第6話 再現されるお願い

返事が返ってきたのは翌日の夕方だった。


――もう行けないかも。


何の説明もなく。たったそれだけ。

僕は迷った。理由は追及しない方がいいのかもしれない。

本人の気持ちでそうしたいのなら仕方ないと思う。けれど、何かあったのだとしたら……。

でも、何かあったとして、僕に何ができるのだろう。


数文字のメッセージ。どんな意味がこもっているのか、想像して考える。

梛紗は回りくどい言い回しをするくらいなら、はっきりと言いそうだ。嫌なら嫌と。面倒なら面倒だと。……もちろん、僕の思い込みかもしれない。

でも何も書いてない。


本人から聞いたわけではないけれど……。

言い訳はしない。泣き言は言わない。言いたいことや文句があれば本人に言う。それが梛紗の流儀だった。

それだけを挙げれば、侍のような人間を想像する。でも、やり口は横暴で卑怯ことも平気でしたり。矛盾しているようなしていないような。

不思議な梛紗のこだわり。そんな正しさが本当に正しいのかは分からない。ただ僕には歪んで見えるそれも、梛紗には正義なのだと思う。


わりと近くにいた気がするけれど、何を考えているのかは全然分からない。

それも当然だと思う。相談されたことなんてないんだから。

いつでもひとりで決めて、僕がいなければ違う誰かを引っ張っていって勝手にやっていたんだから。

きっと梛紗は僕を信用なんてしていない。僕だけじゃない。たぶん誰も信用していないんだと思う。


「もう」行けない「かも」。

何かが尽きた「もう」。可能性を残す「かも」。


僕は梛紗の心理を推理して行動化した。

間違いであれば、本人が怒るだけだろう。

入力途中の返信の返信を閉じて、僕は聞いてみることにした。梛紗の声で。


呼び出し音が数回。

メッセージを受信したのははついさっきだけれど、送信したのがそうだったのかまでは実は分からない。出られない事情があって出ないのなら、もちろんそれでいい。


『……はい』


繋がった。

表情が想像できるくらいに「仕方がないから出てあげた」感がする声。けれど梛紗の声なのは間違いない。とりあえず無事なら良かったと思う。


「あ、僕だけど……」

『そういうのいらない、分かるから。……で、なに?』


辛辣すぎる梛紗。再会したときを思い出す。あのときの梛紗の声に近いけれど、それも梛紗の気分なのでどうしようもない。指摘しても効果はないし、気にしても仕方ない。


「……どうしたのかなって思って」


僕は声が聞けたので、もう早めに切り上げようとはっきりと聞いた。

少し間があって、ため息が聞こえた気がする。


『……うん、まあ、心配して気にしてくれたんだよね。それはわたしも分からないといけない……かな』

「え……?」


何かを取り繕うように、梛紗の声が急に明るくなる。不穏な感じがした。


『ちょっと、入院してた。もう大丈夫だけど、これからそっちには行けないかも。今回もだいぶ無理聞いてもらってたから』


さらっと言う梛紗。なんでもないように言った。たぶん、そう聞こえるように「配慮」して言っている。

やっぱりおかしいと思う。変だと思う。梛紗なのは間違いないはずだけれど。

一瞬、通話から意識が離れかけたけれど、梛紗の話にはまだ続きがあった。


『……あ、ミナト。お願いがあるんだけどね』

「え、……な、なに?」


梛紗が僕にお願い。

今までも何かを頼まれることはあったけれど、実際には指示や命令といっても差し支えはなかった。後のことを考えればとても拒否できない強制力があったのだ。今回はどうなのだろう。断れるだろうか。

たぶん今の僕なら、今の梛紗ならきっと……だけど。


いつものやり取りを再現する梛紗。なのに、僕は断っていいのだろうか。

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