第29話『クロエ ジョブチェンジ!!』




 ほぼ平原と言ってもいい緩やかな起伏がある平原――その道なき道を、異世界の馬車こと、73式小型トラックが突き進む。数時間ほど走り続けた車は、時期に燃料が底をつこうとしていた。


もはや追っ手は来ない。そう判断したスチームクロウが、車を湖の前で止める。




「73式小型トラックの除籍式としては、十分な式典だったでしょう。それにしても思いの外、ずいぶんと派手になってしまいましたが。地滑りした土の波に乗るわ。魔装騎兵の進撃に出くわすわ……」



 助手席にいたクロエが、後部座席の二人を見る。彼らの無事を確認したのだ。二人は極度の疲労に襲われ、今は寝息を立てている。一夜の出来事とはいえ、死んだように眠ってしまうのも無理もない。互いに、命を削る戦いした後なのだ。



 クロエは隣に座る怪人に、改めて礼を言う。



「まずは、この神機を人の手に渡らないよう、協力してくれたことに、感謝します」


「エルフが魔族に礼を? これはこれは珍しい。いいのですか? 私は魔族に組みする者ですよ?」


「例えそうでも……貴方がいなければ、ここにいる全員が、あの巨人に捕まっていました。それにしても……アレはなんです?」


「あの巨人の名は、魔装騎兵。列強国が、こういった異世界の兵器に触発されて創り上げた、最新鋭の兵器です。今後の戦争では、嫌と言うほど目にすることになるでしょう」


「ベルカを始めとする列強国の面々が……まさかあんな兵器を造り上げているなんて……」


「予兆はあった。魔族の去った世は、平穏の世にして嗜好品創世記となった。諸外国が豪華な衣服に宝石、そして雅な家具を作りに作り、それを売り買いしている。そんなブームの中で、列強国の面々は乗らなかった。自分達が中小国よりも、圧倒的優位に立てるのに――。

 それどころか彼らは、真逆のことをしていた。戦争終結によって失業した騎士やその従者、傭兵、鍛冶屋や錬金術師、魔導学の権威や研究者。そういった戦争需要によって潤っていた者たちは、新たな食い扶持を求めて列強国に辿り着く。まるで川上から川下に流れる水のように……。そして見事、大国の手中に堕ちた」



「なぜそんなことを?」



「――金ですよ。諸外国が平和ボケしているうちに、暴落し、諸外国が手放した武力関連銘柄を、片っ端から買い漁る。

 そして時が過ぎ、各地で紛争が勃発すれば……どうなると思います? 中、小国が武力を欲したとき、市場にはなにもない。なら自国にあるものは? あるのは戦争でまったく役に立たない、無駄に豪華な嗜好品だけ」



「列強国の狙いは……武力の独占?」



「その通りです。列強国が拵えた装備や、鍛え抜かれた兵を売るんだ。軍事力の乏しい小国に武器や兵を大量に輸出――そして彼等は巨万の富を得るという寸法だ」



「なんて悪質な……」



「悪質なのはここからですよ。しかもその価格は、その国がギリギリ手が出せる、絶妙な価格設定。そして、その国が戦っている敵国にも、同様に装備や人員を売り捌く。そうすれば戦争は延長戦に突入となるでしょう。


 しかも列強国にとって新兵器の実験場にもなって、まさに一石三鳥。もしもどちらかの国が失陥か、共倒れすれば、その国を乗っ取る――。まさに漁夫の利。抜かりなし」



「まさかあの嗜好品ブームも、列強国が裏で糸を?」



「勘の鋭いエルフは素晴らしい。その通りですミス・クロエ。中、小国同士による、このどんぐりの背比べは、国から武力を削ぎ落とすため――そりゃそうでしょうね。魔族や亜人の脅威は過ぎ去り、人間がこの世を統治する新時代だ。『敵』はもういないと思いこんでいる。

 なら、真っ先に削られる予算は?

 もはや不要と民衆や貴族から言われている、国防予算でしょう。領内に潜む魔物や亜人連合の残党――、そういった輩の対処は、都合のいい便利屋こと、冒険者や賞金稼ぎに任せればいい」



「人間同士でも争いが起こるのに……国防予算を削り、贅沢品を買い漁るなんて……」



「愚かな人間――と言いたいのか?」


「あ。いえ、そこまでは……」



「残念ながらエルフもドワーフも、そして他ならぬ人間も、案外そんなもんなんだよ。戦争の予兆があっても、ほとんどの人間は気付かない。現実に、そして目の前に骸が転がって、その時初めて分かるんだ。国防や軍隊のありがたみというものを――ね。

 そしていつも……いつだって、気づいた時にはもう遅い。平和ボケという眠りから覚めた時には、すでに領土は失い、国は乗っ取られ、女たちは辱めに遭っている最中。この話に救いようがないのは、寝ても覚めても悪夢は続くということだ」




 クロエは、かつてそれを味わっていた。彼の言う通りの出来事を、その身をもって経験していたのだ。帰るべき家を失い、守るべき国を失い、誇りだった文化や尊厳すらも略奪されてしまった。あの悪夢の日を――。


 だからこそクロエは耐え兼ね、彼から目を離し、悲しげな表情で俯く。





 スチームクロウもまた、悲しげな表情で地平線を見た。もうすぐ夜が開ける時間帯だが、周囲はまだ暗い。彼もまたクロエと同じように、地平線ではなく、ここではない遠い場所を想っていたのだ。




「それは異世界だろうと、現実世界だろうと……変わらないな」



 スチームクロウが運転席から降り、車の前に立つ。そしてクロエも、釣られるように降りて、彼の横へと歩む。



「クロエ。君の課せられた使命は、人間たちの手に渡る前に、この神機をどこか人知れぬ場所に、埋葬することだった。その悲願が果たされる。だがしかし君の故郷だったあの森には、もう戻れない。カームが君の背を押したように、進むしかないんだ」



「言われずとも、自分の置かれた状況は分かっています」



「そうか。つまり貴女は人間社会に放り出されるわけだが、斥候する際にエルフという要素は、いくつかの弊害を生み出す。エルフの農奴や奴隷に紛れ込むのは、なんら問題はない――同じエルフですからね。でも人間の中に紛れ込むとなると、リスクは増大する。魔力で気配を消すという案もあるが、熟練の魔導師なら見破られてしまう」



「リスクの高い斥候は、いつものことです。私は貴方以上に、そう言った修羅場をくぐり抜けて来ましたから」



「おやおや、言いますね~。でも死んだ経験は皆無でしょう? その点、私のほうが経験者だ。経験者のアドバイスには、素直に耳を傾けるべきだよ」



 そう言いながら、スチームクロウはマントからなにかを取り出す――それは切り取られた人の腕だった。



 クロエは驚き、身構える。そして『なにをする気!!』と警戒感を露わにした。



「――――ッ?!」



「驚かせてしまってすまない。これは君らの敵だった旅団の一員、勇者マサツグの腕だ」


「なにをする気?!」


「死の間際、彼はすべての魔力をこの腕に注ぎ、この世を去った。ここには勇者マサツグの、すべてが詰まっている――そう言っても過言ではない。大国主催のオークションにこれを出せば、この腕一本に、国家予算並の落札価格がつくでしょう。それほどまでに、これは価値のあるものだ」


「いったい……なにを言いたいのですか?」


「もったいないと思ってね。だから君に進呈しようと思う。人とエルフの架け橋になった君になら、この力を手にするに相応しい」



「正気ですか?! そんなの無理に決っている! 勇者の力は勇者しか使えない! だからこそ、様々な国がこぞって勇者を召喚しているのです!」


「先刻承知。なにせ当事者なのでね。あえて反論させてもらうとすれば、勇者の未知なる能力を解析できるのも、また勇者だ。まぁ遅かれ早かれ、時期に、この世界の人間によって、解析されるでしょうけど――ねっ!」



 スチームクロウが『ね』を言い終わると同時に、指をパチンと鳴らす。


 するとどうだろう。突如、クロエの手の平から双剣が飛び出したではないか。まるで袖の中の仕込み剣のように、目にも留まらぬ疾さで出現する。


 魔力によって構成された、光り輝く双剣。クロエは双剣が握られた手を交互に見つめながら、目を丸くして仰天する。





「ちょ?! え? え? えええええええええ!!!!」




 

「ハハハッ! とても良いリアクションだよ、ミス・クロエ。言い忘れていたが、勇者の能力はすでに、君に移植済みだ」


「なんで?! い、いつの間にぃ!!」


「君のことだ。どうせ勇者の力を拒否するに決まっている。なら、助手席でスヤスヤ寝ている時に、こっそりと仕込ませてもらったよ。おめでとう! Happy Birthday! 勇者クロエ!!」


「なにがハッピー・バースデイですか! 人の体になにしてるんですかほんとにぃ! は、はは、早く元に戻して下さい~!!」


「そういうわけにもいかない。だってほら――」



 再びスチームクロウは指を鳴らすと、クロエが手にしていた剣が消えた。そして彼は「他になにか変わったことはないか?」と訪ねてくる。


 クロエは血相変えてそれを探した。まさかとんでもないところが、魔法によって変えられてしまっているかもしれないのだ。しかしどこも異変はなかった。




「性別も……胸も変わっていない。もしかして顔? あーもう!! いったいなにをしたの!!」




クロエの要求に、スチームクロウは「わかった。少しそのままで」とだけ言い、クロエの両耳に手を添えた。すると彼女は気付く。耳の感触がおかしいのだ。



「まさか?! こんなこと、ありえない!!」


「だが現実だ。人とエルフの大きな違い――それは耳だ。逆にエルフ耳を人の耳に変えられたのなら、潜入範囲が大きく広がる。それは斥候用の変化の術だ」


「変化の術?! 物質の構造を意図的に変化させるの? これが……勇者の力!!」



「いいや違うんだ。実はそれ……。いえ、なんでもないです。ソレハ勇者ノ力ダヨ」



 スチームクロウは言おうとしていたことを、「やっぱ止めとこ」感覚で心の引き出しにしまう。


 だが隠されると気になるというものだ。そもそもクロエにとって聞き捨てならない台詞だった。なにせ勇者の力を移植した意外にも、自分の体になにかをしたという事ではないか。



 クロエはスチームクロウを揺さぶりながら、目に涙を浮かべて真意を聞き出そうとする。



「ちょっと! なんで今、言い換えたんですか! 実はなんですか! こ、これ勇者の力じゃないんですか?! 真相を教えて怖いからぁ! ほんとに私の体になにしたんですかぁ!!」




 スチームクロウは揺さぶられながらも、クロエと視線を合わせようとしなかった。彼は「はてさて、なんのことでしょうな」と誤魔化しつつ、無駄に上手い口笛を吹くのだった。


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