第9話『Delta AR Top Gun CZ52 RVcustom 』



 そしてスチームクロウは、ハルトにハンドガンを渡す。


 それは、先程のコルトガバメントのクローンモデルとは違う。まったく異なる形状のハンドガンだった。


 まさかここで新しいハンドガンを渡されると、ハルとは予想すらしていなかった。彼は驚き、手渡されたハンドガンに目を丸くする。


「――?! このハンドガンは?」



「君専用にチューンナップしたハンドガンだ」



「見たことない銃だ。クラッシックなデザインだけど……うん、すごくカッコイイ」



「そりゃ主人公が使うんだ。構えた時に、絵になるものを選んだよ」



「オリジナルデザイン?」



「いや、外観はDelta AR Top Gun CZ52 を踏襲しつつ、使用弾薬を.22TCMに変更した。どちらかと言うと中身、機構がオリジナルだ」



「.22TCM? 9mmでも.45ACP弾でもない。聞いたことない弾薬だ」



「小口径超高速弾に該当する.22TCM弾。初速が売りのカードリッジだ」



「初速が売りってことは……殺傷や貫通能力が高いってことだよね」



「本来は、な。だが、その弾倉に入っているのは君専用の弾薬、衝撃弾が装填されている。着弾時に衝撃を与え、対象を気絶――もしくは戦闘不能にする低致死性兵器レスリーサルだ」



低致死性兵器レスリーサル? よく耳にする非致死性兵器ノンリーサルとは違うの?」



「ノンリーサルよりも死亡するリスクが高い。当たりどころが悪ければ、相手は確実に死ぬだろう。鎧を纏っていない者の心臓付近や、目や額などに当たれば、間違いなく死ぬ。故に、低致死性兵器の名が与えられた。しかしこれで、撃ちやすくはなったろう」



「ありがたいけど、そこまで銃の腕はよくないから……撃つのはまだ怖い」



「君はFPSゲーム得意だろうに。公式戦ではないとはいえ、確か、Eスポーツで上位のランキングに入るほどだ。つまり、センスそのものは良い。あれけ上手い立ち回りができるんだ。あとはそれらを、実戦に反映させるだけだ」



「米軍の調べじゃ、FPSゲーマーに軍事訓練を受けさせて試験したが、実戦でじゃ良い成績は残せなかった。つまりFPSゲームの成績が良くても実際の戦場ではなにも――ちょっと待って。なんで俺が、Eスポーツで上位の成績を収めていたことを知ってるんだ?」



「ククク……、不思議だろう? 謎だろう? これでまた、スチームクロウのミステリアスさがアップしたな。実に喜ばしいことだ」



 問い詰めてもはぐらかされるだけだ。ハルトはそう思い、ハンドガンに視線を戻した。ハンドガンから弾倉を引き抜き、薬室を空にしてからフレームのガタツキをチェックしていた際、あることに気付く。



「木製のグリップ? なんで最新の樹脂素材じゃないんだ」


「使ってみれば、木製の良さが分かる。これは個人的な見解だが、なんでもかんでも最新素材を使用するのはどうかと。温故知新。少しはクラッシックを味わうのも、乙というものだ」


「古きを知り、新しきを知る――か」


「その通り。過去を知れば、新たな未来が見えてくるものだ。よく歴史は繰り返すというが、歴史とは過去の繰り返しではなく螺旋状に連なっている。繰り返しではない。そのハンドガン、DART-Gも同じだ。過去の蓄積された情報や技術を再解釈・再結集させたものだ。人に歴史あり。銃にもまた、歴史あり」



「DART……G?」



「Delta AR Top Gunのことだ。個人的に、この略称がお気に入りでね。嫌いかい?」



「いやまさか?! すごく良いネーミングセンスだと思う」



「それはよかった。気に入ってもらえて。本当は故障した際を考慮して、部品の種類が多いコルトガバメントやM9にしようとも思ったんだ。 しかしながら生憎あいにく、ここは銃器とは無縁のファンタジーの世界だ。ハンドガンのアフターマーケットはないし、あるとしても、マスケット銃のパーツだ。まぁそもそも、君にそういった配慮は必要ないだろ?」



「だからこのDART-Gが選ばれた。にしても……カッコイイな」



「ガンスミス冥利に尽きる言葉だ。気に入ってもらえて本当によかった。こちらとしても、調達した甲斐があったというものだ。さてさて。渡すもの渡したし、そろそろお暇させてもらいましょうかね」



「待って! 一つ質問がある!」



「おっと言い忘れてたよ! 一つ訂正がある。DART-Gのトリガーガードのデザインを、個人的な趣味で変更していた。他意はない。参考にしたのは主に、Jericho 941だ。どことなく似ているだろ?」



「いや、そうじゃなくて! 彼女だ。彼女のこと、なにか……知っているんじゃないか? 知っていたら教えてくれ。血の繋がらない俺のことを、まるで本当の息子のように溺愛し、桁外れのバケモノ染みたインファイト能力を持つ、あの女性のことを――」




 そう尋ねられたスチームクロウは、ゆっくりとハルトに向かって歩きながら、その問いかけに答える。




「ハルト。仮に知っていても、私の口からは言えない。それはこれからの旅の中で見つけるべきだ」


「なぜ?」



 スチームクロウはハルトとすれ違い様、諭すように告げた。




「謎を解明するために旅をする。旅とは、そういった目的や目標という確かな羅針盤――いや、地図があったほうが、道に迷わずに済む。そう思わんかね?」



「じゃあ、その羅針盤が狂っていたら? 地図が間違っていたら? 予期せぬ方向、危険な方角へ道を指し示していたら? それでも、『信じろ』――と?」



「ハルト。ずいぶんと痛いところを突くじゃないか」



「すみません。こういう生活をしていると、どうしても――」



「それはとても良いことだよ。安易に信じ、騙されたというチープな結末は見るに堪えない。実に醜悪なものだ。しかし君は自ら道を選び、あえて疑問を投げかけた。素晴らしい進歩じゃないか!」



「そこまでべた褒めされると……なんか申し訳ない気持ちでいっぱいです」



「そういう謙虚さを忘れない姿勢も、実に良い。敬う心。人を大切に想う気持ち。こんな世界でも、それを失わなかった君になら救えるはずだ。彼女のことを――」



 そしてスチームクロウはマントをバサリと翻す。そして、どこぞの悪役か怪盗が、主人公の前から姿を消すかのようなセリフを叫んだ。高らかな笑い声と共に。



「常に紳士たれ。それではまた逢おう! 勇者ハルト君!! ママに『よろしく』と伝えてくれたまえ!! ハハハハハッ!! ハーハハハハハッ!!!」



 人並み外れた跳躍で飛び退くと、そのまま樹の上を伝って森の奥へと消えていった。



 木霊す怪人の声を聞きながら、ハルトはスチームクロウに問いかけた。もちろんその言葉は届くことはない。ある種の自問自答だ。『自分はこの世界で、何を演じるのだろうか』――と。



「ドクター。あなたもまた、スチームクロウという役柄を演じているのか? まるでこの世界を舞台に見立て、演じているかのように………」





 黄昏れていたハルトだが、彼は「しまった!」と自分の失態を嘆くことになる。まんまとしてやられたのだ。





「――って! 肝心なこと言わないで去りやがった! せめて彼女の名前くらい教えろよ!!」






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