第2話:城戸明日真

城戸明日真・・・彼は、そう名乗った。

「忝(かたじけ)ない城戸殿・・・」オレは礼を述べた。

「おい、殿なんて、柄じゃない。明日真でいいぜ。それより、娘さん、ケガは大丈夫かい。」

「ありがとうございます・・・お二人のおかげです・・・」

「な~に、美女を助けるのは武士の運命(さだめ)❗しっかし厄介だな。」

「さっきの忍者ですか・・・」オレの言葉に美女は顔を伏せた。

「土蜘蛛衆の連中さ。」

「土くも・・・」何だそりゃぁ・・忍者の一派か。

「見ろよ。」木の幹に突き刺さった石のつぶてを指で掻き出し、

「甲賀や伊賀の忍者は、独特な手裏剣を使うが、ヤツらは小さな石のつぶてを指で弾くンだ。」その石のつぶてをオレに放り投げた。

俺はそれを受け取った。これが、つぶてか。手裏剣なら聴いた事があるが、つぶてを武器に戦う忍者など全く知らなかった。

「う・・・」美女の腕から血が流れていた。

「医者に行きましょう。」

「掠り傷です。放っておいて下さい。」

「そういうワケにも・・・あ、オレは清って言うけど、あんたは・・」

「あたしは・・・蝶・・」ちょう・・・一瞬、長だと思った。

「はい、虫の蝶です。」あ、虫の・・・

「じゃ、お蝶さんですね。」蝶の紋章が脳裏を過った。

「とにかく早く腕を治療した方がいい。」明日真。

「うん・・そうだ。源内先生のトコへ連れて行きましょう。」

「源内・平賀源内か。」明日真は驚いたようだ。お蝶も何か察したらしい。

「ああ、江戸じゃ、ちょっとは有名なお方さ。」


夜になった。三日月が夜空に現れた。

神田、平賀邸。源内はケガしたお蝶を治療した。お篠が包帯を巻きながら、

「どうでしょうか」オレは心配になって聞いた。

「うん、ま、命に関わる傷じゃないが・・・」

「ありがとうございます。」お蝶は礼を言った。

「ハッハ、礼には及ばんよ。」源内は高笑い。

「でも・・」お篠が「かなり傷が残りますね・・・」

「なぁに、腕に少しくらい傷があったって、こんだけの美人だ。何の問題もね~って・・」明日真が軽口。お蝶はうつ向き加減。

「そうですね・・」オレも賛同。源内は、明日真に

「土蜘蛛衆だって、相手は・・・」

「ああヤツら、お蝶さんを狙ってたね。何か曰(いわ)くがあンのかい。」

「いえ・・これと言って・・」

「そうかな・・・あんたの身のこなし、くの一じゃね~のか。」

くの一・・・女忍者・・・

「滅相もない・・・あたしは一介の町娘です・・・」

「町娘ね~・・・」何か含みのある口ぶりだ。

「まぁまぁ・・」オレは明日真の話に割って入った。ここで、喧嘩されても

仕方ない。明日真は源内に、

「そんな事より平家ゆかりのモノが手に入ったって・・・」

なぜ、その事を・・・

「フム、早いな・・・どこで聞いた。」

「な~に地獄耳だぜ。平家の隠し財宝って聞いちゃ、黙ってられないな。」

平家の隠し財宝・・・本気でそんなモノと思ったが、どうも真剣なようだ。

あの蝶の紋章の羽子板を取りだしてきた。

「なるほど・ご機嫌な代物(しろもの)だな。」明日真は手に取りニヤリ。

次の瞬間、明日真は短刀を抜き、天井へ投げた。まさに一瞬の出来事だ。

「な・・」皆、一斉に天井を見げた。

「大きなネズミだな・・・」明日真は笑みを浮かべた。

天井に刺さった短剣に血が滴っていった。

誰かが、天井に忍んでいたのか。事態はオレの知らないトコで動いているようだ。


夜、三日月が中天に輝いていた。廃れた寺の院内。朽ち果てた仏像の前に場違いな御前のように顔を隠した異様な格好の男が座っていた。

天井に二つ三つと影がコウモリのようにぶら下がっていった。

「御前・・・」土蜘蛛衆、将宗が、「どうやら蝶が舞ったようです。」

「フフ・・・」御前は不気味に笑った。「よかろう。これ以上、ヤツらの邪魔立てはするな。」

「は・・・うう・・」加助は手に傷を負っていた。

「どうした・・・城戸とか申す者にやられたか。」

「は・・申し訳ありません・・・私どもでは、到底・・・」

「フフ、わかっておる。」天井を見上げた。コウモリのようにぶら下がった忍びが四人に増えた。

「城戸の始末は、お前らがつけろ。任せたぞ。」影は頷いた。

「これで、ヤツらも動き出す。」

「はい・・・、ヤツらにお宝を探し出させ、見付けたところを・・・」

「奪い取る・・フフフ、ヤツらの障害になる者は容赦はいらぬ。消せ。」

「は・・」

四つの影が音もなく消えた。御前はまた不気味に笑い、

「ようやくこれで財宝が手に入るか。」

将宗は御前に恭しく膝まづいていた。だが、目には光が宿った。


















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