いちゃりばちょーでー-4

「ちゅーや(今日はもう)夕方になるし、うちに泊まっていきなさいー」

「あ、いや、旅館に荷物置いてきてるんで……」

 俺がそう言ったら、じゃあ車を出すから荷物をいったん取ってからうちにおいでと言ってくれた。俺は一瞬迷ったが、せっかくの霧島となじみのある人間の厚意なのだからと、言うとおりにした。

 店主は徒歩で先に帰り、俺と霧島は若店主の車で旅館まで行って、荷物を引き取るのと同時に今後の宿泊を無理言ってキャンセルし、再び車に乗り込む。


「俺はもともと沖縄の生まれで本来こんな喋り方じゃないんスけど、二年前からついこないだまで青森にいたんスよ。で、向こうの言葉とここの言葉、ついでに標準語もごっちゃになって、わけわかんない感じになってるんス」

 来た道を戻りながら、若店主はハンドルを握りながら言う。

「なんでまた……」

「勉強のためっスね。青森の津軽三味線を勉強して、沖縄の三線を外から見るのと同時に、三線に活かせるものがないか探してたんス」

「おお……」

「親父は『まだ基礎もできてないのにそんな背伸びすんな』とか言って反対してたんスけど、半ば無理やり出て行っちゃいましてね」

「で、なにか活かせた?」

「……いやー、東北の女の子って可愛くってですね……はは……」

 喋っているのは霧島と若店主がほとんどだった。




 津嘉山三味線店のすぐ近くにある民家の前で、先ほどの老人が立っていた。

「ここがうちっス。俺は車を止めてきますから、毛利くんと瑠那ちゃんは先に上がっててください」

「あ、どうもありがとうございます」

「ありがとう……」

 俺たちは荷物を持って車から降り、車はどこかへ去っていく。

 老人はガラガラと引き戸を開けて、俺たちに中に上がるよう促した。すると奥のほうから、「けーたんなー」という老婆の声が返ってきた。

 少ししてからその声の主がのそりと現れる。予想通り、老婆だった。


「あい! わらびー連れてきたさー」

「霧島のいなぐんぐゎさ。見おぼえあるでしょ」

 店主と老婆が会話する一方、霧島は不思議そうな顔になる。

「このお婆さんにも、会った覚えがあるのかな」

 老婆はそんな彼女をじっと見つめて。

「霧島……うんじゅーや、三線弾いてた霧島さんのいなぐんぐゎやいびーみ?」

「……うー、わんねー、霧島瑠那やいびーん……」


 頭を掻きながら自信なさそうに声を落として答えるのは、自分の沖縄語が曖昧だからだろうか。

 俺からしたらこの二人の会話は全く異国の物に思えて仕方がない。

 そう思っていたら、老婆はにっこりと笑って、おじいから聞いてるよ、島ことばが難しいならないちゃーの言葉でいいよ、というようなことを言った。

「ありがとう……あっ、にふぇーでーびる!」

 霧島はまず標準語で礼を言い、そのあと思いついたようにポンと手を打って言い直していた。

 老婆は目を細めて言う。


「泊まっていくんさね。瑠那ちゃんも、そっちのにーにーも」

 にーにーとは俺のことか。

 老婆の言葉に、俺は靴を脱ぎながらもつい「いいんですか?」と聞いていた。

「かまわんさー。いちゃりばちょーでー」

(いちゃり……?)

 またわけのわからない単語が出てきた。今度は状況から考えても、なにを言っているのか分からない。

(おい霧島、なんだよ今の言葉)

(……わからない……)

 俺は霧島に囁いてみるが、彼女も思い出せないのか首を傾げて囁き返した。

 そうこうしている間に老夫婦はどんどん先に進んでしまい、俺と霧島も後からついて行った。




 その日の夕食は見たこともない料理が食卓に所狭しと並べられて、一見して非常に豪華な印象を受けた。

「ずっと内地にいたんなら、まずはうちなーの料理をじっくり味わってー」

「わああ……沖縄料理だらけ……今まで全然食べれなかったから、すごく嬉しい……え、もう食べていいの?」

「いー、食べて食べて、だあ、にーにーも」

 俺の左隣で目をきらきらさせて問う霧島に、老婆は心底嬉しそうに笑った。

 それを聞いて霧島はすぐさま両手を合わせ、「くわっちー、さびら」と言って箸を取る。

「それ、『いただきます』ってことか?」

「いただきますは『くわっちーさびら』、ごちそうさまは『くわっちーさびたん』。だあ、にーにーも食べて」


 俺の向かいにいる老店主がそう言って勧めた。俺も真似をして「くわっちーさびら」と言い、とりあえず手近な肉に箸をつけ口に運んだ。柔らかくて美味い。

 そうしたら、ふと老婆が俺の向かいから「まーさんかい?」と聞いてきた。

「は? ばーさん?」

「ばーさん、あいびらん(婆さんじゃないよ)!」

「いてえ!」

 そしてなぜか甲高い声とともにチョップを喰らってしまう。こんなこと、前にもあった気がするのだが。


「……多分、『美味しいかい?』って聞いてる……」

 頭を押さえて悶絶する俺に、霧島がそっと囁いた。

「あ、ああ、美味いぞ。まーさんな」

「そう。うり(これ)はラフテーって言って、豚肉を泡盛と醤油でじっくり煮込んだ沖縄の肉料理よ」

 今度はうって変わってニコニコして説明する老婆に、霧島は小さく咳払いして言った。


「おばあ、毛利くんは沖縄語が私以上に分からない困った人だから、いきなり沖縄語で問いかけられると今みたいに見当違いなことを言っちゃう、しょうもない人なのです……」

「なにげに失礼な物言いに思えるのは俺の気のせいか?」

「気のせい」

 きりっとした表情で言い切る霧島。絶対に気のせいではなくわざとだと思うが、沖縄語が分からないのはその通りなので言い返せない。

(ああ、店主と息子さんが笑ってるよ……きついなあ……)


 霧島はなんだかんだでこの島の生まれだし、ないちゃーと言っていたか、ともかく内地から来た人間として俺一人が置いていかれている気分だ。

「お前がいないと俺は異国の地に一人で放り込まれた気分だよ。通訳、しっかり頼むからな」

「……できるだけ頑張る……」

 ひょいぱく、と白身の魚(マース煮、というらしい)をついばんで口に運び、もぐもぐと噛みながら霧島は答えた。

 ほどなくして全員が卓につき、徐々に空気が盛り上がってきたところで若店主が、


「そういえば、お互いまだまともに自己紹介もしてないっスね」

 と言ったのがきっかけで、順番に自己紹介していくことに相成った。

 言いだしっぺの若店主が、津嘉山晟二つかやませいじという名前のこと、幼いころから父に従事して三線職人として腕を磨いてきたけどまだまだだと謙遜するさま、別にどうでもいいのに好きな女の子のタイプなんかを語ってダダ滑りした感じで自己紹介を終える。


 次に老店主がどっこいしょと言いながら立ち上がり、津嘉山盛永つかやませいえいという名前のこと、三線職人歴五十年を超す三線一筋の人間であること、自分の三線のこだわりなんかを力強く語って周囲から拍手を浴びた。


 老婆は座ったままで自己紹介を始めた。実は琉球舞踊を少しだけやっていたこと、でも今は腰を痛めてあまり動けないが、カチャーシーの時だけは踊れると言いきったことなど、他にもいろいろ話した。この老婆の自己紹介は延々十分以上続いたが、最後まで名前を言わなかったのは秘密にしたいのかそれとも肝心なところに限って忘れていたからなのか。


 そんなこんなで残りは俺と霧島のふたり。

(参ったな……俺、自慢できることも人並み外れたところもないから自己紹介って苦手なんだ……)

 俺がそう思って無意識に頭を掻いていると、霧島はすっと立ち上がって。

「というわけで、私はご存じ霧島瑠那。ずっと内地に住んでたけど、三線を直しにここまでやってきました。せっかく生まれ故郷に帰ってきたからには、それだけじゃなくていろんなところに行ってうちなーの空気を味わいたいなと思いましたとさ」


 すごく上手にまとめやがって、周囲(三人だが)から拍手の嵐じゃないか。なんだよもう、俺に無駄に期待がかかっちまうじゃないか。

「じゃ、大トリは毛利くんどうぞ」

 どうぞ、じゃねえよ。まだ何一つ準備できてないぞ。しかも大トリってなんだ大トリって。

 座る霧島の代わりに仕方なく立ち上がるも、なんて言えばいいのやら。


「あー、えっと俺は毛利優佑って言って、この霧島の……」

「そう言えば毛利くん、私の何かな」

「そこをお前が言うんじゃない!」

 首をかしげる霧島に鋭く突っ込んだ。

 そこを突かれると俺は何と答えたらいいのかいまだにハッキリしていないのだから。

「い、一応付添人ってことで……」

 なんなんだこの俺の自己紹介は。




 風呂から上がって歯を磨いて、おばあに促されるまま床の間に入ると、中で布団が二つ敷かれており、片方に霧島がちょこんと鎮座していた。

「毛利くん、お風呂出た?」

「ああ」

 問いかけに短く答えながら部屋を見回す。ここで寝ろ、ということか。

 なんでも俺が風呂につかっている間、晟二さんが部屋を片付けてくれたらしい。

 ちなみに霧島は俺の前に風呂に入っている。今日のところはこれで就寝、というわけだ。


「今日は、いろいろあったね」

「ん? ああ、そうだな」

 俺も霧島と同じように、布団の上で胡坐をかいて、霧島を見ながら答える。

 そうしたら、霧島の背後に三線が飾ってあるのに気がついた。

「その三線……」

「これ?」

 霧島は振り向いて、その三線を見てからまた俺のほうに視線を戻す。


「にーにーに聞いたら、その三線は飾り物なんだって。一応弾けるらしいけど、もう夜も遅いし弾いちゃダメだと思う」

「ふうん……」

 床の間にも三線を飾るのは、この家が三線職人の家だからなのか。

「でも、床の間に飾るってことはやっぱり思い出深い物なんだろうな」

「うん、私もそう思う。内地の人が床の間に日本刀を飾っているのと、似たようなものかも知れない」

 俺の知っている限りでは、そんな家を見たことはないが。


「それにしても、本当に今日はいろいろあった……」

 ふう、とため息をつく霧島。一日の緊張が解けて、リラックスした少女の姿がそこにあった。女の子が男の前でそんな風に力を抜くというのは、なかなか目にかかれないのではないか。しかも、霧島は寝間着姿で。

「披露宴、明後日だってね」

「ああ、今日はもう終わりだから、実質あと一日か……」

 翌々日に行われる披露宴で三線を弾けば、店主が彼女の三線を無償で直してくれるのだと言う。

 しかも、最高級の材質を使って。


 が、それだけのことで本当にいいのかと思う。八十万円もする棹を無償で譲り渡すことの代償が、披露宴一回では釣り合いが取れないにもほどがある。

「だよね。だからきっと、ただの披露宴じゃなくて、何かがあると思う」

 霧島はいつの間にか、飾ってあった三線を抱いて話していた。話しながら、たまにチルをびんびんと弾いている。ウマを立てていないから、音は鳴らないけれど。

 そうすることで、気持ちを落ちつかせているのかもしれない。


「俺、結婚式なんて行ったことは二回くらいしかないけど、人いっぱい来ると思うぞ。お前がこれまで駅前とかでやってたのとは全然違う」

「だよね……」

 霧島は三線を元の位置に戻した。

「今ここで考えてもしょうがないし、今日はもう寝る。おやすみ」

 そして、バタンと倒れて布団をかぶり、二秒で寝る体勢に移行してしまった。

 布団の中の霧島を見ながら、俺は呟く。


「心配だな……」

「毛利くんが弾くわけでもないし、そんなに心配しなくていい……」

「俺が心配してるのは、お前のことだよ」

「…………」

 霧島は布団の中で、もぞ、と動き、顔の上半分を出して言った。


「人のことを心配する人って、あんまりいないよね」

「そうか?」

「お母さんは心配してるのよー、先生は心配してるんだぞー、そう言う人に限って全然心配してない。そういう人が心配しているのは、自分の立場やお金のことばっかり」

「それを言ってやるなよ。大人ってのはそういうもんなんだよ。……多分な」

 霧島は黙った。

 開いた窓から、虫の声が聞こえる。


「じゃあ毛利くんは、私の何が心配……?」

 少ししてから、相変わらず顔の半分だけ出して問いかける霧島。

「そうだな……」

 俺は考えて。

「お前が二度と三線を弾けなくなってしまうことについて、かな。お前から三線を取ったら、本当になにも残りそうにないし」

「…………」

「それに、お前の三線が聴けなくなったら、それはすごく寂しいからな」

「そっか……」


 また布団の中で、霧島はもぞ、と蠢いた。

「……あんま気の利いたこと言えなくて悪いな」

「そんなことない。口先だけで心配してる人より、ずっとずっと嬉しいから」

「なら、いいんだけど」

「うん……私、披露宴がんばる。私のためにも、毛利くんのためにも」




 翌朝。

 朝食を頂いてから俺と霧島は家を後にし、昨日の津嘉山三味線店へと出向いた。

 結婚式、披露宴を翌日に控え、その時に霧島が演奏するための三線を借りるためである。

 俺たちが店についたとき、店主二人は既に作業をしていた。まだ店の開く時間ではないが、そのかなり前から店を開ける準備をしていたらしい。

(そう言えば、俺たちが朝起きた時点で二人ともいなかったからな……)

「あい! 二人とも来たね。瑠那ちゃん、好きな三線選んで弾いてみて。すぐ弾けるのは少ないけど、その分どれもいいものだから」

 老店主は言いながらショーケースの鍵を開け、中の三線を取り出せるようにした。


(商品を使うのか……考えてみればここにある弾ける三線は全て商品だから、当たり前と言えば当たり前だけど……)

「ふむふむ……」

 霧島は三線をとっかえひっかえしながら、音を鳴らして確かめている。正直、俺には音の違いがまるで分からない。

「うん、いい音。これがいい、これにする」

 そう霧島が決めたのは、地の赤褐色に黒い木目が美しい棹の三線。

 紫檀したんと呼ばれる、およそ黒檀に次ぐ優良材質らしい。その三線を手にして、霧島は手近な椅子に腰かけた。


「よし、練習しないと。どんな曲がいいかな……」

「そうだな、めでたい席なんだからいつもみたいなゆっくりした曲は合わないかもな」

「……私、カチャーシーの曲は苦手……」

 なんだカチャーシーって。カチューシャしか知らんぞ俺は。

「だいじょうぶ。工工四クンクンシーもあるよー」

 霧島の悩む様子を見ていた店主は、店にあった書籍の中から数冊を霧島に寄こした。読める工工四だとか、分かる工工四だとか、野村流工工四上巻だとか、どの本にも「工工四」と書いてある。


「うわっ……なんだこれ。全然わからん……」

 一番とっつきやすそうな書籍を興味本位で開いてみたのだが、そこにあったのは縦長のマス目にこれでもかというほどびっしり並べた漢字の羅列。ひらがなやカタカナなどない、百パーセント漢字の羅列だった。

 これが、三線の楽譜か。

(どう読むんだよこれ……学校でやった古文や漢文より数倍わけわからん……)

 俺は別な工工四を広げて眺めている霧島のほうに目をやった。


「霧島は読めるのか、これ?」

「読める」

 あっさり答えるなよ。読めない俺が異常みたいじゃないか。

「ちょっと頑張れば、毛利くんも読めるようになる。なぜなら毛利くんのクンは工工四のクン」

「それ、俺に対して共通してないからな」

 それだったら田中くんのクンも佐藤くんのクンも渡辺くんのクンも工工四のクンじゃねえか。それにしても演奏するのが俺じゃなくてよかったと心から安堵した。こんな物、読めないし読む気も起きない。


「工工四を読むのは意外と簡単。工工四が読めたら、毛利くんだって三線を弾けるようになる。嘘じゃない」

「……ホントか?」

「うちなんちゅ、嘘つかない」

 こくんと頷く霧島。そんな、インディアンみたいに言われてもな。

 しかもこいつは以前、三線のことをなにも知らない俺を騙してからかっていたからな。この女は普通に嘘つきだと俺は思う。

 そんな俺たちのやりとりを見ていた店主は、


「せっかくだから、にーにーも練習してみなさいー。これ、貸してあげるから」

 と言ってガラスケースからもう一つ三線を取り出し、俺に渡してくれた。

「……俺にもできるのか? 本当に?」

 俺は三線を両手で受け取りつつ、戸惑う。

「三線が好きなら鳴る。嫌いなら鳴らない。三線はそういう楽器。毛利くん、三線好きって言ってくれたから、できる」

 まさしくその言葉で俺は一度騙されたのだが、どうも今回は本当そうだった。

 俺が霧島の隣の椅子に座ると、彼女は自分が持っていた三線をそばに置いて、椅子ごと俺に身を寄せてくる。


「この曲、工工四を見ながら弾いてみよう。本調子だし、ゆっくりだし、きっとやりやすい」

 霧島が開いて見せたページには民謡のタイトルのもと、これまたびっしり漢字の羅列。

「たとえば歌持うたもち。あ、歌持っていうのは前奏のこと。合上中工って書いてあるでしょ? 工工四は漢字一つ一つが弦の抑え方と弾く弦を表すから、どの文字がどういう風に弦を押さえて弾けばいいか分かりさえすればそれで三線は弾ける」

「はあ……」

 さっぱりわけがわからない。

 霧島は先ほど置いた自分の三線をもう一度拾い上げて説明を続けた。


「『合』は右手だけでこの弦を弾く。『上』は、左手の人差し指でここを押さえながら弾く。『中』は、そのまま押さえる指だけをずらしてもう一度。『工』は、右手だけでこの弦を弾く。見てて」

 てんとんてんとん、といい音が四つ。

 霧島は簡単そうにやってのけるが、実際彼女の右手と左手を同時に見ているとどこをどうしたらいいのか分からない。

「……じゃ、次は毛利くんやってみよう」

「な、いきなりやれったって……」

 俺が反射的にそう返したら、霧島はふうとため息をついて。


「ダメな毛利くんはそう言うと思ってました。でも大丈夫。『左手』は私が押さえるから、毛利くんは『右手』だけ、弦の上、中、中、下、って順番で弾いてみて。それくらいならダメな毛利くんでもできる……」

「おい今『ダメな』って言ったろ、しかも二回も」

「じゃ、レッツゴー。はいや、はいや、はいやいーやさっさ」

 押し切られた。

 ともあれ、俺は言われるままに弦を上から順に弾いていく。

 その動きに合わせて霧島は弦を順々に抑えていくと、三線からは先ほど彼女が紡いだ音と同じ音が四つ奏でられた。

 霧島は俺のほうを見て、にっこり笑う。


「ほら、できた」

 それは三線を愛する者が、仲間を見つけた喜びのようだった。

「ね、簡単に弾けるでしょ」

「あ、ああ……」

(なんだろう……なんか、すごく嬉しい……なんてことないはずなのに……)

 何かを『できるようになった』ということが、久しいからだろうか。

 それとも三線の音を自分でも奏でられたことによって自分が三線と近くなれた気がするからだろうか。

 それとも、その両方だろうか――。


「なんだかそういう風に三線弾いてると、曲弾きみたいっスね」

「曲弾き?」

 晟二さんの声に我を取り戻して、俺は顔をあげた。

「曲弾きの曲は曲芸の曲っス。二人で一つの三線を弾くなんて、曲芸みたいじゃないですか」

「曲芸……」

 霧島はふと俺の三線から手を放し(俺は慌てて棹を握って落ちないようにした)、その手を顎に当てて考え込む。


「曲芸っぽく演奏したら、披露宴でも受けいいかも……」

「は?」

 何を言っているんだ、霧島。

「うん、そうしよう」

 霧島は勢いよく一人で頷くと、俺のほうを向いて目を輝かせた。

「披露宴、毛利くんと曲弾きする」

「は……」

 何を言っているのか考えようとして、すぐに答えが出た。


「え、ええええ!? 俺も!?」

「うん」

「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでもそれは無茶だろう、俺はお前と違ってズブの素人なんだぞ!」

「大丈夫、いま三線弾けた……」

「そりゃお前が半分やったからだろ!」

「今のと同じノリで披露宴もやる」

 霧島は平然と答える。


「俺は三線で弾くような沖縄の曲なんて一つも知らんぞ!」

「知らなくてもできる。毛利くんは三つの弦のどれかを弾くだけ……簡単過ぎてあくびが出る……」

「出ねえよ!」

 どんどんヒートアップしていく俺、ぜんぜんヒートアップしない霧島。

 俺はそんなのはごめんだ。今やっと三線を半分だけ弾けるようになったばかりだと言うのに、披露宴という大勢の人前にいきなり放り込まれたくない。演奏の巧い霧島が一人でやればいいじゃないか。


「今みたいな感じでやればオッケー。全然無理じゃない。ね、にーにー」

「そっスねー。俺は面白いと思いますよ?」

 味方を増やすな味方を。

 老店主のほうはずっと黙っているし、どうすればいいんだ。

 結局、俺がその後いくら叫んでも嘆いても異を唱えてもこの少女が相手では暖簾のれんに腕押し、ぬかに釘、豆腐にかすがい

 結局俺は一人で騒ぎ疲れて根負けしてしまい、めでたくなく披露宴に付き合わされることになってしまった。

(明日なんて来なきゃいいのに……)

 夜、津嘉山家に帰って飯を食って布団にもぐって、心からそう思った。

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