強くなりたい第四話

 この世界に来てから、二週間が経った。

 勇者三人の体術訓練は、大分進んでいた。

 まず、龍斗は剣があっていたらしく、ひたすらに剣術を習っている。もう戦乙女隊員では相手にならず、団長さんが相手をしている。団長さんと打ち合っても、数分は保つレベルまで到達している。さすが勇者だが、それより団長さんが強すぎる。団長さんが極めているのは剣だけではない。もし剣以外もつかっていいルールなら、龍斗程度なら瞬殺だろう。

 珠希は杖術を習っている。珠希は魔法使いであり、魔法行使の補助をする杖を持つわけだが、杖を持った状態で剣も扱うのは難しい。ならば、杖を使えばいいじゃない(物理)、と。珠希は脳筋なのか、頭がいいのかわからないな。戦乙女隊員には杖術を極めているような者はおらず、初級を修得したあとは、杖術を使うとある神官に指導を受けているらしい。

 葵は弓術を習っているようだ。弓を放つときは無防備になるため盾役が必要だが、結界師である彼女には関係ない。

 近接特化の龍斗、遠距離大火力で近接もこなせる珠希、小回りが効く遠距離で防御もできる葵。なかなかバランスのとれたパーティーだと思う。

 俺はつい三日前に、筋トレから本格的な体術訓練に移行した。なお、筋トレも持続中である。ちなみに俺は剣術ではなく、短剣術と投擲術、隠密術と、たまに罠解除を習うようだ。完全に斥候として育てるつもりである。まあ、剣術がヤバい龍斗のとなりに、少し剣術ができる俺がいてもしょうもないだろうし、《探知》を活かすには絶好の役だろう。

 団長さん曰わく、俺はそこそこ器用なので、とりあえず全部習わせてみるようだ。

 ちなみに、訓練中に寝てしまって、団長さんに叩かれるのはもはや日課と化している。






「起きてください。イノリ様。」


 気持ちよく寝ていた所を、第二王女である先生に起こされる。もはやこの授業時間は、俺の睡眠時間だ。

 ぶっちゃけ、先生が授業中に、大きな石板に書いた板書を映像記憶すれば、授業を受ける必要などない。

 先生と仲良くなるつもりも無いしな。先生も寝ている俺を起こすだけで、叱ったりはしない。さすが人形姫である。


「……知識とは、生きるために重要な事ですよ? 寝てしまっては、元も子もありません。」

「はぁ、そーっすね。」


 お、珍しい。先生のお説教である。


「体術訓練では、短剣や隠密の術を習っているとか。」

「また見てたんすか。」


 そう、先生は第一王女と訓練を見に来てから、毎日俺の体術訓練を見ているのだ。本人は隠れているつもりでも、《探知》を持っている俺にはバレバレである。


「残念なことに、魔法には才能がないようですが、そちらには才能があるのでしょう?」

「凡人としては、ですけどね。龍斗達、勇者三人の足元にも及びませんよ。」


 俺はどうやら、この世界の魔法をほとんど使えないらしい。一般人でも簡単な魔法は使えるもので、この世界で魔法を使えないのは珍しいようだ。


「騎士団長は多忙です。わざわざあなたに時間を裂いているのは、あなたに価値を見出しているからでは?」

「勇者達のついでですよ。」


 先生の問いかけを適当に流しておく。

 こんなに先生と話したのは初めてだな。


「結局、何が言いたいんですか?」

「……あなたは強くなれるのですから、寝てなどいないで、もっと努力すべきだと思います。せっかく可能性があるのですから。魔法だって、自分が使えなくても、知識があれば対応することが出来ます。努力は無駄にはなりません。」


 あ、それは一理いえるな。

 なるほど、魔法対策ね。魔法は魔導書だけ見ても、実際に使ってるとこ見ないとわからん部分があるしな。

 もうちょっと、ちゃんと授業を受けようと、俺は心を入れ替えた。



 また寝たが。

 眠気には勝てないものだ。













 俺は片手にナイフを持ち、手をだらんと下げた状態から木の幹を狙ってスローイングする。

 今まで回りながら刺さっていたが、今回ナイフはまっすぐ幹の真ん中に的中した。

 この感覚は、スキル習得だ。ステータスを見てみると、《投擲術 Lv.2》になっていた。


 ここはいつも修行している草原だ。毎日スキルの習得と成長を試みている。

 《投擲術 Lv.2》の他にも、《剣術 Lv.5》《隠密 Lv.3》《短剣術 Lv.1》を獲得した。

 《剣術 Lv.5》となると、龍斗とおなじか少し強い程度の技量だ。まあ団長さんには遠く及ばないが、実質誰の指導も無しに練習しているにしては上出来じゃないだろうか。と自画自賛する。

 《隠密》はとても有用なスキルなので、重点的にのばしている。かえって《短剣術》はもう《剣術》があるので、あまり練習していない。罠解除は、練習の為の罠がないので、スキルの獲得すらしていない。実用的だから、手に入れたいと思っているのだが。

 《投擲術》は、主にダガーナイフを投げるものだ。地球ではナイフ投げはどちらかというと芸の要素が強く(そもそも起源が兵士の遊びだと言われているし)、ガチな戦闘には向かないと思っていたのだが、この世界では違うらしい。伝統ある技能で、特に斥候ならば確実に習得している技術らしい。

 俺は的にしていた木に近づいていき、木製の練習用のナイフを引き抜く。いくら『支配』しているとはいえ、木製のナイフが木に刺さるとは、侮れない。


 最近は《剣術》よりも《投擲術》を重点的に練習している。何故かと言えば、俺の《闇魔法》と非常に相性が良いからなのだ。

 俺は再び手に持ったナイフを見当違いな方向に投げる。

 的も何もない空間に投げ出されたナイフは、突如として物理法則を無視した方向転換を行い、ジグザグと空気を切り裂いて、最終的に木の幹の的に刺さった。

 俺が『支配』したナイフを遠隔操作したのである。ただナイフを動かすだけでは、木の幹に刺さったりはしない。しかし、俺は投げた・・・ナイフを方向転換させたのだ。

 つまり、元々のナイフの運動のベクトルを、『支配』によって曲げたのだ。俺が投げたときの運動エネルギーは保存されているため、ナイフは標的に刺さるのだ。これなら敵の防御をくぐり抜けて、ナイフを命中させることも可能だ。

ちなみに、日中はこれらの一般スキルがほとんど使えない。それに習得も出来ない。《太陽神の嫌悪》は本当にうざいな。男爵級から階級が上がるとはずされたりしないかな。


 さて、今日のスキル上げはこのくらいにして、そろそろレベルアップしにいこうと思う。ここ数日、スキル上げに尽力していたため、いまだにレベルは1のままだ。今日から本格的に強くなっていこう。

 俺は自分の影にしまっていた、ある道具を確認し、《陣の魔眼》を使って、魔物はびこる森に転移した。









 木の幹の影に闇魔法の『影移動』で入り込み、《隠密》で息をひそめて獲物を待つ。

 魔力も何にもない木なので影空間が狭く、まるで棺桶に入れられている気分だが、贅沢は言わない。

 数分待っていると、俺の《探知》に反応があった。この気配、あの「ケッチョー」だと思われる。

 ケッチョーは影に潜む俺の存在に気づかないまま、のんきに木の実をついばんでいる。

 ヨチヨチと移動したケッチョーが、俺の潜む影に接近した瞬間、俺は自分の影から道具を取り出し、影の中からそれをケッチョーに投げつける。

 『支配』で遠隔操作し微調整を行ったそれは、ものの見事にケッチョーを包み込んだ。


「ゲエエエェェエッ!」


 ケッチョーの汚い鳴き声が響き渡る。この鳴き声に反応し、他の魔物が寄ってくるかもしれない。時間勝負だ。

 俺はジタバタと身動きの取れないケッチョーの顔を覗き込み、上書きを済ませた《陣の魔眼》を発動した。

 タイムラグ無しでケッチョーの眼前に描かれた黄色い魔法陣は精神干渉の効果を発揮する。

 瞬間、ケッチョーはぐったりと動かなくなってしまった。

 死んだ訳じゃない。ただ、強力な催眠をかけただけだ。一日は何をされても目を覚まさないだろう。


 俺は深い眠りについたケッチョーを抱え、走り出す。ケッチョーの鳴き声に反応した魔物が、《探知》に引っかかったのだ。

 《探知》に反応する魔物をよけるように移動し、周りに何もいなくなった所で、近場の影に入り込む。

 ようやく一安心だ。俺はケッチョーの長い首に噛みつき、《吸血》を始める。


 俺の取った作戦は非常に簡単だ。

「魔物を網で捕まえ、動けなくなったところを催眠する」

 後は安全なところで血を吸わせてもらうのだ。致死量まで吸ったらレベルアップもできるし、《吸血》によるステータス向上も期待できる。

 ちなみに今回使った網は、俺の特製だ。




黒糸網(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 15000デル  能力 闇硬化

黒糸をゆって作った網。ワイヤーのように丈夫で、どんな力でも引きちぎれない。糸の軽さと柔軟性を持つ。





 ちなみにこれがその原材料。




黒糸(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 5000デル  能力 闇硬化

絹糸に闇魔力を付与した糸。丈夫で、どんな力でも引きちぎれない。非常に細く、絹糸の柔軟性と軽さを持つ。





 どっちも《武器錬成》で作れた。まあ網は立派な武器として使えるかもな。ただ、糸が武器なのは予想外だった。

 だって、糸を武器にするなんてファンタジーだろ。あ、ファンタジーか。

 さすがにこの糸でスパスパと人体を切り裂けるなんて事はない。まあ、糸だからな。

 この網も糸も遠隔操作できる。糸を遠隔操作するのは有用そうだ。練習しよう。

 ちなみにこの糸は、いつものごとくナーラさんに持ってきてもらった。理由を考えるのが面倒で催眠してしまったが、細かいことは気にしない。


 さて、ケッチョーの血を全て吸い尽くした。獣臭い味だったが、初めての吸血だからか、長期間吸血して無かったからなのか、それなりに美味しくいただけてしまった。

 さあ、ステータスの確認と行こうか。







高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.2

HP 923/923(+100+8)

MP 5208/9067(+1000+0)

STR 1064(+100+8)

VIT 962(+100+6)

DEX 1039(+100+4)

AGI 1166(+100+10)

INT 2756(+200+0)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》


一般スキル

《剣術 Lv.5》《隠密術 Lv.3》《投擲術 Lv.2》《短剣術Lv.1》《飛び蹴り Lv.1》


称号

魂強者 巻き込まれた者








 レベルアップしたようだ。Lv.2になっている。魔物を一体倒しただけでレベルアップ出来るとは、さすが《成長度向上》である。

 ステータスはMPとINTを除いて100ちょっとずつ増えている。(+100+8)ってのは多分、レベルアップの上昇分と《吸血》の上昇分が被っているのだろう。

 +100はレベルアップの上昇分、+8は吸血の向上分だと思う。+100は一律なのに対して、もう一つはSTR、AGIが高く、INTは0だ。この偏り具合は、ケッチョーのステータスの偏りと似ている。

 レベルアップでだいたい100上昇、吸血はその生物のステータスの1%くらい上昇する感じかな?

 ただ、INTは200、MPに至っては1000も増えている。まあこの二つは元々高かったから、成長率も高いのかもしれない。この理屈ならMPは吸血で1くらいは増えてしかるべきだと思うのだが、吸血では増えていない。どういうことだろうか。


 全ての血を吸ったことで《スキル強奪》が発動したようで、一般スキルが追加されている。《飛び蹴り》ってなんぞ。もっと有用なスキルをくれケッチョー。

 またケッチョーのもつ記憶が全て流れ込んできた。といっても、鳥頭である。ここ数日の、木の実をついばむ記憶くらいしかない。一番鮮明な記憶が繁殖期の交尾ってどういうことだ。誰が小さいダチョウ同士の繁殖行動を見て興奮するんだ。そんなの動物学者くらいだぞ。

 スキル強奪は有用だが、記憶を全て受け継ぐのは面倒くさいな。不思議と脳がパンクするような事態は起こらなかったが。まあ今は四の五の言ってられん、出来るならばスキルは強奪しておこう。


 ケッチョーの死体は俺の影に収納しておき、次の獲物をまつ。

 この森は王都付近のくせにやたらと魔物が多いので、すぐに《探知》に反応があった。

 ……またケッチョーかよ。いくらライジングサン王国の特産だからといって、多過ぎやしないだろうか。


 網を投げ、催眠し、遠くに逃げて血を吸うというワンパターンだ。まあ単純な作戦であるが故に失敗せずに行えた。

 ケッチョーの血を吸ってみるが、あまり美味しくない。やはりさっきのは「空腹は最大のスパイス」って奴だったのか。人間の血はどんな味がするのか。

 2匹目のケッチョーの血を吸い終わり、もう一度ステータスを確認する。





高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.2

HP 931/931(+0+8)

MP 5345/9067(+0+0)

STR 1072(+0+8)

VIT 967(+0+5)

DEX 1043(+0+4)

AGI 1175(+0+9)

INT 2756(+0+0)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》


一般スキル

《剣術 Lv.5》《隠密術 Lv.3》《投擲術 Lv.2》《短剣術Lv.1》《飛び蹴り Lv.1》


称号

魂強者 巻き込まれた者





 レベルアップはしなかった。やはり上昇分が100一律の方がレベルアップの効果らしい。今回のステータス上昇は《吸血》のみだ。《吸血》の上昇分は前回とほとんど同じだ。そしてやっぱりMPは上昇していない……

 ……ん? もしかして、回復しているのか?

 確かに《吸血》はHP、MPの回復効果があった。HPのステータスは上昇しており、MPが回復しているということは、HP、MPが最大で無いときは回復し、最大の時は最大値を上昇させると言うことか。MPの回復量はだいたい130くらいなので、おそらくケッチョーのもつMPがそのまま回復量となるようだ。

 これは凄いな。森にうじゃうじゃいる魔物が全部ポーションに見える。

 つまり、ほぼ無限にこのレベルアップを行えると言うことだ。ガンガンレベル上げしていこう。

 俺は再び現れたケッチョーに網を投げた。







高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.5

HP 1351/1351(+300+104)

MP 10445/12067(+3000+0)

STR 1507(+300+117)

VIT 1457(+300+78)

DEX 1403(+300+52)

AGI 1625(+300+130)

INT 3356(+600+0)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》


一般スキル

《剣術 Lv.5》《隠密術 Lv.3》《投擲術 Lv.2》《短剣術Lv.1》《飛び蹴り Lv.4》


称号

魂強者 巻き込まれた者








 ケッチョーを15体くらい倒したところでLv.5となった。かなりいいペースだと思う。

 というか《飛び蹴り》がLv.4まで上がってしまった。納得できない。

 空が白み始めてきたので、今夜のレベル上げは終わりかな。

 そういえばこの世界にきて初めての戦闘だったんだな。いや、もはや作業だったが。








「イノリ様、朝です。起きてください」


 狸寝入りしていた俺は、ナーラさんに起こされる。

 外出するときや必要な時以外は催眠していない。これはボロが出るのを防ぐためだ。催眠状態のナーラさんが、給士で不可思議な行動をしたとき、俺が関わっているのがバレたらまずい。せっかく監視をはずさせるほど「無害だ」と思わせたのに、怪しい行動をしたら急転直下だ。日中の俺は無防備に近いから気をつけないとな。


「おはようございます」

「お目覚めになりましたか? これから朝食をとった後、いつもの通り訓練場で体術訓練。 朝食を挟んで、座学と魔法演習の時間となります」


 ここ二週間の日課だ。一日中訓練漬けである。

 まあ娯楽がほとんど無いから、訓練以外にする事が無いのだが。

 ナーラさんは退出しようと振り返り、途中で視線を止めた。

 視線の先は、俺の机の上の、日記である。


「読みます?」

「良いんですか?」

「まだ二週間分しかないけど」


 ナーラさんは数枚の紙を手に取り、サラッと読み進める。日本語じゃなく、この世界の文字で書いたのでナーラさんでも問題無く読めるはずだ。

 ちなみに俺達は異世界の言語を何故かマスターしている。個人的には一番チートだと思う。


「ふふ……」


 読み進めていく中で、ナーラさんが時折くすくすと笑う。読まれる前提で書いたものだから、恥ずかしい事など書いてはいないのだが、やはり人に日記を読まれるのは気恥ずかしいものがあるな。

 最後まで読み終えたナーラさんは、笑顔で紙を元の場所に戻した。


「どうでした?」

「おもしろかったです。イノリ様には文才があるのでは?」

「元の世界では平均的ですよ」

「イノリ様の故郷は、教育水準が高いのですね」


 この世界の識字率は低い。地球の中世レベルなのだ。あるあるだね。

 それより、問題なさそうで良かった。笑いをとるためにかなり文体を崩したり、不敬罪ギリギリを攻めたりしたのだが、問題ないラインらしい。

 俺たちの世界では問題ないことも、この世界の価値観だと不敬になることだってあるし、あるいは書き言葉と話し言葉に隔たりが有りすぎる可能性もあったからな。日本だって言文一致運動なんて物があったくらいだし。この日記がそんなことで目立ったら面倒くさい事態になる。

 ナーラさんが「問題がある」と判断したら、催眠するつもりだった。ナーラさんで毒味したようなもんだな。


「そういえば、イノリ様。今日は特別にお風呂が使えるようですよ?」

「へー、何で突然?」


 魔力不足はどうしたのだろうか? 本来俺が知らない情報だから、曖昧に聞いておく。


「龍斗様達にお願いされた第一王女様が、やる気を出したようで、今日限りで急いで準備させたのです」

「それは楽しみですね」


 実に二週間ぶりの風呂である。今晩が楽しみだ。


「んじゃ、朝食行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ」


 ナーラさんはこの後、俺のベッドを整えたりするため、朝食にはついてこない。メイドさんはもう朝食を済ませているのだとさ。早起きなこって。

 笑顔で手を振るナーラさんに手を振りかえし、朝食に向かった。






 俺は片手にナイフを構え、的を狙って投げる。

 くるくると回転するナイフは、的を大きくそれて床に落ちた。


「なってないぞ、イノリ。昨日より下手になってないか?」

「あれー?」


 日中はスキルが効果を発動しないので、夜のようには投げられない。

 だがそれにしても下手だ。昨日はもう少し命中率が高かった。

 隠密術も、つまづいて音を立てたりと、踏んだり蹴ったりだったのだ。


「寝てないと思ったらこれだ。真面目にやっているのか?」

「ははは……」


 睨みつけてくる団長さんを、引きつった笑顔でかわす。

 まあ、この不調の原因は目星がついている。


 多分、昨夜のレベルアップだ。

 昨日は大分ステータスを上げたからな。日中の俺も、ステータスは成人男性の平均を上回っているはずだ。

 まあ突然力がついて、隠密行動やナイフ投げがうまく行くはずがない。夜間は無駄に高いDEXとスキルが補正して、違和感が無かったのだろう。


「もしかしてまだ寝ぼけているんじゃないか? また筋力トレーニングで目を覚ましてやろうか?」


 いやそれ絶対寝ますわ。


「多少筋力がついたとはいえ、兵士としてはまだまだだ。男としてひ弱過ぎるぞ?」

「でも俺、夜は凄いですよ?」

「セクハラするな」


 してないです。

 まあ物理的に夜強くなるなんて訂正できないから言わないが。

 しかし、なんでこんなに団長さんは俺に構ってくるんだろうな。

 は! もしかして一目惚れされたのか?


「なんかとんでもない事を思っていそうだから否定しておくぞ。何を考えているかは知らないが」

「いや、もしかして団長さん、俺に一目惚れしたのかな、と。」

「真顔で言うな。自惚れるな。ルックスはそこそこ良いが、弱い男は嫌いだ」


 ルックスはそこそこ良いらしい。自信がつくな。

 長身の割りに少し子供っぽい顔つきに、ぼさっとした髪が目にかかっている俺のどこがかっこいいのか分からないが。

 その上眼帯しているんだぜ? 俺ならすれ違い様に笑う。


 ふと、訓練場の入り口を見てみると、柱に隠れた先生こと第二王女がいた。

 《探知》でばればれな上、その目立たない淡い茶髪がちらっと見えている。

 また俺を観察しにきたのか? 人形姫が、なんで俺を観察するのか……。

 は! もしかして一目惚れされ……


 バシッ!


「いてっ!」

「何を余所見している。さっさとナイフを投げろ」


 団長に叩かれる。なんだよ、さっきまで無駄話していただろうに。


「一セットノーミスで当てられなかったら、今日の昼飯は抜きだからな?」

「ええ~~? そんな~~」


 と、口では不平を言うが、ぶっちゃけやる気が出ない。

 吸血鬼だから、昼食を抜かされたところで別に苦痛ではない。昨日散々血を飲んだしな。


 結局、今日の昼食は俺だけ抜きになってしまった。










「特別魔法訓練室、ですか?」

「ええ。今日はここで、魔法演習を行います」


 先生に連れられて、なんかゴツい部屋にはいる。

 なんか壁が厚いし、窓もないし、部屋全体に魔力が充満しているのが《探知》で分かる。

 こんな部屋で何をされるのか。まさか拷問ではあるまい。


 先生が部屋の扉を閉めると、一切の音が聞こえなくなった。《探知》で強化されている俺の聴力でもなにも聞こえないとなると、魔法で防音処理がされているのか。


「ここは、光魔法の『閃光弾』や風魔法の『大音響』を練習したりする部屋です。これらは強い光や大きな音で、敵を混乱させる物です。かつての勇者様がこれらの魔法を考案されました」


 そういう魔法もあるのか。もしかしてその勇者も、俺達の世界出身なのか? 現代兵器を参考にしてそうだ。

 しかし何故わざわざこの部屋に……


「この部屋には厳重な防音処理が施されており、外から中の様子 は伺えません。聞き耳を立てている者もいません」


 なるほど。《探知》ではわからないから、《視の魔眼》の透視で確認したが、盗聴している者や盗み見ている者はいないようだ。聞かれたくない話をするのだろうか。

 しかしこんな部屋で王女様と二人きりとは。これじゃあ俺がここで襲ってもばれないじゃないか。そんなことしないけど。


「よくこんな部屋を取れましたね」

「『単純な攻撃魔法以外の特殊な魔法を紹介する』という建て前で借りました。護衛もなしに二人きりになるのは多少反対されましたが、私一人の力でも何とかなると説得しました」


 俺の無害さはかなり轟いているようだ。まあ確かに、《陣の魔眼》とかのチート無しじゃ、勝てないかもしれんが。


「……情けないとは思いませんか?」

「は?」

「私のようなおなごにすら負ける弱さを情けないとは思いませんか?」


 いやあなた天才でしょう。普通の女の子じゃないですよ。そもそもこの国は女性至上でしょうに。

 というか彼女は本当に『人形姫』なのか? 感情が見られる気がする。


「これは内密の話です。私も偶然知った事なのですが…………あなたはこのままでは、この城から追放されます。女王陛下が、『努力もしない無能を、我々が養う義務はない』と。国王陛下が何とかあなたをフォローしているようですが、このままでは時間の問題です」


 あらま、そんなことになってんの。

 正直なところ、俺の努力の有無は関係なく、《探知》のチートがあれば引き留めておくべきだと思うんだがな。

 俺の食事代もろもろを差し引いてもおつりがくると思うが、その辺女王様は理解していないのかね。国王様はわかってそうだな。


「私は不当な扱いだと思います。それほどに、あなたの能力は素晴らしい。ですが、あなたのいつもの態度を見ていると、しっかりと否定できません。訓練も授業も寝てばかり、今日なんて昼食を抜かされていましたし」


 あー、うん。俺も今日のはちょっと情けなかったかな、と反省している。


「私個人の見解ですが、あなたが今の実力で追放されたら、あっさり死にます。魔物の恐ろしさをなめない方がいいです」


 それは同意だ。夜間はともかく、日中襲われたらピンチだ。


「あなたは、現状何にも束縛されていません。努力次第でどうにもなると私はおもいます。訓練も授業も、もう少し真面目に取り組んでみてはいかがですか?」

「…………」


 先生はいつもの微笑みではなく、真剣な眼差しで俺を見つめてくる。


「……俺は龍斗達のような勇者でも、先生みたいな天才でもありません。ただの普通の人間なんですよ」

「だからといって、努力しない理由にはなりません」


 先生は一つため息をついて、また口を開いた。


「……私には、あなたが敢えて努力をしていないように見えます。恥をかかないように」


 突然語り始める。作り話も良いところだ。


「勇者様も、あなたも、元は普通の人間だったのでしょう。しかし、召喚されてから、大きな差が出来てしまった。同郷人のはずなのに、努力しても追いつけない。差は開くばかり。そんな現状が恥ずかしくて、努力をしないようにしたのでは? 自分に言い訳をするために」


 恥? 馬鹿げている。俺には誇りも屈辱も恥も存在しない。これは先生の妄想だ。

 だが、たしかに端から見れば、そう見えないことも無いかもしれない。


「……あなたは自分の可能性に蓋をしてしまっている。自分から目をそらして、自分の価値に気づけないでいる。努力次第でどうにでもなる現状をから目を背け、あきらめてしまっている。私にはそう見えます」

「はあ…………先生の言うことが本当だとして、なんでそんなに俺に構うんです?」

「放っとけないからです。私はあなたの先生。先に生まれ、先に生きた人間ですから」

「………………俺のことは放っておいてください。これでも精一杯やっているつもりなんですよ。話は終わりですか?」


 俺は返事も聞かず、後ろを振り向く。まあ先生を千里眼で見てはいるが。

 正直、努力しろと言われても、眠気は吸血鬼である以上しょうがないし、今日も精一杯やった結果だから、どうしようもない。

 何も知らない外野からうだうだ言われても困るもんだ。

 それに、先生には冷たく当たると決めている。今日のこれで、フラグがたつことはないだろう。

 それより今晩は風呂だ。二週間ぶりの風呂だ。授業なんてサボって、一番風呂を浴びに…………





 ドカッ!

 ドシッ………








 俺はケツに衝撃を受け、次の瞬間、部屋のゴツい壁に激突していた。

 攻撃が見えなかったわけではない。それでも避けられなかったのは、単純に俺のステータス不足。そして、完全に俺が不意を付かれたからである。

 そして現在も絶賛困惑中だ。


 俺に見事なタイキックを食らわせた先生・・・・・・・

、足を下ろして、大きく息を吸い込んだ。


「……丁寧にやる気をださせようと思ったのに、まだあんたはここでヘタレるんですか!? 男ならシャキッとしなさい!」


 先生は俺を見下ろしながら怒鳴りつける。人形姫の面影はどこにもなかった。


「なーにを下らないことでうじうじしてるんですか!? もともと凡人のあんたが調子に乗らないで下さい! 人間は人間らしく、地べたを這いずり回っても泥臭く生きるもんでしょうが! 恥なんて、かいてなんぼの物でしょう!」


 一息で言い切った先生は、短く息をつき、腰に手を当てる。


「私みたいに、詰んでる・・・・訳じゃないんですから、自分次第でどうにも出来る状況なんですから、カッコ悪くても生き抜いてみせてください。今のあなたの方が、よっぽどカッコ悪いですよ?」


 先生は一瞬悲しそうな顔をして、すぐに俺を睨みつけた。


「………」


 蹴られた尻が痛い。まだひりひりする。おそらく赤く腫れているだろうそこを撫でながら、怒鳴りつけられた俺は、笑いを堪えられなかった。


「……ははは、はははは」

「……何笑ってるんですか。気持ち悪いですよ?」


 いやいや、笑えずにいられるか。何が人形姫だ。周囲を欺くために、猫を被っていただけじゃないか。俺もまんまとだまされた。

 周りの圧に耐えかねて、感情をなくした哀れな姫を演じて、安全を確保していたのか。俺と同じように、無害を演じるために。

 なんて強気で、強い精神だ。

 正直今までの数多くの召喚先でみた女性の中で、先生は魅力が無いように見えた。

 でも、なんつーか、この人が一番……


「……いい女だな、あんた」

「何を突然口説いているんです? こんな魅力のかけらもない私に。なんか口調も変わっていますし……」


 いや、やっぱり良いオンナだ。なんか、彼女じゃなくて、嫁にしたい女だ。夫をしっかり尻に敷く女だな。


「いや、正直見くびってた。まさかあんたが、こんなに強い人だとは思わなかった」

「強い……ですか……」


 先生の顔に翳りが見えた。


「強くないです……私は。強かったら、今みたいになっていません」

「詳しい事情は知らんが、俺は強いと思うぞ」


 先生にはさっきまでの勢いがなかった。顔にかかる影が痛々しい。


「……私は強くなりたい、なりたかった。でも出来なかった。それを出来るあなたが羨ましくて、でも……」


 先生は力なく笑って、俺を見る。


「見くびっていたのは、私かもしれません。今のあなたは、とても強く見える」

「まあ、な。安心して良い。これからも寝たりするかもしれんが、俺は生への執着は人一倍強いんでな」

「私がしたことは、余計なお節介でしたか……」

「んにゃ、追放の話は初めて聞いた。良い話を聞いた。だが礼は言わんぞ? 心からの礼はしない主義なんでな」

「礼なんて良いですよ。ただのお節介ですから」


 先生は笑いながら、手を振って答えた。


「でも、なるべく授業は寝ないで受けてほしいです。ひとりでやるのは結構寂しくて……」

「あー、それは約束できんな。目が覚めるような刺激的な授業をしてくれたら起きるかもしれん」

「私のせいにしないでください。」


 ため息をついて、先生は扉に手をかけた。


「あ、そういえば、蹴りの時に見えたんだが、その白の下着、似合ってるぞ?」

「~~~~~~~馬鹿言わないで下さいッ!!」


 顔を真っ赤にした先生に、俺はふたたび蹴られた。



 




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