「次はいつだろう」


彼は頻繁に来るお客様ではなかった。


あくまでも彼女がいるみたいなので

息抜き程度に来るくらい。

当時は、一ヶ月に一回くらいの頻度だった。



いつものようにお客様を待っているとき

ママがご来店の準備をしだした。


「誰が来られるんですか?」


「うん!この前来てくれたアヤトくん。覚えてる?」


ああ、あの優しい人か。


そのときは、「ママのお客さん」のひとりとして見ていたので

別に来ようがこまいがなんとも思わなかった。

ただのお客さん。それだけだった。

まず、そんな大したこと話してもなかったから。


20分くらい経ったあと

店のドアがゆっくりと開いた。

そこにいたのは、ウィンドブレーカー姿の彼だった。


こういった店にウィンドブレーカーで来るお客様なんて

ほとんどといっていい程見ない。

彼が席に着くや否や「めっちゃラフな格好してるやん」と

先輩お姉様が話しかけていた。


「ずっと走ってた」


曇った表情で口を開く彼。


「運動?ストイック~」


お姉さまがいつも通り会話をしながら

お酒を作っていた。

まあね。と笑い返事をした彼の手に

何気なく目線を落としてみると


薬指に指輪がなかった。


「アヤトくん、指輪…」


まさかとは思ったけれど

直感は当たっていて


「今日彼女から連絡が来て、別れてくれって言われた」


前から、彼女のことは大事にしてるなと

話を聞きながら思ってはいたけど

前にはっきりと彼女がいるとは言わなかったこと

言えなかったこと。


先輩と私はええええと、叫んでしまい、すんごく驚いてしまった。


彼女とは一年半付き合っていて、結婚の話も出ていたそう。

なのに別れを告げられて、優しい彼はショックを隠しきれなかったみたいだ。


とにかく励ましたかった。

彼とはまだそんなに話したことなかったけれど

傷ついている彼を、何故だか放ってはおけなかった。


「そんな暗くなるな!女なんて星の数ほどいるよ!」


そういってママが飲もう飲もう!と

笑ってそういっていた。


私たちもなるべく笑顔で、話していた。

お客様というよりも友達みたいな感覚で…


「リサちゃん!なんか歌って!」


ママからリクエスト。

突然過ぎて戸惑ったけれど

ママからの命令だから歌わなきゃいけない

でも選曲がとても難しかった。

いつもみたいに飲み屋定番のカラオケって雰囲気でもない。

だから、励ます意味も込めて

さよならしたって、またいい出会いがある

でもふたり出会えてよかったよね

そんな気持ちを込めて、とある歌を

初めて彼のために歌った。


「ほんまにありがとう。なんかもう吹っ切れそうやわ」


彼もそんなに元気ではないだろうし

つらいはずなのに

思いっきり笑って楽しんでいた。


ただのお客様なはずなのに

友達みたいな感覚が嬉しくて

その日に、いつの間にか不自然と話していた言葉も

タメ口になっていて

名前も呼び捨てで呼ぶようになっていた。


「もう自由になったから、これからは暇さえあればここにくる」


そう言ってその日彼は帰っていった。


とても話しやすいお客さん。

そう思っていた。

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