回顧13-01 初めて君を知る




 夜が明ければ、世界は穏やかだった。無情なまでに、ついでに無常なまでに、麗らかな秋の日差しが降り注いだ。

 そんな昼下がり、私とミコトくんは、縁側に並んで寝そべりながら、「今日のお昼ごはんは何かなぁ」などと呑気に呟いている。縷々るるとして続く安息が、累々るいるいと積み重なる怠惰が、物静かで平和な世界を彩っていた。


「んー、今日が金曜日だから、明日は朝からアラタが来るかな」

「ほんと? アラタくんと何して遊ぼっかな」


 そんな事を言ったそばから、果たして本当に金曜日だったかと自信が持てなくなった。こうしていると、まるで夏休みのように曜日の感覚が鈍っていく。水主祀りの日から今日までを、指を折って数えながら、ざっと振り返ってみる私。


 爺じが倒れた日曜の朝。ガチャガチャと刀を運んだ水主祀かこまつりの夜。

 日付が変わって剣舞を眺めた。剣舞というよりもアラタを眺めた。

 宝物庫にそびえる屶鋼なたみの歴史。目を背けたくなる屶鋼の歩み。

 正体不明の内灘さんと繰絡さん。それはある意味で今もそう。

 そしてその帰り道、私たちは烏丸返しに遭い損ねた。

 八景鏡塚はけかがみづかの薄闇の中、ミシャグジ様と出会い、ツクヨミ様に穿たれた。

 目を覚ましたのは火之来ひのらい病院。差し込む夕陽。つまり月曜日。

 明くる日、私とアラタはこの家を訪れた。そして知る。この目に見る。

 呪いを──呪われた少年を。

 そのまま流れるように、私はこの家に転がり込んだ。流されるままに、居候の身となった。

 で、それからどうだろう。事態が緊迫していても、蓋を開ければ緩やかな日常だ。

 少なくとも日中は、平和そのものの日常──それで、結局今日は何曜日だったっけ。


「リサちゃん、大丈夫だよ。今日は金曜日で正解だよ」


 美しい木目の上をごろごろと転がりながら、ミコトくんがすぐ隣までやってきて言う。こうやって何気なく、それでも突然に私の思考は彼に伝わるようだ。


「私、こんなに悠長にしてて、良いのかなぁ……ほら、ミコトくんはこんなに苦しんでるのに」

「でもそれは、今に始まった事じゃないからね」


 喉元過ぎれば何とやら──現在進行系で苦しんでいる当事者にとって、そんな諺は残酷なだけ。それでもこうして笑顔の花を咲かせられるミコトくんは、やっぱりとても強い子なのだと思う。


「僕は大人だからね」


 ミコトくんが、ふふん、と鼻を鳴らす。その仕草が、逆に幼さを引き立てていた。


「ミコトくん、今日は調子が良いね。じゃあ、今私がどう思ってるのか当ててみて」


 上体を起こして、ミコトくんの顔を覗き込みながら尋ねる。不意打ちのような至近距離に、可愛らしい弟分は頬を赤らめて逃げていった。ごろごろと転がっていった。


「うーん、そう言われるとキンチョーして分かんない」


 この数日で発見した。ミコトくんをからかうと、結構面白い。「お胸を触らせてよ」なんて自分から言い出す時は強気なくせに、受け身の際はてんで恥ずかしがり屋さんだ。アラタにもこんなに可愛らしい時期があったっけ。あいにく私の記憶の中には、「いひひひ」と意地悪な笑みを浮かべているアラタばかりだ。


「ねぇねぇ、正解はなーに?」


 安全圏からそう尋ねるミコトくんに、私は端的に「内緒」と答える。知りたければ、読み取ってみるといい。約束する。私は君のその力を、決して気味悪がったりはしない。

 ちなみに、正解はこう。


 ──そんなに急いで大人に成らなくても良いんじゃない?


 気になって仕方がないといった感じで、ミコトくんが詰め寄ってくる。本物の姉弟のように戯れ合う私たちを、螢子さんが呼びに来た。お昼ごはんが出来たのかと思ったけれど、どうやら違うみたいだ。


「梨沙さんにお客様ですよ。ミコくん、良い子に出来ますか?」

「僕が良い子じゃない時なんてあった?」


 頬を膨らませて不服そうに反問するミコトくんの隣で、私も問いかける。


「お客様って……私にですか?」

「ええ、とっても素敵なお客様ですよ」


 ミコトくんと二人して、「一体誰だろうね」と首を傾げながら、螢子さんの後に続いて客間へと向かう。もしかして、先生が様子を見に来たのかな? 私がこの家で療養していると、アラタが先生に話したのかもしれない──私の想像力はそれ以上に及ばず、病み上がりの怠そうな感じを演じなければと、姑息とも呼べる考えが頭を過ぎった。


 そう、私の想像力が及ばなかったが為に、私は無警戒のままにその人と対面する事になったのだ。何の用心もせず、何の心の準備もせず、まさかの屶鋼宗一郎と──少しも素敵ではない爺じと。


「え、ちょっと待って。何で爺じがここに居るの? っていうか道着は? 死に装束は?」


 咄嗟にミコトくんを盾にして身構える。客間の中央で、お手本のような正座を組んで待つ爺じは、死に装束とまで嘯いた浅葱色の道着ではなく、白シャツにネクタイを結んでいた。精一杯の正装を決め込んだと思われる他所行よそゆきの爺じは、しわがれた声で私に物申す。


「人様の世話になっとる身で、随分と伸び伸びしとる。儂が同じ立場ならば、炊事洗濯雑巾掛けと、身をにして働いとるがな」


 爺じの言う事はごもっともで、これから始まるであろうお説教の長さを思うと気が遠くなる。螢子さんの助け舟を密かに期待したけれど、その役目を買って出てくれたのは意外にもミコトくんだった。私に盾にされたままのミコトくんが、少しも怯む事なく爺じへと突っ掛かったのだ。


「爺じさん。リサちゃんは確かにお手伝いしてないし、最初からお手伝いする気も無いと思うけど、僕の遊び相手になってくれるから良いんだよ」


 ミコトくんの正直な訴えに、嬉しさよりも申し訳無さが駆け巡る。あまりの気恥ずかしさに、螢子さんの反応も直視出来なかった。消沈する私をさておき、爺じが言う。


「螢子さん、本当に済まなかった。リサがこんな道楽者に育ってしまったのは儂の責任だ」

「いいえ、梨沙さんは立派なお孫さんだと思いますよ。ミコくんだって梨沙さんを気に入っていますし──きっと宗一郎さんの育て方が良かったんでしょうね」


 二人のやり取りに、ちょっとした違和感を覚える。同じような感覚を、つい最近何処かでも感じた気がした。果たしてあれはいつだったか──私は記憶の糸を辿る。そうだ、あれは内灘さんが爺じの事を語った時だ。「宗一郎さんは気難しいが、礼儀なんかも厳しく躾けてくれそうだ」──その言葉に、私は感じたのだ。もしかして内灘さんと爺じは、以前から知り合いだったのではないか、と。それと同じように今も思う。もしかして螢子さんと爺じは、以前から知り合いだったのではないか、と。


「あの……もしかして螢子さんと爺じは──旧知の仲だったりするんですか?」


 私は螢子さんへと尋ねた。爺じの糾弾から逃げるように──あえて話を逸らすようにして、螢子さんへと問いかけた。見え見えの魂胆にうんざりしたように、爺じが眉間に皺を寄せる。


「梨沙さん、歳を重ねた人間は、誰しもが無数に枝分かれしたごえんに囲まれているものですよ。えにしはいずれ、えんになり、えんもやがて、ゆかりとなる。一人だとばかり思っていた自分が、いつの間にか独りでは居られない事実に気付く──どうです? 素敵なものでしょう?」


 その言外で私の問いかけを肯定した螢子さんへと、ミコトくんが言った。「ケイ、ちゃんと日本語で喋ってよね」──と。爺じはといえば、無言で頷くだけだった。物思いに耽るその瞳が、長く永い時間を遡っているようにさえ見えた。


「螢子さん、確かに素敵かもしれません。沢山のご縁に囲まれる──そんな生き方が出来たら、いつか自分の人生を振り返って、誇らしい感慨に耽る事も出来るのかもしれません。けれど、『誰しもが』というわけにはいかないと思います。少なくとも私には、いつかそんなふうに、長い人生を振り返って微笑む自分の姿が想像出来ません」

「ふん。知ったような口を聞きおって」


 爺じの厳しい口調に、思わず身を竦ませる。また可愛げの無い事を言ってしまったと、自分自身に嫌気を感じながら唇を噛んだ。螢子さんにも、そしてミコトくんにも、嫌な思いをさせてしまった──大人気無い姿を見せてしまった。


「宗一郎さん、そうやって若い感性をにべもなく撥ね退けるのは、あまり感心出来ませんよ。多くを語らずして全てを伝えようだなんて思うのは、子供と老人の慢心です。成人の成熟とは真逆にあるものですよ」


 窘めるような口調が爺じへと向けられた。私が目を丸くして螢子さんを見やると、柔らかな微笑みが満面に溢れ出す。


「人付き合いを億劫に感じた時期が、このおケイにもありました。けれど振り返れば、それも当然の事だったのです。何故ならば私は、誠実で在りたかった──私と結ばれる一つ一つのご縁に、常に誠実で在りたかった。しかしながら未成熟で幼い私は、そう出来るだけの器量と度量を持ちませんでした。ですから私は、無意識の内に制限を設けたのでしょう──人付き合いのあれこれを、理由も無自覚に煙たがったのでしょう」

「ねぇねぇケイ、日本語で喋ってってばー!」


 痺れを切らしたミコトくんが、癇癪かんしゃくを起こすように横槍を入れた。螢子さんは、そのミコトくんさえも満面の笑みで包み込んで、続ける。


「梨沙さん、そしてミコくんも──よろしいですか? 若さとは、穢れない自分で在ろうとする尊さだと思います。それは、時に孤高でさえあるでしょう。ですから、不器用に感じる自分自身を、決して恥じる必要はありません。その不器用さは、あなたたちが人様と誠実に関わろうとしている事の何よりの証なのですよ。どんな純粋よりも──そしてどんな無垢よりも、純粋で在ろうとする心が、無垢で在ろうとするその姿こそが、美しく尊いのです」


 螢子さんの言葉に、私は繰絡さんを思い出す。「涙が溢れるのは、梨沙ちゃんが真っ直ぐに生きている証」──病室でそう言ってくれた繰絡さんは、同じように微笑んでいた。あっけらかんと、微笑んでいた。


「ねぇリサちゃん。ケイの言ってる意味、分かった? 僕、さっぱり分かんないや」


 私はゆっくりとかぶりを振った。ここで頷ける程の烏滸おこがましさは、流石に持ち合わせていない。そして私は、盾となったままのミコトくんを膝の上へと引き寄せた。一瞬だけ恥ずかしそうに抵抗したミコトくんを、少しの力で押さえ付けて、話しかける。


「でもいつか、分かる気がする──いつか私たちにも、分かると良いね。どっちが先に理解出来るか、私と競争する?」

「うーん、良いよ。どうせ勝つのは僕だけどね」


 生意気な口調で、ミコトくんが勝利宣言を掲げた。爺じや螢子さんから見たら、私もきっとこんな感じなのだろう。生意気な事この上無い、子供そのものなのだろう。


「ふふ。このおケイ、思わず出過ぎた真似をしてしまいました。立場を忘れて饒舌に語ってしまうとは、私もまだまだ未熟ですね。半熟者の私は、昼食の支度へと戻ります。そうそう、食後には宗一郎さんがお持ち頂いたおはぎもありますからね。そのお心遣いに感謝して頂きましょうね」


 明らかに不機嫌そうな爺じへと、茶目っ気を込めた視線を残して螢子さんは去った。手土産を持参する爺じなんて、正直想像も付かない。私がこの家にお世話になっている以上、考えてみれば当たり前の礼儀なのだけれど、なにせ私が知っているいつもの爺じは、浅葱色の道着に身を包んだ、頑固で偏屈なお爺ちゃんなのだ。白シャツにネクタイという姿だけでも、もう充分に意外だと言うのに──。


「爺じ、ごめんね。色々と気を使わせちゃってるね。それに……その……」


 私は言葉を詰まらせた。自分の仕出かした事を謝らなければならないのは勿論だったけれど、うまく言葉に出来なかった。私のせいで、爺じはあちこちに頭を下げて回っていたのだ。そして爺じの性格からして、その隠れた苦労を自らの口から語る事はしないだろう。私が繰絡さんからそのエピソードを伝え聞いている事自体、未来永劫、伏せておいた方が良いのかもしれない。プライドの塊のような爺じだからこそ、人様に頭を下げている姿など想像されたくもないだろう。


 膝の上のミコトくんを、お守りのようにぎゅっと抱きしめて考える。私は一体、どんな言葉で爺じに謝ったら良いのだろう。この気持ちを、どういった態度で爺じに伝えれば良いのだろう。爺じを前に萎縮する私は、もごもごと口だけを動かして言葉を探している。

 そんな私を見兼ねたのか、爺じが訥々と言葉を繋ぎ始めた。


「ふん──大方の事情は、広葉から聞いとる。儂が倒れた後の事も、お前の肩口の傷の事も、そこの坊主の事情もな……。本当に難儀なものよ」


 爺じは、そっぽを向いていた上体をこちらへと向け直す。そして、私の瞳の奥を覗き込むようにして言う。


「……済まなかった。儂が老いぼれであるばかりに、本当に迷惑を掛けた」


 そう言って爺じは、私に向かって頭を下げた。粛々と、本当に粛々と──頭を下げた。爺じはそのまま、微動だにしない。驚きよりも困惑が勝った私は、我に返って爺じへと呼びかける。


「何で爺じが謝るのよ。ほら、謝るのは私だってば。私が、もっと日頃から屶鋼の事を考えていれば──爺じの背中をもっとちゃんと見てれば、こんな間違いは起きなかったんだから。屶鋼の重みの全てを、爺じが一人ぼっちで背負う事なんて無かったんだから」

「本当に……知ったような口ばかり聞きおる。斜に構えるしか能が無い子供のくせに」


 辛辣な言葉であっても、その口調に先ほどまでの勢いは無かった。それでも押し黙ってしまう私は、爺じの言う通り、斜に構えるしか能が無い子供なのか。


「リサちゃん。爺じさんは、別に一人ぼっちじゃないんだってさ」


 視線でその意味を問いかける私に、「リサちゃんが居るからじゃない?」とミコトくんが微笑む。


「悟りの少年、口出しは無用だぞ」


 鋭い口調で釘を刺す爺じに、「僕はミコトだよ」と答えるミコトくん。怖いもの知らずの彼は、私に体重を預けてくつろいでいた。


「ふん、広葉に似て可愛げが無い──しかしながら、少年の言う通りか。儂は一人ではない。屶鋼の看板が重たいのもまた事実だが、決して儂一人で背負っているわけではない。それなのに……」


 逡巡する言葉の行く末を、呼吸を止めて見守る。


「そんな事実も、忘れておったのだ。こんな事態に陥るまで、儂はたったの一人で立っているつもりでおった。螢子さんの言葉を借りるならば、えにしえんゆかりも忘れて、たったの一人で背負っていると思い上がっておった。だからリサ、気に病む事は無いぞ。全ては儂のせいなのだ。儂があの刀さえ手元に遺しておかなければ、そもそもこんな面倒事は起きなかったはずだ。この先の事を、お前が心配する必要は無い。後は儂に任せて、精一杯勉学に励め」


 躊躇いながらも紡がれた言葉が、全ての戸惑いを溶かすように私の中に染み渡った。そして私は言う。なけなしの勇気を奮い起こして、精一杯の反駁を──私の正義を述べる。


「何よそれ──結局の所それって、爺じが一人で背負ってるじゃん。良いよ別に、爺じのせいでも。爺じのせいにしたいんなら、それで気が済むんだったら──好きにすれば良いんじゃない? でもね、仮に全部が爺じのせいだったとしても、私は一向に構わない。他ならぬ爺じの尻拭いだったら、私は喜んで引き受けるよ」


 それが罪だとしても、たとえ罰に値するとしても──赦す人が居るのなら、甘えてしまえば良いのだ。まるで繰絡さんのような理屈を並べる私に、爺じは戸惑ったような表情を浮かべて、「なんという生意気を」と吐き捨てた。


「ふふん、返す言葉も無いでしょ? そんな爺じに、一つだけ質問。これは何の根拠もない、私の直感なんだけど──」


 そう、これは私の直感であり、直感以上のものではない。しかしたった今、何の前触れも無く産声を上げたこの直感は、どんな確信よりも確固たるものとして、私の中心で熱を持っている。


「あの刀──雁の紋様が入ったあの刀を設えたのは、私のお父さん?」


 どうしてそう思ったのだろう。一体何を持ってして、私はそう感じたのだろう。こうして振り返ってみても、そこには何の根拠も無い。何の根拠も無いくせに、爺じの答えを待たずして、その答えを確信している自分が居る。あの刀を設えたのがお父さんであると、不動の確信を持った私が居る。


「……そうだ。あの刀は、お前の父親が打った刀だ。あの刀は──儂が処分出来ずにおった、お前の父親が打った最高の一振り。もしお前さえ良ければ、話して聞かせ──」「ううん、遠慮しとく。その話は、いつか私が大人に成った時で良いよ。ミコトくんも、何か分かっちゃっても余計な事は話さなくて良いからね」


 今の私が向かい合うべきは、昔話ではない。私が向かい合うべき現実は、今より昔には存在しない。膝の上のミコトくんが、足をばたつかせながら頷く。よしよし、とミコトくんの頭を撫でる私へ、爺じが問いかけた。


「お前が大人に──それは随分と先になりそうだが、本当に良いのか?」

「うん、良いよ。今も昔も、私の保護者は屶鋼宗一郎だからね。物心ついた時から、ずっとそうだったから、お父さんの話なんて今更──ていうか、案外すぐに大人に成るかもよ」


 迷わず即答してから、私は顔をしかめた。確かに私は子供だけれども、度を超えた子供扱いをされるのは良い気分ではない。初対面の際に頬を膨らませたミコトくんの気持ちが、若干ではあるものの理解出来た。


「お父さんとお母さんを、足して二で割ると爺じになるんだよね?」


 白い歯を見せて尋ねるミコトくんの口を慌てて抑えてから、私は言う。


「せっかく来てくれたんだし、お昼ごはん一緒に食べてく?」

「遠慮させてもらう、そもそも客人のくせに──お前は一体何様だ。厚かましいわ」


 そう言いながら爺じは立ち上がり、のそのそとした動きで客間から出ていこうとする。しかし爺じは、その背中を引き留めようとした私を振り返り、卦体けたいな様子さえ滲ませて言った。内灘さんのように芝居がかった、いかにも偽悪的な物言いで。


「ふん、お前が家に帰ってきたら、その時は昼飯を一緒に食おうぞ。勿論、そこの坊主も一緒にな」


 ──そうか、私の天邪鬼は、この人から受け継いだものか。


 奇妙な得心と共に、私は頷いていた。同じく頷いたミコトくんへと向けて、爺じが話し掛ける。


「坊主、覚えておくと良い。約束は人を繋ぎ止める。約束を交わす限り、お主にはそれを果たす義務がある」

「うーん、一緒にご飯を食べる約束をするの?」


 ミコトくんの問いかけに、爺じが頬を緩める。それは乾いた笑いにも見えたけれど、それでも爺じが久々に見せた笑顔なのには違いなかった。


「そうだな、同じ食卓を囲む約束だ──螢子さん程の腕前は無いが、その時はリサが腕を振るおう」

「ええっ、私が作るの? 出前とかじゃなくて?」


 すぐにいかめしい顔付きに戻った爺じの視線が、非難の色を浮かべた私を見据える。その迫力も何処吹く風のミコトくんは、「アラタくんも呼ぼうね。約束ねっ」と声を弾ませた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る