クロスガイアー闇に交わりし者ー

小林華子

第1話 月食

支配されることは 絶望だ

後は奪われて失うだけだ


日本は戦争に負けた

敗戦国に残されたのは支配され、奪われることだけ


日本は

技術を奪われ 土地を奪われ 武器を奪われた


兵力を持つことを許されず

労働と納税を繰り返し

そうして死ぬまで逃れることができない強国の支配を受ける


でも・・・

日本は日本を取り戻すために 隠れて兵器を作ることを決めた

それは、日本を取り戻すために生まれた人間兵器。


武器を作ることを監視された者たちが考えた

超能力を有した人間を作ること


約束の日

それは闇の力を埋め込まれて作られた者たちが生まれた日


人とはどこまで愚かなのだろう・・・



子供たちは生まれて 散り散りの環境下の中育つ

再会の日まで・・・


「海里、お疲れ様。」

十メートル四方の強化ガラス張りの部屋の中に10歳位の少年がずぶ濡れになって立っていた。そのガラス内には大量の雨が降り注ぎ、海里と呼ばれる少年の周りにはぼんやりとした光が包み込んでいた。その少年をガラスの外から眺めている少女の瞳はどこか虚ろで、悲哀に満ちていた。

「もう部屋から出ていいぞ。」

「解ったよ。父さん。」

海里はそう言うと、部屋の隅に配置されたドアから外へ出てきた。待っていた助手の男からバスタオルを渡されると、ずぶ濡れになった体をきちんと拭き、用意された服に着替えると、外で待つ少女の元へ駆けてきた。

「どうだった、美月?」

頬を赤らめて海里は、美月に声をかける。美月は虚ろな表情を辞め、柔らかな笑顔を海里に向けると

「すごい。海里はやっぱりすごいよ。」

可愛らしい声を出す。海里は美月の言葉にさらに頬を赤らめて、満足そうに笑う。海里は誰に褒められるよりも、美月に褒められることが嬉しかった。

「海里。お疲れ様。何飲む?」

海里はクーラーボックスからりんごジュースとオレンジジュースを取り出すと、

「どっちがいい?美月?」

二つのジュースを持って笑顔で言う。

「ん・・りんご・・かな。」

美月がそう言うと、りんごジュースのストローを抜いて差込、美月の口元まで運ぶ。美月はその運ばれたジュースを吸い込みながら受け取ると、海里は真横の椅子に座り、自分のジュースのストローを差し込んだ。

「どう?美月ちゃんは、感覚、目覚めたりした?」

クーラーボックスを持った男が聞くと、美月はりんごジュースを吸ったまま、うつむき加減に下を向いた。その表情はあまりにも悲しげで、聞いた男も悪かったと顔から感じ取れる程だった。

「ごめんなさい。叔父様。」

美月は下を向いたまま、こぼれそうな涙を抑えることに一生懸命だった。

能力者として生まれた。幼い頃から海里と一緒に能力を開発しながら生活してきた。年数がたつにつれ海里は自在に力を使えるようになる一方、美月はちっとも力を発揮できることもなかったし、自分の中に眠る能力というものが、何なのかすも解らないままだった。

本当に自分は能力者として生まれたのかと疑いたくなるほど、何も解らなかった。そして、その何も解らない自分が大嫌いだった。

「美月ちゃん。元々女性は、能力に対して目覚めが遅く、また目覚めて使えたとしても、極度の体力消耗があるということは解かっている。能力に殺された人もいる。だから、焦らなくていい。」

優しく頭をポンポンと撫でる。

「そうだよ。美月。美月は僕が守るから。だから、心配しなくていいよ。それに父さんの言う、能力に殺されるなんてことに、なってほしくないから。」

海里は美月の手を、強く握りしめて、真っ直ぐな目をして言う。

「僕は美月が力に目覚めなくていいと思っている。」

その真っ直ぐな瞳は、美月の心を虚ろに落として行くに十分だった。

美月は期待に応えたかった。海里と一緒に力を使って、この力で人を助けたかった。海里の守ってあげるなんて言葉を聞きたいわけじゃない。一緒に頑張ろうと言ってほしかった。でも、今の能力に目覚めていない自分にそんな言葉をかけてくれるわけがない。

美月は海里の言葉から目をそらすと、窓の外を見る。


また・・・泣いているのね・・・


窓の外、屋上でいつも外を見ながら泣いている男の子。

どうしても気になった。毎日なぜか目で追ってしまう。会ってみたいと思った。

「叔父様・・・」

美月は力が発揮できない自分が我が儘を言ってはいけないと、言えなかったその言葉を口にする。海里に弱いところを見せたくなかった。

「私、少しだけ休憩してもいいですか?気分転換にお散歩したくて。」

美月が勇気を出して伝えてくれた言葉だと海里の父親である大河は理解していた。美月はいつも人のことを気にして自分の意見を抑える少女だった。幼い頃両親が幽閉されたからというところもあるだろう。だから、少女の素直な言葉は、絶対に受け入れると決めていた。

「いいよ。美月ちゃん。気分転換が終わったら帰っておいで。」

「だったら、僕も・・」

海里は一緒に行こうと席を立とうとした。しかし、

「海里。美月ちゃんは少し一人になりたいだ。そういう気持ちを察しなさい。」

厳しい口調で咎める。海里は少しそっぽむいたように顔を膨らますと、男はその顔を思い切り潰した。海里は笑顔でその男の行為を受け入れて笑っていた。美月にとってそのすべてが羨ましかった。あれが、父と子の理想の姿なのだろう。

美月には、そんなふうに接してくれる両親がいなかったから、海里と父親のやり取りをみるのは少しだけ寂しい気持ちにさせた。


美月は部屋を出ると、まっすぐ対面の病棟の屋上へ向かった。

自分も本当の父親が応援してくれれば、少しは頑張れたのかなとか・・

本当は能力者の資質がないのじゃないのかとか・・・

考えながら歩くと、その屋上にはあっというまについた。

車椅子に乗った男の子。近づいてみるとすごく綺麗な顔をしていた。

ゆっくり近づいて、入口にあった折りたたみ椅子を、車椅子の横に置く。少年は少し驚いたようだったが、私が座ると、また気にしないように外を見ていた。

「どうして、いつも泣いているの?」

先に声を出したのは美月だった。

「私も、一緒に泣いてもいい?」

そして、少年の返事を待つ前に、涙をポロポロ流し始めた。そして2人は無言のまま、ただひたすら泣いた。美月は泣きながらどんどん少年に近くなり、少年が乗る車椅子の持ち手にもたれ込むように泣いた。少年はもたれこまれた少女の顔が自分の手に触れているのに、ドキドキしながら、初めて横に座った美月をまじまじと見つめた。


-可愛い・・・・-


少年は初対面で自分の手の上で泣く少女に、思わず息を飲んだ。

長い黒髪を高いポニーテールで束ねた少女は、整った顔立ちに、白くて細い手足。まるで精巧に作られた人形のように可愛かった。


少年は少女の頭に反対側の手を乗せると、自分の涙を忘れて頭を撫でていた。命に関わる病気なのかもしれない。少年はそう思い、そして自分の足を見つめてまた、涙が溢れてきた。


「僕の足は、もう動かない。」


少年は少女に向かって小さな声で話を始めた。


「僕は養子だから、完璧な後継者としてずっと求められるまま勉強してきた。

 足が動かないなんて、もう、完璧じゃないだろ。

 きっと、捨てられる。今までしてきた努力も。何もかも全部、無駄になる。」


少女はその少年の小さな声を聞くと、椅子から立ち少年の足の前に座り込むと、そっと抱きしめた。少女が抱きしめてくれたその足は少女のぬくもりを感じることができなかった。だけど、その足で少女がまだ涙を流していることは気づいた少年は、そっと頭を撫で続けることを辞めなかった。


そうして、少女が泣いて、少年が頭を撫で続けたまま夜になった。

冷たい風が吹き、二人の体は随分冷えた。少年は自分が羽織っていたカーディガンを少女にそっと着せた。そうして、そのまままた、頭を撫でることを辞めなかった。

自分は寒かったけれど、この少女が少しでも温かいならそれでいいと思った。


やがて、二人の真上に、満月が輝きだした。少女は、顔を上げると、

「綺麗なお月様。」

そう言うと、はじめて2人は目と目があった。


「本当だね。」

少年は少女の言葉に同意する。さっきまで悲しくてしかたなかったのに、少女を見ると思わず笑顔になった。そうしてなぜか心臓の音が早くなることに気づいた。

そうして少女の笑顔の瞬間、周りにふわふわと光が集まってきた。


美月は、自分の中に何かが生まれたことに気づく。


この人を助けてあげられる。


なぜか、心の中でぼんやり浮かんだ思い。そしてその思いが確信に変わる。

美月は束ねていた髪の毛をほどいてみた。そしてその髪飾りを少年の掌の上にそっと握らせる。すると思ったとおり、月からの光が自分に降り注ぐように集まり、髪の毛がその光に反応してふわふわ浮いてきた。

海里が力を使っている時も、いつもぼんやり周りに光が集まっていた。

でも、今の自分は、髪の毛がふわふわと浮き、はっきりと光を纏っている。そしてその光が掌に集まると、小さな満月が出来上がった。


ああ・・・私の力は・・・


美月は確信を持って思うと、少年の足に向かってその光をそっと撫でるように解放させていった。


「あなたを助けたい。」


美月はそう言うと、少年の足の先まで光を運び、そのまま地面に倒れ込んだ。体が重たくて、もう立ち上がることができなかった。そして意識が掠れていくことに気づいた。そういえば、叔父様が、力に目覚めると、力に殺されることがあると言っていた。

今の美月は力に殺されても、力に目覚めることができて、海里に並べて、この人を助けられるならいいと思った。


美月は精一杯の力を振り絞り、少年の足首を握ると、その握った足首に反応して、少年の足が動くのを確認し、癒しの力に目覚めたことを確信する。


「良かった・・・。初めてだから、明日になったら駄目かもしれない。」


美月は掠れるような細い声で少年に伝える。それはもう声を出すことにも疲れているほどの体力の消耗だった。


「あと、お願い。私のこと、忘れ・・・・」


美月は言葉を発するが、最後、完全に意識を失った。意識を失った美月を前に、少年は自分の足に感覚があることに驚いていた。そうして車椅子から立ち上がると、今までのことが嘘みたいに、普通通りに歩くことができた。


「君、大丈夫?」


少年は近づいて、少女の呼吸を確認すると、脈も呼吸もすべて弱く、体から体温が失われていくように急激に冷たくなっていくのを感じた。急いで医者に見せなくてはいけないと思い、少女を抱きしめると、急いでナースステーションへ走っていった。自分の足で、また走れているのが嬉しかった。何より、この不思議で可愛い少女を抱きしめられていることが嬉しかった。


「すみません。屋上で彼女が倒れていて。」

ナースステーションに駆け込むと、看護婦一同が少年がたって歩いていることに驚き、そして倒れている少女を見て、さらに驚いた。

「美月ちゃん!!・・・担架。西垣内先生に連絡して。」

一人が指示を出すと、慌てたように看護婦が電話をかけている。少女の名前が美月だと解った。そうして美月は慌てるように走ってきた看護婦の担架に運ばれていった。僕の掌に残ったのは彼女が解いた髪飾りと、抱きしめた感覚だけだった。

「暁君。足。」

看護婦が聞く。それもそうだ。自分自身だって十分に驚いていることだ。

特に言い訳も思いつかず

「その・・驚かせたくて・・・」

下手な言い訳だと思った。しかし、看護婦もそれ以上何も言わなかった。

少し間を置くと

「暁君。部屋にご飯おいてあるから、ちゃんと食べなさい。温め直しましょうか?」

「いえ。そのまま食べます。あの・・・」

暁は下を向くと顔を赤らめたまま看護婦に小さな声で

「彼女は何か命に関わる病気ですか?」

「美月ちゃん?ごめんね。個人情報だから細かいところは言えないの。少し体が弱くて入退院を繰り返しているはずだけど・・・。今日は冷えたから貧血かしらね。」

美月・・・やっぱり彼女の名前は美月なのだ。名前を知ることができた。それだけでも心が高揚する。暁は確実に彼女の存在の大きさに気づいていた。

「そうですか?みづきちゃん、漢字美しい月って書きますか?」

「ええ。そうだったと思うわよ。」

看護婦はそういうと、暁の方を見て

「なになに、暁君。美月ちゃんのこと好きになっちったのかな?」

笑いながら言う。すると。暁は真っ直ぐに

「すごく優しくて、可愛い子でした。好きだと思います。」

素直な言葉にナースステーションにほんわりとした空気が流れた。

「恋は素敵だけど、御飯を食べるのはもっと大切なことよ。部屋に戻ってご飯食べて今日はもうお布団に入りなさい。」

「わかりました。」

暁はそう言うと、美月に渡されたヘアゴムをポケットの中で握り締めた。返しそびれてしまったし、自分のカーディガンも彼女がそのまま着ていった。

あのカーディガンを見て、自分を思い出してくれればいい。

暁はふとそう思う。そうして、僕はこの髪飾りを見て美月をずっと大切に思えるだろう。

看護婦を通じて返すことができるが、美月の手がかりだから、誰にも渡したくなかった。

部屋に戻って窓の外を見る。この病院のどこかに美月がいる。

そう思うだけで、心がソワソワした。そうして暁は、気づいてもらえればいいと思い、自分の周りに光を纏い、小さな火の玉を作ると屋上へ向かって綺麗な花形をもして照らした。


―僕だけじゃなかった。力を持って生まれた人―


暁は彼女に出会えたことがとてもうれしくて、冷たくなったご飯を一口食べて、涙が溢れた。藤堂家に生まれた暁にとって、見返りを求めず優しくされた初めての経験だったから・・・。



美月を乗せた担架は、大急ぎで研究病棟へ向かっていった。

連絡を受けた海里が、美月の到着を玄関で心配そうに待っていた。しかし、美月はもう呼吸もなく、心音も微弱で今にも息耐えそうだった。顔面は蒼白で、体が冷たくて、その全てが海里を不安にした。

「美月・・美月・・」

海里は美月の手を握る。

「海里君。処置室に急がないといけないから手を離して」

看護婦の厳しい声に、海里は慌てて手を離した。


美月の手・・・氷みたいだった。


海里はそう思うと、通常よりも早い速度で運ばれていく美月を追いかけた。海里のすぐ後ろから、扉が空く音とともに、猛ダッシュで走る男の姿が見えた。海里は思わず後ろを振り向く。すると、その男は、海里の頭をポンと一度叩くと小脇に海里を抱えて走り出した。

「集君。今日、大学って。」

「美月のピンチだったら、1秒も無駄にせず、瞬時に現れる最強の保護者だって知らなかったのか?」

海里を小脇に抱えて走っているにも関わらず、息もきれず、汗もかいていなかった。それどころか、歩いているのと変わらぬほどの余裕の微笑みを向けていた。そうして処置室の前の椅子に海里を座らせると、男は両手で挟むように頬をポンと叩き

「美月は力を使った。女性は力を使った一度目に、死亡する確率が75%だ。」

それは四人に三人が死ぬという数字。

「美月は・・・死ぬの?」

海里の瞳からは瞬時に涙が溢れた。美月が死ぬ。その不安は海里にとって最大の悲しみだった。

「死なせない。美月の為だったら、蘇生魔法だって使いこなしてやる。心配するな。」

そう言うと、自分が着ていたダウンジャケットを脱ぎ、海里にかけてやる。

「家帰って寝ろって言ったところで、帰るつもりないだろ。とりあえず、それかけて横になれ。もうすぐ子供は寝る時間だ。朝起きたとき、美月は無事だって俺が海里の前で笑ってやる。約束するから。そうしたら、朝食一緒に食べような。」

海里は涙のまま、二回頷いた。その海里を見て、集は部屋の扉に重たい視線を向け、そのまま処置室へ入っていった。海里のことは気になった。

処置するだけなら部屋の端にでも座らせてやることができたのだが、今回はそういうわけにもいかなかった。

「大河さん。」

「集君。まだ、生きているよ。状態は一刻一秒を争う。」

集の表情からは、海里に見せていた穏やかさは消え、美月を真剣な眼差しで一点に見つめた。そして、牢獄へ捉えられている人間四人に対して冷酷な視線で送る。そこにいた四人はブルブルと震えていた。

「もう、力は使わないと決めた君に。申し訳ない。」

大河は頭を下げると

「理人と沙都花と約束した。美月だけは絶対に、俺が生きている間は守るって。」

そう言って牢獄を再度見る。さらに冷たい眼差しで。

「それに、死刑囚になるような屑の命、俺にとっては、ゴミですから。」

言い放つと、四人は何をするんだ。など思い思いの言葉を叫びさした。

「運が悪いやつは今日が死刑執行だし、運がよければ老いるだけですむ。どうせ、お前たちの執行の日が近いことには変わりない。なら、執行されて苦しんで死ぬより、ここで俺に寿命で殺してもらえるほうが幸せだぞ。」

決して、美月と海里の前では見せない表情。割り切ったような冷たさ。

そうして、集の周りのも明らかに強い光が集まってきた。

「これでしか美月を助けられない。大河さん。そんなことは、俺自身が一番よく解ってる。」

集は大きく深呼吸すると、集まってきた光を集中させる。牢獄の中にいた人たちが、順を追って老いていく。老人だったものは死に、若かった者は、老人の姿へと変えていた。

そうしてそこから集まった光は、美月の全身に絡みつき、吸収された。心音な元に戻り、体温は人に必要な温度まで、上昇した。その美月を確認すると、集は明日の朝まで眠れるようにと睡眠薬を投与した。

「明日の朝には目覚めます。その時、俺が美月に説明します。美月は何人犠牲にして、誰を守ったんですか?」

集の言葉に、

「美月ちゃんが、守ったのは、藤堂暁君なんだ。」

集は、大河の言葉に驚きを隠せなかった。そして、美月の頭に自分の掌をそっと乗せる。

「初対面のはずだがね。やはり、能力者同士、心惹かれるものがあるのかな。」

大河の言葉に、集は瞳が潤み出す。

「美月にも、藤堂暁君にも、しばらく相手のことは気づかれないようにしてもらっていいですか?まだ、出会うべきじゃない。それに、美月は真実に耐えられるかどうか解らない。どうして理人は、美月の能力を光にしたのかそれだけは理解に苦しむ。」

集は、そう言うと、その場に座り込んだ。光の能力は万能ではない。だからこそ、集も体力消耗が激しく息切れしてきた。

「美月の個室に運んで。外部面会謝絶で。海里にも、暁君のことは内緒にしておきませんか?いろんな意味でダメージが大きそうだ。」

「そうだな・・・。そうしてくれ。二人を頼むよ。集君。」

「もちろんです。それも、約束ですから。」

理人との約束。それは、集が生きていこうと決めることができたひとつのキッカケだった。蘇芳理人がいなければ、自分は生まれなかった。だけど、蘇芳理人がいなければ、自分はすべてを終わらせて死んでいた。この世界のすべてを終わらせて。

集は遠い目をして、ペットボトルの水を飲み干した。そうして空を見る。何度も繰り返し強く思う。理人は元気だろうか。


処置室を出たところでは、海里が集に渡されたダウンジャケットを羽織って、眠れずウトウトしていた。

「美月・・」

出てきた美月の傍に駆け寄り、手をそっと握る。


―温かい・・・-


氷のように冷たかったのが嘘のように、体温を取り戻していて、集の処置が適切に完了したことを知ると、どっと眠気が襲ってきた。

「海里君。美月ちゃん、いつものお部屋に運ぶけど、ナースステーションに連絡して、簡易ベッド用意してあるから、同じお部屋で眠りなさい。ちゃんと横になって朝笑顔で美月ちゃんを迎えてあげないと、また自分のせいで海里君に迷惑かけたってずっと、自分を責めて泣くんだから美月ちゃん。美月ちゃんの為をおもうなら、今すぐ寝て、明日目の下に隈なんて作っちゃ駄目よ。」

看護婦は笑顔で言う。

「今は睡眠薬が入っているから、明日の朝までは目覚めないと思う。安心して眠りなさい。」

その言葉に海里はほっとすると、看護婦が運ぶベッドの後ろをついて歩いた。

「あの、集君は。」

「蘇芳君は、少し疲れたみたいで、処置が終わったあと、そのまま椅子で眠ってしまったの。美月ちゃんが無事だったから安心したのでしょうね。蘇芳君。本当に美月ちゃんラブだからね。」

看護婦の言葉に海里が少しだけ声を出して笑った。ラブというか、過保護というか。ずっと2人で集に育てられていたが、愛情に差を感じたことは一度もない。ただ、集は男だから、女だからという強い拘りの塊で、美月を嫁に出すなら、俺に勝てる男というスタンスだけは譲らず、海里にも毎日のように言い聞かされていた。

男はいい。女は駄目。美月はそんな大きな愛情の中に包まれているせいで、若干、いや、かなりのファザコンだ。

美月が部屋のベッドで眠らされると、海里は美月が見える場所に簡易ベッドを移動して眠ることにした。


美月の力ってなんだったのだろう・・・。


海里は気になったが、看護婦が言った、寝ないと美月が傷つくという言葉に従って目を閉じることにした。明日、美月にどんな力だったか聞こう。そうして2人でどんなふうに世界を守れるのか話そう。海里は少しだけソワソワした心を抑えて眠りについた。


集は処置室横の個室の中の小さなベッドで横になって涙を流していた。

美月が助けたのは藤堂暁だった。

その事実は、集の心の中にいる、大切な人を思い出させた。

藤堂暁 は 集のかつて愛した 藤堂明の弟だった。

集はポケットの中に肌身離さず持っている明の写真を見て、そうしてまたその写真をポケットへしまう。

運命なのか。2人が出会い、惹かれ、そして絶望の淵にいた暁君を美月が守った。

かつて、藤堂明がすべてを犠牲にして自分を守ったように。

「明・・・俺・・・まだ生きていていいよな。」

集はポツリと小さな声でつぶやくと、美月の部屋へと歩いて行った。そうして簡易ベッドで眠っている海里の横にあるソファーに横になる。美月と海里を何度か眺めて、まだ2人を守りたいと思えている自分にほっとする。そうして集は、少し眠ることにした。


朝、美月は目が覚めるといつも貧血で倒れた時に入院する部屋にいることに気づいた。

横を見ると、海里と集君がぐっすり眠っている。自分の手をグーにしたり、パーにしたりを繰り返す。そして自分の体の中に感覚があることに少し驚いた。


私・・・生きているの・・・?


意識の掠れ方、体温が一気に失われていく感覚。まるで人からただの塊になるような感覚、それは記憶にある。ああ、死ぬんだとすら思えた。そうして美月はふと思い出す。

屋上の、あの男の子はどうなったのだろう・・。少し気になったが、体の疲れがどっと襲ってきた。立ち上がろうと思うと、クラクラ目眩に襲われ、美月はまたベッドに横たわるようにバサリと倒れた。その音に集が目を覚ますと、

「美月、まだ寝てないと駄目だ。」

そう言って美月のベッドの上に一緒に座ると、強く抱きしめた。

よくベタベタしてくる従兄弟だが、なんだか本気で抱きしめられているのが解ったので、甘んじてその温もりを感じることにした。

「私、昨日・・・」

「知っている。力を使ったのだろ。」

集君の言葉に頷くと、

「美月の能力について説明する。美月の力は」

「治癒能力でしょ?」

集の言葉を遮るように言うと、集は首を横に振った。

「違うの。だって二度と動かないって言っていた足が、ちゃんと動いたのよ。」

集はもう一度首を横に振った。

「私、やっと力が使えて、誰かの役にたてたの。やっと海里と一緒になれたの。」

美月の言葉に集は何度も首を横に振った。美月が納得して言葉を発しなくなるまで、何度も何度も首を振って美月が静かになったのを見て話はじめた。

「海里の力は自分の精神力を利用して、大気や地上にある水に対して刺激を与え、操ることだ。大気中に水分があるから雨が降らせることができる。そこに水があるから、渦や波を起こすことができる。だから、水分が無いところだとどんなに精神を集中しても力を使うことはできないんだ。」

集は正面から抱きしめていた私の体をまわし、背中から抱きつき耳元で声を発した。

「美月の力も同様だ。まず治癒能力じゃない。美月に備わっている力は体内時間を操作する能力だ。」

集君の手が私の両手を強く握り私はほとんど身動きができない状態になった。

「誰かの体内時間を進行させる変わりに、誰かの体内時間を逆行させる。」

集の言葉に、頭の良い美月はすぐにその意味を察した。そして、体がブルブルと震えだす。

「そしてそれは等価交換ではないんだ。誰かの体内時間を戻すのには、それ以上の人間の体内時間を進行させる必要がある。進行よりも逆行の方が遥かに必要とされるから。」

「じゃあ・・私は・・・」

集は両手を片方の手で握ると、片手で美月の口を抑えた。

「恐らく力を使ったのは屋上だろ。最上階の病室一室の中にいた4人が同時間に死亡した。」

それは、私が・・・殺したと・・いうことだ。

彼の足が動く、怪我をする前まで時間を逆行させて

その逆行のために、階下にいた人の寿命を吸い取った。

美月は頭で理解して、落ち着こうと努力しても、無理で、息が荒くなっていくのが解った。

はぁはぁ息が切れ、落ち着きがなくなり、体が震えていく。

「私、人を殺したの?」

「そうだ。この力は無闇に使っていいものじゃない。開発されたすべての力は、何かを利用し、働きかけることで利用できる。美月の力も得るために、失うモノがある。」

頭の中を 人殺しという単語が ぐるぐる離れなかった。

海里が力を使うのとは訳が違う。

確かに1人の人生を救った。だけど、その代償に4人の人生を終わらせた。

この手が・・・

集が握っていた手を振り払おうとすると、集はその手の力を強めた。

「離して・・集君。今すぐ離して・・・」

美月の弱い小さな声を受けて、集はさらに手を握る力を強めた。

「離さない。」

集は大きな声で伝える。

しかし、美月は

「離して・・」

それは絶叫だった。その絶叫に海里が驚いたように目を覚ます。

「集君・・・なにしているの?」

集に握られた手を振りほどこうと暴れる美月。離して 離してと絶叫し続ける。

「集君。美月、嫌がっているよ。離してあげてよ。」

海里が集の手を解こうと寄ってくる。集は諦めたように両手を離した。

「美月・・大丈夫?」

海里が言いかけたと同時に、美月は部屋の中に飾られていた花の入った花瓶を床に叩きつけた。

ガチャンという大きな音と共に、水は飛び散り、花は散乱し、ガラスの破片が散らばった。

海里は驚いていると、美月は海里に向けて、涙を流しながら笑っていた。もう美月自身どういった表情をしていいのか解らなかったのだ。

「大丈夫じゃない。」

美月はそう言うと、落ちていたガラスの破片を拾って、自らの掌で握りつぶした。

ひとつ、ひとつ、拾うたびに握りつぶして、ポタポタと掌から流れる血液が床に塊となって広がっていった。

「何しているだよ。美月。」

「さわらないで!!」

海里が美月を止めようと近づくも、美月はまた絶叫する。

「出て行って。海里も、集君も今すぐ私の前からいなくなって。」

美月の声にあっけに取られた海里を横に集は美月が握りつぶした掌のガラスの破片を、取り上げ、自らの掌で握りつぶした。集の下にも同じように血液がポタポタ落ちた。海里は目の前で何がおこっているのか理解できないでいた。

「集君・・・」

「美月。俺は出て行かない。」

そう言うと、美月の両手を取り上げて、近くにあったシーツをとって破ると、ぐるぐるにまいて血液が止まるように巻き、余った布で手を縛り、ベッドの柱部分に括りつけた。

「離して・・」

美月は大きな声でいうが、集は冷静に美月が散らかしたガラス片と血液を片付けた。美月はひたすら泣いていた。嗚咽を漏らしながら泣く美月を見て、海里はもうどう接していいのか解らなくなってしまった。ただその場に立っていることが精一杯だった。ひたすら声を出して泣いている美月をただ、見つめていた。

「海里・・・海里・・・」

美月は離して、助けて、を一通り言い終えると、次は海里海里とひたすら言い始めた。

「何?美月。」

数十回呼ばれて、やっとの思いで答えると、美月はまた涙を流したまま、まっすぐこちらを見つめながら

「殺して・・・お願い。殺して・・・海里。殺して・・・。」

ひたすら殺してと願望する。海里はそんな美月を見て涙が溢れてきた。大切な女の子。そんな女の子から「殺して」と懇願される。もう何がなんだか解らなかった。

「どうして・・・そんな無理なこと頼むの。美月。」

海里はその場で膝をついて泣いた。何も考えられず、ただ苦しくて。気持ちを整理するやり方すら解らなかった。そんな海里に集はハンカチを一枚渡す。海里はそのハンカチを握ったまま美月の方へ近づくと、両手が縛られていた美月の涙をそっと拭いた。自分の涙なんてどうでも良かった。美月が泣いているのが海里にとっては苦しくてしかたなかったのだ。それだけは、精一杯の頭の中で出た答えだった。

「何があったの?美月。」

「人を殺したの。」

間髪いれずに帰ってきた美月の言葉に海里は戸惑った。

「力は人を守る為だって。海里。力は人を守る為だってずっと思っていた。」

いつもの美月の声だった。少しだけ落ち着いて、そうして意思のこもった綺麗な声だった。

「そうだよ。僕たちは誰かを守る為に力を授かったって。」

「私の力は違うの。多くの人の命を無意識に終わらせる。また、ほかの誰かを殺してしまう前に、私のことを殺して・・・もう・・・誰も殺したくない。」

涙を拭いてくれる海里に悲痛な声で美月が真っ直ぐにいう。

「海里にしか頼めない。」

涙。美月の願いは極力聞いてあげたい。海里はいつもそう思っていた。

たった2人でずっと世界を共有してきた。だれよりも大切で、守りたい女の子だった。

美月にとって自分は大切な家族だったとしても、海里にとってはかけがえのないただ一人の女の子だった。

「美月。海里を困らせるな。海里を人殺しにするな。人を殺して辛かったのなら、その道に海里を引き込むな。」

集の言葉を受けて美月が下を向いた。冷静に考えることが少しづつできるようになっている証拠だと集は思った。

「殺して欲しいなら、俺が殺してやる。その代わり、お前が死んだら俺も死ぬ。

 美月が死んだら、俺は死ぬ。それは、美月が俺を殺したということだ。」

集は海里をどかすと、美月の前に真っ直ぐ立つ。

「海里を人殺しの道に引き込むな。」

集の言葉を受けて美月は少しだけ正気を取り戻した。

「何も理由を知らない海里が、今の美月を見て、どれだけ傷ついているか、逆の立場になって考えろ。」

集はそう言うと、美月の頬をバチンと思い切り叩いた。美月の頬は赤く脹れあがった。

「海里、朝飯食べにいくぞ。美月、そのまま少し反省してろ。」

集はそう言うと、海里を抱き上げて部屋から出て行った。美月はベッドにつながれたまま、集が片付けた何もない部屋の中で、溢れる涙が止められなかった。

窓の外は、自分の心とは裏腹に綺麗な青色だった。

となりの病棟を見上げる。でも、あの屋上には、男の子はいなかった。


集に手をひっぱられて病室を連れ出された海里は、研究病棟の食堂へとつれてこられていた。集が適当に頼んだ朝食セットが目の前に並んでいる。まだ、ぼけっとしている海里の口にフォークでさしたオレンジを集が放り込む。

「噛め。そして飲み込め。」

命令口調の集の言葉に、海里は反応し、オレンジを飲み込んだ。

「美月の力は寿命の進行と逆行だ。力については自分の意思で目覚めるまで、その人間に能力の内容を、説明しないと決まっていた。海里は自分で気づいただろ。まぁ、生まれた瞬間大雨になったって位だから、その頃からすでに自然に変換する力があったのだろうけどな。」

集はそう言うと、今度はトーストを海里の手に握らせる。海里は話を聞きながらトーストを口に入れることにした。

「美月は、力を使った。1人の人を助けるために寿命を逆行させ、その為のエネルギーを4人の寿命を進行させることで補った。無意識にだ。」

海里はトーストを食べる手が自然と止まった。

「美月・・・。」

「美月は1人を助けられたと喜んでいた。海里と一緒に世界を守れると思ったのだろうな。お前は気づいていたか知らないけれど、海里が力をつけるたび、美月の心は少しづつ闇に落とされていた。1人、部屋で泣いていることもあった。自分だけが何の役にもたたないちっぽけな存在になりたくないと思っていた。力に目覚めることは、美月の憧れだった。」


海里は集の言葉に、過去の自分の行いを振り返る。いつも上手く力が使えたら、美月は満面の笑顔で褒めてくれた。それが嬉しくて、美月に褒めてもらいたくて、努力していた。しかしその笑顔の裏側で美月をいつも傷つけていたことに気づかされる。

海里の表情も少しだけ曇っていった。

「解かっていた。力が目覚めた時、美月は誰かを守れた喜びよりも、誰かを失った悲しみの方に囚われるだろうてって。だから目覚めないなら目覚めないまま、生涯を終えればいいと思っていた。」

「だから、殺してくれって僕に美月は言ったってことだね。」

「だろうな。でもな、海里。俺は美月に死んで欲しくない。向かい合って生きる方が何倍も辛いかもしれないが、美月には生きて欲しい。できることなら幸せに。」

集は海里の方をまっすぐに見た。

「この先、美月は苦しいと思う。誰かを助けられる力があるのに、目の前の人を助けるためには、他の誰かの寿命を使わなければならない。助けられるのに、助けられない。これは出口のない迷路だ。」

海里は集の方を見ると

「僕が美月の周りの、そういったすべてのことを取り除く。誰かを助けなければならない状況にしない。美月が誰かを助けなくちゃならなくなる前に、全部僕が助け出す。それが、美月を守ることに繋がるなら。僕は全てをかけても美月を守るよ。もう二度と力を使わなければならないようなことにならないように。」

海里の答えに集は満面の笑みを向ける。


「俺も同じこと考えている。支えよう。美月を。俺たちは家族だ。」

「違う。美月は僕の大切な人だ。」

海里の言葉に集は海里の頭を思い切り叩き

「告白するのは、俺を倒してからだ。それだけは、海里でもダメだ。」

いつもと同じ言葉を海里に向けた。

「いつか、集君に認めてもらって、美月に告白するよ。」

海里の言葉に集は笑顔を見せる。海里の解りやすい一直線の愛情を受けていても美月は、まったく恋愛に目覚めていない。気の毒だと思うこともあれど、美月が海里と部屋でイチャイチャする状況を想像すると、虫唾が走るので、美月には絶対に教えないと集は決めていた。そもそも、自分を倒せるような男でないと美月は任せられない。現段階で美月の全てを守れる唯一の人は自分だと確信していた。それは、理人と沙都花。美月の両親との約束だった。

「さて、美月の部屋に朝食運ぶか。イライラするだろうから、甘い物だな。美月は。」

集はそう言うと、ストロベリーパンケーキを注文し、できあがったパンケーキを片手に美月の部屋へ戻っていった。

「義務教育だから、お前は学校行けよ。美月は貧血で倒れたって担任に言っとけ。」

海里はとても学校へ行く気分ではなかったが、集に逆らえるはずもないので、頷いて自宅へ向かう車を手配してもらった。実際学校へ行っている間に、どうやって次美月に会うかを考える必要もあった。海里は車の中でも溜息ばかりついていた。美月のことを思えば思うほど、苦しかった。美月が苦しいことが、苦しかった。

海里は目を閉じる。でなければ涙が止まらなかったからだ。そうして握りしめた掌の内側に、美月の為に力を使わせないという決意を込めようと思い、ひたすら掌を握りしめ続けた。


集は美月の部屋へ入ると、美月は後ろ手をベッドに縛られたまま、天井を見てもうなん筋流したか解らない涙で頬と床が濡れいてた。

「朝食。たべろよ。」

「いらない。」

「食べろ。」

「いらない。」

何度も繰り返す。数回往復した時点で美月は集が絶対に折れないと気づいた。

でも、とても食べる気分じゃなかった。

「飲み物なら飲む。」

絞り出すような美月の言葉に、集は牛乳にストローをさして美月の目の前に持ってくる。美月はそのストローを吸い込んで牛乳を飲んだ。しかし、その瞬間驚く程の嘔吐感を感じ、口の中にいれた牛乳と胃液が飛び散った。

体が食事を、生きることを拒否しているように思えた。

「ごめん。集君。」

「気にするな。美月のすべてを受け入れてやる。飲むか?まだ?」

集の言葉に頷くと、美月はもう一度牛乳を飲んで。同じように嘔吐感を感じて吐き出した。

「集君。食べると・・・気持ち悪くなるの。」

美月は自分の体の違和感に涙を流しながら言った。

「解った。栄養剤点滴で入れる。」

そういうとナースコールで栄養剤を頼む。

「集君。私、どうなるの?殺人罪?」

「未成年だからな。そもそも、お前が殺した証拠なんてひとつも残らない。警察は事件化できない。たまたま同じ部屋の人間が、同じタイミングで死んだ自然死として処理されるはずだ。そもそも寿命を吸い取るわけだから、証拠は何も残らない。」

集は状況を正確に伝えた。それは、美月に嘘をついても仕方ないことをしっているからだ。

「ご家族のかた、泣いていたかしら?」

「いや、死んで喜ばれているよ。あそこの病棟は老人を捨てている場所だからな。家族なんてまず会いに来ない。世話できず、生きられていて、死んでくれて清々すると思われている老人ばかりだ。だから、誰からも、何の疑問もぶつけられない。4人中3人は、こちらで処理してくれと言われているそうだ。」

「そう・・・」

美月はそう言うと、解かれた手に栄養剤の点滴を打たれて、そのままベッドに横にされた。

「海里は?」

「義務教育だから、学校行かせた。始業式とのことだから、昼前には飛んで帰ってくるんじゃないか。」

「そっか。」

美月は天井を見ると、やっぱりモヤモヤと吐き気がして、苦しかった。

「集君。」

「なんだ?」

「私、もう誰とも会わない方がいいのかな?」

「どうしてだ?」

「もしも、海里や集君。大切な人が死にかけた時、私は誰かの命を使ってでも助けたいって思う。目の前に倒れている人がいて、助けてあげたいと他の人を犠牲にするかもしれない。悪循環しかない。この力は。」

美月は集の方を見なかった。ただひたすら天井に向かって声を出していた。

「誰にも会わなければ、力を使うこともない。誰にも会わなければ、誰かを傷つけることもない。」

美月の声が少し大きくなっていく。

「私、海里に嫉妬していると思う。どうして私は海里みたいな力じゃなかったのかな。同じ力だったらずっと一緒に頑張っていけたのに・・・。もうどう海里に会っていいのか解らない。」

「どう、美月にあって良いのかわからないのは、海里も同じだ。美月だけじゃない。この先をどうするか決めるのは美月自身だ。まぁ、食って吐いている間は、入院だけどな。」

集が頭をポンポン叩きながら言う。

「普通に接してやれ。美月だって普通に接して欲しいだろ。海里に。」

集の言葉に美月はコクりと頷くと

「努力する。」

「まぁ、何があっても海里は美月を嫌いにはならないから安心しろ。嫉妬したって、羨ましがったって、美月だって海里のこと、嫌いにはらないだろ。」

「うん・・・。」

美月はそう言うと、窓の外を見た。屋上にはやっぱり男の子はいなかった。

でも、それでいいと思った。あの男の子だけは幸せになってほしかった。

彼のお父さんは、彼に会いに来てくれただろうか・・・。美月はそんなことを考えながら、屋上を眺めることをやめた。


数年後・・・

公園にはセーラー服をきた女子の集まりと、ブレザーを着た男女の集まりがあり、一同に揃い交流会という名の遠足が繰り広げられていた。良家の子女が集まることで有名な聖リリー学園と、こちらもまた良家の人が集まることで有名な藤堂学園が1年に2回、将来の為にと行う春の交流会だ。春は遠足、秋は一年ごとに運動会か文化祭に生徒会だけが手伝いに行くことが慣例となっていた。藤堂学園の制服を着た男子達が、リリー学園の女子に声をかける姿が目立つ。リリー学園は政治家や医者、重役の娘が多いことで有名だが、何よりも、美人が多いことで近隣男子校生たちは、門前に見学に来ることでも知られている学校だ。その中でタイプの違う2人の女子生徒が言い争う声がした。

「私の目に映るところにいないでって言っているでしょ。節操無しの貴方がいるだけで気分が悪いのよ」

カナキリ声を上げて目の前の少女に思い切り平手打ちを加えたのは、リリーの清楚な制服には似つかわしくない程茶髪で髪をカールさせていた少女。モデルもやっている倉科円華だ。父は誰もが知っている大御所俳優、母も大女優という芸能一家で円華本人も母親譲りの綺麗な顔立ちで幼い頃からモデルをやっている。円華は幼い頃から「可愛い」「美人」ともてはやされていたことから、少しだけ鼻持ちならない性格になっていた。そして、その性格で彼女は目の前にいる少女がどうしても気に入らないのだ。その理由が・・・

「あんたさえいなければ!!彼が血迷うことはなかったのよ」

という、彼氏が目の前の少女を好きになったという理由で交際を断られたのだ。たったそれだけだが、自分から振ったことはあれど、初めて振られた彼女はプライドが傷ついた。それもクラスメイトに取られたのだ。

その目の前にいるクラスメイトが美月だ。黒い髪はストレートのまま綺麗に切り揃えられ、リリーのセーラー服がとてもよく似合う。円華に平手打ちをされ吹っ飛ばされても、何一つ顔色を変えず、スカートについた土埃をパンパンと払ってどこかへ行こうとする。

「なによ。無視。言い返しなさいよ。」

円華は美月に向かって大きな声で言うと

「言い返そうが、無視しようが、円華さんにとってイライラすることには変わりないでしょ?私、無駄な体力使わない主義だから。」

呆れ顔。美月は困ったような顔で円華の方を見た。しかし円華のイライラはその言葉で沸点へと到達した。

円華の因縁が始まったのは、中学3年の冬頃からだ。教師も他の生徒も知っているが見て見ぬふりをしている。正確には教師は手をだせず、生徒は巻き込まれたくないのだ。円華のような成金組のめんどくさい女子とは関わりたくないし、教師は寄付金多額の家の子女同士なので、できれば問題にしたくないのだ。

ちなみに、リリー学園へ最も寄付金を入れているのが美月の家で、蘇芳家、西垣内家合わせた額は、全校生徒から徴収される学費以上の金額になるはずだ。

その美月が特に問題にしていない間は、教師も見て見ぬふりをすると決めているようだった。

「ふざけんな!!」

円華は美月の胸ぐらをつかみあげる。

「あんた、藤堂学園の特Aに彼氏いるんでしょ?それをハッキリさせとけば、良かっただけの話でしょ?隠して、人の彼氏誘惑して楽しいわけ?」

・・・美月は円華の言葉に一瞬戸惑った。

藤堂学園特Aの彼氏・・・。誰にも聞かれたことがなかったから肯定も否定もしたことなかったが、たまに門の前に迎えに来る海里のことがすっかり彼氏と噂されていることに今気づいた。そんな冗談は寝ても言われたくない。

「特Aに彼氏なんていないわよ。あれは幼馴染。」

美月はその誤解だけは、解いておきたいと普段なら対抗しない声を上げた。

「幼馴染。何その言い訳。すごいイケメンで特Aだからお金持ちだって噂されて・・・そんなムカつくこと言うんじゃないわよ。」

円華は細い美月の制服の胸ぐらを掴んで持ち上げると、そのまま溜池の方へぽちゃんと落とした。


・・・しまった・・・


美月は思った。今まで叩かれたり、散々文句言われたり、そこは流して済むと思って油断していた。まさか、円華さんがこんなことまでするとは思わなかった。

昨日までの雨で池の水は、かなりの水深になっていて足がつきそうになかった。体が弱いので水泳なんて当然やったことがない。どうすれば服を着ている自分の体が浮くのか考える。人だ。浮くはずだ。そう思ってはみたが、どうすればいいのかよくわからなかった。

そして、意識が掠れていく。

人の命はいつか終わるとはいえ、まさかクラスメイトに殺されるとは思っていなかった。チラリと除くと円華さんも少し焦っている。彼女、私が泳げず溺れるなんて想像していなかったようだ。その時だった。

「御風、カバンとブレザー。」

そういう声がすると、ブレザーとカバンを投げ、自ら迷わず池に飛び込んできた。意識が掠れていく中、誰かにふわりと助けられる。

「大丈夫?意識ある?」

抱き上げられて言われるので私はコクりと頷く。

「よかった。今から運ぶから、僕に体預けて。」

指示通り、私は彼の首元に捕まると、ゆっくり上に上がれるところまで運んでくれた。歩けるような場所までくると、抱き上げられそのまま元の公園の池の淵のベンチへ運ばれる。

「御風、タオル引いてあげて。」

「かしこまりました。」

御風と呼ばれる男がバスタオルを引いてくれた上に寝転ばされると、助けてくれた男は、私の体をさっとタオルで拭いて、おそらく自分が着ていたであろうブレザーを私の体にかけてくれた。

私が起き上がろうとすると、

「少し横になっていたほうがいい。カバンの中を家の物に確認して乾かしてもらっている中で、貧血の薬が入っていたと報告がきている。無理しちゃダメだ。」

泥水にまみれた自分を拭きながらも、横になる私に笑顔で言ってくれた。

・・・一瞬息を呑むほどの綺麗な顔立ちの男の子だ。泥水で汚れていても変わらない。

気づけば藤堂学園の制服を着た女子がびしょ濡れの少年に次々心配するような声をかけている。その声にも穏やかな笑顔で接している。そしてその少年は、女子に先生に早退するように伝えて欲しいと頼んでいる声がする。

着せられているブレザーを見ると、特Aだけに入っている白色三本線が襟に入っていた。助けてくれたのは藤堂学園で特Aクラスに属し、女子にも人気がある紳士だったようだ。紳士は女子との会話を終えると、またこちらに戻ってきた。

「薬の袋が西垣内総合病院の物でしたが、かかりつけはそこですか?」

「はい。」

「お連れします。いちおう見てもらったほうがいい。キャンピングカーがすぐに手配されてここにきます。シャワーがついているので浴びてください。着替えも用意します。病院へは僕が連絡します。あなたの携帯電話は水に濡れてしまって動かないようですよ。担当の先生の名前お伺いしていいですか?」

この短い間にスマートに手配してくれたようだ。女子にモテるわけだ。と美月は思った。

「西垣内大河先生です。」

私の言葉に、

「大河先生ですか?僕と一緒ですね。」

「あの・・お名前聞いてもいいですか?」

「藤堂暁です。」

・・藤堂暁という名前には聞き覚えがあった。海里の口からよく聞く、「はじめて勝てなかった男がいる。イヤミでムカつく」と自宅でグチグチいっている名前だ。

海里から聞いていた印象とは大分違う。藤堂家のご子息なうえ美形で優しくて、紳士的。これはもう学校では王子扱いに違いない。

「あなたは?」

王子が、私に問いかける。私が起き上がろうとすると、また止められるも

「人に挨拶をする時はきちんとと躾けられています。寝転んだまま名乗ったのがバレたら家の者に怒られます。」

そう言って、彼の目の前にきちんと立った。

「本日はお助け頂きありがとうございます。後日、改めてお礼を必ずします。」

「お礼は必要ない・・」

「します。絶対。」

私の強い言葉に、王子は少し困った顔をしているようだった。

「蘇芳美月と申します。」

私は綺麗に一礼して名前を名乗ると、困った顔から驚いた顔へ変わった。

もしかしたら、海里から何か聞いているのかもしれないと一瞬思い

「私のこと、ご存知ですか?」

「いえ・・。」

王子は今まで整っていた端正な表情を少しだけ崩して、頬を赤らめた。

「初恋の女性の名前と一緒だったので。驚いただけです。」

どうやら海里から話を聞いていたわけではないようだ。

「御風。西垣内先生に蘇芳美月さんをお連れすると連絡してくれ。車は来たようだな。」

そう言うと、藤堂さんは私の体をふわりとお姫様だっこした。

「藤堂さん・・・歩けます。」

「いえ、運んで差し上げたいのですよ。シャワールームへお連れします。着替えも適当に用意してありますので、好きなものを着て下さい。」

そう言うとキャンピングカーに運び込まれた。そしてシャワールームへ下ろされる。

「藤堂さん、先に使って・・」

「レディーファーストです。貴方が先に使ってくださらないと、僕が使えません。」

笑顔だった。この人の言葉には意思の強さを感じる。おそらく、私が使わなければ、てことして使わないだろうと思い、早く使うことを決めた。

「解りました。先にシャワーいただきますね。

あの、迷惑ついでにひとつお願いがあるのですが。」

「僕ができることなら、いいですよ。」

「・・・藤堂学園の蘇芳先生に、私を保護したとお伝えくださいませんか?西垣内病院へ運ぶと。保護者なんです。今日学校へ迎えにきてくれる約束になっていたのですが、あとからバレたら、これでもかっていうほど怒られるので・・・。」

私の言葉に、藤堂さんは一瞬似合わない吹き笑いをすると

「蘇芳先生は、若くてカッコよくて医師免許も持つクールな保険医で、女子に大人気なのですけど、その先生がこれでもかっていうほど怒るのですね。見てみたいものです。実は結構仲良しなんですよ。」

藤堂さんが笑いながら言うと

「連絡すぐしておきます。」

「ありがとうございます。」

私はそう言うとシャワールームの扉を閉めた。

さすが、藤堂家のキャンピングカーだ。普通のアパートのお風呂くらいの大きさはあるシャワールームの壁には高級そうなシャンプーやボディソープが複数種類揃えて置いてある。私は濡れた服を用意されていたビニールの袋の中に詰め込み、どのシャンプーを使うか悩んだが、そんな時間を割く前に藤堂さんにシャワーを交代しなくちゃと思い、一番最初に手にとった物を使った。掌とシャワールームにローズの香りが広がる。すごく良い匂いだ。

急いで体と髪の毛を洗うとシャワールームから飛び出る。すると、全体的に白で統一された複数サイズの下着とワンピースが用意されていた。かなり上質な物だ。私はその用意された服をありがたくお借りすることにした。髪の毛をタオルで巻いて、下着と服を身につけるとすぐにシャワールームから飛び出す。すると、先ほど御風とよばれていた人が立っていた。

「ご案内致します。蘇芳様。」

そう言うと礼儀正しく私をエスコートしてくれる。随分若そうな執事さんのようだ。

そして用意された部屋の中に入った瞬間、自分の目の前の空気が一瞬で氷ついた。

目の前には普段は優しいが、ある一定の条件をクリアすると鬼よりも怖い集がいた。

そして、今目の前にいる集は、その一定の条件をクリアしているパターンの方だ。怒っている。何も言わずとも佇むその姿から怒っていることを認識できる。美月はちょっと憂鬱な気持ちになったが、これを招いたもの自分と心の中で言い聞かせることにした。

「藤堂さん、シャワーありがとうございました。どうぞ、ご利用下さい。」

まずは、集君に何話していいのかわからなかったので、藤堂さんに話すことにした。すると集君の

「美月。」

怒りのこもったドスが聞いた声がした。

「は・・はい。」

「座れ。」

「は・・はい。」

藤堂さんは笑わないようにしているようだが、あきらかに我慢しているのが解る。私は集君の指差す椅子に座る。すると、集君が相変わらず不機嫌な声で

「何でこの状況になったか説明しろ。」

「その・・池に落ちて溺れているところを助けられて。」

とりあえず、落とされたということは黙っておこう。集君が円華さんに何をしでかすか解らない。

「溺れている美月を藤堂が助けたんだな。」

「そうなの。集君。感謝の気持ちでいっぱいです。」

集の圧力で美月の日本語が少しずつ崩れ始めた。

「溺れている女の子が目の前にいて助ける。常識だろ。感謝するようなことじゃない。」

・・・集君。それ、大切な従兄弟を助けてくれた人が目の前にいるときにいう言葉じゃない・・と心で突っ込みながら従兄弟の方を見る。

「当たり前のことを、藤堂が当たり前にしただけだ。」

・・・集君はそのまま藤堂さんの方を見る。

「そのとおりですよ。美月さん。お気になさらずに。あの時あなたを助けないなんて選択肢はなかったですから。」

シャワールームへ促したはずだが、話の展開から行きにくくなった藤堂さんが相変わらず汚れたまま部屋に立っていた。

「で、なんでお前は、シャワーを浴びている?」

怒りの沸点が上昇した声だった。

「・・・え、その汚れちゃって。用意したからどうぞって言われて。」

「馬鹿か。見知らぬ男の勧めたシャワーを浴びるなんて危機感ないんじゃないか。もし、藤堂がお前をカドわかして、このまま、、このまま、、、」

どうも、口にするのも嫌なのか、体がブルブル震えている。集君が怒っている真意が見えてきた。どうも、初対面の男の人が薦めるがままシャワーを浴びたことに対して怒っているようだ。それも親切にしてくれた藤堂さんを前に堂々と口にしている。

藤堂さんの方を見ると、もう完全にこらえていた笑いが堪えられなくなっていた。

「藤堂」

「神様と仏様と藤堂先生に誓って、何もしていません。彼女を許してあげてください。」

「そ・・そうよ。集君。だいたい、さっきから藤堂さんに失礼なことばっかりよ。」

私の言葉に集君は机をドカンと叩くと

「美月。」

・・・・・・・・・

「はい。ごめんなさい。今度からは気をつけます。」

迫力負けしてついにあやまってしまった。いつもこうだ。私があやまると、集君は私の後ろ側に周り、藤堂さんから受け取ったドライヤーで髪を乾かしてくれた。

「藤堂、シャワー浴びて来い。」

集君の言葉に笑いをこらえきれなくなっていた藤堂さんは部屋を退室してシャワールームの方へ向かった。

しかし、藤堂学園に勤めていて教師とはいえ、藤堂さんよりも上の立場から話ができている集君は雇われた身という意識がないのだろうなとかいろいろ考えながらふわふわ髪の毛を乾かしてもらっていた。

「そうだ。美月。いちおう海里にも連絡したから。」

乾かし終わった私の髪をポニーテールに束ね終えると、笑顔で言った。

「なんで?」

「いや、だって心配しるだろ。バスの中でリリーの女子が池に落ちて藤堂に助けられたって話を聞いてから、美月の電話に鬼のように連絡したそうだが、圏外で繋がらず、俺の所にまで連絡着て、その時には落ちたの美月だって知っていたから。落ちたよ美月とだけ。」

「で、海里はなんて?」

「藤堂に助けられるなんて馬鹿か。だから一緒に回ろうって言ったのに。と。」

いる・・・絶対いる。病院についたら絶対いる。

美月は海里のことを考えるとため息が止まらなくなる。海里のそれは100%善意だというのは解る。心配してくれたんだろう。落ちた自分が悪い。泳げなかった自分が悪い。甘んじて海里の説教も聞こうと美月は心に決めた。しばらくすると、髪の毛を吹きながら私服を着た藤堂さんがシャワールームから帰ってきた。そしてポニーテール姿の私を見て、持っていたタオルを落とした。


-似ている・・・―

暁は髪の毛をゆった美月を見て、やっぱりあの時の少女に似ていることに気づかされる。本当は言い争っている時から似ていると目を離せなかった。そして、池に落とされたとき、普段なら部下を使って助けるのに、どうしても自分を知って欲しくて、他の誰かに助けられる前に我先にと急いで飛び込んだ。御風にはらしくないと笑われた。それでも、話をしたいと思った。よく似ていた。唯一の手がかりの美月という名前も一緒だった。そう思うと彼女があの時の天使に見えてならなかった。


落としたタオルを美月は拾うと背伸びして首にそっと巻きつけた。

「風邪だけは本当にひかないで下さいね。」

笑顔が可愛いと暁は思った。窓の外を見ると、西垣内病院が見える。何とかもう少しだけでも彼女と一緒にいたいと思った。

「あの、私の携帯電話は水没して動かないみたいなので、後で必ず藤堂さんに連絡したいのですが、ご迷惑じゃなければ連絡先教えていただいてもいいですか?」

彼女からお礼をしてもらいたいとは思っていなかった。

だが、彼女からもう一度連絡がくるのなら、それは初恋の人への手がかりに繋がるような気がした。普段なら断るようにしている暁だが、自分の名刺を取り出すと裏側にプライベートの携帯電話番号を記入した。

「ありがとうございます。明日までには必ず連絡します。本日は本当にありがとうございました。病院まで送ってくださって・・・」

と、車のドアが空いた瞬間、ガタガタガタと足音が聞こえた。そして、待っていましたとばかりに海里が飛び込んできた。

「美月。」

海里は私に抱きつくと、藤堂さんの前からくるりと自分の後ろに隠した。

「藤堂。お前美月に何しようとした?何で新品の服着てる。藤堂に貰ったんだったら今すぐ抜いて全部まとめて返せ。こんな男から何一つ受け取るんじゃない。」

海里は藤堂さんをまる無視で、私の服を脱がせようとする。

「ちょっと、海里、藤堂さんがいる前で私のこと下着姿にしようとしているわけ?」

美月の言葉に海里は

「俺が自分の服を脱ぐ。すぐにこれ着ればいいだろ。」

「いや、でも下着も用意してもらったんだけど・・素っ裸になれってこと?」

私の言葉に海里は藤堂さんの方を見て、プルプル震えている。

「藤堂、お前、イヤミなやつだとは思っていたが、女子に着て欲しい下着まで渡す変態だったのか?」

いや、なんか海里の言葉がずれている気がする。

「西垣内、ごめんな。もしかして、蘇芳さんが、お前の言う幼馴染ってやつか?」

私や集君に話す話し方とは違う話し方になった。

「そうだ。話もするな。藤堂の毒牙に美月がひっかかったら、この世の終わりより最悪だ。」

表情から嫌悪感が溢れている。しかし、

「海里。私溺れて助けてもらったの。藤堂さんに失礼なこと言わないで。」

「目の前で人が溺れていたら助ける。当たり前だろ。んな当たり前のことにいちいち感謝できん。」

海里がそう言うと私の肩を抱き

「助けただけなら良い。ありがとうと素直に言ってやっても。だけどな、美月。美月を自分の空間へ連れ込み、シャワー浴びさせ、さらに服まで用意して。変態としか言い様がないだろう。集君が駆けつけなかったら、何されていたか。自覚しろよ。美月はモテるんだよ。昔から。藤堂が一目惚れして・・あああああ・・・」

そう、そして海里の想像の範囲も、育て親の集君と観点が同じなのだ。

初対面の男に言われるがままシャワーを浴びるなということらしい。

ただ、行っていることはごもっともなので・・

「西垣内、蘇芳先生にもいったが、神に誓って何もしていない。」

「当たり前だ!!してたら、今から決闘して、みじん切りして海に沈めてやる。」

海里は本気で藤堂さんに言い放っていた。やるかもしれない。海里なら。

まぁ、海里がやる前に集君がやるか。美月は不毛なことを考えながら海里にブンブンふられていると、少しふらっとして倒れてしまった。その美月を暁が片手で支えた。そしてその支えた美月を明からお姫様だっこで海里が奪う。さらに、その海里が奪った私を

「お前も簡単に触れるな。海里。」

と、集君が分捕りにきた。過保護だ。海里よりも集君の方が数倍。

「藤堂、点滴しなくちゃならないようだから、このまま美月は俺がつれてく。今日は、ありがとな。少しだけだぞ。感謝してやる。」

集君の言葉に暁は相変わらず笑いを堪えられないようだった。3人が怒涛のように去った後、暁はポケットの中にお守りのように小さな巾着に詰められた髪留めを久しぶりに手に取る。肌身離さず持っているそれだが、中を開くことはあまりなかったそれを、なぜか久しぶりに見たいと思った。

「暁様。どうかなさいましたか?」

「御風。これをくれた初恋の女の子の名前、美月なんだ。」

「暁様の天使が、蘇芳美月様だと思われているのですか?」

「総力をあげて調べても美月は見つからなかった。藤堂家が探しても見つからない。最初は夢かと思ったけれど、蘇芳家なら隠すだけの力もある。何より、髪を結った彼女は、本当にあの時の天使にそっくりだった。やっと会えたって思った。」

御風は、暁の言葉に小さく頷いた。

「らしくないことばかりだろ。彼女を見ていると、自分を知ってもらいたいと思うことばかりだ。今も彼女のことが忘れられない。もし、あの天使じゃなかったとしても、彼女に特別な感情を抱いたいことには間違いない。」

御風は暁の言葉に柔らかく笑顔を見せると

「父上も蘇芳家のご令嬢なら許されるのではないですか?暁様とご成婚されるに不足する家柄ではありません。とても優秀で特許を何個も取得されている才女だと聞いています。こちらでも調査します。」

「ありがとう。御風。」

御風は暁の笑顔に胸が高鳴った。

御風の家は代々藤堂家に使えている。自分も暁に使えるため、生まれたことを誇りに思える。それほど、暁は聡明で、御風にとっては神々しい存在なのだ。

暁は絶対的に御風だけは信頼していた。御風はその信頼を勝ち取った自分のことが好きだった。だから、暁には幸せになって欲しいと思っていた。美月と出会い、奇跡を知ってから、彼女につないでもらった全てを、後悔させないと、それまでとは比じゃないほどの努力で今の自分を保っていることを誰よりも御風は知っていた。暁はそれだけ誇らしい主人なのだ。


「さて、美月ちゃん。水泳習う?」

診察室で笑顔の美形は西垣内大河。海里の父親だ。西垣内総合病院の院長であり、医学会の研究分野では蘇芳家と並ぶ屈指の天才と言われている。

「少し検討させていただきます。叔父様。」

美月は大河のことも好きだった。自分のことを一定の距離を置いているが大切にしてくれているのが解る。集くんや海里と違って、その距離感は本来の家族のものなのではないかと思うほど適切なのだ。

「念のため点滴するね。今日は入院。明日の夕方までは美月ちゃんのお部屋でちゃんと寝ていること。」

「わかりました。叔父様。」

「しかし、池に落ちるとは、なかなか抜けているところがあるんだね。美月ちゃんも。」

大河は笑いながら言う。美月は絶対に落とされたと言わないようにしようと決めていた。

「面目ないです。そういえば叔父様。私の携帯電話、動かなくなってしまったので・・」

言いかけると

「困るだろうから、先ほど人を使って新しいものと交換させるよう手配しているよ。届き次第病室に届けるよ。しかし、美月ちゃんを助けたのが藤堂君とは、運が良いね。小さい頃から知っているけど、文武両道の好青年だよ。」

「あ、そうですね。迷わず飛び込んで助けてくれたみたいで、以後もずっと笑顔でレディーファースト。王子様みたいな人でした。」

「嫌味王子だな。」

私の言葉にすかさず海里がチャチャをいれる。

「嫌味なんてひとつもなかったわよ。」

「フェミニスト。藤堂は。美月をかどわかす予定だったんだ。」

どうも、海里はまだ、藤堂さん、かどわか事件を根に持っているようだ。

「フェミニストいいじゃない。サディストよりもよっぽど。あの性格ならクラスに3人以上は藤堂さんが好きっていう人がいそうね。」

「いるだろーな。」

海里は吐き捨てるように言うと

「女子の間で協定が結ばれていて、告白しようもんなら、次の日から地獄を見ることになるだろうなと噂されているよ。」

「まぁ、それに関しては美月、海里も同じ位もてるぞ。」

「集君。」

集の突然のチャチャに海里は急いで集の口を塞ぐ。

「海里がもてる?そっちはイメージになかった。」

「海里は提携こそないから、月に数度は告白されているのではないでしょうか。よく断られたって泣いている女子見るぞ。」

「集君。それ以上は美月には言わないで。」

海里はタジタジの状態だ。

「話したこともない女子に告白されて、断る以外選択肢ないと思うんだよな。」

海里は小さい声でブツブツ言いながら美月の方をチラ見する。

「それもそうね。最もな意見だわ。海里。でも、もったいない程の美人いなかったの?」

笑顔で聞かれると、海里はそっぽむいて

「いない。少なくとも美月より美人だと思った女の子は生涯いない。」

顔を見られたくないのか、海里の顔は真っ赤だった。美月はそんな海里の正面に回ると、デコピンを一回して

「可愛い幼馴染がいて、嬉しい限りでしょ?」

笑顔で言うと、海里は

「可愛い幼馴染がいて幸せです。」

両手をバンザイして言う。その言葉に美月は笑顔でコクりと頷くと、また椅子の上に座る。

「可愛い幼馴染の美月さん。お部屋まで運びましょうか?」

そう言うと海里は美月をお姫様だっこしてみせた。

「ちょ。海里。点滴外れる。」

私の言葉に

「藤堂は、リリーの女子生徒を車までお姫様抱っこで運んでいたって噂されていましたよ。王子様みたいで素敵だと。」

海里はニヤリと笑い

「俺にも・・」

その瞬間、


バコン!!


っとそれはそれは大きな音がした。

「いってー。」

海里の頭を殴ったその音。振り向くと、鬼の形相をした集がたっていた。海里はしまったという顔をしたが、その時点で、その行為は取り返しのつかないことだった。大河はその状況を見慣れているのか、息子を見て、声に出さず口だけで「がんばれ」と伝えていた。

「美月に対する接触距離違反だ。本来なら死刑だ。しかし、藤堂に対する嫉妬を鑑みて、半殺しですませてやろう。海里君。」

海里は顔を引きつらせる。普段は海里と呼ぶ集が、海里君と言った時点で完全に敵扱い。怒られることはよくあることだが、過保護父親モードの集は非常に質が悪いのだ。

「集君。そんなに怒らないでよ。」

海里にとっての救いの女神の声が降臨した。こうなった集を止められるのは、美月だけなのだ。

「私が一番好きなのは集君だよ。少なくとも集くんより素敵な男性には出会ったことないよ。」

そう、この言葉で集は海里を半殺しにしなくなるのだ。過去に美月は本気で海里が殺されかけるところを目撃した為、集君の怒りはなるべく収めてあげると決めていた。

「だよなー。美月。」

集はそういうと上機嫌でニコニコと笑顔を取り戻す。海里は美月に両手を合わせて礼拝すると、美月は笑顔でコクりと頷いた。

「さて、美月ちゃん。晩御飯は特に食べちゃいけないものはないから、食堂のメニューから好きなものを選びなさい。部屋に運ばせるから。さて、お二人さん。美月ちゃんがゆっくりねるために本日はお帰りください。」

大河の言葉に2人は退散することにした。美月は用意された車椅子に乗せられると、看護婦にいつもの病室に運ばれた。数年前は真っ白だった病室の壁は、今は綺麗な星柄の壁紙に包まれている。病室っぽいと錯乱するかもしれないと、海里と集君がせっせとリフォームしてくれたものだ。部屋の星柄の中でほんの少しだけ、暗くなると綺麗に光る塗料を塗ってくれているおかげで夜暗くなると、部屋の中の星が、赤と青と黄色の三色にところどころ光るところも気に入っている。食堂のメニューを部屋からオーダーする。なんとなく、お腹がすいていなかったので、サラダとミニカレーを頼むと、数分後部屋に届いた。そのときに携帯電話も一緒に看護婦さんが持ってきてくれた。

ストラップやらケースもすべて水没してしまった。また今度買いに行かなくちゃと思いながら、カレーをゆっくりと食べ時計を確認する。19時を差す時計。このくらいの時間なら迷惑にならないかな。

美月はそう思うと、ポケットの中から名刺を出し、裏側の電話番号を操作する。

数回コールされてのち落ち着いた声が聞こえてきた。

「はい、もしもし。」

「こんばんは。蘇芳です。藤堂さんの電話で間違いないですか?」

「はい」

「今お時間大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。」

電話越しの声も透き通っていた。何だか動機が早くなる気がする。珍しく自分が緊張していると思う美月は、藤堂さんにバレないように小さな深呼吸をした。

「あの、お体大丈夫ですか?」

「ええ。心配してくださったのですね。僕は丈夫ですから、大丈夫ですよ。」

「そうですか・・よかったです。」

美月は心の底から安堵した。春先とは言え気温は決して高くない。それなのに自分ばかり優先してくれて、寒空の下、かなりの時間びしょ濡れでいてくれたはずだ。だから、体調が悪くなっていないか本当に心配だったのだ。

「それで、迷惑なら断っていただいてかまいません。今週の土曜日お暇ですか?14時から生徒会があるのは海里のスケジュール見て知っているのですが、その前の少しのお時間でいいのですが・・・」

暁は少しだけ間を置いて、

「予定はありませんよ。僕を誘って下さるのですか?」

「本当ですか。でしたらお昼ごはんご馳走します。お礼も兼ねて。あ・・・」

美月は海里のふとした言葉を思い出した。そういえば海里の愚痴の中に藤堂さんは女子からの差し入れは絶対に口にしないと聞いていた。

「お弁当作ろうかと思っていたのですが・・・。そういうの苦手ですか?」

美月の間に暁は一瞬で自分の行動を察したのか、

「西垣内に何か聞いていますね。」

「あ・・・はい。」

美月は隠してもしょうがないので、正直に話すことにした。

「あまり、人が作ったものを食べるの得意ではないのかなというお話を。」

「少し違います。誰が作ったか解らない物を食べるのが得意じゃないだけです。過去に睡眠薬を入れられて誘拐されたり、その家が家なだけにいろいろあったので。靴箱や、ロッカーによく差し入れが入っているのですが、知らない人や、誰が作ったか解らないものは警戒して口にしないようにしているんです。誰が作ったものか解かれば問題ないですよ。潔癖症ではないので。」

少しだけソワソワしているのを感じた。藤堂さんでも少し焦ることもあるんだなと美月は関心した。

「良かった。お礼は絶対に心を込めて。これ集君が小さい頃から常に言っていて。私、海里と集君以外の男性と話したこともあまりないので、何をしたらいいのか全然解らなくて。でも、お料理は少しだけ得意だから。食べたいものありますか?」

美月はほっとしたのか、電話越しに少し笑顔になった。

「任せてください。意外とレパートリーも多いですよ。」

「そうですか。では、お昼なのでサンドイッチとか軽食がいいです。でも、いいんですか?」

「もちろんです。土曜日の11時頃、藤堂学園前駅の西口で待っています。」

「わかりました。楽しみにしています。それより、蘇芳さんは、お体大丈夫ですか?」

「今日は1日入院です。入院はよくあることなので、第二の家で寝ているってだけです。気分的に。明日の夕方には退院できるので、心配するようなことにはなっていないですよ。」

「そうですか。じゃぁ、今日はゆっくり休んでください。土曜日体調がすぐれないようならまた連絡してください。」

「はい。」

「では、おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」

美月はそう言うと携帯電話の画面を見た。番号を登録していいのかと確認するのを忘れたが、何となく登録しておきたくて、画面に向かって電話帳登録をする。集君と海里以外の男の人と話すのは少し緊張することだと思い知る。まだ少し胸がドキドキする。美月はベッドに入ると部屋の電気を暗くして、叔父様との約束通り横になることにした。しかし・・・


トントン


すぐに、扉を叩く音がした。

「美月ちゃん。少しいいかな?」

大河叔父様の声がした。

「はい。まだ起きています。」

美月はそう言うと手元にある部屋の電気をつける。そこには大河と知らない男性がいた。

「警視庁の特別テロ対策本部の斉藤警視だ。」

美月は紹介されたので、ベッドで起き上がると会釈を返す。

「はじめまして。蘇芳美月です。」

「美月ちゃん。今から集君がここに来るから、来てから警視さんが美月ちゃんに聞きたいことがあるそうだ。集君が絶対に自分が来るまで話を始めるなって言っていたから、警視さんには先に美月ちゃんのお部屋にだけ通して・・・・」

「お待たせしました。保護者の蘇芳集です。」

大河の言葉を遮るように、集君が部屋に入ってきた。点滴がついたままの私を車椅子に乗せてとなりの応接セットの部屋に運んでくれた集君は、不器用な手つきで4人分のお茶をいれると斉藤警視に差し出した。

「美月の両親はご存知の通りです。今は従兄弟である僕が保護者をしています。成人していますし、問題ありませんよね?斉藤警視。」

集は柔らかく真剣な声で言うと

「かまいません。時間がないので手短にお話します。蘇芳理人が逃亡しました。」

・・・・集と美月2人が顔を見合わせる。

「あの・・・お母様は?」

「蘇芳沙都花も同時に消息を立ったそうです。おそらく、沙都花を救えるチャンスを利用して理人が共に某国より逃亡したものだと思われます。」

美月は沙都花が死んだという報告を受けないことにほっとしていた。

「本日15時。聖リリー学園で某国による報復テロがありました。」

その言葉に美月は絶句する。

「あなたは、本日早退されて、学園へはいらっしゃらなかった。某国はこのテロを理人に対する報復と日本政府に通告してきました。本来は貴方を捕らえる為に起こしたテロでしたが、あなたがいなかった。だから、学園にいた半数以上の女子生徒、210人を拘束しました。特に家柄や親が政治に関与していない生徒に関しては釈放されましたが、リリーは」

「政府関係者、経済、研究関係者のお嬢様が多い学校です。それで、210人は拘束されたままということですね。」

「そうです。蘇芳美月と210人を交換。もしくは、210人を某国で奴隷刑にして理人の穴を埋めるかどちらでもいいそうです。あなたか、政府か、どちらかに報復しなければ、某国の面子の問題だそうです。返事は2週間以内とのことです。」

「で、日本政府はどのようにお考えで?」

集は早くも脳内が沸騰し始めている声で警視に向かって話す。随分我慢しているのが解る。

「まさか、約定をお忘れになったとは言いませんよね?日本政府は?」

「最低でも10年は耐える。10年耐えたら、これ以上某国に対し蘇芳家からは犠牲を出さない。それが蘇芳理人と蘇芳沙都花が飲んだ、某国へ人質としていく条件です。日本政府並びに総理大臣、天皇家すべての人の印が押されています。もともと10年の約束がすでに、13年に超過しています。理人は約束を守っている。」

「日本政府には、お金がない。理人を差し出すならばと上納税を国庫の5割から3割にされていたことはご存知ですよね。5割に戻れば、貧民層が飢えます。今の政治家が自分を犠牲にして貧民層を守るとは思えません。そして何より、自分の娘や親族の子供を奴隷刑に処するとされて、ますます・・・」

「出しませんよ。蘇芳家は。もう犠牲になりません。」

集は机をドカンと殴り、その机は真っ二つに割れていた。我慢が爆発したしたことが美月はすぐに解った。

「明日の朝からこの件の報道が始まります。この裏締約については一般の人には知らせません。それはせめてもの蘇芳家に対する敬意だそうです。210人の命と1人の命、それでは世間から美月さんが避難を浴びることになる。しかし、日本政府としては、美月さんを差し出して210人を守りたいというのが恐らく本音です。美月さんを差し出せと言っている理由は悪いものではないんです。」

一拍置いて

「ガノッサ皇太子殿下を美月さんはご存知なのですか?」

斉藤の言葉に、美月は集と顔を見合わせた。

「少なくとも一度もお会いしたことはありません。一方的に名前は知っている程度です。その・・私は某国へ渡ることは許されていないのです。それは、日本国政府に精通されている斉藤警視も前知識があるのではないですか?日本で行われる某国関連のパーティー等も人質となる可能性を鑑みて学校すらお休みしていて、鉢合わせる可能性は少ないと思います。唯一可能性があるとすれば、年に一度、両親に手紙をやりとりすることを許されていて、その手紙の中に毎年必ず3人で撮った写真を入れて送っています。私を見た可能性があるなら、もう本当にその写真位です。ただ、皇太子という立場の方が封書の中身を検査するようなことをされるとは、とても思えません。」

「そうですね。私もそのように聞いています。貴方は日本国政府並びに蘇芳家が持つ最後の頭脳と言われている、今後の日本の要なりうる令嬢だとも言われてきました。」

「そんな・・そんなことは・・ないです。」

美月はあまりの賞賛の言葉に、下を向いて小さな声で思わず否定してしまった。

「その明晰な頭脳で某国に目をつけられているのかは解りませんが、ガノッサ皇太子殿下直々にあなたを正妃候補の1人として某国へ渡せとおっしゃられています。」

・・・・・

美月が声を発する前に、見事に集の怒りは怒髪天へ達した。

「人質ではなく、正妃候補なのだからマシだろ。行けということか?」

集の声に美月は座っている場所を思わず隙間を空けてしまうほどの怒りを感じた。今何かをいえば完全にねじ伏せられる・・・美月は長い経験から絶対に自分は集に勝てないことを知っていた。

「外国の娘が正妃になった場合、隷属国と言われている日本が、日本を取り戻せるのです。正妃になるほどの娘を排出した恩赦で某国へ収める税率が0割となり、戦前の日本を取り戻せる。多くの国が王妃候補の娘を育成するほど、メリットがあります。あなたが幸せになれるとは言いません。ですが、他国へは王妃候補を出せと言っているのに対し、日本にだけ、蘇芳美月を出せと言ってきた。それは、蘇芳理人への報復の可能性もありますが、あなた自身に皇太子殿下が何か惹きつけられた物があるという可能性もあります。」

「正妃になれなかった場合の処遇を俺が知らないとでも思っているのか?」

斉藤警視は少し下を向いて

「ご存知なのですね。」

「当たり前だ。某国に対することは、子供の頃、バカみたいに大人に詰め込まれた。俺の育った環境を知らないのか。もし知っているのなら今すぐこの部屋から出て行け。さもなくば・・・」

集君は美月に聞こえないように斉藤警視の耳元で最後の言葉を呟いた。すると斉藤警視は両手を上げ

「本日は退散します。恐らくリリー学園は廃校です。美月さんは、明日もこの場所からでないことをお勧めします。」

そう言うと、

「分かりました。自宅へは戻るなということですね。しばらくこちらにいます。」

そう言うと美月は手元にあったメモに自分の電話番号を書いた。

「美月。」

集君の声が震えているのが解る。

「斉藤警視。これ。」

私はその紙を警視に渡す。集は奪い返そうとするが

「やめて、集君。」

美月はその集の前に立った。そして、斉藤警視の方を見ると

「私の電話番号です。状況報告をしていただけませんか?リリーの生徒は、そのあまり仲良しのお友達とかもいないのですが、一応学友です。某国での奴隷刑がどんなものか知らないわけではありません。守りたいほどの思いはないですが、見捨てられるほどの距離でもありません。」

美月は一礼すると、最後に

「ですが、私を大切にしてくれる人を裏切ることも、泣かせることもしたくありません。」

美月の言葉に斎藤はその電話番号を胸にしまうと、敬礼をして部屋から出て行った。そして部屋から出た斉藤警視を見送ると、そのまま美月は集の胸元へ抱きついた。

「泣いているのか?」

美月の涙にめっぽう弱い集は、そのまま美月を抱え込むと、載せていた車椅子を捨て置いて、美月を部屋までつれていった。そうして自分も一緒にベッドに入る。

「海里には、やっぱり今の言うのよね。集君。」

「言わない方がいいか?」

「ううん。言っていい。もし、私が逆の立場で隠されたら、絶対に嫌だもん。叔父様と海里には言ってもいいよ。」

「美月、ひとつだけ聞かせてくれ。怒らない。」

一瞬何かを考えたのか、拳を強く握りしめるようにしてから

「怒らないように努力する。行く気か?シャストリアルダ?」

と決意を込めて口にすることも許されない某国の国名を集ははっきりと言った。その国名を口にしていたと噂されれば、反逆罪の可能性も浮上して、逮捕される可能性もあるのだ。だから、占領国、隷属国と言われる国の人たちは、「某国」というようにしているのだ。

「解らない。ただ、4人の命を奪った自分が210人の人生を守れるなら、心が少し軽くなるかなって。逆に、また自分が原因で210人の人生を終わらせたって罪の意識に苛まれる位なら、自分が某国へ、犠牲になるほうが楽なのかなって。」

集に強く抱きつく。

「思わずにはいられないの。忘れられるほど、私は強くない。私が某国へ行けば、集くんも海里もすごく苦しくなると思う。海里が行くって言ったら、私はなんとしても行かせないようにすると思う。」

胸元に美月の涙が染みて、その染みは広がっていく一方だった。

「すぐに、答えは出さない。集君に内緒で勝手に某国へ行くって決めない。それだけは約束する。それに・・・」

少しだけ藤堂さんの顔が浮かんだ。こんな時に、海里と集君以外の顔が浮かぶなんて驚きだ。

「約束しているの。土曜日に藤堂さんと会うって。この間のお礼。」

「・・・2人で会うのか?」

「誘われたんじゃないよ。私が誘ったの。あのね、集君。わたし人生で海里と集君以外の2人目なの。藤堂さんが・・・」

「2人目?」

「なぜか、気になるっていうのかな。一度目は屋上で泣いていた男の子。顔すら覚えてないんだけど、存在は覚えていて。次は藤堂さん。ドラマチックな助けられ方したからかもしれない。思った以上にミーハーなのかもしれないけれど、どうしても気になるの。」

集は、藤堂暁には少しだけ弱気になる。それは、藤堂明の弟だというのもどこかにあるのだろう。暁と明は決して血縁関係は無い。それは解っている。藤堂家は血縁関係よりも優秀さを求める家だ。遺伝子操作で生み出された高学歴遺伝子の子供を、英才教育して後継者を育てる。

「美月が、誘ったならいい。ただし、藤堂に誘われたら、俺は藤堂に決闘を申し込まなきゃならんかったな。」

「でも、この状況でおでかけしちゃ駄目よね?」

「藤堂ならいいよ。」

集は暁の力のことを知っていた。だからこそ、美月をある程度守れることは知っていた。

「その代わり、藤堂にも話す。」

「どうして?」

「その話を聞いて、藤堂が守り通す自信があると言ったら、すごく不服だが、土曜日は行ってもいい。電話貸せ。美月。」

そう言うと集は美月の電話を奪う。美月は何となく理にかなった意見だと思った。藤堂さんを巻き込んでしまう可能性がある。それは彼に教えておかなくてはアンフェアだと思ったからだ。

集の電話している姿を見て、窓の外を見た。

今日、満月だったんだ・・・美月は大きな月を見ながらふと、思った。



―藤堂邸―

暁は、普段バイブレーションしか鳴らない設定を初めて着信音がなるように設定しなおした。今日、明日には電話がかかってくると彼女は言った。約束を違えるような性格ではないだろう。なんとしても2日以内に連絡してくるに違いない。その電話を絶対に取り逃したくなかった。だから初めて携帯電話から着信音がなるように設定しなおせばという御風の案を採用したのだ。

食事もお風呂も何もしようという気にはならなかった。

「暁様。連絡が来たら、必ずお知らせします。お父上か渡されたお仕事を片付けたほうが良いのではありませんか?」

御風が半分呆れ顔だった。生まれてからずっと暁に使えてきたが、こんなに落ち着きのない暁を見たのは初めてだった。御風の呆れ声を感じてか、暁は渋々、デスクの上のパソコンを広げて、山積みになった資料を読み始めた。

御風はそんな暁を確認すると、その机の横に珈琲を一杯入れて渡した。

しばらくすると、19時を知らせる時計の音が聞こえたと同時に、携帯電話の着信音が鳴った。それは知らない番号からだったので・・・暁は一拍置いて電話に出る。

「はい、もしもし。」

「こんばんは。蘇芳です。藤堂さんの電話で間違いないですか?」

彼女の声だった。電話越しでも解る胸に響く、綺麗な声。暁は

「はい」

としかいうことができなかった。

「今お時間大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。」

「あの、お体大丈夫ですか?」

「ええ。心配してくださったのですね。僕は丈夫ですから、大丈夫ですよ。」

第一声は自分に対する心配だった。やっぱり彼女は優しい。なぜか知っているように思う。もう暁にとって美月は、あの時の天使としか思えなかった。

何とか次の約束を、理由をつけて繋ぎ止めよう・・そう考えていると、

「そうですか・・よかったです。」

心底安心したような彼女の声が本当に嬉しいと暁は心が踊る。

「それで、迷惑なら断っていただいてかまいません。今週の土曜日お暇ですか?14時から生徒会があるのは海里のスケジュール見て知っているのですが、その前の少しのお時間でいいのですが・・・」

「予定はありませんよ。僕を誘って下さるのですか?」

思わず早めに返事してしまった。自分が考えなくても、彼女から誘われた。

本来ならお礼はいらないとカッコつけたい所だが、このチャンスを逃したくなかった。そんな自分に少し嫌気がさしたが、どうしても、会いたかった。

「本当ですか。でしたらお昼ごはんご馳走します。お礼も兼ねて。あ・・・」

彼女が一拍おく。

「お弁当作ろうかと思っていたのですが・・・。そういうの苦手ですか?」

彼女の言葉に、西垣内が頭をよぎる。

「西垣内に何か聞いてますね。」

「あ・・・はい。」

少し気まずそうな声で

「あまり、人が作ったものを食べるの得意ではないのかなというお話を。」

遠慮しながら言ってくれているのが解った。

「少し違います。誰が作ったか解らない物を食べるのが得意じゃないだけです。過去に睡眠薬を入れられて誘拐されたり、その家が家なだけにいろいろあったので。靴箱や、ロッカーによく差し入れが入っているのですが、知らない人や、誰が作ったか解らないものは警戒して口にしないようにしているんです。誰が作ったものか解かれば問題ないですよ。潔癖症ではないので。」

何となく言い訳じみているなと思いながら、言った。実際は、よく解らない女子が作ったものを食べたくなかった。自分に向けてくれる女子の好意を嬉しいと思ったことがなく、むしろ鬱陶しい思っていた。だが、藤堂家の次期当主として、多くの人に指示されるのは大切なことという父の言葉どおり、学校では王子様を目指して接している。唯一、自分を藤堂家の人として見てくれない、海里にだけ心を許して本性で接していたのが、アダになったな。と暁は少しだけ後悔した。

「良かった。お礼は絶対に心を込めて。これ集君が小さい頃から常に言っていて。私、海里と集君以外の男性と話したこともあまりないので、何をしたらいいのか全然解らなくて。でも、お料理は少しだけ得意だから。食べたいものありますか?」

彼女の声に心が少しづつ色づく。こんな自分は、天使の少女に出会ったあの日以来初めてだった。

「任せてください。意外とレパートリーも多いんですよ。」

「そうですか。では、お昼なのでサンドイッチとか軽食がいいです。でも、いいんですか?」

「もちろんです。土曜日の11時頃、藤堂学園前駅の西口で待ってます。」

「わかりました。楽しみにしています。それより、蘇芳さんは、お体大丈夫ですか?」

本来の自分を取り戻すように、彼女を心配する言葉を忘れずに言えた自分に少しだけ関心した。

「今日は1日入院です。入院はよくあることなので、第二の家で寝ているってだけです。気分的に。明日の夕方には退院できるので、心配するようなことにはなっていないですよ。」

「そうですか。じゃぁ、今日はゆっくり休んでください。土曜日体調がすぐれないようならまた連絡してください。」

「はい。」

「では、おやすみなさい。」

「ええ、おやすみなさい。」

かちゃんと電話が切れる音を聞くと、少し緊張がほぐれた。

「蘇芳様からでしたか?」

「ああ。土曜日の11時の彼女と会う約束したよ。」

暁の柔らかな笑顔。その笑顔は作り笑いではないことを御風は知っていた。

暁は、優しくて、穏やかな好青年で、成績優秀、運動神経抜群、文武両道を持で行く人だと誰もが思っている。だが、実際は違う。心は繊細で、誰の期待も裏切りたくなくて、努力に努力を重ねた人だ。性格だって本当はそんなに良くない。幼い頃何度も命を狙われたことから人を信じられなくなっている。そんな中で御風は暁の信頼を勝ち取っている数少ない人だ。

「それは良かったですね。暁様。」

「ああ。」

「では、残りのお仕事が、落ち着いて片付けられそうですね。」

「ああ。すぐ終わらせるよ。」

暁は美月からかかってきた電話の番号を、携帯電話に登録した。どんな形でも、彼女と繋がっていたかった。彼女から電話がかかってきたら心が軽くなって、仕事もより一掃片付いた。いつもポケットにしまっていた髪留めを見る。あの時の天使は彼女なのだろうか・・・・。

確認したいが、暁にはひとつだけ心残りがあった。それは彼女があの日最後に発した一言。あれは、忘れて・・だったのか・・・忘れないで・・だったのか。もし忘れてだったら彼女にその話をするのは躊躇われるし、忘れないでだったら、本当に幸せな再会になるだろう。忘れないでだったらいいと何度も願っていた。暁は残りの仕事を一気に片付けた。

2時間位たっただろうか・・・。再度バイブレーションにし忘れていた電話が鳴った。画面表示には『蘇芳 美月』・・・。

「もしもし・・・・」

「藤堂。俺だ。」

声は見知った人の声だった。

「蘇芳先生。美月さんに何かあったんですか?」

「土曜日美月とデートだそうだな。」

・・・美月さんはどうやら正直に保護者に話しているようだ。西垣内から聞く限り、相当な過保護のはずだ。

「俺は、男が美月を誘う場合、俺を倒してからにしろと決闘を挑むと決めているが、今回は美月が藤堂を誘ったそうだから、そこは多めに見てやる。だがしかし、美月を傷つけるようなことがあったら、全力でお前を殺す。」

・・少し嫉妬めいた何かを感じる。

「で、本題だ。明日朝解禁される情報だが、もう知っているか?リリー学園が、某国の報復活動で政府関係者の娘が210人、連行された。」

「美月さんは?」

「お前が学校側に返さず、美月を西垣内病院へ運ぶという偶然にも良い仕事をしたおかげで、無事だ。」

何となく、感謝なのか嫉妬なのか、よく解らない集の声に暁は思わず吹きそうになったが、相手が真剣に話しているのだ。笑ってはいけない気がした。

「某国は210人の命と引き換えに、美月を差し出すよう政府に勅書を出している。」

・・・暁は一拍置いて

「蘇芳先生、まさか・・」

「差し出してないぞ。出すか。バカタレ。」

即答だった。

「この情報は解禁されないが、政府関係者は勅書の存在を知っている。今、美月を取り巻く状況は危険ってもんじゃない。某国関係者並びに、日本政府高官関係者にその身柄を狙われることになる。」

集はドスが聞いた声に変わる。

「土曜日、美月は藤堂に会う約束を果たしたいと言っている。」

そんな状況でも、美月さんは、自分に会いたいと言ってくれていることが嬉しかった。

「お前だから。美月を行かせる。ただし、申し訳ないが、待ち合わせの場所には俺も一緒に行く。一人にはできないからな。そして、」

集は一拍置くと

「何があっても、どんな手段を用いても、お前が全力で美月を守ると約束できないなら、土曜日は行かせられない。いいか。藤堂。どんな手段を使ってもだ。」

集は二度繰り返す。暁はそこで何となく気づいた。蘇芳家の長男の一人息子なら。知っているのかもしれない。そう思った。自分が隠している力のことを。

「わかりました。どんな手段を使っても。彼女を守ります。ちゃんとその日の夜に蘇芳先生に会えるように。僕が持っている全ての手段を使います。」

暁はあえて手段という言葉を強調してみた。集が知っているのかを何となく確認したかった。

「解った。約束破ったら、解ってるな。藤堂。」

「もちろんです。火炙りにでもしてください。」

暁は火というキーワードを使う。

「お前は火炙りじゃ死なないだろ。水責めだ。バカタレ。」

・・・・知っているんだ。暁は思った。だが、それ以上は言わない。

「絶対に殺されるようなことにはなりませんよ。」

「あ、藤堂。美月が変わってくれって。変わるぞ。」

いきなりなので、思わず身構える。

「もしもし、藤堂さん。本当にご迷惑おかけします。私の我が儘に付き合っていただいてありがとうございます。」

少し申し訳ない感が伝わる、彼女の声が、より一掃僕の心を震わせた。迷惑をかけられないから会えない・・・そう言われても仕方のない状況だ。彼女は僕の力のことを知らないのだから。それでも、ありがとうと言ってくれた。

「貴方の我が儘は、僕にとって我が儘じゃありませんよ。お会いする日を楽しみにしています。」

蘇芳先生と話していた声とは違う穏やかな声に変わったと御風は思った。蘇芳美月だけが暁の心を穏やかにする。何となく御風は感じた。

「その・・眠れないかもしれませんが、お休みください。体調優れないのでしょう?どうしても眠れなかったら、また連絡してください。お話お付き合いしますから。」

「優しいですね。ありがとうございます。では、ちゃんと眠ります。おやすみなさい。」

「ええ。おやすみなさい。」

暁は電話を切ると、穏やかな表情が一変する。

「御風。今すぐ調べて欲しいことがある。明日の朝までに早急にだ。」

「どうなされましたか?」

暁は、今集から聞いた内容をそのまま御風に話す。

「つまり、私が調べるのは、リリー学園のどの女子生徒が拘束されたか。その拘束された女子生徒の親御さんの身辺調査。蘇芳美月様を狙う可能性がある者を全て潰していく。この三つですね。暁様。」

「そうだ。彼女の周りは俺自身も注意する。いざという時は使えるように身構えてくれ。俺の力を運ぶ力を持つのは、御風の力だけだからな。」

「かしこまりました。今すぐ全力をあげて調査します。」

御風は集中する。すると、彼の周りには、黄色の強いオーラが体を纏った。御風の耳元に大きな力が集中した。御風は風を使う能力を持っていた。その風を利用して人の声を自分の耳元へ運んでいるのだ。そして、常人とかけ離れた処理能力を駆使して、パソコンに向かって情報を打ち込んでいた。

「暁様。明日に備えてお眠りください。私は今晩中に情報を収集しますが、明日の朝からしばらくお休みを頂きます。その間、美月様をお守りできるのは、暁様だけですよ。」

そう言うと最後に

「美月様から万が一にも電話がなったら、耳元に大きな音を風で送り込んで絶対に起こしてさしあげます。だから、寝てください。お体に触りますよ。」

「わかったよ。御風。少し休むよ。徹夜させてすまないね。」

「暁様が掴んだ天使の手がかり。無駄にはしません。それに・・・蘇芳家の秘蔵の姫君となれば選ばれている可能性も高く、本当に天使なのではないかと私も思っております。」

暁は御風の声に笑顔を見せると、約束通りベッドに入った。


次の日の朝から報道はリリー報復で占められていた。助かったのは半数の生徒は、美月以外は、一般の家系(リリー学園では低身分の人)のみ。彼女たちがインタビューに答えている姿が映った。美月はそのテレビを海里と集と一緒に研究病棟の応接室で見ていた。

「集君。某国は何で蘇芳家ばかり目の敵にするんだよ。」

海里は小さな声で一言ボソリと呟く。

「頭脳は、大量の兵器より勝る。という言葉があるそうだからな。蘇芳家=日本の頭脳。それはやはり拭えない。理人が逃げたと言っていた。日本で理人の次は美月だったのかもしれない。」

「本当は、集君だろ。」

「否定はしない。だがな、こうなることを予想して隠してきた自分には少し後悔している。まさか、美月を差し出せという所へ行くとは思わなかった。迂闊だったよ。」

「集君は、私と海里が成人するまで某国に行きたくなかったんでしょ?私たちのために隠してきたんだから、迂闊なんて言わないで。」

「とりあえず、美月は藤堂学園へ転校する手続きをとった。だが、藤堂学園が報復に合うわけにはいかないから、海里解っているな。」

集の声は重たくて、でも海里はその重たさを受け入れる覚悟はできていた。

「解ってる。気配はすべて潰す。」

「そのとおりだ。」

海里は目を閉じる。

「某国関係者だけじゃなく、日本政府関係者も合わせて・・だよね?」

「当たり前だ。」

「待って海里。」

美月は小さな声で言う。その美月の表情はどこか淋しげだった。

「海里に危険が及んだり、体力が消耗して疲れてしまったり。そんなことになるようなら、私は守られたくない。だから・・・海里に負担をかけたくないから、私リリーへ行ったのに。」

美月の瞳からは、海里があまり見ることがない涙で溢れていた。

美月はあの人を殺してしまった日から、海里に助けられてばかりだ。学校で嘔吐したら海里が世話してくれたし、心が壊れてしまった時もずっと、傍にいてくれた。海里が自分のせいで縛られて、自分の世界を持てないことにひどく心が傷んだ。だから、自分自身の力で生きて行きたくて別の学校へ内緒で進学したのだ。

「美月。」

海里は掌で、流れる涙を拭いて、美月と真っ直ぐ視線を絡めた。両手で肩を抑えると

「負担だなんて思ったことない。美月を守れなかった時の後悔を背負う方が、苦しい。美月だって自分のせいで俺が傷ついたら後悔しない?」

「するわ。」

「だから、守りたい。美月を失う後悔が一番辛い。できる限り全てをかけて守って、ずっとお互い笑顔でいたい。幸せになりたいんだ。2人で。」

海里は2人でのところを強調した。せめてもの自分の思いを、美月に伝えたかった。美月は相変わらず曇った表情だったが、

「解った。その代わり、私も全身全霊を掛けて海里を守るわ。忘れないでね。私は守れるんだから。海里を。」

美月の言葉には、何かあったら、力を使うという意味が込められていた。

海里のすべてをかけた戦いは、美月に力を使わせないことだという事実を、美月自身が理解していたのだ。

「解った。」

二人の間に集は入る。

「まぁ、何があっても俺が最後は2人まとめて引き受けるから安心しろ。学校には俺もいるからな。」

「集君。ありがとう。」

美月は笑顔で集と海里の手を握り返す。

「学校は来週の月曜日からだ。リリーの生徒も女子高じゃなくちゃいけないという人以外葉藤堂学園へ転校することが決まっている。皆月曜日からだ。それに伴い月曜日にテストがあるから、二人共しっかり勉強しろよー。藤堂学園のクラスはご存知のとおり順位で決まる。守りにくくなるから、頑張って2人で特A入れよ。」

集の言葉に

「海里頑張って」

「誰に言ってるんだよ。俺学年2位だぜ。」

「3位になるわよ。」

「美月に負けるってことか!」

「かける?」

「いいよ。」

「久しぶりね。海里と成績を競うの。体育は無しだからね。」

「解ってるよ。体育で美月が俺に勝てる日は生涯来ないからな。」

海里は笑いながら美月を見た。一緒の学校に通えることが、海里は嬉しかった。美月が内緒でリリーを受けた後、喧嘩して2ヶ月位口を聞かなかった。結局自分が折れたけど、本当は一緒の学校へ行きたかった。

「初日はリリーの制服で通えばいい。」

「解った。それまでは学校はお休みってことね。」

「そうだ。美月はな。海里、明日は行けよ。学校。今日は特別だ。」

「集君は仕事いかないの?」

その言葉に笑顔で

「藤堂暁君に事情を話したら、休みでいいと許可が下りてるんだよ。持つべきものは経営者の息子だよな。俺は月曜までこれを口実に有給だ!」

「ずるっ」

「勉強しないと、藤堂学園の生徒は特別に今週はテスト対策だってよ。美月にまた勉強で負けて悔しい思いをしない為に通っとけよ。」

「解ってるよ!!」

海里はそう言うと、持っていた勉強道具を広げることにした。美月はそんな海里に笑顔で

「教えてあげよっか?」

「いい。」

即答の海里に笑顔を見せた。

「お昼ごはん作ってあげましょうか?何食べたい?」

「ラーメン。」

「いいよ。頑張って勉強して。」

美月は気分転換に料理でもしたい気分もあったので、海里のお昼ご飯を作ることにした。

「チャーハンと餃子も。」

海里が付け足すと、満面の笑顔で

「お任せ下さい。」

海里はその笑顔を見て、何だか嬉しくなった。美月が自分の為に作ってくれる。別に毎度のことだけど、何度作ってもらっても海里は嬉しかった。

美月は優しい。そしてその優しさは、美月が認めた人に限定的なことを、海里は知っていた。小学校は一緒に通った。美月は人見知りなのもあったと思うが、自分以外友達ができなかった。親たちの圧力もあってか、6年間クラスが一緒で、その間家でも学校でも美月は自分にベタベタで便りっぱなしで、二人きりの世界が本当に嬉しかった。そんな美月が少しずつ変わり始めたのは中学になってから。小学5年生で少しだけ学校へ通えなくなって。そうして何かが弾けたように自分から少しずつ距離を置くと決めたのかもしれない。その時は毎日イライラして悲しくて。美月が他の誰かに取られたような気になった。だが、実際には、違った。美月は女子校へ行こうが、あまり変わらなかった。嫉妬して変わってしまったのは自分だったと反省した。

美月を守りたかったのは自分だけど本当は違った。

美月を守っている自分を見て欲しかった。美月に。そして意識して欲しかった。

自分が男で、美月が女だっていうこと。海里は調理室に出て行った美月に少し切ない表情を向ける。その表情を、集は察して見ていた。

「教えてあげましょうか?」

「集君に勉強教わったら、ズルな気がする。」

海里の言葉に笑いながら

「勉強なんて教えるか。美月が正直に話してくれる、藤堂君との関係?」

集の言葉に海里は思わず顔をヒキつらせた。どうも、名前を聞くのも嫌なようだ。

「聞きたくない。」

「いいのか。海里。敵の情報知らなくて。」

敵という言葉に海里が反応する。

「美月の前で藤堂に打ち勝ち、美月に打ち勝ち学年1位になるための秘策でも教えてくれるの?」

「違う。恋愛方面だよ。藤堂に認めて、海里に認めないのは不公平だからな。」

集の言葉に海里は、二度見を通りこし、その後集君に不信な視線を向ける。

「集君。藤堂に負けたの?」

その海里の言葉に集は思いっきり頭をバコンと叩き

「負けるか。藤堂如きに負けるような俺様ではない。」

「じゃあ、何を藤堂に認めたの。」

「覚悟があるんだよ。藤堂には。だから、俺は藤堂を認めた。」

「覚悟って?何?」

「自分の命より、他の誰の命より、美月を守ってくれる覚悟だ。」

集は海里の方を見る。

「俺だって・・・。てか、藤堂、美月のこと好きなのか?」

「直接は聞いてない。藤堂にお礼をしたいと連絡をとったのは美月だ。だが、藤堂。美月に対しては他の女子に対してと何かが違う。海里も見れば解るよ。あれは、意識していると俺は思う。」

「1日で・・いや、美月ほどの美人で、さらに好意的な態度を向けられれば、あの女子に不公平ゼロで対応するありえん藤堂でも、惚れたり・・あああああ・・・死ねばいいのに。」

集は海里の反応に笑う。でも、集は知っていたのだ。

海里は知らない、美月と暁の関係。奇跡を起こした美月と、その奇跡をきっかけに努力を重ねていた暁。そして、もうすぐ、能力を持って生まれた人間たちに来る約束の日が近づいていること。

「集君。俺だって美月を守る覚悟あるよ。」

「知ってるよ。だが、海里は藤堂とは違う。同じになっちゃ駄目だけどな。

 海里は自分の命も、他の誰かの命も、何より美月の命も全部守る方を選ぶだろ。

 忠告する。その方法を選ぶと、作戦は後手に回ることがある。もし、いざという時、美月を失う覚悟がないのなら、覚悟を決める必要がある。」

集はまっすぐに海里を見た。

「俺は、海里にこんなことを教えなければならん日が来ることは覚悟していた。

 いいか。海里。お前がこれから先しなければならないのは『人を殺す覚悟』だ。」

集の言葉に海里は一瞬目をそらす。

「藤堂には、あるっていうのか。」

「ありそうだろ。」

「ありそうだけど・・・・」

「さらに、あいつは多分、それを痛みに引きづられんだろうな。」

「確かに・・・。」

「まさか、藤堂抱き込んだのか。今回の件。」

「当たり前だろ。使えるものはすべて使う。某国へ美月を取られて後悔するのは、俺は嫌だからな。藤堂がもし美月に恋心を抱けば、あいつは必死で美月を守る。そういう男だ。藤堂家の男だからな。」

集は藤堂家という言葉に少し目をそらしたように思えた。

「だが、俺は不公平という言葉も嫌いだ。だから、お前も認めてやる。何度も俺に挑んで負けても負けても諦めず、手段を考え結局負け続けだけど、それでも何度も何度も本気で俺に挑み続けたのは海里だけだ。だから、告白してもいい。」

集は海里に真っ直ぐ視線を向けると

「どんな結果になるかは知らん。ただ、もし、美月が受け入れたとしても、自宅内イチャイチャは200%禁止だ。解ったな。海里。」

集はどうしてもそこだけは認められないようだ。

「集君。どっち応援してる?俺と藤堂。」

「正直2人とも振られてしまえと思ってる。」

「それでこそ集君だ。」

「俺は美月と、ラーメン作りにいくから、海里勉強しとけよー。藤堂に勝つためには満点しかないぞー。」

笑いながら扉から出て行ってしまった。海里はなんか勉強も手につかなくなった。集が教えてくれた。藤堂は集君の読みだと美月のことが好きなのかもしれない。昨日会って、1日でライバル化した大嫌いな男に、海里はイライラした。

それから集が、美月を守ってもらうために手段を選ばず手札を切っていることにも気づいた。それだけ美月を守ることが困難な証拠だ。集は超人だ。なぜかよくわからないが、能力を持っている自分ですら勝てる気がしない。オーラを纏った男だ。昔から何をやっても勝てなかった。勉強も、運動も同学年の人間より遥かにできた。今東大受験をして主席で受かる自信すらある。それなのに、集にだけは全く勝てる気がしなかった。

海里は勉強どころではなくなり、頭を抱えて机に臥せっていたら、そのまま眠ってしまった。


土曜日

美月は朝から、せっせとお弁当を作っていた。今日、藤堂さんに会うことは集君には言ったが、なんとなく海里に言いそびれてしまったことに悪気を感じていた。美月は藤堂さんへのお弁当の他にお皿を用意して海里のサンドイッチとサラダを作っていた。

「何、美月。集君と出かけるの?」

「あ・・・うん。これお昼ごはん。海里お昼から生徒会だって書いてあったから食べて行って。」

「ありがと。美月。」

海里は満面の笑顔だった。

「うん。」

「あれ、アップルパイの匂いがする。」

「え・・うん。きっと、海里も食べれるよ。」

「美月が作る中でアップルパイが一番美味いんだよな。」

そう言いながら台所の椅子に居座った海里。そんな海里に隠すように二人分のお弁当をクーラーバックに入れると、アップルパイを箱にいれて、一番上に置いた。

「今日、集君と藤堂学園前にいるの。生徒会が1時間位で終わるなら、一緒に買い物して帰る?待ってるから。」

「いいね。で、買い物ってのは晩御飯の食材?」

「そう。海里荷物持ち。」

「はいはい。そんなことだろうと思ったよ。了解。」

「終わったら電話して。待ち合わせの場所はその時決めよう。」

「了解。」

バックを持って部屋に入ると、藤堂さんと並んで歩くならという基準で選んだ、セーラー型の白のワンピースを着る。まだ一度も履いたことのないラメが入った白いサンダルに麦わら帽子。これなら、お弁当を入れたバスケットを持っても似合うかなと自分なりに選んだ。鏡を見て、髪の毛を整えて、集君がいる玄関へ向かった。

「行くか。美月」

「うん。我が儘聞いてくれてありがとう。集君。」

「良い子に一週間部屋にいてくれたからな。なるべく邪魔しないようにするけど、無理と判断したら、許してくれ。それにしても・・・」

集は美月を見て

「今日、めかしこんだな。」

「え・・・集君。気合入っているように見える?もし、そうなら恥ずかしいから着替えて・・」

「いやいや。可愛いよ。いつもの美月なんだけど、藤堂とってなると、やっぱりイライラせずにはいられないんだよ。父性だよ。父性。どうすることもできん。」

集の言葉にニコニコする美月は、

「しょうがないね。私もファザコンだから」

と笑ってみせた。そうして二人で道を歩く。集くんと手をつないであるくなんて、数年ぶりだなと思い返してみた。

「ああ・・・でも、今の俺。きっと、周りから見たら完全なロリコンだな。」

「確かに・・。」

集のボソリと呟いた言葉に、美月は思わず笑ってしまった。駅前までの道の歩いている途中で、黒塗りの車数台とすれ違った。その車をみるたびに集君が少し警戒しているのか、手を握る強さが変わるのがわかった。


待ち合わせの時間の15分前にはつくようにきたはずなのに、すでに藤堂さんはいた。女性をまたすなんて・・というタイプだろうと予想して早めに来たのに全然意味なかった。藤堂学園の制服を着た藤堂さんは、そこに立って居るだけで少し目立つ。他の学校の制服を着た女子にこっそり隠撮されているのを見ると、やっぱりモテるんだなと思う。

「俺はここまで。藤堂とは顔合わせないようにするから。別れる時は別れる前に連絡して。約束だ。」

「解った。」

「美月。」

集くんは私をくるりとひっくり返して、両手を肩に乗せると

「藤堂に襲われたら、速攻飛んでいくから、電話鳴らすんだぞ。」

あまりにも真剣に言うので

「・・・万が一そういうことになったら、ちゃんと連絡します。」

そう言うと、私を再度くるりとひっくり返して、藤堂さんの方へ背中を押してくれた。私はその数メートルの距離を歩くと、藤堂さんは笑顔で手を振ってくれた。

「お待たせしてしまってごめんなさい。」

「いえ。蘇芳さんなら早く来ると思ったので。それなら早く着て、少しでも長く一緒にいたいなと思いまして。」

顔を赤らめて言う。そういうことを言うのを慣れていないのを頑張ってる感じがなんとなく美月に伝わった。

「お上手ですね。」

美月はそれを早く来たことの対して、女性に悪気を持たせないように言うと教えられているのかなと思い、社交辞令で返すことにした。藤堂家はそんな教育もするんだなぁと美月は思わず感心してしまった。

「どこへ行きますか?」

「藤堂学園前でお弁当食べるなら、絶対に海が見える公園だと思って。確か、海里が」

「ご案内しますよ。この当たりは藤堂家が開発しているので、詳しいんです。西垣内が言っていたなら、想像つきます。いきましょうか?」

そう言うと、何も言わずに私が持っていた大きなバスケットを取ると、通路側に持って私を歩道側に寄せると歩き出した。どこまでも紳士的だなと美月は思った。

「はい。お願いします。」

私はそう言うと藤堂さんに指示された場所をついて歩くことにした。

「荷物ありがとうございます。」

「いえいえ。大きいから重たいと思ったのですが、思ったより軽いですよ。」

爽やかすぎる・・・。

「制服しか見たことなかったですが、私服もとても素敵ですね。」

「藤堂さんも。よく見たら海里の制服と少しだけ違うんですね。特Aは三本ラインが入ったブレザーというのは知っていたのですが、藤堂さんのは、海里と違って真ん中のライン藍色なんですね。」

「ああ・・これは生徒会長だけの制服です。」

「藤堂さん、1年生なのに、生徒会長なんですか?」

私の言葉に

「藤堂学園の生徒会長は4月に決まるんです。成績別でクラス分けされるテストは実は3学年全く同じ内容で行われています。その3学年で最も成績が良かった生徒が会長というシステムでして。」

「1位だったんですか?」

「ええ。これに関しては父に『藤堂学園子息が一位じゃななんてありえない』と言われてしまって。維持し続けないと怒られてしまうんで。3年間、何としても生徒会長であり続けることが僕の目標ではあるんですが・・・。」

藤堂さんはその時、私の方を見て

「と、言ってしまえば貴方は明後日のテスト、わざと1問間違えそうですね。」

・・・性格・・・読まれてる・・・

「心配しなくても、僕は満点です。その際は、次にスポーツテストの成績、その次が藤堂学園の在籍年数で生徒会長が決まります。実際、西垣内は、2位ということにないますが、テストは満点だったんですよ。」

その言葉に美月は別のことに気づく。

「藤堂さん・・スポーツテスト、海里に勝ったんですか?」

美月が知っている限り、海里は運動神経抜群だ。そうそうに勝てるわけがない。

「まぁ・・・そうなりますね。西垣内と、200M走で4月に競いました。西垣内が50Mで決まるなんてありえんと文句言ったので。」

「でも、海里。おそらくオリンピックに出られる位は短距離早く・・・藤堂さん・・」

「僕の方が、もう少し早かったですよ。」

美月は、神は二物も三物も与えるんだなと感心する。それ位じゃないと、藤堂家の後継者って務まらないならそれは、とても厳しい道だったのだろう。海里は、能力者だ。はっきり行って他の人間から見たら、ちょっとしたズルをしている。その海里が勝てなかった程の努力。美月は思わず感心してしまった。

「さて、もうすぐつきますよ。ベンチの空いている場所を探しましょうか?」

公園に入ると、チラホラ藤堂学園の制服を着た生徒を見た。機会がなくて来たことがなかったが、ここから見る海に映る月が綺麗だとよく海里に聞かされていた。藤堂学園の中で藤堂さんは目立つのか、女子も男子もあまり関係なく、振り返ったり、指さしたりされていた。

「ごめんなさい。藤堂さん。場所考えたほうが良かったですね。」

ただでさえ学園で目立つ藤堂さんが、女の子と二人で歩いていたとなると、噂も広がるだろう。のちにいろんな人にいろんなこと言われてしまうんじゃなかと心配になってきた。

「何でですか?」

「さっきから、藤堂学園の制服を着ていらっしゃる方が、こちらを見ているので。」

「なるほど。そうですね。確かに僕が女性と2人で歩くなんて、なかなか見ない光景かもしれません。皆さん珍しく思っているのでしょうね。」

そう言うと空いていたベンチにバスケットを置くと私に座るように促してくれた。私は促されたまま、椅子に座る。そうして、バスケットの蓋を明ける。アップルパイをどけて下に置いてあるサンドイッチのバスケットを真ん中に置いた。バスケットに入れてあるコップを藤堂さんの前と自分の前に並べると、中に紅茶をいれる。

「これ、好きな紅茶なんです。お口に会うといいんですが・・・。もしお砂糖必要なら持ってきているのですが、使いますか?」

「いえ。そのまま頂きます。」

そう言うと、紅茶を一口飲む。

「これ・・美味しいですね。」

「良かった。水筒に入れると少し味が落ちるんですけど、どうしてもこの紅茶が好きで。海里には、少し渋っぽいって言われるんだけど。」

「そんなことないですよ。これの良さが解らないとは。それにしても、本当に西垣内と一緒にいるんですね。幼馴染とは聞いていたのですが。」

「ああ。蘇芳家と西垣内家って境目がないんです。内側に。外から見たら2軒あるように見えるんですけど、内側は実際1軒で。だから、海里とは同じ家で生活しているんです。実際小学校4年生位までは一緒に寝ていたので。幼馴染っていうか、家族です。」

「その、2人はお付き合いされているんですか?」

私はその言葉と同時に藤堂さんにサンドイッチを渡そうとしていたので、思わず、落としそうになってしまった。

「私と、海里がですか?」

「そうです。この前見たとき、とても仲が良さそうでしたので。」

・・・藤堂さんの言葉に少し考えて

「海里って、集君ということ同じなんですよ。集君に育てられているからだと思うんですけどね。」

美月の言葉に、藤堂さんは笑うと、

「なるほど。それにしても美月さん。本当にお料理上手なんですね。このサンドイッチとても美味しいです。」

「良かった。そう言ってもらえると、本当に嬉しいです。」

美月の笑顔に、藤堂は笑顔を返す。

「そういえば、僕もあなたのこと、お名前の方で読んでもいいですか?」

藤堂さんはすこぶる柔らかい笑顔で言った。

「いいですよ。実際、蘇芳さんって言われるのあんまり慣れてなくて。リリー学園では、生徒同士は下の名前で呼ぶ決まりだったので。」

「良かった。せっかく名前が可愛いので。」

「そういえば、藤堂さんの初恋の人の名前も、美月だって言っていましたね。だからかな。」

美月は笑いながら言うと、

「それもあります。僕はその初恋の人をずっと探していて。一目惚れっていうか、一度しかあったことなくて。でも、次に彼女に会ったとき、自分を絶対に好きになって欲しいと思って。陰ながら努力してたんですよ。」

笑顔で言う。

「藤堂さんに愛されている美月さんは、とても幸せな方ですね。」

「そんなことないです。僕が意外と女々しいやつなんですよ。好きな女の子の為に努力するなんて、女々しくて誰にも言えなくて。この話をしたのは美月が初めてだから、秘密にしておいてください。西垣内に。指差して笑われそうなので。」

いきなり美月と呼び捨てにされたことに少し驚いて、海里なら笑うかもしれないと思わず納得してしまった。

「分かりました。秘密にしておきます。」

「僕のことも暁でいいですよ。そもそも、校内で僕のことを藤堂っていう生徒は西垣内位なんですよ。」

「ああ・・確かに。助けられたとき、周りの皆さんが暁様って言っていましたね。」

私がそう言うと、藤堂さんが、少し場が悪い顔をした。暁様って呼ばれたいって思っているわけではないことをなんとなく察した。

「一般生徒は特Aクラスの生徒を様付で呼ぶ風習が昔からあるんですよ。」

「・・それって、海里も、海里様って呼ばれているってこと?」

美月は何となく聞いてみると

「そうですよ。特A同士は、ルール無しなので、西垣内には、藤堂って呼ばれるので西垣内って何となく苗字で呼び変えしている訳ですが・・・」

「是非、西垣内でお願いします。一緒に学校行くと、海里が海里様って言われているの、毎日聞かなくちゃいけないのか・・・。笑っちゃいそう。」

「美月も、特Aに入れば、美月様って言われますよ。」

・・・・嫌かも。

「なんだか、いつまでも慣れそうにない学校です。でも、それって特Aにならないと、学校で海里のことを海里様って呼ばなくちゃいけないってことですよね。」

「そうなりますね。」

「海里が特Aにならず、私だけなったら、海里に美月様って・・」

「呼ばれることになりますね。」

「人生でこんなにも海里と同じクラスになりたいと思ったことは今までなかったって位、同じクラスになりたい。」

私の言葉に藤堂さんが笑うと

「じゃぁ、美月さんも特Aに入れるように勉強しないといけませんね。西垣内の順位落下はまずないでしょうから。教えましょうか?明日?」

「大丈夫です。あまり大きな声では言いたくないんですが、私の方が、海里よりお勉強はできるんです。優先順位がお勉強で助かりました。運動だと、本当に最下位とかになってしまうんで。」

「じゃ、きっと僕とも同じクラスになりますよ。美月に1位をとられたら大変なので、僕が勉強しないといけませんね。」

「本当ですね。私もさすがに生徒会長とかはやりたくないので、是非是非お願いします。」

私の言葉に藤堂さんが笑うと、手に持ったままになっていたサンドイッチを口の中に放りこんだので、私も自分が持っているサンドイッチを口の中に含むことにした。しかし、絶対に後ろを振り向きたくないほどの視線がさっきから痛い。藤堂学園前は学園都市で藤堂学園の生徒が多いのはしかたないことだが、土曜日にも関わらずこんなに多くの生徒がいるとは思わなかった。さっきからいったい何人の携帯電話の中に自分が収まっているのだろうと思うだけで少し憂鬱だった。

「どうかされましたか?」

「いえ。そうだ。あの・・・これ。」

私はバスケットの中から、小さな包を出した。

「僕に下さるのですか?」

「はい。対したものじゃないので、気軽に受けとって下さい。先日助けていただいたお礼です。」

私が言うと、藤堂さんは両手を出して丁寧に受け取ってくれた。そうして、リボンを解いて中身をすぐに確認してくれる。中身は藤堂さんらしい綺麗な青色のハンカチだ。

「今家から、自由に出れないので、布を選びに行く時間がなくて、有り合わせになってしまったんですが・・・。藤堂さんならこの色かなと。」

「僕のことを考えてオーダーしてくださったんですね。この短期間で名前までいれていただいて。これ、どこのお店で入れるんですか?普通なら単色の糸での刺繍が多いのに、これ、ほのかに違う色を織り交ぜて絶妙な色使いで刺繍されてますね。よく西垣内が持っているものにされている刺繍と同じだ。いつも、西垣内の制服にされているのを見て、綺麗だと思っていたんです。よろしかったら教えていただけますか?」

「その・・それ・・・」

少し恥ずかしくなりながら、下をむいてしまった。頬が少し赤くなっているのがバレなければいいと思いながら

「私です。海里の制服や、物に刺繍してるの。」

「これ、プロの仕事じゃないんですか?」

「藤堂さん。褒めて頂いているととります。私なんです。結構小さい頃から始めたので、すっかり上手くなって、いろいろテクニックもついて。練習がてら、海里の物にどんどん刺繍してたので、海里の物がやたら刺繍されてるんです。」

「それで、西垣内が刺繍のついてるものを、大切に使っているんですね。人にハンカチかしても返してもらってるの見たことあります。」

「海里が・・・。そうですか。」

何となく、刺繍を始めたきっかけを思い出した。小学校は親の方針で公立の小学校へ行ったのだが、そのとき初めて、ハンカチとか、洋服が使い捨てじゃないって知って驚いた。お互い自分の物は大事にする為に名前を書こうとなり、始めたのが刺繍なのだ。海里がその頃から刺繍したものは大切にしてくれていた。それは、今も変わらないようだ。

「じゃあ、これは美月の手作りなんですね。」

「あ、はい。青色の生地に。名前だけじゃなくて、このあたりの飾りも全部刺繍してみたんです。なんせ、学校がなくて暇で、時間もあったからついつい細かくなってえしまって。これは自分でも上出来なんですよ。」

「柄も?本当だ。刺繍されてる。嬉しいです。大切に使います。」

藤堂さんの顔も少し赤らんでいるように思うが、社交辞令だと思うことにした。何だか優しさが完璧すぎて、機械的な気がしたからだ。それからしばらくたわいない話をすると、時間があっというまに過ぎていった。海里がいっていた通り、この公園から見える海がとても綺麗だなとだけ思っていた。帰りに海里に綺麗だったと感想でも言おうかなと思いながら、時計を見る。

「お時間ですよね。駅の方まで一緒に歩いてもいいですか?」

「ええ。行きましょうか。」

私がそう言う。何となく下の名前で読んで欲しいと言われたのをすっかり忘れて藤堂さんと言い続けてしまったなと思い出したので、歩きながら名前を読んでみようかなと思ったがすっかりタイミングを逃してしまった。ぼーっとしながら歩いていると、

「危ない。」

藤堂さんが、溝にはまりかけていた私をぽんと抱き上げてくれた。

「あ・・・ありがとうございます。本当にご迷惑ばかり。」

私は反省した。少しは下をむいて歩くことにしようと決める。

「美月にかけられる迷惑は、嬉しい限りです。とでも言っておきましょうか。」

柔らかい笑顔。

「あの・・・。その・・・。」

私はその場に下をむいて、立っていると

「どうかされましたか?」

正面にたって、私の顔の場所まで顔を落としてくれた。もうすぐ駅。少し位なら・・・

「いろいろありがとうございました。今日、とても楽しかったです。来週から学校でお世話になると思います。これからも、お願いします。・・・・暁・・君。」

呼び捨てにする気にはなんとなくなれなかった。そもそも、男の子を下の名前で読ぶ機会なんて本当にないので、思った以上にドキドキしていた。そんな私のドキドキを感じ取ってくれたのか、車道側に立つと、手をそっとつないでくれた。つないだ手をぎゅっと握ると、

「あと、少しですが、このまま歩きましょうか?」

そう言って私の返事を待つ前に強く握って歩き出してしまった。私は手をひかれるまま歩く。今日は集君といい暁君といい、いろんな人と手をつなぐ日だと思いながら、ほんの少しの距離を引っ張られるように歩いた。駅には集君が仁王像のようにつったって待っていた。そして暁君は集君の前に立つと、手を離して

「特に何もなかったです。蘇芳先生。ただ、御風からこの情報を蘇芳先生に渡したほうがいいと言われました。」

小さな紙切れを暁君は集君に渡すと

「僕はこれで。」

「あ、待って。暁君。」

私は呼び止めると、紙袋の中に、アップルパイの箱を入れて渡す。

「これ、生徒会の皆さんと食べて。8人だから8等分まではしてあります。お皿とかも箱の底が二段になっていて入ってるので。是非、皆さんで。」

「ありがとうございます。では、月曜日に。」

アップルパイを受け取ると、そのまま学校の方へ歩いて行った。その歩いている暁君に御風と言われる生徒が同じ制服をつけて合流していた。彼も、生徒会なんだ。

「で、どうだった。藤堂暁君。」

集は暁が見えなくなったところで、美月に聞く。

「そうね。良い人だと思う。女の子にもてるだろうなぁって。」

私はそう言うと、そのまま集君と喫茶店へ向かって歩くことにした。

「で、それだけ?」

「うん。レディーファーストすぎるっていうか、本音が見えない。きっと、多くの人に無難に接しているのかなって。だから、どんなに優しくされても、これは、彼にとって人と接する普通なのかなって思わざる得ない。そういう意味では、海里には随分心を開いているのかなって思う。つくづく、海里の人の良さを感じるばかり。」

美月の言葉に、集はニヤリと笑った。

「なになに、もしかして、私が暁君に恋愛感情でも抱いているかなって思ってた?」

「まぁ、多少は。」

「気になるのは確か。海里とか、集君と同じ何かを感じる。あまり、人が気になるってことないから、どうかなって思ったんだけど。」

「どうだった?」

美月は真っ直ぐ集の方を見て、笑顔で言った。

「海里って、つくづく皆に本音で接していて、裏表なくて、羨ましいって、藤堂さんと一緒にいたのに、海里のすごさを実感したってのが答えかな。家に帰って夜、褒めてあげよう。」

「そりゃ、喜ぶんじゃない?でも、良かったのか。美月。生徒会の差し入れにアップルパイって。」

「なんで?」

美月の「なんで?」に集はため息を付く。つくづく、無神経なところが、美月の恋愛における駄目なところだ。

「あ・・・。」

美月はそう言うと、駅の壁にはってあるポスターの方へ向かって走る。

「椎菜君。新曲出すんだ。予約してきてもいい?集君?」

「ああ。てか、美月、響椎菜好きだな。部屋にCD全部あっただろ。プレミアのついてるインディーズ時代のシングルなんてどうやって手に入れたんだよ。」

「貰ったの。」

「誰に?」

「椎菜君。」

私の言葉に集君は、喫茶店に入るやいなや

「知り合いなのか?響椎菜。」

「集君。ほら、中学1年生の時、私慈善事業の一貫として、孤児院蘇芳家で勝手に買い取ったでしょ?」

「ああ。」

「あれ、椎菜君のいた孤児院なの。」

・・・・・

「待て。蘇芳家のイメージアップとか、いろいろ父さん説得して、結局聞かず美月が自分の特許で貯めた貯金叩いて勝手に相あげた挙句、警察沙汰になった、一件。響椎菜がかかわってるのか?」

「そう。もう3年たつし時効よね。集君。私が私のお金で勝手にやったんだから。」

そうして、集はいろいろ考えて確信を付く。

「それで、インディーズ時代に出したシングルが『beautifulMoon』なのか。」

集は、イライラし始めた。そうなるだろうから3年間隠してきたのだが、自分の人生の中で気になった人という話をしていたので、思い切って話してみることにした。

「あああ。マークしてなかった。クサイことするな。ミュージシャンってやつは。」

集は机に運ばれてきたアイスコーヒーを一気に飲み干すと、その持ってきたお姉さんにもう一杯と注文していた。

「椎菜君も、私が気になった数少ない人の1人。」

そう言うと、集はその言葉に反応した。美月が過去に気になった人物、藤堂暁は能力者だ。美月の心にひっかかったのであれば、響椎菜もその可能性が高い。何となく、集はそう思い、

「ライブのチケット、手配してやる。一緒に行くか?」

「今度のドームライブ?」

「ああ。」

「持ってるよ。椎菜君から送られてきた。2枚。集君一緒に行く?」

・・・集はその言葉に、何となく椎菜が美月に気があるような気がしてならなかった。

「海里誘って行け。海里についていけって言っとく。」

「そっか。解った。」

集はそう言いながら、beautifulMoonの歌詞を検索して、余計にイライラしてきた。



「暁。ギリギリ。時間。」

半笑いで言う。特Aクラスの制服を着た女子が笑顔で言った。

「ごめん。人と会っていて。すぐ準備する。これ、差し入れ貰ったから。一人にひとつずつ配ってくれる。お皿とか底に入っているって。見てみて。」

「かしこまりました。これ、手作りみたいだけど、暁は食べますか?」

嫌味っぽく言われる。

「今日は、貰う。感想を伝えたい。作ってくれた人に。」

女子は笑顔だった。

「解りました。」

そう言うと、給湯室へ向かって、切り分けられたアップルパイをさらに乗せると、1人ひとつずつテーブルの上に置いていった。そして、彼女なりに気を使ってか、珈琲か紅茶かを聞いて、人数分いれると、一人ずつ配っていった。

「なになに、藤堂の差し入れ。アップルパイ。」

「海里君。これ。差し入れだって。暁、奇跡的に食べるんだって。」

「え、藤堂が。珍しいな。」

海里は下を向いてアップルパイの切れ目を確認する。すると、少し顔色が変わる。そうして、一口食べて、確信すると、

「藤堂。これは、俺に対する嫌がらせか。」

海里は激怒して、詰め寄った。

「なになに。そんなに不味かったの?海里君。」

女子はそう言いながら自分のアップルパイを一口食べる。

「なにこれ。天才的に美味しい。怒ることないじゃない。海里君。」

「そうだ。このアップルパイは天才的に美味しい。これは、俺の・・・」

海里の瞳から涙が溢れる。これは、海里にとって特別なアップルパイだった。3歳だった、自分の前から母親代わりだった沙都花が消えた日。沙都花のアップルパイが食べられなくなったと泣いた。それから、美月が毎日毎日アップルパイばかり作るようになった。そうして、改良に改良を重ねて、今のアップルパイがあった。このアップルパイは美月が海里の為に努力した優しさだった。少なくとも海里はそう思っていた。

「海里君。」

女子は心配するも、そこへ一人の男がやってきた。

「泣くほどじゃないだろ。海里。」

「泣きたくなる。大地。」

大地はそう言って一口食べると、暁の方を見る。

「なるほどね。暁らしい攻撃だ。」

女子は大地の方へよっていく。千堂大地。海里にとってこの学園でできた一番の親友だ。家にも何度か遊びにいたことがある。

「優しく穏やかな表面からは感じることができない、底知れぬ嫌味。」

大地は暁が嫌いだった。千堂家は財閥として藤堂家に勝てない。だが、父親がライバル心を藤堂家へ向けていたため、幼い頃から藤堂学園で藤堂暁を倒せと命令を受けている。だが、そう簡単な敵ではないのだ。藤堂暁は。

「誤解だ。美月が生徒会の人に差し入れって。西垣内が好きだから喜ぶって思ってたよ。」

「美月って呼ぶな。」

海里は怒りで体が震えていた。

「藤堂、金輪際、美月って呼ぶな。」

「美月の許可はちゃんと取っている。西垣内には関係ないだろう。」

二人の間に千堂が入ると

「てか、海里。会議が先だな。そんな気分じゃないのは解るけど。それに・・・」

千堂は海里の前に立つと

「美月姫の鈍さは、重々に解っていたことだろう。安心しろ。暁も美月姫が自分に少しは好意を抱いていると期待しているかもしれないが、恐らく期待はずれだから。」

と、暁にも聞こえるように言う。

「千堂様。暁様に対する侮辱の言葉はおやめいただきたい。」

御風が割って入る。

「蘇芳様は、危険が伴っても暁様に会いたいと仰って下さっていた。」

「だから、解ってないな。里見。それだけで、美月姫が、自分に気があると思ったら大間違いなんだよ。俺はそんな姫のこと、結構気に入っているんだけどな。」

千堂はそう言うと、席について、アップルパイを一口含む。

「うんうん。姫の料理はいつだって美味しいな。海里、パイに罪は無い。食べろよ。」

千堂はそう言うと、海里の口の中にパイを放り入れる。

「このあと、姫と待ち合わせしてるんだろ。姫もやるな。午前中が暁で午後が海里。月曜日に女子に囲まれるんじゃない?」

「それなら、美月の傍にいないと。俺。」

「怒っていても、姫を守るナイトの役はやめないんだな。海里。」

「うるさい。美月に何かあったら、集君に殺されるんだよ。集くんはこの世に襲来した大魔王なんだからな。」

そう言うと海里は席に付く。暁がアップルパイを食べるたびイライラした。普段女子からの差し入れは一切口にしないくせに、美月のアップルパイだけは食べていることが本当にイライラした。イライラして会議どころじゃなくて、海里は会議の内容が点と頭に入ってこなかった。逆に暁は少し優越感を感じていた。海里が美月を好きなのはわかっていた。だからこそ、自分の方に美月が、『気がある』という態度をとるのは気分が良かった。暁にとって、海里の一挙一動は面白くてしょうがない。数少ない本音で接している男なのだ。


会議が終わった後、約束通り結局美月に電話をして待ち合わせの場所を決めてしまった海里は、とびっきり可愛い美月が手をふっていることに腹が立った。自分と買い物に行くだけなら、もっと適当な洋服を着ている気がする。今日の美月はあきらかに普段よりも少しだけオシャレをしていた。藤堂と会うために着たと思うと、イライラした。何より、

「食べた?アップルパイ。」

満面の笑顔だった。

「海里がお世話になっている人たちだから、差し入れは海里が一番好きな物にしようと思って。本当は朝ばれない予定だったんだけどね。大好きなアップルパイ、私がいない場所でもサプライズで登場!!みたいな。」

悪気はゼロだった。藤堂経由で届いたアップルパイは、自分を思って作ってくれたものだと知って少しだけ心が軽くなった。

「食べた。あれ、今までで一番不味かったよ。」

・・・海里は普段は滅多に言わない嫌味を込めて言った。

「え・・・あれ。失敗したのかな。うそ・・・」

美月は携帯電話を握って、画面を触り始めた。

「恥ずかしい。藤堂さんに謝らないと・・・。」

バシ・・・

美月の携帯電話を海里は取り上げると、そのままポケットにいれて美月の前を歩き出した。

「てか、美月、集君は?」

「ん・・それがね。集君が言ったことそのまま伝えるね。海里と二人でデートしてこいだって。これで不公平じゃないだろ。」

「不公平って。」

「海里。私何かした?」

美月は海里の後ろをついていくのを辞めてその場所に止まった。

「私の携帯電話を取り上げちゃう位、内緒で暁君と一緒にいたこと怒ってるの?」

私の言葉に海里がこっちに振り返ってきて携帯をカバンの中に乱暴に投げ返した。

「怒ってる。藤堂が美月のことを、美月って呼んでた。」

そのまま海里は美月の手をひいて歩き出した。

「藤堂からアップルパイが届いた。あのアップルパイは、何があっても俺だけのアップルパイだ。美月が、俺以外のために作るのは嫌だ。」

顔を合わせないようにしている。こういう時の海里は本音だ。普段から本音だけで生きている海里が、怒っているのだから、気に障ったのだろう。

「解った。もう作らない。海里と家で食べる時だけにする。」

素直な美月の言葉に海里は驚きを隠せなかった。

「・・・いいのか?」

「いいよ。元々、海里の為に練習したアップルパイだし。無類のアップルパイ好きもきっと海里だけだし。アップルパイだけは海里と二人の時しか作らない。約束するよ。」

美月は笑顔だった。

「海里って相変わらず、集くんと一緒で、私が男の子と一緒にいると、イライラするんだから。父性愛なのか。シスコンなのか。」

「好きなんだよ。美月のこと。」

「私も海里のこと好きだよ。」

何度好きと言っても、美月からは同じように好きと帰ってくる。

それは、海里が求めている好きとは違う。

「鈍感。」

海里は美月に聞こえないように小さな声で言うと、せっかく握った手をそのままつないで引っ張って歩くことにした。美月は何となく離すタイミングを失ってしまったので、そのまま海里にひっぱられることにした。

晩御飯の買い物の最中も、なんだか海里が離してくれなかった手をそのままにしていたので、お金を払うまで店内でもそのまま回った。自宅付近のスーパーだ。また近所の人にあれやこれやと聞かれるかもしれないなと思いつつ、両手に荷物を持った海里の後ろをついていくことにした。

「美月。」

台所に食材を置くと、海里がいつもにもない大きな声で名前を呼んだ。

「なに?」

「藤堂に惚れるなよ。」

「うん。」

美月は笑顔で答えた。

「海里が言ってたこと今日よく解ったよ。」

「なんだよ。」

「暁君が、フェミニストだってこと。すごく機械的だった。藤堂家ってそういう教育を施しているのかもしれないね。」

そして美月は海里の背中にぽんと頭をブツケルト

「褒めてるわけじゃないけど、海里がすごいって思った。本音と素直。それが私にとって海里の好きなところ。今日ね、暁君と一緒にいたけど、海里って本当に良い人なんだなって思うことばかりだった。」

美月の言葉に海里は動けなくなっていた。

「そのままの海里でいてね。何があっても、皆に優しくて。誰に対しても正直な海里。」

美月はそのまま頭を背中にゴンゴンぶつけてくる。

「そんな海里が、私は一番好きだよ。」

そう言うと、ゴンゴンぶつけていた頭を数度繰り返してから、冷蔵庫の方へ向かっていく美月を海里は真っ赤な顔になってしまった自分を見せたくなくて、そのまま冷蔵庫と反対側の方向を向いていた。美月は冷蔵庫の中に入っているお茶をコップに2つつぐと、海里の右手に渡して、自分は台所の台の上に置くと、食材を冷蔵庫へと綺麗に整理して片付け始めた。海里は美月がくれたお茶を飲み干すと、そのコップを流し台に入れて

「美月。さっき、集君からメール来てた。響椎菜のライブに美月と一緒に行け。今日は帰るの遅いって。」

「集君。今日は帰ってこない気がする。」

美月はそんな確信があった。1年に1度だけ、集君が絶対に帰ってこない日がある。研修医のくせに夜勤を拒否、修学旅行もいかない位徹底して家に帰ってくる集君が、年に1度だけ、7月2日。その日は家に帰ってこない。

「ああ。今日7月2日か。」

「そう。集君と3人の生活になってから、唯一3歳の私たちを置いても帰ってこなかったんだよ。」

「命日なんだよ。」

海里は言った。

「集君の初恋の人の命日。」

美月は少し複雑な気持ちになった。集君の初恋の人がホテル火災事件で死亡していることは知っていた。集君はその時できた背中の火傷の傷を皮膚移植で消せることができると、大河叔父さんに説得されても、絶対にそのままにすると今でも焼けたままだ。それほど、集君が初恋の人に寄せる思いの強さに、ちょっとだけ嫉妬する。

「てか、なんで海里は知ってるの?」

「美月が遠慮して聞かないから知らないんだろ。俺、気になったから集君に聞いたことあるんだよ。一度しか写真は見せてくれなかったけど、5歳の俺ですら解る、それはそれは芸能人顔負けの美少女だったよ。」

海里の言葉に美月は少しだけ、寂しくなった。海里は知っているのに、自分が知らない集君の過去。

「美月。顔に集君大好きって書いてあるよ。晩御飯一緒に作る?メールの最後に『美月を一人にしたら殺す』って書いてあるから。」

「それは、一緒にいないと本気で殺されるね。」

美月はそう言うと、手際よく殻付きのエビを海里に渡す。海里は察したのか、エビの殻をむぐという仕事を淡々とこなしていた。

「結局、ニュースになってから5日、何もなかったけど・・・。海里実は影でこっそり水ぶっかけたりとかしてた?」

「いや、集君がポストに入っている手紙を毎朝せっせと燃やしてたことは知ってるけど。あの手紙の中身を集君も確認せずに燃やしてるっぽいから。」

「読む価値無し・・ってことなのね。」

美月はそう言うと、トントンいい音を立てて野菜を刻み始めた。エビのカラがするする向け終わるのを確認すると、次は大根おろし機と大根が海里の目の前に何も言わずにぽんとおかれる。ので、海里はせっせと大根をすり卸すことにした。

「美月は?何も感じないの?」

「うん。なにせ、今日まで自宅引きこもりで、テレビ位しか情報なかったから。リリーの女子の処遇を見るたびに憂鬱な顔していたのが集君のご気分に触ってしまったのか、にテレビ線破壊されちゃって。映らなくなってるんだけど、海里気づかなかったの?」

「まじか。気づかなかった。」

海里はテレビをつけてみると、波打つ画面しか映らなかった。

「気にならないわけないもんな。」

海里の言葉に

「そうね。もう、自分のせいで誰かが苦しいの・・・見たく・・・」

美月の瞳から、瞬殺で溢れる涙。海里は大根を置くと、そのまま全面から美月をそっと抱きしめた。

「美月のせいじゃないよ。」

海里はそう言うと頭をポンポンとなで始めた。美月にとって海里は、誰よりも本音で話せる遠慮しなくてもいい存在でもあった。

「うん・・・。」

海里に抱きしめられると落ち着いた。一人で女子高へ言っても結局海里が守ってくれていることには変わりないといつも思っていた。

その時、美月の電話がプルプルと音を立てて鳴った。海里はその画面に映る名前にイライラしているようだが、美月は海里の腕の中そのままで電話をとった。

「はい。蘇芳です。」

「今いいですか?」

穏やかすぎる藤堂暁の声が電話越しに聞こえてくる。

「はい。大丈夫です。どうかしましたか?」

「アップルパイ美味しかったですよ。隠し味とかあるんですか?」

「隠し味ですか。得には無いんですが・・・。」

美月はアップルパイの話を濁しながら海里の胸にまた、頭をコツコツ打ち付けていた。海里がイライラしているのが腕越しに伝わるので、コツコツとぶつけることで収めようと応急処置をとっていたのだが・・・

「月曜日の放課後、お暇ですか?」

「特に予定はないですが、何かありますか?」

私の言葉に少し間を置いて

「よろしかったら、おつれしたい場所があるんです。蘇芳先生には先に連絡しておいて、自宅まで送るなら許可すると、一応言われています。」

集君が許可している・・・その言葉に美月は

「わかりました。月曜日ですね。」

「あと、これは蘇芳先生にも伝えたことです。そこに西垣内がいるなら、マイク音声に切り替えて頂けませんか?」

「え・・わかりました。海里、海里にも聞いて欲しい話だって。」

美月はそう言うと携帯電話を机の上に置き、音声をマイクに切り替えた。

「月曜日、リリーの生徒を受け入れるにあたって各学年2クラス追加処置がとられる。その時にシャストリアルダから留学生を受け入れることになっています。そこに来るのが、現在の皇太子の右腕と言われる、レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダ王子です。日本政府の強い要望で藤堂学園へということになりましたが、おそらくは、」

「美月の視察を兼ねている可能性があるということだな。藤堂。」

海里が少し強めに私を抱きしめ直すのが解った。

「そのとおりです。彼もテストを受けますが、非常に優秀だと聞いています。おそらく特Aクラスに入る可能性が高そうです。」

「理事権限で何とか」

海里が本気で言いかけているのを横切るように

「なるわけないだろう。相手シャストリアルダ皇族だぞ。レオン王子が公平にテストを受けると言われなかったら、それこそどうにもならないところだったんだ。」

「集君は?なんて言ってる?」

美月の言葉に暁は一瞬、間を置き、

「美月に何かあったら、僕も西垣内も連帯責任で処刑だそうです。」

さすが集君。美月と海里は顔を見合わせて笑った。

「藤堂、それ死ぬ気でなんとかしないと駄目だな。」

海里はそう言うと、美月の手を握って

「癪だが、ものすごく癪だが、俺一人でなんとかなると思うが、癪で癪でしょうがないが、手を組んでやってもいい。」

上から目線。癪という言葉だけ、なぜだか無駄に強調しているのが解って、美月は思わず集君と海里の似ている所だと笑った。それに、海里はとことん暁君に敵対心があるようだ。

「藤堂家は全てをあげて蘇芳美月を守ることにしました。御風の一族も守備にあたります。」

「里見?」

「里見家は、隠密を代々行っている一族です。影ながら美月さんの傍に常に誰かがついていると思って下さい。」

「暁君。」

「はい。何ですか?」

「御風さんにもお伝え下さい。無理はしないようにって。最後は自分を優先させてください。暁君もです。それが、私が守られる条件です。海里もだからね。」

美月は小さな声で言った。

「だ。そうだ。藤堂。」

「かしこまりました。」

そう言うと暁君は電話を切った。何となく途中終了になっていた、晩御飯作りを再会させると、海里がまた大根を卸し始めた。



-月曜日-

朝からとても良いお天気だった。2人で久しぶりに同じ車で登校する。なんだか懐かしい気持ちになった。さて、暁君に聞いていた話だと、笑わないように覚悟を決めてこの車を降りる必要があるはずだ。海里が車から先に降りると、

「おはようございます。海里様。」

・・・予想通りの言葉に笑ってしまいそうになった。聞いてはいたし、覚悟も決めていた。暁君に「海里様」情報は貰っていたのに、それでも言われている海里を見てすごく可笑しくて、私は堪えるのに必死だった。

「おはよう。」

海里も私にその姿を見られるのが非常に恥ずかしいのか、小さな声でおはようを返すと、私に車から降りろと促した。その時会った目が本気で恥ずかしがっているのが解って、美月は朝から少しだけ元気になった。良かった。海里が海里様を受け入れきれていなくて。

車を降りた瞬間から、痛い視線がチクチクと刺さる。リリーの制服が目立つのだろうが、さらに「海里様」と一緒に登校したとなると、余計に目立つのかもしれない。

「海里様。そちらの方は?」

勇気を出して聞いたのだろう。少し声が震えた女の子だと美月は思った。

「ああ。蘇芳美月。幼馴染なんだ。リリーから今日転校してきた。」

「海里様の幼馴染・・。」

私の方に一斉に視線が集まる。それはそれは、「敵意」の篭った視線だ。

「おはよう。海里。姫。」

陽気な声がする。

「大地様。」

・・・そういえばこの人も特Aクラスだった

「お久しぶりですね。千堂さん。学校で姫は辞めてもらえませんか?」

「なんで?姫は姫じゃん。ほら、姫と一緒にいる海里のにやけ顔。でも海里、周りをよく見ろよ。女子に囲まれているから気づかないフリできるかもしれないけれど、ほら。あのあたり、望遠レンズ使って・・・」

そう言いかけた瞬間、美月が盗撮されていることに気づき、レンズから美月を隠すように覆いかぶさった。

「いつまでも、リリーの制服きてくれるわけじゃないからな。姫のリリー制服写真。それは、売価が高そうだと思わないか?」

「それで、写真部の連中が、望遠構えてるっていうのか?」

「まぁ、姫だけじゃなく、リリーの生徒は大体狙われるんじゃない?リリー学園美人多くて有名だし。中でも蘇芳家秘蔵の姫情報は、このあたりの男子高生じゃなかなか有名な話だからな。」

海里と小さな声でごちゃごちゃやり取りをしているのを見て、

「千堂さん?海里、何の話?」

「しらんでいい。美月は。・」

海里が大声でいうのが響いて、周りの注目を一瞬で集めてしまった。

「美月は、貧血気味という理由でテスト、保健室で受けるらしいから、集君とこ案内するよ。」

「貧血気味・・なんだ。私。」

「朝、電話かかってきて、絶対保健室で受けさせろとお達しなんだよ。」

海里はそう言うと美月を保健室の方へ案内する。その途中人だかりができている場所がある。

「海里、なにあの人だかり。」

海里に聞いたのに、千堂さんが笑顔で、

「月曜日は新聞部が新聞を掲示板に張り出してその下に限定100部で販売して部費を稼いでいるんだよ。姫さん。今日はその新聞が藤堂暁、彼女と手つなぎデートという内容らしいぞ。」

・・・・大地の言葉に美月は少し嫌な予感がした。

「女子が彼女の顔を確認しようと、購入しているようだよ。」

ますます嫌な予感がする。

「白いワンピースのロングヘアの美少女。まだ、名前は割れていないけど、時間の問題なんじゃないの。姫さん。」

大地はその新聞を一部購入して渡してくれた。その新聞を見た海里が・・

「手、繋いだのか?」

プルプル震えだした。その震えは堪えても抑えられなかったのか、だんだん大きくなっていくのを美月は感じた。

「・・・そのその・・結果的には。ご覧の通りです。」

自分でもわかるほどの、シドロモドロした状態だと、美月は思い、今の表情を隠したくて下を向いた。

「確かにいろんな人の隠撮の気配は感じたけど、暁君、気にしなくていいよって。まさか、こんなことになるなんて。解っていたら、他の場所に・・・」

美月の言葉に大地は笑顔で

「暁は、姫さんとの関係を全校生徒に見せつけたいんだよ。まぁ、主に海里に。」

そうして大地と海里の間にいた美月はあっという間に女子たちに犯人ご対面をはたしてしまった。

「海里様。大地様。その方は暁様の・・・恋人なのですか?」

女子が詰め寄ってきたので海里は私を後ろへ隠すと

「藤堂と美月が付き合ったら、俺は藤堂を八つ裂きにする。心配するな。藤堂には、彼女はいないよ。」

怒りがこもっているが、すごい大声で怒るように言い返した。

「美月さんは、暁様のことが好きなんですか?」

女子があたり一体にどんどん集まってきた。何人いるのかわからないほど。むしろ、さっき掲示板の周りにいた女子がほとんどいるんじゃないかという感じだ。

「そんなわけ・・」

海里の声に

「海里様は黙っていてください。」

女子が一同に声を揃えて海里に言った為、海里はすっかり出る幕をなくしてしまった。女子が揃うと恐ろしいと海里は実感しつつ、美月の方を見ると美月はいたって冷静な顔つきで女子の方へ向かっていた。

「暁君のことは、まだ解りません。好きとか、よく解らなくて。御免なさい。曖昧な答えしか出せなくて。」

美月はそう言うと頭を下げる。そこへ、

「僕が彼女へ片思い中です。」

穏やかで爽やかの中に真がある声。

「暁君・・・。」

「すみません。今日これが新聞になると御風から聞いていたので早めに登校しようと思っていたのですが、思った以上に仕事が片付かなくて。騒ぎになる可能性があると御風に説明されていたのですが、少し僕が思ったより大きな騒ぎになって驚いている所です。」

やわらかい笑顔で美月の目の前にくると、そっと手を握る。そうしてそのままひっぱって歩き始めた。

「行きましょう。蘇芳先生から連絡が入ってます。保健室で受験されるんですよね。」

そのまま海里と大地を丸無視で美月をひっぱっていってしまった。その手をひっぱる姿を見た女子からは、悲鳴と鳴き声が混ざる声がする。美月は後ろを振り返ると、あっけに取られて呆然としている海里が見えた。

「あの、暁君。手、離してください。」

美月はそう言うと繋がれた手を振りほどいた。暁は一瞬驚いたようだが、そのまま美月の前を歩いて保健室へ向かうことにしたようだ。暁君の後ろをついて歩くと、やたら目立つ。海里と千堂さんも目立つ存在のようだから、女子からはモテモテなのだろう。海里がモテモテ・・・やっぱり美月は実感が湧かなかった。しかし、今はそういう問題じゃない。暁君に誤解されるようなことを辞めてもらわないと、学校に来づらくて困る。

「困ります。皆さんの前で片思いとか、そういうこと言われたら。」

美月は後ろから、普段より少し大きめの声を出した。

「まだ、会って間もないのに、そんなこと。」

「間も無くでは、ないんですよ。今日の放課後話します。でも、さっきは申し訳ありません。その、つい西垣内がいたので、ヤキモチです。嫉妬深い男なんですよ。」

素直な言葉な気がした。いつもの、爽やか穏やかではない、本音。

「美月。行きましょう。保健室。」

手をつなぐことは諦めた暁は、そのまま美月の前を歩くことにした。その暁のあとを美月はついて歩く。海里がどんな顔しているのかと思えば少し罪悪感はあったが、美月はそのままついて歩くことにした。

「そういえば、これをご覧下さい。」

保健室の扉の外側。暁は自分の携帯電話にある写真を一枚見せる。

「この顔に気お付けて下さい。彼がレオン王子です。」

・・・某国の人とは思えない東洋人風の顔立ち。

「王子の母親って・・」

「日本人ですよ。だから、彼は日本へ興味があるのだそうです。」

「そうですか。解りました。情報ありがとうございます。」

美月は綺麗に一礼すると、保健室の中に白衣をきた集君がいた。

集君は美月に席に座るように促すと、

「すまんが、俺が監督すると、親族不正が発生する可能性があるとのことで、1年A組の副担当をしている林先生が監督として入る。」

「よろしくお願いします。蘇芳さん。」

「はい。よろしくお願いします。私の為にお手数をお掛けして申し訳ありません。」

林と名乗る若い女性は美月に

「気にしないで。」

と小さな声で言うと、集の方をぼんやり見ていた。なるほど。美月は彼女が少し役得を感じていることに納得した。集が備品管理をしていると林先生は私のところへ着て

「蘇芳先生って家でもかっこいいの?」

と聞いてきた。自宅では、おそらく学校ではありえない『暁が笑う位』、想像できないほどの娘溺愛具合で、みたらドン引きの可能性もある集だが、今日は美月が部屋にいても、それはそれは別人かと思う程クールな男前を絶賛発揮中だ。

「その・・素敵なパパですね。」

美月は当たり障りもないが、嘘ではない言葉を先生に返した。その後5時間目まで国語、数学、理科、社会、外国語の順でテストをした。

「テストの結果は、明日の朝、張り出されるから。そこでクラス分け。その後リリーの生徒と制服変更がある生徒は、体育館で制服を受け取ることになってるの。リリーの生徒は絶対に制服が必要だから、ここにサイズだけ書いてテストと一緒に提出するから教えてくれる?」

「はい。」

美月は記入すると、集が美月の頭をポンポンと叩く。

「テスト上出来だな。」

「集君。もしかして、暇つぶしに人のテスト答え合わせしたの?」

「ああ。正確には間違い探し。」

集の言葉に、林は集の方を見た。

「蘇芳先生。これ、全問解かるんですか?」

「ええ。いちおう基礎教科全部得意なんで。美月と海里に勉強教えたのは私です。なので、2人が満点とれる内容は問題なく解けますよ。林先生は確か国語の先生でしたね。理系科目は苦手ですか?」

その後林と集君は勉強内容の会話を始めた。林先生がとても嬉しそうな顔で集君と話しているので、美月はお邪魔をしないように外を見ていた。某国の王子が来ているのが解るほど、門の前には軍人が構えていた。かなりの人数だ。

「失礼します。」

暁が入ってくると、林先生はこちらをチラリと見て、

「お借りします。美月。」

「解った。藤堂。美月何かあったら、すぐに電話しろ。」

クールだった集君が一瞬いつもの顔に戻った。

「解りました。いってきます。」

美月はその集君のイメージを守る為、丁寧に言うと、暁の横を歩き出した。相変わらず暁君と歩くだけで、この学校では相当目立つようだ。今朝の新聞ですっかり有名になってしまったようだ。

「テスト、どうでした?」

「満点だって、集君が。だから満点だと思います。」

「僕も自己採点は満点です。西垣内に帰り際、今度は100M自由形だって叫ばれたんですが、水泳得意なんですか?」

海里が手段を選ばずに勝ちにいっている姿に美月は笑いそうになった。

「すごく得意なはずです。」

「そうか。今日の夜少し特訓しといたほうがいいかな。」

海里が力を使って勝ちにいけば、藤堂さんは負けてしまうはずだ。夜、海里に大人気ないことはするなと説得しよう。実力で勝つようにと。

「生徒会長の座が奪われたら困りますもんね。」

「父から半殺しにされるかもしれませんね。」

「あら。そんなに藤堂会長って怖い方なんですか?」

暁は美月の質問に少し言葉を詰まらせて

「怖いというか、親子であって親子じゃないから。藤堂家は、基本当主は婚姻したとしても、その相手の遺伝子が一定のレベルをクリアしていない限り血縁では後継者にならない。多くの人を守る為には、遺伝子レベルで優秀でなければならないという先代の教えもあって。基本養子なんですよ。だから、こう。父親っていうより、上司っていうのかな。」

暁は少し遠い目をした。

「でも、血の繋がりだけがすべてじゃないって、最近は美月と西垣内見ていたら思います。絆って。あるんだなって。」

美月は暁の言葉に少し頬が赤くなった。

「そうですね。私と海里は血縁ゼロ。集君とだって従兄弟。二人共結婚できちゃうんですよね。でも、すごく大切な私の家族です。でもね。」

美月は暁の方をまっすぐ見ると

「海里が大河叔父様といるとき、羨ましいって思うんです。やっぱり本当の両親に会いたいって。海里と集君がいてもね。」

校門の前に藤堂家の車が停まっていて、その車に乗せられると、見知った道を走り出した。

「どこへ行くんですか?」

「僕の思い出の場所です。あなたに聞いて欲しい話があります。」

そう言うと、暁は窓の外を見て目が合わなくなった。美月も反対側の窓の外をみることにした。黒塗りの高価であろう車は暁君との距離が同じ後部座席に座っているにも関わらずある気がした。15分程度で降りるように言われる。そこは西垣内総合病院だった。暁は美月の手をとると、そのままエレベーターで最上階まで上がる。その間一言も口を聞いてくれなかった。そのエレベーターは二度と乗ることがないと思っていたものだったから、美月は場所を変えてほしいと言いたかったが、暁君の緊張具合を見ると、そんなこと言えそうになかった。そして、向かったのは予想通り、美月が10歳の冬以来、見るのも嫌だったあの屋上だった。美月はその屋上に立つと背中に鳥肌がたつような感覚に襲われて、少し吐き気もしてきた。しかし、暁君が何の話をここでしようとしているのか解らないし。何より、迷惑はかけたくなかった。でも、長居できそうにない。心が壊れてしまいそうだから・・・。

「暁君。」

早くしてほしいと言おうとすると、

「ここで、僕は車椅子に乗って毎日泣いていました。藤堂家のせいで家族と全てを失ったという人たちが手を組んで僕を嵌めて、僕の足の神経を切断しました。」

暁はそう言うとベンチに腰かけ、美月に横に腰掛けるように言う。美月は仕方なくそのベンチに腰掛けた。

「僕にとって完璧は藤堂家に為に必要でした。吐くほど勉強して、毎日生きがいも無くただ、藤堂家の為に学んでいた僕にとって、藤堂家は全てだったから。」

暁は下を向いて

「その全てを僕は10歳になる少し前に奪われた。そして、10歳の誕生日に、父が初めて会いに来てくれませんでした。普段からめったに会うことはなかったけれど、誕生日だけは会いに来てくれていたのに。それは、後継者失格と言われたと思うほどの絶望でした。」

暁の話を聞けば聞くほど、この場所が美月にとってあの事件を鮮明に思い出させた。

「暁君。その・・・」

もう聞きたくない。美月がそう言おうとしていたが、言葉が上手く紡げなくなっていた。体は小刻みに震えていた。その震えが暁君に伝わらないわけない。

でも、暁君はそのまま話を続けた。私が寒いから震えていると思ってくれたのか、自分が着ていたカーディガンを脱いでそっと着せてくれた。かけられたカーディガン・・・それもあの時と同じだと美月は思った。

「僕はそんな時に、美月という少女に会いました。信じられないかもしれませんが、その少女はお月様の光をまとって輝くと僕の足にその光をくれました。僕の足はそのあとすぐに動いたんです。それも元通りに。」

美月の体は小刻みではなく。もう完全に震えていた。今の美月は、暁君に迷惑をかけたくない思いから、心を必死に保とうとしていた。

「おとぎ話のような、本当の話です。僕は、あなたが僕の足を治癒してくれた美月なのじゃないかと思っています。いつか、その可能性がある女性にあったらこれを返そうと思っていました。」

暁は美月の掌に髪留めを乗せる。ピンクとお月様色の綺麗な石がついた髪留め。そしてその髪留めは美月の確信をつき、必死に保っていた心を壊すに十分だった。

「これ・・・10歳の・・・」

美月は言葉を紡ぐことすら困難になっていた。そして、その場に震えたまま嘔吐する。繰り返し嗚咽を吐くと、暁は美月の背中を撫でようと近寄ってきた。

「体調悪かったんですね。」

暁は抱きしめようとすると、

「来ないで。」

美月は小さな声で暁に言う。しかし、暁は来ることをやめなかったので

「来ないでって言ってるでしょ・・・」

それは、美月の普段からは考えられないほどの発狂。いつも綺麗でどちらかといえば無表情な美月の顔は、みるみる歪んでいった。暁は戸惑ってその場所に立ったまま、どう動いていいのかわからなくなった。美月は掌に返された自分の髪飾りを見た。これは間違いなく10歳の誕生日、某国にいる両親から届く手紙の中に入っていた髪飾りだ。なくして悲しくて随分海里が探してくれた。美月は、携帯電話を手に取ると、海里に電話をかける。海里はコールがなってすぐに出た。

「海里・・・」

海里は声を聞くなり、美月の状況を察したようだった。ふとしたことで思い出しては心を痛める美月。それでも最近は少しずつ回復していた。だが、電話をかけてくる時点で緊急自体だ。声が駄目な時の美月の声だとすぐに解ったからだ。海里は

「どうした。」

一言だけ言う。美月にとってもう暁は目にも入ってなかった。

「病院の屋上・・・うぇ・・・」

美月は電話の最中も嗚咽を交えていた。そして、震えと吐き気で言葉を上手く出せなくなっていた。それでも

「すぐ行く。」

一言で海里は電話を切った。そのすぐ行くは、美月にとって、海里がすべてを悟ってくれた返事として捉えるのに十分だった。10分もたたないうちに海里は詳しく説明もしていないのに現れた。嗚咽と嘔吐を繰り返す私の前にたつ暁君を見て、海里は

「何でここに美月をつれてきた。」

低い声だった。

「藤堂、ここに何で美月を連れてきたって聞いてる。」

繰り返す。美月を胸元に抱きしめる。美月の掌にある見知った髪飾りを見て、海里は確信につながる。

「藤堂か。足が動かなかった男の子。」

海里はそう言うと、

「やっぱり、美月があの日の天使だったんだな。」

暁は海里に確認するように言う。

やっと見つけた。あの日の天使。しかし、

「藤堂。二度と美月と関わるな。忘れろ。」

「無理だ。」

「忘れろ。」

「無理だ。」

暁はそのまま

「5年、美月を忘れた日なんてなかった。彼女はクロスガイア・・」

海里はクロスガイアという言葉に反応して、

「その言葉を口にするな。藤堂家だから情報を掴んでいるのかもしれないが、美月を巻き込むな。」

海里の言葉に暁は冷静さを失った。暁の周りに光が集まり、掌に火の玉が生まれる。そしてその火の玉を海里の顔めがけて飛ばした。

「僕は美月を守れる。」

その火のたまを海里は、自らの周りにオーラーを纏い、掌で受け止め蒸発させた。

「だから何?」

「西垣内・・・お前もか。」

「藤堂が美月に助けられたなら、美月に恋をするのは普通かもしれない。だが、藤堂が思っているほど、綺麗なエピソードじゃないんだよ。あの事件は俺と美月にとって。とりあえず、美月を病室へ運ぶ。会話の最中で意識を失ってる。安定剤入れないと、パニックになる。少し待ってろ。15分で戻ってくる。藤堂だって、美月を傷つけたいわけじゃないだろ。」

海里はそう言うと、美月を抱えて病棟へ走っていった。暁がクロスガイアだった。だから集君は暁なら美月を守れると言ったのかもしれない。だが、美月の精神状態を考えれば暁にこれ以上傍に居て欲しくないと海里は思った。自分だって能力者だ。

美月を部屋に寝かすと父親に預けて、海里はデータボックスの中から美月のデータを保存したものをUSBメモリへ移して屋上へ戻った。約束通り15分以内に戻った海里はそのメモリースティックを投げ渡す。

「それ見ろ。お前を助けた次の日から、半年間の美月の記録だ。写真と動画。美月の日記をスキャンした画像データがカルテとして残ってる。」

海里が投げたそれを暁は受け取ると、そのまま制服の胸ポケットへ入れた。

「集君が、藤堂なら美月を守る可能性があるって言ってた。集君は多分藤堂がクロスガイア能力者だって気づいていたってことだと思う。だけど・・・」

海里はそのまま暁へ背を向けると

「美月の体は守れても、心を守ることはできない。集君が良いと言ったとしても、俺は認めない。」

海里は手のひらを握り締める。強く強く。

「藤堂が炎のクロスガイアなら、俺は水のクロスガイアだ。そして、美月は光のクロスガイア。でも、その力を使ったのは、たった一度きりなんだ。それ以来何があっても、美月に力を使わせないように、美月が誰かを自分の力で助けなければならない状況になる前に、すべてそれを排除してきた。」

海里は握り締めた掌を屋上の床に殴りつけた。コンクリートにぶつかった拳から血液が流れる。

「美月の運命はここで始まり、美月の心はここで終わった。」

「どういう意味なんだ。光のクロスガイアである彼女は、その力を使っていないってことなのか。この力は・・・」

「この国を守る為に開発された力だ。でも、駄目なんだ。」

「西垣内、説明しろ。それじゃ解らない。」

海里は躊躇う心もあった。でも

「お前を助けるためには、助ける力をどこかから補充する必要があった。美月は無意識でお前を助ける為に、階下の病人の命を終わらせた。」

海里は拳をコンクリに叩きつけるように言う。たとえ嫌いな藤堂だったとしても、お前の足を治すために4人死んだと伝えるのは少し心が引けた。でも、これ以上美月の心を壊す要因がある藤堂に、過去を話して欲しくなかった。

「美月は、その事実に耐えられなかったということか?」

「そうだよ。もう、これ以上俺の口からは・・・その記録を見て判断してくれ。もし、藤堂が美月を好きで、守りたいなら、もう二度と美月の前で過去の話をするな。お前が傍にいることが、美月を傷つける。」

海里の言葉に暁は少し戸惑うと、その場所の椅子に座り込む。そしてその胸にあるUSBメモリに手を当てると、心がチクチクと音を立てるように痛んだ。それは、海里が思っているような感情ではないのだと暁は自覚する。自分の足を治すために4人の命が失われたことなんて心にも止まらない。そんなに優しかったら藤堂財閥の後継者なんてやっていられない。それは、足を失って気づいた。だからこそ、暁は自分の周りの邪魔な者を排除することを、美月が奪った以上の数、人の命を奪い去っていた。中には見せしめで残酷なことだってしてきた。生きていくためには必要だった。だけど、大切な美月に自分の為に誰かの命を奪わせて傷つけたかったわけじゃない。優しく幸せに、静かに平和に生きてほしい。

「西垣内。しばらくここにいていいか?」

暁は椅子に座ったまま、静かに言うと胸ポケットから小型のパソコンを出した。

「事実はここで知りたい。時間は守るから。一人にしてくれないか。」

「解った。藤堂。」

海里は、目の前に立ち、暁を見下ろした。

「俺は藤堂が嫌いだ。本音を隠して、良い子でいるばかりが、生き方じゃない。俺に嘘はつくなよ。」

海里はそれだけ言うと、すぐに立って、扉の方へ向かっていった。

暁は下を向くと、胸ポケットから出したパソコンにメモリを入れる。映ったのは、ご飯が食べられないと泣く美月。自傷行為をして、拘束具に体を縛られている姿。嘔吐。死にたいとひたすら書かれた日記。真っ黒に塗られたノートのページの写真。何より、ここに写っている美月は綺麗な表情はなく、虚ろに歪み、生きたまま死んでいるようだった。動画の中には、海里もよく写っていて、ひたすら大丈夫と大きな声で言っては、美月を抱きしめて泣いていた。自分が知らない真実。美月が苦しんだ過去。それをすべてきちんと見終わると、随分時間が立っていた。

暁はそれを見終えたにも関わらず、涙が出ていない自分に驚いた。優しさ・・そんなものを持っていたら生きてこられなかった。

ただ、暁はどこか夢見ていた。いつか再会した時、少女も自分のことが好きで、探してくれていて、そうして感動的に再会できると。だから、想像していた再会と違いすぎて、苦しかった。

「暁様。」

すべてを見終えたことを確認すると、御風は声を出した。

「御風。美月はやっぱり天使だったよ。」

暁は一言発すると、御風の方へ歩き、病院を後にするように階段を下りはじめた。そうして無言のまま御風は暁の後ろをただ歩いた。声のかけ方もわからなかった。下に停められた車に乗ると、御風は定位置に座る。

「クロスガイア能力者だった。西垣内も。水だってさ。僕が火の能力者だから、相性悪かったんだろうな。」

「西垣内が・・・。」

「御風。美月は僕を助けて、精神疾患になって、自傷行為を繰り返して、今も思い出したら嘔吐する程、苦しんだんだって。」

暁はUSBメモリとポケットパソコンを御風に渡すと、御風に美月の動画を見せる。御風はそれを暁に見せる海里に少し恨みすら覚えた。

「僕は、美月を忘れられなかった。でも、美月は僕のことを忘れたかったんだろうね。あのたった1日で僕は生きられた。彼女のこの姿を見ても、諦められない。」

「暁様。」

「自分の事、女々しいとは思っていたけれど、よっぽどだ。美月を守りたいと思っていたけれど、本当は違った。僕が美月に守られてい」た。守りたいという気持ちに守られていたと思い知らされた。美月に愛して欲しいという目標を失ったら、僕はただの屑だ。」

「そんなこと。暁様は・・」

「僕は美月を諦めない。西垣内に恨まれても。美月が傷ついてもだ。」

暁はそれだけ言うと、目を閉じて、そのまま眠ってしまった。御風は暁の体にブランケットをかけると、パソコンで美月の状況を確認し始めた。


気がつけばいつもの天井で、掌は海里の掌と合わさっていて、腕には点滴注射。さっきまで昼間だった空はすっかり真っ暗で、綺麗な満月。体をそっと起こすと

「美月・・・気づいた?」

海里が優しい声で言うと、両方の掌をそっと両方の頬に当てる。私がコクりと頷くと、

「良かった。何か飲む?」

もう一度コクりと頷くと部屋の端にある冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注いでく差し出してくれた。もう片方の掌の中には、ピンクとお月様色の髪飾り。その髪飾りを見て、暁君のことを思い出した。海里がくれたお茶を一口飲むと

「海里。私、どれくらい寝ていたの?」

「6時間位。安定剤のなかに睡眠薬も入っていたから。ぐっすりだったよ。」

「暁君だった。私が助けたの。」

「みたいだな。」

「最低ね。私。」

美月は掌にあった髪飾りをベッドの横の机の上に置くと、両手でコップを握り締めた。

「勝手に助けたのに。意味も解らない暁君の前で。」

美月の両目から溢れんばかりの涙。海里はその涙を持っていたハンカチで拭くと、そっと抱きしめた。

「大丈夫だ。説明した。」

海里の言葉に美月は、いっぱいに涙を貯めた瞳でまっすぐ抱きしめてくれていた海里を思い切り突き放して、まっすぐ視線を絡めた。

「何を?何を説明したの?海里。」

「美月の能力のこと。藤堂もクロスガイアだったから、簡単だったよ。」

「どうして?説明したの?」

美月の声が震えていた。

「美月に近づいてほしくない。美月が壊れる姿を・・・」

「違うわ。私が暁君を助けたから、誰かの命が終わったことを説明したのかってことが聞きたくて?」

「した。」

「どうして・・・。」

美月は海里のTシャツの胸元を掴むと、より一層あふれるように流れる涙で頬が濡れに濡れていた。

「私は助けた男の子が、誰かの命の上で今があるなんて、知って欲しくなかった。せめて幸せに・・・・奇跡が起きたって。それで毎日を歩いて・・・」

美月はその掴んだTシャツに顔をつけるとぐちゃぐちゃになった顔を押し当てた。

「それだけが、最後の救い・・だったのに。・なのに、私が思い出して、吐いて・・・最低だ。それで海里を攻めて。最低・・最低・・・最低・・・・本当に、最低だわ。」

「美月。」

海里はそう言うと美月を再度抱きしめ直そうと手を後ろに回す。しかし・・・

「辞めて。優しくしないで。海里。」

美月はそう言うと、海里を突き放す。

「呼び出したのにごめん。今は、海里に傍に居て欲しくない。海里のこと、嫌いになりたくないの・・・。」

嫌いになりたくない・・その言葉が海里の胸に刺さる。

「それに、海里に嫌われたくない。」

そう言うともう止める術も解らないほど、涙が溢れた。涙はあふれ続けられること、あの日に知っていたけれど、今でもこんなに止まらない程溢れることに驚いた。

「何があっても絶対に嫌いにならない。」

真剣に大きな声で海里が言う。

「私、これから暁君に連絡する。海里は連絡して欲しくないでしょ?」

「あ・・・」

「ごめんなさいって言わないといけないの。話も途中までしか聞けなかった。だから・・・それを海里には見られたくない。海里に助けられない自分で暁君とはなさなくちゃ。私はきちんとあの日のことにも、暁君にも向き合わなくちゃいけないの。」

溢れる涙の中に、強い意志。海里はそんな美月に囚われる。そして胸いっぱいに不安が押し上げてくる。

「藤堂のこと・・・好きなのか?」

さっきまでの自分とは違う、弱くて細い声だと思った。

「同じこと言わせないで。解らない。解らないの。」

美月はそのまま海里の両手を自分の両手で包み込んだ。

「私の世界はいつも、海里と集君だけだった。特に誰かを意識したり、好かれたり嫌われたり、そんなことはどうでもよくて、ただ、毎日を平凡に過ごしていたと思う。数少ない心にひっかかった人なの。命を助けた時。助けられた時。暁君は心にひっかかった。どうでもいいって思えなかったの。」

握り締めた掌が強くなり、美月の視線は上向きで海里とぶつかる。海里は視線を思わず空したが、両手を頬に美月が持ってきてがっちり視線が合う場所に顔を戻された。美月の両手が少し温かくて、海里はドキドキしてしまった。見つめられると綺麗な顔をした美月にもドキドキする。

「これが、恋愛感情というものなら、私は暁君のことが好きなのかもしれない。でも、今はよく解らない。だから、ちゃんと自分の気持ちと向き合いたい。例え、気分が悪くなっても。辛いことを思い出しても。海里に嫌な思いをさせても。どうしても納得いくまで向き合いたいの。」

美月は頬に添えた手をそのまま背中に回して海里に抱きついた。

「心配かけてごめんね。我が儘でごめんね。海里。海里の気持ちも解るの。あんな私を何年も見守ってくれたんだもん。でも、これは譲れない。」

「知ってる。我が儘なことも。意思が強いことも。恋愛に鈍感なことも。」

海里の声が少しずつ大きくなった。

「優しくて。繊細で弱くて。泣き虫で強情で。美月のことは何でも知ってる。」

そうして背中に手を回すとその力は、美月が折れるんじゃないかと言う位強かった。

「好きだ。」

耳元で優しく、小さな声。耳にかかる吐息が背筋をゾクゾクさせるそんな声だ。

「私も・・」

「違う。美月の好きとは違う。」

海里の涙なのだろう。それが、耳元にポツンと落ちるのを感じた。そして、声が震えている。

「ずっと、美月は家族だったけれど、俺は美月を一人の女の子としてずっと好きだったんだ。」

よりいっそう震えている。

「美月の好きと一緒じゃない。」

そう言うと海里は膝を床について、そのまま美月の腰に抱きついた。美月はその海里の頭の上にそっと手を乗せると、

「解った。海里、解ったよ。」

そう言って、頭を撫で続けた。海里が震えていたからだと思うが、何だかそれが自然とできてしまった。

「藤堂を好きにならないで。」

海里はそう言うと美月の体から手を離す。

「俺は美月がいればいい。それだけは、絶対に覚えていて。美月が藤堂を好きかもしれないって言っても。俺の気持ちを知って、俺が傷つくって解っていても、意見を曲げないことも。そんな美月の全てを知っていて、絶対に嫌いにならない。好きで居続けるって約束するよ。だからこれだけは聞きとめておいてくれ。藤堂を好きにならないで。」

海里は同じことを二度繰り返す。『藤堂を好きにならないで』俺を好きになってくれ。そう言えない自分が少し情けないと思った。そしてその場所で美月からそっと体を話し立ち上がると、

「藤堂と話すだろ。俺がこれを伝えたからって、美月が藤堂と話すことをやめたりはしないだろう。それも、解っている。美月のことだから。だから、今日は帰る。藤堂とどうなったかまた教えて。それと、俺の気持ちの返事もいつでもいいから、教えて。」

海里はそう言うとドアに向かって歩き出した。

「海里。」

美月は普段あまり出さない大きな声で名前を呼ぶと

「なんだよ。」

「ごめんね。」

「は、俺が好きだって言っているんだから、ありがとうって言えよ。」

海里は半笑いだった。美月が見ても明らかに無理しているのが解った。

「ありがとう。」

だから美月は素直にありがとうと言い直した。

「そうそう。じゃぁ・・帰るわ。」

「うん。」

私が頷くと海里は部屋から出て行った。明らかに憔悴していた。きっと、今晩海里はいろいろ悩むだろう。そう考えながら美月は部屋の星を一周見回した。電気を消して部屋の星を光らせる。自分の瞳から涙がまた溢れだし始めていることに気づいた。海里の優しさは家族としてだけでは無かった。思い返せばすごく優しくしてくれていた。その今までの全てが自分の向けていた感情と違ったのなら、海里は過去にかなり傷ついているはずだ。美月は少しだけ心が痛んだ。だけど、暁君に連絡を取らないという選択肢も美月には無かった。

美月は自分の携帯電話を手に取ると、暁の番号をコールした。


暁は自室で何もせず、時間を過ごしているのは、数年ぶりかもしれない。

何もする気が起きず、御風も仕事をしろと言わないのもあり、ソファーに座ってただひたすら大きな満月を見つめていた。満月が好きだった。美月との思い出だから。だから満月の日はいつも美月を思い出した。でもきっと、彼女は満月を見るたびに、辛いことを思い出していたのかもしれない。もっと早く探して、支えてあげたかった。その支える行為をすべて西垣内がやったのだと思うと嫉妬で狂いそうだった。

机の上で長く電話がバイブしている。気づいている。しつこいバイブレーションに、暁はまったく見る気もしなった・。しかし、

「暁様。」

御風が携帯電話を持ってくる。

「気分じゃないんだよ。たまにはいいだろう?」

暁が言う。しかし御風はその携帯画面を暁の目の前に持ってくると、大きな声で

「後悔されてはいけないと思いまして。蘇芳様からですよ。電話。もう2分はお待たせしています。」

御風の言葉に電話の画面を二度見した。蘇芳美月という名前が確かに写っている。

暁は慌てて電話を取ると、

「もしもし・・・」

「こんばんは。今大丈夫ですか?」

本人だった。想像していなかった出来事に、暁は完全に何を話していいのか脳内がフル回転を通り超え爆発寸前だった。

「え・・はい。」

「ごめんなさい。しつこくならして。どうしても、今日お話しておきたくて。本当に忙しいなら言ってくださいね。私の我儘なので。」

いつもの美月だった。

「いえいえ。携帯を手元に置いてなくて。御風に言われるまで気づかなかっただけで、本当に何もしてないんです。」

言い訳も思いつかず、そのままの状況を言うと

「良かった。あの、今日は本当にごめんなさい。私・・・」

美月の声で沈んでいるのが解る。

「僕こそ。何も知らずに・・・」

言いかけた時だった。

「本当は知って欲しくなかったんです。なのに、私があんなことになってしまって。海里から話を聞いたって。」

「ええ。」

「あの、お願いがあるんですが・・」

「はい。僕に聞けることなら言ってください。」

「今すぐ、会えませんか?」

・・・美月の言葉に脳内がプチパニックになる。明日からどう接すればと考えてはいたが、まさか今日、本人に会いたいと言われるなんて想像もしてなかった。むしろ、自分はこれから先避けられることすら覚悟していた。それをどうやって心を開いてもらうかばかりを考えていたので、驚いた。

「解りました。どこへ行けばいいですか?」

「そんな・・私が藤堂さんのご自宅へ伺います。我儘言っているのに、この上、こんな時間に来て頂くなんてできません。」

「駄目です。」

暁は大きな声で言う。

「体調、優れない女性に足を運んでもらうなんて僕にはできません。西垣内病院にいらっしゃるのでしょ?僕が行きます。美月は横になって待っていて下さい。それが僕が今日美月に会う最大の条件で構いません。あなたが来るなら会いません。何号室か、教えてください。」

暁の強い声。美月は一息間を置いて、

「その・・私の病室は一般の人は入れないんです。特別研究施設内にあるので。大河叔父様にどこかお部屋を取ってもらいます。病院についたら受付で私の名前を伝えていただければ、案内されるようにしておきます。」

「解りました。多分、15分位でいけると思います。いいですか。横になって待っていてくださいよ。」

本来の自分らしいと暁は思った。少し心が浮かれている。今すぐ会いたいと言われた自分に浮かれているのだろうと思う。

自分の言葉と同時に御風が車を手配していることにも気づいた。暁はそんな御風に頭を下げると御風はそれよりも深く頭を下げた。

「解りました。」

「では、行きますね。」

そう言うと、暁は電話を切る。服を私服に急いで着替えると、車に乗り込む。美月の話が何なのか気になるが、もう一度会える。それだけで心が救われる気がした。もしかしたら、もう二度と話かけないで欲しいと本人に言われる可能性もあるかもしれない。それでも、美月に会いたい。自分の心に嘘をつきたくなかった。

病院の受付で美月の名前を名乗ると、蘇芳集が待っていた。

「先生。」

「いくぞ。案内する。里見もいいぞ。ついてきて。」

集は二人の前を歩き出した。

「すまんが、今から藤堂と美月がする会話はカルテに記録される。これから案内するのは特別研究施設。クロスガイアが生まれた場所だ。そこの一室に美月の病室がある。クロスガイアである2人は入ってもいいそうだよ。これから困ったことがあれば大河に聞けばいい。」

「先生は、クロスガイアのことを知っているんですか?この力の意味を?」

「ああ。お前たちはクロスガイア能力と読んでいるそれは、学名では、超常特殊能力βと言われている。俺は、αとして生まれ、ヴァルファラと言われ、能力に殺された藤堂明を知っているからな。」

「姉のことですか?姉が死んだから僕は引き取られたと聞いたことがあります。」

「そうだよ。」

暁はそれ以上聞かなかった。藤堂明という名前を口にした時の音から、先生と姉の関係は、おそらく深い物だったのだと想像がついた。

「先生。僕は美月を・・・」

「決めるのは美月だ。美月の道を決めるのは。」

そう言うと特別病棟のドアを明け、美月の部屋へ案内された。

「美月、開けるぞ。」

「え・・集君?」

「藤堂つれてきた。会話、録画されるから、何かあったら申し訳ないけど飛び込む。」

「解った。」

美月はそう言うと、部屋の電気をつけた。待っている間、何となく部屋に貼られた星を見ていた。もう何度も色違いで作られた星座を探し続けていたが、それでも何となくやることがないと、復習のように星座を探してしまった。

「御風さんも、ご一緒にお話聞きますか?」

「いえ。私はドアの外で待機させていただきます。主人のプライベートです。」

「解りました。そこにある椅子を持って行って下さい。」

美月は笑顔で椅子を渡すと、御風は礼をして椅子を持って部屋から退室した。

「どうぞ。暁君も座って下さい。お茶でもいいですか?」

「あ、お願いします。」

暁は思った以上に緊張している自分にドキドキした。ベッドこそ病院の物だが、それ以外は美月が好きな雑貨や、装飾に彩られた部屋は、彼女の部屋に招待されたような気持ちにさせた。ベッドの横にある机にあの髪飾りが置いてあることに気づいて、思わずほっとしてしまった。彼女はあの飾りを捨ててはいなかったんだ。

美月はお気に入りのガラスのコップに二つお茶を入れると、自分と暁の前に差し出した。

「いただきます。」

暁はそう言うと一口お茶を飲んだ。正直緊張しすぎて口の中がパサパサだった。

「海里に全部聞いているんですよね?」

「はい。」

「ごめんなさい。」

美月は下を向いて謝る。

「どうして、美月が僕にあやまるのですか?」

「私、助けた男の子にだけは、秘密を知られたくないって思っていたのに、思い出して取り乱してしまって。誰かの命の上にある世界なんて、そんなの知って欲しくなかった。」

一息つくと

「たった一度だけ使った魔法。その魔法がかかった彼だけは、何も知らずに幸せに生きてもらうことが、私の願いだった。」

美月はコップを両手で持つ。コップを握る掌に力が入るのが解った。

「暁君は何も悪くない。だから、今までどおり私に接してもらえませんか?」

精一杯の笑顔。だけど、どこか作り笑顔めいていないか心配だった。今も思い出したら溢れ出す涙を止められなくなるような気がして、それでも、せめて彼の前だけでは強くありたかった。

「また、取り乱したり、嘔吐したり、するかもしれません。正直、自信はないです。叫んで嫌な思いもさせてしまうと思います。」

「それが貴方の真実なら、僕は全て受け止めます。あの日、美月に会わなければ、僕は多分死んでいたと思います。自殺です。藤堂家を失ったら、僕には何も残らなかった。」

暁はそう言うと、両手をコップで握り締めた美月の横に座りなおし、そうして彼女の頬に掌を当てる。そうしてそのままオデコを美月のオデコに重ねた。

「僕が今生きているのは、美月にもらった第二の人生を、美月に見られた時、助けなければ良かったと思われないようにする。それが全てでした。今まで何の意味もなく、藤堂家の為だけに全てを尽くしてきた僕に、目標ができた。多くの者を守り、優しく誠実で、すべてにおいて努力を尽くし、美月に助けて良かったと思われたかった。」

暁は小さな声で優しく美月に言う。

「暁君は、私が助けたから、そうやって私に囚われて、だから・・・自由には生きられなかったのかな・・・。」

「違います。人生で初めて、無条件で僕に優しくしてくれた美月を、愛さずにはいられなかった。足を治してくれなくても、あの日、ただ1日傍にいてくれただけで僕は満たされて幸せでした。足が治った。だから強く印象に残ったと言われれば、それは否定しません。でも、僕は足が治る前には、貴方に恋をしていました。」

頬にあった掌が背中に周り、唇が耳元へ・・吐息の吐き出される音まで聞こえて、美月は緊張でドキドキしたまま、動けなくなってしまった。

「僕は、貴方に愛されるような人になれていますか?」

美月はその言葉に、暁の背中に手のひらを回すと、優しく抱きしめた。

「とても・・とても・・・立派です。本当に立派です。」

美月は暁の耳元で小さな声で言う。

「良かった。美月にそう言ってもらえれば。誰に褒められるより価値があります。」

暁の瞳から涙が溢れていた。美月はその涙を自分の掌でそっと拭いて、背中をトントンと優しく叩き続けた。

「すみません。」

「いいです。それが暁君の真実でしょ?誰かの前で泣いたり、怒ったり、きっと本音を隠して全ての人に尽くしてきたんでしょ?私の前では正直でいてください。怒っていいし、泣いていい。作り笑顔や優しさより、そのほうが嬉しいです。」

暁の視線に視線を合わせると

「海里にしているように、本音で話して。暁君、気づいているか解らないけど、きっと海里にだけは本音で接しているんだと思う。海里は、誰にでも嘘も建前もなく接しているから、暁君の本音も引き出せているんだと思う。」

「西垣内に?」

「暁君。海里にだけは違う顔しているもの。私やクラスの方とお話している時、貴方は藤堂暁として接しているけれど、海里にだけは本音で接していると思います。」

暁は考えさせられある。確かに西垣内にだけは嫌味も本音も言えている。

「解りました。美月には本音を話します。でも、僕の本音は嫉妬深くて、貴方を傷つけるかもしれませんよ。」

「傷つかないですよ。悩むことはあっても、大丈夫です。」

美月の笑顔に、暁はそのまま美月を強く抱きしめると、そのまま唇を重ねた。美月は予想外の行為に驚いて微動だになってしまっていた。そして頭の中で、これが記録されていることを思い出して、でもどうしていいのか解らなくてそのままされるがままになってしまった。

「僕だけを愛してくれませんか?美月と一緒にいたいです。」

そうして唇を離すと、再度強く抱きしめて、

「西垣内に嫉妬しています。美月を愛しています。僕を受け入れてもらえませんか?」

震えているのが解った。本音をあまり言ったことがない暁君が、勇気を出して本音を言ってくれているのが解った。美月は暁の抱きしめる力を感じてその腕を解くと、真っ直ぐに暁に視線を合わせて

「少しだけ考える時間をいただけませんか?」

美月は綺麗に頭を下げた。

「今日、その、海里にも同じように告白されました。私は今まで海里が自分をそうやって見ているって知らなくて、だから海里のこともちゃんと考えたい。暁君のこともそう。私は人のことを気になることがあまりなくて、無関心すぎるって言われる位で。でもそんな中で暁君のことは心にひっかかったの。気になって、意識した。」

美月はそう言うと、部屋の隅にある鍵のかかった箱の中から子供サイズのカーディガンを出した。そうして暁の手に渡す。

そのカーディガンはボロボロで破れていたけれど、それでもひとつもパーツがかけないように紙袋のなかにしまわれていた。

「何度も、それを見ては、暁君を思い出した。顔も非鮮明だけど、それでも忘れられなかった。辛い思い出も蘇って、このカーディガンも、私がボロボロにしてしまったんだけど、それでも捨てれなくて、いつもちゃんと全部集めて。だからこんあボロボロだけど、ずっと持っていたんです。」

暁は紙袋の中身を見た。それは確かにあの日自分が着ていたブランドのカーディガンだった。

「今すぐに答えを出すことはできません。それは、暁君にも、海里にも非誠実になるからです。だから、考えさせて下さい。お願いします。それまで、お返事待ってもらえませんか?」

美月の真っ直ぐな声に暁は

「解りました。」

「あの、今日はお話しに来てくださってありがとうございます。その、少しだけ疲れました。今日はもうおしまいにしてもいいですか?」

「あ・・・」

暁はそう言うと美月の手のひらを握り締めた。

「解りました。ゆっくりお休み下さい。僕はこれで帰ります。何かあったら連絡して下さい。」

そうして、最後にドアの前に立つと、深々と礼をする。

「美月。あの日、僕の足を治してくれて、ありがとうございました。おやすみなさい。」

暁はそう言うと部屋から出て行った。美月は暁が最後に言った一言に、ベッドに座ると、体を丸くして泣いた。嗚咽も交えない純粋に、泣いた。唯一守ったたった一人の人。力を使ったことを後悔したけれど、それでも、その力を使った為におこったことを知っても、ありがとうと言ってくれた。それがすごく嬉しかった。

美月は窓を開けた。満月の光が見えたけれど、何だかいつもより悲しくなかった。



「御風。帰ろう。」

部屋から出た暁は、ドアの前で待っていた御風に声をかけるとそのまま真っ直ぐ歩いて行った。御風は暁の瞳に涙が浮かんでいたことにボンヤリと気づいたが、主人の後ろをただついて歩くことにした。二人の声はドア越しでは全然聞こえてこなかった。力を使えば聞くこともできたのだが、それはやってはいけないことのような気がしてやめた。涙のあとがあったとしても、暁の表情はどこかスッキリしているるように思えたので、御風は少しだけ安堵していた。

「藤堂。」

目の前には半分怒りひきつった顔の集が立っていた。

「蘇芳先生。」

そう言って暁は両手を上げると

「一発位は殴られてもしかたないと自覚しています。」

「俺が見ていると解った上で、よくもまぁ・・・」

集はそう言うと怒りが抑えられないのか、床をバコバコ蹴りまくっていた。

「俺はお前に良いと、確かに言ったが、言ったが、やっぱり美月に男が手を出す姿を見るのは胸糞悪い。俺がどれだけ大事に育てたか分かるか。」

「分かります。彼女今生きている。それが答えだと思います。」

暁は素直に答えると、集は

「やっぱり一発だけ。」

そう言うと、頭を思いっきりバコンと叩いた。

「ちっともスッキリせん。」

集はそう言うと、二人の前を歩き出した。

「ついてこい。玄関先まで送ってやる。」

イライラしたまま前を歩くので、暁と御風はそのあとをついて歩くことにした。御風は主人を殴られてイライラしていたが、暁が叩かれても笑顔だったので、間に入ることはやめることにした。それに、御風も本能で察していた。蘇芳集という人物はおそらく自分などが勝てる相手ではない。なぜか漠然とそういう思いにさせる人だ。

「藤堂。」

「はい。」

「美月が選んだ答えが全てだ。美月が選んだならそれでいい。海里も藤堂もこれだけは言っておく。選ばれろよ。美月がガノッサを選ぶようなことにだけはするな。じゃなくちゃ、俺が美月に手を出す男に耐える意味がない。」

集は真剣な眼差しで言った。そして最後に少し柔らかな表情で、

「お前の父親、元気か?」

と聞いてきた。暁はいきなりの質問で驚いたが、

「多分。もう数ヶ月会ってないですが、病気になったとか聞きませんから。」

「そうか。」

集はそういうと、建物のなかに入っていった。暁はその集に深々と礼をすると、そのまま車に向かって歩き出した。

「暁様。」

「告白した。ありがとうも言えた。伝えたかったこと全部。美月が本音で接して欲しいって言ってくれた。弱くても、泣いてもいいって。美月の前では、少しかっこつけたくなるけど、それでも素直になる。心が透かされる・・・。嬉しかったよ。」

「それは、良かったですね。暁様。」

「ああ・・・。」

そう言って暁は車に乗り込むと、携帯電話を手にとって電話をかけた。


部屋の隅にある椅子に座って、満月を見ていた海里の瞳からは涙が出ていた。ずっと伝えたかった『愛している』を伝えた。だけど、伝えなければ良かったのじゃないかと後悔すら覚える。ずっと家族でいれば良かったかもしれない。だけど、美月にずっと男として見てもらいたかったのも事実だ。美月は言えば受け入れてくれるかもしれない。だけど、その受け入れ方が決して自分にとって幸せなだけじゃないってことを海里は解っていた。嫉妬ついでに告白してしまった。海里はそう思うと、モヤモヤして涙が止まらなかった。

そんな時に電話が鳴る。

今、一番話したくない男の名前が出る。

だが、無視するのも癪だし、何の話だか気になってこれ以上悩むのは嫌だったから出ることにした。

「なんだよ。」

せいいっぱいの言葉だ。普通に会話できるほど、まともな精神状態じゃなかった。

「西垣内にはきちんと話しておきたいと思って。」

スッキリした声がしたので、何だか腹がたった。だからか

「だから、なんだよ。」

ぶっきらぼうに、吐き捨てるように返答してしまった。

「美月に告白した。」

一瞬、何返していいのか悩んだ海里は、

「だから?」

最低限の言葉を発した。

「抱きしめて、口付けても彼女は僕を拒まなかったよ。少し思い出して苦しくなるかもしれないが、本音で接して欲しいと言われた。だから、西垣内が近寄るなっていったけれど、僕はこれからも美月に本音で接していきたいと思う。それだけ。西垣内にはちゃんと正面から言っておきたかった。」

「そうか。」

暁の口付けても拒まなかったという言葉が胸にピリピリとした痛みを与える。

「それだけだから。」

それだけだから という言葉を聞くと同時に海里は携帯電話を切るのボタンをおした。最後の挨拶すらしたくなかった。抱きしめて、口づけたと言った。それはおそらく美月にとって家族以外の男からの初めての行為なのだろう。そう思うと嫉妬で狂いそうだった。本音で接して欲しいと言われたということ自体、美月が誰かにそんなことを言うなんて信じられなかった。二人だけの世界が開かれて、音をたてて壊れていくのが解る。美月にとって頼れる人は自分と集君だけだったのに、増えてしまった。それも、初めから男として意識してもらえる人。それだけで海里にとっては苦しかった。


そして再度電話が鳴る。


『美月』


呪縛のような二文字が画面に表示されている。結局この電話もあとで何の話か気になるのが嫌で出てしまった。美月のどんな言葉だって無視できない。そんな自分の性格に嫌気すら感じた。

「もしもし、海里。」

少し寂しげな声だと海里は思った。普段より元気がないのは確かだ。

「何?」

優しくでききれない自分に嫌気がさしたが、これが今の自分の精一杯だった。

そんな自分の声色を察したのか

「んと・・ごめん。何でも無い。」

美月はそう言って電話を切ろうとした。長く一緒にいるというのは、遠慮がないようで、遠慮が生まれるものなのかもしれないと海里は思った。美月は絶対に何か伝えたくて電話をかけてきた。用もないのに、何してるなんて電話はかかってきたことないから明白なのだ。

「用がないのに、美月が電話かけてくるわけないだろ。遠慮しなくていいよ。別に起きてたし、忙しくもないから・・」

結局すぐ美月のことなら解ってしまう。何されても、どうあっても美月だけは大切にしたい。その心が、辛いかもしれないを凌駕する。本当にそれも昔からだ。

「うん。本当に用はなくて、ただ海里と話したかっただけ。明日ね、学校行こうと思っているんだけど、一緒に行ってもいい?」

想像以上にどうでもいい内容だと海里は思う。そんな訳がないのだ。

「休まなくて大丈夫なの?」

体調だってよくないはずだ。発作の後、次の日に登校許可は父さんからは下りないはずだ。

「大丈夫。行きたいの。その・・あんまり一人でいたくなくて・・・」

美月の言葉に海里は瞬時に気づく。美月は一人でいたくないのだ。そんな時、自分に電話をかけてきてくれた。海里の心が少しだけ晴れた。

「今から行くよ。そっち。」

「え・・でも。」

美月の声が少し明るくなる。遠慮の中で、自分を察してくれたことを感じ取る声。そのたった一言で海里には美月の心の全てが見透かせたように思えた。

「行く。看護婦さんに簡易ベッド依頼する。そこ泊まるから、明日学校はそこから一緒に行こう。美月夜中も点滴だろうから動けないだろ。それに、そんな体調の美月ほっといたら、集君からだけじゃなくて、父さんからも怒られるよ。」

「海里。ありがとう。待ってる。」

そう言って電話を切る。藤堂との話を美月の口から聞くことになるかもしれないし、美月に聞いてしまうかもしれない。それでも、美月の孤独を、ほっとくなんて無理だし、何より自分自身も一緒にいたかった。

藤堂に抱きしめられた美月の記憶から、藤堂を1秒でも早く消し去ってやりたかった。

海里は私服に着替えて制服を手にすると、そのまま特別病棟へ向かって歩いた。

病棟につくと美月はベッドの上に座っていて、点滴を打たれたまま、静かに泣いていたのだろう。入った瞬間目の当たりをこすっていた。

「ごめんね。海里。」

「美月は今日、ごめんばっかりだ。ありがとうにしてくれ。そのほうが嬉しい。」

「うん、ありがとう。海里。」

そう言うと美月はベッドの左側に寄って、ポンポンと右側を叩く。

「ここ、座って。」

あまりの出来事にプチパニックだ。簡易ベッドは出ているが、美月は一緒のベッドに座れと言っている。少し緊張で固くなった体で美月の指示通り横に座ると

「海里。」

「何。」

「目、閉じて。」

・・・もうどうしていいのかわからないほどのパニック状態だ。一緒にいた中で、今が一番美月が何を考えているのか解らない。言われるがまま目を閉じると美月の体が自分の目の前にふわっと乗っかったのが解った。そして・・・唇が唇に触れた。美月の匂いがする。そうして数秒重なった唇を離すと、美月は何もなかったかのようにまた右側に座って

「もう、いいよ。目、開けても。」

というのだ。目をあけて横を見ると、何もなかったかのような美月がそこにいた。

「今の。」

「何?」

「キス・・・」

「したかったの。海里と。それじゃ駄目?」

「いや、したかったって・・・」

海里は下を向いて

「藤堂ともしたんだろ。」

「うん。暁君ともした。だから海里ともしたかった。」

「何それ、藤堂を上書きしたってこと?」

そうだと嬉しいという希望も言葉にこもっているような気がして恥ずかしくなった。

「違う。海里とキスしたら、自分はどう感じるのかと思って。いいかって聞いたら駄目って言われるかもしれないから。無許可でしたの。」

いやいや美月。それ、ある意味駄目なやつだ。とツッコミいれたい所だったが、いいかと聞かれたら多分いいよと答えていた気がして結局していたんだなと自分に納得することにした。いや、でも、このキスの意味はなんだ。藤堂のキスが嫌だったから俺とキスして忘れようとしたなら嬉しいし、真意が知りたかった。

「で、どう思った?」

「うん。嫌じゃなかったよ。」

美月の曖昧な答え。それは海里が知りたい答えとは違ったが、そのまま美月は笑顔になった。

「これ、カルテで動画記録されているから、今頃集君が見ていたりして。」

「・・・殺されるじゃん。俺。」

「大丈夫じゃないかな。暁君生きてここから出られていたから。」

「藤堂・・・としたキスは嫌だったの?」

「嫌じゃなかったよ。」

「俺としたのと、どっちが良かった?」

「何その質問。エッチだな海里は。」

「藤堂と俺、どっちが好き?」

「内緒。今考え中なの。片方とキスして、片方とせずに考えるなんて不公平でしょ?」

「それで、俺にキスしたのか?本当に集君に育てられてるだけあるな。」

「でしょ?」

美月はそう言うと、そのまま俺の右側に体を預けてきた。

「でもね、これだけは覚えていてね。海里は私の中で一番大切な人だよ。例え、他の誰かと付き合っても。結婚しても。多分それは変わらない。」

「なんだよ。それ。じゃ、俺にしとけ。」

「それもそうかもね。もう少し考えるね。」

そう言うと美月はそのままベッドの中に潜り込む。そして右側の腕を握ったまま

「おやすみ。海里。」

と眠ってしまった。少し落ち着いた表情ですやすや眠る美月を見て、右手を振り払えない自分は明日、殺される覚悟を持って美月の横でベッドに入る。近くにある顔が綺麗すぎて理性を失いかけそうになるも、ここで理性を失った場合、殺される覚悟ではなく、殺されると自分に言い聞かせた。そもそも、親や知り合いに自分が理性を失った姿が動画で見られるなんて耐え難かった。その一心で耐えることにした。

結局スッキリ眠れた美月と対照的に、ほとんど眠れなかった海里は、朝日を部屋の冷蔵庫にある珈琲を飲みながら迎えてしまった。美月が起きる前に制服に着替えると、食堂に連絡して二人分の朝食を部屋に運んでもらうようにした。

「おはよう。美月。」

「おはよう。海里。」

美月が制服に着替える間部屋を出て、そうして二人で一緒に朝食を食べて、学校へ向かう。海里にとってそれがとても幸せだった。手配された車で学校へ向かうことにした。

学校の前には複数台の黒塗りの車が並んでいてその真ん中の車から美青年が降りてきた。日本人の顔立ちに某国の瞳を持つ。成績発表のボードに真っ直ぐ向かうと自分の名前を確認し制服を受け取る体育館に向かって歩き出した。学生は遠巻きに彼を見ている。校内から校長が出迎えるように彼に近づいていくのが解った。

「レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダ王子。ご案内致します。」

校長は深々と礼をすると

「他の生徒と同様に扱って下さい。特別扱いなど無用です。シャストリアルダの王子とはいえ、僕なんて下っ端ですから。」

綺麗な日本語だった。

「制服を受けとり、部屋に入ります。貴方は貴方の校務を遂行して下さい。」

柔らかな笑顔で言うと、校長を丸無視して歩き出した。そして見つけた。レオンは一人の少女の方へ向かって歩くと

「君だろ?沙都花の娘。」

くるりと両肩に手のひらを添えて顔面をまじまじと確認された。それは、海里と一緒に車から降りた美月だった。

「あ・・・はい。貴方は?」

「レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダです。沙都花にはとても感謝していて、日本にくるなら沙都花の娘に絶対に会いたいと思っていました。沙都花がいつも会いたいって口々に言っていたから。本当に沙都花にそっくりです。」

美月はシャストリアルダという言葉に一瞬苦い顔をしてしまった。

「一緒にいる貴方が海里ですか?」

次は海里の方を見ていう。

「あ・・西垣内海里です。」

海里はそう名乗ると

「貴方のことも聞いています。美月同様に沙都花がいつも心配していました。先ほど掲示板の名前を確認したとき、二人共同じクラスだったのでとても嬉しかった。ご一緒してもいいですか?」

「母が今どこにいるのか知っているのですか?」

美月はまっすぐとレオンの方を見た。

「それはお答えできません。知っているとも、知らないとも。」

そうしてニヤリと含み笑いをすると、

「貴方の心がけ次第ですよ。美月。」

切れる顔をすると、

「さぁ、行きましょうか。あなたも体育館で制服を受け取るのでしょ?」

「あ・・はい。」

美月はそう言うと後ろを歩き出した。

「海里は、教室じゃないんですか?貴方は制服を受け取る必要はないでしょう?」

レオンはそう言うと美月の手を引く。

「行きましょう。美月。」

「あ・・・」

美月はもう何も言い返すこともなく、そのまま手を強くひっぱられた。周りの人もその光景をただ見続けるだけしかできなかった。

そのまま体育館へ行くと、特Aのブースへ向かった。一般の生徒の女子の制服も男子の制服もブレザーなのに、特Aの女子の制服だけは三本ラインの入ったセーラー服だった。それも、他の生徒と違い、スカートのチェックの色を三色から選べるようだ。赤、青、緑のどれにするかと聞かれたので、何となく三本ラインの色に揃えて青を選んだ。試着室へ入るとスカートの丈合わせをしてくれる専門のスタッフがいて、少し短めの方が可愛いですよと膝上の丈にカットされた。リリーの制服は絶対にひざ下のスカートだったので出来上がった制服を切るとなんだか少し恥ずかしい気がした。でも、特Aになれればこれが着られるという女子の希望が詰まった可愛い制服なのだなと美月は思った。仕立てられた制服を着て、荷物をもらった規定のカバンに詰めなおすと、今日着ていた服は大きな紙袋に入れて教室のロッカールームまで運んでくれるとのことだった。そのまま試着室を出ると、そこには特Aの制服を着たレオン王子がいた。

「先ほどの制服もとても似合っていましたが、こちらの制服の方が現代的で可愛らしいですね。行きましょうか。教室。」

レオンが言うと、また手を取ろうとするので、美月は、その手を払い除けた。

「ここは日本です。女性の手を簡単に引く文化はありません。」

美月は一礼すると、となりを歩き出した。

「女性に手を払いのけられる経験をしたのは、幼い頃に沙都花からされて以来です。」

「そうですか。」

「美月。これを。日本に行くのが決まっていたのは4ヶ月前だったので、元々娘にあったら渡してくれって頼まれていたんです。海里が傍にいない時にと沙都花に言われていたので。確かに渡しましたよ。」

小さな封書の手紙を渡される。シャストリアルダの検印が押されていない手紙だった。

「あ・・ありがとうございます。」

美月はその手紙を受け取ると、カバンの内ポケットにしまいこんだ。そうして前を歩くレオンの後ろをついて教室へ向かう。教室へ入ると、見知った顔ばかりだったが、驚いたのは予想外の見知った顔があったことだ。

「椎菜・・・くん・・・」

響椎菜がそこにいた。勉強は教えればスポンジのごとく吸収する人だったが、つい1年前までは学校にすら行っていなかった椎菜。藤堂学園の芸能学科に通っていることは知っていた。海里に話を聞いたことあったし、何よりも高校受験の勉強を教えたのは自分だ。

「驚いた?」

「あ・・・うん。高校には入れると思っていたけど、数ヶ月で特Aに入れるまで成績上がるなんてさすがに思ってなかった。だって、9年人より遅れていたから・・・」

「美月。知り合い?僕が紹介しようと思っていたんだけど・・・」

暁が割って入ってきた。

「あ。ええ。ストリートミュージシャンしていた頃、リリー学園の近くの公園で唄っていたの。椎菜君。その、あんまり学校で上手に友達関係が維持できてなかったので、よく相談していて。海里とか集君に弱音吐くの嫌だったから。」

「相談って。」

椎菜は笑いながらいう。

「あれ、相談だったんだ。今まで気づかなかった。」

すごく綺麗な笑顔だった。暁はその自然な笑顔に少し見入る。

「社長、美月ちゃんが一枚目のCD作るとき、出資してくれたんです。僕はただ道で歌うしかできなくて。ストリートでもらったお金すらすべて施設に巻き上げられていましたから。あそこは、地獄でしたから。」

「ああ・・君は確か問題になった孤児院出身だったんだっけ?それもデビューのとき話題になっていたね。」

「ええ。その孤児院を彼女が買い上げて経営責任者になってくれて。おかげで地獄を共にした兄弟は、今はきちんと勉強もさせてもらえて。虐待もなく、平和に過ごせてるんです。」

窓の外を見ると、椎菜はそのまま続けた。

「きとんと事務所契約もできて、今は施設の後輩の為に学校へ行くお金を出して上げることもできるようになって。そうなれたのも、美月ちゃんが作ってくれたCDのおかげで。彼女は僕にとって恩人なんです。」

美月は恩人という言葉にくすぐったさがあるのか、そっぽ向いてしまった。

「わ・・もう恩人とかそういうの辞めて。あの孤児院初めて見たとき、驚いたんだから。あんなの見て、ほっとけるような育て方されてなかっただけだもん。」

美月はそう言うと、

「きっと、暁君だって知ればそうしたと思うよ。たまたまね、たまたま、買い上げるだけ通帳にお金も入ってたし。それに・・・」

美月は真っ直ぐ椎菜君の方を見ると

「1枚目のCDの売上、全部椎菜君が私に渡したから。椎菜君、私が蘇芳家出身とか知らないから借金してCD作ってくれたと思っていたのか・・。だからあの莫大なお金に私の貯金少したした位よ。施設買い上げるお金なんて。思った以上にインディーズのCDが売れて、私自身も驚いたくらいなんだから。」

「僕は社長をしているんだけど、ちょっと芸能情報は疎くて。そんなに良い曲なの。インディーズの曲。」

暁の言葉に

「あ、私音源携帯に入ってるから、メールに添付して送ってあげるね。すごく綺麗なバラードなの。私が元気になりたいとき、いつも聞いてる曲なの。お勧めだよ。暁君。」

美月はそう言うと、スマホをいじってメールを作成しだした。暁は椎菜を横目で見る。そうして美月からの携帯着信音がなる。

「ありがとう。美月。昼休憩の時に聞くよ。」

暁はそう言うと、チャイムの音が鳴る。席は決められていたので座る。海里の隣だった。

自分の斜め後ろにレオンがいるのも気になった。そして入ってきた担任の先生には再度驚いた。

「・・・・嘘でしょ。」

海里と声が思いっきりハモった。暁君は知っていたのだろう。こっちを見て笑っている。

「保険医と理科の科目を担当します。1年特A担任の、蘇芳集です。基本は保健室にいますが、進路指導やらそのあたりは適当に受けます。まぁ、特Aなら自分で決めれるだろ。」

さすが適当。これもコネでえた担任なのだろうと美月は思った。集君は天才だから、全科目授業できるはずだが、あえて生物にしたのは保険医っぽいからなのだろう。

「特Aで入れ替わり入ってきた人だけ紹介する。名前読んだら手あげて一礼しろ。蘇芳美月。響椎菜。レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダ、今日は休みだが、日生太陽という転校生がはいる予定だ。体が弱くて滅多に学校にはこられないとのことだが、着た時はいろいろ教えてやってくれ。今まで在宅学習で初めて学校に通うらしいから。」

日生家に子供がいたことに少し驚いた。日生家は日本の陰陽師の家系だ。と、いうことは日生太陽も陰陽師なのだろう。教室が少しざわついた。

「さて、いろいろ言いたいこともあるが、それは後に明日から始まる個人懇談で話すこととする。ほかより少ないクラスメイトだ。仲良くやれ。」

それだけ言うと、集君は教室からとっとと出て行ってしまった。

「海里、聞いてた?」

「いや、知らないよ。集君、生物の授業するとしたら、満点維持し続けないと家で殺されるぞ。」

「パパが担任になるなんて意外だったな。姫。海里。」

「大地。」

「千堂君。」

「相性いいな。姫。姫も大地でいいよ。クラスメイトだし。」

「じゃあ、大地君も美月って読んでもらえません。姫はちょっと・・・」

「うーん。まぁ、姫は姫でいいじゃん。なんかもう姫ってイメージなんだよ。」

大地は笑いながらいう。

「楽しそうね。交ぜてよ。クラス替えで念願の女子のクラスメイトができたんだから。」

綺麗な女の子が入ってきた。確かに、男子比率過多なクラスだ。今まで彼女は紅一点だったのだろう。

「海里君、紹介してよ。」

「あ、彼女は美堂綾乃。」

「え・・・美堂って・・」

「そう、その美堂よ。私は貴方のお母さんの妹。と、言ってもまぁ、母親違いね。異母姉妹ってやつ。」

「あ、そうなんですね。美堂家の方とお会いするのは初めてで、嬉しいです。」

「まぁ、そうでしょうね。父は未だに蘇芳理人、大嫌いだし。でも、孫の貴方には少し興味があるみたいだから、今度是非、遊びに来て。クラスメイトなのって紹介して、会わせてみたくて。会いたいけど、自分からはいけない。頑固親父なのよ。」

「あ・・私も会ってみたいです。」

「決まりね。」

「美月ちゃんって呼んでもいい?私のことも綾乃って読んで。」

「あ・・・はい。よろしくお願いします。綾乃ちゃん。」

綾乃は赤色の制服を選んで着ていた。リボンも赤色のリボンをつけていて、母親と姉妹と聞いたが、あまり自分には似ていなかった。やはり、異母姉妹なのかなと思う。

「綾乃、美月の叔母にあたるんだな。」

「ちょっと、大地。そこはスルーするところよ。従兄弟なら良かったんだけどな。」

2人は顔を見合わせて笑っていた。ずっと特Aクラスで一緒なのだろう。すごく仲が良さそうだった。

「それにしても、本当に小学生の頃からクラスメイトに女子いたことなかったから、本当に本当に嬉しいわ。」

「私は女の子ばっかりのクラスだったので。男性の中に1人じゃないってだけで少し安心しました。よろしくお願いします。綾乃ちゃん。」

「良かったな。美月。女の子の友達、初めてなんじゃないの?リリー通って美月の友達の話なんて聞くこともなかったから。」

「あ・・・そうかも。」

思い起こせば小学校の頃は、海里にべったりだったし、中学もあまりクラスに馴染めなかった。蘇芳家というだけで遠巻きにされる生活だった。ここは、そういう意味では家柄が近い人間が多いせいか、誰も遠慮する人がいないのだ。藤堂学園ってそういう意味で良家の人が集まる学校なんだなと思う。

「君、沙都花の妹なの?」

「ええ。」

「へぇ・・似てないね。全然。」

レオンが入ってきた。綾乃の顔をまじまじと見て

「うん。やっぱり似てない。」

念を押すように言った。

「姉は、母似だって聞いてるから。私は父にも、母にも似てないの。ごめんなさいね。姉、絶世の美女って言われていたらしいから。残念な思いをさせてしまったかしら。王子様。」

レオンの方を真っ直ぐ見ていう。

「私、姉は写真でしか見たことないの。なんせ、父は姉の結婚に大反対で、蘇芳家を潰す勢いだったって聞くから。姉が結婚して美堂家の後継者がいないという理由で私は美堂家に生まれたから。それに、記憶にある頃には姉は、そちらの国に連行されていて、全然会う機会がなかったから。そんなに美人なの?」

「ああ。子供1人生んで、40前とは思えないほどの絶世の美女っぷりだよ。」

綾乃の表情が一瞬曇ったような気がする。と美月は思った。

「ところで、美月借りていくから。」

一言そう言うと美月の腕をがっちりつかむ。しかし、その掴んだ腕を躊躇なく払い除けたのは、

「どこへ連れていかれるのですか?」

険しい顔をした暁だった。

「貴方は現状の彼女の立ち位置をご存知のはずだ。大変申し訳ないが、我が校で彼女を預かっている以上、貴殿と二人きりにすることは許可できない。」

そう言うと、暁は美月を自分の背後に回した。

クラスが静まりかえる。暁が大きな声を荒げることなど、ほとんど見たことがないのだ。きちんと美月の前に立ち、某国王子と対している。

「僕の身分を理解した上でも、美月の前に立ち、守ろうとする勇気。僕はそういうのは大好きだよ。藤堂暁。」

「なら、今回は諦めていただきたい。」

「解ったよ。僕も自分の身分を利用してまで、美月と話したいわけじゃない。」

「ご理解いただけたのなら、幸いです。」

レオンは降参のポーズを取ると、笑いながら自分の席へと戻っていった。暁は、そのまま海里の耳元で小さな声で

「何ボケっとしてるんだよ。傍にいたなら守れよ。馬鹿か。」

周りには聞こえない小さな声で伝えると、そのまま美月の方を振り返り、うって変わってさわやかな笑顔で

「彼と二人きりにならないよう、美月も注意して下さい。」

海里はその暁の豹変ぶりに驚き、腹正しさ通り超えて殺意を覚えたが、それでも実際、あの場所で自分がレオンに対して同じ行為ができなかったことを反省することにした。そうでもしないと、暁を殺してしまいそうだ。

「解りました。」

美月は暁に笑顔を見せる。すると、綾乃が傍に寄ってきて

「暁のデートのお相手、美月って本当?」

小さな声で聞いてきた。

「あ・・デートっていうか、そのお礼だったんだけど・・・。そうですね。あの新聞の件は間違いなく私です。」

綾乃の耳元で小さな声で言い返す。綾乃は小さな声で「そう」とだけ言うと、その場をさって自分の席へ戻っていった。美月はふと海里の方を見ると、それはそれは我慢しているのが解ったので、にっこり笑顔でほっぺを二度ほどパチパチ叩くと

「顔がひきつってるよ。海里。」

「あ・・・うん。」

海里は美月の笑顔にうんとだけ答えると、自分の席に戻っていった。授業が始まり、斜め後ろにあるレオンの視線が一点集中で集まっているのを感じて辛かった。それ以前に、カバンのなかに入ってる検印なしの手紙の存在は美月にとって気になってしかたなかった。授業どころではなかったが、あまりにも興味が持てない内容の授業だったのもあり、あまりクラスの人も聞いていないように思えた。昼休憩になると

「美月、弁当持ってないなら、学食一緒に行こうよ。」

綾乃が笑顔で迎えに来てくれた。

「あ・・うん。海里も持ってないから一緒でもいい?」

「俺も一緒していい?久しぶりに美月と話したいし。」

椎菜が笑顔で割って入ってきた。

「芸能人が一緒だと、ただでさえ注目を浴びやすい我らの注目が急上昇よ。」

綾乃が笑顔で言うと

「急上昇ついでに、僕も一緒してもいい?綾乃。」

暁まで入ってきた。

「へぇ・・暁が一般の食堂使うなんて珍しいじゃん。」

「ちょっと、嫌な気配を感じるんだよ。綾乃。」

とても仲が良さそうだと美月は思った。

「綾乃と暁は幼馴染。俺と美月と一緒位子供の頃一緒にいたんだって。」

海里が小さな声で耳元で教えてくれた。みんなで食堂へ行くと、食堂はちょっとした大パニックだった。海里ができればお弁当と言っていたのが解る。特Aが来るというだけでちょっとしたアイドル扱いのようだと美月は思った。

美月は食堂のメニュー表を見て、さらに驚きを隠せなくなった。何なんだ。リリーもお嬢様学校だったから女子受けしそうなオシャレメニューを多く揃えていたが、ここはそんなもんじゃない。世界各国どこの国の料理でもあるんじゃないかと言わんばかりのラインナップだった。さらに、単品からコースまで・・・・

「海里、これ学食?」

「俺も最初はカルチャーショックだったよ。何にする?学生証のIDで料金一括支払いだから、現金持ってなくても食べれるよ。」

「じゃ・・海里のお勧め。」

「了解した。」

そう言うと海里と一旦集団を離れる。すると、集君が目の前にやってきて

「美月。ちょっと来い。」

「え・・集君御飯御飯。」

「いいから、来い。」

集は有無を言わさず美月を引っ張っていった。

「海里。美月の食事買っといてやれ。保健室持って来い。藤堂に美月はさらった旨メールしてあるから大丈夫だ。」

「解った。集くんは何かいる?」

「いらん。」

それだけ言うと保健室に連れ込まれた。そうして、ついた途端カバンをガッツリ奪われる。

「やっぱりな。レオンに朝接触されてるの見たけど、何かあるかと思えば手紙・・・これ。」

集は一瞬躊躇う。

「沙都花の字・・・」

「レオン王子。お母様と知り合いで、検印されていない状態の手紙をわざわざ届けてくれたの。」

「開けてもいいか?」

美月は集の言葉に、頷くしかなく集の手紙を読む姿を見ていた。

「集君。何書いてあったの?」

読み終えると、集は美月にその手紙を渡す。

『理人を助けてあげて』

ただ一言だけ書かれた手紙。それも走り書きでとても汚い字だった。ばれないように渡すために急いで書いたのか、強制されてかいたのかは正直解らない。ただ、それは間違いなく母の直筆だった。もちろん、真似て書かれたのかもしれないが、集が判断する限り、沙都花の字だと躊躇っていた。美月にとって、集が間違えると思えなく、それは母が書いたものなのだろうと納得できてしまった。

「でも、これ。お父様を助けてっていうのであれば、もう逃げているのだから・・・」

「美月。」

集は小さなため息をついて、

「理人は逃亡した。その情報が真実だっていうことは、誰にも解らない。例えば、逃げたことにされている可能性もあるし、考えなければならない可能性は沢山あるんだ。単純に理人が逃げて、母とどこかにいるならそれでもいい。そんな考え方じゃ、戦いには勝てない。いいか。美月。あらゆる角度で物事を判断しなければ、某国との戦いに死ぬ。理人ほどの天才だから、心配はしていなかったんだけどな・・・」

集は美月を抱きしめると

「いいか。目の前にある状況だけで自分の動き方を判断するなよ。友達を助けたいから犠牲になる。そう思って犠牲になったところで、友達は助からない可能性だってある。約束は強者からは簡単に見放される。日本の政治家が蘇芳家から犠牲を出さないと契約して理人に某国へ行かせたにも関わらず、美月を差し出そうとしているのが良い例だ。」

「でも・・・もしこれが本当なら、私はお父様を見捨てることに・・・」

「レオン=ハーデスブレスト=シャストリアルダがどんな人物だか知っているのか?」

美月はその集の言葉に、下を向く。

「相手は皇族だ。シャストリアルダ皇族はな、命懸けで日々を生き抜いている。王位継承権争いは激化して、それを獲得したのはレオンの主たる皇族だ。生き残っている。それだけで作戦参謀や戦術にはすぐれているし、場数を踏んでいる。それは精神的にも肉体的にも彼を強くしている証拠だ。」

集は美月に視線を揃えると、真剣に真っ直ぐ伝える。

「美月は、賢い。それは育ててきた俺が一番よく解る。だけど、すぐに自分が見えなくなる。自分よりも守りたい誰かの為に我を忘れる。それは、いつか美月の足を救う。覚えておくんだ。美月。自分を守ってくれる誰かの意見をちゃんと聞くんだ。美月の勝手な判断は失敗を招く可能性があるということをきちんと理解するんだ。俺でも海里でも、美月のことを大切にしてくれるであろう人の意見を・・・聞いてから動き方を決めろ。」

そうして言い終わると美月をきつく抱きしめる。ドアの外に海里が来ていることに集は気づいたが、海里が話が終わるまで空気を読んでか入ってこないような気もした。

「大切な人を失う苦しみは、生涯胸に刺さる。それを忘れられず、囚われ続ける。それは美月を失ったら、俺も海里も囚われ続ける。覚えておいて。俺は美月を心から愛してる。」

集の抱きしめる力は強くて、美月の力では解けない程だった。集の愛しているが、家族としての言葉だということを美月は理解していた。そして普段なかなか聞くことができないことを集に聞いてみた。

「集君は、囚われているの?」

「囚われているよ。」

集の瞳から溢れた涙なのかは解らない。だが、確実に自分の背中に水分が落ちてくるのを感じた。

「俺は、自分の判断の過ちから、大切な人の命を奪った。大切な人は、俺を守ることだけを考えてくれていて、俺のミスのあらゆる可能性に気づいて、解らないようにずっと見守ってくれていたんだ。そうして、俺のミスを隠すように命を落とした。」

何粒も背中に溢れてきた涙・・・

「だから、これ以上俺は後悔したくないんだ。」

そう言うと、ポケットにいれたロケットペンダントの写真を見せてくれた。

「美月には初めて見せるな。海里入っていいぞ。」

集の言葉を聞き、海里は扉を開けて入ってきた。

「全部聞いてたんだろ。」

集の言葉に海里は頷くと、集は海里にもロケットペンダントの中身を見せた。

「俺が愛した人だ。海里は二度目だな。」

集の言葉に海里がこくりと頷く。すごく綺麗な少女の写真だった。

「彼女を失って、絶望の淵にいた俺を救ったのはお前ら2人を守るという理人との約束だ。それがなければ俺も美月と一緒だよ。病室の中の死人だったんだ。」

集はその写真を開いたまま机の中央に置くと

「彼女は藤堂明。藤堂の姉だ。藤堂家は代々当主となる人間には「あきら」という名前をつける決まりがある。俺は彼女を明と読んでいたから、藤堂のことを暁と呼ぶ気にはなれないんだよ。そういう根本的なところから、まだ囚われ続けている。美月のことについて藤堂に甘いのもきっとそのせいだ。すまんな。海里。」

集がそのまま海里の頭をポカンと叩くと、美月の方を見た。

「美月。」

「うん。何となく解った。」

「そうか。」

集君は後悔しないようにと伝えてくれているのだろう。集君の後悔の話をして。なぜ死んでしまったのとか聞きたいことはいっぱいあった。でも、それを集の口から聞くのは、集を攻めるみたいで辛かった。自分が人を殺した話をすると気が辛いように。集君は失ったものが大きすぎる。

「集君。私、自分が選んだ先にある道に後悔しないようにする。」

「ああ。時間なくなったな。昼飯食って午後の授業でな。」

「あ、美月。どっちが良い?御飯とパン。」

海里はお弁当を二つ渡してくれて、私は手前側のお弁当をとった。そうして海里と向かい合わせでお弁当を広げると、なんだか会話もなくお弁当をもくもくと食べることにした。何回か海里が足を使って、私の足を蹴るので、蹴られた回数蹴り返すという意味のない相槌をしてみたけれど、集君の方を二人共見れなかった。


暁様が学食にいらっしゃるわ。

その一言で学食が満員御礼している昼休み。携帯メールで美月は保健室へ貰うという内容を呼んだ今、特に学食に用はないのでとっとと退散したいと思っていたが、何となく、この状況下で退室するのは学園長の息子として駄目だなと思い、適当に食べ物を注文すると、綾乃が座っている隣に腰掛けた。

「暁と二人で御飯なんて、数年ぶりね。」

綾乃が笑顔で言ってくれるが、まるで心に響かなかった。なぜ、蘇芳先生が美月を保健室へ呼び出したのかだけが気になって、その言葉を無視してしまうと

「暁。人の話はきちんと聞きなさい。」

両方のほっぺたをパチリと綾乃に叩かれた。

「ああ、ごめん。綾乃。で、何?」

「数年ぶりねって。パーティーとかで暁に会っても、挨拶やら何やらで全然相手にしてくれないんだもん。海里君見習ってよ。美月ちゃんにすごく優しいんだから。幼馴染ってああいうものだと思ってたから、羨ましいもの。」

綾乃はほっぺたをぷっくり膨らまして、暁の方を見るも、相変わらず淡々と覚めた表情だった。

「いや、あの2人は特殊だろ。普通幼馴染なんて、年と共に疎遠になるもんだよ。」

暁はそう言うと、口のなかに淡々と食事を通していった。綾乃は暁の言葉に表情を少し曇らせる。2人は幼馴染だ。そもそも藤堂家、千堂家、美堂家は3代財閥。藤堂家と美堂家は特に繋がりが深く、子供の頃競争もかねて同じ家庭教師から同時に勉強を教わっていた。暁がスポンジが水を吸収するかのごとく、ハイペースで進んでいくのについていけないと言えず、夜中も吐くほど勉強して一緒に教わり続けた。いづれ、無理が祟って、暁に綾乃は綾乃のペースで勉強したほうがいいと言われた時は、涙がかれるんじゃないかってくらい泣いたのを覚えている。

「明日のパーティー参加するの?」

「パーティー?」

「主催者でしょ?藤堂家主催のレオン王子の歓迎会。」

綾乃はため息をつくように言うと

「ああ・・・行くよ。特Aクラス全員参加とかいうやつね。」

「クラスメイトだから参加でしょ?明日はお偉いさんとか特になくて挨拶周りないんでしょ?だったら、エスコートしてもらおうと思ってずっとお願いしようと思ってたのよ。」

「彩乃を?」

「そうよ。」

暁はその言葉に真顔で

「ごめん。気分じゃない。それに・・・」

「それに?」

「好きな人がいるんだよ。彼女に他の女の子と2人きりでいるところなんて見られたくない。誤解されたくないんだよ。」

「好きな女の子って、初恋の君、どんな手段を使っても見つからなかったって。」

綾乃は言い返す。

「もしかして、初恋の君は諦めて、美月ちゃんに鞍替え?あんなにずっと一途に・・」

「初恋の君が、美月だったんだよ。」

暁の言葉に綾乃は驚きを隠せないようだった。

「美月ちゃんなの?暁の好きな人。」

「そうだよ。綾乃には関係ないだろ。」

「あ・・・あるわよ。」

「何で?」

「幼馴染だし。暁の世話役としては・・・」

綾乃がブツブツいっていると、

「綾乃も良い人みつけろよ。」

「よっ・・余計なお世話よ。」

暁はそう言うと、食べ終わった食器を返却口へ持っていく。そうしてそのまま食堂を立つと、教室へ向かって戻っていった。教室へ向かいながらヘッドフォンを携帯電話につけて、美月が送ってくれたbeautifulMOONをかけて聞く。

―やっぱりそうか。―

暁は、美月が好きな3人目を歌詞を聞いた瞬間椎菜だと確信した。そうしてその曲を聴くのを辞めた。美月を好きな気持ちをたからかに唄う歌だと思えば、なんだか腹ただしくなってきたからだ。

綾乃は取り残されてしまったので。しかたなく。自分の食事の残りを食べ始めた。明を見る瞳がどこか切なかった。



放課後、クラブ活動の説明会が生徒会で行われるとのことで、転校生は全員参加が義務付けられていた。体育館へというアナウンスがかかったので、美月は体育館の方へ歩き出した。藤堂学園は必ず何かクラブ活動に所属する決まりがあり、幽霊部員だとしても、在籍が義務付けられていた。海里は水泳部に入っているとさっき聞き、スイミング教室してやろうかと笑われたので、絶対に水泳部はないなと心に決めて体育館へ向かっていた。

「手紙。読んだ?」

後ろからレオン王子が話しかけてきた。

「ええ。読みました。」

私が答えると、後ろから横へ並ぶように歩き出した。

「君はシャストリアルダへ来る気はないの?いろいろあることは知ってるんだけど。」

レオンは普通に聞いてきた。

「案外直球勝負なんですね。レオン王子って。」

美月はそう言うと、

「嘘や変化球は遠回りだからね。無意味なことはしない主義なんだよ。」

なるほど。案外考え方は自分に近い人物のようだ。

「じゃあ、私も嘘も変化球もなしでお答えします。決めかねています。行く理由も、行かない理由も決め手にかけるんです。」

「つまり、決め手さえできれば、君はシャストリアルダへ行ってもいいってことなんだね。」

「そうですね。そうなりますね。」

「そうか。ところで、藤堂暁は君のこと好きみたいだね。真っ直ぐ君を守ったところなんて王子様って感じ。まぁ、藤堂家は日本でいうシャストリアルダ皇族と同じ立ち位置だからそういう教育されているのかな。」

「よく解りません。まだ、出会ってほんの数日しかたっていないんです。彼がどう育ち、どう教育されたかを彼から聞いていませんので。」

「そうですか。恋人ではないんですね。」

「今のとこは。」

「なら、良かった。明日、パーティーがあるんです。特Aクラスは全員参加の僕の歓迎パーティーだそうです。僕は、貴方をエスコートしたいのですが、どうですか?もちろん貴方がOKしてくれたら、貴方が欲しいであろう手札を一枚切りましょう。」

レオン王子はニヤリと微笑むと

「蘇芳理人の情報です。」

・・・逃亡したとされる理人の情報。気に止めるほどの情報じゃないかもしれない。でも、両親の話になるとどんな些細な情報でも、それが例えガセだったとしても知りたかった。

「もう一つ、私が望む手札を貴方が切ってくださるならば、エスコートされてもかまいません。」

「いいでしょう。私が出せる手札であれば、貴方の望むものをつけましょう。」

美月はその言葉を聞くと、深呼吸して

「ガノッサ皇太子殿下はなぜ、私を王妃として望んでいらっしゃるのか。検討もつかないんです。ご存知だったら教えて欲しい。」

レオンは

「いいでしょう。明日、エスコートが終了して、パーティーが終わったら、その2つの情報をお渡しします。僕はシャストリアルダ皇族の正装で参加します。服装はそちらで合うようなもので来ていただけますか?」

「解りました。貴方が赤なら、日本のおめでたい色ということで、私は白で参加します。紅白はとてもめでたいとされるんですよ。」

「そうですか。髪、下ろしてきてくださいね。そのほうが沙都花に似てとても綺麗ですから。」

そう言うと、王子は私を抜いて体育館の方向へ入っていった。体育館の入口では、勧誘活動を行う人たちが一斉にチラシを渡しにきた。レオン王子が見事にすり抜けたのにも関わらず、美月は歩く傍から握らされるようにチラシを渡され続けた。そのほとんどが、男子運動部のチラシで、大きな声で是非マネージャーにと何度も何度も言われた。体育館の中のクラブ紹介の座席に着く頃にはすっかりビラまみれになってしまった美月はそのビラを一枚一枚丁寧に畳むと、そのまま自分のカバンの中に入れ込んだ。

クラブ活動なんて、ほぼほぼ興味がなかった美月は、その紹介を何となく考え事をしながら聞いていた。レオンが自分を誘った。何を考えているのか解らない。今日暁君にレオンと2人きりになるなと言われたばかりなのに、エスコートされると約束してしまったことに何だか無償に罪悪感を感じている自分に気づいた。きっと、海里と集君にも今晩しこたま怒られるだろうから、そこは、明日になるまで黙っておくことにしよう。美月はいろいろ考えている間に、クラブ紹介がすっかり終わって、周りの人が立ちあがり、それぞれ興味のある部活のブースへ歩いていくことに気づいた。何部があるのかもさっぱり頭に入らなかった美月は、とりあえず落ち着いて立てるようになるまで椅子に座ったままにすることにした。

「全然聞いてなかったでしょう。視線がまったく舞台上にありませんでしたよ。」

後ろから声をかけてきたのは暁だった。

「あまり、興味がなくて。部活絶対入らないといけないんですよね。海里に聞きました。」

「まぁ、形上は。もし、入る部活を決め兼ねているなら、おすすめの部活がありますよ。」

暁は笑顔で言う。そうして腕のワッペンを指した。

「生徒会ですか?でも、それって部活じゃ・・」

「西垣内は趣味で水泳部に在籍していますが、大地や綾乃は生徒会執行部だけですよ。いちおう執行部も部活在籍扱いです。美月は成績で生徒会へ入れますから、僕も西垣内もいますし、まぁ、少し多忙ですけど、一般の生徒との交流も無いという点では、お勧めですよ。何より、生徒会室は静かにお昼が食べられます。」

「暁君は?生徒会だけ?」

「ああ、僕は陸上部に在籍しています。ほとんど幽霊で試合にしか参加しないんですけどね。」

爽やかに笑うと

「美月がくれた足で、スポーツしたかったんですよ。だから、必要ないんですが、陸上部には在籍しているんです。」

そういうと、暁は美月の手を引いた。

「特に何かというものが無いなら、生徒会へ。」

「うーん。そうですね。でも・・・」

美月は立ち止まる。

「でも?何かありますか?」

「いえ・・・・生徒会にします。暁君が生徒会長なら、甘えられそうですね。海里も、重たいものとか絶対持ってくれそうだし。」

「決まりですね。」

そういうと、生徒会ブースへ美月をつれていった。生徒会ブースには綾乃ちゃんと、御風さんが座っていた。

「美月ちゃん、生徒会?」

綾乃ちゃんが笑顔で、生徒会ワッペンを渡してくれた。

「成績はクリアよね。生徒会の役職は成績順なんだけど・・」

綾乃は美月の成績をチェックした。

「美月ちゃん・・満点だったの。テスト。」

「え・・ああ、そうみたいですね。」

「暁と海里と美月ちゃんで生徒会長デスマッチするのね。女子の場合、スポーツテストってハンデあるのかしら?」

綾乃が暁に聞くと

「ありません。そこは男女差別なしです。成績もなしなんですから。」

「なしでいいです。生徒会長にはなりたくありません。」

美月は笑顔で言う。

「それに・・・体育は基本見学なんです。小さい頃から体が弱くて。そのデスマッチは、海里と暁君でやって下さい。」

「デスマッチって・・・・」

暁は笑いながら言う。

「でも。西垣内と戦うってのは、楽しみなんですよ。」

「暁、海里君を負かすってなると笑顔喝采、性格悪いわよ。」

綾乃が笑いながら言うと

「西垣内、本気で悔しがってくれるから好きなんだよ。藤堂学園の他の人間は戦う前から勝ちを諦めて戦いに来るから。あいつだけなんだよ。勝とうと意思を持って戦ってくれるの。」

「海里はいつだって全身全霊だからね。」

「二人の戦い、生徒会が主催してみたい生徒は見に来れるようにするから。明日はあれだから、明後日くらいにしましょうか。海里君には、美月ちゃん連絡しといてくれる?」

「解りました。」

「ところで美月ちゃん。明日のパーティーどんなドレス着るの?」

「え・・ああ。白のミニのシンプルな感じのやつにしようかなと思ってます。」

「髪は?」

・・・そこで、髪の毛は下ろして来て欲しいと言ったレオンを思い出した。

「下ろして本当にシンプルにしようと思ってます。綾乃ちゃんとかぶってませんか?」

「うんうん。大丈夫。私は、身長の関係でミニはあれだから、ロングのドレスしか持ってないから。美月ちゃんが白なら、私は青とか赤にしようかな。」

「綾乃ちゃん。背が高くてモデルさんみたいだから、細身のロングドレスとかとても似合いそうですね。」

「本当に!!美月ちゃんも絶対ミニの方が可愛いと思う。しかも白とかイメージぴったり。」

女子二人でこんな話をするのは、美月にとって初めての経験だった。

「美月。」

暁君が二人の会話に入ってきた。

「明日はシャストリアルダ皇族の関係者が多くきます。なるべく僕の傍にいて下さい。」

暁の言葉に、美月は少し悪気を感じながら、下を向いて

「それは無理です。ごめんなさい。」

一礼して誤った。暁は一瞬険しい顔をしたのが解ったが、美月にとっては後で怒られたとしても先に約束したことが絶対だった。

「どうして無理か、聞いてもいいですか?」

暁は平静を装っているが、顔が少し焦っているのが解った。

「エスコートされる約束をしている人がいるんです。明日はその方にお付き合いする予定なので、その方の面子を守る為には、他の男性の傍にいるわけにはいきません。」

美月は嘘をついても意味がないので、レオン王子ということだけは隠して伝えることにした。

「そうですか。僕は遅れをとってしまったわけですね。」

暁は少し弱気な言葉を吐くと、それ以上は何も言わなかった。美月が見ても、御風が見ても、綾乃が見ても解る位落ち込んでいるのが解った。美月はさすがに心配してくれているのが解っていたので、暁の肩をポンポン叩くと

「次は絶対、暁君にエスコートしてもらうようにします。今回だけは、許して下さい。」

美月はそう言うと、

「帰りの車が来てるって海里から連絡があったので、私はこれで帰ります。」

そして綾乃ちゃんの方を見て

「また、明日。綾乃ちゃん。ごきげんよう。」

「ええ。美月ちゃん。ごきげんよう。」

挨拶をすると、体育館のドアに向かって歩き出した。ドアの所に海里が待っていてくれた。

「何、藤堂にあやまってたの?」

「エスコート断ったの。」

「ざまぁだな。」

海里が半笑いで暁の方を見ながら、美月と体育館から歩いて去っていった。

「晩御飯の買い物して帰る?」

「え・・うん。明日からはお弁当にしよっか。海里。」

「お・・いいねいいね。運転手に頼んでよってもらおうか。」

2人は車に乗り込むと、運転手は笑顔でスーパーに寄ってくれた。


その日の夜、美月は部屋の中で白のドレスワンピースを出して、白のコサージュをスカートのウエスト横に縫い付けていた。靴やらアクセサリーを綺麗に白とシルバーで統一し、少し地味だと思ったので裁縫作業を始めたのだ。髪の毛を下ろしてこいと言われたので、ラインストーンがついた細めのヘアバンドを久しぶりに出した。

レオンにエスコートされるのに、これをつけるのは少し気が引けるのだが、これをつけていればお守りがわりにくらいなるかなと美月は思うことに決めた。去年の誕生日プレゼントに海里がくれたカチューシャだ。

今朝から携帯のメールアドレスに、いろいろ誹謗中傷のメールが入るようになった。どこかからアドレスが漏洩したのだろう。クラスメイトでアドレスを知っている人もいたはずだから、捉えられたリリーの女子生徒から漏洩したと考えるのが妥当だと美月は思った。中には、直接リリーの生徒から「助けて欲しい」というメールも来ていた。

美月はそのメールをなるべく読まないように心がけたが、どうしても気になって数件開いてしまった。そうして、やっぱり読むと虚ろな気持ちにさせた。

部屋に1人でいると、いつも、考えないようにしようと思っても、考えてしまう。シャストリアルダへ行くべきなのだろうか。多くの人の人生を助けてあげなくちゃいけないのだろうか。それは、美月の中で答えの無い迷路のような迷いごとだった。

期限も迫っている。美月の答え一つで、210人の人生が、音を立てて崩れていくのが解っていた。

美月は窓の外を見ながら、紅茶をいれると、一口含んでまたため息をついた。

明日のレオンとのやり取りに負けないように何度もシュミレーションを繰り返してみたが、やっぱり無意味な気がしてやめた。そうして何だか眠れなくて、ベッドに入ってもちっとも落ち着かなかった。携帯電話のメール音がブルブル夜中になるにつれてうるさくなってきたので、音を消去して充電器の上に乗せた。

ベッドに潜り込んで、何とか寝ようと必死になったが眠れなくて、結局携帯電話を再度手にとった。そのメール件数が282件と表示されているのには驚いた。集君に相談してみようかと思ったが、明日のレオンの件を見透かされそうで、怖くて言えなかった。

すると、トントン

扉を叩く音がした。

「美月、起きてる?」

海里の声だ。部屋から音がしたから心配して声をかけてくれたのかもしれない。

「うん。入っていいよ。」

私の言葉で海里は扉を開けると部屋に入ってきた。

「眠れないの?」

「うん・・・。いろいろ考え事。」

私の言葉に、

「何考えてるのか聞いてもいい?」

「私の出来ることってなんなんだろうって。」

美月は海里が座った椅子の横に座ると、海里の足に絡まるように倒れ込んだ。海里はそんな美月の頭に手を乗せると、ポンポン撫で始めた。

「美月に出来ること?」

「そう。私が出来た誰かを救ったことって、本当に暁君を助けた一回きり。私のせいで、傷ついたり、命を落としたり、人生を終わらせたり。そんなことばっかり。生きている意味なんてないのかなって。」

「また、そんなこと考えてたの。美月。」

海里は美月の頭を撫でる手でそっと美月を起こすと、自分の方に引き寄せて強く抱きしめた。

「美月のせいじゃない。何一つ。美月にそんなことを考えさせる世界が、悪いよ。大丈夫。俺は美月がいてくれただけで、今までずっと幸せだったよ。俺の人生は美月に救われて幸せだよ。」

海里は本気で言う。

「1人で取り残されたらきっと駄目だった。美月がいて、集君がいて、集君が男なら女を守れって俺に教えて。美月を支えたり、守ったりそういう男らしさに自分自身が救われているんだよ。美月は守られてばかりっていうけれど、守らせてくれることが俺にとって何よりも守られていることに繋がる。美月がいなくなったら、俺は、誰を守って、誰を支えにしたらいいか解らない。」

海里は心から思うことを正直に、偽りない言葉で美月に伝えていた。美月はそれが解るのか抱きしめられている海里の胸の中に頭を埋めると

「ずっと、2人だったもんね。私も海里がいなかったら、世界にひとりぼっちだったと思う。」

「これからも、ずっと2人でいいよ。」

海里は埋め込まれた頭を撫でると、美月はそのまま顔面を直視してきた。

―可愛い―

何度見ても、こんなに毎日会っても、美月と目が合うと、可愛くてドキドキした。美月の瞳に潤む涙が愛しくて、どんなことがあっても大切にしたいと思う。

「寝れるまでいるから。ちゃんと寝ないと、明日また貧血で倒れるよ。」

海里はそう言うと、ベッドに美月を運んで、ベッドの横に座ろうとする。

「海里。海里だって寝ないと疲れるよ。一緒に寝よ。海里が横にいるとよく眠れるから。」

美月はそう言うと、ベッドの端っこに寄る。海里はここはビデオが無いと一瞬思い、自分の理性が保てるか自信がなくなってしまった。でも、結局言われるがまま横に眠ると、美月はそのまま胸の中にもたれるように抱きついてくると、数分後にすやすやと寝息が聞こえてきた。

―俺が男ってことを、忘れてるな・・―

海里はそう思いながら、その近くで眠る美月をそっと抱きしめると、その温もりで何だか自分自身もどっと眠気が襲ってきて、そのままあっという間に眠りについた。


朝・・・

「何やってるんだ」

という罵声と共に海里がベッドから引きずり下ろされ、集君から連続三回デコピンを食らっているところで目が覚めた。

「海里・・・いいか。すごくすごく手加減してるんだからな。」

集君がプルプル震えながら海里に向かって、軽いチョップやらを繰り返していた。海里は笑いながらそれを受けていたが、私が目が覚めたとわかると、すぐにその行為を辞めて、両肩をがっしり掴むと

「美月。何もなかったか?病院ならまだしも、自宅で・・・自宅では・・・」

集があたふたしながら言うと

「何もないよ。海里は誠実な男だもん。やましいことないよ。」

「でも、病院のカルテでキスしてる2人を」

「それは、私からしてたでしょ?海里からじゃないもん。」

その言葉に集が

「美月。いいか。キスしたら子供ができるかもしれん。」

「何それ。さすがにそんな冗談通じない。」

「せめて、誰か1人とにしろ。同じ日に藤堂と、海里とする姿を見る俺の気持ちを」

集がそう言うと、美月はそのアタフタする集の首を両手で掴んで、そのままキスをした。集はあまりの出来事に驚いているようだが、美月は離さず、暁と海里とした時間よりも長い時間集君にキスをしていた。集君がそんな私の両脇を抱えて椅子に座らすまでの1分程度の時間、海里はその行為を唖然と見ていた。

「美月。」

「集君が一番いっぱいしたよ。」

私の言葉に集君の怒りが沸点まで達したのか

「そういう問題じゃ無い。そもそも海里が狼よろしく襲ってきたらどうするんだ。」

キスでは論点がまったくずれなかったようだ。

「海里はそんなことしない。」

美月のその言葉に一瞬海里は後ろめたさを感じた。そういうことをしたくないと言ったら嘘になるからだ。むしろ、病院では記録カメラの存在がなければ本気で危なかった位だ。

「海里、そんなことしないんだそうだよ。」

集の嫌味ったらしい言葉が全てを見透かされている気がして、海里は焦ったが、それ以上に何もしていなくて良かったと安堵していた。急に襲ってきた眠気に本気で感謝するしかない。

「今日のパーティー。俺途中からしか参加できないから、くれぐれも、解ってるな。海里。」

「かしこまりました。」

集はそれだけ言うと、ヘアの扉をドカンと大きな音を立てて締めながら去っていった。


学校は何事もなく終了した。

レオン王子も校内で話しかけてくることも無かったし、暁君も特に何かを話しかけてくることはなかった。海里が休み時間の度に張り付いていたというのもあるけれど、どこか暁君から避けられているような気がした。昨日少し悪いことをしてしまったからかもしれない。

「美月ちゃん。女子更衣室案内してあげる。ドレスはそこに運ばれてるはずよ。」

綾乃ちゃんが後ろから飛びついてきた。

「海里君。まさか、女子更衣室まではついてこないんでしょ?」

「あ・・まぁ。でも近くで待ってるよ。俺の命に関わるから。」

そう言うと綾乃と美月の後ろを歩き出した。

「美月ちゃんの周りの男達は過保護な人ばっかりね。」

綾乃はそう言うと、美月の手をひっぱって更衣室へ向かって歩き出した。暁はその姿を目視すると、海里がついているからか、それ以上ついてこなかった。

更衣室は、特A生徒専用らしく、シャワールームから1人1台はあるんじゃなかと言う位のメイクボックスが並んでいた。ロッカーも有にドレス5着はかけても大丈夫な程のスペースがあり、蘇芳美月とかかれているロッカーの中には昨日の夜選んだドレスが入っていた。ドレスを着て、白のショールを羽織り、そのショールの中央をムーンストーンがついた綺麗なブローチで止める。白いエナメルの低めのヒールの靴を履いて、薄めにメイクすると、髪の毛を丹念にブローした。綺麗にストレートで艶が出た所で、海里に貰ったカチューシャをつける。白いラインストーンが綺麗に光り、右側の花の中にあしらわれたムーンストーンとパールの飾りがキラキラしていた。バックの中に携帯電話と録音装置をいれて、ハンカチやちょっとしたお化粧をセットする。そうして準備を終えると、横にはしたくを終えた綾乃がいた。

真紅のドレスは、細身でマーメイドスタイル。髪の毛は綺麗に巻いてアップされており、その真っ赤なドレスに似合うように、綺麗な赤いルージュがひかれていた。何よりその華やかさは綾乃に本当によくにあっていた。頭の上にある綺麗なコサージュの中には本物の大きめのルビーが飾られていた。

「綾乃ちゃん、すごい綺麗。大人の女性って感じ。」

美月は自分を見ると、どこか子供っぽいなと感じて何だか苦笑いになってしまった。

「私は外見からそっちで勝負するしかないのよ。美月ちゃんは『可愛い』が売りなんだから。すごく可愛いわよ。髪の毛も下ろすと雰囲気変わってお人形さんみたい。」

綾乃は笑顔で言ってくれた。

「暁の好みのタイプがこれじゃ、全然振り向いてもらえないのも無理ないかな。」

綾乃は笑顔で言う。

「暁君?」

「子供の頃からずっとずっと片思い。幼馴染なんだけどね。海里君みたいにずっと一緒にいてくれるほど優しいやつじゃないのよ。まぁ、いろいろあって歪んだんだろうけど。」

美月は足が動かなくなっていたことを思い出した。

「行きましょ。海里君も、となりでこっそり着替えてるんじゃないかしら。」

ドアの外に出ると海里がいた。海里は美月を見て、一番に自分があげたカチューシャをつけていることに気づいた。

「どう海里?」

美月は下を向いて照れ半分で言うと

「すごい似合ってるよ。白とパールとムーンストーン。好きな物だらけなんだな。」

「うん。今日は戦いだから。これ、お守りにするね。」

美月はそう言うとカチューシャを指差して笑顔で海里に言う。

「お守りって。」

「海里。」

美月は真っ直ぐ海里を見て、両手を取ると

「今、誤っておく。ごめんなさい。」

美月は前もってあやまっておくことにした。まぁ、それで解決することじゃないのは解っていたが、

「何がごめんなさいだよ。」

「お取り込み中申し訳ないけど、美月ちゃんが大好きで可愛いのも解るけど、私もいるのよ。海里君。」

綾乃は笑いながら入ってきた。

「本当に仲良しね。」

「綾乃も似合ってるよ。色気すら感じる。」

海里は綾乃の方をみて、感想を言う。

「さすが、海里君。女性のほめ方は完璧ね。美月ちゃん行きましょう。女子は、女性入場口からよ。後でね。海里君。」

そう言うと、藤堂学園のパーティールームの女性専用ドアの方へ綾乃が案内してくれた。レディーファーストがしかれているシャストリアルダ式のパーティーは男性は先に入場し入口で待ち、エスコートする女性が現れたら、手を差し出し、エスコートを受けるならばその手をとって入場するという形がとられるようだ。

「美月ちゃん。エスコート決まってるの?」

「え・・・はい。」

「綾乃ちゃんは?」

「多分、御風がしてくれるんじゃないかしら。暁にしてくれって言ったら断られちゃったんだけど、多分ぬかり無い暁のことだから御風に頼んでるはずよ。毎度毎度のパターンだから。いちおう美堂家の令嬢として恥じることがないようにしてくれてるんだろうけど、本当につくづく抜け目がないやつっていうか。」

綾乃はブツブツ言いながら女性用の扉へ向かった。

「まだ、男性陣の待機が終わっていないのね。入れないみたい。」

そう言うと椅子へ案内してくれた。近くにいた女性のウエイトレスがアイスティーを差し出してくれたので、一口含む。

―これ・・・あの日のアイスティー。―

それは、暁にお弁当の時に飲んでと渡したアイスティーだ。たまたまかもしれないが、そんなに有名な紅茶ではない。わざわざ飲み比べて探してくれたのかもしれないと思うと、ますます昨日のことに対して罪悪感が増した。周りの人を見ても、自分だけに差し出されているアイスティーなんだと解る。そういう手配を暁君ならするに違いない。

携帯電話を取ると、暁にアイスティー美味しかったよとだけ一言メールをしておくことにした。これ以上傷つけたいわけじゃない。

「女性の方入場して下さい。」

係りの人の声に入場が開始される。招待客、シャストリアルダ関係者、最後に在校生の特Aクラスが学年順に入場する。美月は一番後ろへ綾乃と並ぶと、ゆっくり進んでいく順番を待っていた。そうして入場すると、大分男性は捌けており、私の入場を待って海里が笑顔で手を振ってくれたので、それはきっちり無視することにした。エスコートされる男性以外はきっちり無視。それくらいのマナーを守っておかないと、レオンのパートナーは務まらないし、後でイチャモンつけられるような事はは絶対に避けなければならなかった。

私の入場を待つと、レオンはまっすぐの足取りで近づいてきて、床に膝をつけると、

「お約束どおり髪をおろしてきて下さったのですね。」

手を差し出して、満面の笑顔だった。レオンが膝をついた姿を見て、周りの人は一瞬ざわつく。

「約束は守る主義なんです。」

美月はその差し出された手の上に手のひらを乗せると、その乗せられた掌にレオンは口付けをして、そのまま立ち上がり、手を反対側にひっくり返して手を繋ぐと、皇族の綺麗なエスコートで会場へつれていってくれた。怖いので、海里の方を絶対に見ないようにしていたが、携帯電話のバイブレーションがカバンから響いているので恐らくこの着信は海里からだろうと思いつつ、エスコートに身をまかせ部屋へ入る。音楽家の人が奏でるヴァイオリンの音色がホールに響き、外周に立食形式がとられていた。前方中央ではワルツを踊る人がいて、学校で行われるパーティーと思っていがた、思った以上に本格的だった。レオン王子の周りにはあっという間にシャストリアルダ関係の軍人やら政治家が集まってきたが、王子はそれをさらりと交わすと、ウエイターにドリンクをオーダーし、私のところへ運んでくれた。

「どうぞ。お姫様。」

私は差し出されたジュースを受け取ると、

「辞めてください。美月でいいです。」

そう言いながら受け取った。王子が乾杯の合図のようにグラスをこちらに向けたので一度だけ打ち付けると、一口ジュースを口に含んだ。

「食事とられますか?」

「いえ。今は大丈夫です。お腹がすいたらいいますね。」

笑顔で返す。引きつっていないか心配になるが、そこは完璧にこなせていると信じたい。携帯電話のバイブレーションが諦めたのかやっと鳴りやんだ。レオンは私の左手を握ったまま離す気配はなく、右手に持ったジュースで両手を塞がれてしまったので、ジュースを一気に飲み干すと、ウェイターの持つお盆に渡した。

「美月は踊れるんですか?」

「運動神経は本当に悪いんです。ワルツとかゆっくりな踊りなら嗜む程度にできるんですが、サンバとかタンゴは未経験です。」

「そうですか。でも、踊りでもしないと、いろんな人のお声がけから逃れられないので、いきますよ。」

一言言うと、がっちり手をひっぱられてダンス会場の中央につれてこられる。流れる曲がまさかのタンゴ・・・。美月はいちおう勉強の一貫で見ていた内容を思い出すのにいっぱいいっぱいだった。そもそも、体力が持つかが心配だった。

会場でレオン様がタンゴを踊ると人が集まってきた。恥をかかすわけにはいかないが、そうもいってられない。集まってくる人の中に、海里を見つけてしまった。がっちりガードされているようだ。

「王子。私・・・」

言いかけると手で口を塞がれる。

「ご心配なさらずに。タンゴは男がリードして女性を振り回す踊りです。貴方は僕に振り回されていればいい。」

にっこりと笑顔。そうしてその笑顔の数秒後に音楽がかかると、王子は言った言葉その通りに私をクルクルと回し始めた。私は本当にただ王子にされるがままに回されているだけだった。それはもう操り人形のようだと自分でも思った。周りの人から拍手喝采されているところを見ると、本当に王子のリードが上手いことが解る。私は5分間、人生で初めてのタンゴを完走すると、呼吸がすっかり上がってしまっていた。最後のポーズを綺麗に決めなければならない所で王子がそれを察したのか、お姫様抱っこで抱き上げると、そのまま部屋の隅まで運んでくれた。

「ごめんなさい。体力なくて・・・。」

ウェイターを呼び止めてお茶が入ったコップを一つもらうと、渡してくれた。そうしてそのまま自分の足の膝の上に乗せると座らせてくれて飲ませてくれた。どこまでもレディーファーストだ。お国柄なのだろうと思うが、こんなマナーまで嗜んでいるとは驚きだ。

「貴方の体力を考えずひっぱったのは僕です。気になさらず楽になるまで座っていてください。この高さならドレスの裾が汚れるようなことはないでしょう。」

少し高く座らせてくれた。この体制で自分を座らせていたらそれこそ相当の筋力がないと難しいだろうと美月は思った。しかし、クラクラするので座らせてもらうことにした。

「ありがとうございます。」

美月は素直にお礼を言うと

「そこは少し沙都花とは違うんですね。沙都花は強気な女性でしたが、貴方は繊細でこう、柔らかな印象ですね。」

「私が育てたのだから当然です。」

誰も身分を憚って入ってこなかったのに、集はあっさり笑顔で入ってきた。

「貴方が蘇芳集ですね。」

レオンは美月を座らせているので、そのまま見上げるように集を見た。

「沙都花みたいな性格に育てたら、それこそ大変ですから。それは沙都花を知っている貴方なら少し分かっていただけるのではありませんか?」

「確かにそうですね。」

王子は笑顔で言うと、集はそのまま美月を王子の足からおろした。

「美月は体調が悪そうなので、病院へ連れて行きます。」

集が言うと、レオンはそのまま美月を取り戻して

「それなら僕がつれていきます。彼女をエスコートすると決めた以上、会場内で他の男に攫われるなど、皇族としての恥です。医師は控えていますので、そこで見せます。」

レオンがそう言うと、集は、

「必要ない。」

「待って集君。」

美月は割って入った。そして集に真っ直ぐ見て

「これは私が決めたことなの。レオン王子にエスコートされるって。だから集君でも、邪魔しないで。」

美月の言葉に一瞬イラつきを見せた集は

「美月。沢山の人が心配しているのを、解っていての行動なんだな?」

「もちろんよ。それでも、私はレオン王子にエスコートされるって決めたの。」

真っ直ぐ言うと、集はそれ以上何も言わず、

「夜、9時、門限だ。それを超えても帰ってこなければあらゆる手段を使っても連れて帰る。」

そう言うと、その場を後に海里の方へ歩いて行った。美月はレオンの方を見ると知らぬ存ぜぬの顔をしていて

「立てます。ご挨拶等あれば付き合いますよ。お約束ですから。」

「挨拶をサボりたくて、貴方をエスコートしたいと申し出たんです。お気になさらず。私が貴方に接触しているということを多くの人に見せる必要があったので。」

そう言うとまたお姫様だっこをして2人用のバルコニーのベンチまで運んでくれた。そうしてベンチに座らせてくれると、その横に王子が腰掛けた。そうして周りを警戒すると、

「さて、お約束のお話をしましょうか。」

笑顔でこちらを向いてきた。

「そうですね。ここなら他に誰か来たら話をやめればすむ話ですもんね。」

「お察しの通りですよ。」

そうしてレオンは私の耳元へ口を持ってくると

「蘇芳理人です。彼は生きていますよ。シャストリアルダのとある場所に幽閉されています。彼は今医者としてそこに極秘裡につれていかれている。だから、逃走したということになっています。そこには実験よりも、研究よりも守らなければならない大切な命があるのです。ですが、それを現王に知られてはいけない。だからこそ、蘇芳理人は逃亡したということになっているのです。」

理にかなった意見だと思った。この人が嘘をついている可能性があるとしても、今のところありえることだと美月は思った。

「その蘇芳理人がこの病気を治せる可能性があるのは、蘇芳美月だと示唆しました。性格には、独り言が録音されていて、我々は理人が言ったその言葉の信憑性を確かめるために、貴方が必要です。見た限り貴方はまだ学生で医者ではない。天才と言われているようだが、医学に精通しているわけでもなさそうだ。むしろ、蘇芳理人の方がよっぽど天才に見える。理人にそれを問い詰めても、決して理人は理由をはなさなかった。拷問しても、沙都花を手に欠けると脅しても。」

そうしてレオンは私を抱きしめて逃げれないようにすると

「蘇芳理人が独り言で貴方なら治せると言った、心当たりはありますか?」

美月は下を向いてしまった。そうして自分の力のこと考えた。そうして悟られてはいけないと思ったときには遅かった。

「今の表情で答えは十分です。僕が日本に来た価値がありました。」

これが、やりとりというのなら、今私は完全に負けた。美月は自覚して反省していた。すぐに心当たりはないと言わなければいけなかった。実際天才と言われた父よりも医学に精通しているわけがない。なのに、力のことを考えてしまった。

「貴方には何としてもシャストリアルダへの道を選んでいただかなければならない。無理強いはしません。貴方に選んでいただけるよう、こちらも誠意を尽くして交渉しますよ。」

レオンはそう言うと耳元で小さな声で

「あなたのご学友だけではありません。貴方が大切にしているものを、どうかお守りください。でなければ、明日から僕に殺られますよ。」

そう言ってベランダに1人私を残すとホールへ戻っていった。ベランダの窓越しに王子が部屋を退室していくのが見えた。私はそのバルコニーで外を見ながら1人で考え事をしていた。この場所に録音装置がしかけられている可能性があると思い、決して口には出さないように。レオン王子はわざわざ忠告してくれた。貴方が大切にしているものをお守りくださいって。私が大切にしているものって何だろう・・・。どう考えても海里と集君が一番に出てきた。でも2人は大丈夫だろう。海里は能力者だし、集はそんな自分たちが勝てるとは思えない男だ。そうしてなんだか会場に戻りづらくなってしまったので、閉会の8時までこのままバルコニーにいようと決める。しかし、そこへ。

「美月ちゃん。」

衣装替えをして、青色のドレスになった綾乃ちゃんが入ってきた。

「エスコートの相手、レオン王子ってのはビックリしたわよ。もう王子は帰ったの?」

「ええ。」

「レオン王子ってどんな人だったの。やっぱり王子様って言う位だから紳士的で・・」

「切れる人だったわ。」

「会場戻りましょ?デザート出ていて、とても美味しいわよ。海里君に合わせる顔がなくて閉会までここにいるつもりだったんでしょ?海里君。そんな貴方をずっと見守ってるのよ。行ってあげないと、可愛そうよ。行きましょう。」

綾乃に手をひっぱられて会場へ戻ると、シャストリアルダの人からの視線をがっちり感じながら海里の元へ引っ張って行かれた。

「海里君。ご心配の姫君、つれてきてあげたわよ。私はそれ以上野暮なことをしないから、あとは二人でちゃんと話し合いなさい。」

綾乃は笑顔で去っていった。美月はまじまじと海里の方を見ると、怒っているというより少しほっとしてくれている顔に見えた。

「どうして教えてくれなかったの?」

海里は怒るのをこらえているのか、優しく聞いてくれた。

「怒られると思ったから。」

「そうだね。解っててレオン王子と一緒にいるって見て解った。美月が決めたら絶対に曲げないのは知ってるから、だから。心配だから本当のことを言っておいて。」

海里はそういうと美月の手を握って会場を出ようとする。

「会場に入る前にごめんなさいだけ言うなんて卑怯だよ。もし逆の立場で俺がお姫様と一緒にいたら怒るだろ?」

これなら怒られたほうがマシだと思える程の優しさだった。

「うん。ごめんね。海里。集君に門限言い放たれたから、帰ろう。集君にちゃんと報告しなくちゃ・・・。」

「そうだね。心配すぎて、部屋の柱を破壊したよ。集君。」

・・・・・相変わらずイライラを物に当たるところは健在のようだ。

「後で、私が弁償する。」

「必要ないって藤堂が言ってたよ。集君が壊した後、藤堂もその柱に一撃入れてたから。」

・・・暁くんがと思えば、集君が乗り移っているような気がした。海里はそれ以上は何もいわず、手をつないで会場を後にした。後ろを振り返ると綾乃ちゃんが手を振ってくれたので、お礼がてら一礼して会場を後にした。綾乃ちゃんの横に暁君がいたけれど、なんだか目を合わせられなかった。

車を呼べばきてくれる気がしたが、何となく時間もあったので、海里が運動がてら歩いて帰ろうと言ったので、私はそのまま海里と手をつないで歩いて帰ることにした。その間、海里は特に怒ったり、何かを言ったりすることはなかったけれど、手を握る力は、普段よりも少し強い気がしたので、それだけが海里の意志の現れなのかなと思い、私も少し強めに握り返すことにした。自宅に帰ると玄関に仁王像のごとく立ちはだかった集君がいて、私はその集君を前に

「ごめんなさい。」

と、素直に謝ることにした。しかし、集の怒りは沸点を超えていたのか、そのまま応接室まで横抱きでつれていかれると、椅子に座らされ、その前の椅子に集が座る。海里はなんとなく部屋の隅にたっていると、美月の横に座るよう集が指で合図したので、そのままその場所に腰掛けた。

「で、何をネタにエスコートしたんだよ。」

バレバレだ。

「お父様の情報と、ガノッサの情報。もちろん正確かはこれから判断するしかないけれど、なぜ某国が私を狙っているか。それだけは理解できた。」

「で、何で狙っているんだ。」

「お父様、独り言で私の能力のことを言ってしまったみたいで、それを聞いたシャストリアルダ側は、私に治癒して欲しい人がいるみたい。」

下を向いてそのまま話を続ける。

「国皇に秘密で、皇太子が治癒したい重要な人物。その人の傍にお父様がいるみたい。」

「つまり、皇妃にしたいというよりは、治癒能力者を確保しておきたいというのが目的なんだな。」

集が言うと

「理人がそんなミスするとは思えないけどな。それほど追い詰められているのか。それとも何か別の所から情報を得ているのか。つまり、女子生徒なんてどうでもよくて、報復は表向き。皇帝にばれないように美月を得ることが目的だとしたら、得るまで続くってわけだな。」

「そう言われたわ。強制的につれてはいかない。私の意思でシャストリアルダへ行くことを選択するようにするって。」

そうして美月は下を向いて小さな声で

「貴方の大事な者を犠牲にして・・・って。」

その言葉に海里と集が詰め寄る。

「俺と集君は大丈夫だと思うけど、美月の他に大事でつけ込まれる所ってどこだよ?」

考えても特に出てこなかった。

「んと、暁君?」

「藤堂は大丈夫だ。」

集君が即答する。

「後は、椎菜君?」

「それも大丈夫だ。」

集君がさらに即答すると、

「集君。藤堂はまだしも、響は・・」

「あいつは大丈夫だ。藤堂よりも大丈夫だろ。」

真顔で言うと

「何で?」

美月と海里の声が見事に重なる。

「響椎菜はクロスガイアだろ。」

・・・・

「嘘でしょ?」

沈黙の末、美月が声を出すと

「嘘ついてどうする?」

と、しごく当たり前の答えを集君が返してきた。椎菜君がクロスガイアだったら、施設で虐待されるようなことなんて無かったと美月は思った。出会った時の椎菜君は虚ろで、すべてを諦めていて、人を信じる心をあまり持っていなかったし、何より両親がいないせい。戦争のせいと全てを諦めていた。体中傷だらけで、精神的にも肉体的にもボロボロで、何より文字すら書く事がままならなかった状態だった。それはほんの、数年前までの話だ。

「だって、クロスガイアなら、施設で・・」

「美月が心にひっかかった。その時点で彼はクロスガイアの可能性が高い。」

「確信ないわけですね。集君。」

美月はそう言うと

「安心しろ。美月。彼は俺がある程度マークしておく。心配しないで。」

海里は優しく笑顔で言うと、美月は

「ありがとう。海里。」

美月はそのまま笑顔で海里を見ると

「まぁ、じゃぁ響は海里に任せるよ。美月、他に思い当たるモノがあれば必ずすぐに言うんだ。それから今日から本格的にシャストリアルダが出てくるとしたら1人で部屋でねるな。」

そう言うと、集は海里の方を睨みつけ

「解ったな。海里。一緒の部屋で寝る。美月の許可がない状態で手をだしたら・・・」

思い切り睨みつけたのち

「射殺だ。」

「かしこまりました。」

海里は集の本気具合に背筋がヒヤリと冷えた気がした。そうして集が海里のベッドを美月の部屋に運ぶと言い出し、2人でシングルベッドをふたつ並べて部屋に配置した。女子の方が何かと物入りという理由で海里の部屋ではなくなったし、集君が速攻でガラス屋に連絡して、私の部屋のガラスが防弾ガラスへあっというまに交換された。着替え用に部屋の一番安全であろう場所にカーテンボックスまで設置された。

「ごめんね。海里。何かプライベートを完全に奪ってしまって。」

「美月と一緒にいるのは、プライベートだよ。扱ったらパンツで寝るし、気にするな。」

笑いながら言うと、海里のベッドに潜り込み、なるべくすぐに私に手を伸ばせる場所にいてくれた。美月も何となく、海里側に陣取ると2人中央寄りになった。

「そういえば、海里。」

「何?」

「明日、生徒会長決定デスマッチだって。」

美月が笑顔で言うと

「何その、デスマッチって。」

「綾乃ちゃんが言っていたの。見学者募って、生徒会イベントとして大々的にやるって。」

海里が笑顔でこっちを見ると

「藤堂に勝ったら、俺を少しは見直してよ。」

「それ、負けたら暁君を見直すってこと?」

「藤堂が腹黒男だって見直せばいいよ。」

海里が笑顔で言う。

「はいはい。頑張って。海里おやすみ。明日は見に行くから頑張ってね。」

そういうと美月は海里の手を握る。そうしてそのまま眠りに入っていった。海里も、大分慣れたのか美月の寝顔を確認すると、そのまま自分も眠りに入った。


次の日の朝、美月は早起きしてお弁当を作っていた。もちろん3人分だ。1人で台所にいると怒られるので、海里に声をかけると快く起きてくれて、珈琲を飲みながら、お弁当のおかずをリクエストしてくるので、冷蔵庫に材料がある限り、答えることにした。海里へかけている迷惑を鑑みたらお釣りがくる位だ。集君のお弁当を先に渡して出勤を見送ってから、美月と海里の二人分のお弁当をクーラーバックにつめて美月は笑顔で海里を荷物持ちに使った。海里は当たり前のようにそのクーラーバックを持つと、2人で車に乗り込んだ。昨日まで乗っていた車とは異なる重圧な車に変わっていた。集君が昨日防弾の車を手配してくれたのだろう。運転手も少し戸惑ったような顔をしていた。防弾になりましたと言われたら、誰だって撃たれたらどうしようと考えるに違いないと美月は思った。

「帰りはご連絡ください。」

運転手は扉を開けてそう言うと、海里は頷き、手をふって車を見送った。

「そういえば美月。制服似合ってるよ。」

海里はあまりこっちを見ずに言ってくれたので

「ありがとう。自分も結構気に入ってるの。綾乃ちゃんみたいにリボンをオーダーメイドで変更しようかな。」

「いいんじゃない?」

「お揃いで海里のネクタイもオーダーしてあげよっか?」

「お、いいんじゃない。」

笑顔だった。そうして特A用の靴箱の前に行くと、いつから待っていてくれたのか解らない神妙な顔の暁君が待っていた。

「美月。少し話があるんだけど。」

正面に立ち言うので

「はい。海里はいない方がいい?」

聞くと暁君はコクりと頷いた。その頷きに海里は

「退散いたします。藤堂、美月のこと守れよ。何かあったら。」

一言だけ言うと、教室へ向かう階段を上っていった。私はそのまま暁君が先導する廊下を歩き、生徒会執務室へつれてこられた。そうして椅子に座るように引いてくれたので、そのまま椅子に座ると、暁君はその前の席に座った。それもすごい至近距離。これぞひざ詰めだ。

「昨日のことですが、心配で心臓が裂けそうでした。もう今後は辞めてください。」

怒られると思っていたけれど、心配してくれる言葉をかけてくれた。本当は怒っていたはずだ。集君が破壊した柱を再破壊したと海里から聞いた。

「ごめんなさい。」

素直に謝ることにした。実際、暁君を見るたびに罪悪感で一杯になったので、どちらにしろ今日は絶対に謝ると決めていたのだ。

「レオンのエスコートを受けたのは、何か理由があるんですか?」

きっと、これが本当に聞きたいことなのだろうと美月は思い

「欲しい情報をくれました。交換条件があまりにも魅力的で。」

正直に答えると、暁はため息をついた。

「あの・・・あのね・・・」

美月は言い訳めいてるなと思いながらも、そのひざ詰めした膝ギリギリまで顔を乗り出して

「暁君が心配してくれるのは本当によく解りました。姿が見えるたびに罪悪感も感じました。帰り際に、暁君にどう接したらいいのか解らなくて、それでその、昨日は何も言えなくて・・・」

自分でもシドロモドロだなと思いながら、なんて伝えれば自分の気持ちがきちんと届くかを考えて、解らなくなった。人間関係をサボり続けてきた証拠だ。海里は何でも察してくれる。でも、暁君は最近あったのだから、察してくれというのは無理な話だ。何とか自分の気持ちを伝えたいと思っても、解らなくて、ぐるぐる頭の仲を回って。回りすぎて涙が出た。

その涙を暁君がハンカチで拭いてくれた。それは、自分がプレゼントしたハンカチだった。「ごめんなさい。泣くなんて・・・ずるいですね。」

「何で泣いてるのか聞いてもいいですか?」

暁は、優しく言ってくれた。

「ごめんなさい。自分の気持ちの伝え方が解らないんです。でも、昨日、暁君を見ると罪悪感ばかりでした。王子と一緒にいるところを見るのは、辛いのかなとか考えました。」

自分にとっての限界だった。

「伝わりましたよ。大丈夫です。」

暁はそう言うと、そっと抱きしめてくれた。

「少なくとも、僕を意識して下さっていたということは解りました。僕が言ったら卑怯極まりないですが、他の男の人といる所を見られると辛いというのは恋愛感情ですよ。」

そうして笑顔で言うと

「恋愛感情?これが?」

「そうです。」

これが恋愛・・・。他の誰かと一緒にいるところを見られて苦しいが?

「でも、海里といる所は・・意識してないです。」

「家族だからじゃないんですか?」

海里は家族だから、意識しない・・・一理あるかもしれないと美月は思った。私が暁君を好きってこと?これが恋愛感情ってこと?

「美月。」

さらに強く抱きしめると・・

「嫌ですか?今?」

暁君が聞いてくる。

「嫌じゃ・・ないです。」

そのままの感情を言う。そうして手のひらを頭の後ろに回すと、そのままキスをした。前したキスよりも長めで、その間とてもドキドキした。

「嫌ですか?」

・・・・嫌じゃない・・・でも・・・

「嫌じゃ・・ないです。」

「それは、僕のことが好きってことですよ。」

笑顔だった。確かに恋愛感情なんて良く解らなかった。

キスは嫌じゃなかった。

罪悪感もいっぱいで苦しかった。

偽物の優しさにはがっかりしたし、本音を話してくれたときは嬉しかった。

初めて会った時も、再会した時も、すごく気になって意識した。

これが・・・恋愛感情だとしたら、そうなのかもしれない。

「そうなのかな?」

「そうだと思います。」

ずっと笑顔だった。そうなのかもと思うけれど何だか海里のことも頭をよぎって駄目だった。

「そうですって言うと、海里に罪悪感いっぱいなのですが・・それでもですか?」

「西垣内のこと。美月は好きだと思います。家族ですから。家族としてではない西垣内って考えられますか?」

・・・するどい質問だった。自分自身海里には甘えっぱなしだけれど、どちらかといえば異性として接しているつもりはないかもしれない。横にいて眠るとぐっすり眠れるし、何より緊張しない。ドキドキもしない・・・。

「鋭いですね。その通りかもしれません。」

美月はそのまま真っ直ぐ暁の方を見る。

「私、暁君を好きなのかもしれません。」

そうしてそのまま下を向いて

「かもしれませんは、失礼だと思います。でも。それが、今の私の精一杯です。」

その解答に暁は満面の笑みで、

「美月のペースでゆっくりで構いません。今週の土曜日は午前中に転校生歓迎会の打ち合わせがあります。その後、少しデートしませんか?」

「わかりました。」

私の言葉に暁君は笑顔になった。

「さっきのキスで昨日は帳消しということで、行きましょうか?教室。」

手を伸ばしてくれた。暁君と校内で手を繋ぐことは、いろいろ目立って苦手なのだが、この状況で断るのは心苦しくて、出された手を繋ぐことにした。そうして廊下を歩いて特Aに向かう最中、女子の目が少し殺気めいている気がしたが、暁君はまったく周りを気にせず手をひっぱって教室へ誘導された。この堂々としたところも女子にモテる理由なのかもしれない。教室に入ると、海里のとなりの席に座る。授業が始まっても、ちっとも聞けなくて、頭の中はぐるぐる暁君のことばかりで、結局あっというまにお昼になってしまった。

「どうかしたのか?普段より数倍ボケボケしてるぞ。」

と、声をかけてきた。どうも、授業も集君の話も上の空だったようだ。暁君が好き?なんだかソワソワして、何も手につかなくなってきた。そもそも、海里にどんな顔を向けていいのか解らなかった。

「そんなこと・・ないと・・思う。」

結局しどろもどろな答えしか返せなくて、海里にちゃんと話さなくちゃと思いながら、言いずらくて、シュンとしてしまった。

「藤堂と何かあった?」

さすが海里だ。すぐにバレル。顔にも出てると思うし、そもそも虚ろすぎて駄目だと思った。

「・・・家で話していい?午後からデスマッチなんでしょ?」

「ああ・・・藤堂とね。」

「終わって、家に帰って、相談していい?」

「解った。さて、藤堂を倒す前に、美月が作った弁当でも食べるか。どこで食べる?」

海里がそう言うとクーラーバックを広げてくれた。教室に暁君がいるので、視線が気になってとてもここで海里と2人でお弁当を食べる気になれなくて、

「どこかお勧めがあるならそこで。」

「ん・・解った。行くか。」

何となく察してくれた海里が、弁当を持つと、前を先導きって歩いてくれた。教室のドアを出るとき、ふと暁君の方を見てしまった。目が合って、気まづくてすぐに反らす。そんな自分にも罪悪感で胸がしめつけられた。海里がつれてきてくれた場所は、校庭の端に作られた生徒専用の公園で、少し小高い丘の上にはテラスがあった。放課後はカフェとして女子に人気がある場所だそうが、昼休憩にわざわざここまで来る人もいないとのことで、お昼は絶好の穴場スポットなのだそうだ。海里はそこの一席のテーブルの上にお弁当を乗せると、水筒に入ってるお茶を注いで準備してくれた。

海里は私がボケボケしてるのも、家で話すというのも察してくれて、それ以上この場所で追求してくることはなかった。お弁当の味の感想や、晩御飯に食べたいものの話をして、暁君のことには一切触れなかった。ここが、家族としての一線を超えてこないのかなと美月は思った。暁君は、はっきり嫉妬しました。と伝えてくれる。海里は本当にあの告白の日一度だけだ。むしろ、あの一度を後悔すらしているんじゃないかと思えるほど、あの日からあまり変わらない。海里の言葉をウツラウツラ返していたら、最後は海里が、お弁当箱をせっせと片付けてくれていて、本当に自分の上の空具合に申し訳なくなった。

「海里・・ありがとう。」

「なっ・・なんだよ。いや・・ごめんよりはいいけど・・」

少し戸惑っていた。海里より自分の方が海里を意識していることに気づいた。海里は嫉妬することがあるのかとか。どうして自分のことが好きなのかとか。少し気になった。でも、何となく今聞く気にはならなくて、そのままうつむいてしまった。

「美月、見に来る?藤堂との決戦。」

海里はそんな私にも笑顔だった。

「あ・・うん。一緒に行くよ。結局何で戦うことにしたの?」

「あ・・・それは・・・会場でのお楽しみってことで。」

含み笑い・・。会場でのお楽しみ。確かに会場は屋内で、さらにプールではなかったから、さすがの海里も能力を使ってプールで勝利するという図式はしないのだろう。そういう所が、海里の憎めないところだ。

「頑張ってね。海里。」

「ああ。そうだな。」

いつもなら、明るく任せとけというところで、全然そんなことなかった。

「美月。」

「何?」

「夜・・話すわ。俺も。」

間をおいて、最後に私と同じ逃げの文句。育ってきた環境が同じなんだなと思う。やっぱり海里は家族で兄弟で、兄でもあり、弟でもある。そして、多分、かけがえのない存在なんだと思う。誰よりも・・・。

「では、一緒に会場に行きましょうか?さっき、綾乃ちゃんからメール入ってたけど、会場満員御礼なんだって。」

「・・・なんでだろ。藤堂人気か?」

「きっとそうだよ。海里がモテてる姿なんて、見たくない」

美月はそれだけ笑顔で言うと、海里の後ろをついていくことにした。海里は時々段差があるところをこまめに心配してくれて、相変わらずいつもの海里だった。会場はまさかの格技場だった。海里は着替えるからと言って、更衣室へ行ったので、私は会場へ入ってどこか座ってみる場所はないかと探してみたが、綾乃ちゃんが言うように本当に満席だった。しかたなく、席の1番後ろの立ち見席の端を陣取り、海里と暁君が何の勝負をするのか全く解らないまま、会場を見ていた。

「となりいいですか?」

女子ばかりの会場で珍しい女の子みたいな綺麗な男の子だった。特Aの制服を着ているので、上級生なのかもしれない。

「はい。」

「試合は見たいのですが、さすがに下の女子ばかりの中に入るのは目眩がしそうで。そうしたら特Aの制服を着た方を見かけたので。」

まじまじとこちらを見る。

「もしかして、蘇芳美月さんですか?」

綺麗な声をした男の子。

「はい。」

名前を聞いて、ハイと答えると、その男の子は綺麗な顔立ちを崩して、瞳から少しだけ涙が溢れているようだった。思わず持っていたハンカチを差し出す。

「花粉症ですか?」

美月のすっとぼけた答えに少し笑いつつも、ハンカチを受け取ると、涙を拭くことにしたようだ。

「いえいえ。ずっと、子供の頃から蘇芳美月さんには一度会ってみたかったんです。」

「子供の頃?」

「ええ。あ、始まりますよ。」

会場に音楽が鳴り響いたと同時に女子の歓喜あまる応援が響き渡る。どうも、暁君を応援する子が赤で、海里を応援する子が青のようだ。レフェリーをするのは綾乃ちゃんのようで、会場の真ん中で試合の説明を始めた。

「今回は西垣内海里に内容を決める権利があり、彼が選択したのは、無差別格闘。急所は禁止。顔面も禁止。基本は柔道、合気道、テコンドー等きちんとした格闘技の技を使うこと。柔道規定のこの四角の枠から、追い出された方が負け。もしくは、ダウン後10カウントで負けです。」

格闘技・・・。少なくとも得意競技で挑んでいるようだ。集君に男なら女を守れるように徹底的に学べって、私が炊事洗濯に勤しんでいる間、これでもかというほどのスパルタ教育で格闘術を学ばされていたはずだ。それは今も変わらず、回数は少なくなれど、たまに集君と手合わせするのを見る。

「西垣内海里って強いの?」

「あ・・海里は恐らく。」

彼は目を閉じると、にっこり笑って

「この勝負は藤堂暁の勝ちだよ。西垣内海里の場外負け。かけてもいいよ。」

「何でそんなこと解るの?」

「子供の頃からいろいろ、そういう先視とか、能力が備わってるっていえばいいのかな。何となく解るんだよ。」

美月はその言葉で集が入学初日に言っていたことを思い出した。

「貴方、もしかして日生君?」

美月の言葉に

「あ・・そういえば僕まだ名乗ってませんでしたね。日生太陽です。はじめまして。」

そう言うと太陽はその場所で綺麗に一礼した。そうして再度顔を見る。どことなく見知った面影な気がした。長い髪を束ねているのは、儀式の時の為に伸ばしていたからだろうと納得できる。

「なかなか学校に来る許可が院から降りないのですが、どうしても見たかったんです。藤堂暁と西垣内海里。それから蘇芳美月。貴方を。」

笑顔だった。

「どうして?」

「日生家と、蘇芳家の関係、聞かされていませんか?」

日生君がそう言うと、綾乃の始めの合図で二人の試合が始まったようだ。そうしてその試合を見ていると、下にいた会場の女子が数人、私の周りに集まってきていた。

「蘇芳美月様。」

あっというまに、8人程度の女子に囲まれると日生君は一緒にその囲みの中に残ってくれていた。

「あ・・はい。」

「どちらになさいますの?暁様と海里様。貴方がハッキリせずに、さらにまた特Aの殿方と2人きりって節操なさすぎです。」

・・・同じようなことを過去に円華さんに言われたなと思い出して苦笑いしてしまった。

そんな私の苦笑いに女子が反応すると

「暁様も海里様も好きだと思っている方が沢山いるんです。はっきりしない態度で接されるのであれば」

女子が平手を振り上げる。女子の嫉妬はやっぱり怖いと美月は思った。普段やたら海里とか暁君、綾乃ちゃんといることで、校内ではかなり守られていたのだなと実感する。その振り上げられた平手を日生君が掴むと

「女性が女性の顔を殴るのはあまり関心いたしません。彼女の顔を殴って気が済むのなら」

そう言いながらかけていたメガネをとって、髪の毛を解いた。

「僕に一撃いれていただいてかまいません。同じ顔です。僕は男だから少しくらい痛くても耐えられますし、何より、美月を叩いたが最後、一生藤堂暁も、西垣内海里も振り向きませんよ。」

笑顔だった。そこにいたのは、男装した自分だった。うり二つ。その言葉がふさわしいと美月は思った。

「貴方は関係ないでしょ?」

そう言って結局他の女子が美月に向かって手を振り上げる。そうしてその時、

「イジメか?美月。」

・・・・海里が目の前にいた。試合は終わっていなかったから、場外負けを綾乃ちゃんに宣告されている。これが日生君が言ってた先視・・・・

「・・・って美月にソックリ・・・」

海里すら絶句する激似ぶりのようだ。海里はそのまま笑顔で

「どうして美月は女子に虐められることになったのかな?会場の隅で美月に手を振り上げているところ見つけて、試合を続けられるような男じゃない。」

「海里、負けだよ。」

「いいよ。2年時に上がる際に、またリベンジする。それより。」

海里は普段めったに見せない氷のような冷たい眼差しをその場にいた女子に向けた。

「うちの子に手を出すな。もう一度その姿見たら、性別乗り越えて、容赦しない。」

海里の冷たい視線に驚いた女子が、涙ながらにその場所から一斉に散った。そうして会場に戻っていく海里は、戻った後、暁君に向かって、きちんと誤っているようだ。嫌いな相手でも試合放棄は海里としては最低行為だったのだろう。でも、謝られている暁君の方が場が悪そうな顔をしていた。そうして私は髪の毛を解いてメガネをとった日生君と2人きりで立ったまま会場を見ていた。

「大切にされていますね。」

「え・・海里。そうですね。」

「聞かれないのですね。」

日生君は笑顔で

「どうしてこんなに似ているのか?」

「・・・聞いてもいいことか悩んでいるんです。」

「僕の両親は、貴方の両親と同じです。僕は貴方と誕生日が一緒です。これで十分ですね。」

・・・・それって

「でも、似過ぎてる。」

「そうですね。僕は貴方の写真を渡されてなるべく体型を揃えるよう義務付けられてきましたから。来るべき日の為に、僕と貴方は共にいなければならない。でなければ貴方が持っている力は完全なものとは言えないんです。」

・・・・それって・・・

「・・・クロスガイアなの?それも、私と同じ力。」

「ええ。クロスガイアは男女一対。この力が最も難易度が高かったんだそうです。なので、双子で育てるしかなかった。初めから確約されていたそうです。男は日生家、女は蘇芳家と。日生家の巫女は、精錬でない子作りは認められておらず、僕は蘇芳家から養子という形で日生家の奥院へ入れられました。ずっと、会ってみたかったんです。本物の妹に。」

笑顔で

「やっと会えた。でもやっぱり男女の差、出てますね。身長の伸び率のセーブだけが難しかったんですよ。」

そう言いながら髪の毛を結び、メガネをかけた。

「蘇芳集にも会ってみたいです。今日はもう帰らないと家の者に叱られます。次は紹介していただけませんか?」

「ええ。解りました。」

「会えて嬉しかったよ。美月。じゃ、また今度。」

そう言うと綺麗な歩き方で去っていった。日生家の奥院できちんとした作法にのっとり育てられているのだろうと感じさせるほど。神々しいと言った言葉が本当に似合う人だった。それが双子の兄・・・。育ってきた環境で人は変わる。私たちの能力を埋めて子供を産む実験には莫大なお金がかかったに違いない。藤堂家や日生家に分配されるのは何となく解る気がした。しかし、そうなるとやっぱり椎菜君だ。彼が能力者とは思い難い。

「美月~帰るぞ」

海里の声。負けたはずなのにどこか清々しい。

「あ・・うん。車来てるの?」

「それが、運転手が誰が運転するかで揉めてるらして、今日は歩いて帰ってって。集君が明日には新しい人雇ってくれるって。」

数人いる西垣内家の運転手、そりゃ防弾ガラスになりましたと言われて、運転したいと思う人もいないだろう。弾が飛んでくるだけなら防弾できるにしても、タイヤが守られるわけじゃないので、スリップ=事故=死亡なんて構図は簡単に描ける。今朝の運転手さんなんて朝来て伝えられたんだとしたら本当に申し訳ない。

「なるほど。確かに理解した上で雇われないとダメよね。一緒に帰ろう。」

美月は海里の横にぴったりつくと、隣に並んで歩き始めた。家に帰ったらお互い話す約束をしていた内容を絶対に自宅に帰るまで触れないところが、2人の間にある距離感な気がした。家族という一線。これが暁君だったら、数秒も待たずに聞かれていた気がする。一線をひこうと努力して引けない。それが彼の嫉妬心だと何となく解ってきたからだ。

「そういえば・・・」

思い出したように海里が言う。

「何?」

「あの、美月そっくりの男装。誰?」

「男装じゃなくて、男性だよ。」

隠すほどのことでもないのか悩んだが、彼があっさり言ったので、意外と大河叔父さんや集君あたりは事情を知っているのかもしれないと思い、

「日生太陽君。」

「日生家の転校生?」

「そう。私の双子のお兄さんなんだって。」

「へぇ・・・って」

聞き流せなかったようだ。

「双子の兄・・いや、確かにソックリだったけど。まじ?整形とかじゃなくて?」

「・・まぁ、私も今日聞いた話だけど、多分本当な気がする。クロスガイアなんだって。光の能力者。私とおんなじ。」

海里が脳内で事実を整理するのに少し時間がかかったのか、次の言葉が出てくるのが異様に遅かった。そして海里から出てきた言葉が

「あっさり信じたの?」

「うん。だって信じられる程、そっくりだったし。他人な感じもしなかったし、名前も・・美月に太陽。お父様とお母様が付けそうな名前。それに・・・」

小さな声で海里の耳を自分の口元までひっぱり下げると

「来るべき日に、2人揃っていなければ、光の能力は完全な力を発揮しないって彼は言った。」

「美月、完全な力じゃないって自覚あるんだ。」

あまり力については考えないようにしていたし、試したわけじゃない。でも、自分の力が何かわかったとき、たったひとつだけ自分の中で確信したことがある。そして、その後も何度か意識を集中させて何となく気づいていた事実。

「うん。多分、私の力は月が出ているときしか使えない。なぜかわからないけれど、満月のときは強いし、新月の夜は不安になるほど、力が湧いてこないの。」

「なんか女子っぽい意見だな。」

海里は言って恥ずかしくなったのか、目を空してしまった。

「・・そうだね。自分もその月経周期に関わるのかなとは思っていたんだけど・・・。彼は男性。お父様がヒントで太陽と名づけたのなら逆なのかなって。彼は」

「太陽があるときしか力を使えない。だから、2人いないと完全マークで治癒ができないってことか?」

「それもある。力は使えるけれど、多分余分な体力がいるの。多分私が昼間に治癒しようとした場合、本当に自分の命と引き換えになるだろうなって。」

その時だった。

周りに取り囲む銃声。それはマシンガンを打ち込むごとく、集中的に打ち込まれる。それも、決して死を招かない場所へ。致命傷を避けるように打ち込まれる銃弾。海里は意識を集中させて弾を鎮火させていくが、あまりの数の多さに、鎮火できない弾もあったようだ。多分、多分だけど、私の周りを優先して鎮火させてくれたのだろう。鎮火に失敗した弾は、海里にしか当たらなかった。銃声を感じて周りの人がどんどん遠くへ逃げていく。テロだとしたら関わりたくない。それが人としての本音だと思う。

「海里・・・。」

近寄る。数箇所に当たったのだろう。立ち上がることができず地面に足をつけると、息を切らしながらも力を集中させているのが解った。

「無理・・しないで。」

それからも数段の銃弾が飛んできたのを、海里は丁寧に処理し、その処理のたびに、息を切らせていた。

「海里。」

「美月、話しかけないで。集中しないと、防げない。」

海里はそう言うと険しい顔をした。どうも、銃を撃った人間を割り出しては、顔の周りに水を纏わせて意識不明で死なないギリギリで倒しているようだ。そんな戦い方を海里が勉強していたことには驚いた。しかし・・・

「殺さなければ、殺されるぞ。」

周りに白い風の塊を纏った御風が空から降りてきた。

「蘇芳様が傷つくと主人に叱られます。西垣内、藤堂家の車で病院へ運んでやる。いますぐ、退散しろ。絶対に蘇芳様には傷ひとつつけず、病院へ送り届けてやる。」

「里見、お前。」

海里の言葉に御風さんは、コクりと頷くと、意識を集中させて美月の周りに風を張り巡らせる。

「蘇芳様。中は少し酸素が薄くなります。時々送り込みますので、その際は少し強い風が吹きますがご了承くださいませ。」

「解りました。」

そうしてその場所に陰陽師服を着た太陽が現れた。

「里見御風様。分かっているはずです。彼が病院まで行くには血液量が足りないこと。確かに病院へ運ぶことが得策ですが、それでは命を落とす可能性があります。」

太陽の言葉に美月は絶叫する。

「海里・・海里が死ぬ・・海里が死ぬの?」

そう、それは小さなパニック状態だった。そうして美月は自分の意思で里見が作った風の塊から飛び出してきた。

「蘇芳様。出られては銃弾から・・」

「そんなの、どうでもいい。」

美月の体の周りには徐々にオーラがたまり光に支配されていく。そうして美月の周りには完全に見える程のオーラ。

意識薄い海里がそれに気づいて

「駄目だ。美月。駄目だ。」

「大丈夫。海里が死ぬ位なら・・」

「駄目だ。」

「駄目じゃない。」

「美月に力を使わせない。それは俺が美月を守る最大の目標だ。自分のせいで美月が力を使うなら、死んだほうがましだ。」

海里は大きな声でいう。

「だから・・使わないでくれ。美月。」

海里の声が細くなっていく。海里が瀕死にして倒している人がいる。その人の命を引き換えれば・・・美月が脳内でそんなことを考えているとき

「美月。大丈夫。海里君は死なないよ。美月は下がっていて。僕はその為に今日奥院から出ているんだから。」

太陽の周りに金色のオーラが集まってきた。それも、急速に大きくなり、太陽の周りは神々しいほどに輝いた。神が降臨してきたのではないかというほどの輝き。

「レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダ。これが、お前が求めているモノ。」

太陽は息を吐くと、その周りに纏った光を静かに掌に集め、丸くすると、海里の方へ押し当てる。その神々しい光は海里の周りにまとわりつき、海里の体の中から弾が飛び出し、みるみる元通りになった。海里は初めて自分の体に起こった出来事に戸惑いながら、太陽の方を見ると太陽は息ひとつ切らすことなく、その場所に立っていた。

光の能力が最も体力の消耗を招くと言われていることを海里は知っていた。美月の無体力具合では到底支えられないことも大河に聞かされていた。しかし、この美月とソックリのか細い太陽は息切れひとつなくやってのけている。あの体にどれほどの体力を携えているのかと思うと、思わず息を飲んだ。

そうして太陽が見た視線の先に立っていたのが、レオン=ハデスブレスト=シャストリアルダだった。

「まさか、美月の力がどんなものかを知りたかったのですが、もう1人力を持つ者がいるとは驚きでした。」

「貴方たちは、力の存在を知っているのでしょう。特に西垣内海里様の力は。だからこそ銃弾の乱れ打ちをした。海里様が美月を守ることも想定済みでの乱射ですね。もし、彼女に当たったらどうするおつもりだったのですか?」

レオンは笑顔で視線の先から現れた。

「医者を控えさせていますよ。能力は男女一対。それも知っています。貴方が治癒能力の男女一対を担う男性側ですね。」

「そうです。西垣内海里様は、こちら側には必要な人間です。殺されては困る。蘇芳美月も必要な人間です。僕には貴方が着られたくない手札があります。そして、僕の家はシャストリアルダ王家と親密な繋がりを持っています。日生となのれば察しがつくのではありませんか?僕は日生家の奥院最高位の陰陽師です。」

そのまま真っ直ぐにレオンを見ると、太陽は一歩も引けをとらない態度で立っていた。

「日生家ですね。」

「そうです。僕はこれから先に起こる破滅を絶対に止めなければなりません。レオン様。貴方はその破滅の引き金を今まさに引こうとしていらっしゃる。」

「なぜ、そんなことが解る?」

太陽は息を吸い込むと

「僕には先視の能力があります。本来僕らの能力に、研究者達が載せたかったものは、治癒能力・先視・夢見と言った予言能力でした。僕は幼い頃から鍛錬を義務付けられ、きたるべき日の為に奥院に篭もり修行と学業だけを強要され続けました。そして、先視した未来が破滅を導く可能性があるのなら修正する為に外に出て、世界の軌道修正をしてきたのです。」

レオンはそれを聞いて吐き捨てるように

「まるで神のような言い草だ。」

「神だとは思っていません。実際、この力を使って幸せだと思ったこともありません。ですが、僕には課せられた使命があります。その使命を果たすまで人には戻れない。貴方が神だと言うならばそれでいい。実際、日本の政治家たちは僕を天照大神の化身だと言っているようなので、もう彼らにとっても神のような存在なのかもしれません。」

太陽は笑顔だった。

「さて、取引いたしましょう。ここは僕に免じて退散いただけませんか?でなければ、戦場の姫君の居場所を現国皇にお伝えします。」

太陽の言葉にレオンは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「今、この場所で貴方のお命を貰い受けるようなことはしたくないのです。静かに速やかに退散いただければいい。私はそう願っているのです。」

強い意思。つまり退散しないのであれば、命を取られる覚悟でいろと伝えているのだ。美月と海里はまじまじと太陽の方を見る。自分たちも能力開発と言われ育ってきた。だが、きっと彼は違う。能力開発どころか活用を義務付けられ、1人で戦っていたのだろう。

「解りました。貴方の存在は存じています。今回は退散します。美月。まだ貴方を諦めたわけではない。覚えておいてくださいね。」

そういうとレオンは退散の合図を取り、動けるもので、海里が意識を奪った相手を運ぶように去っていった。そうして立ち去った後には四人が残り美月は太陽の方を見て

「ありがとう。日生君。」

お礼を言った。海里も太陽の方を見ると

「日生、すまない。大丈夫か?」

と聞く。力を使うことは、体力の消耗を招く。それは解っていた。

「大丈夫です。西垣内海里様。貴方の逆行は数分です。そんなに体力を消耗するほどのことでもありません。さすがの僕も数年逆行させるとなると、そこそこ体力を消耗するんですが、これも、日々の鍛錬で体力は解決しますから。」

笑顔だった。

「でも・・・」

言いかけた美月の口を塞ぐと

「倒れていた兵隊の寿命を、5日づつ吸収しました。120人から徴収したんです。そういうやり方もこの力にはあります。まぁ・・5日老けたくらいなら人は誰も気づかないでしょう。」

太陽は笑顔だった。美月が二度と使わないと開発にも励まなかった力。それは鍛錬や使い方によっては人を救うこともできるのかもしれない。美月は少しだけ自分の甘さに気づかされる。少し落ち込んだ顔をしていたのが解ったのか太陽は美月の視線を合わせると

「気に病むことはありません。僕はそれを説明されて育ちました。僕以外の能力者は皆、自分で開発し、気づき、ヒントを拾いながら成長することを望まれていたのです。僕がいます。美月にこの役目を引き渡すか、僕がやるか。それだけでした。元々男子の方が能力適性が高いというのもあり僕が選ばれましたが、僕が死ねば、その力の能力開発がそのまま貴方に日生家から課せられていたはずです。貴方にそんなことになって欲しくない。あったこともない妹でしたが、僕にとっては家族でした。貴方が幸せに暮らしていて僕は本当に嬉しいです。」

「・・・皆、私に力を使いなさいって言わないのね。」

太陽は笑顔で

「あなたは、多くの人に愛される魅力溢れる女性になりました。男は女を守ることで強くなれる。貴方は西垣内様も、藤堂様も強くなる糧となりました。それだけでも、価値があることだと僕は思います。」

そう言うと黒塗りの車が横付けしてきた。中から巫女装束の男性が1人除き

「太陽様。お時間です。」

一言。すぐに扉を閉めた。

「すみません。時間のようです。西垣内様。念のため父上に連絡しておきました。弾の残しはないと思いますが、検査を受けてください。美月もです。オーラを纏うだけでも相当の体力を消耗しています。きちんと適切な治療を受けてください。」

そうして最後に御風の方を見ると

「藤堂暁様にお伝え下さい。この世界の未来を決める運命の選択を握っていらっしゃる一人は間違いなく藤堂暁様です。美月をお願いします。」

それだけ言うと、太陽は開けられた車に乗ってそのまま奥院へと帰っていった。先視で海里が撃たれることを予想し、美月自身が力を使うことを防ぐために、わざわざ来てくれた。その数分後に西垣内家が持っている救急車がサイレンをあげて迎えにきた。太陽が連絡したのを聞いてすぐに駆けつけてくれたのだろう。

「海里・・・。」

「と・・父さん。」

中からは忙しい大河が降りてきた。

「良かった。無事だったんだな。太陽君が治療したと言っていたから大丈夫だとは思ったけれど、心配で・・・」

そうして美月の方を見て

「美月ちゃんも、無事だね。蘇芳君にも連絡したから病院の方に来るよ。2人の部屋を院内で1番安全な場所に勝手ながら引っ越した。地下だから窓の外は見れないけれど、しばらくはそこで治療する。御風君。藤堂君にもし美月ちゃんが心配ならこの電話番号に連絡してから病院の方へ来てと伝えて。」

そう言うと、大河は指示を出し、美月と海里を回収し、サイレンを鳴らしながら病院へ向かって行った。


御風は太陽の存在が何者なのか確認しそこねてしまったことだけを嫌悪しながら、暁がいる藤堂家へ戻っていった。病院の外には配下を置いておいたが、西垣内総合病院の特別病棟の作りが要塞そのものだったのを確認して、あそこにいれば美月が大丈夫だという小さな確信があった為、暁の元へ帰る決心をしたのだ。何より集中して情報を集める必要があった。日生太陽とは何者なのか・・・。

「何かあったの?御風?」

暁の部屋に入った直後、暁から聞かれた。

「蘇芳様と西垣内が、銃撃に合い、蘇芳様をかばった西垣内が被弾しました。」

「大丈夫なのか?」

「・・・日生太陽という転校生が、クロスガイアでした。西垣内を治癒したんです。その日生太陽が・・・暁様に伝えて欲しいことがあると・・・」

御風は少し戸惑っている。伝えるべきか、伝えないべきか選べなかった。

「何?」

「この世界の未来を決める運命の選択を握っていらっしゃる一人は間違いなく暁様です。蘇芳様をお願いします。と。」

「美月を?僕に?」

暁はそう言うと、作業を一旦止め、息切れている御風に座るように言うと、部屋の隅にある冷蔵庫からペットボトルを1本取り出した。

「暁様にそんなことを・・」

「気にするな。力、使ったんだろ。少し椅子に座って休め。」

強めのトーンで御風をなだめると、机にお茶を置き、反対側に座った。

「日生家にクロスガイアがいるのは、ありえる話だ。あそこは寺院関連でも絶大な勢力を持ち、ある意味藤堂家よりも強い。何より、シャストリア王家と繋がっているはずだ。」

暁はふと考え出したが、御風の表情を見て

「何か伝えにくいことでもあるの?」

「いえ。日生太陽様が・・・その・・・」

「何?」

「蘇芳様と瓜二つでまるで双子の姉妹のようでした。男性のようですが・・・。それと、我々と違い、幼い頃より力を使って、いろいろ仕事をされているようでした。とてつもない体力と精神力の持ち主だと思います。」

「噂レベルでしか聞いたことないけれど、奥院に秘蔵の陰陽師がいると。それが日生太陽なんだろう。クロスガイアで光の能力者で美月と瓜二つの男性か。僕と一緒かもしれない。日生家があらかじめ養子縁組でクロスガイア能力を買い上げていた。御風、いちおう情報を収集して。でも、二時間は睡眠してからでいい。むしろ、睡眠しろ。命令だ。」

暁はそう言うと御風をベッドに行くように指示する。

「あと、これ。西垣内院長から。蘇芳様が心配でお見舞いに来たいなら、この番号に連絡してから来てくださいとのことです。」

御風は渡すと、暁にゆびさされたベッドの方へ行くと、どっと眠気が襲ってきたため、そのまま眠りに落ちた。暁はその御風の体に布団を欠けると、残りの仕事を片付けることにした。日生太陽の存在は少し気になるが、日生家が秘蔵としている以上、少しつついたところでつかめない情報だろう。それ以上に気になるのは、世界の運命を握る選択の方だ。それに美月が関わっているということなら、何のことだかさっぱりわからなかった。

暁はふと考えながら、まず御風が起きるまでにすべての仕事を片付けようと励むことにした。


病院へ運ばれると大河が言っていた通り、部屋は地下に運ばれていた。せっかく海里と集君が作ってくれた星空の壁までは移行されておらず、何だか少しさみしい気持ちになった。ただ、海里の部屋とは小さなガラス張りのドアでつながっていて、廊下に出なくても行ききできるようになっていた。内側に鍵がない。おそらく非常事態には、外から鍵がかかり、ここに完全に閉じ込められる設計なのだろう。だからこそ、海里の部屋と内部的につながっているのだと思う。ガラスの横にボタンがついていて着替え等を行うとき、そのボタンでガラスが鏡に変わり相手側に見えなくなるような仕掛けまでついていた。そんな病室の中で美月は1人ベッドの上で考え事をしていた。

救急車に大河が乗っていた。忙しいのに、海里が心配で乗ってきたのだろう。そういう姿を見るとどうしても父親が愛しくなる。家族っていいなって思う。

年に一度だけ許された両親の手紙を鍵付きのボックスから取り出して読み返しては涙が溢れる。内容は特に変わらない。なぜなら、シャストリアルダで両親が何をしているのかを記載することが禁じられている。だからこそ、大きくなった?海里君と仲よくしてる?そんな代わり映えのしない内容しかかけないのだ。それでも、必ず両親は直筆で毎年書いて、小さな手作りのプレゼントを贈ってくれる。20cm×20cm×10cmの箱の中に入れられる手作りのプレゼント。暁君がずっと持っててくれた髪飾りもそうだ。そうして、去年15歳の誕生日に送られてきたプレゼントを出す。それは、小さなぬいぐるみだった。毎年、髪飾りとか、アクセサリーが送られてきていたのに、ぬいぐるみが入っていた時は驚いた。美月は何となくなくなった星空の寂しさを埋めようと、ぬいぐるみを部屋の隅に置いた。

美月はとなりの部屋を見た。普段見慣れない点滴と安定剤を打たれている海里の姿があった。治癒能力で戻された血液が、足りているかはわからないということで、念のため再度輸血されているのだ。

あまりベッドにつなぎとめられる経験がない海里は天井を見たまま暇そうにしていて、でもそんな海里を見るのは嫌だからとなりの部屋に足を運ぼうという気にはならなかった。今晩話すと言っていた海里の内容が気にならないわけじゃない。でも、それ以上に見たくないが上回った。

美月は携帯電話に手を取ると、何度か暁に電話をかけようとしてみるも、やっぱりそれも気分じゃなくて、ヤメるを繰り返していた。

そうして気づく。どんな時も誰かに頼って生きているんだなと。今日だって海里がかばってくれたから何事もなかった。御風君も守ろうとしてくれた。日生君もだ。守られてばっかりだ。美月はそう思うと、溢れる涙が止まらなくなった。日生君の力の使い方を見た。相手から吸収す寿命すら操作できるほど訓練していた。そんなこと想像もせず、二度と使いたくないと泣いて、壊れた。自分の駄目さ加減に気付かされて胸が張り裂けそうだった。

また自分が襲われて、それでいて誰かが力を使って。そんなのはもう見たくなかった。


美月の心が一つ壊れていくのを感じた。



次の日の朝、元気になった海里は、一緒に学校へ行こうと言ってくれたが、とても気分じゃなくて、1人で先に歩いていこうとすると、病院出口の前で暁君が立っていた。

「1人がいいですか?」

かなり早起きして先に出たのに、それでも待ち構えていてくれた。そんな暁君を無視することもできなかった。

「もし、美月が1人の方がいいなら、少し後ろから追いかけます。何となく、何となくですが、御風から昨日の話を聞いて、美月なら西垣内を避けるんじゃないかなと。」

いろいろお見通しなのだろう。

「一緒に行きます。」

美月はそう言うと、待っていてくれた暁の手を自分から繋いだ。暁はそれに一瞬驚くも、そのまま手を握り返して学校へ向かって歩くことにした。

「どうして、どうして私が海里を避けると思ったんですか?」

「自分のせいで、誰かが傷つくことが1番嫌いなのかなって。それなら、西垣内が傷つくのは嫌だろうなって。一緒にいたら・・・となるかなと。」

お見通しのようだ。

「昨晩電話しようか悩んだのですが、1人で少し考えることも必要かと思いまして。でも結局気になって。それなら朝待っていようと思いまして。」

そうして車道側になった私の手を離すと、歩道側を歩くように変えてくれた。

「ありがとうございます。いつも・・・本当に優しいですね。」

美月は守られている自分を感じて、少し悲しくなった。優しさを嬉しいと受け止められない。それほど心が折れていた。

「優しいですか。僕はそんなに優しい人間じゃないですよ。」

半笑いの暁が美月にそっと向き合うと

「僕の優しさには下心があります。貴方に好きになってもらいたいという。それは本当の優しさとは違います。だから、そんなに気にせず、またカッコつけてるって笑い飛ばして下さい。」

暁は美月の何かを察してか、あまり知られたくない自分の本当を話していた。

「学校中、藤堂家の御曹司で優しくて文武両道で・・そんなイメージを保つことが将来の自分に優位に働きます。誠実というイメージをもってして悪いことなんてないでしょう。」

相変わらず笑いながら言うと

「だから、僕の優しさは、気にせず受け取って下さい。そして、美月が僕を好きになってくれればそれだけで僕は幸せなんですよ。」

「お見通しですね。ずるいし、優しいですよ。暁君は。」

美月は向かい合っている暁を真っ直ぐに見つめると笑顔で

「でも・・・ありがたく、優しくされておきます。これからも、ずっと・・・」

そう言うと、笑顔で

「海里が傷つくの見たくないんです。それほど、海里はかけがえのない存在です。海里は私が力を使って、海里を治癒することさえ許してくれない。これから先、何かあったら、きっと海里はいつか私のせいで命を落とすと・・思います。それは嫌なんです。」

美月はなぜだか、正直に暁に心を開けている自分に気づいた。

「それも、理由のひとつです。私の思いは邪だと思います。私は今日から海里を避けます。海里はでなければ命懸けで私を守ってくれると思う。そんなこと、私は望んでいないんです。もし、暁君が怪我したとき、私が治癒しようとしたら、させてくれますか?それが、例え私が命を落とすことになっても。守られるだけじゃない。守りたいんです。」

美月の瞳が真っ直ぐすぎて、綺麗すぎて、暁は息を飲んだ。そうして瞳に浮かぶうっすらとした涙すら綺麗だと思った。

「解りました。僕は貴方を止めません。対等に接します。僕が嫉妬したり、弱音もすべて吐きます。貴方が望んでいるそれを全て受け止めましょう。西垣内を避ける美月が辛いことも分かります。その辛さも全て支えます。信じてください。」

・・・暁の言葉は美月が望むモノだった。

「僕の傍にいてください。」

暁は美月の魅力に吸収されていく自分を感じた。手にいれなければ後悔する。それほどに美月を今、手に入れておかなければならないという思いにさせた。

「解りました。」

美月はそう言うと、人目をはばからず、暁の首筋に手を回すと、そのまま背伸びしてキスをした。暁は何度も自分からしたはずなのに、美月から来たのが初めてで思わず固まってしまった。

「よろしくお願いします。」

美月は一言。

「いつも不意打ちされるから、仕返しです。」

笑顔で言うと、暁の前を歩いて先に行ってしまった。暁は、その美月の後ろを見守るように追いかけた。やっと・・・手に入った。あの日の天使・・・。

暁は自分の心が少し浮かれているのに気づいた。そうしてどんどん進んでいく美月を見放さないように追いかけることで精一杯だった。


学校の校門を通る頃には並んで手をつないでいた。相変わらず学校内に手を繋いだまま入ると、女子の悲鳴が聞こえる。暁君は相変わらず気にせず、歩いていたが、やっぱりそれだけは少し恥ずかしかった。

教室内へ入ると、椎菜君が1人机に向かって勉強していた。

「おはよう。あれ、今日は海里君と一緒じゃないの?」

「え・・・あ・・・うん。」

美月は少し気まずくなって、

「朝から僕とデートしてたんです。西垣内には内緒で。」

暁が割って入ってきた。

「へ・・ついに藤堂さん選んだんだ。美月。僕はてっきり海里君・・って失礼だった。社長に。」

「いいよ。」

「藤堂さんを・・ね・・・。」

椎菜は少し考えると、その考えた先に綾乃が入ってきた。

「おはよう。美月ちゃん。早いのね。」

「おはよう。綾乃ちゃん。」

「暁も早いのね。」

「朝からデートしてたんだって。熱いよね。」

「デート。ついに暁。美月ちゃんにOKもらったわけ?」

綾乃の驚きに暁は、コクりと頷くと、

「良かったわね。探してた天使と結ばれて。」

それだけ言うと綾乃は自分の席について、予習道具を広げ始めた。美月はそんな綾乃を見て複雑な気持ちになった。ずっと片思いと笑って言っていた。なのに、良かったと言う綾乃が大人にすら見えた。

そんな綾乃を椎菜はゆっくり見つめると、

「美月ちゃん。」

耳元で小さな声で

「ライブ、社長と来る?」

すっかり忘れていた。海里と行く約束をしていたことすら。

「んと・・1人かな。」

「そっか。」

椎菜はそう言うとまた予習ノートに目をやる。そうして静かな教室の中で暁君は私に寄り道で買った朝ごはんを差し出して、健康の為に口にいれるように促すので、私は言われるがまま口にいれて噛んで飲み込むという単純作業に勤しんでいた。そうして、数十分がたつと、

「おはよう。」

海里が入ってきた。明らかに自分に言ってくれてると解るも、私は思い切り視線を反らす。もう海里には頼らない。海里を危ない目に合わせない。そう決めたのだ。

「美月?」

私は何度か名前を呼ばれるも、すべて聞いてないふりをした。なぜ怒られているのかわからないが、過去にも丸無視体験済の海里は、返事がないのを諦めたのか、席について自分が何をしたのかを考えているようだった。そう、二人の喧嘩は海里が適切に謝る以外終わりがない。それを海里はずっと一緒にいる中できちんと学んでいるのだ。

授業中、数回海里からの視線を感じるも、なるべく見ないように心がける。そんな姿を暁君が気づいてか、心配してくれているのが解った。

休み時間の度に海里が来て、何を怒っているのか質問攻めにあったが、全部無視していると、綾乃ちゃんがやってきた。

「海里君と喧嘩したの?」

心配してくれたのが、解って素直に

「違う。喧嘩はしてないよ。」

「美月ちゃん、今日暇?前に話した父が会いたがっているって言ったじゃない?今日丁度父が家にいるの。もし良かったら来ない?忙しい人だから家にいるって、なかなか無くて」

「あ、お爺様ですね。行きたい・・です。」

美月は返事をすると、

「決まりね。父に連絡しとくわ。美月ちゃん連れて行くって。」

綾乃が携帯電話をとって連絡する直前

「綾乃。僕も行ってもいいですか?」

「え・・・あ・・うん。」

綾乃ちゃんも驚いたのか、とっさの返事に少し戸惑いがあった。綾乃にとって美月と2人でいる明を見るのは嫌だったのかもしれない。美月は少しきまづくなるも

「解ったわ。暁もね。海里君はいいの?美月ちゃん。」

「いい。」

「即答ね。泣くわよ。海里君。」

綾乃の言葉に少し胸が痛んだ。確かに海里なら影で泣くかもしれない。お互い知りすぎているというのは、やっぱり無視したり、相手を傷つけると解っている行為をする時はやりづらい・・・。綾乃は電話をして父親と話をする為に廊下へ出て行った。

「美月。1人になるのは危険なので、辞めてください。」

暁がしかめっ面で言う。やっぱりそうなんだなと思う。暁君は綾乃ちゃんの気持ちはあまり気づいていないのだろう。何だか知ってる自分は少し気まずいが、暁君の好意は受け取ると決めた。それに、自分が暁君を選んだ以上、これは乗り越えなくてはいけないことなのは事実だ。

「ごめんなさい。つい・・血縁者ってなると会ってみたくなってしまって。」

美月の言葉に暁は何となく理解できた。家族はいても、血の繋がりは薄い。自分自身はないし、美月だって従兄弟じゃ少し薄い。別に対した問題じゃないにしても、周りの血の繋がりの濃い人の関係を見ると、嫌でも思い知らされるのだ。血の繋がりは、必要なんじゃないかってこと。

「そう思う気持ち解ります。でも、僕も行きます。女性同士の時間を潰してしまって申し訳ありません。綾乃には後でちゃんと僕が謝罪しときます。」

笑顔で頭をポンポン叩く姿を丁度廊下から戻ってきた綾乃ちゃんに見られてしまった。

「教室でイチャイチャしない。少なくとも、海里君の気持ちを考えなさいよ。暁。」

綾乃はそれだけ言うと、ランチを食べると食堂の方へ行ってしまった。病院から直接来たのでお昼ご飯を持っていないことに気づいて

「あ・・・お昼御飯のこと、すっかり忘れてた。」

美月はそう思いながら席に戻ってIDカードを取り出し、食堂へ向かおうとした。暁はその美月の横にぴったりとついて

「一緒に行きますよ。」

とついてきた。でも

「待って。美月。」

左手をがっちり掴んだ海里が、思い切り私を引っ張った。タイミングをずっと測っていたのかもしれない。

「ごめん。全然解らない。美月が何怒っているのか検討もつかない。」

海里が真剣な顔で言う。眼差しが真っ直ぐすぎて辛かった。

「離して。海里。」

「離さない。」

意思が強い時の海里の声だ。

「離さない。許してくれなくてもいい。せめて、何を怒っているかだけは、教えて。」

真っ直ぐすぎる言葉に、やっぱり心はチクチク痛む。

「辞めろ。西垣内。」

暁君が入ってきて、海里が掴んでる手を離そうとした。しかし、強く握っていた海里の手が私の腕から離れることは無かった。

「藤堂。お前は今関係無い。入ってくんな。」

怒りすら感じる声だった。

「美月が西垣内を避けてる理由に、僕が関係するんだよ。いいから手離せ。」

「は・・何言ってんだよ。俺は美月に。」

海里が大きな声になったそれ以上の大きな声で

「僕が、一緒にいるところを嫉妬するから見たくないってお願いしたんだよ。美月が了承した。だから、美月は西垣内を避けてるんだよ。別に何かに怒ってるとかじゃない。」

暁の言葉に、海里は一瞬我を失いかけた。

「は?何でそんなお願いを美月が聞く必要があるんだ。藤堂、美月に何をネタに強要・・」

「されてない。強要されてない。」

海里の言葉に美月は、目の前にきっちり立って、視線を真っ直ぐ海里に向けて話す。

「海里。私は強要されたわけじゃない。私が暁君を選んだ。他の男の子と親密に話すところは見たくないって気持ち解る。私も逆は嫌。大切な人の嫌がることはしない。だから、海里。私は暁君が好きで、選んだ。今までみたいに海里とはいれない。」

教室すら凍りつくような程、美月の言葉は海里の心に響いた。それ以前にその言葉が海里を心をボキボキ折るに十分だった。そして、それを海里に伝えている美月を見ても、暁にとってそれが少し辛いことなのだろうと解る。

「と、いうわけだ。行こう、美月。」

暁は海里を無視して、その場所に長くいるとボロが出るであろう美月を引っ張っていった。海里がドカンと椅子に座る音がした。美月はチラリと海里の方を見ると、大地君が近寄っているのが見えたから、きっと彼が海里の話をきいてくれるのだろうと思うと少し気が楽になった。生徒会長執務室の中に入ると、御風さんが、どうもお弁当を買っていてくれたようで、差し出してくれた。そして、ハンカチを一枚差し出してくれた。

自分でも気づかなかったが、涙が出ていたようだ。でも、これでいい。自分で決めた。海里の手を離すこと。

「蘇芳様。主人を選んでいただいて、ありがとうございます。」

御風はそう言うと、美月の前にあるお弁当の蓋を開けると、紙コップにアイスティーをいれてくれた。それは、あの日のアイスティーだった。

「いえ。私を選んでくれた暁君には、これから迷惑かけるばっかりなので、私も暁君に迷惑をかけてもらえるようになりたいと思います。」

瞳に浮かぶ涙と笑顔。今まで美月を恋愛対象として意識したことがない御風ですら綺麗と息を呑むほどだった。

「暁様に迷惑・・ですか。それは幸せなことですね。お気持ち解ります。」

「なんだよ。御風。御風には迷惑かけっぱなしじゃないか。」

「明様の迷惑を受け止めるのが、里見家の役目ですから。迷惑は信頼の証しなのですよ。だから蘇芳様のお気持ち、とても良く解るんです。」

そう言いながら暁のお弁当の蓋も解き、同じようにコップにお茶を入れた。そうして3人であまり会話のない昼食をとった。


・・・目の前から美月がいなくなった。

ただ藤堂に手をひかれて教室から出て行っただけなのに、まるでもう二度と手に触れることができないような重たい感覚に心を引き裂かれるようだった。

今まで何度も「二度と話しかけないで」と言われたことはある。それは全て自分自身が美月を守ったことによって発生していた。危険な目にあったり、迷惑をかけていると美月が感じればそんなことは多々あった。

昨日の事件で、美月は自分に迷惑をかけたくないと心に決めたのかもしれない。

そんなことはさっきの出来事で容易に想像できた。

むしろ、それを藤堂に相談して、付き合っているふりをしてくれている。それが最後の海里の希望だったが、だとしたら美月の言葉にはどこかボロがでるはずだ。

嘘をつくのが苦手な、優しい女の子だ。それは1番自分が解ってる。あの言葉には嘘が無かった。

美月が藤堂を選んだ


その事実は海里の胸に突き刺さって、力を失わせるに十分な内容だった。それでも、昨日美月を守らないなんて選択肢は無かった。守らない方が後悔していたと自覚もある。

「海里。」

大地は海里の肩をポンポン叩くと

「泣いてるのか?」

とそう聞かれるまで涙が溢れていることすら意識できなかった。

「みたいだな。自分以外の誰かを選ぶ美月を見る日が来るとは思わなかった。」

本音だった。喧嘩しても、最後は美月は笑顔で海里と呼んでくれた。そんな海里の横に椎名もやってきた。

「西垣内君。」

「なんだよ。」

「美月ちゃんは藤堂とは続かないよ。それも急速に終わる。心配しなくても、藤堂じゃ彼女は無理だ。」

「励ましてくれるの?それとも、響が美月と付き合うとかわざわざ言いに来たの?」

「美月ちゃんは僕のことは選ばないよ。彼女は持つ者で、僕は持たざる者だから。自分以上に持っている男じゃないと魅力的じゃないだろ。女性にとって。」

椎菜は下を向いて、小さな声で

「変なこと行ってごめん。西垣内君。その・・・美月ちゃんを、良く見てて。」

最後は小さな声だった。それだけ言うと椎菜は教室の外へ出て行った。屋上に行った椎菜は涙を流しながら施設で共に育った友人の写真を広げた。そして、その写真の上には涙が落ちた。何度も何度も・・・。


施設にシャストリアルダが襲ってきたと連絡があったのは、1週間前。特Aに入ることが決まる1日前だった。あっという間に拘束されたが、職員は抱き込まれ、命が危険にさらされたくなければ今の情報を決して外に漏らすなとだけ言われたようだ。たまたまそこにいて、美月と知り合いだとばれていた僕の所にまっすぐ歩いてきたレオンは

「10日以内に蘇芳美月をシャストリアルダへ行くという結論を出させろ。」

一言僕に言った。施設にいた仲間はシャストリアルダの兵隊に全員服を脱がされ多目的ホールの一室に男女分けて外側から鍵がかけられた。

そこにはレオンだけじゃなく、日本の政治家や権力者もいた。そうして、ニヤリと笑って

「君ならできるだろう。君が歌えば世界は変わるんだから。」

・・・強者から弱者への余裕の微笑みだと思った。

「もし、君がここで我々に歌を行使して我々をどかせた場合、他の場所にいるものが、この施設ごと爆破させることになっている。我々とて下っ端なんだよ。」

悪魔の微笑みだとすら思った。

そこへ最後にレオン王子がやってきて

「蘇芳美月に力を使わず、周りに使って何とかしろ。美月には自分で決めてきてもらわなければならない。自身が決めたことにこそ、価値があるからな。」


レオン王子の笑いが持つ者と持たざる者の差を椎菜に愕然と理解させた。


屋上で椎菜はたった一つだけ小さな歌を唄う。それは美月ではなく暁に向けられた歌。



「暁、御風は来るの?」

綾乃が暁の隣に並ぶように歩き、聞くと

「御風は今日は他の用事を頼んだから来ないよ。綾乃の家に行くの何年ぶりだろ。」

「7年ぶりよ。最後に来たの小学4年生の時だもの。」

綾乃が笑顔で言うと、暁も綾乃に笑顔を返した。綾乃は久しぶりに自分に対して笑ってくれた暁を見たと思った。そうしてその笑顔を見れば幸せな気持ちになった。

―ああ・やっぱり暁のことが・・・―

そう思いながら、叶わない願いだと心にしまいこんだ。あの日、足が二度と動かないと言われた事件の日から暁の瞳に映るのは、病院で出会った天使の話ばかりだった。それが美月ちゃんで暁は願いを叶えた。そんなことは解っていた。

綾乃はふと、美月の方を見る。寸分の狂いもない程の美少女だ。特Aクラスに入ってきて、多くの男子の視線を集めた。誰もが彼女に暖かく、優しくした。

羨ましかった。すごく・・・。暁の心も射止めて、皆に愛されて、悔しかった。

だけど美堂家の人間として、絶対にそんなこと表に出してはいけない。人にうらやまれる立場なのだ。

「あ、美月ちゃん。乗って乗って。」

案内された車に乗り込むと、私の横に綾乃ちゃんが乗り、暁君はレディーファーストを徹底してか、空いている助手席に乗り込んだ。

「うちは、ここから10分位でつくんだけど、アップルジュースでいい?」

聞いてくれたので頷くと、綾乃ちゃんはコップを渡してくれた。

「暁は珈琲でしょ?」

そうやって暁君にコーヒーを差し出す。そうして自分の分のアップルジュースをつぐと、飲むように言ってくれたので、飲んでみた。冷たく冷えたジュースはとても美味しかった。普段通らない道。そういう道を通ると少しドキドキする。今はもうボロボロになったリリー学園の前を通った。そうして椎菜くんとの思い出の公園の椅子が見えた。

「美月ちゃんがいるんなら、いつもの道じゃない道にしたほうが良かったかな。」

綾乃がリリーに気づいてそう言ってくれた。

「大丈夫。心配してくれてありがとう。」

そういう私の口に中に一枚甘いクッキーをいれてくれた。

「まぁ、甘い物でも食べたら元気になるわよ。これ、取り寄せた本当にお気に入りのクッキーなの。」

笑顔だった。綾乃ちゃんの家についた。蘇芳家と西垣内家よりも少し大きな家。そしてとなりにそびえる大豪邸が暁君の家だと教えてくれた。美堂家もかなり大きいが、その数倍はあるんじゃないかというのが藤堂家だった。

「お帰りなさいませ。お嬢様。」

執事の人が扉を開けてくれると、執事の人が私の方を見て

「沙都花・・お嬢様?」

・・・どうやら本当に似ているようだ。

「蘇芳美月です。お初にお目にかかります。」

私の名前を聞いて

「お・・お嬢様。」

「父には連絡してあるの。彼女を父の部屋に通してくれる?」

綾乃の言葉に執事の人は少し気まずそうな顔をした。

「・・・よろしいのでございますか?綾乃お嬢様。ご一緒にいかれなくても。」

「・・孫との再会は2人きりでしたいって父が言っていた。お邪魔したくないわ。暁もそれだけは解ってあげて。部屋に行って待ちましょう。」

綾乃はそう言うと暁の手をひっぱって自分の部屋の方へ行ってしまった。

「美月ちゃん。お父様のお部屋の5つ左となりの扉にいるから、終わったら来て。」

「解りました。」

綾乃はそう言うと、暁君をひっぱって行ってしまった。

そうして私は執事の男性と2人になると

「ついてきてください。美月お嬢様。」

男性は先導して廊下を歩いてくれた。そうしてしばらくすると、すごく立派な扉の部屋についた。

扉を叩くと、中から重たくどしんと響くような声がした。中には老人が1人いた。

「下がれ。」

執事に下がるように言うと、執事の男性は扉の外側へ。そうして始めた会う祖父と二人きりになった。

「はじめまして。蘇芳美月と申します。」

私の言葉に老人は少し不気味な笑顔を見せた。

「噂通り沙都花にそっくりだね。こっちへおいで。」

老人は自分の方に手招きで読んできた。美月は言われた通り、祖父の方へ歩いて行った。

「初めまして。君が生まれたことは知っていたんだが、何、私は沙都花に嫌われていたのでね。会わせてもらうことができなかったんだよ。本当に高校生の頃の沙都花にソックリだ。」

そう言うと男は両腕できつく抱きしめてくれた。でも、その抱きしめる力が異様に強くて、折れてしまうんじゃないかと思う程だった。

男は私の顔をまじまじと見ると、片手を頬に手を添えて

「可愛い可愛い私の沙都花。本当に良かった。会ったとき蘇芳理人の要素が一つでも勝っていたら愛せる自信がなくてね。」

そうして反対側の頬にもう一方の手を添えると、そのまま背中に手を回してきた。

「でも、君にはあの蘇芳理人の血が流れているんだね。」

「お爺さま痛いです。」

祖父は背中に爪を立てると、傷をつけるようにひっかき、自らの指についた血液を私に見せてきた。祖父の行動に少しづつ恐怖を覚えるようになってきた。でも、祖父なのだ。美月はそう思い少し我慢することにした。

「痛くしているんだよ。」

すごい笑顔だった。その笑顔に強い恐怖すら感じた。

「君の中に流れる血液の半分は、私から沙都花を奪った憎い男の物なんだからね。」

美月は限界だった。

「離してください。」

思わず初めて会う祖父の腕を振り払ってしまった。美月はそんな自分に罪悪感を覚える。だが、そんな私に祖父は

「そう。私がそうやって抱きつくと沙都花はいつも、攻撃的な目で。そんな沙都花をとてもとても愛いていたんだよ。」

・・・異様だ。美月は祖父に徐々に嫌悪感を抱くようになった。

「でも、君は沙都花じゃないんだね。」

少しため息混じりの声。

「綾乃に君をここにつれてきてもらったのには理由があってね。承諾して欲しいのだよ。君にシャストリアルダ行きを。」

・・・真顔だった。

「君が行かない限り、君の周りは不幸になる。そしてそのせいで結局君も不幸になる。私のところにも多くの者がたのみにきたよ。孫を差し出せって。」

男は冷たく言い放つ。

「もう、疲れたんだよ。毎日毎日無駄なほど、君をシャストリアルダ王家へ差し出せ。皇妃になれるよう努力させろ。そんな言葉を聞くことも疲れた。」

美月は視線を反らす。

「会ったこともない、憎い男の娘。会ったこともない愛する娘の娘。思い出させる。もう君が行って終わらせてくれ。会うのは今日で最後だ。」

そう言うと男は笑顔で

「君の体に傷をつけた。私はそれだけで大満足だよ。本当はその血を全て抜いて人形にして部屋に飾っておきたいが、そんなことしたって何の心の足しにもならない。私からの用事はそれだけだ。出て行きたまえ。」

美月は背中にピリピリ痛みを覚えながら部屋の扉を後にした。祖父との出会いは美月が思っているほど甘くも優しくも無かった。父と母が反対されて結婚したことは何となく聞いていたが、祖父は今でも父のことが大嫌いなのだと思い知らされる。きっと、私のことも愛せそうで愛せない。ガラスのような感じなのだろう。そして、きっと、私の話をされることが疲れていた。とてもとても・・・。

美月はトボトボと、綾乃が待っている扉を数えながら進む。5つ目の扉の前に来ると、中から暁君の声がした。


「愛してるよ。綾乃。」

・・・・思わず耳を疑う言葉が聞こえた。何となく部屋に入りづらくなってしまって、扉の前に座り込む。

「ちょ・・ちょっと暁どうしたの?美月ちゃんは?」

「ああ、彼女は上手く取り込めたよ。蘇芳家は藤堂家にとって、必要だからね。」

・・・暁の吐き捨てるような声だった。

「・・・で、私もそうなの?藤堂家に必要なの?」

「そうだね。美堂家も必要。だけど、綾乃にも望むものをあげるよ。僕のこと好きなんだろ。」

「ちょ・・・暁・・・」

そこで声が途切れる・・・。

「何してるのよ。暁。ちょっと。」

「嫌なら嫌って言えよ。」

・・・強気な声・・・

「嫌じゃないよ・・・」

それから綾乃ちゃんの声と暁君の声が聞こえなくなった。蘇芳家は藤堂家に必要。美月の頭がぐるぐるする。

・・・暁君にとって、すべては藤堂家の為?

二股・・・そんな暁君に限ってそんなことはあるのだろうか。もしかしたら、2人で私が扉の前にいると解って、ドッキリでもしかけてるのかもしれない。そんなこと冗談でも暁君はしそうにないけれども、それ以前に二股なんてもっとしそうにないと思った。美月は怖々扉を開けた・・・。

そこには、半分服が脱げかかった綾乃ちゃんと、上から責め立てるような暁君がいた。暁君と目が会った。

「・・・・ごめんなさい。」

瞬時に涙が出た。今朝・・・今朝だった。いいよと返事をしたら、まさかこんな風に裏切られるとは思ってなかった。瞬時に瞳から涙が溢れて美月はその場所にいたくなかった。普段めったに走ることがないのに、玄関まで走った。そこで暁君が私の手を掴む。




美月を待つ間綾乃に部屋に通される。なんだかすごく心が虚ろになるのを暁は感じた。脳内で何か抗ってはいけない何かを感じて、その何かが何か解らなくて。そんな曖昧なままソファーに座る。

「暁、お茶でいい?この部屋お茶しかないのよ。」

綾乃は部屋の隅に備え付けられている冷蔵庫からお茶をついで自分の前においてくれた。

「ありがとう。」

「どういたしまして。しかし、美月ちゃんが来るなら、来てくれるのね。家。」

「嫌味?」

綾乃はそんな言葉に苦笑いしていた。

「寂しかったのよ。海里君と美月ちゃん見てたら。ああいうのいいなって寂しくなったの。」

綾乃はそう言うと暁の横に座る。そうして無言になった暁の方を見る。綺麗な顔立ち。自慢の幼馴染だった。学校で何度も告白されるところを目撃して、それでも絶対に暁が他の誰かの者にならないと解っていたから、知らんぷりできた。

「綾乃ってそんなさみしがり?キャラじゃなくない。」

暁はそう言うと、綾乃の方を見る。また何か解らない何かが押し上げる。そして頭の中に何か甲高い指示のような、歌が聞こえだした。その歌に聞き入るようにしていると、脳内が支配されていくのを感じる。眠たさと気だるさが襲ってきて、そうして唇が勝手に動く。

「愛してるよ。綾乃。」

自分でも驚いた。自分の口が何を言っているのか解らなかった。

「ちょ・・ちょっと暁どうしたの?美月ちゃんは?」

綾乃の反応も最もだと思った。さっきまで避けるように接していたのに、急にそう言われたら誰だってそう思う。

「ああ、彼女は上手く取り込めたよ。蘇芳家は藤堂家にとって、必要だからね。」

何だ・・何を言っている。自分の口も体も能とつながってなく、何かに操られていることに気づいた。

「・・・で、私もそうなの?藤堂家に必要なの?」

綾乃は下を向いて答える。

「そうだね。美堂家も必要。だけど、綾乃にも望むものをあげるよ。僕のこと好きなんだろ。」

自分でも驚きだ。美月にすらそんなことをしたことはない。綾乃を強く抱きしめて耳を噛む。

「ちょ・・・暁・・・」

さすがの綾乃も驚いているようだ。でもそれ以上に綾乃にそんなことをしている自分に驚きが隠せなかった。

「何してるのよ。暁。ちょっと。」

「嫌なら嫌って言えよ。」

大きな声を出している。そうじゃない。何をしている。どうしたらやめられる。

「嫌じゃないよ・・・」

綾乃はそのまま俺に体を委ねてきた。そんな綾乃を押し倒す。そうしてセーラー服のリボンを解いて胸に手が触れた。そうしてそのまま上からキスをする。

そんなことをしている自分に嫌悪感が生まれた。誰だ。誰が操っている。誰に催眠術をかけられた。思い当たらなかった。西垣内が浮かんだが、あいつは自分に美月を取られたからってそんな卑怯なことをする男じゃないと思った。

扉が空いた。

美月と目が合う。

美月の瞳から大粒の涙がポロポロ溢れているのが見えた。

「ごめんなさい。」

それだけ言うと、美月はその場所から走りさってしまった。美月が走り去った10秒後に自分の脳と体と言葉がつながった。

「美月・・」

暁は追いかけようと思った。しかし・・・

「暁・・・行かないで。」

服がほどけた綾乃が手をがっちり握った。でも、そんなことはどうでも良かった。理由を説明したかったがそんな時間は無かった。何よりも美月の誤解をとくほうが重要だった。

「離せ。」

また、いつもどおりの暁に戻ったと綾乃は思った。

「蘇芳家と美堂家は、藤堂家にとってどっちが大事なのよ。」

綾乃の言葉に

「どちらも必要ない。必要としたくても、藤堂家はやっていける。俺は美月が必要なだけだ。」

吐き捨てるように部屋を出る。そうして玄関前で美月に追いついた。

そうして扉に手をかけていた美月の反対側の手を握った。



「待って。」

暁君の言葉。でも、もう何も聞きたくないし、顔も見たくなかった。

「離して。」

美月は一言だけ大きな声で言った。

「離さない。」

「離して。」

今度は下を向いて涙を流して、どうしていいのか解らないと言った表情だった。

「さっきのだけど。」

「いいよ。」

私は暁君の口から何も聞きたくなかった。

「何をどう説明されても、もう何も信じられない。」

私の言葉に暁君が握っていた腕の力が弱くなった。そうして私はその腕を思い切り振り払った。

「金輪際話しかけないで。私の体のどの部分にも一切触れないで。もう二度と。」

自分でも驚く程傷ついていた。これ以上言い訳も何もかも聞きたくなかった。何を言われても傷つくとしか思えなかった。

美月はそのまま扉を握ると

「聞いて欲しい。お願いします。」

暁は頭を下げていた。でも、その誠実さすら信じられなかった。

「もう一度言いますね。金輪際話しかけないでください。綾乃ちゃんほったらかしにしてるのも信じられない。暁君がどれだけ最低か良く解った。もう何も話すこともないし、聞くこともありません。さようなら。」

扉の外へ出る。涙が止まらない。思った以上に傷ついていることに気づいた。


「待って。」

何も考えず、飛び出してきた。思わず腕を掴んで呼び止めた。

「離して。」

美月の悲痛なほどの叫び。あの姿を見て傷ついてくれていることは少し嬉しかった。でも今はそれどころではない。あの、体が勝手に動く不思議な現象を早く説明して誤解を解きたかった。

「離さない。」

強く言った。何としても、今この手を話したら、美月は二度と振り向いてくれない気がした。

「離して。」

今度は弱々しかった。そうして下を向いて、涙を堪えているのが解った。

「さっきのだけど。」

説明しようとしたとき

「いいよ。」

何も言っていないのに即答だった。それも涙を浮かべながら笑っている。

「何をどう説明されても、もう何も信じられない。」

今まで聞いた美月の言葉とは思えないほど痛烈に胸に響いた。それは軽蔑や悪意。自分に対して向けられているものが嫌悪感だと知らしめられる声だった。

「金輪際話しかけないで。私の体のどの部分にも一切触れないで。もう二度と。」

そうして彼女は冷たい声ではっきりと。その言葉が痛烈に胸に響いた。他の女の子を襲っている姿を見たら、どんな女の子だってこうなるのかもしれない。恋愛スキルが低すぎて、どう対処していいのか解らなかった。

「聞いて欲しい。お願いします。」

これが、今の自分にできる唯一の方法だった。でも

「もう一度言いますね。金輪際話しかけないでください。綾乃ちゃんほったらかしにしてるのも信じられない。暁君がどれだけ最低か良く解った。もう何も話すこともないし、聞くこともありません。さようなら。」

最後の「さようなら」がかすれるような声で、ここで手を伸ばさなければ、本当にもう二度と会えないかもしれないと感じながら、どうすることもできなかった。

それほど、美月から向けられた嫌悪感は、暁にとって深い傷となった。あの顔を何度も見るのは心に堪える。暁は、そのままドアだけを見つめていた。


1人で道を歩くこと。それすら久しぶりだった。

集君にばれたら怒られるかもしれない。それでも、人には1人になりたい時がある。美月は久しぶりに走って上がった息を整える為に、コンビニに入るとペットボトルのジュースを1本手に取り、ふと上にある鏡に映った自分を見た。

目が腫れている。その一瞬でどれだけ泣いたんだろう。そう思うと、また涙が出そうだった。少なくともこの顔で自宅に帰れば、海里から質問攻めに違いない。

それ以前に、今日から避けると決めた海里に頼ろうとしている自分に反吐が出そうだった。結局家にも帰りづらく、どうしていいのか解らなくて、車に乗ってきた道を思い出しながら少なくとも藤堂学園の方向へ向かって歩くことにした。それは少しづつ自宅へ近くなるということだが、どんなに帰りにくくても、最後は帰るのだから美月は止まるより歩いている方が気が紛れると思った。携帯電話の暁君のデータを着信拒否にいれて、そのままデータを削除した。何度か、海里から電話が鳴っているようだが、そえをかけ直す気分にもなれなかった。

「美月ちゃん。」

自分の名前が呼ばれて、振り返る。

「椎菜君。どうしたの?」

「仕事休みで、久しぶりに施設に差し入れ持っていった帰り。美月ちゃん、今さ、時間いい?」

椎菜の表情が曇っているように思った。美月は特にやることもなく、家にも帰りたくなかったので椎菜の誘いは正直ありがたかった。

「うん。」

美月は返事をすると、いつも椎菜の歌を聞いていたあの公園のベンチに座った。あの時は椎菜君が座っていて、私はその前に立って歌を聞いていた。

「目、腫れてるよ。」

「あ・・・ちょっと嫌なことがあって。」

美月は何となく下を向いた。人に話したい内容じゃなかったからだ。

「そっか。実は聞きたいことがあるんだ。美月ちゃんって某国から何か脅されてる?」

「どうして?そう思うの?」

私の言葉に椎菜君は真っ直ぐこちらを見て

「施設に某国の軍人がいた。僕の歌が売れた理由が、美月ちゃんがCDを作ったことだって知っていて。それで僕にこう言った。蘇芳美月を某国に行くという結論を出させろ。10日以内に出さなければ、施設内にいた子供を全員労役として某国へ連行するって。」

・・・・思わず息を飲んだ。施設にまで手が伸びていると思わなかった。

「もともとさ、あそこは某国で労役する位は厳しかった。働かされたし、暴行も性的虐待も当たり前だった。そういうことには皆慣れていたんだ。逆らえば生きられない。そういう世界だったからね。でも、やっと手に入れた平和は美月ちゃんのおかげだ。皆それは解っているし、感謝してる。だけど、やっぱり・・・」

「施設にいる兄弟にせめて平穏な生活をさせてあげたいのよね。椎菜君は。」

美月は下を向いた。リリーの生徒。施設の子供。実の祖父。すべてが私の某国行きをせがまれ、心や体を奪われていた。どこからでも根掘り葉掘り、レオン王子は狙ってくるのだろう。

「椎菜君。正直に話してくれてありがとう。」

椎菜は少し後ろめたそうだった。それは、私に某国へ行って欲しいと頼んでいることと変わらないからだ。

「藤堂社長に怒られるかな。」

「それは心配しなくていい。さっき他人になったから。心配されても関係ないから。」

美月は冷たく言い放つ。椎菜はその姿を見て、その瞳が腫れている理由はやっぱり暁絡みだと思い知らされる。美月が某国へ行くのを渋るとなれば、暁と海里がネックになる。それはレオン王子も解っていた。だからわざわざ海里が傷つくように襲撃したと言っていた。美月の性格なら海里を守る為に、彼を避けるようになるだろうという結論だったと聞いていた。だが藤堂暁に打つ手がないと言った。だから僕が歌った。美月が見ている前で誰でもいい。他の女の子を口説いて、美月を傷つけるように。だけど最後に情けを残した。美月に見られた数秒後に解けるように。もし、暁が誤解をとくことができたら、諦めようと思っていた。でも、それは、暁にはできなかったようだ。彼は美月を諦めた。美月は思い込みが激しいし、こうと決めたら点で動かない性格なのは解っていた。だけど、念を押すようにシツコくすれば、最後はその行為を聴き止める。過去何度も海里との喧嘩の話を聞いて、海里がしつこく最後まで聴き止めるをやっては仲直りしたんだなと感じることが多かった椎菜は美月はそういう性格だと思っていた。

「他人になるの早くない?いいの?」

椎菜は自分の後ろめたさに、少しだけ暁に助け舟を出した。

椎菜とて、美月が某国へ行くことが決して楽な道でないことくらいは解る。

恩人をこんな形で傷つけたかったわけじゃない。むしろ、彼女には笑顔で幸せでいて欲しかった。

「・・・僕の優しさには、下心がありますって最初から伝えられていたの。でも、下心だらけだった。ああ、あれって浮気した時に対する予防線だったんだなって。」

「社長、浮気したの?」

美月は椎菜の言葉に下を向いて黙りこくってしまった。

「言わないよ。誰にも。」

椎菜は笑顔だった。そして椎菜は歌を唄う。この力が人の行動を操れると知ったのは子供の頃だ。殴らないで欲しいと願ったら職員の気がいきなり変わった。

人に試しているうちに、心だけ操る。体だけ操る。いろんなことが出来た。美月のココロを少しだけ軽く優しくする為に唄う。

「私にとって暁君って、優しくて誠実で、でも嫉妬深くて。それでも誰か1人を愛しぬくタイプに見えた。藤堂学園って本当にご令息ご令嬢の集まりなのに、誰の告白も受けず、ずっと思い続けてくれていたって。私もね、その子供の頃に会った暁君との1日を忘れたことなかったの。それが辛くて。苦しい思い出だったのに。」

それを・・・利用されたと言ったらそれまでだ。

あの思いまでもが全て嘘だった。計算だったと言われたら、心が壊れそうだった。

「美月は社長のこと、好きだったんだね。」

「・・・解らない。でも、好きだと思ったの。他の女性にも同じようにしているのを見て、すごく傷ついた。でも、海里が他の女の子とキスしてるの見ても苦しむのかなって、それも考えちゃう。なによりね・・今日思い知らされた。」

美月はまっすぐ椎菜の方を見た。

「行くしかないのね。じゃないと、日本人全員を人質にとられて、最後はきっとこの国ごと隷属落ちになる。取り返しのつかないようになる前に、決めろってことなのね。レオン王子は・・・」

そのままベンチから立ちがあると

「椎菜君。あのね、beautifulMoon 最後に唄ってくれる。携帯電話に録画しておきたいの。元気がなくなったら聞くわ。」

「いいよ。」

椎菜は持っていたバックの中からギターを取り出すと、美月が構える携帯電話に向かって歌いだした。美月の手が震えているのが見える。

あの画面で隠れた顔には、涙が溢れているのだろう。その涙の原因は間違いなく自分だ。施設にいる兄弟を守ってほしいと。彼女を止める可能性がある藤堂暁を封じたのは間違いなく自分だ。彼女がいかなければ、もっと多くの人が犠牲になる。犠牲が増えるだけ。それでも、椎菜にとって大切な美月を売ることは、人として最低の行為としか思えなかった。

歌っている最中に、無意識に涙が出る。

『君の悲しみを僕が拭う

そのために唄いたくて

空を見上げ月に祈る

明日の君もどうか笑顔であるように

僕が伝える愛の形だから・・・』

この歌を作った時は、彼女の悲しみをすべて、受け止めるはずだった。

何もなかった自分に、すべてをくれた彼女を。

だけど、すべてを持っていた美月に、あげられたのは、この小さな歌だけだ。

彼女は初めからすべてを持っていたから。

愛されること。守られること。地位も名誉もお金も何もかも。

「ありがとう。椎菜君。」

美月はその携帯電話をカバンの中に入れると、歩く向きを藤堂学園から別の向きに変えた。

「椎菜君・・・。私、行くよ。だから、施設の権利書は椎菜君にあげる。唄って守って。あなたの大切なものを。さようなら。」

・・・唄って守って。

その言葉が椎菜の胸に響く。唄って守りたかった者の中に美月が無かったわけじゃない。

椎菜はその美月の後ろ姿を見送ると、そのベンチで石のように固まって、そして大粒の涙を流した。

大切なものをひとつ、自分で切り離してしまったのだ。


美月はシャストリアルダ大使館に向かって歩き出した。この道を自分で歩いて進まなけれいけない気がして、決して近くないのは解っていたが、時間をかけても歩こうと思った。それに約束していた。美月は携帯電話を手に取ると、集に電話をかける。

「もしもし。」

・・・いつもどおりの声だ。もう声を聞いただけで涙が出るなんて自分でも驚く程心が壊れているんだなと思った。

「美月、泣いてるのか?海里は?」

「いないよ。」

「藤堂は?」

「いないよ。」

「じゃ、今誰といるんだよ。」

「1人。」

私の言葉に集君が、いつもどおりの集君に戻る。

「馬鹿か。誰かと一緒に・・いや、海里にも藤堂にも美月を1人にしたら殺すって。俺はちゃんと・・・。」

・・・後で2人は集君から鬼のような説教を喰らうかもしれない。でも、きっと、そうでもしないと集君の心が収まらないのなら、しかたのないことだ。もう・・・会えない。

「私が、1人になるって決めたの。」

「美月。何があった?すぐ行く。」

「今ね、シャストリアルダ大使館に向かって歩いているの。」

「・・・今すぐ歩くの辞めろ。」

そう言った集が目の前に一瞬で現れた時は驚いた。

「・・・どう・・・やったらこうなるの?」

「ずっと言ってるだろ。美月のピンチには世界のどこからでも一瞬でかけつけてやるって。」

ずっと、そうやって言われてきたけれど、本当に一瞬で来るとは思わなかった。

「緊急事態だ。美月にばれる、ばれん云々言っている訳にはいかなかったんだよ。」

「どういうこと?」

「俺も、能力者なんだよ。」

・・・なんだか一瞬で飲み込めた。絶対に勝てない。子供の頃から海里と何度も感じた。それが能力者なら納得できる。

「驚けよ。」

「なんか、しっくりきちゃった。瞬間移動できる能力なの?」

「超常現象能力αだよ。お前たちが分散された、火、水、風、土、音、光。全部使えるんだ。それが、ヴァルファラだ。」

「・・・さすが集君。」

美月は初めて聞かされても、何だかあまり驚かなかった。子供の頃からやたらピンチになったらすぐに来るのは力を使っていたのだろう。過去にもこっそり助ける為に使っていたのかもしれない。

「で、何で俺に電話した?」

「勝手に行かないって約束してた。集君とは。」

私の言葉に集君は

「美月。シャストリアルダへ行くというのは、隷属されると捉えろ。人として扱われない。その覚悟があるってことか?」

「あるよ。」

「馬鹿言うな。俺にないわ。大切に育てた美月が、奴隷になるかもしれない。そんな場所に行っていいっていう親がどこにる?」

「いないよね。だけど、もう決めたの。」

美月は下を向いて

「リリー生徒、美堂のお爺さま。私が買い上げた施設の子供。じわじわ手を広げてきてる。レオン王子は海里も撃った。撃たれる海里を見たくなかった。」

「藤堂が、心配する。海里も・・」

「暁君とは、お別れしてきた。もう二度と会いたくない。暁君が必要なのは、蘇芳家の肩書きをもった女の子であって、私じゃないよ。」

「・・・それ、本気で言ってるのか?美月。」

集はため息を着く。

「藤堂に限ってそれはない。間違いなく美月一筋だよ。俺は、美月があの日助けた相手が藤堂暁だって知ってた。知っていて、海里にも藤堂にも、美月にもばれないように完全に情報を封印したんだ。藤堂暁は、美月が蘇芳家の令嬢だって知らなかった。美月っていう下の名前しか情報が無かったんだ。そんな中その情報だけを頼りに、探し続けてたんだぞ。気の毒だと思いながらも、一途に。俺が保証する。もし、藤堂が蘇芳家の肩書きが必要だと感じているなら、もっと、早く近づいてきたはずだ。」

集は美月を真っ直ぐ見て

「お前は藤堂暁の何を見ていたんだ。」

「でも、暁君。綾乃ちゃんの服を脱がして・・目の前で・・・」

「・・藤堂、誤解を解こうとしてなかったか?」

「・・・」

していた。追いかけてきた。

「美月、言いたくないが、多分それクロスガイアだ。藤堂にその行動を取らせることができる能力がある。」

「・・・でも結局、それがクロスガイアで操られていたとして、今後もそうやって暁君もターゲットとして傷つかなくちゃいけないのよ。何も変わらない。」

・・・美月はそのままその場所で足をつく。

「何も変わらない。もう・・嫌なの。自分のせいで人が傷つくのも。苦しむのも。死ぬのも。私、自殺するか、行くか。今この二択しかないの。自殺は、後からでもできるもの。だから今は救えるものがある今は、行くの。集君。もう決めたの。」

「後悔しかしないぞ。海里に相談しろ。海里が全部受け止めて一緒にいてくれる。傷ついても・・」

「嫌なの。海里に頼って、守られる自分でいるの。」

「何が悪い。海里は頼ってもらえて、守らせてもらえて幸せなんだぞ。」

集は美月を抱きしめると、そのまま家に瞬間移動した。家では海里が思い悩むように泣いていた。

「・・え・・集君。美月。」

「説明は後でする。美月が、シャストリアルダへ行くって。」

・・・集の言葉に涙を流していた海里が凍りつく。

「美月・・・。本気なの・・・?」

海里の言葉は重く胸に響く。

「本気だよ。」

美月の言葉も海里の胸に重く響く。

「もう決めたの。海里に会うのも今日が最後。」

「・・最後?」

「そう、集君に会うのも。」

美月は涙でいっぱいの瞳。海里はそんな美月を抱きしめる。

「俺と一緒にいてくれとか、愛してくれとか、もう何も言わない。美月。美月が決めたことを曲げないのも知ってる。恨まれたって、嫌われたって、いい。行かせない。」

海里はオーラを纏った。

「海里。私は行くの。守れるものを守る為に。もし海里が力づくで行かせてくれないなら、私は」

美月はオーラーを纏う。

「自分の寿命を終わらせる。」

・・・・・海里は纏っているオーラを一瞬で解く。

「死なせない。できるわけんない。」

「知ってる。海里は私を死なせない。だから、さようならよ。」

美月はそう言うと海里の頭をポンポンなでた。

「集君も。さようなら。」

美月はそう言うと、そのまま自分の家の扉から出ていくことにした。集は自分の決めたことを力づくで否定するタイプでは無かった。海里も私の命を奪ってまで、止めることはできなかった。そうして私は、シャストリアルダ大使館前で、扉を叩く。

窓から見えたレオン王子の微笑みが、忘れられなかった。



「太陽様・・・」

奥院で先視の炎に揺られている太陽の瞳から涙が溢れた。

「美月・・・君は歩くんだね。世界の破滅の道へ・・・」

太陽は小さな声でそう言うと、炎の前から立ちがあり

「僕もシャストリアルダへ行く日がきたようです。」

笑顔でそういうと、その場を離れた。



次の日、リリー解放のニュースが流れた。それは、某国から要請された「花嫁候補」として「蘇芳美月」が行くことに対する恩赦が出たとして報道された。リリーの生徒を返して欲しい。そう美月が願ったら、皇太子は叶えてくれたという物で、美月が皇妃として選ばれるのではないかという希望が含んだニュースだった。王妃を排出すれば友好国へ上がり、税金を収めなくて良くなる。日本全土が蘇芳美月を応援するムードが漂っていた。そのニュースを暁は力なく見ていた。御風はテレビを切ろうかと思ったが、暁が許してくれそうになかったので、そのままその光景を見守った。

「暁様。」

「ごめん。今日学校休むわ。何もしたくない。」

暁はそれだけ言うと、ベッドにひれ伏すように倒れた。手に入らない時は、いつか会いたいと願って努力できた。やっと手に入って、生涯かけて大切にしたいと思った。なのに、訳の解らない力で、彼女を傷つけた。

何よりも、彼女を傷つけたままにしてしまった。自分が傷つくことを恐れて、動けなくなった。それが、この結果を導いたのだとしたら、自分との出会いが彼女を不幸にしたのではないのか。そこまで考えて頭の中で整理しきれなかった。

「御風。1人にしてくれないか。」

暁の言葉に

「今、暁様を1人にはできません。ここにいます。何もしません。声も出しません。だから、いないものとお考え下さい。」

御風はそれだけ言うと扉の前に立ち、まったく動かず表情も変えず空気の用に立っていた。

藤堂家の力を使えば、美月に会うことはできる。だけど、それでは何も変わらない気がした。ニュースに映る美月が、決して幸せな表情をしていないこと位すぐ解った。大人に決められたことをただ、会見で淡々と話している。あれは、彼女の言葉じゃなかった。何もできない。

携帯電話の着信音が響く。メールが一通入る。それは、美月からのメールだった。

暁はメールを開く勇気を出せなくて、その到着画面をしばらく淡々と見つめた。そうして、数分が立ち、開封ボタンを押す。

『暁君へ

 昨日の出来事は、私にとって、とても苦しくて、悲しくて、頑なに話を聞かずに飛び出してしまいました。本当にごめんなさい。

 集君に、暁君に限ってそれはないと言われました。おそらくクロスガイアの力が働いているということも教えられました。

 もし、そうだとして、本当に私を大切に思ってくれていたのならば、酷いことをしたと後悔で胸が張り裂けそうです。

 このメール一通は最後に、レオン王子に交換条件で許してもらいました。

 もし、暁君が操られていたとして、それでいて私を傷つけたことを、傷ついているのであれば、悩んでいるのではないかと心配です。

暁君。私は思った以上に暁君のことが好きだったみたいです。だから、暁君がこの先、私のために苦しんだり、辛いことがおこったり、そんなことは絶対に嫌です。

暁君は私を守ってくれるといいましたが、私に守られてくれるともいいました。

私から、最初で最後のお願いです。私に暁君を守らせてください。そして暁君は、これから先の日本の将来を守る素敵な大人になって下さい。

優しくて、強くて、努力家の暁君ならできると思います。暁君の活躍を心から願っています。

最後に、私はもう暁君と結ばれることはできなくなってしまいましたが、暁君は素敵な人と幸せになってくれたら、寂しいけれど、嬉しいです。

海里とは、いつまでも素敵な友達でいて下さい。


さようなら。


蘇芳 美月』

・・・

「美月。」

名前を呼ぶだけで溢れる涙が止まらなかった。

彼女は考え、察してくれていた。あのあと、きっとどうして自分がそんなことをしたのか、考えてくれたのだろう。そうして理解してくれた。自分が彼女を利用したのではないと解ってくれて、それでいて、自分が傷ついて苦しんだことも察してくれた。だからこそ、守りたいと言ってくれた。

暁は、美月に一方的に守られたかったわけじゃなかった。

守り、守られ、そういう関係になれたらいいと思っていた。

それは、彼女に突きつけられた一方的な思いで、その一方的な思いを返すことも、今の自分にはできなかった。それほど、彼女は遠い存在になってしまったのだ。

ベッドにひれ伏して声を押し殺すように泣いた。涙はいつか枯れるという言葉があるが、あれは嘘だと思った。暁は泣き続けても涙が枯れなかった。

そんな涙を美月がくれたハンカチが吸っていく。まるで、それすら彼女の優しさのような気がして。苦しかった。


美月を守れない 美月がいない そんな世界なんて

もう暁にとって、どうでもよかった


それほど彼にとって、「天使=美月」は心の支えの全てだった。



「思った以上に遅かったですね。」

レオンの開口1番がそれだった。彼は本気で10日で片付けると決め、畳み掛けるように攻撃してきたのが解る。そうして私の目の前に座ると、私の方に鍵を渡した。

「来賓用の宿泊部屋の鍵です。生活で困るような事がないよう、普通のワンルームマンションの設備が整っています。必要な物は部屋にあるパソコンから連絡していただければ、すぐに届くよう手配します。」

部屋から出る必要はないです。遠まわしに閉じ込められると言われていることが解った。

「それと、貴方にシャストリアルダ側から侍女を1人つけます。入りなさい。」

そう言われると日本人の女性と思しき女の子が1人入ってきた。年は多分同じくらい。やせ細り、頬が痩けていた。髪は整えることを諦めたのか、耳の下で適当に切り揃えられていた。他国の人間がシャストリアルダで生きることの壮絶さを感じる。服で隠れている部分もあるが、見える部分にも傷跡や痣のあとが見える。

「水都清良です。」

彼女は深く一礼する。

「清良が貴方の身の回りのお世話をします。必要な時は伝えてください。皇太子が貴方につけるなら清良が良いと。彼女が貴方の命を守ります。清良、もし美月に何かあったら。」

「解っています。レオン大佐。」

瞳が死んでいる。美月はそう思った。

「あのお約束も忘れていませんよね。」

「ああ。もし彼女を守り、彼女が皇太子妃になったら、解放してやる。せいぜい、美月を逃がさないことだ。」

・・彼女は開放を条件に、私の見張りも頼まれているのだと解った。そうして彼女を犠牲にしたくないのであれば、私に逃げるなと言っていることも解った。解放という言葉を聞いても彼女の瞳には悲しみしかない。過去に何度も約束を破られているのかもしれないと美月は思った。それでも希望にすがらないと生きていけない。それがシャストリアルダで占領国の外国人が生きていく為に必要なものなのかと思い知らされる。

それほど、これから自分が生きる道は厳しいということだ。

「ご案内致します。美月様。」

清良は綺麗な日本語で話した後、

「今後の為にシャストリアルダ語でお話したほうが宜しいですか?それともこのまま2人の時は日本語ではなされますか?」

・・そう聞いてきた。

「どちらでもいいです。清良さんが話しやすい方で。いちおうシャストリアルダ語は通訳ができるレベルでお話できます。あちらに言って困るようなことはきっとありません。」

「そうですか。」

小さな声で言うと、清良は美月を先導して部屋に言った。2人で部屋が用意されているエリアに入った瞬間外側から重たい鍵の音がした。そうして通された部屋は、予想していた以上に立派だった。今のところ、人質とか、隷属というわけではなく、あくまでも皇太子妃候補の姫君として扱われていることが解る。

「美月様。私と貴方の会話はすべて記録されています。不都合な事はお話されない方が良いと思いますので、それだけ。」

「解りました。清良さん。でも、私の腹の中なんて、レオン王子にはお見通しだと思いますよ。あまり気にせず生活して下さい。それよりも・・・」

美月は清良の服の袖をとり、捲りあげた。

「やっぱり。」

「あまりご覧になられない方が良いと思います。見て気持ち良いものじゃありません。私は捉えられたとき、現実を受け入れることができず随分犯行したので、拷問されただけです。もう、諦めもついています。」

「清良さん・・・。」

「5歳の時ですから。日本の思い出もあまりありません。今回、この役目がこなければ、私は奴隷として虐待され、実験される生活から抜け出せることはありませんでした。美月様が行くと決めなければ、また元通りだと言われていました。だから、今は私にとって、休息です。10年越しに手に入れた。」

美月は清良の瞳を見る。

「それほど、シャスとリアルダは生きにくい国なのですね。」

美月はそう言うと部屋の椅子に座る。

「それと、美月様。パソコンには日本政府や政治家等いろいろな人からメールが入るそうです。贈り物も沢山届いています。それは、ベッドルームの奥にある部屋にありますので、お時間がある時に必要なモノと、不要な物に分けて下さい。」

「贈り物?」

美月が言うと

「高級な衣服、下着、化粧品などが多いと思います。貴方に選ばれて欲しい人たちの悪あがきの品だとお考えいただければいいです。」

「・・・なるほど。」

美月はその贈り物に一瞬でまったく興味が無くなった。そうして部屋にあるカメラに向かって話しかけてみる。

「レオン王子。私、貴方にお願いがあるんです。どうせ、見てるんでしょ?」

笑顔で言ってみた。

すると、部屋についているスピーカーからレオン王子の声がした。

「どうして、私が常に見てると思うのですか?」

「貴方は優秀な人だもの。皇太子妃になる可能性がある女性の部屋を、他の男性に見させるわけにはいかないでしょ?立場的に。」

「なるほど。さすがにお風呂などプライバシーがある場所は、サーモグラフィー程度でしか見れないようにしていますよ。安心してご入浴下さい。」

体のラインは丸見えってことか・・などと突っ込んでみようと思ったが無意味なのでやめることにした。

「お願いがあるのですが。」

「何ですか?」

「携帯電話からメール、打ってもいいですか?」

私の言葉に一瞬躊躇ったようだが

「なぜですか?」

「傷つけちゃった人がいて。その人が傷つかないようにお別れを言いたくて。送りたいメールは3通あります。そのメールを送っておいて、きちんと、結論づけないと皇太子殿下にも失礼だと思うんです。本来当人に会って話してくれば良かったんですが、決意が鈍りそうだったんで。先に来たんです。」

「まぁ・・こちらとしては賢い選択としておきましょう。僕の条件をひとつ飲んでくだされば、3人メールの送信を許可しますよ。そちらの部屋にあなたの携帯電話をお返しします。ただし、送信次第携帯電話は回収します。貴方が打った内容は当然ですが、こちらで確認するので削除しないでください。」

「解りました。それで、レオン王子の条件って何ですか?」

「貴方に作って欲しいんですよ。アップルパイ。」

・・・嘘でしょ。なぜ、アップルパイ。

「どうしてか聞いてもいいですか?」

「貴方が西垣内海里の為に改良を重ねたアップルパイは、元は蘇芳沙都花のアップルパイだと。沙都花のアップルパイを過去に食べたことがありまして。僕が出世してからというもの、絶対に作ってくれなくなりまして。食べたいんですよ。あの、アップルパイ。あれは僕の原点ですから。」

原点。王子と母がどんな接点があるのかは解らないが、王子は母を本当に良く知っているのだと思う。それだけは確かな気がする。

「材料、パソコンに打ち込むので用意してくださいね。」

私がそう言うと部屋の中に携帯電話が届く。

「3人って誰に送るんですか?」

「どうせ、言わなくたって後で見るんじゃないんですか?意外とせっかちさんなんですね。王子って。」

一言嫌味でも言っておくことにした。

「藤堂暁と、西垣内海里と・・・・」

美月はその後、下を向いて口ごもったまま、

「蘇芳集ではないんですか?」

「・・・ええ。集君に送る必要はない。それ以前にメールなんて送ったら集君、本気でここに迎えに来ちゃう。」

「そうしたら、彼に残されているのは死ですよ。」

「だからってわけじゃないけど、集君には私の気持ちなんて全部見透かされる。何を送っても無意味なのよ。それだけ理解されているってこと。」

「じゃ・・誰に?」

・・・・

「お爺さま。行ってきますって。」

レオンは驚いた。

「・・・貴方。あの人が貴方をどう思っているのか。」

「知っていますよ。でも、祖父だから。」

レオンは訳解らないという感じの声を出して、そうして、それ以上何も言わなかった。私はパソコンにアップルパイに必要な材料を入力して送信すると、届いた携帯電話を持って部屋の椅子に座る。

今頃、暁君も、海里も泣いているかもしれない。もし逆の立場なら自分自身だって泣くと思う。悔しくて、苦しいと思う。メールを打つことが無意味なことは何となく解る。ただ、自分が楽になりたいだけだってことも。それでも、伝えたかった。

2人には。私を大切に思ってくれた2人には・・。

私はそのあと、数時間かけて二人に向けてメールを打った。



海里は自宅のテレビに映る美月を注意深く見ていた。

淡々と決められた言葉を発している、まるで生気もない、本人の意思すら感じることができない言葉。それでも、美月の声だ。苦しくて、切なくて、でもそれでも見守りたかった。

美月を・・・。

「胸糞悪いテレビつけんなよ。」

集が朝起きてすぐに大きな声で言う。

「美月だから。」

海里がそう言うと、集はソファーに座る。

「あんなの、美月じゃない。俺は、理人と約束したんだ。美月を守るって。なのに・・」

集は頭を抱えた。集が生きていく理由のひとつ。理人との約束。それがあったからこそ、彼はあの絶望から立ち直った。

「あんな選択をさせてしまった。人を強くするのは恋とか愛だと、本気で思ってた。藤堂か海里なら美月に、何を賭しても一緒にいたいって思わせることができると・・・」

そう言いながら海里を見る。

「すまん。」

集は素直にあやまる。

「集君らしくないよ。そこ、そのままぶん殴るところじゃないの?」

海里が集の方を見て言うと

「俺も悪かった。いろいろ。普通にさせてやりたいとか血迷ったこと考えたから。初めから、閉じ込めて、育てれば良かった。外の世界なんて見せずに。なんてな。」

「何それ。」

海里が笑うと、集は海里の肩に手を回した。

「冗談だよ。俺が大事にする女は皆、世界に奪われる運命なのかな。」

「それなら、俺もだよ。集君。」

海里が言う。

「集君。まだ間に合うかな。美月を取り戻したいんだ。」

「海里。」

集はそう言うと真っ直ぐ海里を見て

「美月は生きてるからな。間に合うんじゃないかな。」

集は明を思い出した。彼女は間に合わなかった。死んでさえいなければ、間に合ったのに、それすら気づいた彼女は一瞬で自分の命ごと終わらせた。それは、集に命を救われないためだってことくらい解っていた。

「集君。俺さ、美月しか知らないから、美月のことが好きなんじゃないかって悩んだことがあるんだ。でもさ、美月以外を知っても、美月以外好きにならなかった。これからも、一生美月だけを愛せる自信があるんだ。」

・・・海里は笑顔だった。

「集君。俺、シャストリアルダを敗戦させる。」

海里の言葉に、集は一瞬躊躇った。それは、かつて自分がやろうとしたことだ。

そうして、失敗して、それを明に守られた。そうしてそれのツケを理人が支払った。

でも、集は止めることなんてできなかった。それは、かつて自分自身が同じ道をたどったように。海里がたどるその道が決して幸せなことばかりじゃないと解っていても、命をかけて守りたいものがある。それだけは共感できた。

そんな海里の携帯に着信音がなる。それは、美月からきたメールの時にだけ鳴る音。

海里は思わず携帯を握り締める。

そうして開くボタンを押すと、長文のメールが現れた。

『海里へ

今海里はきっと、私のこと、『馬鹿なやつ』って思っているのかなって。

自分自身でそれは1番良く解ってるの。海里の立場になって考えたとき、もし海里が私と同じ選択をしたらきっと、すごく後悔すると思うから。

だから、今頃海里はとても後悔しているのかなって。

解っているのに、こんな選択しかできなくて、本当にごめんなさい。


私は、ずっと海里に守られてきたと思う。

人見知りで、泣き虫で、体も弱くて、そのくせ頑固で。こんなメンドくさい幼馴染を持ったのに、いつも傍にいてくれたね。

普通さ、疎遠になるものなんだって。

でも、海里はずっと一緒にいてくれた。泣いたらすぐに来てくれて。

私にとって海里は、最後まで信頼できる心の要でした。


今でも、海里に会えなくなることは、本当はとても淋しいです。

困っても相談できる人がいなくなると思うと不安です。

海里に会えないと思うと、やっぱり涙が溢れます。


それでも、私は、海里が住む世界を守りたい。

海里に貰った全てを、本当は傍にいることで、分かり合いながら守れれば良かったのだけどそうも言ってられなくなりました。


私ね、ずっと守られてばかりだったけど

本当は、ずっと誰かを守りたかった。

誰かを守る為にこの力があるって願っていた子供の頃

純粋に日本を守りたかったの。


私は、シャストリアルダで皇太子妃になれるかは解らないけれど

それでも、私が来ることで守れたモノが沢山あります。

こんな私でも、誰かの役にたてた。それだけが心の救いなの。


海里。海里の心を置き去りにしてしまったけれど

海里は幸せになって欲しい。

いつか笑顔でもう一度会える日を楽しみにしています。


蘇芳 美月』


「馬鹿美月。何なんだよ。守られ続けとけばいいんだよ。」

海里は涙を流す。

そうして海里は携帯電話を握りしめて、心に誓う。もう一度美月に会うと・・・。



その人はメールを一通読むと涙を流した。

『お祖父さまに会えて、嬉しかったです。

 安心して下さい。

 もうお祖父さまの所へ、私の話をする人はいなくなると思います。』

短いメールだった。

そうして、そのメールを大事にする為に、保護をした。


美月は部屋についたキッチンでアップルパイを作っていた。

特にやることもない。えらい政治家から、届く贈り物には興味もない。

メールを開けば、無駄なアドバイスばかり。

そんなものを開いている時間を考えれば、アップルパイを焼く方がよっぽど有意義な時間だった。清良さんは相変わらず見えるところにいた。彼女がどういう人生を歩んできたのか聞いてみたいが、決して幸せではなかったのが解る。

そんな清良さんが、少し私を見てソワソワしているのが解った。

「どうかしましたか?」

「あ・・・。」

清良さんは何か悟られたと思い、目を反らす。

「聞きたいことは素直に聞いたほうがいいですよ。」

私が言うと

「あの・・・西垣内海里さんって、どんな人なんですか?」

・・・以外な質問だった。

「海里?そうね。誰にでも素直で、思ったら一直線で、信念が強くて。私に対しては本当に過保護で。あ、手帳にちょっと前の写真だけど、一緒に映った写真があるかも。見る?」

「はい。見ます。」

清良さんの声が一気に明るくなった。私はカバンのスケジュール帳から海里と集君と3人で映った写真を見せる。

「制服を着ている方が海里よ。」

その写真を見た清良さんは、ポタポタ涙を流していた。

「ど・・どうしたの?」

「この人が・・・ずっと、彼に会いたいってそれだけが生きる希望だったから。初めて顔を見ました。嬉しくて・・・」

純粋な涙だった。ずっと海里に会いたいというそれだけが生きる希望って・・・。

「海里を知っているの?」

「フィアンセだと言われていたんです。クロスガイアの一対。」

・・・・

「貴方・・・クロスガイアなの?」

「そうです。この力がシャストリアルダにばれていたのは、私が捕らえられたから。5歳の誕生日に、私はこの力を暴走させて、東北地方に大豪雨が。あの豪雨で数百人が死んだと聞いています。」

・・・自分の力の暴走で、失った命。その命に苦しめられてきたんだ。

「クロスガイアは男女一対。それは子孫を確実に残すため。女は力を温存し、子孫を残すことをと子供の頃から言い聞かされてきました。私は水の能力者。西垣内海里さんもそうなのでしょう。彼の子供を産むために私は生まれたと聞かされていて。だから、国に捉えられた時も、その時になれば、助けに来てくれるかなってずっとずっとそれだけが希望でした。」

涙をポロポロ流す。

「美月様もクロスガイアだと。初めて自分以外の能力者に会えました。私が、侍女としてここへ上がることが許されたのも、確実に貴方を守る為だと、ガノッサ様が。」

・・・

「蘇芳美月様を守れば、海里さんも喜んでくださると・・。だから私は命懸けであなたを守ります。王太子妃候補がどれほどの人数来るかご存知ですか?」

「いいえ・・・」

「今のところ92人と来ています。」

美月は人数の多さに驚いた。92人。その中から1人しか正妃にはなれない。むしろ、その中の誰も正妃にはなれないかもしれないのだ。

「現王の王妃様も数回暗殺されて入れ替わっています。それほど王妃争いは命懸けなんです。美月様に私を付けられている。それだけでも、ガノッサ様は貴方を一目おいている証拠です。」

クロスガイアだと解っている少女をつけた。でも・・・

「無理・・しないで。清良さん。」

美月は知っていた。力を行使することは、体力を消耗すること。それも、命を削るように。特に女である清良さんは著しいはずだ。

「心配して下さるんですね。」

清良は笑顔だった。

「新鮮です。心配してもらうなんて。」

清良はそう言うとそのまま美月の両手を握り締めた。

「強制的に体力を作る為に、果てしないほど訓練されています。何度も死にかけるほど力の行使を強制されましたが、結局こうして生かされているんです。貴方の命を守る。それが今の私の希望です。」

「訓練・・?」

「まぁ。この体を見られてはあまり言い訳もできませんが、拷問も随分されました。成果がなければ許されない。それがシャストリアルダです。」

・・・成果・・・

レオンが言っていた人を助けるという成果が上げられなければ、私も同様に拷問されるのかもしれない。美月はりんごを切る包丁を握っている手に思わず力が入った。

そうして美月はそのまま牛乳をあっためて、備え付けられていた紅茶でミルクティーを2人分いれた。

「一緒に飲みましょう。」

美月は温かいミルクティーを清良に差し出した。清良は笑顔で受け取ると、両手で口に含む。美月はアップルパイをオーブンの中に入れると、晩御飯の材料を頼んでいたので、清良の分と2人分料理を作り始めた。

「清良さん。好き嫌い、あります?」

「え・・・そんな。御飯は私が・・・。」

「作りたいの。一緒に食べて。一人分作るの慣れてないのよ。」

「何でも食べれます。でも、できれば・・・」

清良は少し遠慮したように

「和食が食べたいです。」

と小さい声で照れながら言った。

「じゃぁ、和食にしますね。そこで座っていて。」

美月はそう言うと、料理を始めた。アップルパイが焼ける匂いがしてくる。そうして美月は笑顔で備え付けられたカメラに向かって

「もうすぐ焼けますよ。焼きたてにバニラアイスクリーム、お母様はよくのせてくれていたの。そうやって食べません?紅茶入れるから、よろしかったらおいで下さいな。レオン王子。」

美月の声に王子は反応がなかったが、数分後部屋の扉を開けて入ってきた。

「貴方は、カメラを僕への通信手段としか思っていないのですか?」

「パソコンから呼び出すより、手間がかからないから。便利は便利ですよね。」

オーブンから焼けたアップルパイを取り出すと、焼きたてを四等分に切り、バニラアイスクリームを添えて、ストレートの紅茶に薄く切ったりんごを浮かべて王子に差し出した。

「3歳のときの味の記憶で作ってるから、同じ味じゃないかもしれませんが・・。」

笑顔で差し出すと、王子はフォークでアップルパイのりんごだけを取り出して口に含む。すると少しだけ考え込んで、そのままあっという間に完食してしまった。美月はそれをまじまじと見つめながら、晩御飯の支度に勤しんでいた。

「同じでした?」

「ええ。バニラアイスクリームは初めてでしたが、とても良く合いました。沙都花のと似ていて、でも少しだけ、子供っぽい、貴方らしい味でした。」

レオンは綺麗に食べ終わると、そのまま美月が調理する台所へお皿を返しに来た。美月はその行為に少し驚いた。片付けなど求められないはずだ。彼は皇族なのだから。でも片付けることが当たり前に習慣づいているように見えた。

美月は皿を受け取ると、

「晩御飯、和食作ってるんですけど、一緒に食べます?いろいろ聞いたいこともありますし。お時間あればですけれど。」

「聞きたいことですか。」

レオンは一瞬考えるが、

「僕も話したいことがありますし、食べます。このままここにいていいですか?」

「ええ。」

そう言うと、そのまま調理台の横にたつと、作っている姿をまじまじと見つめる。

「毒なんて入れませんよ。」

美月が笑顔で言うと、

「興味あるんです。料理。」

そう言って結局がっちりガードされるように見つめられるので、少しつくりづらくなってしまった。その間、清良は部屋の扉の前に緊張した顔で立っていた。レオンを見る瞳に少し不安と憎悪を感じる。この2人は昔から何か繋がりがあるということだ。

「本当に料理上手なんですね。沙都花はアップルパイだけでしたよ。作るの。」

「そうでしょうね。母はお嬢様育ちで、結婚するまでそれこそ、自分の荷物も自分で持つようなことがない生活していたようですから。父を好きになって、父がアップルパイを好きだったから、アップルパイだけ毎日毎日焼き続けたって聞いています。」

「理人、アップルパイが好きだったんですか?」

「そう。あまりに毎日食べさせられるから、最後は大嫌いになったみたいですけど。」

両親の数少ない情報だった。よく集君が、昔の沙都花みたいだって私が毎日アップルパイを焼いている時に言っていた。海里がアップルパイ嫌いになるから辞めとけって散々言われたけれど、なぜか父と違って毎日毎日食べさせられても、海里のアップルパイ好きは変わらなかった。集君がその姿を見て、よく信じられないといった表情をしていたくらいだ。

「沙都花が一方通行で理人が好きすぎて、私が100愛しても1も返してくれないと良く笑っていました。そういえば。」

レオンが笑いながら言う。

「本当にお母様のこと、よく知っているんですね。レオン王子。」

私の言葉に

「シャストリアルダ王に子供、何人生まれたか知っていますか?」

唐突に質問してきた。

「王様って位だから、沢山いるんじゃないんですか?」

「そうです。僕が認識している限り、79人です。」

・・・・想像の数倍の数を挙げられた。

「僕の母は、王妃争いになんて程遠い立場だったんです。日本から連行され、隷属されていた美しい娘だったそうです。軍人の世話をする奴隷といえば聞こえは良いですが、用は娼婦のようなことをしていたんです。」

・・・王子の言葉に美月は火を止めて、まっすぐ聞くことにした。

「隷属されていた娘は妊娠した場合、生んだ子供はDNA鑑定を必ず受けることが義務づけられています。国で管理されている軍人や高官等のDNAと称号させ、誰の子供かをハッキリさせるためです。貴族は子供を多く持つ方が良い。それだけ政治的取引材料になるし、また子供は取引材料とされる為、暗殺もされやすい。数多く保護しておく必要があるんです。下級軍人との子供だった場合は、まぁ、その子供も捨て置かれることが多いですが、僕はDNA鑑定で現国皇の子と判断された。母は隷属から妾へと昇進し、後宮に入れられました。」

「それって・・・」

「そう、母は偶然、国皇の子供を生んだ奴隷なんですよ。当然後宮に収まった母に待っていたのは、壮絶な差別。そうして母は4歳の僕を残して、自害しました。」

・・・それは何となく想像がつく。昔から皇妃争いや、王位争いは殺戮の歴史だ。

「僕は母を失った、奴隷の息子です。そんな僕をその時期、人質として連れてこられた沙都花が、1人で閉じ込められているだけは暇だから、暇つぶしに育てさせろと王に交渉したそうです。たまたま目に入った日本人顔の子供だったからだと沙都花が笑っていましたが、彼女がそれを申し出なければ、僕は恐らく城の隅でくすぶり、いても、いなくてもどうでもいいゴミのような王子だったと思います。」

王子はその話をするときすら笑顔だった。

「沙都花はとても賢い女性でした。僕に勉強を教え、礼儀作法を教え、さらに剣術、武道、体力作り。生き抜くために必要な全てを、教え込みました。僕たちのように妾の子として生まれたら王位継承権はありません。ですが、王位継承権を持つ者から使命された場合、派閥として入り、その継承者が継承できるよう尽くすことができる家臣の立場がもらえます。ついた者が昇進すればするほど、自分の立場も上がっていくわけです。」

レオンは椅子に座る。その前に私が座る椅子もひいてくれた。

「王位継承権を持つ者は、最後、決闘と名のつく継承者争いが行われます。そうして命懸けで王位継承権を得るんです。その際に、連れ立ちとして1人補佐を付けれます。主には盾や捨て駒として使うんです。王位継承権争いに敗れれば、その王子に残されたのは死です。もちろん連れ立ちも同様です。僕はガノッサ皇太子殿下に声をかけられ、連れ立ちとされ、彼が王位継承権を得たことにより今の身分が保証されているんです。」

連れ立ち・・・

「沙都花が教えてくれた全ては、僕が生き抜くために必要でした。ですが、それ以上にガノッサ皇太子殿下に使えることは、シャストリアルダで生き抜くために必要でした。だから僕が身分が上がれば上がるほど、沙都花は自分のところへ来てはいけないと離れていきました。アップルパイも焼いてくれなくなったんですよ。」

「王子にとってお母様って・・・」

「母親ですよ。あの人のおかげで今がある。沙都花は暇つぶしだって今でも笑いますけど。奴隷の妾の子供にしては大出世です。」

「でも、それは王子の努力でしょ。レオン王子が努力したから今がある。」

美月は笑顔だった。

「それは、王子が自分で手にしたものだわ。偶然、お母様が貴方をひろったのは運だけれど、それを活かせたのは王子だわ。」

「貴方は、そういってくださると思いました。沙都花の娘です。やっぱり。」

そう言うと、ほんわりとした空気が流れた。

嫌味な人だと思っていた。でも、本当は少し違う。彼は生きて生きて生き抜いてきただけだ。生き抜くためには皇太子殿下に使えるしかないのだ。

「と、いうわけで、僕はシャストリアルダで貴方の後見としてつきますが、恐らくお役にはたてませんよ。今でも影で奴隷の子と、馬鹿にされていますから。」

「言いたい人には言わせておけばいいんじゃないですか。」

「僕もそう思っています。妬み、僻み、それを浴びれる立場になれたことが、僕にとっての誇りです。」

人間らしい表情を彼もするのだと思った。

「さて、貴方に92人の花嫁候補について話しておきましょうか。」

レオンはそう言うと、私は台所の持ち場へ戻りレオン王子と清良さんにお茶を渡すと、そのまま料理を再会した。

「92人の候補に皇太子は1日づつ訪ねます。つまり全員会うのに初めに3ヶ月かかるわけです。その3ヶ月の間でまず、妾として上階へ上がれるか、軍事隷属として地下へ押しやられるか決まります。シャストリアルダ国籍の娘は上階へ上がるか、自宅へ戻されるかの二択です。そして、その皇太子が尋ねる順番はクジですが、シャストリアルダ国籍優先となります。つまり、王子が早くに王妃を決めてしまえば最後、残りの者達はすべて、地下行きです。まず、貴方に求められるのは、クジ運ですね。」

「それは、運ってことですね。」

「そうです。運も実力のうち。まぁ、ガノッサ皇太子殿下は王妃になる可能性がある女性全てに会う方だと思いますので、会わずして終わることはないと思います。特に、貴方には一度は会いにくると思いますよ。」

「・・・まぁ、私は王妃になりたいなんて思っていないんで。それは、どちらでもいいです。」

私の言葉にレオンは厳しい顔をする。

「王妃になれなくても、最低でも妾として上階へ上がることは目指された方がいい。奴隷に残されている道は陵辱と拷問。それだけは覚悟して下さい。あなたが奴隷い落ちたら、沙都花に本気で殺されます。」

「お母様に殺されるほど、弱くはないでしょう?」

私の言葉に王子は表情を曇らせると

「私の剣の腕では沙都花には勝てないんですよ。あの人は達人ですよ。男女のハンデなんてものともしない。男顔負けの強さです。」

・・・母のイメージに剣が強いなんてのは破片もなかった。謎が深まるばかりだ。自分の母親ながら、全然イメージ通りの人ではないようだ。

「妾になれば、その・・・皇太子殿下との間に・・子供を作るってことですよね。」

美月は下を向いて、恥ずかしそうに言う。

「まぁ、そうなりますね。妾の子は、王位継承権がないので、最低でも側室に上がらないといけませんね。後宮に残る女性には妾、側室、声質の順で明らかな身分差が生まれます。皇太子に寝所に召し上げられれば、られるほど褒賞を多く貰い、自由になることが増えます。寝所に召し上げられた次の日、皇太子から贈り物が必ず贈られます。その贈り物の豪華さが、後宮にいる女性の品格に繋がります。」

・・・つまり、夜伽をして、褒美を貰い、身分をあげるシステムのようだ。美月はまったく興味が持てなかった。日本のえらい人たちが、期待しているようなことを、望んではいないのだ。ただ、静かに、暮らしたかった。

美月は料理がひと段落したので、手を止めると、自分のお茶を持ってレオン王子の前に座り直した。

「レオン王子は、私に正妃になって欲しいと思っているのですか?」

「ええ。」

即答だった。

「私、そんなに馬鹿じゃないんですよ。正妃をシャストリアルダ国籍の者から選ぶメリットってないじゃないですか。税収も減る。別に国内で片付けて、国外の綺麗な娘は奴隷にして軍の指揮をあげる。これが本来、シャストリアルダ側が行うメリットじゃないですか。」

「そうですね。本来はそうです。ですが、ガノッサ様は、恐らくシャストリアルダの姫君を選ばないと思います。あの方は、貴族も皇族もお嫌いですから。」

レオン王子がはっきりと、皇太子は国の高官が嫌いだと言った。だからこそ、奴隷の子供を連れ立ちに選んだのなら納得できる。

「それに、王子は完全実力主義です。美しいは、まぁ多少は見ると思いますが、何よりも賢い娘に惹かれるはずです。貴方は賢い。」

「でも、私は病弱です。」

「貴方は自分の魅力をまるで解っていない。あなたの遺伝子には、何にも変えられない価値がある。高遺伝子を持つ後継者。それは皇太子殿下にとってどれほど重要なことか。」

・・・なるほど・・・

遺伝子レベルでいえば、私はすごく価値がある。この遺伝子が、子供に遺伝するかは謎だが、それでも可能性がゼロではない。上手くいけば不老不死の夢すら叶う。そんなことを考えると自分自身でも、自分のことが恐ろしく思えてきた。

「晩御飯ご馳走していただけるのでしょう。少し早いけど食べませんか?」

「そうですね。清良さんも座って。一緒に食べましょう。」

美月の笑顔に清良さんは一瞬ためらうと、レオン王子も彼女の椅子をひいてくれたので、遠慮しがちに席についた。清良さんがレオン王子との間に距離を作っているのが解る。二人の間にも何かがあるのだろうという察しがついた。清良さんは決してレオン王子を良く思っていないことがすぐに解る。

レオン王子がシャストリアルダで決して明るい過去がないことも何となく解った。ミドルネームにつけられた「ハデスブレスト」で彼の扱いが何となく見えてくる。

ハデス=冥王

彼がシャストリアルダ内でどんな立場なのか少し想像もつく。彼の穏やかな笑顔の裏に、もしかしたら恐ろしい程の恐怖が支配しているのかもしれない。でも・・・私にとっては、彼は同じ母親を持つ兄弟のように思えてきた。

多くの人質をとり、畳み掛けるように私の周りの大切なものを奪った。

殺してしまいたいと思わなければいけないはずなのに、なぜか思えない。

とても不思議な感覚だった。

美月は3人分の食事を並べると、2人は丁寧にいただきますと言い、食事を食べ始めた。

それからは、会話もほとんどなく、レオン王子が最後にご馳走様でしたと言って、部屋を後にするまでほとんどはなさなかった。清良さんがお風呂にお湯を貯めてくれたので、私はそのお湯につかりながら、いろいろ考える。

送りっぱなしのメールを、海里も暁君も読んだのだろうか・・・。

そんなことを考えながら、お風呂から上がり、窓の外を見ると、空には満点の星空。あの病室の壁に散りばめらた星座と、同じ星座を探しながら、美月はベッドに潜り込んで、静かに目を閉じた。


眠れるわけがない。


もともとグダグダ考えてしまう性格なのは、自分でも解っていた。

この選択に後悔がないと言ったら嘘になる。

今まで自分が、どれほど守られてきたのか、ここ最近嫌という程自覚できた。

守られない人生が、どれほど大変かも何となく解る。


そして、何よりも今痛烈に思い知る・・・

海里に会いたい・・・

海里が傍にいると、落ち着いて、考えることを辞めれて眠れる。

すっかり体の中にまで海里が染み渡っているのがよく解った。


結局、涙が溢れ出したら、止まることがなくなった。

声を出さずにただ、ひたすら泣く。朝まで、ひたすら・・・。

朝になったのでベッドから抜け出して鏡を見ると自分でも驚く程目が腫れてブサイクになっていた。清良が冷やすものをそっと渡してくれたので、目にあてがってみても、ちっともスッキリしなかった。

「ずっと、泣いておいででしたか?声をかけてくださればお話くらいお聞きできましたよ。」

清良は笑顔で朝食を机の上に乗せてくれた。

「ありがとう。清良さん。」

私はそれだけ言うと、目の前に運ばれた朝食を少しづつ口の中に含みながら、窓の外をそっと見た。


『MiZuKi Aishiteruyo Kanarazu Mukaeni Ikukara Mattete』


ほんの数秒現れた真っ赤な炎で作られた文字。そうして、すぐに消えた。周りの煙もすぐに風で飛ばされて、あっという間に証拠が消された。

そんな使い方もできるんだ・・・。止まっていた涙が瞳から再度溢れる。

「美月 愛してるよ 必ず 迎えに 行くから 待ってて」

そんなことは無理だ。シャストリアルダへ行くと決めた。迎えにこられても、後宮へ収まれば決して出ることは許されない。覚悟を決めていた。自分の人生と引き換えに助けたいものがある。その助けたいものの為に犠牲になることは、あの日命を終わらせてしまった人への罪の代償だとすら思っていた。

なのに、今、こんなにも、言葉が胸に響く。美月は掌に小さな光の塊を作ると、その文字があった場所めがけて投げる。

その小さな光は『読んだよ』という合図だった。



こんな暁様を見たのは、あの足を失って以来だ。御風はそう思いながら、部屋の隅にただひたすら立っていた。暁がベッドにひれ伏すように泣いていた。1人になりたい時もあるのだろう。だが、今目を離せば、また昔のように自殺を考えるかもしれない。そう思えば、見守るしかできなかった。

携帯電話のテレビをヘッドフォンで聞くと、常に美月のことが取り上げられていた。それは御風でも解る、棒読みの言葉と、後悔が映る瞳。それでも、日本の希望となっている自分を知っている彼女は、できる限り精一杯の優しさで取材に接しているのが解った。

風にのって、いろいろな声を聞くことができる御風には、彼女が差し出されたことを北叟笑んでいる政治家の声も聞こえた。

『王妃になったら儲けもの。奴隷になっても、国からの徴収税が上がることはないから、本当に馬鹿な女だ。奴隷になりにいくようなものなのに。』

そんな声ばかりが聞こえてきて、苦しかった。御風にとっても美月はもう他人では無かった。主人を抜きにしても、彼女は大切な友人の1人だと心から思えた。

御風は集中して、シャストリアルダ大使館の中から風を使って、美月の居所を探してみた。暁に目をくばりながら、探すのは少し体力がいるが、それでも、今彼女がどんな風に過ごしているのか、その片鱗だけでも知りたかった。

そうしてみつけた彼女の声は、ただひたすら声を押し殺すように泣いている小さな呻き声だった。1日たって落ち着いて、後悔しているのかもしれない。御風はその泣き声をなぜか聞いていたかった。そして、その声を暁の耳元へ運ぶ。

「御風・・・」

「美月様のいる場所をシャストリアルダ大使館で探しました。随分時間がかかりましたが、場所が特定できたので、彼女が今何を話しているのか伝えられるようになりました。」

御風はそう言うと起き上がってきた暁の耳元に声を運ぶのを辞めた。

「2時間前に見つけた声です。ずっと、泣いておられます。」

御風の言葉に、暁は自分の涙を拭くと

「後悔・・・してるのかな。それとも、これから先が不安なのか。何より、美月にとって初めてなんじゃないのかな。1人になるの。」

暁はそれだけ口にすると、

「御風・・・お願いがあるんだ。シャストリアルダ大使館で美月が窓の外を見た瞬間教えてくれないか。」

「かまいませんが・・・」

「僕が空にメッセージを書くから、書いたメッセージを瞬時に風で飛ばしてくれ。」

・・・暁の笑顔に御風は少し落ち着いて

「解りました。美月様にお伝えしたいことがあるのですね。」

御風はそういうと、すぐに車の手配をして暁を大使館付近のビルにつれてきた。そうして暁は何度か地上で炎をあげる練習をする。火は驚く程綺麗に操れる。火は人を殺すだけでなく、活かす力もある。間違えれば大きな事故を招く。そう気づいてから相当な練習をしたのだ。

御風の合図が来る。そうして暁は集中して美月の部屋の窓から見える向きで花火のような文字を打ち上げた。

『MiZuKi Aishiteruyo Kanarazu Mukaeni Ikukara Mattete』


その文字は御風がほんの数秒ですべて風で吹き飛ばし、煙すら残さないようにしてくれた。そうして暁はその場で空を見つめる。美月が見てくれたかは解らない。もしかしたら御風のことだから彼女の声を耳に運んでいるかもしれない。後で聞いてみよう。暁はそう思いながら文字が消えたあたりを見上げる。そこに大使館から小さな光の玉が飛んできて、小さな満月のように見えた。

美月が見てくれた。そうして美月が返事をしてくれた。あの小さな光はオーラの塊。お月様色は美月の光だ。暁はその光で心が少し軽くなった。そうして御風と合流して

「行こう。御風。西垣内病院へ。美月を迎えに行くためにこの力をどう活かすか、大河先生に聞いてみよう。それがきっと1番近道だから。」

そう言うと暁は車に乗り込んで、西垣内病院へ急いだ。



研究病棟へつくと、そこには西垣内がいた。ガラス張りのケースの中で意識を集中させながら力を使っている。顔からは決意と怒りと悲しみを感じると暁は思った。

「来てたのか。藤堂。」

汗がグダグダで息切れしてでてきた海里は、暁に一瞬声をかけるも、渡されたペットボトルの水を一気飲みして、そのまま部屋に入ろうとする。

「海里。無理するな。死ぬぞ。」

そんな海里に大河が声をかける。

「無理しないと間に合わない。一刻も早く、完成させないと。使い続けても尽きない体力作りと、すべてを終わらせる・・」

そんな海里を見て大河はため息をつくと

「美月ちゃんは、海里が無理すると、悲しむ。わかるだろ。助けたいのはわかるが、無理ないように助けないと、また美月ちゃんに私のせいで海里が・・って逆効果になる。」

父は冷静だ。そして、間違いなく、美月の性格も理解していた。

「西垣内。」

「なんだよ。」

「俺も一緒にやる。考えてることは一緒だ。」

暁はそう言うと、海里が入っている部屋の中に入った。

「大河先生。僕もやります。力について聞きたければここに来なさいと仰ってくださいました。僕は美月を助けたいんです。」

そう言うと、暁は意識を集中させて、体の周りに赤色のオーラを纏う。海里はその暁を見て、対抗するように青色のオーラを纏った。

「美月を助けるのに、藤堂の助けはいらん。俺1人で何とか・・」

海里の言葉を遮るように

「海里。クロスガイアは・・」

「嫌だ。1人で助ける。美月を藤堂に助けさせたくない。」

子供っぽいヤキモチだ。海里は自分でも解っていた。クロスガイアと名付けられた意味。それは交わることで強くなる。単体能力である、光と音以外の4能力は他の能力者と交わることで本来の意味をなす。解っていても、それが強くなる最大の要だと知っているけれども、暁に美月を助けさせるなんて絶対に嫌だった。

「美月を助けることを最優先にして、自分の嫉妬心を捨てられないなんて、西垣内って案外子供だな。」

暁は大きな声で言うと、纏うオーラを放出させ、掌に炎の塊を生成する。

「美月への思いをセーブできるなんて、藤堂こそ、本当は対して美月のこと好きじゃないんじゃないのか。」

海里はそう言うと対抗するようにオーラを纏い掌に大きな水の塊を生成していく。

「馬鹿いうな。西垣内。僕は美月に選ばれたんだ。」

「は・・・他のガイア能力に負けて傷つけたんだろ。」

暁は一瞬バツの悪い顔をするも

「手を組んだ方が、美月を早く助けられるって言ってるんだ。西垣内、美月が軍属の奴隷に下げ渡される前に決着をつける為には時間がないんだよ。他の男が美月を陵辱するなんて、耐えられるか?」

暁の言葉に海里はその掌に作った大きな水の塊を投げ飛ばす。

「手を出させないし、手をだした男は全員水死だ。水死はお前もだ。藤堂。」

暁はその飛ばされてきた水の塊に、自分の炎の塊をぶつけ、温度を上昇させて、その塊を蒸発させた。部屋はその蒸発した温度で一気に気温が上昇し、それは人が耐えられる温度ではなくなっていた。海里は強く念じて氷を作ると、部屋の周り一体に氷を這わせ、その上昇した気温を下げることに専念した。

「手を組むのは助けるまでだ。その後は、美月が決めることだ。」

暁の言葉に

「解ってる。いいか、藤堂が弱いから助けてやるだけだ。それだけは譲らんぞ。」

海里はそっぽ向いたまま部屋の外へ出て行った。残された暁は、海里が投げたヘッドフォンを耳につけると、大河から意識の集中の仕方。力の開放の仕方を聴き、その通りに訓練していた。海里はその姿をいつも美月が眺めていた場所から見ていた。悔しいけれど、息切れが激しくて、消耗した体力で自分の体のいろんな場所が痛い。

そんな海里の傍に御風がくると、御風は海里をその場所にうつぶせで寝かせると、筋肉をほぐすマッサージを始めた。

「里見・・・」

「主人の意を組んでくださってありがとうございます。」

里見の素直さに、海里は俯せのまま顔を見ないようにしていた。

「西垣内、俺も手伝う。蘇芳様は主人の愛する人ですが、私にとっても、もう友人の1人です。彼女が泣いています。1人になって、これから先に不安を感じて、泣いているんです。」

御風はそう言うと、美月の部屋で美月が話している音を風を通して海里の耳元と自分の耳元に運んだ。御風は、また美月が泣いていると思うと心が痛かった。女性に対して、こんなにも心が痛くなるのは初めてだ。海里はその美月の声を聞いて、ますますうつ伏せの顔を上げられなくなった。

―海里・・・海里がいたら・・・駄目・・・でも・・・―

美月が自分の名前を呼びながら泣いていた。1人が苦手なはずだ。子供の頃は雨が降っているだけで1人で寝るのが怖いと、人のベッドに潜り込んでくるような女の子だ。それは今でも一緒で一人になりたくないとき、必ず連絡してくる。それが家族としてでも、海里にとっては幸せで、すぐに駆けつけて、傍にいることができる時間が本当に幸せで、満たされていた。美月は決断を後悔しているのだろう。もしくは、その決断に対して、不安しかなくて、きっと夜も眠れていないんじゃないか。海里は心配になった。

「里見・・美月はずっと泣いてるのか?」

「昨日美月様のいる場所を特定できてから、2時間に一度は最低チェックしています。そのほとんどの時間で、咽るように独り言を言いながら泣いておられます。」

そう言うと

「そのほとんどで、貴方の名前を口にしています。暁様には内緒にして下さい。」

里見はそう言うと耳元で小さな声で

「美月様は、西垣内のことを、とてもとても信頼しているのだと思います。海里がいないと眠れない・・と泣かれていましたよ。昨晩。」

里見の言葉に海里は涙が溢れてきた。考える時間を与えないように、美月に決断を畳み掛けてきたレオンの戦法は美月を手に入れる為には正しかった。美月はまんまと考える時間を与えられないまま大使館へ行ってしまった。学友も施設の子供も、弱いものを沢山人質にして、このままだと人質がどんどん増えるように仕向けていた。美月は優しいのを知っている作戦だった。解っていたのに、説明してやれなかった。美月の決断で、命を盾にとられて、最低だ。やっぱり、閉じ込めても行かせちゃ駄目だったんだ。

「私も、蘇芳様をお助けするには時間に猶予がないと思われます。彼女のつぶやきの中に、こんな言葉がありました。守ることは今私がここに来るしかできなかった。死ぬことはいつでもできると・・・」

里見の言葉に海里は思わず二度見してしまった。

「自殺・・・まだ考えてるのか?」

「考えておられました。ですが、彼女の死は日本の希望を閉ざすことになります。ニュースを見てもわかるとおり、彼女が正妃になれるかもしれないという希望は、この国には必要で、それは蘇芳様も理解されているようです。それが、自殺すらできない理由。」

・・・どこまで、美月を追い詰める。シャストリアルダは。

海里は怒りで胸が張り裂けそうだった。3歳だった美月から両親を奪い、今、心も体も、すべてを奪われた。命すら握られている。

「西垣内、主人は恋敵だと思います。ですが、暁様が生きていくのにも、蘇芳様を愛することが必要でした。貴方が蘇芳様を心の支えにしていらっしゃるのと同様です。私の能力は風です。水とも火とも相性の良いクロスガイアだと思います。使い道があったら仰って下さい。貴方の力になります。ですから、蘇芳様が泣かなくていいように、して差し上げてください。」

頭を下げる里見に、海里は

「当然だ。美月は守る。でも、藤堂でも美月は渡さない。」

「その後は、美月様が決めることだと私も考えております。」

そう言いながら訓練室の暁を2人で見た。汗だくになりながら、息を切らせながら、執念で力を訓練してる姿がわかる。海里は必死な姿を初めて見たと思った。それだけ本気だということだ。負けられない。男として。海里はそう思うと、流し込むように用意されたご飯を喉に通すと、となりの部屋にある筋トレマシーンで訓練を開始した。

御風はそれを見て、自分も来るべき日の為にと考え、海里の横でマシーンを動かすことにした。


部屋の扉の鍵が空く、大きなガチャンと響く音が聞こえた。

そうしてまた誰かが入ると、大きなガチャンと響く音で扉の鍵がかかる。

美月はもう1日ベッドの中でずっと丸まっていた。足音で何となくレオンが部屋に来たと解ったが、起き上がる元気もなかったので、そのまま無視していると、


バサン


と思い切り布団が剥がされた。そして予想どおりのレオン王子の姿がそこにある。レオン王子は私をそのまま抱き上げると、一枚の紙を渡し、数人の女性に取り囲まれ、あっという間に化粧と衣装を施された。晴れ上がった目の下には入念にコンシーラが塗られ、あの腫れぼったい顔がよくもここまで化けたと美月ですら関心した。

美月は渡された紙を見る。そこには、驚きの内容が記されていた。

「・・・何ですか?これ?」

「読んだままです。貴方にはこの日本で最後にやって頂かなければならない事案です。」

美月は力無くその紙に目を通す。

「レオン王子。どこまで私を、貶めるのですか?」

「貴方を愛している男たちは、厄介な者ばかりです。実質、ガノッサ様にとって、ネックとなり得る可能性があります。だから、呼び出していただきたいのですよ。」

「お断りします。」

美月は瞬時に答えた。紙面に書かれた内容は、藤堂暁と西垣内海里の捕縛だった。実際、暁君や海里よりも、集君が最もレオン王子にとってネックになるはずだが、彼は集君の存在には気づいていないようだ。

「2人をこのまま置いていけば良からぬことを企む可能性があります。」

「2人を守ることだって、ここにいる大きな理由です。私は、私の守りたいものの為にここに来たんです。守りたいものの中に、暁君も、海里も入ってます。」

「そんなことは解っています。だからこそ、捕縛、もしくは殺害を企てているのです。藤堂家も西垣内家も大っぴらに日本で捕縛することはできないんです。貴方が手をかければ、殺害ではなく、捕縛ですみます。ですが、我々が全力で挑む場合、捕縛よりも殺害の方が簡単なんですよ。」

「レオン王子。海里様を殺害されるって・・」

清良が割って入ってきた。本来ならばそんなことする娘じゃない。

「黙れ、清良。お前には関係ない。」

レオン王子は清良を思い切り叩き飛ばした。細い清良は部屋の壁にバタンとぶつかって、小さなうめき声をあげる。

「清良さん・・」

美月は思わず清良を起こしに行くと、守るように前に立った。

「手を出さないで。」

「清良はなれていますよ。今のなんて暴力のうちにも入らない。それが奴隷として生きるということです。」

美月の距離0cmの所までレオン王子がくると、

「美月。貴方には立っていただかなければなりません。ガノッサ王子を愛するのに邪魔になるものすべて。」

冷酷な瞳。これがハデスと言われる所以なのかもしれない。

「私を信じられないのですか?」

「信じる、信じないではない。貴方が泣いている間、何度海里と呟いた。ガノッサ様の前で他の男の名前など呼んでもらっては困る。」

「そんなミス・・しないわよ。」

「信じられるか。自らの手で」

「無理。できないわ。海里も暁君も、差し出すなんてしない。」

「なら、殺害するまでだ。」

「まって・・・それは・・・」

私の言葉にレオン王子は再度振り向く。レオン王子は何かを、何かを私から引き出そうとしている。何が正解だ。今、何をいえば正解なの。美月は冷静に脳内で考える。

「選ばれてみせるわ。王妃に。私の全てを賭けて。だから私が王妃になれないと決まる日まで、海里と暁君には手を出さないで。」

美月はまっすぐレオン王子を見て言う。

「何を根拠に。」

根拠・・・根拠・・・

「貴方が選ばれると思って私をわざわざ迎えに来た。それが根拠よ。」

美月はまっすぐ大きな声で言うと

「海里と暁君が、何かしたときは、私が全力で止めるわ。ガノッサ皇太子殿下の敵になるようなことがあれば、私の力で2人を取り込む。私の命を盾に使っていい。それが、2人にとって、多分、最高に効力を発揮する一手になると思う。」

「愛されている自信があるのですね。」

レオン王子の言葉に、刺がある。

「ええ。自信はあります。でも、私はどちらも選びません。私が選ぶのはガノッサ皇太子殿下です。それで、貴方は満足なんでしょう。」

最後の言葉に本音の投げやりが出てしまった。そうして掌に持っていた紙面をレオン王子に向かって思い切り投げ飛ばしてやった。その紙を丁寧に広いあつめると、再度私に渡してきた。

「少し早いですが、本日の夜、内密にシャストリアルダ行きの飛行機に乗ってもらいます。あなたを日本に長く置いておくのはリスクが高いという僕の判断です。それとも、今晩その作戦を実行しますか?選ぶのは美月です。」

「行くわ。シャストリアルダ。迷うわけないわ。私は決めたことは、きちんと、全うするわ。」

私の答えにニヤリと笑うと、

「荷物を詰めてください。清良に見せていた西垣内海里の写真はこの部屋に捨てておいて下さいね。藤堂暁に貰ったもの。何もかもすべて。思い出ごと捨てて下さい。」

レオン王子の低い声。それはお腹にも、心にも響いた。やはり、私も王妃候補として扱われているように見えて、彼の手中で操られているのだと実感する。これが実践経験の差なんだ・・・。集君が言っていた、私の甘さだ。

「解ったわ。その変わり、清良も含めて、私が王妃になれないと決まるまで、貴方は一切手をくださないで。」

「解りました。貴方が王妃になれないと決まる日までは、3人は絶対に殺したり、捕縛したりしません。」

言い方に含みがあることは、気づいていた。

「傷つけるのも駄目よ。」

「それは、保証しかねます。」

レオンはハッキリ言うと、美月の掌に鍵を渡した。

「これは、貴方の後宮の部屋の鍵です。最初は候補者の間ですので、狭くて殺風景な部屋です。この部屋でガノッサ様に会った日の夜から、貴方の本当の行き先が決まります。これは、貴方の運命を決める部屋の鍵です。貴方と、藤堂暁と西垣内海里の運命です。」

小さな鍵には、綺麗なルビーの飾りがついていた。美月はすべての荷物を置くと、部屋の贈り物の中から、適当に着れそうな服と下着を選び紙袋にいれた。制服だけは何となく持って置きたくて、このまま着ていくことにした。清良さんにも必要そうな服をとっておいいと言うと、少し戸惑いながら欲しいものを集めていた。その中に一枚浴衣が入っていた。きっと、着てみたいのだろう。美月は何となく、自分も一枚浴衣を持っておくことにした。

「美月様・・・」

「大丈夫。貴方は絶対に解放させてみせる。もし解放したら手紙を書いてあげるから、海里の所を頼って。海里は優しいから、きっと清良さんにも良くしてくれるわ。」

笑顔で言う。清良さんまで傷つけたくなかった。クロスガイアというのもあるかもしれないが、確実に守ってあげたい1人になっていた。

「でも・・・もし美月様が隷属・・」

「大丈夫。私もクロスガイアの1人。隷属にするような使い方はきっと、されないと、思う。」

「美月様のクロスガイアの力って・・・何なんですか?」

清良が力を知らないのだと実感する。

「不老不死が叶う力。命の選択とでも言っておこうかな。」

美月はあまり詳しく話したくなかったので、そのまま小さな声で言った。

そうしてもう一度あの重たい鍵の空く音がした。

足音がほぼしない丁寧な歩き方の人が近づいてくる。最近足音で誰かを見分けられるようになってきた。生きていく為に感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。

「失礼いたします。」

・・・

そこに入ってきたのは、

「日生君。」

「お兄さんとは、やはり言ってはくれないですね。あなたとの血縁関係がハッキリしていて、日生家の力を使って、貴方に会いにきてしまいました。先視の力でこうなることを曲げてみようと思っていたのですが、運命には抗えないものですね。」

笑顔・・だった。その笑顔に胸が少し落ち着いた。

「水都清良様。貴方のことも存じています。まだ僕が幼すぎて、貴方がさらわれる意味を理解できず、お助けすることができませんでした。すべては僕の責任です。」

日生君は清良の方をみて大きく頭を下げると再度、私の方を見た。

「力を使う時、これを使って下さい。」

巾着袋にはいったかなりの大きさのムーンストーンだった。

「あなたは美月という名前にちなんでムーンストーンがお好きだと聞いたので、この石に込めました。この中に満月の力を少しだけ封印してあります。その増幅アイテムだとお考え下さい。レオン王子にこの石を渡すことで、彼女の体力の消耗が少し和らぐとお話したら、会わせていただけました。まぁ、僕と貴方が恋するなんて血縁情ありえないことも証明できますしね。」

美月はその石を掌に置くと、確かに、冷たいはずの石から強い何かを感じることができた。

「必ずこの石は貴方を守ります。」

「日生君。日生君の先視では、私の運命はどうなるか、解かっているの?」

私の言葉に日生くんは下を向く。

「必ずそうなると保証はされません。僕だって失敗することは、あります。でも、僕には貴方の未来が見えています。」

日生君はそう言うと私の両手を握りしめて

「どうぞ。お心を確かに。貴方の心が新月に取り込まれないことを、心より祈っています。5分と約束しています。この石を直接渡したかった。それがかなったので、僕は失礼します。もし、王妃婚姻になった際は、僕も結婚式の出席することになっています。その時に会えたらいいですね。」

満面の笑顔で言うと、さらりと巫女装束を翻し、その場所を去っていった。美月は巾着袋の中に入っているムーンストーンを取り出して掌で確認する。そうして巾着袋の底に、何あ解らない物が入っていることに気づいた。けれども、今開けると、レオン王子にばれてはいけないと思い、そのまま巾着袋に石を戻すと、荷物の中に入れた。

そうしてその夜、美月は政府専用機で、シャストリアルダへ立った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロスガイアー闇に交わりし者ー 小林華子 @Hanaco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ