第一章 魔族とは何か? 

 魔族史を語る前に、まずは根本的な「魔族とは何か」という問について考えておきたい。


 魔族は地球上で魔法を使う事ができる唯一の生物だと言われている。しかしこれは正確ではない。1976年に魔法の完全機械制御が達成され、魔法機械の普及につれて人族も魔法の恩恵に授かるようになった。魔族は地球上で機械に頼らず魔法を使う事ができる唯一の生物である、という表現ならば正確だが、遺伝子工学の発達が著しい昨今、その地位もいつまで続くかは不明だ。いずれ遺伝子改造を受けた人族やその他の動物も生身で魔法を使う時代が来るのかもしれない。

 さて、その魔族の99%以上は一つの統一国家に属している。南北アメリカ大陸全土を占めるルルイエ合衆国である。地球の大陸面積の30%を占め、国家人口は31億人。この中には人族400万人も含まれ、人族が人口に占める割合は年々増加している。これは人族国家における魔族の割合においても同じ事が言える。グローバリズムの潮流は魔族も人族も等しく包んでいるのだ。

 人口統計は戸籍に基づいて行われ、かなり正確である。迷信深い方は、魔族と人族の混血人種はどう数えるのか? と疑問に思われたかも知れないが、過去から現在に至るまで、魔族と人族の間に子供が生まれた事を示す信頼のおける資料は存在していない。遺伝学的にも両者の子供が生まれない事が証明されている。

 魔族は白い髪と肌、赤い目を持つ。血は赤く、寿命は人族と同じ。顔立ちも人類のものとよく似ているため、ちょっとした変装をすれば容易に成りすます事ができる。そのせいか魔族は人族の近縁種だと勘違いされがちである。しかし、遺伝子的には人族とチンパンジーほどの差がある。人族とチンパンジーが子供を作れないのと同様に、人族と魔族も子供を作れない。

 骨格を観察すれば人族と魔族の違いはより明確に分かる。特に顕著な違いが見られるのは頭蓋骨だ。魔族の頭蓋骨は人族のものと比べ骨が厚く、内部の脳を収める空洞が球体に近い。そして後頭部のあたりに蜘蛛の巣のような形をした人族にはない骨がくっついている。この蜘蛛の巣の形をした骨「網骨」が魔法の使用に深く関わっている。

 あなたはルルイエ合衆国に旅行した経験があるだろうか? あるならば、入国検査で全身のレントゲン写真を撮られたはずだ。それは不審物の所持検査であると同時に、頭部の網骨の有無を確認し、魔族か否かをチェックする意味も持っている。採血検査でも魔族か否かの判別は可能だが、レントゲン検査の方がより簡単だ。

 これで魔族は遺伝子的にも骨格的にも人族と違う事が分かって貰えたと思う。見た目がよく似ていても安易に同族だと思ってはいけない。


 では今度は文化的な側面から魔族を考えていこう。

 魔族は夜行性である。日没と共に起床し、日の出と共に眠る。夜目が効き灯りを確保する必要性が薄いため、魔族はその歴史上で人族ほど火を重要視してこなかった。もちろん煮炊きをしたり、暖をとったり、物を加工したりするために火の使用はしてきたのだが、人族のように薪を得るために森を伐採し尽くしてしまうような事は決してなかった。金属に関しても精々が装飾品や雑貨に用いる程度で、武器に転用する事はなく、火と同じく魔族にとって重要な物資ではなかった。

 火や金属の代わりに魔族の文明・文化を支えた物こそが「球体」である。魔族の学名がマレフィカ・オービス(球体魔法使い)と名付けられたほど、球体は魔族を体現したモノだ。

 魔族の歴史は球体の歴史である。魔族はテレパシー以外の魔法は球体が無ければ使う事ができない。人族がより高温の火、より硬く軽い金属を求めたように、魔族はより完璧な球体、より巨大な球体、より透明な球体を求めてきた。それがより強力で便利な魔法の、ひいては文明の基礎となったからである。

 木や石を削って球体を作った木石時代から始まり、水晶時代、ガラス時代、アクリル時代と続く魔族の時代区分は、その時代に普及していた球体の材料に由来している。人族にも石器時代や青銅器時代という区分がある。それと同じだ。

 魔族と球体の関係は深く、魔族の芸術作品には球や円、楕円、曲線が多用される。日用品にも球・円のデザインが目立ち、魔族製品と人族製品の判別を容易にしている。宗教にも大きな影響を持ち、魔族の98%が信仰する「円月教」は球体である月を主神と仰ぎ、太陽や星々をその次の位に据えている。神殿も球形(半分は埋まっているため地上からは半球に見える)に造られるほどだ。「魔族はなんでも球にする」と揶揄される所以である。

 食文化の面では人族と大差ない。雑食で、肉も野菜も食べる。魔族のレストランでセンザール語のメニューを読む事ができれば、人族のメニューとよく似たラインナップである事が分かるだろう。ただ、マンモス肉が使われている事には驚くかもしれない。輸出に高い関税がかけられているため人族国家では高級食材扱いのマンモス肉も、魔族にとっては安価な庶民の味方。むしろ魔族の肉料理でマンモス以外の肉が使われている方が珍しい。

 ところが、安価なマンモス肉を求めて食道楽にやってくる人族の旅行者が、魔族のレストランで皿を見て抱く最初の感想は「少ない」である。魔族は人族と比べ遥かに少食なのだ。性別も体格も同じならば、人族の三分の一程度の食事で事足りる。これは魔族の細胞が魔力をエネルギーに変換する機能を持っているからで、そもそも食物からエネルギーを摂取する必要性が薄い。成人が一日に必要とする2000kcalのうち、1300kcalは魔力によって賄われている。残り700kcalと体を作るために必要な物質を得るために魔族は食事をする。人族が魔族のレストランで食事をする際は、大盛りを二人分頼めばちょうど良いだろう。親切なレストランでは「人族盛」もある。

 魔族が使う公用語はセンザール語である。1960年代に放映され映画史に残る世界的大ヒットを飛ばしたSFシリーズ「クトゥルフの呼び声」に登場した宇宙人がセンザール語を話したため、未だ人族の年配の方はセンザール語を聞くと宇宙人を連想するという。センザール語を母語として生まれ育った我々には理解しがたいが、どうやら人族には宇宙的な響きが感じられるらしい。ちなみに筆者がセンザール語を覚えた日本人の友人に「宇宙人になったつもりで話してみてくれ」と頼んだところ、大幅に発音が改善していた。何かしら通じるモノがあるようだ。


 しかし魔族は宇宙人ではない。化石などから明確に系譜を辿る事ができ、遡れば人族と同じ種の猿に行き着く。

 次の章からは700万年前に人族と分岐した魔族の祖先について見ていこう。

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