女神の闇は、愛でる価値があるだろうか

西原二玄

第1話 始まり

 漆黒の闇が包み込む夜の公園。


「がはっ・・・」


 彼は、口から大量の血を吐き出しながら、仰向けに倒れた。その顔には、驚愕の二文字。


「はぁ・・・はぁ・・・やった・・・やってやったわ・・・」


 彼を絶命させた私の手には、包丁。あとは、血、血液、赤、あか、アカ。

 初めて人を殺してしまったという罪悪感。

 復讐の相手に息の根を止めてやったという達成感。

 そして、自分が他人の命を奪ったという高揚感。

 人間よりも、一つ上の存在になったかような錯覚を覚えるほどの優越感。


「ふふっ・・・うふふふ・・・」


 自然と、自分でも気味の悪い笑いが漏れる。

 私は、その人智を超える感情を押し殺して、後ろを振り向く。

 一人の少女が倒れている。死んでいるわけではない。眠っているだけだ。

 私から、『愛しすぎた』彼を奪った、可愛くも憎たらしい少女。


「・・・身から出た錆だ。後悔することもなく、死んでいけ」


 私は、まるで自分の声ではない音を口から発していた。それから、ゴム手袋を外し、上下とも服を着替えた。そして、新しいゴム手袋をはめてから、カバンから薬瓶を取り出した。


青酸せいさんカリ』


 飲めば、数秒で命を落とす毒物だ。

 私は慎重に、少女の口を、のどの奥まで見える大きさまで開き、青酸カリを放り込み、水の入ったペットボトルを彼女の手に持たせ、零れないように気を付けながら、水を飲ませた。

 少しすると、彼女の身体が震え、そのまま動かなくなった。死んだ。


「んふふっ・・・」


 まずい、これでは、完全に、頭のおかしい快楽殺人鬼だ。

 私には、『復讐』という大義名分がある。そのことを頭に理解させ、深呼吸して、少女を持ち上げ、ベンチに座らせた。それから、『愛しすぎた』彼を殺した包丁を、少女の両手に固く握らせた後、ベンチの前に投げた。

 私は、少し離れた位置から、彼の刺殺体と、少女の遺体を眺めた。


「完璧・・・」


 これ以上にないくらいに、完璧に事が運んだ。血しぶきの具合などが心配だったが、見る限り、心配なさそうだ。それにしても・・・


「まるで映画のワンシーンみたい・・・」


 あまりの非現実さに、高揚感に、天を仰ぎたくなるような気持ちになる。しかし、いけないいけない。


「さようなら、たくみくん、星緒ほしおさん」


 物言わぬ屍と化した『元彼氏』と『同じ高校に通う後輩』に別れを告げ、その場を去る。

 そう、明日から私は、『A高校の生徒会長、A高校の女神、柳桜彩乃やなざくら あやの』に戻らなくてはならないのだから。

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女神の闇は、愛でる価値があるだろうか 西原二玄 @nigen

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