6 火伏せの札

 山を下り、駐車場まで戻った僕たちは、男三人で軽自動車に乗り込み、助手席に座った松籟さんの案内で、うどん屋まで行った。


 古民家を移築し改装したその店は、へんな場所の割になかなかはんじょうしていて、僧形の松籟さんが入っていくと皆の注目が集まったが、奥の座敷へ通されてからも、主に女性客がチラチラと松籟さんのみならず先輩にまで視線を向けてくる。

 きっと、あのお坊さまステキ、あのスーツの人もカッコいいわ、で、あの地味なのはナニとか思われてるんだぜ、くそっ。


 誰に聞かれても当たり障りのない話をしながら、美味しい食事にしたつづみを打ち、再び車で向かった先は、古色蒼然としたお寺、ではなく、隣の市の駅チカにあるタワーマンションだった。

 さすがに最上階ではないけど、結構な高さで、部屋も広くてキレイだ。


「一人暮らしですか?」

「ええ」


 通されたリビングは、モデルハウスみたいに整い過ぎて生活感がまるでない。

 南を向いた大きな窓の向こうには、ついさっきまで、近隣の町明かりが地上の星みたいに美しく広がっていたが、電気の点いた今は、鏡のように室内の様子が映し出されている。


「お坊さんってもうかるんですね」


 無遠慮にそういったのは、先輩だ。

 先輩の家も、コジャレたマンションだけど、広さが全然違う。

 僕なんて、いうまでもない。


「いやぁ、田舎やし、そこまでたこうはないですが、これは父が隠居したあと住むために買うたんですわ。そやけど、まだまだ現役やし、遊ばせとくんももったいないゆうて私に。恥ずかしながら、この年になるまで浮いた話が一つもあらへんのを心配したようで、ここで少し羽目外して、彼女でも作れゆうのが本心かと」

「彼女いないんですか? やっぱりお坊さんだから?」


 これも先輩だ。

 ちなみに先輩も、彼女いない歴がもうすぐ10年になるらしい。


「別に、そないなワケでは……」


 曖昧に微笑む松籟さんに、先輩はさらにとんでもないことを聞く。


「男色ってことは――」

「ないです」


 これには何故か、標準語のイントネーションで即答された。

 そのうえ、僕たちに座るよう勧めると、とっとと部屋から出ていってしまう。

 怒らせちゃったかなぁ。

 一方、当の先輩は、平然とソファーにふんぞり返った。


「アイツ、化けて出た六部や思うたら、エエとこのボンボンやないか」

「そんなこと思ってたんですか?」

「そやかて、タイミング的にも色々出来杉くんやったし」

「それはそうですけど」


 僕も先輩の横に腰を下ろしたが、なんとなく落ち着かなくてそわそわしてると、私服に着替えた松籟さんが戻ってきた。

 黒いTシャツにグレーのスウェットパンツ。

 色目は僧衣と大差ないが、一気に普通の若者っぽくなる。


「お待たせしました。お茶と珈琲コーヒー、どっちがええですやろ?」

「珈琲」

「僕、手伝います」


 後を追ってキッチンへ行くと、コンロ脇の壁にお札が貼ってあるのに気付いた。

 あれは確か、せの札だ。

 最新のキッチン内で浮いているような、却ってお洒落なようなそのセンスは、お坊さんならではだろうか。


「……サン、田中サン」


 いきなり肩を掴まれ、呼ばれてたことにようやく気付く。

 まったく、先輩が偽名なんて使うから。


「すみません、なんかぼおっとしちゃって」

「いえ。何、飲まはります? なんやったら、お酒でも」

「僕、未成年ですし、お茶で。あ、でも、来月、二十歳になります」

「お若いですねぇ。ゆうても、そないに変わりまへんが」


 そういって、松籟さんは楽しげに笑った。

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