族が、立方体魔法文明をつくり栄えていた時代があった事は紛れもない事実だ。その立方体文明を築いた魔族こそがマレフィカ・クーブ(立方体魔法使い)である。

 マレフィカ・クーブは雲海を見下ろす高山で暮らしていた。雲海の上は寒く空気が薄いが、安定して月光を集める事ができる。空気が薄いという事は、月光に含まれるブルーツ波が空気に吸収されずに届くという事である。高山の中でも天候が変わりにくい場所を選んで住む事で、マレフィカ・クーブは魔力の安定供給に成功した。

 彼らはマレフィカ・オービスと異なり、球体ではなく立方体を用いて魔法を使った。立方体は二番目に魔法に適した形状である。完全な球よりも完全な立方体を作る方が遥かに容易であるため、マレフィカ・クーブによる立方体文明ではかなり初期から完成度の高い立方体が使われていた。1万5千年前の時点で、球体文明の四響打に対し、既に六響打の魔法を操っていたのだ。

 しかしこの技術的優位は後に崩される事になる。立方体はどれほど完璧であっても、構造的な問題から最大で六響打の魔法までしか使えないのだ。対して球体は理論上無限の響打が可能である。立方体文明は早期に魔法的に成熟したが、未来がなかった。

 身体的な特徴として、マレフィカ・クーブはテレパシー送受信器官である網骨が小さく扁平で、テレパシーが弱かった。収束してもテレパシー攻撃が成立しないほど弱い。立方体は弱いテレパシーでも「叩く」事ができるため、マレフィカ・クーブにとってはベストな形状だった。しかし球体を「叩く」ためには強いテレパシーが必要であり、マレフィカ・クーブは球体を「叩く」ために十分な出力のテレパシーを使う事ができなかった。球体魔法を使えなかったのである。このため、後にマレフィカ・オービスと戦争が起きた時、立方体を捨て球体に切り替えるという選択肢を取る事ができず、絶滅する事となった。

 このように書くとマレフィカ・クーブはマレフィカ・オービスの下位互換であるように思われるが、マレフィカ・クーブには一つ優れた点があった。発声器官がマレフィカ・オービスのそれと比較し退化の痕跡が見られのだ。つまり、日常的に発声の必要が無かった――――テレパシーで全ての日常会話を行っていたのだ。マレフィカ・クーブの網骨は小さいが、扁平であり、複数人へ同時にテレパシーを送信し、かつ送信しながら受信もできたと考えられている。現代の魔族よりも遥かに柔軟で多彩なテレパシー会話ができたのだ。

 そのマレフィカ・クーブも現代では何も語らない骨と遺跡が残るのみである。


 マレフィカ・オービスの球体文明とマレフィカ・クーブの立方体文明はその生息域の違いから滅多に接触する事はなく、しばらくは穏やかに別個の発展をしていく事になる。

 8000年前のマレフィカ・オービスの推定人口は約150万人。同年代の人族を上回る人口を抱えていた。


 次の章では、魔族の定住と宗教の誕生について見ていこう。

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