第7話冬虫夏草

 あーあ、儚い一生だったなぁ。花の命だけに儚いのか。

 いや、雑草魂で生きたかったけど、こうなってはムリだからなぁ。

 とか、考えてもいたのだが、いっこうに意識が途絶える事が無い。

 逆に痛すぎて冴え渡っているほどだ。

 現状は石の中に近い、土砂の中。

 生い茂っていた葉と茎は、崩れて飛び交う石や砂によって千切れ飛び、根っこも空中分解。

 それでも生きている、というか、死にかけ?

 あれか、枯れる迄の時間差か。

 そう言えば、巻き添えになった子供は……?

 根っこを伸ばすも、傷みと痛みのダブルコンボで、身動きが取れない。

 再生力がほとんど無いので、伸ばそうにも伸ばせない。

 辺りに水分と養分はある。

 だが、それを吸収するだけのチカラが弱々しい。

 それでも、思考力は維持出来ている。

 魔法陣は使えない。いや、魔力も根っこごと霧散しているので、根っこごと魔力を回収しなければ、魔法陣すら作れない。

 死にかけているが、魔力を感じる程度なので、オーラを操ったりも出来ない以上、満足に機能しないとも限らないか。

 時間が無い。俺と子供の命の意味で。


 魔力を練り上げるも何かが足りない。なら、自分だけの魔力だけでなく、外部のも取り入れたらいいのでは?

 修得するには、まだ難易度が高いと見送ってきたモノだ。

 自分の魔力すらまともに使えないのだから、他人任せの魔力運用とは訳が違う。

 しかし、にっちもさっちもいかない以上、選り好みしている状況でもない。

 自分と草花から貰っていた、魔力をかき集め練り合わせて、土中の僅かな魔力も合わせて、もう一度練り上げると、混ぜに交ぜた魔力から精製して、オーラを根っこの表面に派生させる。

 我ながら往生際が悪いと思うものの、アッサリと出来た。

 が、ようやく魔力から、オーラを発生させられたんだが、死にかけである。死んでは使えないので、話しにならない。

 身体強化魔法で、能力値の底上げ。……能力値っつっても、仮想の値だ。実際はわからん。

 それでも構わない。底上げしたチカラで、養分と水分を吸収し、リカバリー。

 再生に合わせて、成長促進による細胞分裂で、傷は塞がり、新しい根っこが生える。

 これで、俺は一命を取りとめたも同然。


 次、オーラを飛ばしての索敵。根っこ付近より、三ミリほどのオーラの層が立ち上る。

 発現したてなので、たどたどしい事この上無いが、贅沢を言わないでくれよ? 生体反応があればいいが……。

 根っこによる触覚よりも範囲は広いが、元の体面積が知れているので、これが限界かつ一杯一杯なのだ。


 うーむ。根っこもオーラも伸ばし、大人が来るのを待つ傍ら、索敵を続けて真夜中。

 大人は来ない。子供も見つからない。途中で魔力も切れそうになったが、自分の根っこを回収し、再度繋げて魔力も回復した。

 どうやら、消費していなかったためか、ムダに貯めていたようである。

 塵も積もれば山となるではないが、けっこう根っこに蓄積してあった。

 まぁ、そろそろ魔力が切れるので、貯蓄分も使い切ってしまったのだが。

 しかし、大人が来ないのは何故だ?

 てっきり、助ける為に一緒に落ちてくるくらいはするとも、予想していたが宛てが外れ、肩透かしを食らっている気分。

 それでなくとも、生きているなら気が付いても良いはず。

 俺と一緒に落ちているのは間違いない。

 俺が手間取っている内に、気が付いたか、気絶すらしていなかったので、さっさと帰ったのか?


 まぁ、気絶するというのは、そうそうある事ではない。だって無防備な睡眠中と変わらないのだ。

 普通に生活していて、ある時に転倒しても、人間は受身を反射的に取る。

 技の受身ではなく、腕を前に出すとかの反射行動の受身だ。

 頭を打つと、手で押さえる。腹が痛いと手で押さえる。これらは手当てと言う。手を当てて、痛みを和らげたり、痛い部分を示す意味もある。

 前に倒れる時は、膝を曲げてから倒れるか、腕を上げて顔を庇うように倒れる。

 刃物から身を守るようにしたり、殴られた際に胸や腹を守る為、腕が傷ついても振り回して抵抗する。これは防御痕や打撲痕。自分の命を守るためなら、手足を犠牲にするのは、生物的に正しい行為だ。

 殴られて目を瞑るのは眼球を守る為、ボクサーが顔面を殴られても目を瞑らないのは、その瞬きが隙になったり、相手の拳を見切る為だったりする。

 あと、来ると分かっているから、攻撃を受けても中々倒れたりはしない。脳震盪はどうしようもないが。


 子供が立ち去ったという証拠もなければ、気絶中を野生動物や魔物に、襲われたような痕跡もない。また、無事に生きているという確証すらなかった。

 ならば、捜索を続けるのが仁義というもの。

 それでなくとも、死体を弔うようにしなければ、アンデットや自縛霊になる。

 腐りかけの死体は、虫や動物の餌にもなる。冒涜的だが、それ自体は弱肉強食で自然の掟だ。仕方ない。

 でも、弔うのは人間社会の掟である。荼毘や土葬では病魔の巣窟となるので、火葬が望ましい。

 骨も残らないよう燃やせば、悪霊の霊魂すら消える。消えた魂の行方は分からないけど。


 個人的には死体なら寄生でもして、利用する事を考えている。この上無く冒涜的だが、俺の糧になってもらいたい。

 例え生きていても、まったくの無傷ではないはず。勝手だが、寄生すれば傷の治癒力を促進できるだろう。あと、この場には人間の食べ物なんてないので、餓死もあり得るのが現状だ。

 食べなければ、治癒力や体力はつかない。

 その点、植物は養分と水分、太陽光があれば、けっこう生きられる。


 寝ずに捜索していると、太陽が昇ってきたようだ。

 夜行性の動物を警戒していたが、崖崩れの土砂が飛び散っている為か、虫すら寄って来なかった。

 まぁ、自然現象にしろ、魔法の副次効果にしろ、野生の方が、危険を察知するのは上手い。

 夜襲されてはひとたまりもないので、襲われなくて良かった。

 ……いや、安心は出来ない。

 夜襲がなく、血の匂いにも虫すら寄って来ない。となると、ここら一帯はとても危険なのだと、考えを改めるべきだ。


 考えられるのは、森や山の主のような存在。ドラゴンやオーガのテリトリー内だとすると、かなりヤバイ。

 子供では餌になるだけ。生存率からして絶望的だ。

 そりゃあ、大人も見捨てたくもなる。下手に動いて二次遭難というか、ミイラ取りがミイラになるのは、洒落にならないからな。


 ふむ、救援は来ないものと思っておこう。

 グズグズしていると、テリトリーの主がやって来るかも。

 俺は、おそらくお目こぼしされる。雑草一つすら気にしていたら、見回りもろくに出来ないし。

 まぁ、崖崩れとか土砂崩れの、後始末には来るかもしれない。

 後始末ついでに、子供も始末されるだろう。急がなければ。


 日が高くなってきた。

 テリトリーの主か、下端の使いなのかは分からないが、地面から伝わる振動で、現れた事が分かった。

 重そうな足取り、根っこへ直に響くような威圧感。ということから、ドラゴン系のモンスターだろう。

 恐竜っぽいモンスターっていうオチもあるか。

 どちらにせよ、強い事に変わりはない。


「グルルルッ」


 近付いて、土砂の匂いを嗅いでるのか、存在感が近い。

 とか思っていると、足で土砂を蹴り始めたようだ。

 土砂の土や石が、俺の根っこにかかる。生き埋め……だと?!

 まぁ、大丈夫だろう。ほとんど根っこの部分だけだし、安定すればまた以前のように生い茂る。


 しかし、このままでは捜索が難航するな。

 子供が見つかると食べられるかもしれないし、取り返す事も難しくなる。

 ……どうするかな。

 打ち切り、補食されるのを待つ?

 それとも身を潜め、立ち去るのを待つべきか?


 悩んでいると、索敵オーラに子供の反応を感知。

 グッドタイミング!

 土砂が落下とともに積み重なり、山なりに堆積しているのだが、子供は奥深いところへ埋まっていた。

 発見を喜んでばかりもいられず、当然というか、残念ながら息は無い。

 窒息か、頭を強く打った衝撃が酷かったのだろう。ゆっくりと根っこで触診すると、髪をツインテールにして、一房ずつを三つ編みにしてあったようだが、落下時の摩擦で所々がほつれている。衣服も破けており、崖に生えていたのか、枝葉が右脇腹に突き刺さっていた。また、右腕が折れ、靴が無くなっている左足の爪が、幾つか割れている。顔に傷らしきものはないが、目が少し開いたままで、半開きの口には砂利らしきものが入り込んでいた。

 性別は女の子、長い耳があり、人間ではなく亜人のようだ。


 触診しつつも、根っこを細かく伸ばしては広げ、軽く包んでいると、ドラゴンが子供の死体に気付いたのか、鼻先を向けたような気配がした。

 が、匂いで死んでいるのが分かったのか、泥だらけの死体には興味が無いようで、近付いたりはせず、そのまま立ち去って行く。

 強者は死体漁りなんてしないのだろう。もしくは生きていたら、新鮮な内に巣へと運ばれ、美味しく食べられるのかも。


 死後硬直は終わっているので、次第に体液が垂れ流しになる。だが俺はそれに構わず、根っこを耳や口から侵入させていく。

 鼓膜を突き破り、三半規管に沿うようにして、根っこの先端を脳まで届かせる。

 脳そのものの神経に魔力を注入させつつ、微弱な電気信号をオーラで代用する。

 侵食と同時に残っている情報が無いか調べるのだ。まぁ、脳細胞が腐敗を始めているので、断片的な情報でもあればいいな、という程度。そんなに期待はしていないが、最低でもこの子が使っていた言語くらいは、頑張って抜き出したいところ。

 オーラはエネルギー状のモノなので、密度によっては威圧感や気配となる。なら、電気信号にも似た伝達だって、不可能ではないはず。

 雷属性の魔力や魔法があるのだから、神経に直接作用する事も、十分出来るとみている。

 それに、洗脳系の魔法だってあるし、回復魔法や治癒魔法だってある以上、人体を弄るのは何とかなると思っていた。

 ただ、伝達する神経と電気信号の強弱は、要練習あり。意図せず、変な所に流れては勝手に暴れ出すも、いまだに土の中なので、身動きが取れないのが死体の現状。


 折れている右腕を根っこのギブスで固定し、内外の根っこで荒療治の如く治癒していく。ムリヤリ骨を合わせて、根っこで縫合っぽくして、ギブスと連結させているのだ。

 ガチガチに固めてあるが、所詮は死体なので力んでも痛みは無い。要は外骨格である。

 右脇腹に空いた穴は、枝葉ごと根っこで塞ぐ。肝臓付近を掠めていたが、臓器や皮膚組織の再生に回す余力が無いので、ちょっと雑な外科手術で応急処置。

 割れた足の爪は根っこの靴で隠す。髪はあとで散髪して整えよう。

 眼球の保護と同時に視覚情報を入手。というか、五感のほぼ全てを、冬虫夏草的な寄生で乗っ取ったようなモノだ。身体の損壊を修復しつつ、衣服も手を加えて偽装し、それっぽく見せる。

 ギブスと靴を誤魔化すのは、パッチワークした肉体に、俺が寄生しているという事実を、隠蔽する為でもある。

 端から見れば、俺は骨折した子供なのだ。それが人気の無い森に居るというのは、とても怪しい存在に映るだろう。


 内臓全てを根っこで侵食し、原形を残す。肉体の操作が巧くいけば、意識して消化と吸収、排泄も行える。それは、この肉体をある程度、復元する事に繋がるのだ。

 擬似的とはいえ、生きている以上は体液が循環する。循環させていくと、冷えた体温で停まっている細胞やたんぱく質が温まっていく。

 心臓が動き出せば、血液循環によって、脳にも血流が行き、自我も僅かながら戻るだろう。ただ、脳が再生する事は無いので、この肉体の主導権は俺に置き換わったままだ。


 排泄機能も備えたのは、不要となったモノを出すのが目的である。言ってしまえば、この肉体は植木鉢なので、どうしても食事と排泄で、養分と水分を入れ替える必要があった。

 ちょっと根っこが制限されるものの、中身の密度は人間の比ではない。ミッチリと詰まっているので、筋肉や骨が頑強だし、根っこを通して膂力の底上げも出来るし、身体強化魔法と使い分ける事も可能だ。


 肝心の茎や葉っぱの部分は、毛髪の一部に擬態させておく。何気にわりと重要な部分でもあり、太陽光を浴びる事で光合成は勿論、外部の熱量をエネルギーに変換する、ジェネレーターでもあるからだ。

 光合成によって、電気とでんぷん質、酸素を放出する。電気を魔力に換え、でんぷん質は体内で消費され、酸素はオーラの密度を上げる。備蓄は今のところ僅かしか出来ないようだが、いずれはストックも作れるようにしたい。


 根っこから出す毒素を、拳や蹴りに纏わせる事で、毒物を付与させられる。毒属性ではなく、物理的な毒なので、魔法的防御や抵抗は受けにくい。

 まぁ、弱い毒だから効きにくいし、格闘技よりも寝技で締め上げた方が、毒の蓄積もさせやすいと思う。

 そうそう、胃の消化液も根っこから出せるようだ。薄めの金属や鍍金くらいは、腐蝕させて溶かせるはず。胃液は人間の皮膚を、火傷させる程度には強いからなぁ。毒よりも期待出来そうだ。

 ただし使いすぎると、自分の手足にダメージを負うようなので、長時間の行使は難しい。

 また、どんなに強力な毒も、分解されるとたんぱく質と水になるとか。つまり、たんぱく質と水、でんぷん質から糖分を自己生成出来るので、オートファジーという自分自身を食べる事も可能だ。

 元々植物は飢えに強いので、それが強化されたのだろう。釘パ〇チを覚えなければ!

 これにもデメリットはある。ストックしている余剰分の、脂肪とかを消費するらしいので、食い溜めが尽きると飢えてしまう。乾眠しなきゃならんな。


 神経伝達の調整と同時に、冬虫夏草的な肉体の把握もほぼ完了する。

 土の中から這い出ると、転生後初めてであり、懐かしい手足の感覚を楽しむ。

 骨折した腕もギブスごと屈伸するし、足の曲げ伸ばしや背伸びも出来た。

 残っていた靴を模しているので、左足と右足は高さが揃っている。厚さや通気性が違うものの、走る分には問題無いだろう。

 ふむ、片方がギブスだから違和感を覚える。だったら、両腕に着けて衣服のデザインにしてしまおう。

 気分はボーカルなアンドロイドだ。


「んんっ! ぁあ……あー、いー、うー」


 この世界の共通言語なのか、この子供が属する亜人の言語なのかは不明だが、一応は喋れるようになった。

 日常会話はどうでもいいが、呪文詠唱は戦闘で必要だろう。

 魔法言語である、カオス・ワードで魔力を効率的に消費出来るのだ。ムダを削ぎ落とせると言う事は、その分浪費も減る。

 魔法陣も基礎が分かった。これを元にすれば、改良はやり易いというもの。マンガや小説の知識が活かせるかも。

 手足があると言う事は、武器や防具が装備出来る。

 雑草の時には考えられなかった事だ。これは非常に便利だし、人間用や亜人用のアイテムや設備が利用出来る。

 そう、人間のアドバンテージという恩恵が得られるのだ。

 雑草の分際でおこがましい? よろしい、ならば戦争だ!

 当方には武力行使の用意あり。例え異世界転生者だろうと、チートには負けない!


 ま、戦わないのに越した事はないのだが。相手次第、己次第だな。

 一通り確認作業も終わった事だし、ドラゴンのテリトリーからトンズラするか。

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