04話 宝探し。淑女は棺がお好き?

「幽霊? 馬鹿馬鹿しい」

昼下がり。ヴォータン傭兵事務所の台所。

大柄、黒髪ツンツン頭の男、ガムは切って捨てた。

「ほんとだって! 昨日見たのよ!」

黒髪ツインテールの少女、サキがつれない態度のガムに抗議する。その体は若干震えている。どうやらその幽霊とやらが怖かったらしい。昨日もサキが夜中トイレに行くために、ガムは起こされている。一人でトイレに行けないサキをガムは意外に思ったが、裏にはそういう事情があったようだ。

昨日の夕暮れ、サキはガムにおつかいを頼まれ、外出した。その帰りに町の東にある廃墟らしき屋敷の前にさしかかった。サキが気になって門から中を覗いてみると、真っ白な格好をした若い女性が玄関の前に立っているのを見た。

あれ? 住人がいる。ここ廃墟じゃないんだ、と思ってしばらく眺めていると、その女性がサキの方を向き、突然姿を消した。ぞっとしたサキは足早にその場を後にした。

「きっと屋敷に入ったんだろ」

「いいえ。玄関の扉が開いた様子はなかったわ」

「しかしお前さん、幽霊を信じてるのか?」

サキは現在でこそガムの元で傭兵業の助手をやっているが、前職は暗殺者だ。暗殺者は夜に活動するイメージが強い。サキに確認したところ、主な活動時間は夜だった。そして幽霊が出没すると言われるのも主に夜だ。

幽霊を信じている奴に暗殺業など務まるのだろうか。

「信じてないわよ。でも目の前で、すぅっ、と姿を消されたら……」

「わかったわかった。まあ、いないっていう証明もないしな」

「もう! わたしの話、信じてないでしょ!?」

ぷぅ、と頬を膨らませるサキ。

と、そこに

「ごめんくださいですの」

と玄関の方から声がかかった。サキが「いらっしゃいませ」と言い、玄関に向かった。

玄関扉を開け

「ヴォータン傭兵事務所へようこそ」

とサキが出迎えると、そこには女性が立っていた。年の頃は二十代後半。黒地に花柄のワンピースと白いつば付きの帽子。腰まで伸びるさらさらの茶髪。その肌は透き通るような白。切れ長な目に長いまつ毛。鼻は高く、唇の形もいい。一言でいえば美人だった。しかし、その唇は薄紫色で病弱な印象を与えている。

女性は帽子を脱ぎ

「ここに用があって来たんですの。いいかしら?」

とつっけんどんに言った。

「はい。どうぞこちらへ」

サキは女性を応接室へ案内する。

「ただいま所長が参りますので、ソファに座ってお待ちください」

女性を促し、ソファに座らせる。一礼し、応接室を後にするサキ。台所に移動する。

「ガム、お客さんよ」

「ああ、今行く」

サキの接客もなかなか様になって来たな、とガムは思った。

ガムは応接室に移動し、軽く挨拶した。女性を見て、ガムは内心で小躍りした。とんでもない美人がやってきたもんだ、と。

そしてテーブルを挟んで、女性の対面のソファに腰を落とした。

「わたくしの名はシャーロット・メティスというんですの」

ガムはその名前に聞き覚えがあった。メティス家と言えばクロノス王国の名家のひとつだ。

「シャーロットさんね。で、依頼ってのは?」

「眼鏡を探して欲しいんですの」

「眼鏡?」

「ええ」

彼女はガムに依頼内容を説明した。シャーロットは最近引っ越したのだが、以前住んでいた屋敷に夫の眼鏡を置き忘れてきてしまった。夫は眼鏡がないと数歩先も見えない。別の眼鏡を新調したがしっくりこない。なので、屋敷の中を捜索してほしいという。

「報酬は三十万ドルクお支払いするわ」

「ちょっと待った」

「金額がご不満?」

「いや、そうじゃない」

三十万ドルクと言えば、二人が一か月余裕で暮らせる額だ。その依頼内容がただの眼鏡探しである。逆の意味で労働の対価が見合っていない。

「失礼は承知で言うが、自分達で探した方が早いし、金もかからないんじゃないか?」

「そんなことは分かりきってますの。……とある事情があって、できないんですの。夫も今の仕事が忙しくって手が離せないんですの」

「こっちとしては嬉しい限りだが、本当にいいのか?」

「ええ。わたくしにとってはその価値がありますもの」

金持ちの考えってのはよくわからんが、そういうものなんだろう、とガムは思った。

「失礼します」

サキがいつも通り、一礼したのち紅茶を客に差し出した。ティーカップから上がる湯気がシャーロットの鼻をくすぐった。

彼女は紅茶を一瞥した後

「わたくし、安い紅茶は飲まないんですの」

と言って、そっぽを向いた。そのやりとりにガムは内心はらはらしたが

「……それは失礼しました」

と、サキは紅茶を下げ、一礼した後応接室から出て行った。

「では明日、十の刻に旧メティス家にいらしてほしいんですの」

「わかった」

シャーロットがソファから立ち上がる。ガムは玄関まで先導し、扉を開けた。

彼女は帽子をかぶり直し、「ごきげんよう」と言って去った。振り向きざまに翻る彼女の髪が、陽光にきらきらと輝いた。髪の毛一本を見ても、惚れ惚れするようである。

「はー。あんな美人が世の中にはいるもんなんだな……」

シャーロットを見送ったガムは台所に移動し、不機嫌なサキがいるであろうと、扉をそろそろと開けた。そこには、紅茶をすすっているサキの姿があった。おそらく紅茶は先ほど客に出したものだろう。

「お客さんは帰ったの?」

「……怒ってないのか?」

「怒るって、何が?」

「いや、さっきの客に紅茶を断られたろ?」

「ああ、あれね。わたしだっていつまでもコドモじゃないんだから、あのくらいじゃ怒らないわよ。ああいう客だってたまにはいる、よね?」

「ああ」

どうやら、サキも情緒が落ち着いてきたようである。ガムは少しずつ社会性を身に付けてきたサキの成長を、内心喜んだ。サキは紅茶を飲み干し、ティーカップをテーブルにたんっ、と置いた。

「ところで、ガム?」

「なんだ?」

サキの目が鈍く光った。

「……きれいな髪って、高く売れるらしいわね……?」

「まだ全然コドモじゃねえか」

サキは腹いせにシャーロットの髪を狙っているようであった。

「冗談よ。……ところでこの後、外に出てきていい?」

「なんだ、用事か?」

「ちょっとね」

「別に構わんが、夕飯までには戻れよ」

「はぁい」

ティーカップをすすいだ後、サキは外出した。

サキを見送ったガムは、玄関の外に出た。あたりを眺めると、木や石などの建材を運ぶ作業員の姿がちらほら見えた。一週間前に起こった地震の修復のためだった。幸いにもガムの家は無事だったが、古い家の何十軒かは損壊したらしい。

「他人事だって喜んでられねえよなあ……」

ガムがぽつりと呟いた。


◆◆◆


翌日、十の刻、太陽は天球の頂上めざして上り続けている。ガムとサキは旧メティス家の前に来ていた。屋内での作業ということで、二人の服装は灰色のツナギである。サキは背中に作業用具を詰めた革のザックを背負っていた。

「でっけえなあ」

旧メティス邸を眺め、ガムは嘆息した。庭に家屋。十部屋や二十部屋は余裕でありそうである。正面には大きな鉄製の門がそびえているが、開きっぱなしだった。

「不用心だな……、っても誰もいないからいいのか」

「……ねえ、ガム」

隣にいたサキが、不安そうにガムを見上げる。

「今更なんだけど、この依頼断った方がいいと思うの」

サキの発言を、ガムは訝しんだ。

「なんでだ? 作業は単純だし報酬も十分、いや十二分だ。断る理由がない」

サキは体をもじもじさせている。

「……昨日わたしが幽霊を見たのがこの屋敷なの」

「……んー。もしかして怖いのか?」

「んなっ! 怖くなんてないわよ!」

「じゃあ、問題無いな」

「ちょっと待って! わたし昨日調べたんだけどこの屋敷……」

「遅いですわよ」

ガムの背後にシャーロットが現れた。突然現れたシャーロットにガムもサキも驚いた。

声をかけられるまで全く気配を感じなかったからだ。

「お、おはようございます」

ガムがシャーロットに挨拶する。

「そちらもプロなんですから、余計なおしゃべりをしているのは如何かと思いますわ」

「申し訳ありません」

「まあ、いいですわ。早速参りますわよ。お入りなさい」

門から敷地内に入るよう促されるガムとサキ。庭を見渡すと、人の手が入っていないせいか、植え込みや芝生は荒れていた。そしてガムは玄関扉に手をかけ、押し開く。

ぎぎいいいぃ、と扉が軋む音。昼間でも室内は暗かった。エントランスは広く、奥には二階に続く階段があった。建物の内部はほこりくさい。

ガムが階段の上に目をやると、壁に掛けられている物に気付いた。それは十枚ほどの肖像画であり、横一列に均等な間隔で並べられていた。

「メティス家の代々当主の肖像画ですわ」

ガムの視線に気付いたのか、シャーロットが解説した。どうやら一番左が初代で、右にいくほど代が進んでいるらしい。シャーロットの肖像画は右から二番目に掛けられていた。

そして一番右には黒ぶち眼鏡をかけた若い男の肖像画。下部に「ジョン」というキャプションが取り付けられていた。

「……シャーロットさん。あの右端の肖像画は?」

「あれはわたくしの夫のものですわ」

「当主が二人いるのか?」

「いえ、当主はわたくしですわ。わがまま言って夫のも描いてもらったんですの」

「そうか」

ガムは、お嬢様というのはそういうものなのだろうと思うことにした。サキはエントランスの隅の方をきょろきょろと見回している。幽霊でも探しているのだろうか。

「ここにいてもしょうがありませんの。行きますわよ」

シャーロットが先導し、続いてガム、サキの順で二階へ上がる三人。階段を上がりきったところを左に曲がり、奥の部屋を目指す。歩くと通路にコツコツと音が響き、ほこりが舞い上がる。ガムはカビの匂いを捉え、建物が徐々に傷んでいることを感じた。

更に進むと、シャーロットがぴたりと足を止めた。つられて、ガムとサキも立ち止まる。

「どうしたんだ?」

「まずはこれをお願いしますわ」

サキが後ろから前方を覗くと、通路をがれきが塞いでいた。どうやら先日の地震の影響で天井の建材が崩れて積み重なっているようだった。

とある事情って、これのことか?

ガムはひとりごちた。

「まあ、地道にどかすしかないか。サキ、手袋をくれ」

「はい」

サキは背のザックから革の手袋を二組取り出し、一組をガムに渡した。手袋を両手にはめる二人。全体が崩れないように上の方からがれきを取り除くガム。サキはそれを下で受け取り、通路の脇に置いていく。

これ、建築ギルドに頼むべき仕事じゃねえの? 人手が足らん。

ガムは内心思いながら、がれきを取り除く作業を続けた。


◆◆◆


昼が回った頃、ガムとサキは通路のがれきを取り除き、人が通れる道幅を確保した。単純作業とは言え、重いがれきを持ち上げ、さらにがれきを崩さないようにする慎重さが求められた。地味に体にこたえる作業だった。

シャーロットはがれきの跡を通り抜け、二階の一番奥の部屋にガムとサキを案内した。そして扉の前で

「ここが夫の書斎ですわ。夫の眼鏡はおそらくここにあるかと」

「おそらく?」

ガムが聞き返す。

「ええ、夫は書斎にいるときに必ず眼鏡をかけていたんですの。ですから、あるとしたらここですわ」

がれきをどけたはいいが、空振りだけは勘弁だな……。

ガムは半分祈りつつ、書斎の扉を開けた。

そこに広がっていたのは、部屋の半分が天井までがれきで埋まった書斎の光景だった。量だけで言えば、先ほどの約二倍の量がありそうだ。

「まじかよ」

ガムとサキは呆然とする。

「ここも崩れていたんですの……?」

シャーロットが両手で頬を覆う。

「シャーロットさん。これ……」

憂鬱そうに彼女に問いかけるガム。

「もちろん、取り除いてもらいますわ。眼鏡は書斎の奥の机の中にあると思いますの」

「……やっぱりですよね」

ガムは小さくため息をついた。サキの表情にも多少の疲れが見える。

「……休憩にいたしましょう」

シャーロットが二人に言った。


◆◆◆


「シャーロットさんは大学に行ってたのか」

「ええ」

書斎の入り口のすぐ内側で、三人は座って休憩していた。ガムとサキはついでに昼食を摂っている。バゲットにはちみつを塗って食べているのだが、疲れた体に染み込んだ。サキはがれきをじっと見つめながら一心不乱にバゲットを頬張っている。シャーロットにも勧めたが、案の定「わたくし安いはちみつは食しませんの」と断られた。

「政治学を専攻していましたの。メティス家の当主としては、必要でしたので」

「俺にはとんと縁のない話だ」

「わたくし、勉強は苦手でしたの」

「意外だな」

「当主になるからと、嫌々やっていましたもの。ですが、逃れることはできないですの。テストの結果も散々で……。でもほら、わたくしって美しいでしょう?」

「ああ」

迷いなくガムは答える。

「教授や男子学生の受けは良かったんですの。わたくしと同じような成績を取ってしまった他の学生は追試を山ほど課せられたのに、わたくしは免除されましたの。男子学生からもちやほやされて。でも、それが同級生の女生徒には気に食わなかったみたいですの」

次の言葉をガムは察した。

「しばらくして、わたくしの鞄がなくなったり、教科書を切り刻まれたりする出来事が頻繁に起こるようになりましたの。わたくしの一挙手一投足を笑われて。くすくす、くすくすと。自分では正しいと思って行動していても、まるで間違ったことをしているように感じられたんですの。つらくて、毎日泣いてましたわ。今まで言い寄ってきていた男子学生も、巻き添えはごめんだとばかりに、わたくしを避けるようになりましたの。

三か月ほどそのような事が続いて、いよいよ大学を辞めようと思いましたの」

「…………」

「退学願いを出そうと事務課の前に立ったとき、彼に……ジョンに出会いましたの」

ガムは黙って話を聞く。

「ジョンは言いましたわ。君が大学に来なくなるのは寂しい、と。わたくしはジョンを知らなかったので、どこかでわたくしの事を見ていたんですのね。ジョンは言いましたわ。『いじめなんてくだらないことで君の人生を棒に振ることはない。君は誰より美しい心を持っている』と。彼の温かい言葉に、わたくし嬉しくて泣いてしまいましたの」

「それで、いじめはなくなったのか?」

「いえ。次の日から、わたくしとジョンは一緒にいじめられるようになりましたわ」

「…………!」

「でも、ジョンが言ったんですの『僕らをいじめるやつらを見返してやろう。僕は勉強だけは得意だから、君に勉強を教えてあげる』と。

友達はいない、服のセンスはいまいち、暗い、エスコートもできない、などなどジョンは欠点の塊のような殿方ですが、本当に勉強は得意ですの。

わたくし、勉強は嫌いでしたが、ジョンと一緒なら頑張れる気がしましたの。その日から、私は彼に教えてもらいながら猛勉強しましたわ」

「それで、どうなったんだ?」

「一年ほどで学年トップの成績を修められるようになりましたわ。すると、いじめの方もぴたりと無くなりましたの。わたくし、彼に感謝しましたわ」

「いじめがなくなったことをか?」

「わたくしに、美しさにとどまらず勉学の才まで与えてくれたことを」

「…………」

ガムがジト目でシャーロットを見据える。彼女は咳払いして

「冗談ですわ」

と気恥ずかしそうに言った。

「……本当に彼には感謝しましたわ。いじめから救ってもらった上に、勉強の楽しさまで教えていただいて。世界が広がった気がしましたし、本当の意味で当主になる自信が付きましたわ」

「それは良かったな」

「そうしたら、彼が言いましたの。『ずっと君のことが好きだった。僕と結婚してほしい』って」

シャーロットはジョンに問うた。なぜ今まで言わなかったのか、と。すると彼は言った。弱ってる君の心につけ込むのは卑怯だと思ったから。君が自信を取り戻して、本来の君に戻ってから、告白しようと決めていたから、と。

「わたくし、人生であの時ほど嬉しいことはありませんでしたわ。彼は……彼だけはわたくしの見てくれで近寄ってきませんでしたもの。自分もいじめられるかもしれない危険を冒してまで、わたくしに手を差し伸べてくれた。そして、わたくしに自分の足で立ち上がる方法を教えてくれた。こんなに素敵な殿方がこの国にはいるのだと、感動しましたわ」

「それで、プロポーズを受けたんだな」

「ええ。断る理由は何もありませんでしたもの。この方となら一生共に歩んでいけると確信しましたわ。ですから、大学を卒業してすぐに結婚しましたの」

「へえ、かっこいい男だな」

「わたくしの自慢の夫ですわ」

言って、シャーロットが照れくさそうに微笑む。夫の眼鏡をわざわざ探しに来るのも当然だった。

「じゃあ、そろそろ再開するか」

ガムが手袋をはめ、作業に取り掛かろうとする。

「って、これなんだ?」

ガムは足元の小箱に目を落とす。中から金属性のものがはみ出ていた。小箱を拾い上げ、中の金属を取り出す。それは一匙ひとさじのスプーンだった。それは薄暗い部屋の中でもぼんやりと輝いて見えた。

「それは『銀の匙』ですわ。マティス家の家宝ですの」

「へえ」

「代々、その家の子供が自立する時に親から贈られるものですの。『食べるのに困らないように』と。わたくしは親からいただいたのですが、ジョンにはわたくしから贈りましたの。いつでも一緒に食事をしましょう、と願いを込めましたの」

「それは、素敵だな」

ガムは銀の匙を小箱に戻し、部屋の脇にそっと置いた。そしてサキに声をかける。

「サキ、やるぞ……ってお前まだ食ってんのか?」

「むぐむぐ……ガム、これ、思ったより、むぐむぐ……早く終わりそうむぐ」

「食うかしゃべるかどっちかにしろ」

サキは口の中のバゲットを飲み下した。

「これ思ったより早く終わりそう」

「どういうことだ?」

「さっきの通路の時は、がれきを上から順に取っていったでしょ? でも、がれきの上の方を見て」

言われるままに、ガムががれきの上部を見る。大きな柱が天井を覆うように交差していた。

「あの大きな柱がこの部屋の梁の役割をしてるから、あれらを取り除く必要はない。

取り除くのは柱の下の細かいがれきだけでいいわ」

「……わかるのか?」

「ええ」

ガムはサキが示した大きな柱を掴んで押したり引いたりしたが、ぴくりとも動かなかった。どうやらサキの言ったとおりのようだ。

「ね?」

サキが不敵に笑った。

「じゃあ、やるか」

それを合図にガムとサキががれきの撤去作業に入る。作業は順調に進み、がれきの量の多さに関わらず、時間はさっきと同じくらいしかかからなかった。そして部屋の一番奥に、目的の机が姿を現した。

「これか?」

ガムがシャーロットに問う。彼女は頷き

抽斗ひきだしを開けてくださいな」

とガムに促す。抽斗の中を確かめるガム。そこには四角い黒ぶちの眼鏡が入っていた。

それはエントランスに掛けられていたジョンの肖像画の眼鏡に似ていた。

「それが夫の眼鏡ですわ」

嬉しそうなシャーロット。これで依頼達成かな、とガムは思った。

「では、それを持ってわたくしについて来てほしいんですの」

「え、依頼は眼鏡を見つけることじゃ?」

「いいから」

有無を言わせず、シャーロットは書斎から出て行った。先ほど夫との思い出を語っていた時の柔らかな表情とは、打って変わって無表情だった。ガムとサキは不審に思いながらも、彼女の迫力に押されて後に続いた。

シャーロットは一階に戻り、そして地下に続く階段を下った。地下の通路は暗かったので、サキは持ってきたランプを灯した。空気は湿っぽく、無音の通路が一直線に伸びる。暗闇に体を侵食されそうな感覚がガムとサキを襲う。隙間風だろうか、冷たい空気が体をすり抜けた。

こつ、こつとゆっくり歩くシャーロット。彼女はある扉の前で止まった。

「この中に」

促されるまま、ガムは扉を引いた。一層の濃い闇が部屋に満ちている。部屋の空気もかび臭い。サキの持つランプが部屋の闇をほんの少し押しのけた。ガムとサキが部屋の中に入った直後、後方でどしん、と音がした。部屋の扉を閉められていた。

閉じ込められた!?

とガムは思ったが、シャーロットは扉の内側にいた。

「……シャーロットさん、何を?」

「部屋の中央に」

平坦なシャーロットの声。

戸惑いつつ、ガムとサキは部屋の中央に進む。すると、ランプの灯りが床に置かれている何かを映し出した。それは、大きな木箱のようだった。サキは木箱の全体を捉えようと、木箱の周りをぐるりと移動した。その木箱は、棺だった。照らされた棺の表面を見て、ガムとサキは絶句する。

「…………っ!」

息を詰まらせるサキ。

「蓋を開けなさい」

シャーロットがサキに命じる。

「で、でも」

「いいから開けなさい」

戸惑うサキにシャーロットは言い放つ。

「う……わかったわよ」

ランプをガムに手渡し、震える手で棺の蓋に手をかけるサキ。ゆっくりと蓋を持ち上げる。腐臭がサキの鼻の中を侵食した。その刺激にたまらず涙がこぼれそうになったが、踏ん張った。ランプの灯りが棺の中身をぼんやりと照らし出す。頭蓋骨を。

「……ひっ……!」

小さな悲鳴を上げるサキ。驚いて蓋を取り落としそうになったが、持ちこたえる。そして床に蓋を置いた。人ひとり分の白骨死体が棺には納められていた。

「ガムさん、眼鏡をかけてやってほしいんですの」

「……ああ。わかった」

ガムも戸惑いを覚えていたが、先ほどからのシャーロットの態度を見て、抵抗しても無駄だと思った。ガムは、棺の横に跪き、頭蓋骨に眼鏡をかける。生きている人間と違って耳がないため、眼鏡が滑り落ちないように注意しながら。やがて眼鏡は頭蓋骨の上で安定した。

その行為を見守っていたシャーロットが、頭蓋骨に近い位置に腰を落とし、うっとりとした表情を浮かべた。そして次に頭蓋骨の頬の部分に手を添えた。

「これでやっと、また、あなたと一緒に歩けますの…………」

時間が止まったように、頭蓋骨を見つめ続けるシャーロット。ランプの揺らめきが、彼女の顔を妖しく暗闇に浮かび上がらせている。

見つめているのは、頭蓋骨の目の部分……さらにその奥だろうか……?

ガムはそんなことを考えながら、彼女をぼんやり眺めていた。直後、シャーロットの目線がガムの目を捉えた。突然のことに、ガムの体が硬直する。

ふふふ……、と湿った吐息を漏らすシャーロット。


ありがとうですの…………


シャーロットは小さく、本当に小さく呟いた。

そしてそのまま、すぅー、と暗闇に溶けるように姿を消していった。


ガムとサキはその場にとどまったまま、しばらく無言だった。

数秒後。


…………うわあああああああああああああああああああ…………………!


という悲鳴が地下室に響き渡った。


◆◆◆


それから半刻後。ガムとサキはメティス邸の門の前に青ざめた顔で立っていた。空は赤く染まり始めている。

「なんだったんだ、ありゃ……?」

「……昨日調べたんだけど」

「……調べたって、何を?」

「……メティス家のこと」

サキは昨日、依頼人がメティス家の人間ということを聞いた後、情報を集めるために外出した。メティス邸の周りの人間に聞いて回ったところ、メティス家が引っ越したという話は誰も知らなかった。それどころか、ここ数年メティス家の人間を見たものはいないという。不審に思ったサキがさらに聞きこむと、メティス家は数年前に結核で全滅したというのだ。まずは老齢のもの。次にシャーロットの両親。そして婿のジョン。最後にシャーロットと。屋敷に仕えていた使用人も結核で何人か亡くなったが、生き残った者は当然のことながらメティス邸を去った。

「じゃあ何だ。昨日お前さんがここで見た、真っ白な格好をした若い女ってのは……」

「う……、たぶんシャーロットさん」

の幽霊、と付け足すサキ。

ガムは今更ながら思い出していた。シャーロットがガムの家を訪れた時も、メティス邸に入る時も、部屋に案内する時も彼女は扉を開けるということをしていなかった。そしてジョンの眼鏡もガムに持たせて移動させたし、棺の蓋はサキに開けさせた。

彼女が何かに触れるということは全くなかったのだ。否、触れることができなかったのだ。

きっとサキが出した紅茶も彼女は飲まなかったのではなく、飲めなかったのだろう。

その事実に気付き、ガムは寒気を覚えた。

「俺らは幽霊と話をしたってのか?」

「わからない……。でも、そう考えるしかないじゃない」

「……来るんじゃなかった」

「だからやめようって言ったんじゃない!」

「そんなこと言ったって、幽霊が依頼人だとは思わなかったし、作業内容は単純で報酬も……あーーー!!」

「な、なに? どうしたの?」

突然叫ぶガムに驚くサキ。

「報酬……もらってねえ……」

「……………………………あ」

重要なことを思い出し、呆然とする二人。

「ちきしょう……またただ働きかよ……」

「もうやだ………………………………」

がっくりとうなだれ、メティス邸を後にする二人。夕陽に照らされ、とぼとぼと歩くガムの尻ポケットに、誰かが突っ込んだであろう銀の匙が輝いていた。


                 ―――宝探し。淑女は棺がお好き?―――END

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