第10話『ママと山賊』


 国境沿いには、大抵検問所が設置されているものだ。



 とくに、様々な国の積み荷が行き交う交易路や、国の管轄する道には大抵設置されているものである。



 ハルト一行は、その検問所を避けるため人通りの少ない山道を歩んでいた。



 彼は魔力ゼロの勇者であり、それがバレることは、ほぼないと言っていい。


――しかし、自らをハルトのママと名乗る、彼女は違う。


 彼女がどこの国の人間で、どういった階級で、なぜ精神に支障をきたしているのか――その一切がわからないのだ。そんな素性の分からぬ彼女を連れ、検問所を突破しようなどと、無謀と愚かをアッセンブルした行為に他ならない。


 やはりここは、人目の付かない裏道を通り、国境を跨ぐのが懸命だ。

 わざわざ検問所を通る博打を打つ必要はない。


 彼女のことだ。検問所で派手なことをやらかせば、即指名手配だ。そうなれば今後に支障をきたすのは明白だ。




 そして無用なリスクを冒したくないのは、なにもハルト達だけではなかった。



 遠く離れた前方を、キャラバンが進んでいる。



 馬に引かれた馬車には、独特の反りが入った逆アーチ型の幌が被せられていた。こういった馬車は、日本では滅多に目にすることのない。目にすることがあるとすれば、異世界を題材にしたファンタジーゲームの中ぐらいだろう。



 遥か先を進むキャラバン一行、細い山道を無理して進む彼らが、何者なのかは不明だ。だが、こうした馬車のサイズに合わない道を選んでいるということは、それなりの訳ありなのだろう。



「キャラバンか。旅芸人……じゃないな。そんな雰囲気は微塵もない――もしかして密輸?  まぁ関わらないほうが良さそうだ」



「きんちゃん見て見て! 遠くにキャラバンがいるわ! 足、疲れたでしょ? 乗せてもらいましょう!!」



「お前ぇ! 俺の独り言聞いてなかったのかぁ?! 『関わらないほうが良さそう』って言ったんだよ! こんな道を使ってるキャラバンだ。やばい積み荷運んでるかもしれないだろ!! もれなく口封じに殺されるわ!!」



「大丈夫、ママに任せて☆ 口封じに殺しに来た奴らを、逆に口封じに砕いてあげるわ。主に顎を重点的に――」



「なにナチュラルに暴行宣言してんだよ! しかもえげつねぇ顎狙いなんて、悪質にも程があるだろぉ!  あと口封じっていうのは、顎を砕いて物理的に喋れなくする事じゃないからな!」



「え?! 違うの!」



「違うわ! あと当たり前みたいにウォーハンマー取り出すな!  しまえ! はよ物騒なもんしまって!」



「息子が筋肉痛にならないために、一肌脱ごうとしたのに――」



「そのまえに心労で胸が痛いわ――って脱ぐなぁ!! 一肌脱ぐってそういう意味じゃないだろ!! 露出狂かよあんたは!!」



「たーくん知らないの? あのね、高名な魔導師は空気中の魔力を取り込むために、自然と露出が多くなるって話」



「知ってるけどあんたの場合違うだろ! あんた魔導師か?」



「違うわよ、たぶん」



「じゃあなんで脱いどんねん」



「ん~……息子のはしゃぐ姿がみたい親心かしら?」



「それ親心じゃなくて、俺のことからかいたいだけだろ!!」



「んもう! それは冗談よ。ほんとはね、息子の成長を肌で感じたかったの」



 ツッコミに疲れたハルトは、休憩がてら『ほう。なら、その言い分を聞かせてもらおうか』とあえて発言を泳がせてみる。



「ほう。して、その理由とは?」



「ほら。こうして肌を晒せば、その分だけ息子の吐息が、肌で感じられるでしょ? しかも生で! 息子の激しい罵倒やツッコミ、そして淫美で蔑んだ瞳を、肌で直接、ダイレクトに感じることができる――しかも生で!!」



「なに生を強調してんだ気持ち悪ぃな。しかもそれ理由じゃなくて己のクッソ恥ずかしい性癖暴露しているだけだからな」


「性癖暴露だなんて! それじゃまるで、私が変態みたいじゃない!!」


「なに健全者みたいに言ってんだ! 紛れもない純然たるド変態だよあんたはぁ!!




 そんないつもの会話をしていると、爆竹のような炸裂音が木霊した。




「――ん? なんだ今の音は」



 ハルトはその音がした方向を見る。彼が目にしたものは、キャラバンの周辺で慌ただしく騒いでいる光景だった。さらによく目を凝らして見ると、それは武装した騎兵隊だった。


 騎兵隊と言っても上品な者ではない。革鎧に身を包み、中には周囲の森に溶け込めるよう、ギリースーツに身を包んでいる者もいる。


 おそらく森に身を潜め、あのキャラバンが来るのを待ち伏せしていたのだ。


 先程の炸裂音は、馬車を牽引している馬を足止めするためのものだろう。先頭の馬を足止めできれば、後続のキャラバンも身動きを封じることができる。なにせ、馬車一台がやっと通れる細道だ。元来た道を戻ろうにも、切り返すだけのスペースはない。


 すでに馬の手綱を引いていた者たちは馬車から跳び降り、荷を放棄している者もいる。懸命な判断だ。キャラバンが動けない時点で、すでに勝敗は決している。積み荷に執着して命を粗末にするのは、本末転倒。よほどのものではない限り、放棄するのがベストだろう。


そして逃げ出したのは彼だけではない――積み荷もまた、山賊から逃れようと馬車から次々と降り、逃げ出す。




 検問所を避け、密かに運送されていたモノ――それは幼い少年たちだったのだ。



 先の魔族との大戦後に勃発した、亜人戦争。度重なる大戦と激化する戦場によって、多くの男性が没した。


 さらに追い打ちをかけるように、男性のみに感染するレパン出血熱が戦中から蔓延した。それによって男性の価値が跳ね上がり、とくに若く、幼い美形の少年は高級娼婦並の価格で売買されるほどに、取引価格が高騰したのだ。




 それは戦後現在、男性の出生・生存率が低い今も尚、変わることはない。




 誰が言ったか、『妖麗の美形少年は生きた美術品であり、宝石に勝る価値がある』。まさにその言葉を地でいく世界となったのだ。





 少年たちが女山賊たちによって、次々に捉えられていく。中には欲望に身を任せ、少年たちを襲っている者までいる始末だ。



 その蛮行を目にしていたハルト達。他人事ではない。彼らもまた、騒動の渦中にいる当事者だった。二人に気づいた山賊の一人が、馬に跨り、こちらに向かって来たのだ。




「まずい! 気付かれた!!」


「ここはママに任せて、早く逃げなさい! 街へ引き返すの!!」


「できるわけないだろ! 相手は騎兵隊なんだぞ!」





 襲われているキャラバンとの距離はある。しかし相手は馬に跨っているのだ。今から走り出したとしても、追いつかれるのは時間の問題だ。街まで到底持ちこたえられない。



 女性はハルトの顔を両手で優しく掴む。そして無理やり視線を合わせ、諭すようにこう告げた。



「良い子だから言うことを聞いて。あなたが逃げる時間は、ママがちゃんと稼いであげるから。あなたがココにいると――」 



 女性は近くの茂みになにかの気配を感じる。そして「危ない!」と叫ぶと、ハルトを押し倒した。



「――な?!」



 あまりにも咄嗟の出来事だった。ハルトは受け身すら取ることができず、勢いよく押し倒され、衝撃で意識が飛びそうになる。



「うぐぅ、イテテ……。」



 女性はぐったりとしていた。いったい何事かと、注意深く目を探らす。すると彼女の背中に、見慣れないものがあった。細長い、爪楊枝のようなものが数本刺さっていたのだ。


 ハルトは急いでそれを引き抜く。 



「これは……、まさか吹き矢?!」



 それに気づいたが、後の祭りだった。近くの茂みや樹の影から、吹き矢が次々と放たれる。その狙いは正確だった。ハルトの肌が露出している首や腕、手の甲に刺さる。そして彼の体内に毒素を送り込んでいく。



「――?! しまっ……た――」




 ハルトの意識が遠のいていく。地面に倒れる刹那、茂みの中から現れた斥候兵の姿を目撃する。



 金色の髪を靡かせ、長い耳を持つ少女。



 山賊と呼ぶには、あまりにも不釣り合いな美しさ。そして蛮族と呼ぶのを躊躇うほどの、弱々しく、怯えきった瞳。



――ハルトを仕留めたのは、ハイエルフの少女だった。




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