奇貨居くべし

 フェニレクの社員は定期的に健康診断が行われる。かつて法律があった頃は義務とされていた社内の健康診断が国家という存在が解体されてからも風習のように企業に残っているのは皮肉な話ではあるが、何も昔からやっていたから今も継続しているというわけではない。

 今の地球はどこへ行っても放射能が溢れかえっている。地表はもちろん、海中、地中、宇宙どこにもそれはついて回る。

 コロニー内やLDを着込めば放射能からは守られる環境になるだろうが、それでも完全に無害でいられるはずもない。

 この荒廃世界の住人は、誰一人、クリーンな肉体を維持できている者はいない。誰もが多かれ少なかれ、被ばくしているのだ。

 そのため、人類の平均寿命はかつてよりも極端に落ちている。五十まで生きる事ができればそれはもう特殊な例で、大抵は四十代で死去する者が多い。そのため、定期的な健康診断は、自分の体内のRAD値を確認し、残りの寿命を把握するための大事な検診となっている。


「オッサン、どうだった? もうそろそろ引退じゃねえの?」

 レツの生意気な声がカガミを捕まえた。

 カガミはそんなレツの心無い言葉にも、特に動じず、自分の診断結果をそのまま素直に伝えた。


「後十五年だとさ。割りともつな」

「へえ。引退の予定は?」

「引退なんぞするか。寿命で死ぬより、現場で殺される方がいい」

 かつてはその寿命を八十とか九十まで伸ばしていた時代もあったようだが、そんなに延命をして何ができるのだろうかと、この時代の人間は過去の人々を嘲っていた。

 人間、三十を過ぎれば肉体が劣化しはじめるし、まともに世に貢献できる能力もなくなるだろう。過去の人間の寿命が八十であったとして、健康体で社会貢献できたのはどの程度だったのか分かりもしないが、ただ生きているばかりで、何も生み出せない年寄りが増えるばかりでは、負担にしかならないではないかというのがこの時代の考えだ。

 世の中は若者が動かし作るものであり、年を取るよりその若さの中で燃え尽きる事ができたほうが誉れとされる。長生きとは、限りある資源を食いつぶすだけであり、殺人以下の罪つくりと嗤われるのが現実だ。


「ガロッシュもあと十五年だって言ってたぜ。それであいつ、張り切ってさ、死ぬまでにユグドラシルを生存させるための手がかりを見付けたいってさ」

「ゴールが見えると全力疾走するタイプか。ペース配分は下手糞そうだから、あいつ」

「まぁ、寿命なんて当てにならねえよ。ミナミだって、残り寿命はまだ先だって言ってたのに、殺されたらそれでオシマイだしな」

 レツは割とあっけらかんとした態度でそう言った。ミナミというのは、カガミが来る前にミツバチ隊に居た少女だったはずだ。レツはその少女と仲が良かったと聞いていたし、出会った日は事実、彼女の事を引きずっていたような印象だった。

 それなりに彼の中で、糧にして割り切ったのだろう。死が隣り合わせの世界に置いては友人や同僚の死は慣れてしまう。死は三日で糧となるというのが、この世界のことわざにもあるほどだ。


「……お前は検診どうだったんよ」

「オレは受けてねーよ。オレはそもそも二日に一度、検診を受けてるしな」

「そうなのか?」

「ミナミもそうだったが、大体オレくらいの若い世代はよくバイオテックに呼ばれて検査だぜ。プラスミド適正が年々上がってるんだと」

 確かに、レツのプラスミド反応は非常に過敏で適応力が高い。若さが生み出すエネルギーかと思ったが、それだけではないかもしれない。

 それをカガミは、以前目の当たりにした『新人類計画』から連想した。ヴァコ・ダナが必死に新人類を生み出そうとしているらしいが、人工的に弄り進化を促さずとも、若い世代は過酷な世界に適応するために自ら学習し、たくましく成長をしていく。

 おそらくレツはまさに、そういう進化に足を踏み出している世代なのではないかと思えたのだ。


「人間ってのは……本当に不気味なほどに適応するな」

「ひがむなよ、ミュータントだって適応した結果だぜ。動物にできることなら、ヒトにもできるさ」

「……ミュータントか……。あの十三号はどうなったんだろうな」


 カガミはふと、海底で遭遇したイカのミュータントを思い出し、回収した触手から何かしらのヒントをそろそろ確認できたのではないかと進捗情報が気になっていた。

 ――と、まさにグッドタイミングという具合に、タバサからコミュニティ端末に連絡が入った。

 内容はシンプルで、ミツバチ隊は全員集合とあり、場所と時刻が記載されていた。

 カガミはレツと目配せして、『影が差す』という言葉を実感していた。


 一同は地下の区画、シークレットスペースに呼び出されていた。ミツバチ隊の専属整備員リリナも、そこにやってきていた。

 タバサが全員揃った事を確認し、腕の端末に連絡を入れると、しばらくしてからチェルがやってきた。


「みんな、ご苦労。集まってもらったのは、他でもなくユグドラシルに関してだ」

「例の持ち帰ったゲソで、何かつかめたんですか」

 カガミののっそりした声で発せられた質問に、チェルは眼鏡をくい、と持ち上げてから、細い顎を引いた。


「そうだ。――イカのミュータント、M13の触手を分析したところ、ヤツが何を食べて大きくなったのかが分かった」

 チェルが一同に書類を手渡すと、そのまま資料を確認させる。非常にシンプルな内容の資料だった。


「――あのコンテナの中身を喰っていたのか」

 資料には、ヴァコ・ダナが投棄していたコンテナ内部にしまわれていた産業廃棄物を喰い、育っていたらしいと推論が記載されている。

 そのまま視線を滑らせて資料を確認した一同は、その『産業廃棄物』の正体に、みな表情を固まらせた。


「ヴァコ・ダナの産業廃棄物は、先の任務で入手した情報から判断しても、ユリカゴ実験で生まれた――赤子だ」

「な……」

 言葉が満足に出せなかったタバサは、資料から目を離して、チェルにぽかんと口を開けた表情を晒してしまうほどだった。


「ドナー・ベビーで実験を行い、おそらく死亡させてしまったものだろう。それらをああして海に捨てていたんだ。中身は海のミュータント達がエサにしたんだろう。その代表があのM13だった」

 回収した触手から、赤子を食らったという証拠が確認できたというのだ。

 ヴァコ・ダナの研究しているものから、産業廃棄物の正体を、薄々感づいていたカガミだったが、こうしてきちんと証拠として提出されて初めて、ヴァコ・ダナの闇の深さを目の当たりにしたようだった。

 若さは宝だ。子供は世代をつなぐ代表者だ。それを実験で弄び殺した上、海に捨てるというのは、度し難いものだ。


「……すまんが」

 と、低い声で手をあげたのはガロッシュだった。

 チェルがガロッシュに視線を向けると、ガロッシュがそのまま低い声でつづける。


「これとユグドラシルと、どういう関連がある? イカがヒトを喰っていたからなんだというんだ」

「喰っていたのはただのヒトではなく、ヴァコ・ダナの『エヴォリューション・プロジェクト』のドナーであるという点で見てほしい」

 その言葉でレツは瞬時に察した。

「……サンクチュアリに堕ちたユリカゴ……まさか……ドナー・ベビーの保管コロニーだった?」

 チェルは頷いた。


「M13の触手から、ユグドラシルに似た栄養素が確認を取れている。プラスミドがぼやけていたのは、どうもあのM13は別の何かに生かされていたのではないかとも推測できる」

「生かされていた?」

「あのM13は、すでに死んでいるか、もしくは弱り切っていた可能性が高かった。だがそれでも動き、襲い掛かってきていた事実から、M13は別の生物に乗っ取られていた可能性がある」


 まるでゾンビのように、M13は半分死んでいて、半分生きていた。そして、何かの細菌に躯を利用されていたと考えられる。寄生虫のような存在によるものかもしれない。


「ユグドラシルは、パラサイトするって事ですかね?」

「冬虫夏草、というものがあったそうだ。生き物に寄生し、育つキノコだと文献に残っていた」

「すまん、まだ話がつかめない……」

「つまり……」

 チェルがまとめるように、一度区切り、場を鎮めさせてから、改めるように言った。


「ドナー・ベビーの死骸が、ユグドラシルの種だと、仮説を立てている」

「そ、そんな……。人の、赤子の死体を肥料に育ったというのですか」

 タバサがあの可憐な花一輪が、まさに人の命から生まれていたという事実そのものに、悲痛な声を上げた。


「そうだ。冬虫夏草の他にも、有機物から栄養を吸収し育つギンリョウソウと呼ばれる植物もあったそうだ。冬虫夏草よりは、こちらのほうがユグドラシルに近しいとバイオテックは言っている」

「しかし、サンクチュアリの残骸は、すべて回収されたし、死体なんて残っていなかったんじゃ?」

「死体が飛び散り、燃えて、溶けていたらどうだ。灰や液肥としてサンクチュアリの地に遺った可能性はある。それがギンリョウソウのミュータントのエサになったとしたら?」


 草花のミュータント――。

 なるほど、その発想はまるでなかった。てっきりミュータントは動物ばかりしかないと思い込んでいた。実際、この世界には植物がそもそもないため、発想に湧いてくるという事がまずなかった。

 確かに、この濁り切った世界で、光合成はできない。植物が存在するなど考えにくかったが、有機体を養分にして成長する遺伝子変異の菌類がいたとしたら、それはあり得るかもしれない。すっかりとユグドラシルの見た目に惑わされたが、あれは正確には花ではなく、茸である可能性もある、ということだ。


「実験の産物――『新人類』の躯から菌が出てきたマジックは?」

「ヴァコ・ダナが実験に使用している薬物がそのヒントだろうが、現在はそれ以上の情報はない」

「しかし、キノコというのは胞子で受精するんだろう。ユグドラシルは花粉だと聞いたぞ」

 ガロッシュはあくまでユグドラシルの事ばかりが頭にあり、新人類計画の正体などは興味がないようすだった。彼は単純にどうしたら、ユグドラシルを守れるのかを考えているのだろう。


「あくまで過去、キノコにそう言った種類のものがあったと告げただけだ。ギンリョウソウの変異種が胞子から花粉に変異した可能性もある。エヴォルブとはそういうものだ」

 進化(エヴォルブ)。植物がこの世界で生存するために獲得した変異が、ユグドラシルなのだとしたら、それはいったい何の意思が働いてのものなのだろうか。

 動物、ヒト、植物と変異して進化する。

 それは単なる奇跡ではないとカガミは信じていた。そこにはある一つの意思があるはずなのだ。そうでなければ奇蹟を奇蹟だと信じることが出来ない。


「お前たちが前回持ち帰った触手は一部切断し、肥料にした。これからユグドラシルの二輪目が生まれてくれば仮説は成り立つ可能性がある」

「……イカに喰われても発芽したっていうんなら、大した生命力だ。ユグドラシルは過保護にせずともいいんじゃないのか?」

「何をいう。一輪目のユグドラシルが花であったのに対して、二輪目の可能性があったものは茸だったんだぞ! 進化の迷子になってしまう前に、ユグドラシルをしっかりと愛でてやらんでどうするんだ!」

 ガロッシュが熱くなってカガミに食って掛かる。先ほどレツが言ったように、ガロッシュはかなり張りきっているようだった。

 だが、彼の言葉にカガミはなるほど、とも思う部分があった。


「進化の迷子、か。確かに――。ヴァコ・ダナの研究薬品がどういうものなのかを探らんと、ユグドラシルは奇形児になってしまう。そういう意味では、早急に手を打った方がいいな」

「同じ考えにたどり着いてもらって嬉しいよ。我々ユグドラシルプランの考えも、同様だ。ヴァコ・ダナの使用する『新人類計画』のドナーベビーを接収することが必要だと結論が出た」

「ヴァコ・ダナのドナーをどうやって奪うんだよ。やつら、流石に大企業すぎて、オレ達だけで喧嘩を売れる相手じゃないぜ」

 レツの意見はもっともだ。真っ向からヴァコ・ダナとやりあって勝てるフェニレクではない。

「いや……やりましょう」

 ドナーベビー奪還任務に肯定したのは隊長であるタバサだった。

「これ以上、ヴァコ・ダナの悪事を許しておけません。ミツバチ隊でドナー・コロニーの被験者たちを救います」

 怒りの滲んだタバサの言葉に、カガミも続いて賛成の声を上げる。

「同意します。ヴァコ・ダナのドナー・ベビー奪還作戦を提案したい」

「カガミ……」

 カガミの後押しに、タバサは同意を得られたことを喜び、張り付けていた表情を少しだけほころばせた。

 ガロッシュも続いて、「やりがいはある。ユグドラシルのためにも」と、賛成の挙手をした。

 レツが「マジかよォ」と愚痴をこぼすが、完全に否定的な態度はとらず、めんどくさそうだけど、やるならやるよと、あきらめ気味に言う。

 そして、整備員のリリナも、整備員も一蓮托生であると言わんばかりに、「どんな任務でもこなせるアセンブルを組みます」と笑顔で言ってくれた。


「よし、ではミツバチ隊はヴァコ・ダナのドナー・コロニーと思しきコロニーへ、『派遣』を命じる!」

 チェルの命令に、ミツバチ隊一同は痛快に受諾するのだった――。

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