7 松籟

 松籟さんは先輩と同じ二十三歳で、実家は御霊社のある町のさつだが、京都の大学に通っていたため、そのときに訛りが移ったらしい。

 って、彼も先輩と同じエセってこと?

 いい年してイケメンなのに、彼女がいないくて多分童貞という共通点もあり、二人はすっかり意気投合――とはまったくならないようで、こうしてソファーに向かい合って座っていてもどこか空気がピリピリしている。


「ほな、六部のことからお話ししましょか」


 そして、松籟さんはゆっくりと語り出した。


「かの六部は、京の生まれで、母親の身分こそいやしいですが、ごときお方の十八番目のでして、そのため、無用な争いに巻き込まれへんようにと、幼くして寺へ入れられたんです。それで法名も、彼の十八君じゅうはちのきみという呼び名と、十八公じゅうはっこうの異名を持つ松をかけて、松籟となりました」

「えっ?」


 さっき先輩のいってた、「化けて出た六部」という言葉が頭をよぎる。


「私の法名は、六部から戴いたんですわ」


 なんだ、そういうことか。

 びっくりした。


「成長し托鉢に出た彼は、行き倒れの男から、偶然勾玉を託されました。それは疫病みの神のたまが変化した石で、ホンマ恐ろしいもんやから、けっして人目に触れへんとこへ封じてくれいわはって、男は亡くならはりました。そやから、男が何者かはわからしまへんのですが、せめて勾玉くらいは寺でねんごろに供養したろう思い持って帰りました。そやけど、数日後、寺の様子に変化が――」


 松籟さんの語りが、だんだん六部本人のものに思えてきた。


「なんや空気が悪うなって、小さながいさかいがあちこちで起こり、身体の弱いもんは寝たきりんなって、みるみる衰弱していかはった。もしや、これのではと、信頼おける人に勾玉を預けたら、寺はすっかり元通りに。やはり原因は勾玉やと思い、男のゆうた通り、人里離れた所に封じなあかんと旅に出ましたんや」


 僕も、あの先輩でさえも、黙って彼の話に聞き入っている。


「そのうち、勾玉の持つ特性のようなもんがわかってきましてん。一つ所に長居すると、周囲に何らかの悪影響を与えてしまういうこと。そして、所有者自身も少しずつむしばまれるいうこと。常に心身を健やかにしてへんと、勾玉の放つ邪気に負けてまう。あの男が亡くならはったのも、恐らくその所為やったんでしょう。そやけど、そないなもん、どこにやったらええか迷うてしもて、諸国を巡るうちに、ここへ辿たどり着きましたんや」


 松籟さんは、御霊社がある方を向き、目を細めた。


「人との関わりを避けるため、いつものように廃寺となった山寺に草庵を構え、近隣の村々を回って托鉢などしてたんですが、その最中、道に迷った六部は偶然彼女とうた。ひなにはまれな美しい娘で、ふたりは一瞬で恋に落ち、夜毎人目を忍んではおうを繰り返しました。そやけど、村にはもんとの恋愛を禁じるおきてがあり、してあの娘は村の男たちにとって、触れることも躊躇ためらわれる宝みたいな存在やった。そやから、あないな惨劇が起きた」


 惨劇というのは、先輩のいってた話だろう。

 六部を生きたまま焼き殺したっていう。


「本来は素朴で善良であろう村人を、あないな悪逆無道の行いに走らせたんは、勾玉の放つ邪気の所為やもしれまへん。我に返った彼らは怖なったんか、翌年、村に蔓延した熱病を六部の祟りや思て、高名な僧侶を招いて懇ろに供養し、彼が亡くなった山ん中に石宮建てて祀ったいうわけです」


 なるほど、それが六部の生涯というわけか。

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