第9話 恋する妖怪はめぐるがお好き!?②

 次の日、めぐるとサキは部活帰りということもあり、小腹をすかせていたのでちょっとした寄り道をしようと駅近くの商店街に足を運ぶ。サキがめぐるに話しかけるのに対して彼女はどこか上の空気味であった。


(今日はあのぬりかべにまったく遭遇しなかったわね――)


 部活が終わるまでただの一度もぬりかべがめぐるの前に姿を現すことはなかったことが原因である。昨日はあれだけ神出鬼没だった妖怪がぱったりと現れなくなるとさすがに寂しささえ感じてしまう。それに、まだきちんとお礼が出来ていないことも彼女には引っかかっていた。

 そんな思いを巡らせながら様々な店が立ち並ぶアーケードを歩いていると、突然サキが「そうだ!」と何かを思い出したかのように声をあげる。


「最近美味しいスイーツで有名なオシャレなカフェがこの辺にできたんです! せっかくだから寄ってみませんか?」

「あ、それ知ってる! 行ってみたかったのよね~」


 浮遊してためぐるの思考は強引に戻され、サキの提案に意気揚々と賛同する。スマホで店の場所を調べていると、なにやら向こうの大通りの方でのっぴきならないほどの大きな音と悲鳴が聞こえる。

 その音につられるように2人は、何事かとすでに集まっている多くの野次馬に混じって様子を見に行く。どうやら交差点で複数の自動車が玉突き事故を起こしたらしい。しかし幸い運転手はみな怪我は軽く、無事の様である。

 ボンネットがへしゃげた愛車をなでつつ「まだローンが残っているのに……」と嘆くものがいれば、「お前が急に止まるからだろ!」「いや、お前だろ!」と、口論しあうものもおり、現場は混とんとした状態になっていた。


「あっちゃー、派手にやっちゃったわね」

「こんなに大きな事故が起こるなんて珍しいですよね」


 めぐるたちが遠巻きに眺めていると誰かが呼んだのか、パトカーと救急車がすぐさまやってくる。ずっと見ていても仕方ないと思ったのか、「あたしたちは行こっか」と言うめぐるに「はい」と返事するサキ。サイレンの音を聞きながらその場を後にしようとしたその時、再び大きな衝突音が背後から突き刺さる。

 突然の音に驚いて振り返ると、向こうからやって来た緊急車両たちが他の車同様に事故を起こしていた。サイレンもすっかりと情けない音に変わってしまい、鳴りやむ様子がない。

 ひっくり返ったパトカーと植木に突っ込む救急車、その場にいた誰もが信じられない光景を目撃したといわんばかりに目を見開いて固まる。誰かが発した言葉にめぐるは耳を疑った。


「な、なぁ、いま明らかに何もない所にぶつかったよな……?」

「お、おう……。と、言うよりも見えない何かにはじき飛ばされたって感じだったような……」

(――見えない何かって……。ま、まさか……ね)


 周りの声に耳を傾けていると、突如として交差点の信号機がくの字に折り曲げられる。あまりにも不自然な状況にさらにどよめきは大きくなる

 頭の中に昨日の朝からめぐるを取り巻く怪奇現象がよぎる。だが仮に彼女の想像通りであったとしても目の前で発生した事故は間違いなくヘルガイストが関わっている。そう思ってすぐさまスマホを取り出して晴明に通話をかけようとするが首を振る。


「晴明に連絡……ってまだスマホを見てないか! サキ、学校に戻って晴明を呼びにいくよ!」

「わ、わかりました!」


 めぐるは晴明に見せるべく現場の映像をスマホに収め、メッセージを添えて送信する。地面に置いていたカバンをかけなおし、ストラップを両手でぎゅっと握る。どよどよと集まる野次馬たちの波を縫って広い通りに出ると2人は学校へいそぐ。


(晴明はぬりかべが人に危害を加えるような妖怪じゃないって言ってたんだから大丈夫……よね?)



 ☆☆☆☆☆



 学校へとたどり着き、校門をくぐろうとしたとき、走る晴明と康作にバッタリ出くわす。かなりの距離を走ってきたため肩で息をするめぐる、彼女が呼吸を整えている間に晴明が先に口を開く。


「商店街にヘルガイストが現れたんだって?」


 晴明の問いに彼女はコクコクと首を縦に振り肯定する。


「どんな奴だった?」

「……スゥ、ハァ――。……それが姿は全く見えなくって。でも交差点で車を次々となぎ倒したみたい。もしかしたらまだ……」


 そこまで説明すると晴明は口元に拳をあてて何かを考えるようなそぶりを見せる。


「昨日も似たようなことが実はあったんだ。ウチの学校周辺から町の中心部にかけて車やら郵便ポストやら、いろんなものが破壊されててな。最初は不良のやからがやったんじゃ、って話だったんだが違ったんだと」

「どういうこと?」

「その現場を目撃した人がいるんだ」


 晴明は一呼吸おいて答える。


「ものがひとりでに壊れる瞬間を見たってな」


 めぐるの目は大きく見開かれる。先ほど目撃した信号機が折れる場面と似たような状況だからだ。おそらく事故を起こした車もそうだったのだろう。めぐるの頭にあのぬりかべの面影が浮かんでは、たびたび小さく首を横に振る。康作が「どうしたんじゃ?」と顔を覗かせて尋ねてくるが、どう答えたものか分からない。


「とりあえずここで話しててもなんだ、現場に向かうぞ」


 そう言って晴明たちは商店街に向けて走り出す。が、呆然としていためぐるは疲れではない別の力によって走り出すのが遅れた。



 ☆☆☆☆☆



 商店街近くは混乱の極みにあった。事故車だけでなく店舗のショーウィンドウや植木までもが見るも無残に荒らしに荒らされていた。その際に怪我人も出たようで、別の救急車が何台も止まっている。


「ひでぇな……」

「じゃな……」


 想像以上に凄惨な現場を見た晴明と康作は言葉を失う。だがもうその場にはヘルガイストの姿、気配はない。


「でも晴明先輩、ここからどうやってヘルガイストを探すんですか?」

「ヘルガイストは足跡のように残留思念を残すんだ。それを追っていけばいずれ鉢合う。今回みたいな凶暴な奴は特に強く残留思念が漂ってる」

「なるほど……」


 サキの質問に答えた晴明は形代かたしろを取り出して天に向かって放り投げる。すると紙人形たちは上空でレーダーの如くキョロキョロと周りを見渡し始め、やがて一か所に集まって矢印のような形を作る。どうやら西の方向にヘルガイストの念を感じたようである。


「あの方向って、ワシらの家がある方角じゃなかろうか……?」

「なんだって!?」


 康作の言う通り、確かに形代が指し示していた方向は住宅地のある方角だった。大通りでこれだけものを次々と破壊し、暴れるようなヘルガイストが狭い住宅地に入り込んでしまうとただじゃすまないかもしれない。それを知っためぐるは、胸の奥がキュッと締まるような思いがした。


「これ以上、町を荒らされてたまるか。行くぞ!」



 ☆☆☆☆☆



 やはり住宅街でもヘルガイストは暴れまわっていた、途中途中で折れた電柱や割れたブロック塀などを目にする。痛々しい光景に一同は顔をしかめていた。

 そんな時、晴明がヘルガイストの気に触れる。


「近いな、気配がする……」


 その瞬間、すぐ近くでドンッという音と共に土ぼこりが舞う。


「あっちじゃ!」


 康作の指さす方へ駆け寄ると、4人は資材置き場に出た。そこには盛られた土砂の山にH鋼が突き刺さった光景が広がっており、異様な空気感を放っていた。一見、何も見当たらない。しかし次第に舞っている土ぼこりが見えない何かに覆いかぶさり形を成していき、その姿を現した。


「あっ、あいつは!」

「そんな……。やっぱり」


 晴明の気づきに遅れてめぐるもそれが一体何なのか理解する。大きな厚みのある長方形に、短い手足が生えた独特な特徴を持ったシルエット。だが昨日めぐるが伝え聞いた印象とは全く異なっていた。

 一回り大きくなり、凄みを放つ姿はどこにも愛嬌はなく、どちらかといえば禍々しさすら持っているような、そんな雰囲気を漂わせている。

 遠巻きに様子を伺っていると、ぬりかべがゆらりと振り返る。めぐるは(目が合った!)と確信した。ハッキリとは分からないが、その時ぬりかべは彼女に物悲しげな眼差しを向けてきた。

 だがそれもほんの一瞬のこと、目つきが鋭くなると、突然そいつは足を振り上げて地面を蹴る。まともに立っていられないほどに地面がグラグラと揺れる。その力強さにたちまち圧倒される。



「アレって昨日先輩が言ってた……。まさかヘルガイストだったなんて」

「まだそうと決まったわけじゃないでしょ!」


 認めたくない。


「めぐるちゃんがそう言いたくなるのも分かるが、こればっかりはさすがにのう……。状況的に奴以外がヘルガイストだということはありえんじゃろて」

「サキちゃんと康作の言う通り残念ながらアイツがそうだ。この辺りでは奴からしかヘルガイストの気は感じない」


 絶対に認めない。


「でも晴明。あんた昨日、アイツは人に危害を加えないって!」

「……昨日までは確かにそうだった。でも今は違う。俺たちと別れた後でヘルガイストに魂を乗っ取られたと見たほうがいい」


 認めてたまるか……ッ!

 晴明たちの言葉には耳を貸さず、めぐるは自身のカバンの中を必死に漁る。中から円柱型のガラス容器を取り出しそれを彼らの前に突き付ける。その中には可愛らしい小さな花が入っていた。彼女がぬりかべからプレゼントされたものだ。


「昨日の晩、アイツ、あたしにこの花をくれたんだよ!? それも家にまで届けに。そんなことするような奴があんな真似、できるはず……ない」


 ガラス瓶を握りながらめぐるは膝から崩れ落ちる。今にも泣きだしそうな声に、かけられる言葉は何もなかった。

 するとサキは瓶の中に入った花を見て反応を示す。


「ちょ、ちょっとその花見せてください」


 めぐるはきょとんとするが素直に瓶を後輩に渡す。受け取った瓶に入った花をサキはまじまじと見つめ、やがてそれを返すと答えた。


「これ、ワスレナグサっていう花です。花言葉は確か、『真実の愛』と『私を忘れないで』っていう……」

「ワスレナグサ……」

「それ、昨日晩にプレゼントされたって言ってたな。ってことはつまり昨日の状況からして、奴はとっくにヘルガイストにされてたはずだ。にもかかわらずわざわざそれを渡しに、自分の気持ちと別れを告げに行ったんだな……」

「でも、妖怪が花言葉なんて理解してるわけが……」

「ロマンチストな妖怪なんだろ? 花言葉の一つや二つ、理解してたっておかしかない」


 その妖怪の心根がいっそうめぐるの心をえぐる。ヘルガイストにむしばまれ、自分が苦しんでいるのにもかかわらず、ただ気持ちのままに、一途にめぐるに思いを伝えるそのいじらしさが彼女の胸を打つ。

 ついにめぐるはあの妖怪がヘルガイストに憑りつかれたということを認めた。


「晴明、アイツを助けて……。助けてあげて」

「当たり前だ! 召喚サモン、Dタイザァァァン!!」


 晴明の叫びに呼応するようにDフライヤーが雲を切り裂き、飛んでくる。



 ☆☆☆☆☆



「心優しき妖怪につけ込み、その思いを踏みにじるヘルガイストめ。このDタイザンが胸の五芒星に代わって成仏させてくれる!」


 ヘルガイストに立ちはだかるDタイザン。妖怪とヘルガイストの併せ持つ威圧感が晴明に緊張を与える。


「ランバス・ミサイル!」


 先攻したのは晴明である。Dタイザンの腰から小型のミサイルを放ち弾幕を浴びせる。モクモクと立ち込める煙が晴れ、その中からヘルガイストの姿があらわになる。しかしながら攻撃むなしく相手は全くの無傷である。その強靭きょうじんさに晴明も驚きを隠せない。


「ぐっ……、かてぇ……。さすがにぬりかべに憑依してるだけはある」


 感心していると、ヘルガイストが急に突進をかけてくる。いきなりの攻撃にDタイザンはよけることもままならない。

 ガァン!

 と、強烈なタックルにDタイザンの巨体は吹き飛ばされてめぐるたちのいるすぐ近くに倒れ込む。少しの間、晴明は目を回しただけで怪我はなかった。だが、Dタイザンは衝撃により右の脚部に致命的なダメージを負ってしまう。


「しまった!」


 身動き取れないDタイザンに先ほど盛り土に刺さってあったH鋼を持ったヘルガイストがじわりじわりと近づいてくる。それを狙ってショルダ・ブラスターを浴びせるがすべてはじき返される。

 倒れたDタイザンの目の前まで来た時、ヘルガイストはH鋼を持った腕を大きく振り上げて、すさまじい勢いでそれを振りかぶる。ショルダ・ブラスターの砲がへし折られ、ミサイル管も潰される。

 打つ手なし。

 滝のように汗を流す晴明が、心の中でそう呟いたとき、めぐるの叫びが全てをかき消す。


「や、やめてぇー!」


 ヘルガイストはピタリと動きを止めて、めぐるの方を一瞥いちべつする。体はギギギ、ギギギと固まりながらも動こうとするが彼女を見つめたまま硬直している。


「お願いだから、もう、やめて……」


 今にも消え入るそうなめぐるの声。それに耳を傾けるヘルガイストは手に持つ鉄骨を地面に落とすと完全に動きが止まる。それをチャンスだと見た晴明はDタイザンの胸の五芒星からペンタグラムホールドを放ち、身動きをとれなくする。それに気づいたヘルガイストは暴れ出すが手遅れであった。

 Dタイザンはチェーン・シャクジョウを杖代わりに立ち上がる。


「晴明! ぬりかべだけは傷つけないで!」

「分かってる! 今お前の中からヘルガイストを取り出してやる。フラッシュ・アッパー!」


 Dタイザンの右手の拳が光り輝き、ヘルガイストのどてっ腹に高くつき上げるようなアッパーカットをお見舞いすると、ぬりかべの背中からヘルガイストの素体がぬうっと姿を現す。依り代を失った素体は空中をぐるぐる回りながらどこかへ逃げようとするが、Dタイザンはすかさず2発目のペンタグラムホールドを浴びせ、動きを封じる。

 そして腹部から取り出した札をそいつに向けて構えて、強く念じる。


「ドーマンセーマン、現世の恨みごとヘルガイストを燃やし尽くしてしまえ! 必殺、エクスペル・バーン! 貫けぇぇぇ!!」



 ☆☆☆☆☆



『また今回もヘルガイストがやられてしまったか』

「強い力は確かに持っていたけれども、まさか表意させたヘルガイストに完全に意識を乗っ取られなかったとは……。それにしても日吉めぐるめ、妖怪相手に意思を通わすなんて」


 榎戸は爪を噛みながら悔しそうに話す。ジャシーンも同じようにうなりをあげながら水晶玉の中でメラメラと燃え盛る。


あやかしが人間にあれだけ心動かされるとは。実に興味深い事象だ』

「感心している場合じゃないだろう、ジャシーン。肝心のDタイザンを倒せなければ意味がないだろう!」

『焦るな水鏡よ。相手を知り、己を知る。さすれば戦いは有利に働く。Dタイザンを倒すために躍起になるのは間違いではないが、まずは人間の奥の深さを知ってからではないと我も貴公も強力なヘルガイストは生み出せない。勝利を収めるその日まで、常に学び、功を焦ってはいかんのだ』


 ジャシーンにたしなめられる榎戸は表面上理解を示すそぶりを見せたが、内心その言葉に反抗していた。呪術と言う不思議な力を持つ自身の名声をすぐにでも手に入れたいと思う彼にとって、一分でも一秒でも悠長なことは言ってられないと感じたからだ。

 だからこそ、ジャシーンの慎重さ無性に癪に障った。だが、同時にこれだけDタイザンにヘルガイストがやられても余裕そうな表情を見せるジャシーンに対し信頼感と畏敬の念は抱いていた。



 ☆☆☆☆☆



「やっばい! また寝坊するなんて!」


 めぐるはまた遅刻しかけていた。目覚ましはきちんと買いなおしたのに、セットをし忘れていたからだ。腕時計を見ながら学校との距離を測ってみるが間違いなく遅刻は回避不能である。

 以前康作に教えてもらった近道も完全に封鎖されており、今度は使用できなくなっている。何とか最短ルートを見つけ出してひたすら走る。すると、ちょうど良さげな路地を見つけてそこを通ろうとする。

 頭の中で(ラッキー、ラッキー)とVサインしていると、


「へぶっ!」


 あと少しで道路に出る、と言うところで見えない何かにぶつかって尻もちをつく。鼻とお尻を押さえながら、そこで彼女はハッとなって気が付く。


「も、もしかして、そこにいるのは……!」


 めぐるがぽかんと口を開けていると、その目には見えない存在がうっすらと姿を見せる。あのぬりかべであった。

 Dタイザンがヘルガイストをはらったあの日、彼らの前から消え去ったぬりかべは以来、姿を現すことはなかった。めぐるは大きなショックを受け、晴明も申し訳なさそうに、ただ立ち尽くしていた光景が嫌に印象的だった。あの時、ぬりかべがヘルガイストと一緒に消滅してしまったのではないかと思い、数日間それが頭から離れることがなく、悶々もんもんとした日々が続いていた。だが、いま確かに目の前にいる。

 めぐるは色々な思いが交差する中、ゆっくりと立ち上がる。ぬりかべが情けない顔をニコっとめぐるに向け、一輪の花を差し出してくる。

 それは白いハナミズキの花である。

 だが、めぐるはその花を受け取らず、両手をめいいっぱい大きく広げてぬりかべの抱きしめられるはずもない大きな身体を抱きしめようとする。そのひんやりとする体がかえって優しさを感じさせるようだった。

 遠くからはチャイムの音が鳴り響き、めぐるの2度目の遅刻が確定した。

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