(2)東公国騎士団・特務警備隊


 舞踏会開始、約2時間前。


 「ほう、凄いな。さすが東公国の華、個有爵位・公爵の御令嬢。以前より更に輝いている」

 隣からの声に 緊張して視線を上げた新米隊員は、特に目立たない馬車が街路ではなく南側の郊外から ゆっくり近付いて来るのを確認した。


 だが、何が凄いのか分からない。


 彼が不審そうな顔をしているのを見た指導員は、強い言葉で叱咤した。

 「バカ者! 警備に着任したら常時『眼』を開いておけ」

 当然の指摘に、彼は慌てて『眼』を開いた。


 東公国において 公国騎士団・特務警備隊に、彼が配属された理由がこれである。というか、これが全てだ。

 精霊を見る『眼』を持っている事、ただそれだけだ。


 精霊といっても特に変わったモノではない。

 動・植物を問わず生物は、必ず、程度の差こそあれ魔力を持っている。四種精霊の何れか1種、あるいは相乗性の高い2種類に、必ず該当するものなのだ。

 特に人間を含む動物、特に恒温動物の それは明確に表れる。いくら気配を消しても、魔力に反応する精霊を隠す事は出来ないのだ。


 精霊眼。東公国騎士団・特務警備隊員だけが持つ特殊能力である。監視と護衛には、最適な能力といえる。

 この能力者を判定する事が、王国にも、他の公国にも出来ないのだ。


 特務警備隊員の特技と言える、四精霊のを見る『眼』を持つ者は希少まれだ。

 新米隊員には それがあった、それだけの事である。


 彼の視界が切替わった。

 「!」


 新米隊員は、強烈な光に 視神経が焼け切れそうになる程の衝撃を受けた。

 反射的に『眼』を塞いだものの、膝を突きそうになった彼の身体を慌てて支えながら、指導員が小声で謝罪した。

 「済まない。注意するのを失念していた。訓練通りの半開で見たのか。

 八分はちぶに……いや、その半分で良い。『眼』が潰れる」


 新米隊員は返事をして、訓練で受けた通りに『眼』の感度を調整し、姿勢を正し、改めて それを見た。


 彼は目の前に展開された光景に息を呑んだ。

 そして指導員が漏らした言葉の意味を理解したのだ。こんな事は通常あり得ない事だ。


 全種の精霊が集まっているなんて。


 さっきまで ありふれた馬車に見えていたものが、光輝に包まれている。

 四精霊4色相の、無数の明度、無数の彩度、そして さまざまな大きさ、さまざまな形状の精霊が馬車を取り囲んでいた。

 全く相克を起こしているようには見えない。


 新米隊員は、馬車が見えなくなるほど多くの精霊群なんて初めて見た。

 ちらりと見えた(馬車の)車体が金色こんじきに輝いている。

 まさか車体まで精霊で出来ているのか。馬も、まさか御者も精霊なのか。

 彼の膝は細かく震えていたが それにも気付かないほど、その有様に魅入られていた。


 「おい おい。こんな事で驚いていたら『姫様』を見たら腰を抜かすぞ」

 指導員に 背中を強く叩かれた事で現実に戻った新米隊員は、係留場に(あり得ない程)静かに入って来た馬車を確認した。

 やっぱり精霊で出来ているようだ。


 「今日もダンスは なさらないのだろうな」

 指導員の声は、少し寂しそうに聞こえた。


 「ダンス、しないのですか」

 舞踏会なのに? じゃ何のために来たのだろう。新米隊員の頭上に 大きな 見えないクエスチョンマークが浮かんだ。


 「彼女に相応しい相手がいないのさ」

 隣の声には苦い、そして少しばかり嘲りの響きがあった。


 来賓用の係留場には、まだ他の馬車は来ていない。


 馬車が完全に停ったのを待って、何処からか現れた黒衣の男性が、その扉を開け 挨拶をしてるようだが、新米隊員には 雨のせいでか声は聞こえない。


 優雅に、ゆっくりと 令嬢が馬車の出口に移動しているのが見えた。だが、誰も傘を差し出そうとしていない。


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