偽りの恋人_2


「……痛いか?」

「ううん、痛くない」

「そうか。これぐらいの力なら、壊さないか……」

 ためいきき、ルイスはスッと目を細めると、片手で私の手を摑みながら、もう片方の黒いかわぶくろの指先をみ、手をいた。

 そして、で私の手にれた。ルイスのてのひらには赤い宝石のような石がまっている。

「竜族の掌には必ず、こうしたうろこにぎられている」

 私が目を向けていることに気づいたらしく、ルイスが説明してくれた。

 私の手のこうに触れる赤い鱗が、ふわりとぬくもりを帯びる。すると、身体からだの中に流れだした温かい力が、熱を吸い取ってくれた。そしてあっという間に、信じられないほど身体が楽になるのを感じた。

「あっ、何これ……?」

「竜族の力の源からあふれる竜気だ。身体をあやつり、ばんぜんの状態に保つことができるんだが……俺の力を取り込んだくせに、おまえは自分で使うこともできないんだな」

「ルイスが力を使う時には、この竜気? が必要なんだね」

「ああ、そうだ。今はおまえに触れることで流れてくるこれが、俺には必要だ」

 どこが始点なのかもわからないぐらい、私の身体の中を複雑に熱が巡る。

 けれどかたからひじを経由し、触れている掌からルイスへと流れていくのはわかった。

「どうやって力を使うの……?」

 気功のような感じだろうか。近くの公園で毎朝六時からたいきよくけんをしているおじいちゃんおばあちゃんたちみたいな感じかもしれない。弟がたまに参加しているらしいけれど、まだカメ●メ波は出ないみたい。部屋で練習しているのはお見通しだ。お姉ちゃんはおうえんしてるよ。

「願えばりゆうが動く。それによって身体を作りえ、竜になる」

 ルイスはひびくような声で言った。

 ぼんやり見上げていたルイスのほおがピシリと割れる。いや──こうしつな何かに、変わっている?

「竜族は、竜になることができる。ゆうで力強く高潔な存在。わいしような人間などよりはるかに長い時を生き、美しく死ぬ」

 ピシピシという音は頰がひび割れる音みたいで、痛くないのだろうかと不安になる。

「恐ろしいだろう」

 私の顔を見て、ルイスは満足げに笑った。赤いくちびるの内側にある犬歯もぐぐぐとびていく。

 3Dアニメでも見ているみたい、と思いながら、私はルイスの言葉をはんすうした。

「恐ろしい? どうして?」

「俺たちがあまりにもだいだからだ」

 この世界ではそういうものなのか、と思うだけだった。

 風邪を引いた私に取り乱すぐらいだから、彼らの身体がじようなのはちがいない。季節の変わり目にちょっとご飯を抜いたくらいで、体調をくずしてめいわくをかけてしまった。

 ルイスのはだからはピシリ、ピシリと音がし続けている。でもそれは、肌がやわらかい人間の白いから赤い鱗に変わっているだけみたいだ。

「……それ、痛くないよね?」

「痛いどころか、本来の姿にもどるのは快いものだ」

「そっか。ならよかった……」

 私も大丈夫だよという意味をこめてみをかべた。

 安心したらねむくなってきた。身体は先ほどよりうんと楽になっているけれど、身体の中に竜気を巡らせるのは体力がいることみたいで、つかれてしまった。

「何がよかっただと──おい、おい、ホシノエミ!」

「眠いだけ……大丈夫だよ」

 私がうっかりルイスの力を食べてしまったせいで、彼にはずいぶんと心配をかけてしまっている。

 自分にとって大事なものの命運を、自分よりもずっとか弱い生き物が握っているだなんて、すごくいやだろう。私の場合にたとえるなら、飼ってるハムスターが死んじゃったらていまいと二度と会えなくなるとか、そんな感じかな……? そんなの絶対にえられない。

「死ぬことは許さない。決して俺のそばはなれるな。そうすれば、守ってやろう」

「うん……」

 弟妹にたとえたら、本当によくわかってしまった。私が持っているものは、彼にとってすごく大事なものにちがいない。

 大事なものなら、絶対に、彼に返さなくちゃならない。

「片時も離れぬように……その理由として周囲の者をなつとくさせられるよう、不本意だがこいなかのふりをする」

「ひぁ……恋人のふり? ホントにするの?」

「ああ、俺を愛しているふりをしろ。おろかなれんあい感情にり回されているのだと考えさせれば、多少のしんな行動も疑問は持たれまい」




 朝から、ヨアヒムさんが部屋の前にじんって、私の出入りをはばんでいる。

「ルイス様、その女を連れていくだなんて、いけませんよ」

「俺はこの者と離れたくないのだ」

「うぐ……で、ですが、ですよ。連れて歩くだなんて」

 ルイスとヨアヒムさんは先ほどからこの調子で押し問答をしている。

 私は一昨日おとといに続いて昨日も風邪かぜでダウンしていたのだけれど、その間ルイスに話を聞いたり口裏を合わせたりして過ごしていた。ルイスはなんとこの土地の領主様らしい。しかも、治めているのはこの町だけじゃないんだって。領主様として、ルイスは領地に気を満たさなくてはならないという。

 ちよつかつである町を転々としているところに、今回の事件が起きたそうだ。

「ルイス様がこの女に情をかけていることはこのヨアヒム、不本意ながら理解いたしました。ですが、冷静にお考えください。このみようちきりんなかつこうの女を連れている者を見たら、ルイス様はどう思いますか? しかもその女を恋人だと言っています」

「……頭がおかしくなったのかと疑う」

「ひどい!」

 これは制服という、かんこんそうさいにも着ていけるちゃんとした恰好なのだ。それなのに、ヨアヒムさんもルイスもひどすぎる。

 でも私のこうの言葉は無視して、ヨアヒムさんが言いつのった。

「ルイス様におわかりいただけてよかった。この女には俺が服をつくろっておきましょう。ですからルイス様はどうか務めを果たされてください」

「この者の服が用意できるのを待つ」

「待たないでください。ルイス様がちゆうでおかくれになるので予定がくるっているんですよ! 時間がないんですから、早く行ってください!」

 力をうばう薬を飲まされて、体調がおかしくなったルイスは、私を見つけるまでの間、だれが犯人かわからないので身を隠していたらしい。

「俺が命をかけてあなたの大切なものをお守りします。……信じていただけませんか?」

 そう言ってルイスを見つめるヨアヒムさんの緑色の目はキラキラしている。

 すごくれいな目だ。これならきっと信じられるよ!

 ヨアヒムさんの真心に打たれた私が見上げたら、ルイスは額を押さえた。

「……部屋から一歩も出るな。大人しくしていると約束できるか?」

「うん!」

「はぁ……」

 私の返事を聞くと、ルイスは重苦しい溜息を吐き、手袋しに私の手を取り握りしめた。

 竜気を補給しているのだろう。

 しかし、ヨアヒムさんはそうとは思わず、おずおずとたずねた。

「あの、何をされていらっしゃるのですか……?」

「あまりにも離れがたく、別れをしんでいる」

 すためだとわかっているけれど、そんな風に言われるとずかしくなってくる。

 ヨアヒムさんはぽかんと口を開いたまま固まっていた。

 じゆうでんが済むと、ルイスは「手早く終わらせる」と言って仕事に行った。

 その後ヨアヒムさんは言っていた通り、私の服を用意してくれた。

 どれも不思議な模様のある異国風の服で、すごく可愛かわいい。布地にはゆうがあり、その余った布でひだを作って帯やピンで留めたりすると、ますますファンタジーなふんが出てくる。

「人間を傍に置いているだなどと知られれば……ルイス様のお立場が危ない……しかしルイス様の望み……だが、いやしかし」

 ヨアヒムさんはのうしながらも、私のために動いてくれている。私も好きで家に帰らないわけじゃないけれど、これ以上迷惑をかけないように、ぐらいは大人しく聞こうと思う。

 持ってきてもらった服にえて一人ファッションショーをしていると、やがてついたての向こう側からヨアヒムさんが声をかけてきた。

「──おい人間。ルイス様に近づいた目的は一体なんなんだ?」

 その声のしんけんなトーンにおどろいて、私は衝立の中から出て行った。

「金が理由なら、俺が用意してやろう。はたまた地位か? おまえの親兄弟にそこらの湖の漁業権でもくれてやれば、ルイス様をまどわすのをやめてくれるのか……!」

 私をにらむようにえてヨアヒムさんは言う。

 ヨアヒムさんは、本当にルイスのことを心配しているんだろう……不良のお友達にさそい出される弟を見守るような気持ちなんじゃないかな。ものすごく悪いことをしてる気分になる。

 この人が犯人の可能性なんてあるのだろうか。

「ごめんなさい……お金も、何もいらなくて。その、私はルイスをあ、愛しているから」

「愛しているのであればなおさら! ルイス様のごめいわくにならぬよう身を引くべきだろう!」

 られて、泣きそうになった。

 ヨアヒムさんの緑色の目のどうこうが縦に割れる。部分的にりゆうになっちゃってる! ひい、とのどの奥で悲鳴を上げてから、私はがんって主張をり返した。

「無理、です。ごめんなさい……ルイスのことが好きだから離れられないんです!!」

 私の目にはこの人が犯人に見えなくとも、今は建前の理由をつらぬき通さなくちゃならない。

 お願いだから早く帰ってきて、ルイス……! そう心の中で願ったのとほとんど同時に、ヨアヒムさんが言った。

「もうすぐ、ルイス様がお戻りになる……その前に片づけないとな」

「えっ?」

 うつむくヨアヒムさんの顔をおそる恐るのぞき込んだら、こくはくな目と目が合った。

「やはり、人間などをルイス様のお傍に置いておくわけにはいかない! とはいえ、仮にもルイス様が情をかけた女。むごいまねはしないから安心しろ」

「えっ、そんな、何を」

「ルイス様には遠くへ行ったとお伝えする。自らの意思で、愛ゆえに、とな」

 ルイスは絶対に信じないだろう。

 だって私たちの間に愛とかそもそもないしね!

「来い! 良いえんだんを見つけてやろう。就職先の方がいいか? 悪いようにはしない。たとえおまえが人間でもな!」

「や、やめてください! ルイス、ルイスー!!」

だまれ人間! 殺されたいか!」

 悪いようにしないって? 絶対にうそだよ!

 顔がヤクザみたいだもん。青筋がピキピキ言ってるもん!

「助けてー! 内臓売られちゃうー! 私の内臓はもしもの時にていまいにあげるために健康をしてとっておくのー!!」

「意味がわからないぞ! 落ち着け、むごいまねはしないと言っているだろうが!」

 うでを引っ張られて暴れたので、わきかかえられてしまった。

 あまりにも無力な自分が情けなくて、子供みたいにジタバタしながらわめいた。

「うああああああん、私の内臓うううううううう!!」

「どこぞにしゆの悪い竜族でもいるのか? 人間の内臓なんて何に使うんだ……」

 ほうに暮れたように言いながらも、ヨアヒムさんは私を宿から運びだした。

 暴れたけれど簡単に車の中にほうり込まれて、の背もたれで額を打った私はもだえた。

「この女を町の外に連れ出せ。西門でいい。そのまま森にひそんでいてくれ」

「ロロロロ……?」

 タツノオトシゴ(仮)が鳴いた! いつしゆん泣くのも忘れてしまった。鳴き声も可愛い……。

「すぐに追いつく。俺が行くまで森に潜め。決してがすな」

「ロロ」

「いい子だ。行ってくれ」

 ヨアヒムさんの言葉にタツノオトシゴ(仮)がうなずいたらしい。するすると動き出した車の中で、ひっくり返っていた私はあわてて起きて、車のとびらを開けようとした。

 けど、外からタツノオトシゴ(仮)がしつで押さえていて開かない!

「ルイスー! ルイスー!!」

 扉をたたいてもびくともしない。見た目は優美なタツノオトシゴ(仮)のくせに力が強い。

 ザッと血の気が引いていく。

 ヨアヒムさんが言葉の通り、ルイスのために私を遠ざけようとしているだけなら、いい。

 ううん、よくないけど……でもそれなら、ルイスが私をそばに置いていた理由さえ伝えれば、ヨアヒムさんは慌てて私をむかえに来てくれるだろう。

 だけどもし、ヨアヒムさんがすべてをお見通しだとしたら? 彼が犯人で、でも私をすぐに殺さないのは、ルイスに力がもどってしまうことをねんしているからだとしたら?

 ルイスも、もしかしたら力が消えたり道連れにされてしまうかもしれないと思っているだけで、私が死んじゃったらどうなるのか、本当にわかっているわけじゃない。

「ルイス……どうしよう、ルイス!」

 もしもヨアヒムさんがルイスと私を引きはなして、ルイスの竜気がゼロになっているところをおそおうとしていたら、彼の身が危ない。

 ゆるゆるとタツノオトシゴ(仮)は町の中を進んでいく。私は扉を叩いた。声をあげて助けを求めても、聞こえているはずの道行く人はだれも助けてくれなかった。この町の人ははくじようだ!

 扉をってみる。やっぱり開かないけれど、窓はビリビリとれていた。窓を割ることならできそうだった。

 車の中をあさったら、椅子の座面がふたになっていて、中から液体の入ったびんと金色のさかずきが出てきた。ぶかぶかのそでを手に巻きつけて、その上から金色の杯をにぎりしめ、ぼうを深々とかぶる。

 そして、ガラス窓に杯を叩きつけた。パリンと簡単にガラス窓はくだけた。袖を巻きつけた腕でそのままガラスをバラバラと落とす。

「強化ガラスじゃなくって、よかった……!」

 窓から上半身をぬっと出す。すると、タツノオトシゴ(仮)がすぐに気づいたみたいで、尻尾で私の額をぶにっと押してくる。

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